氷帝カンタータ





第17話 男祭り(前編)





「ほんで?アレはどうなってん、アレは。」

「は?」



昨日の嵐が嘘のように快晴だった今日。
例の一件で氷帝テニス部のことを見直した、はずだったんだけど。
気持ちよく部活を終えて、今日も青春したな!と自己陶酔してる私に向かって
腕を組んだ忍足が声をかけてきたではありませんか。


「は?とちゃうわ。写真や、写真。あとメアドもな。」

「……ああ。めちゃくちゃ可愛い女の子と友達になったよ。」

「でかした、。お前でも役に立つ日が来るもんやな。」

「気分悪いわねその言い方。っていうか、でもこの子好きな人いるよ?」


私が立海で知り合った可憐な女の子、神田里香ちゃん。
幸村君の従兄妹だったのは意外だったけど、良く考えてみればあの壮麗な容姿は似てるところがある。
でもなー、本当にいい子そうだったから今、目の前にいる変態に簡単に引き渡したくないっていう気持ちが大きい。


。お前はなんもわかってへん。」

「…何がよ。」

「あのな、女の子に好きな奴がおろうがそんなもん関係ないねん!」

「「いや、関係なくないだろ。」」


ぴったりとセリフが重なった。
後ろを振り向くと、がっくんが呆れた顔をして加勢してくれていた。
そんな私達を上から見下ろし、ドヤ顔でほほ笑む忍足。


「別に俺はその子と付き合いたいとかそんなんちゃうねんで。」

「…じゃあ何なんだよ。」


部室のロッカーをバタンと閉めた音と同時に、着替え終わった様子の宍戸が言う。
少し呆れた声で、忍足に問いかけた。


「可愛い女の子が見れれば何でもええんや。」

「なーに言ってんのよ、こんなアイドルつかまえてっ☆」


パッチーンと忍足に向かってアイドルウインクを飛ばす私。

そして、数十秒間…部室内の時間が止まったかのように感じた。

いや、え、私こんな時を止める特殊能力持ってたかな?


「…にっ、逃げてください先輩!」

「へっ!?なんで逃げるの?」

「…こないだも跡部さんにそういうこと言って蹴りだされてませんでしたっけ?」


焦って私の背中をドアの外に向けて押すちょたと、
呆れ顔で部室を去ろうとするぴよちゃんさま。
ぴよちゃんさまの言うとおり、制服の上着を羽織りながら跡部さんが全力でこちらを睨んでいます。
いつ暴力を振るおうかと、こちらを見据えています。おお怖い。どこの熱帯ジャングルだよ、ここは。

でも、…そんなこと言ったって、これだけは譲れないんだから…!
誰がどう見たってこの野郎どもの中で日々キツイ調教に耐えながら健気に働く私はアイドルじゃないですか…!
獰猛な動物ばかりのジャングルに裸足で迷い込んだ、か弱きアリスじゃないですか…!


というようなことを小声でちょたに呟くと
無言で首を横に振られた。…うん、わかった。私、頑張って現実を見ます。



「……まぁええわ。ほんでその可愛い子のアドレス聞いてきたんやろな。」

「聞いてきたけどさー…、どうする気?」

「取り合えずメールして、会う約束取り付ける。」

「だから会ってどうする気なのよ。」

「……にはまだ早いことや。」

「………うううわあああ、駄目だマジで今鳥肌がたった…。」

「大丈夫?ちゃん。」

「ジロちゃん…、ジロちゃんは忍足みたいな肉食系にならないでね。」


およよ、と泣き真似をしながらふわふわのジロちゃんに抱きつく私。
特に話の流れはわかってなさそうなジロちゃんが、笑顔で抱きしめ返してくれる。
よかった…これで忍足の公害的発言を中和することができた。


