氷帝カンタータ





第17話 男祭り(後編)





「それじゃあ各校の代表を3人決めて、勝ち抜き戦でどうかな?」

「……いいだろう。」



いつのまにか机の上の料理や飲み物が綺麗に片づけられ、個室内は天下一武闘会と化していた。
とにかく勝負やお祭りが大好きな氷帝メンバーは、我が出る、いや我がという状態でテンションMAX。
対する立海も、「勝負」と名のつくものに負けるのはご法度らしいので神妙な面持ちで代表を決めている様子。

…私、合コンって聞いてたんですけど…。


普通さ…「そんじゃ、次は王様ゲーム☆いぇーい!」みたいな感じで
男女がくんずほぐれつ、むふふな感じになるもんじゃないんですか?





「よし、決めた!1番と4番が……キス―!」

「えー!ちょっと、やだぁ!4番だぁれー?」

「あ、俺だ」

「え…わ、私が…丸井君と…キス?!」

「……いいだろぃ、早くこっち向けよ。」







みたいなさ!そんな感じのイベントとかになるんじゃないんですか!?
そしてそのまま、急接近した2人は夜の闇へと消えていく…みたいな展開なんじゃないんですか、合コンって。
間違っても男だけでわいわい盛り上がるイベントじゃないと思う、合コンって。
こんな可愛い女の子2人ほったらかして良いイベントじゃないと思う、合コンって。


さん、どうしたんですか?熱い眼差しで誰見てるんですか?」

「ほぁっ?!あ…あ、違うよ、決して破廉恥なことなんて考えてないよ?」

「あ、わかった。さんも参戦したいんですね?さんなら優勝確実ですもんね!」


無邪気な笑顔の里香ちゃん、うん、やっぱり幸村君の親戚だわ。
笑顔でナチュラルに私を貶めるその技術…!あっぱれ…!

しかし、どっちが勝つかなぁ。
私的には是非立海に勝っていただいて、先程の妄想のような甘い青春を味わいたいんだけど
うちのお祭りテニス部も負けず嫌いだからなぁ…必死になってガチなメンバーで挑んでくるんだろうなぁ。

しかし、跡部辺りは「くだらねぇ」とか言って適当にあしらいそうなのに、
何か今日に限っては、えらく食いつくじゃない。
忍足まで目をらんらんと輝かせて作戦練ってる様子だし…。

……はっ、わかった。里香ちゃんとのデート権か…!
それがあるからそんなに楽しそうなのか、あんた達…!
くっそ、私という絶対アイドルが居るというのに。

…なんかやーな感じ。

























「はい!では、私が審判を務めさせていただきます。」


里香ちゃんがテーブルの端に立ち、勢いよく宣誓した。
細長いテーブルの片側には氷帝の代表3名、樺地・ジロちゃん・跡部。
そして反対側には立海の代表3名、切原氏・弦一郎君・幸村君。


……うーん、中々どちらもガチですよね。





「それでは、第1回戦!切原君VS樺地君!準備してください。」

「へっへーん、ぜってー負けねぇ。」

「………ウス。」


一見すると体格差からして圧倒的に切原氏の方が不利に思えるんだけど…。
うちの樺地はすごいよ?普段は優しいけど…、私が女の子たちにお呼び出しくらってる現場を見て、
なんとか私を助けようと、ものすごい勢いで走ってきてコンクリートの壁を拳で破壊するんだよ?
威嚇のためなんだろうけど、女の子たちは腰抜かして立てなくなるぐらいのトラウマになるんだよ?

そんな氷帝の巨神兵ボーイ樺地が、切原氏のあの細腕に負けるとは到底思えないわ…。



「レディー…ゴォッ!」



「おっらっ…!!」

「バァアウ!」




里香ちゃんの掛け声で、勢いよく始まった腕相撲。
テーブルが大きく軋み、その力加減の容赦なさが伝わってくる。
……樺地が圧倒するかと思いきや、切原氏も案外善戦してるのね…。

周りの観客は大きな歓声を上げながらそれぞれの代表を応援している。
う…うーん…普段なら間違いなく樺地を応援するところなんだけど、
私的には立海に勝ってもらって、ウハウハしたい。デートとかいう甘酸っぱい青春を味わってみたい。

いいですよね…たまには女の子みたいなこと思ってもいいんですよね?!
罰とか当たりませんよね!?ええい、罰なんて当たってたまるか、私は乙女として当然の思考回路なだけだ!


