氷帝カンタータ





第16話 派遣ヒロイン(3)





「え、お前氷帝のマネージャーだったのかよ!」


あ、この子はさっき音楽室への道のりを教えてくれたバスケ部の少年じゃない。
なんでテニス部なのよ、よりによって…!
サッカー部でも野球部でも卓球部でもいいからテニス以外のスポーツをしてほしかった…
テニスをやっているというだけで、もう私の心に分厚いフィルターがかかってしまうんです。
どうせ、テニスやってるってことはスマッシュで人の尻を狙い澄ましたり、そういうことを平気で出来る人種なんでしょ!

……不適切な発言でしたが、私をこうさせたのは氷帝学園テニス部です。
全国のテニスを志す少年に謝れ。主に跡部が謝れ。


「マネージャー?…ははーん、このスーパールーキー切原赤也の偵察にきたんだな?」


腕を組みながらニヤニヤと笑う少年。切原…赤也…?
あぁ…あ!なんかぴよちゃんさまが昼休みに言ってた子かな?なんか立海にもすごい2年生がいるとか何とか…
あの時は、ぴよちゃんさまの鎖骨が美しいなって思って、ずっと鎖骨ばっかり見つめてたから話ちゃんと聞いてなかったんだ。
その後ぴよちゃんさまにずっしりとした辞書の角で殴られたところまでは覚えてるんだけど、話は覚えてないんだな、これが。


「それより…先ほどバットを受け止めていた手は大丈夫ですか?」


……め…めがね。ということは、忍足…と同じタイプの人間なのかな…。

たこ焼きに以上に執着したりするのかな。
関西に対しての宗教的なまでの信仰心を持ってて、関西の悪口言うと蹴り倒されたりするのかな。

どうもメガネキャラの悪例ばかりが頭に浮かんでしまう。
私が固まっていると、メガネさんが目の前まで来て私の手をとった。


「…少し腫れていますね。部室で手当てしましょう。」

「い…いや、大丈夫です!もう慣れっこなんで、はい!」

「ほう…、喧嘩をよくするタイプなのか。」


私の名前を知るこの男子は、私のことを興味深そうに見つめた後何やらノートにがりがりと書き始めた。
何書いてるのか気になって覗いてみると「  − 喧嘩◎」と書かれていた。
やだ、そんなパワフルプロ野球の能力値みたいに書かないでください
自ら率先して喧嘩してるわけじゃないよ、周りがほっとかないだけだもん☆アイドルなんだもん☆

……自分で言ってて悲しくなることはやめます。









「え…えーと、あのですね。」



忘れちゃいけないのは、私は「マネージャーとバレずに」偵察しなければならないということ。
今の状態だとモロバレです。コナンが実は新一だっていうことぐらいモロバレです。
これは非常にまずい。もし、この事態が判明したら
跡部に明日を迎えられない程に罵倒されるかもしれない。
忍足のプロレスサンドバックになるかもしれない。
榊先生が無言で1日中見つめてくるかもしれない(これが1番キツイ)

……そんな事態は絶対避けなければなりません。


「ワ…ワタァスィは、チガーウィマス!」

「いや、今更遅いだろぃ。」


「いや、本当マジ勘弁してください…。マネージャーじゃないんです…違いますから…。」

「じゃあなんで氷帝の奴が立海まで来てるわけ?」

「…ピアノをね、習いに来たんです。大田先生に。」

「どうやらそれは本当らしいな。はコンクール入賞経験もあるそうだ。」


私の後ろから、個人情報をベラベラとしゃべるこの人はマジで何者なんだろう。
ストーカーされる側の気持ちがわかって、急にぴよちゃんさまに申し訳ないって思いました。
…下手すると、この人私のスリーサイズとかまで調べ上げてんじゃないの…?ちょっ、やだぁ。


「安心しろ。俺は、興味のない情報は集めない。」

「……心まで読めるんだ。っていうか興味ないとか言わないでください、いや持たれても困るけどさ!」

「柳先輩のデータは絶対だからな!もうバレてんだよ、このスパイ!」


……先ほどからやたらと生意気な口をきくこのくせ毛っ子は何なんでしょう。
そこでへたりこんでる里香ちゃんが好きなのは切原君って言ってたけど、まさかこの子のこと?

