氷帝カンタータ





第18話 全力サプライズ





ここ数日、が不審な動きをしている。

普段なら練習中だろうが、着替え中だろうがところ構わずちょっかいをかけてくるのに、
1週間ぐらい俺と口をきこうとしない。

いや、俺が話しかけたら返事ぐらいはするけどそれ以上話そうとしない。
俺が何したっていうんだよ、気分悪ぃ。
別にに避けられようが痛くもかゆくもないけど、ただなんとなくムカツク。


そしてもう1人。怪しい動きをしてんのが長太郎だ。
長太郎に関しては、俺を避けてる様子はないけど
ここ1週間よくとコソコソと話をしているのを見かける。
で、決まって俺がと長太郎に近づくとすぐに話すのを止めるんだ。
…中学生にもなって男がコソコソ話すなんて…激ダサ。


そして今日。
長太郎を誘って帰ろうとしたら、「ちょ…ちょっと今日はすいません!」とか言いながら
そそくさと1人で帰っていきやがった。
用事があるならいつもははっきり言うのに、今日は明らかに何かを隠してる様子だった。

1週間の出来事を省みて、モヤモヤする心をなんとか落ち着けながら
帰路につこうとしたその時。左ポケットでかすかに携帯が震えた。




From.
Sub.【急募】淫らな人妻が寂しい夜を過ごしています
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ダッシュで家まで来て!!!!
今夜はパーリナイッ!

---END---





1行目から読む気の失せる迷惑メール。からのメールはいつもこうだ。
まず用件が全くわからない。そして悪意を感じる件名。

このメールに返信しても、まともな返事は返ってこないので
基本的に返事はしないようにしてる。こんなメールに返信するのも癪に障るしな。

……とりあえず、の機嫌は直ったみたいだな。
1週間分の文句を言いに、俺は行き慣れたの家へと向かった。




























「…こいつ、1人暮らし舐めてんのか?


いつものアパートに着くと、部屋のドアには大きな張り紙。




インリン・オブ・シシドイトイ へ


鍵開いてるから
入ってきて!!




…人がほとんど通らない田舎だってわざわざこんな張り紙してたら空き巣に入られるぞ。
突っ込む気さえ起きない張り紙をべりっと剥がして、ドアに手をかけると確かに鍵は開いていた。


「……ー、いくら日本が平和だからってやり過ぎだぞ。」


玄関のカギを閉めて声をかけてみるも、どうも人の気配がない。
不思議に思って、一歩部屋に入ってみると足元でクシャっと音がした。




このアイマスクをつけて
リビングの真ん中に座るべし







ノートの端をちぎったようなメモ紙に添えられた、黒いアイマスク。
……マジで何なんだ?っていうかアイマスク…?



「…!もうそういうのいいから出てこいって!」



声を荒げて叫んでみても、どこからも出てくる気配がない。

はぁ…面倒くせぇ。とりあえず、の家だし変なことになる心配はないだろう。
いや、待てよ…。アイマスク…?俺の視界を奪って何する気だ…?
まさか…襲われるなんてことは……。

男にこんな想像をさせるとは一体何なのかと思うけど、
ならやりかねない。あいつは思考回路がぶっ飛んでるし、変態だ。


しかしこのまま玄関にいても何も変わらないので、取り合えず言われた通りリビングに向かい
大人しく部屋の真ん中に座り、アイマスクをしてみた。

……視界がなくなるとこんな不安になるもんなのか。



♪ダ・ダ・ダ・ダ・ダダンッ♪



「うわっ!!!!」


アイマスクをした途端、部屋の中にいきなり音楽が鳴り響いた。
どこかで聞いたことあるようなないような、キャッチ―な音楽が聞こえたかと思うと
廊下からダダダッと足音が聞こえた。……か?