「き…切原氏頑張れ!」






「……へへ、さんは俺に勝って…ほしいんだって…よっ!


バンッ


「あれ、え…ま……まじで?」


予想に反して、あっさり切原氏が勝ってしまった。応援なんてしてみたものの、実際は9割方負けると思ってたのに。

調子でも悪かったのかと思って、樺地を見るとえらくしょんぼりとした表情をしている。
樺地は無表情だけど、それでもはっきりわかるぐらいしょんぼりしている。
ど…どうしたの樺地…!私が樺地に駆け寄ろうとする前に、立海の皆が切原氏を取り囲んだ。



「おお!よくやった赤也!」

「負けは許されんからな、当然だ。」

「…まずは一勝。皆、気を引き締めていくよ。」






「おい…、樺地。」

「………ウス。」

「…わかった、もういい。」




「ね…ねぇ、樺地どうしたの?勝てそうだったのに、いきなり…。」

「…………先輩…が…。」

「ん?私?」

「てめぇが余計な口はさむからだよ。」

「…へ?私、樺地に何か言ったっけ?」

「切原のこと応援しただろ。」


樺地の両肩にそっと手の平を添えながら私をギっと睨む跡部。そん…そんな睨まれても…!
跡部が手塩にかけて育てた(と、跡部本人は思い込んでいる)樺地が負けてしまったのが悔しいのだろう。
樺地のことになるとこいつはやたらと過保護になるからなぁ…。
私にもそのぐらい優しくしてくれれば、あんたに対する態度もちょっとは変わるかもしれないのに。…いや、ないか。


「応援……あ、ああ。ちょっと囁いただけじゃん!」

「樺地はお前と違って繊細なんだよ。ごんぶと無神経系女子のお前にはわからねぇだろうがな。

何よその特定の1人を指す新しいジャンル!…で、でも樺地…もし跡部の言うとおりなら…ゴメンね?」

「……ウス。」


相変わらずしょんぼりする樺地をそっと抱きしめると、跡部にバシッと手を振り払われた。
なっ…何か、地味に傷つくんですけど…いくら私の神経がごんぶとだとは言え…除け者にされた気分。

もー…私だってどっちを応援していいか未だによくわからないんだから仕方ないじゃん!


……確かに立海に勝ってもらって、ハーレムデートを楽しみたいっていうのもあるけど、



あんた達が里香ちゃんの為に必死になってるっていうのが、面白くないっていうのもあるんだからね。






「では、2回戦を始めます!切原君VS芥川さん!」

「なーんだ、さっきより楽勝っぽいスね!」

「…………。」


テーブルを振りかえってみると、早速2回戦の準備が始まっていた。
余裕の表情で挑発する切原氏と、完全に目がすわってるジロちゃん。

………こ…これは、確実にジロちゃん覚醒しちゃってる…!
マジか!ジロちゃんだけは、女の子とのデートとか興味ないと思ってたのに…
ジロちゃんも普通に可愛い女の子には弱いのね…っく…致し方ないとはいえ…、ちょっと寂しい。


「…ねぇ、さっきからどういうつもり?」

「は?何が?」

「何でちゃんにちょっかいかけるわけ?」

「……別に…。あんたに関係あります?」

「あるよ!なんでちゃんなの?ちゃんなんか全然モテないし、日本語不自由だし、変態じゃん!

「ちょ、ジロちゃんそんなこと思ってたの!?泣いていい!?」

「へー…あんた達にはそんな風に見えてるんスか。さんが。俺は、さんのそういう普通じゃないところが気に入ってるんだけど。
 それに…さんを女に出来ないのはあんたらの所為じゃないんスか?」

「はぁ?どういう意味?」

さんを女として扱わないからだろ?こんな最高なのにさぁ…あんたら惜しいことしてるわ。ま、俺ならさんを女にしてやれますから。」


ペロッと舌をだして悪戯な目を私に向ける切原氏。
ちょ…破廉恥!何なの、女にしてやるって何なの、どこで覚えてきたのそんなセリフっ!
あなた本当に中学2年生?!ドロドロな昼ドラを毎日録画してる私だってそんなセリフ思いつかないわ!

