氷帝カンタータ





第16話 派遣ヒロイン(5)





「っくぁー、なんか目が痛い。」

さんだいぶ上手くなったんじゃないッスか?」

「うん、最後の方めちゃくちゃ楽しかったもん。」

「ああ…なんかお前俺に手榴弾投げる時目が輝いてたもんな。


ごめんなさい、だってジャッカル君…倒すたびに「うおっ!」とか「や…やめろぉぉ!!」とか叫ぶんだもん。
それが面白くて私、最後の方は切原氏とか丸井君とか無視してたからね。
ひたすらジャッカル君の使うキャラを追いかけ回して壁まで追い詰めて…

ジャッカル君をいたぶる私を見て周りの観覧者から批判の声も聞こえてきたけど、
(主に弦一郎さんが「卑怯者!」とか叫んでた)…楽しいんだもん!!
まさかこんなところで自分のSっ気に気づかされるとは。
氷帝では気付けなかった自分の一面だ…。
跡部達にSっ気なんかを発揮しようものなら、何倍にもなって返ってくるもん絶対。


「ジャッカル君は私の新しい扉を開いてくれたんだよ。ありがとう、そしてありがとう。

「全然嬉しくねぇ。」





「…しかし…中々この雨は止まんのぉ。」

「だねー。むしろ段々ひどくなっていってるよね。」

「あのまま駅に行ってたら、間違いなく帰れなかっただろうね。」


リビングの窓を激しく叩く雨。
幸村君の言うとおり、あのまま駅に行ってたら間違いなく身動き取れない状態になってたと思う。

外は既に真っ暗。
ゲームが一段落し、切原氏がカーテンを閉めようと立ち上がった、その時。




ピンポーン



「……誰だろ。ちょっと行って来まーす。」

「はいはーい。」


カーテンを閉めようと立ち上がったその足で、切原氏は玄関へと続く階段を下りて行った。
残されたメンバーはと言うと…、ジャッカル君は体をうんと伸ばして柔軟をしていて、
丸井君はゲーム中に携帯に届いていたメールをチェックしていた。

幸村君と柳君は相変わらず少し離れたテーブルで楽しそうにお話してるし、
弦一郎さんは興味深そうに私達が手を離したコントローラーを見つめている。一緒に遊びたかったのかな?
仁王君と柳生君はテレビの後ろのソファに座り、私を見つめていた。



「……ん?どしたの?」

「…お前さん、違和感ないな。」

「へ?」

「ほんの数時間前に出会ったばかりなのに、すっかり私達に溶け込んでいますよね。」

「そ…そうかな?それはほら、きっと私は立海の生徒になるべき運命だったからだよ。


間違いです。何かの手違いで氷帝の生徒になっちゃったんだよ、私きっと。
だってこんな可憐な乙女が毎日プロレス技の餌食になってるなんて、おかしいよ。
普通は何もせずとも男の子にちやほやされて、無駄に背景に花が飛んでるはずなんです。私みたいな乙女は。
どこかでルートをミスったんだよ、きっと。だってこのままいくと絶対バッドエンドじゃん。



でも神様が私の日ごろの行いに免じて軌道修正チャンスを与えてくれたのだと思います。




絶対モノにしてみせる、このチャンス…!


みたいなマネージャーがおったら、毎日楽しいじゃろうなぁ。」

「え…えへへ、うん、馬車馬のように働きますから是非マネージャーに…



ガタンッ!



その時、1階から大きな物音が聞こえた。
部屋に居た皆が一斉に顔を上げるぐらいの、物音。
人が倒れた時のような、普通じゃない音だった。


「…おーい、赤也ー。大丈夫かー。」


部屋の中から丸井君が大きな声で問いかけてみるも返事がない。
その代わりに、人の話し声のようなものが聞こえてきた。


「……お…いっ!!」

「ざ…けん……!!」



「…なんだろう、誰か来てるのかな?私ちょっと見てくる。」

「そうじゃな。どうせ階段から転げ落ちたとかじゃろ。」


ははは、と笑い合っていた私達。
その時はまだ、1階で何が起こってるかなんて想像もしてなかった。





























「おーい、切原氏ー!だいじょ…う…ぶ……」


階段から下りてすぐに聞こえてきた叫び声。それも複数人。
そして、何故か聞き覚えのある声。




胸騒ぎを抑えながら階段を下りた。








そして私が玄関で見た光景は






















「あ…あんた達何してんの!!」






切原氏に馬乗りになって殴りかかろうとする跡部。


それに抵抗したのか、殴られた後なのか目が真っ赤になった切原氏。


跡部を止めようと腕を抑える見慣れた氷帝メンバー。



















何が起こってるの?














