氷帝カンタータ





第20話 ハグ・ハグ・パンチ





!明日予定空けとけよ!」

「えー、なんで?」


授業が終わり、教室がざわざわし出した放課後。
部活へ向かう生徒は足早に教室を飛び出し、
それ以外の生徒は、これからどこに出掛けるのだろうか、皆楽しそうに雑談に花を咲かせている。

できれば私も後者のように今から遊びに行きたいところだけど、残念ながら今日も明日も部活。
部活っていうのは、もちろん楽しいもので辞めろと言われれば困るけど
今から自由に街に飛び出して行く友達を見ると、どうしても羨ましくなってしまう。

周りが気づかないぐらいの小さなため息をついて椅子を立つと、
教室のドアに目立つ赤髪の天使がもたれかかっていた。
私のクラスには全校生徒の羨望を集めるテニス部員は一人もいないので
テニス部員を見慣れていない教室の女子が一斉に黄色い声をあげた。

……あーあ、がっくんったら嬉しそうな顔しちゃって。可愛いな、おい。
渋々教室を出ると、がっくんがペタペタとついて来た。



そこで、冒頭のセリフだ。



「明日はみんなでケーキ作りだろー。」

「…なんで?」

「…あ、そっか。は初めてだもんな。」


不思議そうな顔をしていたがっくんが一転、いたずらを思いついたような小生意気な笑顔になった。
首を傾けて笑うその姿を見ると、やっぱり教室の女子の歓声も理解できる。
つい涎が出そうになるのを抑えて、がっくんに問いかけた。


「何よー、何隠してんの?」

「明後日は何の日でしょーか。」

「……10月4日…?んー…あ、そっか粗大ごみ回収の日だ。」

「おまっ…!殴られんぞっ!跡部の誕生日だろ!」

「……へー…。初耳だわ。」


なんであいつの誕生日を知ってるのが当たり前みたいな感じになってるのよ。
国民の祝日じゃあるまいし…。まぁ、でもきっとこの氷帝学園の9割の人間は皆知ってる大イベントなんだろうな。


「毎年、跡部の誕生日になると女子が皆プレゼント渡してるだろ?
 見たことない?跡部が運動場にトラック連れてきて、女子が荷台に向けてプレゼントを放り込む行事。

「行事!?何そのメキシカンなノリの行事!意味わかんない。
 …でも、トラックは確かに見たことあるかもしれない。あれ、跡部の誕生日だったんだ。」


何もかもが規格外の跡部様だわぁ(棒読み)
しっかし…そんなにプレゼント貰って跡部はちゃんと全部受け取ってるのかな。
あいつのことだから、量ばっかり気にして中身とか全然見てなさそうだよね。


「でー、俺らは毎年跡部に手作りケーキ作ってあげんの!」

「あー…何か言ってたね、そんなこと。可愛すぎるんだけど。その様子DVDに収めてブルーレイディスクにしていい?」

高画質で何撮るつもりだよ。あ、今年のケーキ作り開催地はの家に決まったから。」

「何それ、やだ!絶対キッチンめちゃくちゃになるじゃん。」

「だーめ。もう決まったし。侑士なんか1週間前からちょこちょこの家に料理道具運んでるみたいだし。」

「あの電動ミキサーはあいつのか!勝手に置かないでよ!私めっちゃ怖かったんだからね!?
 ストーカーが私をパティシエに育て上げようと夜な夜な部屋に入って道具を寄付してくれてるのかと思ったんだからね!?」

「まっ、そういうことだから。プレゼントも忘れんなよ!跡部すっげー拗ねるから。」

「…えー…。」

「マジ。2年前だったかな。宍戸が誕生日プレゼント持ってこなかった時、明らかに拗ねてたもん。宍戸と1週間位口きいてなかったし。」

「子供かっ!プレゼントってそんな強要するものじゃないじゃん?」

「………あー。そっか。は知らないんだった。」


不自然な沈黙の後、急にニタニタと嫌な笑顔を浮かべるがっくん。
何なのよ、あんた達だけの内輪ルールなんて知らないんだから教えてくれないとわかんない!
というか、跡部に無駄に拗ねられるのは非常に面倒くさい。ほぼ強制的に祝わされるなんて癪だけど、仕方ない。
事前に面倒事を回避するのも立派な戦略です。テニス部に入って数カ月。私も学びました。


