氷帝カンタータ





第17話 男祭り(中編)





「丸井くーん!」

「おお、ジロ君久しぶり!」

「え、え何?丸井君とジロちゃんお知り合いなの?」

「そーだよー、仲良しなんだよー!」


珍しく覚醒しているジロちゃんが丸井君に駆け寄った。
笑顔で再会を喜ぶジロちゃんと丸井君が可愛すぎる、何その無邪気な笑顔!
…こんな桃源郷みたいな光景を齢15歳にして拝めるなんて…私は幸せ者だ。

心のフィルムだけに収めるのはもったいないと思ってさりげなく携帯を取り出すと、
肩をポンと、叩かれた。

先輩、また同じ過ちを繰り返す気ですか?」

振り向くと、殺気に満ちたぴよちゃんさまの目線とぶつかりました。
わぁ、怖い☆以前、ぴよちゃんさまを「のトキメキメモリアルフィルム」に納めていた事をまだ根に持っているんですね。
「盗撮ですよ、それ。犯罪です。」

…と真顔で言われた時の顔が素敵過ぎて、自然と指がシャッターを押していた…
後の「日吉の乱」という事件なのですが
(あの時は本気でぴよちゃんさまが私に平手打ちしようとしたのを、ちょたが必死で止めてくれた)
それ以来、ぴよちゃんさまは私の携帯を定期的に、しかも勝手にチェックするという、
彼氏彼女の関係なら間違いなく修羅場になりそうな行動をとるようになりました。
さすがの私でもぴよちゃんさまに抗議をしたところ、
「俺と先輩は彼氏彼女の関係ではなく、加害者被害者の関係なので問題ありません。」
とのこと。……何も言えない私をそっと慰めてくれたあの時の樺地の優しさ、忘れないよ。



しかし、まぁ…こんな大勢のイケメン男子に囲まれた女子が未だかつて日本に存在したでしょうか?
大奥とか、源氏物語とかさ。綺麗な女性に囲まれるっていうことはあっても…
こんなハーレムはなかったはずだ。

総勢16人の男子が、校門に勢ぞろいしてたらそりゃ大騒ぎになりますわ。
先ほどから通りすがりの女子達が目をハートにしてますもの。

そんな中に居ても全く引けをとらない可愛い里香ちゃん…。
全然浮いてないもん、通りすがりの女子から「可愛い〜」との声まで聞こえるんだもん。

しかし里香ちゃんと違って、平々凡々な私はイケメン円陣の中に囲まれると…なんというか…
何かの手違いで召喚された宇宙人のような感じになってしまってる、自分でもわかってる。
だから通りすがりにクスクス笑うのはやめてください、まだ睨まれた方が嬉しいわ。


「…っていうか、何コレ。男ばっかじゃん。」

「なぁなぁ、侑士。俺、帰っていい?」

「…帰るぞ、樺地。」



周りからの視線に耐えかねて、そうだ、無機物のフリをしよう、と考えつき
心を無にしていたところに、氷帝メンバーの声が聞こえてきた。

皆、なんだかんだ可愛い子ちゃん達を期待してたんだろうなぁ。
さっきは、面倒くさそうにしつつも目は死んでなかったもんな。

でもどうでしょうか、今のこの全てに興味を失った目を見てください。
まるで公園に友達数人でわざわざ集まってゲームをしている現代の子供達のようではありませんか。
全然輝いてない、目が死んでるよ…!現代社会が作り出した闇だよ!


「いーっスよ、俺はさん居ればそれでいいんで。」


がっくんや跡部が私達に背を向けて歩き出したその時、
私の背後から切原氏が抱きついてきたではありませんか。
耳元でそんなこと言われたら、私はどうしたらいいのでしょうか、やめてくださいばくはつしてしまいます
…っていうか、里香ちゃん…!!
切原氏が好きだったはずの里香ちゃんの方を向くと、意外にもニコニコ顔で
「私もさんに会えてうれしい!」なんて言ってました。ははーん、これが天使か。


「フフ、赤也。駄目だよ、本当のこと言っちゃ。」


普段ジロちゃんに抱きつかれ慣れているはずの私が、
柄にもなく緊張してしまい、切原氏の方を振りむけずにいると
今度は幸村君が切原氏をベリッと剥がして肩を組んできたでありませんか。