恥ずかしさの余り赤面してしまった私は、金魚のように口をパクパクさせながら柳生君の肩をバシバシと叩く。
声が出ない私を見兼ねた柳生君が「こら、切原君。破廉恥な発言はやめなさい。」と言ってくれたのはいいのだけど、
そう簡単に真っ赤になった顔が戻るわけでもなく…。

ふぅー!あ…っつい、恥ずかしい!

女扱いされるのがこんな恥ずかしいなら……わ…私はゴリラ扱いでいいです…。
なんか慣れないし、こう…なんていうか、毎日こんなんだと心臓がもたないよ。


「……っ。…もういい、早く始めるよ。」

「へへっ!負けねぇッスよ。」


「では…レディー…ゴッ!」



バゴッ



「っっっ!?」




あれ?今何が起こったの?








「す……っげぇ、ジロー!お前そんな強かったっけ?」

「…完全に覚醒しとるな。」


里香ちゃんの声を聞いたと同時に、目の前にあったテーブルが大きな音を立てていた。
瞬きをして見直してみると、樺地に勝ったはずの切原氏があっけなく腕を倒されている光景が。
ジロちゃんは無表情で切原氏を睨みつけているし、切原氏も状況が飲み込めていない様子だった。

こ…これは予想外。
ジロちゃんってそんな力強い方じゃなかったと思うんだけど…。

……っやっぱり…ジロちゃんも里香ちゃんとのデート権に目がくらんでるというのか…!
そ…それなら上手く説明がつくよね、う…ジロちゃんは私だけの天使で居てほしかった…!


「切原氏、どんまい!」

「…負けちゃったッス。」

「あんなにあっけなく負けるとは…たるんどる。」

「…真田副部長頑張ってくださいね、さんとのデートがかかってんスから。」

「……くだらん。余計なことを考えるから負けるのだ。」

「ほ…本人の前でくだらんとは…。弦一郎君言うね…!」

「……デ…デートなど、まだ早い!」

「……っぶふ、顔真っ赤にして言っても説得力ないよ、弦一郎君…あはは!」








「はやくしてよ。」




弦一郎君の肩を叩いて爆笑していると、冷やかなジロちゃんの声が響き渡った。
……どうしちゃったのジロちゃん、ゴルゴでも裸足で逃げ出すほどの殺気を放ってますけど。
いやだよ、そんな確実に里香ちゃんとのデートを狙うスナイパーのようなジロちゃん見たくない…!

しかし現実は受け入れなければならないですよね。
氷帝メンバーの顔を見たらわかります。さっきまであんなに騒いでたのに完全にマジな目になっちゃってるもん。
勝ちを狙いに来てるもん。

きっと皆の視線の先にいるのは私ではなく里香ちゃんなのだろう…!
…なんかやっぱりそんなの悔しい!と思って、隣の里香ちゃんを見てみると
一点の曇りもない笑顔で、「皆さん頑張ってくださーい!ウフフ!」なんて可愛い声かけをしてる。
長いまつげをパサパサと揺らめかせながら、そんな笑顔で応援されちゃったらさぁ…。

………うん、仕方ないわ。


そりゃマジな顔にもなるわ、私だって里香ちゃんとデートしてみたいわ。完敗だよ、完敗。







しかし…しかし、まだ夢を諦めたわけじゃありません。
氷帝が里香ちゃんに夢中になってる今、私の居場所はもはや立海にしかない…!
ここで氷帝が勝ったりしたら……

ま…ますます私の立場が悪くなる気がする。

部活をほっぽりだして、里香ちゃんとのデートを楽しむ皆…

そして、テニスコートに1人…せっせと部室の窓を磨いたり仕事にいそしむ可哀想な私…

そこにやってくる榊先生…、皆の不在を何故か私が怒られ…



っくっそ、考えたくない!嫌だそんな未来、やってられるか!