「ええから、はよ教えて。」


ぎゅうぎゅうとジロちゃんと抱きしめ合っている私の肩を掴み、
いよいよ笑っていない目で迫ってくる忍足。
…こいつガチだな。



「…ちょっと里香ちゃんに聞いてみるから待って。」

「里香ちゃん言うんか、名前も可愛いな。」

「名前もって、侑士まだ見てないじゃん!」

「あ、ほんまや。、写メは撮ってきたんやろな。」

「もー、うっさいな!がっつきすぎなのよ、あんた!別にそこらへんに寄って来る女の子いっぱいいるじゃん!」

「他校ってとこが大事やねん。他校の子とお近づきになれる機会ってあんまないからな。」


偵察の時に柳君にもらったノートを取り出し、
里香ちゃんにアドレスと電話番号を書いてもらったページを開く。
…あれ、なんで2種類電話番号があるんだろう。

とりあえず、ページの1番上に書いてあった電話番号を携帯に打ち込み、
通話ボタンを押すと、無機質なコール音が耳に響いた。

隣で忍足がいつにも増してキラキラした顔で見つめてくるのが怖すぎる。



PLLLL…


プッ


「…あ、もしもし里香ちゃん?」

『……あ?誰?』


可愛い声を想像していたのだけど、なんだか男の子みたいな声が聞こえた。
里香ちゃんったら1日の間にこんなドスの聞いた声が出せるようになったのかな、お姉さん安心したよ。


「昨日会ったばっかりのでーす!覚えてる?」

『………さん?』

「うんうん!里香ちゃん、すごいね!そんな男みたいな声出せるようになったら、もうイジメもなくなったでしょ?」

『…何言ってんスか、俺ッス。切原。』







「えと…、はい!書けました。」

「じゃー、俺も!」

「はい!メールしてくださいね、さん!」








思い出した、あの時そういえば切原氏にも書いてもらったんだった。
ノートをもう1度見てみると、確かに適当に書き殴ったような男らしい文字だ。


「あ…間違えました、すいませ〜ん…。」

『えー、折角電話してきてくれたのに、もっと話ましょうよー。』

「いや…いや、あのね今隣に阿修羅がいるからね


私の顔をキスでも出来るんじゃないかというぐらいの至近距離で睨み倒す忍足。
早く代われという合図なのでしょうか、本当に気持ち悪いのでやめてほしいです。


『あぁ、今部活中ッスか?っていうかさっき神田に電話しようとしてました?』

「部活は終わったんだけどね…そうなの。うちの女と聞けば見境のない変態メガネがごふぅっ!!
 え…ええっと、とってもイケメンの見る角度によっては爽やかに見えなくもない、いや、
 なかなか見えないけど1週間に1回ぐらいはそう見える感じの男の子がね、ぐふっ!
 ちょ、痛いっつーのよ、バカ!あ…ごめんね、えっとそいつが里香ちゃんとお近づきになりたいって、
 図々しいことを言うもんだから、メアドを教えてもいいかなぁって…許可を取ろうと思って電話したんだ。」

『大丈夫っスか、なんか女子から出るはずのない声出てますけど…』

「だ…大丈夫よ、とにかく里香ちゃんに電話してみるから…」

『…神田なら今一緒に部室にいますから代わりますよ。』

「お、本当?ありがとー。」


それなら話が早い。
急がなければ…一刻も早く里香ちゃんに約束を取り付けなければ
私はこのまま無表情の忍足にサンドバックにされ続けてしまう…

ちらりと忍足の方を見ると、相変わらず曇りのない目で私を睨んでいた。
手は握りこぶしを作って爆発寸前です。くっそ…人が電話してるからって調子のりやがって…!


『…あ、もしもしさんですか?』

「あ!里香ちゃーん、急にゴメンね!」

『いえ、さん昨日はありがとうございました!私家に帰って早速腕立て伏せからはじめました!』

「いやいやー、当然のことをしたまでです!一緒に頑張ろうね!」

『はい!……それで、あの私のメアドを…?』

「あ、そうなの。ちょっとね…氷帝テニス部の天才と言われてる、まぁそこそこイケメンの部類には入る男がね、
 里香ちゃんとお近づきになりたいと申しておるのですが、メアド教えてもいいかなぁ…?
 ほら、もしもの時は私がきちんと制裁を加えるから心配はしないで!」

『うふふ…大丈夫ですよ、さんのお知り合いなら信頼できますから。』



見たか!私の人望のおかげであんたは他校の可愛い女の子にありつけるのよ!
というようなことを全力で顔で表現し、忍足に向けるとグっと親指を突き出してグッドジョブ、と囁かれた。
……なんかウザイな。


「ありがとう!じゃあ、ちょっともしかしたら不幸のメールみたいなのが来るかもしれないけど、耐えてね!