「…何よ。」

「……跡部は誕生日なら何あげても許してくれるんだ。」

「……どういうこと?」

「…例えば、もしが跡部に女物のパンツ渡したらどうなる?」

「私が還らぬ人となり、天に召される。」

「正解。でも10月4日は違うんだ。」

「……10月4日に渡すと、ど…どうなるの?」

「………跡部が嬉しそうに女物のパンツを履く。」

「う…嘘だぁ…。そん…そんなの想像しただけでちびりそうなんだけど。怖い。」


相変わらずニヤニヤしたがっくんは、私の疑いをよそに話し続ける。


「いや、本当。去年なんか侑士が俺でも引くぐらいダサイ、"I LOVE TENNIS"って書いた手作りロゴTシャツあげたんだけどさ。」

「何それ、忍足は死を覚悟してたの?」

「跡部…その場でTシャツ着て微笑んでたんだよ…。嬉しそうに…。」

「な…何それ、今から人を殺める前の静けさ的な笑顔じゃなくて?

「心からの笑顔。だから、マジで10月4日は跡部に何しても許される日なんだって!」


……がっくんの表情を見て嘘ではないと思った。
だって、面倒くさがりの申し子のようなテニス部員たちが毎年祝うぐらいのイベントだもん。
そのぐらいの楽しみがないと、続かないはずだ。それなら合点がいく。


「…うふ…ふふふ…いやー…それはたーのしみー。」

は初参戦だからな!最高のプレゼント期待してるぜ!」

「おう。やってやるわよ!日ごろの恨みを思い知るがいいわ!早速今から調達してくる!」

「バカ、今から部活だろ!誕生日前なんだから跡部怒らせない方がいいぞ。」






























「ねね、忍足。」

「なんや。」


跡部が部活後にソファで寝そべってiPodを聞いてる隙に、
着替え中の忍足にこっそり話しかけてみた。話の内容はもちろんあのビッグイベント。


「今年のプレゼントは何にするの?」

「……あー…跡部か?」

「うん。がっくんに聞いたよー、面白いことになりそうじゃん!」

「…は?」

「あ、ほ、ほらっ侑士!なっ!毎年あげてるじゃん、跡部にさ!」


忍足とコソコソ話をしていると、急にがっくんが会話に飛び込んできた。
なんか焦ってる様子で、必死に忍足と目線を合わせてアイコンタクトを取ってるみたい。

……何だ?


「…あー…。そやな。今年はどんなネタグッズあげよかな。」

「ぶふっ、あー。もう何か頭に色んなネタが浮かんでくるわ!
 私今日はこのまま買い物行って、プレゼント探してくる!じゃね、皆!」











「……岳人。」

「へへっ、危なかったぜ。侑士が話合わせてくれなかったらバレるとこだった。」

「……10月4日がの命日になるのか…、胸が熱くなるな。

「えー、なになに。ちゃん何のプレゼント買いに行ったのー?」

「……大丈夫ですかね、こんなことして…。」

「大惨事になりかねませんよ。」

「…ま、ええやん。面白そうやしな。」


跡部を除くメンバーが部屋の隅でこそこそ話してたことなんて
全く気付かなかった。だってこの時の私は、跡部にどんなムチャブリをするかっていうことで頭がいっぱいだったの。


























っ!あほんだら、何ボーっとしとんねん手動かせ、手!」


翌日、放課後問答無用で私の家に押しかけて来た氷帝メンバー。
そして、いつぞやのキャンプの時のように鬼監督と化した忍足に何故か怒られています。

…おかしくない?
がっくん達は楽々と電動ミキサーでホイップを作ってるのに
私だけ手動で泡だて器こねまわしてるなんておかしくない?

そういうのはひ弱な女の子に率先して譲るもんでしょうが!!