…なるほど、確かに生意気系キャラっていうんですか?なんかそういう感じの可愛さは感じますけど。
ついつい甘やかしたくなる気持ちもわかりますけど、だけどね。私はそんなのには騙されません。
氷帝の天使の顔した小悪魔たちに振りまわされてる私は一筋縄じゃいかないわよ。


「…あんた、何年生?」

「あ?偵察にきたのにそんなことも知らねぇの?立海2年生のスーパールーキーだろ!」

「あなた2年生。私3年生。先輩なんだから敬語使いなさいよ、女の園は厳しいのよ!」

「へー、3年生なんスか。」

「そうよ、だから敬語………って、あんた素直ね。こっちおいで。これあげる。」


一筋縄で簡単にいっちゃいました。いとも簡単にぷちーんといっちゃいました。

簡単に崩れさる私の決意。可愛いものには弱い、可愛いものは世界を救う、可愛いは正義!
うちの子羊達もなぁ…これぐらい素直だったらもっともっと可愛いのになぁ。
最近誰に似てきたのか、反抗するようになっちゃったからお母さんは悲しいです。



「え、なになに?…なんスか、これ。」

「えっとね、たぶん始業式の日からポケットにずっと入ってる飴。あんたにあげるね。」

あ、いらねッス。あと、あんたじゃなくて赤也!」

「赤也…君…あか…あ!アカヤンクンっていうのはどう?おいしそう!」

「もうヤダ、ブン太先輩!なんかこいつおかしい!」


渾身のあだ名だったんですけど、どうやら却下されました。
いきなり名前呼びを強要してくるとは…うむ、うちの天使たちにも負けないレベルの小生意気天使だな。
後で写真撮って真子ちゃんに見せてあげよう。


「…さん、あなたにも事情がおありでしょうが取り合えず手当てをさせてください。」

「いや…あの本当大丈夫なんで…。」

「女性の体に何かあっては大変です。」




ズキューン






やだ…やだ、何この人なんかメガネなのにうちのメガネと全然違う!
同じようなセリフでも全然違う、品が違う!
うちのメガネが言ったら不愉快極まりないセリフだけど、この人が言うときゅんとしちゃう…!
すごい…すごいよ、こんな種類のメガネもあったんだ!
思わずフラフラとその人についていきそうになるところをグっとこらえた。私、えらい。
知らない人には着いて行くなって、宍戸に口を酸っぱくして言われたこと忘れてません。
主に、その知らない人に迷惑をかける結果になるからという意味合いが強かったように思います。


「………。」

「…そんな怪しまなくても大丈夫ですよ、何もしません。あ、ご紹介が遅れました。私は柳生比呂士と申します。」


ペコリと頭を下げる柳生さん。つられて私もぺこりと頭を下げる。
っく…氷帝にもこういう穏やかな人種がいれば…!
あんな壮絶なプロレス団体みたいな部活にはならなかったはずなんです…!


「俺は丸井ブン太。シクヨロ☆」


パチっとウインクをきめる丸井君。
あかん…あかんで、君…がっくんの可愛さとかぶっとる…!可愛すぎる!
すごいよ、立海…!生意気系キャラから可愛い系キャラ、そして進化系メガネキャラまでいるなんてすごすぎるよ!


「俺は柳蓮二だ。」

「ちょ…ちょっと待って、いっぱいすぎて覚えられない…!」

「……データ収集に来たのならノートの一つでも持ってこい。」


そう言って、新品のノートと鉛筆を一本差し出してくれた柳君。
…用意周到だなぁ。というか、敵のマネージャーにこんなに良くしてくれるのは何でだろう?


「…どれだけデータをとられようとも、俺達は負けないからだ。」

「………言うじゃない。」

「氷帝に負ける確立は25%といったところか。問題ない。」

「………柳蓮二、社交性×…と。」


わざと大きい声でそう言いながらノートに書き込んでみた。
怒ってるのか何を思ってるのか表情がよくわからない柳君。

穏やかそうな顔してるけど、言いたいこと言ってくれるじゃない。
さりげなく氷帝を馬鹿にしてんじゃないわよ。
あいつらのテニスの強さは正直よくわかんないけど、あいつらを馬鹿にしていいのは私だけなのよ!


「あ、そうだ。」


このテニス部に囲まれて、すっかり忘れていたことを思い出す。



「ねぇ、里香ちゃん。」

「え、あの…はい…!」

「里香ちゃんのメアド教えて?あ、ちなみに里香ちゃんってメガネとか関西弁とかってどう思う?

