氷帝カンタータ
第15話 グーフィーファイト
「よっしゃ、いっけー!ユウシ!【いとをはく】!!」
「ぎゃははは!がっくんナイスネーミング!確かに似てる!忍足とキャタピーは似てる!」
部室で繰り広げられる頭の弱い攻防を眺めて、忍足は盛大なため息をついた。
最近、氷帝学園テニス部が生んだ2大バカは部活後になると決まって「ポケモン対戦」をする。
いくらまだ中学生とはいえ、余りにも精神年齢の幼い2人。
そのバカを競い合うような対戦を繰り広げる一方が、自分のパートナーとなると、いよいよ頭が痛くなってくる。
「よし、私のターンね!やっちゃいなさい、アトベ!【はねる】!」
ゴチンッ
「っ…いったいわね!」
「俺様の名前を軽々しく使用すんな。」
「…何言ってんの、これは私の大切なポケモン、【コイキング】のニックネームなのよ?」
「……コイ…キング?」
「そうそう。跡部ってやっぱり氷帝のキングじゃん?だから敬意をこめて名前を借りてるのよ。」
「……まぁ、そういうことなら許してやる。」
パタン……
どこか満足げに部室を後にする跡部を見届けて、必死に笑いをこらえていた2大バカが勢いよく噴出した。
それはもう盛大に噴出していた。座ってた椅子から転げ落ちて、床に這いつくばって爆笑していた。
そんな2人を眺めて、こんなことでここまで騒げるこいつらが羨ましいと、少し思った。
「でも、自分がここまでバカになったらきっと俺は命を絶ってしまうやろな」と、すぐに思いなおしたりもした。
「ぶっふふふふ!ちょ…ちょっと、がっくん見た?今の跡部の嬉しそうな顔!」
「み…見た見た…っぶ…、お前のセンスには負けたぜ!」
「コイキングよ、コイキング!よかったー、跡部がポケモン知らなくて!最弱のポケモンなのにキングだからね!」
バタンッ
先ほど閉ざされたはずの扉がまた開き、その先に立っていたのはもちろん跡部。
…この展開もほんまお約束やな。青筋たてとる跡部も、俺からしてみれば楽しそうに見えるんやけどな。
「………お前ら、覚悟はできてんだろうなぁ?」
「っひ…あ…跡部さん、お…お帰りになられたんじゃなかったのでございますか?」
「お…俺じゃないからな!が勝手に言ってたんだからな!」
「岳人も一緒になって爆笑しとったやないか。」
「侑士!おま…おまっ、パートナーを売るのか!」
「うるせぇっ!お前ら2人ともそこに座れ!」
はぁ、吉○新喜劇みたいなお決まりのコント毎日見せられるこっちの身にもなって欲しいわ。
日常すぎてなんかつまらん。…おもろいことでも起こらんかなぁ。
と岳人が跡部にしばき倒されてる様子をボーっと眺めながらそんなことを考えた。
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「ねぇ、がっくん。今日の晩御飯何がいい?」
「んー…カレー!」
「よっし、じゃあカレーに決定ー!スーパー行こ!」
「なんや、俺の意見は聞かんのかい。」
「あ、ごめんごめん。カレーがいいよね?忍足?」
「……ほんまは岳人贔屓やわ。」
「なんかに贔屓されても嬉しくないけどなー。」
「なっ…がっくん、何でそんなひどいこと言うの!めっ!」
「あーあ、もっと可愛い女の子だったら嬉しいけどなー。」
いつものように、2人のじゃれ合いが始まった。まだスーパーまで道のり長いのに面倒くさいなぁ。
……と思って、の顔を見てみるとなんや、いつもと様子が違う。
「……何よそれ。」
「…?なんだよ。」
「可愛くないと友達になっちゃいけないわけ?」
「は?別にそんなこと言ってねぇじゃん。何だよ、いきなり。」
「言った!」
「意味わかんねぇし。うざい。」
「…っもういい!がっくんなんか知らない!」
「俺だってなんかもう遊んでやらねーから!ばーか!」
「……っ。っいくよ、忍足!」
「…ええんか、岳人行ってまうで。」
「知らない、ほっとけばいいじゃん。」
俺の腕をつかんでずんずんスーパーへ引っ張ると、
正反対の方向にどすどすと足音を響かせながら帰っていく岳人。
夕暮れ時のオレンジ色の景色に、長く伸びた影がどんどん離れていくのをみて思った。
なんか、おもろそうなことになってきたやん。
「、さすがにカレーにスイカはいれへんのちゃうかな。」