♪授業終わる〜ベルが鳴ったら、ふいに君を目隠しして♪



「…?何だよ、これ返事しろよ!」


確実にそばにいるはずなのに返事がない。
…視界を奪われてるせいかやけに怖くなってきた。

相変わらず俺の周りをドタドタと走り回る音は止まない、けど声は聞こえない。



♪何するの?って聞かれたけど 焦らして答えない♪



…あ、何か聞いたことある声だと思ったらアイドルの歌か、これ。
なんだっけ、忘れたけど…クラスの友達がやたらと興奮しながら話してたな。

街中でよく聞く歌声だけに、CDを聞いたことがない俺でもわかった。



♪クラスメイトが集まって 準備したのさこっそり アイマスクをはずしていい♪


♪それが合図だみんな一緒に 鳴らす クラッカー♪





「宍戸!アイマスクはずして!」


半ば諦めてボーっとしてた俺の耳に、の声が届いた。
驚いてアイマスクをはずすと






そこには












♪3・2・1・0!!♪



パーンッ パパーンッッ



「ゼロー!宍戸ハッピーバースデェエエエ!!」

「宍戸さん、おめでとうございます!」


「う…うわあああああああ!なっ…何だお前ら!!!」






嬉しそうにクラッカーを鳴らす



紙吹雪を嬉しそうにまき散らす長太郎











それだけならまだよかった。













ただ俺が気になるのは、2人の格好だ。












「ちょ…長太郎何着てんだよ、それ!!キモッ!

「こ…っこれは、先輩が絶対これじゃないとダメって…!」

「これ手作りしたんだよー2人で!すごいっしょ!?」

「いや…何だよ、それ?も…、もまぁまぁキッツイぞ、それ!

「なんだとっ!キツクないわ、まだぴちぴちのアイドル年代よ!?」

「…な、なんかA○B48の制服…らしいんですけど…。」

「いや…、しらねぇけど…怖い!なんか怖いよ、お前ら!」

「うっさい!あ、ちょた!ほら、あれ用意して!」

「あ、そうだ!はいっ!」



赤いチェックのスカートに黒いベスト…の制服?
いかにもテレビに出てくるアイドルのようなキャピキャピした衣装に身を包まれた2人。

ぱっつぱつのシャツに、超ミニスカの長太郎…に…。
ど…どっちも見たくなかった…!!

っていうかは女なのになんか…なんか違う!ぜ…全然アイドルらしくないのは何でなんだ…。

訳のわからない状況に愕然としていると、長太郎がろうそくのささったホールケーキを運んでくるのが見えた。



……あぁ、なんか色々衝撃的すぎて気付かなかったけど




俺の誕生日か。






♪Happy! Happy Birthday ケーキのキャンドルを 一息で さあ吹き消せよ♪

♪君の為のパーティーはじめよう♪



「はーい!宍戸おめでとー!!ろうそく消して―!」

「宍戸さん、どうぞっ!」

「…………サンキュ。」



フゥッ



♪Happy! Happy Birthday 作戦は大成功♪



「わーい!これで宍戸も一歩中年メタボ親父に一歩近づいたね!」

「お前、祝う気あんの?」

「宍戸さん、驚いてくれました?」

「…まぁ…、嬉しい驚きというよりは、驚愕の意味の方が大きいけどな。


部屋に鳴り響く音楽のせいか、目の前にいる奇妙な二人のせいか
1週間貯めてた鬱憤を吐いて叱ってやろうと思ってたのに

いつのまにかつられて笑っちまってた。



♪誕生日 覚えてたのさ こんな大勢の友達が歌ってる♪



「宍戸、あとでこのケーキ3人で食べようね。」

「おう…。っていうか、祝ってくれるのお前らだけかよ。」


別に自分ですら忘れてたような誕生日だからいいんだけど、
いつもテニス部全員でつるんでることが多いのに、今日はこの2人…っていうのが。別にいいんだけど。


「宍戸さん、すいません…。皆さん誘ってみたんですけど…。」

「この格好をするぐらいなら人間辞める…っていう奴が後を絶たなくてさ…。」

そりゃそうだろうよ。いや…っていうか、なんでその格好ありきの話なんだよ!普通に祝えよ!」

「…っく、この制服を着るぴよちゃんさまとかちょたが見たかったんです…あわよくばがっくんとかジロちゃんも…。」

「もうそれ俺の誕生日どうでもよくなってきてるじゃん。」

「最後まで…最後まで戦ったんだよ?だけど跡部にいい加減にしろってドロップキックお見舞いされて心が折れたんだ…。」

「宍戸さん、そんなことないですよ!先輩は、宍戸さんなら絶対いい反応してくれるからって、徹夜で制服も作って…!」

「……まぁ、嬉しいけどさ。嬉しいけど、長太郎、ちょっと離れてくれ。


ミニスカートから覗く長太郎の逞しすぎる足を直視できない。怖ぇよ。
っていうか、こんなの着せられてまで祝ってくれるなんて、やっぱり長太郎はすげぇ。
俺が反対の立場なら……長太郎すまねぇ、絶対祝えねぇわ。