私が怒鳴ったと同時に、玄関先に居た全員の目がこちらに向いた。
何であいつらがここに勢ぞろいしてるのかは全くわからないけど、

皆の目があまりにも切羽詰まってる様子だったから



私は次の言葉が思うように出なかった。





ちゃん!!大丈夫!?」

「無事か!!」


本当に泣きそうな目で土足のまま私に駆け寄ってくるジロちゃんにがっくん。
後ろにいる、2年生メンバーや宍戸も焦ったような、落ち着きのない様子で私を見つめる。

そして、「どけよ!」と切原氏が叫んだのと同時に跡部が口を開いた。


「てめぇら、に何した。」

「は?何言ってんだ、あんた潰すよ?」

「……ふざけんなや、人のマネージャーに何してくれとんねん!」


聞いたことない程の低い、大きな声が響いた。
今まで、跡部の腕を抑えていた忍足が切原氏の顔を目がけて腕を振り上げた。


その時。




パシッ



「…そこまでにしてもらおうか。」


階段で立ちすくむ私を押しのけた柳君が、忍足の腕を掴んだ。
一瞬の出来事だった。いや、実際は柳君が移動した速度はそこまで速くなかったのかもしれない。
だけど、目の前の光景を頭で処理しきれていない私は柳君の存在に全く気付かなかった。
フと後ろを見てみると、部屋にいたはずのメンバーが全員その光景を見ていた。



「はなせや。」

「…ふむ。氷帝のテニス部がここまでするとは…良いデータがとれた。」

「…何わけのわからねぇこと言ってやがる。」

「柳先輩、どういうことッスか!」




「ちょっと試させてもらったんだよ。」



この状況に似つかわしくない、あまりにも穏やかな声が響く。
幸村君だ。私が振り向くと、笑顔を崩さないままゆっくりと階段を下りてきた。



「…あーん?」

「最初は軽い気持ちだったんだけどね。スパイを送り込んでこられて、弱点を晒すだけじゃつまらないだろう?
 だから、逆に氷帝の弱点をさんから聞き出そうと思ってね。
 でも彼女と話しているうちに思ったんだ。こんな素敵なマネージャーが居るのがうらやましいなって。
 そう考えてみると、もしかすると氷帝の弱点は案外…このさんなんじゃないかな?ってね。」

「そう考えてからは早かった。俺と精市で、どうすればこの仮説を証明できるかと考えていた時。
 タイミング良くの携帯電話が鳴った。」

「え!?私の…?」

「ふふ、さんはゲームに夢中で気づいてなかったかもしれないけど、あの時のさんの
 "楽しそうな声"を、氷帝の皆さんに聞かせてあげたんだよ。」


にっこり微笑む幸村君。
ここまでの話を聞いて、何かを悟ったのか、まるで時が止まったように動かなくなる氷帝メンバー。

私は、ショート寸前の思考回路をフル回転させて考えた。
…私の携帯が鳴った?

…ゲームに夢中…?






「…うっわ!丸井君の卑怯者!ちょっとは手加減してよ!」

「へっへーん、俺はいつでも全力の男だぜぃ。」

「…っあ、ちょっだめ…っぇ!やっ…やだって…あっ!」

「ばーん!はい、先輩ゲームオーバーっすよ!」

「あああああ!っく…もう1回!はい、リセットボタン押しまーす。ぽち。」

「うぉい!!俺が今1位になれそうだったのに!!」

「……ドンマイっす、ジャッカル先輩。」











あの時か












「…思い出したか。」

「ふふ、さんってゲームしてる時だけ妙に色っぽい声出すよね。」

「…大方、あの声を聞いて俺達がに対して何かいかがわしいことをしている…、とでも思ったのだろう。」

「だけど、さんから聞いたのは氷帝テニス部の中ではミジンコ以下の扱いを受けてる、可哀想な私…っていう話だったのに。
 随分迎えに来るのが早かったね。こんな天気なのに…。」

「まぁ、いずれにせよ面白いデータがとれた。感謝するぞ、。」

「今度から試合の時はさんを人質に取れば、勝率がアップするかもね。あはは。」




心底楽しそうな様子で話している幸村君と柳君。

その後ろで、ぶるぶると拳を振るわせる跡部。

先程まで私を心配そうに見つめていた、心優しき氷帝メンバーは

感情を失った死んだ魚のような目で私を見つめていた。






いや…え、違うから。私は全然何もしてないですよね、今の話聞いてましたよね?