…なんだろう、立海の人ってこんなにスキンシップ激しかったかな


、こっちきんしゃい。」


そして極めつけは仁王君。
肩を組んでいた幸村君に、片方の手を握られ、もう片方の手は仁王君に握られ…
両手をつながれた状態で引っ張られているのですが…

これはもう本当にCIAに捕獲された宇宙人そのものの構図ですよね。
そのまま、立海メンバーはゾロゾロと私を中心とした円を描きながら移動し始めた



のですが




「…おい。」


不機嫌マックスな跡部の声に私達が振り向くと、そこには跡部に輪をかけて不機嫌マックスな顔の氷帝メンバー。


「…何だい、跡部。」

「そいつどこに連れて行く気だ。」

「やだなー、跡部さんじゃあるまいし変なとこ連れて行かないッスよ!皆でご飯食べに行こっかなーって。」

「言っとくけど、は焼肉屋行ったら肉を率先して焼いて、皆に配るフリして焼きあがった分全部1人で食べるから、気をつけろよ。

「あと、間違ってもにドリンクバーのおかわり頼まない方がいいぜ。平気でココアとコーラのミックスとか作るからな。

「ちょ…私を貶めるような発言しないでくれる?!」

「だーって、本当のことだろー。」


つーんとそっぽを向くがっくん。そんなに私がちやほやされるのが気に食わないのか…!
なんだかんだと手を尽くして私を「残念な女」認定させようという気なのね!


「…フフ、面白そうだね。さんと居ると飽きなさそうで氷帝がうらやましいよ。」

「…え、えへへ幸村君ったら…。」

「本当ッスよ、さん立海に来て下さいよー。」

「そ…そうだね、でも私皆のアイドルだか「ウザイ。」




立海のメンバーに囲まれてウハウハする私の目の前にズイっと出てきたジロちゃんは相当不機嫌で。
ジロちゃんの口から「ウザイ」なんて言葉が出たという事実だけで、少なくとも後3日は寝込める私。辛い。


「ジ…ジロちゃん、ウザイって?」

ちゃん、何嬉しがってんの?お世辞に決まってるじゃん、そんなの。」

「そ…そうだよね、調子乗っててごめんね、だからそんな睨まないでね、私ひきこもるよ?


繋がれた両手を振りほどき、スライディング土下座も辞さない覚悟でジロちゃんに訴える。
それでもなおジロちゃんの鋭い視線は逸らされなかった。ちょ…怒りすぎじゃない?


「そんなことないよ?少なくとも俺は本気で言ってるんだけどなぁ。」

「…ちゃんをあげるわけないでしょ、何言ってんの?」


もう、私の窮地を楽しんでるとしか思えない幸村君がまた爆弾を笑顔で投下する。
ジロちゃんがギっと幸村君を睨み、それに対して幸村君はニコニコと余裕な様子。
な…なんだかややこしい事態になってきたぞ…


「…とにかく俺も行くからね。ちゃん。」

「う、うん。一緒に行こう。」

「……まぁジロー1人だけ行かせるわけにも行かねぇし、俺もついて行ってやるよ。」

「宍戸さんが行くなら、俺も……。」

先輩を1人で行かせると何を仕出かすかわからないですからね。」

「えー、マジかよ。じゃあ俺も行くしかないじゃん。」

「俺は、最初から行くつもりやったしな。な、里香ちゃん。」

「わぁ、忍足さんも来てくれるんですね。大勢の方がきっと楽しいです!」

「り…里香ちゃん、その理論はこのメンバーには通用しないと思うけど…いや、おそらく絶対数時間後には
 その発言をした自分自身を殴り倒したくなるぐらいの地獄絵図になってると思うよ?」


相変わらず気分の変わりやすい氷帝メンバー。
結局なんだかんだで全員参加になりそうな予感…

そしてちゃっかり参加表明をする氷帝メンバーに対して明らかに面倒くさそうな顔をする立海メンバー。
……この子達って仲悪いの?