「弦一郎君…ガッツだぜ…!」

「…言われなくとも、負けるわけがないだろう。」


お…おお、なんと頼りがいのある背中!
帽子を脱いで颯爽と椅子に向かう弦一郎君……不覚にもかっこいいと思ってしまった。

…これただの合コンの遊びなんですけどね。


「では、いきますよー…レディー…ゴーッ!」



バチンッ



「なっ!」

「おい、ジロー!」



わずか0.5秒程で、ジロちゃんの腕はテーブルにへばりついていた。
さっきまであんなに殺気を放っていたジロちゃんを見ると、
うつらうつらと、今にもまぶたが落ちてしまいそうな状態。

……さっき覚醒しすぎちゃったんだね、ああ、可愛い!抱きつきたい!

だがしかし、立海を応援すると決めたからには心を鬼にしなければ…。
なんとしても里香ちゃんに氷帝のシンデレラの座を奪われるわけにはいかない…!



「ジロー、何寝てんだよー!」

「……あのまま覚醒していてくれれば勝てると思ったんですけどね。」

「っち…、樺地。」

「ウス。」

「…ほな、氷帝は残すとこあと1人…か。跡部…、頼むで。」


樺地に担がれたジロちゃんはソファへと移され、
先ほどまでジロちゃんが座っていた席に、ゆっくりと跡部が近づく。

最後の一人になってヤケになったのか、がっくんや宍戸達がお馴染みの氷帝コールを始めた。
あの二人がコールをしながら若干笑っちゃってるのは置いとくとして…なんか楽しそう…私も混じりたい…!
私も、心の中でちょっとだけ跡部を小馬鹿にしながら、コールしたい…!

……ダメダメ。今は己の欲望と利益の為だけに生きるのよ、


「…手加減はせんぞ。」

「望むところだ。勝者は……俺だ!」



「レディー…ゴーッ!」




「いけいけっ、跡部!」

「真田副部長!負けたらダメっすよ!」


「跡部!里香ちゃんとのデートまであと30cmや!」

「…弦一郎、勝てばとデートが出来るぞ。」



「っな…!」


バタンッ











「やった!跡部さんが勝ちました!」

「……プリッ。何しとるんじゃ、真田。」

「な…ななな…蓮二がくだらぬことを言うからだろう!」

「…あんな一言で心乱されるなんて…、経験値低すぎだろぃ。」


顔を真っ赤にした弦一郎君が皆にからかわれてるのを見て、不覚にも可愛いと思ってしまった…!
なんなの、あんなウブなキャラとかずるくないですか…!
そのルックスからは想像できない可愛い赤面顔とかやめてくれませんか…!可愛すぎでしょ…!
軽く見悶えながら弦一郎君を見つめていると、彼の後ろから幸村君が声をかけた。


「真田…俺達は王者だ、負けることは許されない。」

「………すまなかった。」


…うわぁ、ガチや…。
こんな遊びでも負けることが許されないなんて立海は怖いところやでぇ…。
そんなこと言いだしたら易々とゲームもできないじゃん…!いや、それはまた違うのかな?
ま…まぁ、ともかく…次で泣いても笑っても最後の決戦。