「メガネ…ですか?関西の人はあまりしゃべったことないですけど…。」

「うんうん。里香ちゃんに紹介したい人がいるんだけどね、氷帝に。
というか紹介しないと私の生命の危機だから協力してくださいお願いします。」


ずしゃっと土下座をする私に、顔をあげてください!と優しく声をかけてくれる里香ちゃん。
…ごめんなさい、里香ちゃん。うんこみたいな関西弁メガネに里香ちゃんを売ろうとしてゴメンなさい…!
でも…、でも1人ぐらい女の子のメアド持っていかないとマズイんです…!
指の骨をバッキバキいわせながら口だけ笑って目が笑ってない忍足の姿が容易に想像できるんです、怖いんです。

でも単純に里香ちゃんと友達になりたかった、っていうのも8割ぐらいある。
だって、同じ境遇の子をほっておけないじゃないですか…!
可愛い男の子にもやさしいけど、可愛い女の子にはもっと優しいんです、私!


「えと…、はい!書けました。」


顔をあげてみると、先ほどもらったノートにメアドと携帯番号まで書いてくれてる里香ちゃん。
にっこりと笑顔を向けてくれる里香ちゃんにマジで恋する5秒前。
真子ちゃんと出会ったときを彷彿とさせるその笑顔。
……あ、なんか今普通に嬉しい。神田里香ちゃんっていうんだ。えへへ、女の子の友達だ。


「じゃー、俺も!」


ひょいっと私の手からノートを奪いサラサラとノートに書き込みをする切原氏。
その切原氏を見つめる里香ちゃんの目は完全に乙女の目だった。
…いいなぁ、そういう青春っぽい感じいいなぁ!!


「はい!メールしてくださいね、さん!」


キラリと輝くこの笑顔。
あぁ…なんかもう私、転校したい。

いつぐらいからだろう、人の笑顔の裏を探るようになったのは。
間違いなく氷帝テニス部に入ってからです。
私、そんな人間じゃなかったのに。


























「…相当腫れてきましたね。とりあえず冷やしましょう。」


私は今、立海テニス部の部室にいます。
頭の中でフアーンフワーンと、緊急事態を知らせるベルがずっと鳴り響いてます。
こんなところに居るのが氷帝メンバーに知れたらどうなるでしょうか。
もちろん1時間サンドバックコースは免れられないと思います。


「柳生君、ありがとう。よかったらなんだけど、氷帝に転校してこない?」

「嬉しいお誘いですが、丁重にお断りいたします。」


ヘッドハンティング失敗。
柳生君が氷帝にいれば、私がどれだけサンドバックにされようとも癒してくれるのに…!
世の中って上手くいかないように出来てるんだなぁ、と悟った  15歳。





ガチャッ



「おい、お前ら!とっくに休憩時間は終わっとるぞ!早くせん……なな…ななんだその女子は!」



勢いよくドアが開いたかと思うと、大きな声で叫びながら男子が入ってきた。
男…子だよね?


「おー、真田。見てみろぃ、これ氷帝からのスパイ。」

「弦一郎、氷帝のマネージャーのだ。」

「ど…どうも、氷帝が生んだ夢見る妖精アイドル☆です。」


取り合えず、つかみは大切なのでパチコーンッとウインクを決めてみる。
こないだ思いついた新しい自己紹介文なんだけど、ちょたに思いっきり苦笑いされてしまったので封印していました。
先輩のそういう怖いもの知らずなところ、尊敬してます!」
その言葉がどれだけ私を傷つけるかわかってない、ちょたちゃんです。


「…真田弦一郎だ。」

「うわっ、真田副部長スルーっすか!今の痛い自己紹介スルーッスか!」

「い…痛くない!あの、正直に言いますと自分氷帝のマネージャーで偵察にきたんですよ。」

「ついに認めたか。」


パチンと、膨らませたガムを噛んだ丸井君が笑う。

だってもう認めないと色々と面倒くさそうだと思ったんです。
私、嘘とかそういうの向いてない。いつだって…真っすぐ生きていたいから…!!