私がそう言って、電話を切ろうとしたその時。
手の中からスルリと携帯が奪い去られた。


「あ、もしもし里香ちゃん?」

「ちょ、返しなさいよ!」


そう言う私の頭を上から押さえつけニヤリと笑う忍足。
……せめてスピーカーにして話を聞かせてくれと頼むと、すんなり受け入れてくれた。
だって、大切な里香ちゃんにもしものことがあったら心配じゃないですか。


『あ…、はじめまして神田里香と申します。』

「俺は忍足侑士、言うねん。よろしゅーな。」

『さっきさんが言ってた方ですね、よろしくお願いします』

「ほんでな、里香ちゃん。今度軽くお茶でもせへん?」



うっわ…初めて話してすぐにお茶に誘うとか、お前はどこのシティーボーイですか…。
いつのまにか私達の周りを取り囲んでいたがっくんや宍戸に、小声で「あり得ないよね」って言うと
思いっきりうなずいてくれた。よかった、これが世間の常識じゃなくて。



『え…っと、大丈夫ですよ。』

「わー、ほんま?嬉しいわ。」

『あ!あの、でもさんも一緒がいいです!私もう1回さんに会いたくて…!』


里香ちゃんが可愛い声でそう言ったのを聞いた瞬間、
忍足が私に凍てついた目線を容赦なく送ったのを見逃しませんでした。
里香ちゃん…!私ももう1回会いたいと思ってたよー!


「…、お前女友達出来るんだな。」

「何言ってんの、がっくん。私は女の子にモテるタイプよ。」

「あぁ、といるとどんな女も可愛く見えるもんな。」

「宍戸、あんた今日帰り道背後には気をつけた方がいいわよ。」


小声で話す私達を無視して、忍足は話をすすめる。






「…おー、ええで。ほな初めて会うわけやし、皆で遊ぼや。こっちも何人か男連れて行くし、里香ちゃんも友達連れておいで?」



「…すげぇ!!一瞬でデートから合コンへ目的変更したぜ。」

「がっくんには出来ない芸当だね。」

「したくもねぇし。っていうか、これ絶対俺達も連れて行かれるパターンじゃん。」

「…まぁ、間違いなく連れていく気満々だな。」

「あー…あんたら黙ってれば女の子おびき寄せるいいエサになるもんね。跡部とか。」


コソコソと話していると、ギっと跡部に睨まれました。
っていうか、なんだかんだあんたも帰らずに聞いてるじゃない。
本当、どんなイベントごとにも自分が参加しないと気が済まない男だよ。


『友達………ですかぁ、わかりました!』

「ほな、明日の日曜日とかどうや?俺の練習終わってからやから…夕方ぐらい。」

『大丈夫ですよ。あ、そうだ私1回さんがどんな学校に通ってるのか見てみたいし、氷帝学園の近くでご飯にしません?』

「お、来てくれるんか。ありがとうな。ほな待ってるわ。」

『はい!楽しみにしてますね、それでは失礼します。』


ピッ














「…侑士、さっき言ってた何人か連れて行く男って…。」

「もちろん皆来てくれるやんな?」

「えー、俺パス。興味ねぇし。」

「宍戸…、こないだ貸したった『こんなにすごい!淫乱ナースの「わかった、参加するわ。」

「ねーねー、俺も行くー!ちゃん行くなら俺も行くー!」

「おう、ジローも来い。ほんでを適当にどっかやってくれ。」

「ちょっと、私を邪魔者扱いするんじゃないわよ!里香ちゃんは私に会いに来るんだからね!」


私の携帯をボスっとソファに放り投げて、ニヤニヤする忍足。
がっくんはもう諦めモードで、強制参加決定みたいだし、
何か思春期男子特有の秘密を握られている様子の宍戸もおそらく参加、
後輩トリオは忍足に逆らえるはずもなく参加だし(ぴよちゃんさまは心底嫌そうな顔をしてたけど)
ジロちゃんは何故かウキウキで参加表明。合コンって何かわかってるのかしら。
そして同じくソファで踏ん反り返ってる跡部は…


「…跡部も行くの?」

「あー…跡部は来んでもええで。」

「なんでだよー、除け者にしちゃ可哀想だろ侑士ー。」

「そうだよー、いくら跡部が見ず知らずの他人とコミュニケーションを築くのが下手すぎて、
 合コンで王様ゲームをはじめようもんなら「俺様意外に王様がいるわけねぇだろうが、あ〜ん?」
 とか、その場の空気をショベルカーでぶっ壊すようなこと言いそうだからって、仲間はずれは良くないよー。」