大将戦までもつれこむとはね。











「…跡部。」

「……なんだ。」

「俺は、欲しいと思ったものは絶対手に入れる主義なんだ。」

「……で?」

「もらうよ、さん。」

「…っは、お前が扱いきれる女じゃねぇよ。そういうことはあいつのジャーマンスープレックスを受けてから言え。」


決戦の椅子に座った2人が、何やら小声で会話をしていたけど
ヒートアップした周りの声にかき消されて全く聞き取れなかった。

…里香ちゃんは渡さないよ、的なお話をしているのでしょうか。
里香ちゃんは幸村君の大切な従兄妹だしね…。仲も良いみたいだし…。

1人の女の子をめぐる戦い…という風な目で見てみると、なんかものすごい決戦にみえてきた。
見た目だけなら天下一の跡部に、ちょっと引くぐらい美麗男子の幸村君。

……いいなぁ。里香ちゃん。




「幸村君がんばれー。」

「………、さっきからなんで立海の奴ばっか応援するんだよ!」

「え?」


いつのまにか私の隣にいたがっくんが、少し怒った様子で問いかける。
何でって…理由なんて数えるぐらいしかないですけど。

でも…でも、やっぱり1番の理由は…。


「…だーって、がっくん達が必死なのが気に食わないんだも〜ん、負けちゃえ負けちゃえ。」

「…まさかとは思いますが、先輩は俺達があの女子とデートしたいが為に必死になってると言いたいんですか?」

「……図星でしょ?」


いつになく冷たい目線でまくしたてるぴよちゃんさまに、そう答えると
わざとらしいぐらい盛大なため息をつかれてしまった。な…何なのよ。



「…もしそう思ってるなら、先輩は人間を1からやり直した方がいいです。

「と…遠まわしに他界しろと…っ?!」

先輩、変な時は勘が鋭いのに意外と鈍感なんですね。」

「私が?鈍感なんて初めて言われたよ。私ほど計算高い女はいないよ?」


呆れた様子で苦笑いをするちょた。…っもー、さっきから何だっていうんですか。
私は先輩だぞ、小馬鹿にした目で見るんじゃない!…と、言いたいけど…なんか引っかかる言い方をするんだよね。

里香ちゃんとのデートのために頑張ってたわけじゃないの?


じゃあ何のために必死になってるわけ?






「……がちやほやされて調子乗ってる顔がムカツクんだよ!」






捨て台詞を残して、ぷいっとそっぽを向いてしまうがっくん。
行くぞっ、と声をかけてさっさと氷帝陣営に戻って行ってしまった。
それに続いて、ちょたとぴよちゃんさまが私に曖昧な笑顔を残して行ってしまう。


…何よ、別に…調子なんかのってないもん。









…もしかして、あんた達がそんな必死になってるのは








まさかとは思うんだけど






……ヤキモチとか妬いちゃってるわけ?









「れでぃー、ゴォッ!」


「…っ…!」

「……っふふ、本気だね跡部…っ!」






あの跡部があんな顔で必死で腕相撲してるのが



私のためだって言うんですか?






…普段あんな扱いされてるのに、どうやってそれに気づけっていうのよ。







本当にあんた達ってわかりづらい。










「…あ…。」


私の為に戦ってる。


そう思うと、なんだか胸のつかえがスッととれたような




なんとも言えない幸せな気持ちがこみ上げてきて。





それを抑えきれなくて。






すぅ…








「キャーッ!跡部様頑張ってぇえーっ!」













































「あーーーーーーあ。ほんまはいらんことしかせえへんわ。」

ごめ…ごめんって…。


「本当にな。なんであんな場面で、あんな薄気味悪い声出せるんだよ。

「薄気味悪いって失礼な!いつもの黄色い声援で跡部をいい気分にさせてやろうと思っただけじゃん!」

「あんな断末魔聞こえてきたら、誰でも力抜けるだろうが!…っち、俺様が負けるなんて…。お前のせいだぞ、。」



そうなんです。
私が幸せいっぱい胸いっぱいの気持ちで叫んだ、あの言葉を聞いた跡部は
一瞬私の方を見て目を見開いたかと思うと、次の瞬間には負けていたのです。

幸村君がニコっと笑いながら「油断禁物だよ。」と跡部に囁いていたところまでは見ていたんですが、
その後すぐに忍足に男子トイレに連行され、小一時間説教を受けていたので何が起こったのかよくわからなかったんです。

忍足の説教によると、跡部の敗因はどうやら私の黄色い声援のようで。
……良かれと思ってやったことは、いつもこんな結果だよ…!
普段の跡部を支えているのは雌猫達の黄色い声援だと思ったので、再現してあげたのに…。

少女マンガとかだったら、あそこは絶対勝つ場面ですよ。
「あの時…お前の声が俺の心に響いたんだ…」
とか言って、感謝される場面なのに何で私は今夕暮れ時の帰り道で皆に罵倒されているのでしょうか。


