え、なんで下唇を噛みしめて私を睨んでるんですかジロちゃん。
いつもの可愛いジロちゃんじゃないよ?そんなジロちゃん私見たことないよ?

がっくんも宍戸も、何してるんですか?
何で拳をバキバキと鳴らしているんですか?何のウォーミングアップですか?


ぴよちゃんさま、ちょたに樺地。どこ行くのかな。
そっと出ていくのをお姉さんは見逃しませんよ。可愛い先輩を見殺しにする気ですか?


やめてください、メガネをはずすのはやめてください。
意味のないメガネを忍足がはずす時は、決まって私の身に不幸が起こる時なんです。


さっきまで閻魔大王も真っ青の極悪面を引っさげていた跡部さんは
何でそんなニッコリ笑ってるんですか?
えへへ、私に会えて嬉しいのかな?わーぁい☆こんな笑顔な跡部見たの初めて!
























「…。俺、何回も言ったよな、ゲームの時キモイ声出すのやめとけって。」

「う…うん、がっくんの前では努力してたけど…癖だから…。」

。朝、俺が言うたこと覚えてるか?」

「……テ…テニス部に見つからないようにする…。」

「よう覚えてるやん。ほな、なんで見つかった揚句にちゃっかり泊まることなってんの?」

「そ…!それは…あ…跡部が迎えにきてくれないって言うから!」







「ご…ごめんって!ちょ…あああああ!痛い痛いギブギブギブ!!!」

「人の所為にしてんじゃねぇ。言われたことも守れねぇのか、三歩歩けば忘れる鳥頭か。


必死に言い訳を考える私に、ゆっくりと近づき無表情でヘッドロックをかける跡部。
私の位置からはその表情は確認できないけれど、
この声は間違いなく怒っている。当社比120%増しで怒っている。


「ちょ…女子になんてことしてんスか!」


絶望の淵から、今にも冥界へと旅立ちそうな私の頭の中に
一筋の光のような声が響き渡った。


「…あ〜ん?お前は黙ってろ。」

「黙ってられるかよ!さん痛がってんだろ!」

「…切原。お前はという人間を全く理解してへん。」

「こいつはこれぐらいしないと「でかした、切原氏!隙あり!!」


跡部の気が逸れた瞬間にすかさず、跡部の足と首に、自身の足を絡める


秘儀!卍固め!ふはは、甘いわね跡部!」

「……っ…、っ…てめぇわかってんだろうな…!」

「何がよ!っていうか私悪くないから!そんなことになってるなんて知らなかったんだもん!」

「お前が知ろうが知らまいが…俺に迷惑かけたことを反省しろって…言ってんだよ!!


技をかけられていても、やはり男子の、それも跡部の力は強い。
軽く私の技から逃れ、あっという間に形勢逆転してしまう。

ひょいと体を持ち上げられ、跡部の得意とする体勢へ持ち込まれた。


「ちょ…や…やめっ、いったぁああああい!