「ちぇー、邪魔者がついてきた。」

「折角今日はお前さんを独り占めできると思ったのにのぅ。」


相変わらず、私を盛大に甘やかしてくれる切原氏に仁王君。
他の立海メンバーも皆私に優しくしてくれるので、つい顔がゆるんじゃいますよね。だって嬉しいもん。
こんな扱いを1週間のうちに2日も受けられるなんて、私は今一生分の運を使い果たしてるんじゃないでしょうか。



バチッ


「いっ…たい!」

「…気持ち悪い顔で笑ってんじゃねぇ。」

「なっ…わ、笑うぐらいいいでしょ!普段は笑顔を失ったシンデレラのような仕打ちを受けてんだから!

「誰がシンデレラだ、シンデレラに謝れ。」

お前が私に謝れぇええええ!



普段よりも強引な絡み方をしてくる跡部についイラっとして
逆水平チョップを繰り出してしまった。
もちろん軽くかわされてしまったんですけどもね、っち。


「……行くぞ。」

「…どこによ。」

「飯だろうが。言っとくが俺がファミレスなんかに行くと思うなよ。」

「お。跡部、ほなあの店予約してくれるん?」

「この人数ならあそこしかねぇだろ。」


テニスバッグを背負いなおし、跡部と忍足が携帯片手に歩いて行く。
跡部の先ほどの言葉で大体どこに向かっているかわかる氷帝メンバーは
ゾロゾロと跡部の後に続く。…きっと、あのレストランだろうな。


「む…。どこに行くつもりだ?」

「たぶん跡部行きつけのレストランだと思う。VIPルームみたいなのがあるからこの人数でも入れるはずだよ。」

「…さすが跡部だな。良いデータがとれそうだ。」

「…柳君、何のデータ?」

「……跡部が何を頼むか…、普段どのようなものを食べているか…調べる必要がありそうだ。」

「いや、絶対ないよ!あいつ私達が見たことも聞いたこともないような食材ばっか食べてるしね。」

「しかし良いのでしょうか…そのような高級なお店に中学生だけで…。」

「…私もよく思うんだけどね、跡部はお金に対してだけは頑固なぐらい男前だから払わせてくれないんだよね。
 まぁ、払えないんだけどさ。だからね、地味に怖いのは跡部がいつか『あれだけ食わせてやったんだから体で払え』
 的な事を言ってこないかということなのよ。あいつ私のことそういう意味で狙ってんじゃないかな。」

「なぁ、ジロ君。っていつもこんな感じ?」

「そうだよ!ちゃんはねぇ、俺でもたまに可哀想だなって思うぐらいの知能しか持ち合わせてないんだよ!

「やめて、ジロちゃん!朗らかな笑顔で私の心を踏みつぶさないで!」





























跡部の誕生日会が毎年行われているというレストラン(私はまだ参加したことがない)
外見だけ見ると、まるでホテルのような豪華絢爛な建物。
氷帝のメンバーは慣れているもんだから、跡部を先頭に躊躇なく入店するんだけど
立海の皆はやはり慣れていない様子で、入るのをためらっていた。

弦一郎君なんか、冷や汗かいてるし。
何故か帽子を脱いで直立不動だし。
面白かったので後ろから膝かっくんをしてみると見事にきまった。


「な…何をする!」

「あはは、余りにも弦一郎君が緊張してるからさ。折角会えたんだし楽しもうよ!」

「そうッスよ!っていうか真田副部長がこんなお洒落な所に来れる機会なんてこの先ないと思いますよ!」


ゴチンッ


「いって!げ…げんこつすることないじゃないッスか!」

「うるさい、先輩に対して無礼なことを言うからだ。」

「ふふ、でも弦一郎はやっぱり違和感たっぷりだね。」

「幸村っ!」


弦一郎君が顔を真っ赤にして怒鳴るもんだから、噴出してしまった。
皆に愛されてるんだなぁ、弦一郎君。なんか微笑ましいよ。

1人が笑い出すと、つられて皆笑いだす。
それが重なってなんだかおかしくなってきて、レストランの外で大爆笑する私達。



っ!