「弦一郎さんは3年生?」

「なっ……!」

「おま…嘘だろぃ…。」

「え、えええ何なに!?違うの!?え…まさか2年!?」

「……弦一郎と初対面で実年齢を当てるとは。案外侮れないな、。」

「あー…いや、まぁテニス部って老け顔多いじゃん?」

「そんなことねーッスよ!」


なんだか私の方を見て瞳をウルウルさせている弦一郎さん。
…老け顔で今まで苦労してきたのかな。
大丈夫だよ、跡部とか忍足とか仲間がいっぱいいるからね。
年齢詐称系男子は見慣れてるからね。


「お前さんら、何しとるんかのぉ。………誰じゃ、この女子は?」


弦一郎さんの後ろから入ってきたのは白髪の少年だった。
サラリとした白髪を金田一少年のようにまとめている。これは…間違いなくヤンキーだなこの子は。
しかしまぁ、これまたモテそうな…何なのかな、神様はテニス部だけルックス贔屓しすぎじゃない?


「おい、ブン太。また勝手に女連れ込んでんじゃねぇよ。」


そして一緒に入ってきた黒人男性…。
マジか…立海は助っ人外国人選手まで居るというのか。
どうしよう、氷帝にも外国人(主に話が通じないという意味で)は何人かいるけど…
こんな今にも駅伝に出場して10人抜きとかしちゃいそうな人が相手じゃ勝てるかどうか…

…はっ!メモメモ…。うん、なんか今偵察してるっぽい。


「…黒人男性、駅伝10人抜き…日本語ぺらぺら…。、そのデータは何か意味があるのか?

「ちょ…見ないでよ!あるもん!帰ったら皆にドヤ顔で発表してやるんだもん!」

「立海のレギュラーメンバーぐらい、皆知ってると思いますけどねー。テニスやってる奴なら。」


ふふん、と鼻を鳴らす切原氏。
……そんな有名なんだ、立海のテニス部って。


「えーと…じゃあ、おさらいします。
 弦一郎君…は、副部長なんだよね?あと、丸井君に切原氏に柳生君。柳君と…白髪さんと助っ人外国人…7人ね!」

「プリっ…。なんじゃ、白髪って。仁王じゃ。」

「…俺はジャッカル。っていうかお前誰だよ。」

「あ、申し遅れました。わたくし氷帝が生んだ夢見る「もうそのくだりいいッス!!」


っく…アイドルの自己紹介中に口をはさむとはなんと空気の読めない奴だろう。
ギっと睨むと、ニヘラっと笑う切原氏。………可愛いじゃないのよ、ちくしょう。


「あぁ、そうだ。部長っていないの?」

「あー、幸村君は……。」

「呼んだ?」



ドアから入ってきた人物は女の子のように儚げで、まるで人形のようだった。
う…わ…、美しい…!後光が見える…神々しいまでの美しさ…!



「ああ、精市。先ほど校舎裏で氷帝のスパイを捕まえた。だ。」

「へぇ…。こんな可愛らしいスパイを送り込んでくるなんて氷帝も良いとこあるんだね。」



にっこり微笑む幸村君と呼ばれる男の子。う…美しすぎる…。

こ…この人が部長?

嘘でしょ…なんで…なんでなんで!!


神様の意地悪!


なんでうちの氷帝の部長はあんなヴァイオレンスで慈悲の欠片もないような奴をあてがって
良い子達が揃ってる立海には、美人で穏やかで上品な部長をあてがうんですか!なんで倍プッシュするんですか!
足して2で割るくらいの、まぁまぁ優しい、顔もそこそこの部長が欲しかったです。
あんな悪の塊みたいなの押し付けられた氷帝はどうすればいいんですか…!!

何の当てつけですか、私が何か悪いことをしましたか!
前世の行いについてがっくんと話してた時に、「お前の前世は絶対ミドリムシ」って真顔で言われたのと何か関係ありますか!
ないですね、ごめんなさい!



「…な、何を泣いているんだ。おい、赤也!女性が泣いているぞ!」

「いや、何で俺なんスか。」

「いや、あの…なんか…ぐす、すんません…。氷帝と立海の部長にここまで差が出たのは…
 やっぱり私の前世での行いが悪かったのかなとか…、輪廻転生なのかなとか考えてたら涙が…っく…。

「ふふ、さん日本語なのに何言ってるか全然わからないよ。よかったら今日はゆっくり練習見て行ってね。」

「う…うわぁああん!なんでそんな優しいんですかー!普通スパイが居たらチョークスリーパーの一つでもかますもんじゃないんですかぁあ!