俺が持ってる籠の中に、力任せに色々投げ入れるに声をかけてみるけど、
アドレナリン大放出中のにはどうやら聞こえへんかったみたい。
「なんっなのよ、本当!どいつもこいつも、そんなに容姿が大切なのか!」
「…何をそんな怒ってんねん。」
「がっくんのことに決まってんでしょ!あんなこと言う必要なくない!?」
「別に、いつものことやん。がなんでそんな怒ってんのかわからんわ。女の子の日なんか?」
ボコッ
籠から取り出したスイカを顔面に容赦なくぶつけてくる。
…イラついとんな。間違いなく、女の子の日やな。
そんなことを考えてるんがバレたんかしらんけど、からもう一発ヒザ蹴りをくらった。
こいつ女ちゃうで、ほんま。
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「…あんた達もさぁ、毎日毎日よくも飽きずに私に会いに来てくれるよねぇ…。」
「あんたに会いに来てるんじゃないわよ!忠告しにきてあげてるのよ。」
いかにも良家のお嬢様、といった感じの女子が数人。仲良くトイレでお話し中。
この子達は、がっくん親衛隊の1軍の子達だった気がする。
がっくんの親衛隊は、忍足や跡部に比べると少ないので、嫌でも顔を覚えてしまった。
「…あんたみたいなブスがテニス部うろついてると目ざわりなのよ。」
「そうよ!向日君だって、あんたなんかに付きまとわれて迷惑してるのよ!」
揃いも揃って、毎日同じことしか言えないのかしら。
何十回何百回と聞かされたセリフを、なるべく角の立たないように受け流すのが私の仕事だ。
こんなこと言われ続けて中学生活3年間が終わっていくのか、と思うとなんか急に悲しくなってきた。
「はいはい…。もう許してねー。授業あるから行くわ。」
「ちょっと…待ちなさい…よ!向日君にもう近付くんじゃないわよ!」
「…友達だもん。それは無理。」
「何が友達よ、ブスのくせに!」
こう何度も何度もブスブス言われてるとさすがに気分が悪い。
別に自分のことを特に人より容姿が優れてるなんて思わないけど、
それと、友達になるのとどういう関係があるの?ブスは友達作んなって?
「ブスはブスでもお嬢様達みたいにトイレでわめき散らすしか出来ないブスじゃなくてよかったぁ、私!」
これ以上ここにいると、プロレス技の一つでも繰り出してしまいそうなので
精一杯の捨て台詞を吐き捨てて、トイレを後にした。
後ろでピーピー騒いでるけど気にしなーい。
……でも、私って本当にブスなんだろうか…。
女の子にブスって言われるってことはさ…男の子も当然思ってるよね…?
ということは、テニス部も然り。そしてぴよちゃんさまやちょたも然り…。
ブスが毎日「ぴよちゃんさま〜!」とか言いながら教室に押し寄せてくるって…
それは相当なストレスなんじゃないだろうか…。
い…いやいや、大丈夫!容姿なんか最初から誰も気にしてないって!
跡部にこないだ、懇々と説明されたもんね!
お前は人間として中身がダメだって!容姿じゃない、容姿じゃない。
「…ということが本日あったわけですよ。」
「おう。」
「おう、じゃなくてさ…。私は結構ショック受けてたわけですよ。」
「毎日大変やなぁ。」
「全然本心から思ってないでしょ、あんた。…まぁ、それでさ。ちょっとがっくんの言葉に過敏に反応してしまったのよ。」
さっきまであんなに怒ってたのに、次は落ち込んどるで、こいつ。
カレー作り始めたかと思ったら、急にそわそわしだすし。何やねんって聞いたら
「明日からがっくんに無視されたらどうしよう…そんなことされたら死んじゃう」とか言いだすし。
そんな悩まんでも、どうせ明日なったらまたポケモンでもしとるんやろ。バカ同士なんやから。
…とでも言おうものなら、または怒鳴りちらしよるやろうな。もう無視無視。
「…はぁ…。がっくんに電話しよっかな。」
「すぐ明日会えるやん。」
「でもさー…でも、明日…目も合わせてくれなかったらどうするの?そんなの耐えれない。」
「…じゃあ電話しーや。」
「…あんたさ、励ます気ある?」
「正直言うと、どうでもええと思ってる。」
「っく…私にはやっぱりがっくんが必要だ…!電話する!電話するぞ!」
携帯を開いて、正座しながらコールを鳴らす。
カレーも食い終わったし、風呂でも入って帰ろか。見るのも飽きてきたしな。