「言いたいことはそれだけか。」

「痛い痛い痛い、すいません!」


当然のようにアイアンクローをお見舞いされた私は、なす術もなく。
私を傷めつけながら平気な顔をしている跡部に、忍足が言った。


「…跡部来たら女の子皆とられてまうからなー。」

「…はんっ、当たり前だろうが。」


思わぬ意見にご満悦の様子のバカ帝王は、私を開放しニタリと笑っていました。
…なんだかんだでわかりやすいよね、跡部って。


「まぁ、折角やし氷帝のオールスターズで挑もか。」






























「ほら、。いつも頑張ってくれてるにポカリ買ってきたったで。」

「……何なのよ、気持ち悪い。」


部活終わりの合コンが楽しみで仕方ないのか、いやに優しい忍足。
1人だけ浮かれちゃって…。私は憂鬱だというのに…。

だって、女子対男子の合コンの男子側に何故か1人女がいるんですよ?
まぁ、里香ちゃんに会えるのは楽しみなんだけど…、それでも自分が場違いすぎて普通に行きたくない。
折角の日曜日なんだから家に帰ってゴロゴロしながら映画見てチョコチップクッキーとか食べたい。


「……はぁ。」


まぁ、1回だけだろうし。
実際の忍足を見たら、里香ちゃんもどん引くだろう。
というか、里香ちゃんには切原氏という想い人がいるんですもんね。








「終わったー!よし!、携帯チェックし。」

「はいはい…。あ、さっきメール来てたみたい。…もう氷帝の校門に着くってー!」

「あかん!急ぎや、皆!女の子待たしたら第一印象最悪やで!」


やたらキャピキャピとはしゃぐ忍足を見て、げっそりしているその他メンバー。
うん…わかるよ、その気持ち。興味のないことに付き合わされるその気持ち。

でも、今の忍足に歯向かおうものなら例え跡部でも言いくるめられかねない。
こうなった忍足を止められないのは周知の事実だった。


























「あ、さーん!」


校門に立った柱の陰から、可愛い女の子の声が響いた。里香ちゃんだ。


「里香ちゃーん!待たせてごめんねー!」

「遠いところまでありがとうなー!」


私が走るのと同時に、気持ち悪すぎる猫撫で声を発しながら忍足も走り出した。
そしてその後ろを歩くルックス的に派手すぎる氷帝メンバー。
ダラダラと歩く彼等に忍足が一瞬、殺意を込めた視線を送ると
皆、しぶしぶ小走りになった。…忍足のその執念はどこからやってくるのだろうか。






「里香ちゃん、他の女の子は………」






忍足が、走り寄って里香ちゃんに声をかけたその時。


柱の陰から姿を現したのは























「どうも、忍足君。」

「あ!さーん!会いに来たッス!」






夕暮れの空にキラリと光る幸村君の笑顔に、切原氏の明るい声。

2人に続いてぞろぞろと、こないだ見たばかりの立海レギュラー陣が降臨なさった。




























「…。」

「……はい。」

「どういうことやねん。」

「知らないわよ、私もわけわかんないわよ!」



「あのー…さんに忍足…さん?」

「…あ、里香ちゃん。…今日はお友達連れてきてくれるんちゃうかったっけ?」


私の首根っこを掴み、わき腹を数回殴りながら、いつもより数オクターブ低い声で
私に向かってクレームをつけてきた忍足。

里香ちゃんがいきなり話しかけてきたもんだから、
引きつった笑顔を浮かべて、必死に友好的に話しかけようとする忍足。…笑えるわね、これ。


「あ…ごめんなさい、私お友達ってあんまりいなくて…、昨日電話してた時にたまたま従兄妹の精市君達と一緒にいたので
 その話をすると、皆ついて行くって聞かなくて…。…ごめんさい、ダメでした…か?」

「…っいや…そ…そんなことあらへんよ〜、なんや今日は楽しくなりそうやわ〜!」



…先ほどまでのあのルンルン気分の忍足を思い返すとちょっと気の毒な気もするけど。
女の子にがっついてた罰が当たったんだよ〜、と思い少し吹き出すと容赦ない肘打ちを食らいました。








先日の嵐はまだおさまっていなかったようです。