「っわ、びっくりした。何?がっくん。」

「………早く入らないと跡部がキレるぞ。」

「わかったわかった。皆、入ろー!お腹空いたね!」


いつになく笑顔のないがっくんが焦った様子でレストランから飛び出してきた。
私のぷにぷにの二の腕に、がっくんの細い指がめり込む程の力で私の腕を掴み、
そのままズンズンと歩き出すがっくん。

何事かと思うじゃない…跡部がキレたって、別にいつも皆気にしないじゃん。
私が跡部に理不尽な理由でキレられてる時だって見て見ぬフリするくせに…!

なんかさっきから氷帝の皆の様子がおかしい気がする。







レストランの入り口から奥にずっと真っすぐ行くと、黒い大きな扉がある。
ここは会員のみが利用できる個室らしく、既に顔パスの跡部を店員さんが笑顔でVIPルームに案内した。
…普段からこんな扱い受けてれば、あのぐらい尊大になるのも仕方ないか。

氷帝のメンバーは相変わらずやる気のない様子で、足をぺたぺたと鳴らしながら歩いているけど
立海のメンバーはわいわい騒ぎながら、興味深そうに店内を眺めていた。

個室は30名ほど入れそうな広さがあり、全体的に黒を基調とした大人っぽい雰囲気。
ワインレッドの絨毯に、見ただけで今にも座りたくなるふっかふかのソファ。
壁には趣味の良いシャンデリアがいくつか飾られており、オレンジ色の優しい光が部屋をぼうっと浮き上がらせている。

細長いテーブルに対面で座るような形になっているが、こういう時ってどこに座っていいかわからないよね。
もちろん跡部はお誕生日席にどかーんと足を広げて踏ん反りがえってるのですが、
…やっぱりこういう交流会の時って、普段話さない人と話すから楽しいんじゃない?


「ねぇねぇ、くじ引きで席決めようよ!」

「えー、私はさんの隣がいいです!」

「何言うてんの、里香ちゃん。なんかの横におったら毒されてまうで。」

「どういう意味よ。」

「可愛い里香ちゃんが、みたいなプロレスラーになるのを避けるためや。

「誰がプロレスラーよ、あんた達がそうさせてんでしょ!」

「…まぁまぁさん。僕はさんの意見に賛成だよ。折角だから色んな人としゃべりたいしね。」


穏やかな声に振り向いてみれば、そこには天使のような幸村君。
……こういう人材よ。私の怒りをやんわりとなだめてくれる、ちょたのような存在の3年生が氷帝にもいれば
私のテニス部人生は大きく変わっていたに違いない。もっと穏やかな性格になっていたに違いない。
そうです、基本的になんでも人の所為です。だって認めたくないんです、自分がいつのまにかプロレスラーと認識されてたなんて。


「はい!じゃあ、皆さん生徒手帳出してくださーい。」

「…生徒手帳?なんでだよ。」


元気な声で切原氏が、皆の元に駆け寄り1人1人から生徒手帳を集めていく。
不機嫌な顔をした宍戸の問いかけには答えないまま。
…あいつ、きっと昔の髪の毛長い写真見られるの嫌なんだろうな、ぷぷっ。


「ではー、これをシャッフルして机に置いていきまーす。そこに座ってください!」










なんという合コンテク!!




そ…そうか、くじ引きをわざわざ作る手間を省いたのね…
そして、テーブルの上に裏向きに置かれる生徒手帳…
どこが自分の席なのか、めくってみるまでわからないドキドキ感もある。
さらに、めくってみた生徒手帳が例えばお目当ての異性のモノだったならば、
「あ、○○君の席ここだよ〜☆」みたいな感じで、話のきっかけにもなる…!!

こ…この子……


絶対合コン慣れしてるよ…!!!






「…何スか、さん。」

「…これからは、切原氏の事をコンパ界の魔術師って呼ばせてもらうね…。」

「何スかそれ?」

「勘違いするな、。立海のテニス部全員が赤也のように遊び呆けている訳ではない。」

「ちょ…柳先輩、俺別に遊び呆けてませんし!」

「……1週間前に告白された1年生の城山「わー!先輩ストップ!さんの前で何言ってんスか!」


ひどく焦った様子で柳君に飛びつく切原氏は、やっぱり立海が生んだコンパ☆スターのようだ。
…そりゃ、モテるでしょうよ。別にそんな隠すことでもないのにねぇ?