「う…嘘だろぃ…。女にアルゼンチン・バックブリーカーなんてかける奴初めて見た…。

「…あんなこと毎日やってんのか、お前ら?」

「まだあんなの序の口だろ。ヒドイ時は1時間ぐらいやってんぞ。」

「……氷帝もうちに負けないスパルタ教育のようだな。負けてられんな。」

「いや、真田副部長のその発想はおかしいッス。」


跡部に投げ捨てられて、やっと解放された私が見たのは
ドン引いた目で私を見つめる立海陣、そしてその立海陣と話す氷帝メンバー。

私に対する悪口で盛り上がるのはやめてください…。


「…はぁ、アホらし。なんのためにこんな神奈川くんだりまで来たんや。」

「ほーんと。俺腹減ったし!もう帰ろうぜー。」

ちゃん、行くよー。」


相変わらず熱しやすく冷めやすい氷帝メンバーは
早速この状況に興味を失ったのか、次々と切原氏の家を後にする。


「…き…切原氏、なんかゴメンなさい。お騒がせしました。」

「…帰っちゃうんスか、さん。今日は泊まるって約束だったじゃないッスか。」

「そうしたいのは山々なんだけどね…!」

さん、今日は君に出会えて本当に良かったよ。」


ギュッっと私の手を両手で握りしめる幸村君。そ…そんな至近距離で…
さらにそんなお美しい顔で、世の乙女が爆発してはじけ飛ぶような口説き文句を言われたら…


「わ…私やっぱり立海の生徒にぶへぇっっ!

「……何か言ったか、。」

「……すいません、何も言ってません。」


「…っふふ。また立海に遊びにおいでよ。待ってるからね。」

「うん…!ありがとう!」


家に土足で上がり込まれたり、訳も分からず馬乗りになられたのに
笑顔で見送ってくる切原氏や、他の立海メンバーはやっぱり天使です。

絶対またどこかで会えるよね。同じテニス部だもん。

……同じテニス部でこんなにも扱いの差があるところに納得はできないけど。

























依然として激しい暴風が吹きつける中、
跡部のリムジンに乗って、天国から地獄への道を進んでいく私。

皆、やっぱりまだ怒っているのか…車内はかなり静かだった。




「ねぇ、なんで私があそこにいるってわかったの?」

「えっとねー、跡部がすぐ監督に電話かけたら教えてくれたんだよ。」

「あ…っんの…!秘密って言ったのに…!」

先輩、ダメですよ。簡単に男の家なんかに行ったら。」

「……ごめんなさい。」

「皆が皆、俺たちみたいに先輩を男子と似通ったものと認識してるわけじゃないんですからね。

「ねぇ、ごめんってば。ちょた怒ってるよね?怒ってるからそんなひどいこと言うんだよね?」



やっぱり、皆何か怒ってるのだろうか。
全然話しかけてくれないし…こんな雰囲気苦手なんですけど、私。
底抜けにポシティブ!が信条の私はこんな空気耐えれません。

リムジンでは残念なことに、皆と顔を突き合わせる形で座っている。
余りにも気まずいので、私は目線を下に落とし、俯いていた。
そうすると必然的に皆の無駄に長い足(悔しい)に目線がいってしまう。


……あれ。








どの足を見ても、靴と制服のズボンの裾に泥が飛び散っている。
特に潔癖症の跡部やぴよちゃんさまの靴がこんなに汚れているなんて…。















あ……。








もしかして、この雨が降る中

私の為に走ってくれたのかな。




というか、よく考えてみれば

私がゲームしてた時間なんて、とっくに部活は終わってる時間なのに

全員が一緒にいたっていうのは…

もしかして、私の帰りを待っててくれたのかな。





















「……ぅっ……。」

「……げっ、な…何泣いてんだよ、!」

「…うぇ…ぐす……っ。」

「あー、もー…別に怒ってないから泣きなや。疲れてるだけやから。」

「…そうですよ。先輩に迷惑かけられるのは今に始まったことじゃありませんから。」

「…な…泣かないで………ください…。」


「ちが…違うー…ぐすっ…あ、あんたらが私のこと好きすぎるからー…うえー…。」


「……?何言ってんだよ。少なくとも俺はのことなんか全然好きじゃねぇぞ。

「宍戸、違うから。俺も、なんか好きじゃねぇし。

ちゃん、よしよ〜し。いい子、いい子。」

「…先輩、怖かったんですね。もうどこにも行っちゃダメですよ。」

「…はんっ、馬鹿がバカ共と一緒に居たから余計馬鹿になったんじぇねぇの。」




「…っぐす…もーー!…………ありがと。」














素直になった私を見るのが、そんなに珍しいのか…

目が飛び出るんじゃないかっていうぐらいの勢いで目を見開き、口をあんぐり開けて私を見つめる皆。

あまりにも皆の顔が同じ様子で、つい噴出してしまった。







神様。







折角もらったハッピーエンドへのチャンスだったけど、








やっぱり、 はもうちょっと氷帝と共に歩みたいと思います。











派遣ヒロイン        Fin