「……あ、がっく……。……え?」
「どうしたんや。」
「……切られた。」
涙目になる。なんでそんなことぐらいで泣くねん。あほちゃうか。
お前、普段跡部とか俺にもっとひどいことされてるやないか。
「ふーん…。あいつも一丁前に怒っとるんちゃうか。」
「だ…駄目だ、忍足。私もう学校行かない。」
「阿呆か。なんで女子に虐め倒されても絶対学校来るのに、岳人に無視されただけでそんなんなるねん。」
「…だってがっくんは大好きな友達だもん。…性的な意味で。」
…はぁ、面倒くさい。
はいつもは呆れるぐらいポシティブなくせに、身近な人間との対人関係でトラブルがあると急に臆病になる。
特に日吉とか長太郎とか、岳人にジロー。ここらへんの、普段からがベタベタしとる人間に
怒られたり、冷たくされたりするとめちゃくちゃヘコむ。目に見えてヘコむ。
今もものすごい勢いでヘコんでる。
床にはいつくばって涙と鼻水たらしながら携帯握りしめとる。おもろいな、写メ撮っとこ。
ピロリーン♪
「…っちょ、忍足!乙女が傷ついてんのに、何写メなんかとってんのよ!」
「まぁまぁ…。今後を脅すための武器はもっとかなあかんやろ。」
「…っっ、はぁ……だめだ、怒る気力もわかない…。」
「…カレーおいしかったから協力したろか。」
「何よ、協力って。」
「仲直りさせたろか、っちゅーてんねん。」
「……やめとく、あんたに頼るとろくでもないことになりそうな気がする。いや、なる。」
「信頼されてへんなぁ。まぁ、見ときって。」
疑いのまなざしで俺を見上げる。
まぁ、任せとき。今回は岳人もちょっとは悪いしお灸据えたらなアカンな。
・
・
・
「が…がっくーん!おっはよー!」
「………ふん。」
結局の家で作戦会議の為に泊っていった俺は、と一緒に登校してた。
下駄箱でいきなり岳人に会ったもんやから、すぐさまは挨拶したけど、案の定岳人は無視。
一瞬固まった後、すぐ学校から走って逃げだそうとするの首根っこを捕まえた。
「…昨日の作戦通りやるんや。ええな。」
「駄目だ、今のがっくんの攻撃で私の精神力は付き果てた…。私、出家します。」
「あほ。俺の言う通りにしとったら上手くいくから、ちゃんとせえ。」
渋々上履きを履くを見届けて、俺も教室へと向かう。
決戦は部活後や…。
「、今日スマブラ大会するんだって?」
「あれ、宍戸なんで知ってんの?正式には選ばれし者共のスマッシュブラザーズ大会〜闇夜の幻〜だけどね。」
「なげぇよ。忍足から聞いた。俺も行く。」
「なになに、じゃあ俺も行くC〜!」
「おっけ!ぴよちゃんさまとちょたと、樺地も来てくれるって言ってた!」
部活が終わった後。部室で大げさなぐらい大きい声でしゃべると、
シャツに袖を通しながら明らかにウズウズしてる岳人。
チラチラの方見てるけど、は作戦通り岳人を徹底して無視しとる。
よし、それでええ。後は……
「跡部も今日の家けえへん?」
「…なんでわざわざあんな狭い犬小屋に、大人数で行かなきゃなんねぇんだよ。」
「あんなデカイ犬小屋あるか、馬鹿たれー!あんたなんか来なくていいわ!」
「あ〜ん?どう見ても俺のケルベロスの犬小屋より小さいだろうが。」
「っぐ…真顔で言ってるところがどうしようもなくムカつく…!」
「まぁまぁ。跡部の好きなビーフストロガノフも用意してんで。今日はパーティーやからな。」
「……食ったらすぐ帰るからな。」
よし。これで全員や。
自分以外のメンバーでゲーム大会なんて、岳人は黙ってへんはずや。
誘ってほしくてウズウズしてる岳人に一言。が「がっくんも来る?」って聞くだけ。
なんて簡単な作戦。それでも岳人には効果バツグンやろ。
「が…がっががっくんも来る?」
「……い…っ行かねーよ!のバカ野郎!」
バタンッ
あれ、おかしいな。あそこまで辛抱強かったんか、岳人。これは誤算や。
閉ざされたドアを眺めてたら目の前にずいっと涙目のが飛び出してきた。
「…全然うまくいかなかったじゃないのよー!!がっくんさらに怒ってた!」
「おかしいなー、大丈夫や思ってんけどなぁ。」
「ちょ…他人事だと思って!死活問題なのよ!」
「何なに、がっくんとちゃん喧嘩してるの〜?」
・
・
・
「……っていうわけで、がっくんと仲直り作戦だったんだけど失敗したのよ。」