うちの某A部長なんかは常日頃から女の子をはべらせては光悦とした表情で校舎内を練り歩いてますよ?
自分大好きだから、注目されるのが快感でしかたないんでしょうね。
あれぐらい堂々とされると、もうつっこむ気も失せるというか…ねぇ。


「さ…さぁ、皆さん自分の席に座ってくださいね!」


切原氏が声をかけると、皆しぶしぶ机の上に置いてある生徒手帳をめくり始める。
…うーん、なんかこの感じいいね。ちょっとドキドキしちゃう感じ。
私の生徒手帳はどこかなーっと。…出来れば、立海のメンバーの近くがいいな。里香ちゃんとか。
だって氷帝に囲まれでもしたら、間違いなく私の輝きが失われる。だってあいつら私のこと絶対イジルもん。

そうだなぁ…例えば、丸井君とがっくんとジロちゃんとちょたに囲まれるっていうのは、どうだろう。
あ、あかん、完全に天国ですやん…!鼻血でる鼻血でる…!

後は後は…、柳生君と仁王君とぴよちゃんさまと弦一郎君に囲まれるっていうのは、どうでしょうか。
…やだ、何か大人っぽい雰囲気になりそう!政治経済の話とか出来ちゃいそうじゃない?そういうの憧れる!


うふふ、妄想は広がりますが…さて、私の席は…












「…あ、さんの隣だ。ラッキーだな。」

「わ、よっしゃ!俺もさんのとーなりー!」

「…っち、何が悲しくてお前のツラ見ながら飯食わなきゃいけねぇんだよ。」

「わーい、ちゃんの前でよかったー!」



両隣りには幸村君、切原氏。
そしてテーブルをはさんで目の前には跡部にジロちゃん。








なんだかとっても面倒くさいことになりそう…!









切原氏がやたらと私を甘やかすような発言を連発して、
それに対して幸村君が場の空気を積極的に乱そうと、いたずらに同調するはず…。
そして、それを見たジロちゃんは私がちやほやされるのが気に入らないだろうから
絶対にキレモードジロちゃんに進化するに違いない。
そんで、なんやかんやと言い争いが繰り広げられて、

なんやかんやあって、イライラした跡部に私がアイアンクローをかまされるところまでの
嫌なシミュレーションが脳内で完成したと同時に、私は無意識に立ちあがっていた。



「り…里香ちゃん、ちょっとトイレ行こっか。」

「はーい!」



























「…ねね、里香ちゃん。里香ちゃんの席隣誰だった?」

「あ、えーと…隣が氷帝の鳳君と…日吉君?です。で、目の前は真田副部長と忍足さんです。」

「うわ、何その平和な席。…忍足は置いとくとして、めちゃくちゃ平和そうな席じゃん。」

「…そうですかね?」

「そうだよー!私の席と交換……はっ!」


ここで私の脳内に悪魔的閃きが舞い降りた。
…確か、里香ちゃんは切原氏のことを好きだったはず。
だったら絶対切原氏の隣に座りたいはず。

ということは、私があたかも善意で席を交換してあげようか?ということを提案すれば…
もしかすると…!

天国から地獄へと垂らされた一本の蜘蛛の糸に必死にしがみつこうと、私は引きつる笑顔で里香ちゃんに提案をした。


「そ…そーうだっ!里香ちゃんってさぁ、切原氏の事好きだったんだよね?」

「え…え、突然どうしたんですか?」

「いやぁ…私、切原氏の隣の席だけど里香ちゃんに譲ろうかなぁと思ってさ!悪い話じゃないでしょ?」

「あの…!」

「まぁ、目の前に跡部がいるっていうのは本当に残念だと思うよ?だけど、あいつも顔だけなら十分オススメできるからさ。
 大丈夫だよ、跡部に話しかけられたら『わ〜ぁ!さすがです跡部様〜!』って言っとけば何とでもなるからね。

「違うんですさん!」

「……ん?」

「あの。私確かに以前さんに助けられた時は切原君の事好きかもって思ってたんです。……だけど、気づいたんです。
 切原君に対する気持ちはただの憧れだったって。」

「…あれ?え、そうなの?好きとかじゃなくて?」

「はい…。今は切原君に憧れる気持ちよりも…、あの…さんに憧れる気持ちの方が強いんです!」


頬を薄く染めながら衝撃的な告白をする里香ちゃん。
な…なんですと……。


「私、さんみたいになりたくてジムにも通い始めたんです!」

「ごめん、里香ちゃん。確実にその道は里香ちゃんを間違った方向へと進めているよ!