「おま…どんな環境で育ってんだよ。」


少し引き気味の顔でジャッカル君が冷静に突っ込みをいれる。
良く見ると他の面々も若干引き気味の顔をしてるけど、そこは気づかないフリ。


「…さぁ、練習に戻るぞ!」

「うぃーっす!さん、そこでじっくり俺を偵察しとくといいッスよ!」

「うん、主に性的な意味で偵察しておくね。

「いや…え、性的?

「赤也、一々突っ込みいれとったら日が暮れてまうけ。」
























うーむ、私はテニス初心者なのですけれども
どう見てもこの練習はレベルが高いな…。
今は練習試合をしているようなんですけれども…、皆すごい。
特に弦一郎さんの声すごい。跡部も裸足で逃げ出す声量。


「………弦一郎さん、声デカイ。…ふふ、なんだいそのメモ?」

「ううぉわ!あ…幸村君…。」


ベンチで座って見学していると、突然後ろから声がした。
後ろを振り向くと、天使のような笑顔でほほ笑む幸村君が…。
…はぁ、幸村君を見れば見るほどうちの残念な部長が思い起こされて落ち込むわ。


さん、ありがとうね。」

「…へ?何が?」

「さっき、里香のこと助けてくれたんだろう?」

「あ、里香ちゃんと知り合いなんですか?」

「里香は俺の従兄妹なんだ。さっき蓮二から聞いたよ。さんが悪い女子達をアイアンクローで追い払ったって。


クスクスと笑う幸村君。うわぁ…そんなところまでバレてるんですか。
出来れば幸村君にはバレたくなかった…!
あわよくば幸村君とトキメキ☆学園ラブとかになればいいなぁ、とか思ってたのに…
アイアンクローを繰り出す女に学園ラブなんぞ許されるわけがないですよね。本当にすいませんでした。


「…でも、いじめられてる現場を見て1人で助けに行くなんてさんは強いね?」

「…ん?幸村君は助けないの?」

「どうだろうなぁ。里香がいじめられてたら助けると思うけど、知らない子を助けるかどうかはわからない。」

「………。うーん、私はそんなの考える前に動いちゃうな。だって1人対大勢の時の辛さわかるもん。」

「……。」

「1人でも味方がいるとすーっごく楽になるんだよ。あ、ほら里香ちゃんとも友達になれたしね。一石二鳥!」

「…ふふ、さんって前向きだなぁ。」


何がそんなに珍しいのか、私の顔を見ながら微笑み続ける幸村君。
な…何なんでしょう、この感じ…。こんな扱いされることってあんまりないからムズムズする…。
っていうか、そんな綺麗なお顔を近づけられると私どうにかなっちゃいそうなんですけれども…!


「あ…あのあの、幸村君は練習しなくていいの?」

「…あはは、氷帝のスパイさんがいるのに練習なんてしないよ。」

「……あ…あは、そうですよね…。」


あれ?なんか今、笑ってたけど全然笑ってない感じだったぞ。
ひやっとする感じの笑顔…うん、見間違いだよね?


「でも、さんは里香を助けてくれたから特別に練習を見せてあげてるんだよ。」

「は…はぁ、なるほど。」

「なんか質問とかあれば応えるよ。特別にね。」

「…質問かぁ。あ、じゃあ気になってたんだけど切原氏はトランクス派かな?ボクサーパンツ派かな?

「………さぁ?」

「んー、あ、じゃあ仁王君ってさ。髪の毛めっちゃ白いけど、他の体毛も白かったりするのかな?

「…………さぁ。」

「えー…じゃあじゃあ、柳生君ってジブリの関係者だったりする?

「……………さぁ、違うと思うけど。」



「………幸村君答える気ある?」

「テニスに関する質問ならね。」



…う…、また笑顔なのに笑ってない。
怖い…怖いよ!なんか氷帝にはいないタイプのキャラだな、幸村君…!

うん、さっきまで跡部と幸村君取り換えっこしてほしいって熱望してたけど…撤回します…。
だって跡部ぐらいアホじゃないと私ボケれないもん!幸村君ボケとか許容してくれなさそうだもん、絶対!