結局、岳人以外の全員がの家にそろった。
ご飯も食べ終わって、昨日の事の顛末をが語ったけど、ほとんど誰も聞いてない。
跡部はどっから引っ張り出してきたんか知らんけど、紅茶飲みながら雑誌見てるし
宍戸と長太郎、日吉に樺地はスマブラに夢中。
ジローはソファで既に寝てしもうてる。
さらに話してる自身も心ここにあらずって感じでため息ばっかりついとる。
…なんやねん、このカオスな現場は。
色々と面倒くさくなってきたし、さりげなく帰ろかと思ってるところに、間抜けな電子音が響いた。
ポコポンッ
「……っあ!!」
「!…んだよ、大きい声だすなよ!びっくりすんだろ!」
「が…がっくんからメールだ!」
震える手で携帯を開く。
後ろからメール画面を覗いてみたら…
from:がっくん
Sub:バカ
------------------
バカ
---END----
「……何よ、これ。」
「岳人の精一杯の謝罪やろ。」
「いや、これを謝罪と受け取れるほど私人間できてないわ。」
「…そういうとこがは男心わかってへんねん。貸してみ。」
「あ、ちょっと!」
To:がっくん
Sub:(無題)
-----------------
がっくん、早くおいでよ。
待ってるからね。
----END-----
「よし、これで送信や。」
「えー、なんか…なんかそんなんでがっくん釣れるのかねぇ。」
「…ほな、やったらなんて送るつもりやねん。」
「んー…。<二回もバカって言うな!がっくんのバカ!運動の出来るバカ!>とか…。」
に聞いた俺がアホやった。
この2大バカをまとめるのは、ほんまに面倒くさい。
とりあえず、送信ボタンを押したらが騒いでたけど知るかそんなもん。
ピーンポーン♪
メールを送信して3秒後。
チャイムがなった。俺がそれに気づいた時には、もうがドアまでダッシュしてた。
…ほんま岳人は相変わらず簡単な男やな。
ガチャッ
「…!が…がっくーーーーーーん!!」
「うわ、うざっ…うざいっ!抱きつくな!」
「がっくん、来てくれたんだね、私のこと許してくれるんだね、結婚してくれるんだね!」
「何言ってんだよ!落ちつけよ!バカ!」
「もう何て言われてもいいよ、がっくん怒ってゴメンね!うわーーーん!」
ほんまに泣きながら岳人に飛びつく。
玄関でそんなぎゃーぎゃー騒いでたらご近所さんに迷惑やろ。
飛びつかれてる岳人は必死にの腕を振りほどこうとしてるけど、の力は尋常じゃない。
…長いこと岳人と過ごしてるから俺にはわかるけど、岳人のあの顔は満更でもない顔やな。
「…俺も……ごめん。」
お、珍しいあの岳人が謝った。
も俺と同じことを思ってるんか、ポカンとした顔で岳人を見つめてる。
「…べ…別に、が可愛くなくても、俺…と友達でいたい。」
「…ん…うん?う…うん、なんか微妙に喜べないけど私もがっくんと友達でいたいよ!性的な意味で!」
「こ…これ、仲直りのプレゼント。」
プレゼント、ここまで聞いては本気で号泣してた。…絵にかいたようなアホ面で。
いつになく恥じらった岳人が鞄の中からゴソゴソと取り出したのは
俺の見間違いじゃなければ、アレは…
小顔ローラー
「姉ちゃんが、これやったら可愛くなるって言ってたぞ!」
「………。」
「、可愛くなれるといいな!頑張れよ!」
「…………がっくん…の…スカポンタン!!!空気読めない日本代表!!」
「なっ…なんだよ!俺が折角プレゼントまで持ってきてやったのに!」
「何なのよこのプレゼント!私の顔がデカイって言うのか!確かに女なのにがっくんと同じ位ですよ!悪かったわね!」
「が可愛くなりたいっていうから、色々考えたんだぞ!」
「そんなこと言ってない!『は可愛いよ(っちゅ)』の一言でいいでしょ!」
「一言じゃねぇじゃん!(っちゅ)ってなんだよ、外見なんかより中身が相当残念なんだよ、は!」
「っなんですって!っもう、がっくんなんか知らない!」
「俺だってなんかともう絶対話してやらねーからな!べそべそ泣くんじゃねぇぞ!」
「なか…泣かないもんだ!ばーか!」
「…忍足…、お前も苦労するな。」
いつのまにか、俺の後ろに集まってたギャラリーの1人、跡部がポンっと俺の肩を叩く。
わかってくれるんか、跡部。俺はもう、あかん。色んな意味で涙がでそうや。
今日もこうして2大バカは俺を悩ませる。