「えへへ、まだまださんみたいにはなれないですけど…私、頑張ります!」


あぁ、そんな笑顔で言われちゃうと何にも言えないよ。
憧れてくれるのは嬉しいけど、私の所為でもう一人哀しきプロレスラーが誕生するかと思うと…
こんな可愛いのに…なんか申し訳ない気持ちになるよね。
忍足あたりが聞いたら、怒りの矛先が必ず私に向かうと思う。


「……それじゃあ、席を交換するっていう件については…。」

「あはは、さん精市君の隣ですよね?もし替わったりしたら私が精市君に怒られちゃいますよ。
 さんのこと気にいってるみたいでしたから。」


ふふ、っと笑う仕草がどことなく幸村君に似ている里香ちゃん。
……っく…最後の希望が断たれた…


仕方ない、あの戦場に戻るとするか…。
私に残された道は、1つしかない…









部屋に戻ると、お料理が運ばれていたらしく意外にも皆歓談を楽しみながら美味しそうにご飯をほおばっていた。
私の席から少し離れたところで、がっくんと丸井君が「この肉うめぇな」等と言いながら微笑みあっている。
な…なんだあのサンクチュアリは!お金払ってもいいからそのグループに入らせて下さい!

そのテーブルをはさんで向かい側では、宍戸と柳生君が何やら話をしているようだった。
基本的に心を閉ざしがちな宍戸が、あんなに普通に話してるなんて…
私が入部したばっかりの時は1ヶ月ぐらい目も見てくれなかったくせに…!なんか悔しい…!


そして、里香ちゃんの席の周りでは弦一郎君を中心にして、忍足やぴよちゃんさま、そしてちょたがお話をしていた。
相変わらず弦一郎君は腕を組んで緊張している様子だけど、忍足特有の馴れ馴れしさで場の空気は和んでいるようだった。
私と一緒に戻ってきた里香ちゃんが席に近づくと、ちょたが笑顔で里香ちゃんの椅子を引いてあげていた。
くっ……羨ましい!羨ましすぎる!今から戦場に向かう私とは対照的すぎる光景に思わず下唇を噛んだ。


さーん、何してんスか。早く来て下さいよー。」



切原氏の声が聞こえる。ついに私の元にも赤紙が届いてしまった…。
……頑張れ、大丈夫よ。もしかしたら、幸村君と跡部と切原氏とジロちゃんだって
仲良くできるかもしれないじゃん。男の子って結構すぐ仲良くなれるし、大丈夫よ…!