ポツ…ポツ……



「あ、雨だ。」


フと、空を見上げるといつのまにか黒い分厚い雲で覆われていた。


「…これは、かなり強い雨になりそうだね。」

「うん。部活中断した方がいいんじゃない?」

「…やむを得ないな。皆!一旦部室に集合しよう。」













ゴロゴロ…

ピシャーーン…



「うおっ!今かなり近くに落ちましたよね!?」

「…こりゃ、しばらく外には出れんな。」

「そう言えば大型の台風が接近中と朝のニュースで言ってましたよ。」

「えー、私そんなの聞いてない。帰れるかなぁー。」


一旦部室に入った私達は、窓の外の光景に一々歓声をあげていた。
さっきからひっきりなしに雷が落ちてるし、風も強くなってきた。
…あんなに晴れてたのは嵐の前兆だったのかな。

立海の部室は氷帝と広さこそ同じだけど、きちんと整理整頓されていて居心地がよかった。
…マネージャーはいないっていう話だったのに、ここまで綺麗なのは
皆の人柄のおかげなんだろうなぁ…。はぁ…ますます、羨ましいよ。立海テニス部。



PLLLL…




「あ、電話だ。……はーい?」

ちゃーん!大丈夫?テニス部に見つかってない?』























忘れてた















なに部室でまったりしてんだ私!
なに出されたお茶菓子食ってんだ、私!

テニス部に見つからないっていう第3カ条完全に忘れてたよ!



「え、あ…ジロちゃんだだだ大丈夫だよ〜、心配しないでね!」

『っていうかちゃん、帰ってこれないよ!』

「…どういうこと?」

『今、大雨と台風で電車止まってんの!復旧の見込みないんだって!』

「い…いやはやぁ〜、そんなことあるわけないじゃん。田舎じゃあるまいしさー。」

『本当だって!テレビとか見てみなよ!』

「……マジで言ってる?」

『マジマジ!だからちゃん、頑張ってね!

「いや、頑張ってね!って何その大雑把な応援!ちょ…跡部とかに言って迎えに来てもらってよ!」

『えー、ちょっと待ってね。跡部ー!ちゃんが迎えに来てって!

 ………ちゃん?跡部が絶対行かないって!日ごろの行いの悪さを反省しろだって!

「ジロちゃん…跡部にこう伝えてください。クソの役にも立たない奴だよお前は!!帰ったら覚えときなさいよ!



ブチッ



あいつ…こういう時の為のヘリじゃないのか!
こういう時の為の無駄にデカイリムジンじゃないのか!
何で学校から徒歩5分のマックに行く時はわざわざリムジンで乗り付けるのに
こういう時に迎えに来てくれないのよ…


どうか跡部が将来デブになってハゲになりますように…
更にその尊大な態度だけは変わらないままで、周りから嫌われますように…


近い地域とはいえど、見知らぬ土地に1人ということに
急に不安になって、少し涙がにじんだ。



「……大丈夫か?」

「弦一郎さん…、あの、突然ですが今日御宅に泊めてくださいませんか。」

「っな!な…な何を言っとるか、嫁入り前の娘が!けしからん!」

「だって…だって、電車止まっちゃってるらしいんですもん!それで…氷帝のテニス部の野郎どもは迎えに来てくれないし…。」


うう、自分で言ってて涙がいよいよ零れそうになる。
何が日ごろの行いを反省しろだ、日ごろ私がどれだけあんた達に尽くしてやってると思ってんのよ…!


「えー、まじッスか。やばいじゃないですか。」

「どうするつもりじゃ、お前さん。」

「……この近くにホテルとかある?」

「あるけわねぇだろぃ。ただの住宅地ばっかりだぞ?」

「…っく…、仕方ない取り合えず駅まで行ってみる。皆さん、本日はお世話になりました!またいつか会う日まで!」

「ちょ、ちょ。さん、この台風の中帰るつもりッスか!無理ですって!」

「無理でもなんでも取り合えず行かないと…。これ以上強くなったら外に出れなくなるし…。」

「あー、そだ。俺ん家泊ります?」


鞄を持ってドアノブに手をかけたところで、切原氏が私の腕を掴んだ。
…腕を掴む力が心地よい。その力加減についうっとりしてしまう。
こんな風に女性扱いされるのって…もう何か月ぶりかな…。
青あざができる程の力でいつも掴まれてるから、私の腕はここ数カ月で随分逞しくなったものだ。