♪君の 頬に 涙サプライズ♪



「それではー…宍戸にプレゼント進呈ー!パチパチー!」

「わー、宍戸さん大切にしてくださいね!」

「お…おう。サンキュな。」



手渡されたのは、大きな赤いラッピング袋。
綺麗にリボンまで巻かれて…。やっぱり何歳になってもプレゼントは嬉しいもんなんだな。



「…なぁ、開けていいか?」

「うん!どうぞ!えへへ、頑張ったんだよー?」

「ふふ、宍戸さんのためだから頑張れたんですよね。」



つい緩みそうになる口元を隠しながら、リボンをほどく。

大きな袋の中から出てきたのは






























「じゃじゃーん!私達とおそろいの制服でーすっ!」

「宍戸さん、着てみてください!絶対似合いますよ!」


















バシッ



手にとりだした瞬間、無意識のうちに壁に投げつけてしまったソレは
今目の前のアホ2人が着ている服と同じものだった。


「ちょ…何すんのよ、宍戸!折角作ったのに!」

「い…いらねぇよ!おま…っお前正気かよ、マジで俺がこんなもん着ると思ったのか!」

「宍戸さん、観念した方がいいですよ…大丈夫です、1回自分は死んだんだと思えばどうってことないです。

「長太郎!大丈夫かよ、目が…目が死んでるぞ!」


力なく微笑む長太郎は、相変わらずやっぱり格好の所為で気持ち悪かったけど
…きっとに強要されたのだろう。何日も何日もかけてに説得されたのだろう、その苦労がとって見れる。


「宍戸…、私からのプレゼント受け取れないわけないわよね?」

「…わかった…。もらうから、取り合えずもらうから。」

「やった!じゃあ、洗面所そこだからね。」

いや…着ねぇぞ!もらうだけ!もらってタンスの中に眠らせておくだけ!」

「そんなの許されるわけないでしょ!?ちょたが着てるのに先輩の宍戸が着れないっていうの!?」

「うっ…。て…っていうか俺の誕生日だろ!何でこんなことさせられんだよ!」

「誕生日だからでしょ!主役が体張らないでどうすんのよ!

「体張る誕生日なんか聞いたことねぇよ!」

「宍戸さん、腹くくってください…!大丈夫です、前世で犯した罪の償いだと思えばどうってことないです。

「長太郎!気を確かにもて!」




































ー、昨日のサプライズ成功したんか?」

「あったりまえでしょ、超楽しかったんだから。」

「まじまじ?ねぇー、ちゃん写真とか撮った?」

「もう撮った撮った、撮りまくった。ローアングルの長太郎とか、スカートひらめかせる宍戸とか。

「うっげぇー!キモっ!想像したらキモすぎるけど、見たい!」

「だーめ。がっくん達は参加しなかったから見れませんー。」

「ケチー、いいじゃんかよ。見せてくれよ。」

「……えー、そんなに見たい?じゃあ「やめろぉぉおおお!」


部室のドアを開けてみると、案の定携帯片手に皆に囲まれるがいた。
絶対今、昨日の写真見せるつもりだっただろ…!
走ってきて良かった。すかさずの手から携帯を奪いとる。


「…宍戸、お前あの制服着たのかよ。」

「………聞くな。」


跡部がニヤつきながら問いかけてくる。
イラっとした声で答えると、さらにニヤニヤしやがった。


そりゃ俺だって絶対着るつもりなんかなかったけど。



用意されたケーキが2人の手作りだったり





制服とは別に、ちゃんとした帽子のプレゼントもあったり









何が嬉しいのか、2人とも笑顔で「おめでとう」って言ってくれたり










…ちょっとは嬉しかったんだ、きっと。





「…取り合えずこの画像は消すぞ。」

「いいよー、家のパソコンに保存してるもーんだ。」

「やめっやめろよ!何に使う気なんだよ!」

「えー…、色々?」



心底嬉しそうに微笑むの顔を見て思った。





あの時は確かに嬉しかったかもしれない






だけど、もし許されるならあの時の俺を







もし過去に戻れるならあの時の俺を張り倒したい。









もうやだこんな誕生日。