意を決して自分の席に向かってみると、



そこには眉間に皺を寄せて舌打ちをする跡部


テーブルに肘をついて、明らかに不機嫌そうな顔で切原氏を睨むジロちゃん


変わらない笑顔の幸村君に、私を手招きする切原氏。



うわぁ…帰りたい。絶対私の想像通りの展開になるに違いないよ、これ。






































「ねぇねぇ、さん!さんはどんな奴がタイプなんスか?」

ちゃんは、うるさくなくて髪の毛がくせ毛じゃなくて年下じゃない男が好きなんだよ〜。」

「あ?あんたに聞いてないっしょ、っていうかあんたもくせ毛じゃないッスか。」

「俺のは可愛いくせ毛だからいいんだもん!ちゃんいっつもふわふわ〜って触ってくるもん!」

「なんだよ、可愛いくせ毛って。あんたより俺の方が断然いいくせ毛だし。」

「年下の癖に生意気だC〜!ちゃん、なんとか言ってやってよ!」

「え…えーと、あのー…ど…どっちのくせ毛もいいと思います…。」



「ふふ、それでさんはどんな男がタイプなの?」

「……んなこと聞いてどうすんだよ。」

「…跡部には聞いてないよ。」

「あ〜ん?」

「あ、わかった。跡部はさんが好きなんだ?」

「ちょ、幸村君…やめてください私が被害を受けることになるんです、そういう発言は。」

「……幸村、お前は動物園に行って檻の中のゴリラを好きになったことあるか?」

「……ないね。」

「お前が今言ってんのは、それと同じことだぞ。」

違うじゃん、全然!何をわけのわからない例えを出してんのよ!」

「……じゃあ俺がさんをもらっちゃっても構わないってことだよね?」

「え?…え?」

さんって強いし面白いし何より可愛いし。」

「え…幸村君、私を何か宗教に勧誘しようとしてる?


私の両手を握り、目をじっと見つめながら…口説いてくる幸村君。
ちょっとこんな経験なさすぎて、どうしていいかわからないんですけど…
この後莫大な金額を請求されたりっていうドッキリとかなんでしょうか…


「ね?俺なんかどう?」

「ど…どどどどうと言われましても、え…えーと、部屋にポスターとか貼って愛でたい感じかな…。」

「ふふ、どういう意味?」


バンッ


テーブルを叩く音が室内に響いた。
一瞬でシンとする皆。その視線の先には、机を叩いた張本人の跡部が居た。



「…幸村、お前が動物園を経営していたとして…ゴリラを檻から逃がされたらどうする。」

「……それはイヤだね。大損害だ。」

「…それと同じだ。うちのにちょっかいかけてんじゃねぇ。」

「いや…いや、それと一緒じゃないって!何、どういう思考回路で私が檻の中のゴリラと置き換えられるわけ!?」


全員の視線が集まる中で、相変わらずとんちんかんな例え話をする跡部。
そして、幸村君もなんか納得してるみたいだし…え…、私は檻の中のゴリラみたいなもんなんですか?


「…そうだ、じゃあこうしよう跡部。」

「何だ。」

「立海と氷帝で対決しよう。…そうだな、腕相撲なんかでどうだい?」

「………。」

「それで、立海が勝ったら…。さんを1日檻から連れ出す権利をもらう。」

「ゆき…幸村君?檻って言ったよ、今?私は動物園のアニマルじゃないよ?」

「…氷帝が勝ったらどうするつもりだ。」

「あ、それは考えてなかったなぁ。」

「てめぇ、ふざけてんじゃねぇぞ。」


跡部を挑発するのが上手すぎる幸村君。
な…なんか面倒くさい方向へ話しが進んでるけど大丈夫ですか…?


「…はーい!ほな、氷帝が勝ったら里香ちゃんとのデート権っていうのはどや?」

「…なるほどね、じゃあそうしよう。」

「ちょ…幸村君、里香ちゃんの意志はどうなるの!?可哀想だよ、里香ちゃんが!」

「あ、私は全然いいですよ。」

「順応力高っ!里香ちゃん、あんた大したもんだよ!」

「…っていうか、立海が勝った時にとのデート権って…いいのかよ?」


宍戸が隣の柳生君に問いかける…、ん?どういう意味?


「…どういう意味ですか、それは?」

「いや…のデート権と、その神田さんとのデート権じゃ価値が全然違うだろ。」

「あー、ほんまや確かになぁ。里香ちゃんのデート権が1万円やとしたら、のデート権なんか…マイナス1万円ぐらいやもんな…。」

なっ…なんで私がお金払わないといけない計算になってんのよ!


「跡部、それじゃあまりにも立海が可哀想だからのデート権+金一封ぐらいにしてやろうぜ。


口々に失礼極まりないことを抜かす氷帝陣。
今、発言した奴。全員覚えてるからな、後でどうなるか覚えときなさいよ。

私は屈伸をしながらアップを始めた。
もちろん1人ずつドロップキックで仕留めるためだ。




「……その勝負受けてやろうじゃねぇか。」

「そう言ってくれると思ったよ、跡部なら。」










想像以上の展開に頭が付いていけてないですが




とりあえず言えることは…






私はテニス部に入ってから初めて、




色んな意味で「氷帝が負けてほしい」という感情を抱いています









立海頑張れ、超頑張れ










あいつら負けて後悔すればいいんだ…!!