「…へ?」

「明日土曜日だし、家族は旅行行ってるし!今日帰ってくる予定だったけど、この雨じゃたぶん足止め食らってるっしょ。」

「き…切原氏!このご恩は一生忘れません!どうぞわたくしめを今後は奴隷としてお使いください。ははぁ。

「…へ〜!…じゃあ、夜は楽しませてもらおっかな〜。」


ニヤリと舌舐めずりをする切原氏…。
あ、あれ?なんか今ちょっとエロティカルな意味を含んだように聞こえましたが…


「え…えーと、徹夜でスマッシュブラザーズとか?私ネスしか使わないし、尋常じゃない程強いけど大丈夫?」


よくがっくんや宍戸をキレさせたものです。
余りにも私に勝てないからって、コントローラーを放り投げるあいつらに
一喝したのも、今となっては良い思い出です。


「何言ってんスか。女が男の家に泊まりに来るって、ヤること1つしかないっしょ。」

「なっ…なん「たるんどる!!」


バシィッ



「うわ…痛そー…。」


いきなり弦一郎さんが切原氏に平手打ちをした。
…痛いでしょ、あれは。というか、弦一郎さん本当真面目というかなんというか…!



「い…てぇ!何スか!」

「女性にそのような行為を迫るとは…た…たるんどると言っとるんだ!」

「弦一郎さん、そのような行為って?」
















「たったるん
「わー!ちょ、ストップ真田!」

「相手女だから!他校生だから!!」



私に向かって平手打ちをかまそうと、腕を振り上げたところで丸井君とジャッカル君が止めに入ってくれました。
…ちょっとからかってみただけなのに…。弦一郎さん、冗談×…と。


「…でも現実的に考えて、やっぱり赤也の家に女性を1人で泊らせるなんて心配だね。」

「え…切原氏ってそんな破廉恥なお子様なんですか。」

「お子様じゃねーッス!少なくともノコノコ男の家に泊るなんていうさんよりは大人ッスよ。」

「ほんま、お前さんは見た目の中身もガキそのものじゃな。」

「べ…別にいいじゃん!大丈夫だから、何かあったら切原氏を一発で仕留める自信がありますから!」

「…頼もしい限りですね。」


くいっとメガネをあげて柳生さんが言う。

部室の外ではいよいよ本格的に雨が強くなってきているようだった。
窓から外の景色が見えないぐらいに。ガタガタと風で揺れている感覚もあるし…。
うぅ…マジで私、神様に何かしましたか…。なんでよりによって今日、このタイミングなんですか…。


「じゃ、俺も泊まりに行くわ。」


パチンッという破裂音と共に丸井君が勢いよく手をあげた。
え、何この私得な状況。うへへ、携帯の写真フォルダが潤いそうですね…。
新しくフォルダ作らないと。名前は何にしよかな。


「えー、ブン太先輩も来るんすか。」

「それなら文句ねぇだろぃ。」

「うん、そうだね。そうだ、なら俺もお邪魔するよ。」

「ええええええ!ゆ…幸村部長も…っすか…。」

「なぁに?赤也。何か都合が悪いことでもある?」


あ、まただ。背中がちょっと寒くなるような感じの微笑。
見間違いじゃなければ、幸村君の背中に黒いオーラが…見える気がするよ…!
あれだけ威勢の良い切原氏が怯えているんだから、幸村君って実は相当怖いんだろうな。
「いや…問題ないッス…」とか言いながらめっちゃ涙目だし。ビビリまくりだし。

綺麗なバラには棘がある、を体現してるわね。なんだか私の天敵になり得そうなキャラですね。


「俺も行くぜよ。」

「でしたら私もお邪魔しましょうか。何か起こらないとも限りませんからね。」

「氷帝マネージャーが他人の家でどういう行動をとるか…データを取る必要がありそうだな。」

「ジャッカルも行くぜぃ。」

「いや、俺何も言ってねぇけど。」

「弦一郎はどうするんだい?」

「……仕方あるまい。赤也。親御さんにはきちんとご連絡しておくように。」



先ほどまでの威勢はどこにいったのか。
げっそりとした顔で「ふわーい」と返事する切原氏。
…なんか悪いことしたな。でもちょっと安心。
エロティカルなことには耐性がございませんので、わたくし。アイドルだから。


まぁ、取り合えず宿は確保できました。
折角こういう事になったんだから、立海のメンバー達とも仲良くなれるといいな。





でも、「立海の切原氏の家に泊めてもらうことになりました☆」








なんてことが氷帝のメンバーに知れたら…



















…うん、怖いこと考えるのはやめて今を楽しもう…。







大丈夫…大丈夫…だよね?