ある日の屋上にて。



「…、立海の奴とのデートはいつなんだよ?」

「えー、まだ連絡ないよー。」

「…っぷ、そりゃそうだよな。とデートなんか賞品でも欲しくないもん。」

「がっくん、私が昨日買ったメリケンサックの性能確かめたいからちょっとそこに立っててくれない?」





ある日の部室にて。


「ほんで?」

「何?」

「立海の奴とどこ行くねん。」

「だーから、まだ連絡ないってば。」

「……なんか可哀想になってきたわ。」

「やめ…っやめろ!憐みの目で見ないでよ!」





ある日の帰り道にて。


「……で、あれから何か連絡あったのかよ。」

「は?何の話?」

「…こないだの立海の話だよ。」

「あー…、そういえば昨日切原氏から連絡あったわ。」

「何て?」

「デートいつにします〜?って。うふふ、覚えててくれたのねやっぱり!」

「……ヘラヘラして、バカじゃねぇの?」

「よーっし、久々に宍戸とガチンコ対決するか!」




ある日の教室にて。


先輩!」

「あ、ちょた。どしたー?次移動教室なの?」

「はい、このまま音楽室へ…。……あの、アレはどうなったんですか?」

「ん?」

「…その…デート…。」

「…あ、ああ!立海のね?今度の日曜日の午後になったよ!その日立海の皆も午前中だけの練習らしいんだ。」

「……そうですか。気をつけてくださいね、最近は女性からのセクハラで逮捕される例もあるらしいですよ。

「え…ちょ、ちょた何の心配かな?それ私がセクハラする前提で話してる?」





ある日の廊下にて。


「ぴよちゃんさまー!辞書貸して下さーい!」

「…いいですけど。…それ、見せてください。」

「……え、これ?やだなぁ、今日はまだ1枚も撮ってないってば。」

「……いいから、見せてください。」

「ぴよちゃんさまったら亭主関白なんだからっ、ちゃん泣いちゃうぞっ☆」


ピッ…ピ


「…ありがとうございました。はい、これ辞書。」

「はー…い…、ってあれ?!何これ≪消去しました≫って…メール画面じゃん!な…ああああ!昨日の切原氏のメール消えてる!」

「家でメールなんてする暇あったら少しは予習でもしたらどうですか?だから辞書も忘れるんですよ。」

「うっ…ぴよちゃんさま、冷たい…。なんかいつもの愛のある冷たさじゃない!」

「…知りません。」





ある日の中庭にて。


「ジーロちゃん、そろそろ起きて部活行こうよ。」

「……んむ…ぅ…。」

「あ、珍しい。今日は寝起きいいね!」

「………ちゃん、行っちゃヤダ。」

「行かないよー、ジロちゃんと一緒に行ってあげるからねー、一緒に跡部に怒られてあげるからねー。」

「…ちがうー…。デート…ダメだからね。」

「……皆、最近口を開けばそれしか言わないよねぇ。アイドルは辛いわぁ。」

「…だって、ちゃんがまたあんな顔してるの想像したら…殴りたくなるもん。」

「えええ!それ…それ何か違くない?!嫉妬とかじゃなくて、不愉快っていう意味なの!?ねぇ!」










ある日の街中にて。



「……で、何で跡部が一緒にいるんでしょうか。」


ついにやってきた立海メンバーとのデート企画当日。
待ち合わせ場所に当然のようにリムジンで現れた跡部は、相変わらず存在するだけで無駄に目立つ。


「あーん?てめぇが問題おこさねぇように見張ってやってんだろうが、感謝しろ。」

「いつ誰がそんなこと頼んだのよ!今からデートだっていうのに…あんたギリギリまで部活抜けられないように仕向けたでしょ!」

「…被害妄想もほどほどにしろ。」

「いーや、絶対私がデート行くのを妨害しようとした!時間無くて着替えられなかったんだからね!私服で来たかったのに!」

「お前が何着ようと誰も見てないから安心しろ。じゃがいもに布着せたって、どう見てもじゃがいもなことに変わりねぇだろ。

「誰がじゃがいもだ、人以外のモノに例えるなぁああ!」








その後、立海の皆が来るまでに


何故か氷帝のメンバーが勢ぞろいしてしまい(当然のようにぞろぞろと歩いて来た時はさすがにイラっとした)




また前回のように私は街中で晒されるという仕打ちを受けたのでした。










愛するなら…





愛するなら立海の皆みたいにストレートに愛してほしい…!!






揃いも揃って素直じゃない奴ばっかり。









私も含めて。ね。