「私も電動ミキサーがいい!」

「アホ。には10年早いわ。」

「っく…あーー!もうダメ!腕痛い!樺地へるぷー。」


泡だて器を手放し、よろよろと樺地に寄りかかってみると
心やさしい樺地は、スっと泡だて器を手にとり代わりにかき混ぜだしたではありませんか。


「うっ…樺地ありがとう…ありがとう…!」

「わー、樺地はやっぱり早いね。」

「最初から任せておいた方が効率がよかったんじゃないですか。」


いつの間にやら樺地を中心に2年生トリオが集まっていた。
これがいわゆる地上の楽園というやつです。
何この癒される空間。ここだけATフィールドで守られてるよ絶対。


シャカシャカと軽快なリズムで泡だてる樺地に
それを感心した様子で眺めるちょたにぴよちゃんさま。
その2人に挟まれて共に樺地の神技を見学する私。


「ねっ、皆!将来もこんな風に4人で仲良く暮らした「何ゆうてんねん、ドアホッ!」


スパコーンッと吉●新喜劇さながらの鋭い突っ込みを私の頭に命中させる忍足。
恐る恐る振り返ってみると、やっぱり鬼の形相をしたメガネが立っていました。


「い…ったいんですけどー。」

「何樺地にやらせとんねん。しっかり自分でやらんかい。」

「だーって、腕疲れた。」

「…お前は跡部を祝う気持ちが足りん。」

「なっ…いや、うん…どっちかっていうと、そんなに祝う気持ちはないけどさ。

「薄情者。どうせプレゼントも愛のこもってないしょーもないもん買ってきたんやろ。」

「いーや、超愛がこもったプレゼント用意したからね。色々通り越して憎しみにも似たようなどす黒い愛だけどね。

「えー、ちゃん何買ったの?俺にも見せてー!」

「えへへ、当日までのお楽しみだよ!」

「……先輩。くれぐれも余り無茶はしないように…。」

「何言ってんの、ぴよちゃんさま。無茶するよ?私こんなにわくわくする誕生日初めてだわ。」



この時もまだ気づいていませんでした。

私を見る皆の目が、憐みの目だったり、好奇の目だったりすることに。






































「…あ、くるよ!」

「よし、皆スタンバイせえ!」




ガチャッ




「「「「「「ハッピーバースデー!!」」」」」」



パンッ パーンッ



放課後の部室に全員集合したテニス部レギュラー。
そして、1人遅れて現れた主役は大量の紙吹雪と破裂音を浴びせられて
少し引きつった顔をしていただけれども、いつものあの不機嫌な顔では決してない。

跡部の誕生日会初参加の私にとっては、あの跡部が…
あの私の一挙手一投足全てにネチネチと文句を言うような跡部が
ちょっと嬉しそうな顔で、頭に絡みつく紙吹雪を受け止めているんですよ。
…なんだ、あんたも中学生だったんだね。いつもそんな風なら、もうちょっと良好な関係を築けるのにさ。



「跡部ー!おめでとー!」

「…ああ。」

「何よ、もっと喜びなさいよー!見て、このケーキ!」

「今年も気合い入ってんでー。」

「…ああ、サンキュ。」



さ…さささサンキュ?Thank You?跡部の口からそんな労いの言葉が出るなんて…
思わず目を丸くしてしまう私を、跡部が少し睨んだけどやっぱりいつもの殺気だった目ではなく
どこか嬉しそうな、少し幼い顔をしていた。………誕生日の魔法ってすごい。



「よし。ほな、恒例のプレゼントタイムにうつろか。」

「まぁ、もう嫌って程プレゼントもらってるだろうけどな!」


がっくんが茶化すように跡部に肘打ちをすると
どこか誇らしげな顔で、「当たり前だろ。」とほほ笑んでいた。
すごかったもんな、あのトラックに向かってプレゼントを放り込む女子の数…。
なんか、お正月にお賽銭投げる民衆を見ているようだった。
プレゼント投げ込んだ後に手を合わせて祈ってる子もいたしね。改めて跡部のすごさを思い知らされたわ。

だけど、そんな氷帝が誇るNO.1色男に誰もが素敵なプレゼントをあげるわけじゃないのよ…!
今まで溜まった思いを全てこのプレゼントに込めて…!、いきまーっす!



「じゃ、まずは俺からな!はい、跡部おめでとー。」

「おう。……お。カードケースか。中々いい趣味じゃねぇか。」



がっくんが手渡した小さな小包の中から出てきたのは、上品な黒いレザーのカードケース。
受け取った跡部もどこか嬉しそうな顔で、いつもの跡部よりも少し饒舌になっているようだった。

ん…ん?あれ?なんでそんな普通のプレゼント?
おそらく疑問符が頭の上に10個ぐらい浮かんでそうな、私の顔を見てがっくんはそっと耳打ちした。
「これからどんどん盛り上がっていくから安心しろって。」…うん、そうだよね。
最初に面白すぎるプレゼントとか渡されたら盛り上がらないもんね!まだまだ祭はこれからやでっ!



「跡部、誕生日おめでとぉー!」

「ああ。…ジロー、何で俺がこれ好きなの知ってんだよ。」

「えへへー、こないだ部室で雑誌見て食べたいなって言ってたじゃん!」



ジロちゃんがかばんから取り出したのは、淡いピンク色の包装紙に包まれた箱だった。
あの女子受けしそうなパッケージは…!いよいよジローちゃんが意を決して爆弾プレゼントを渡すのか!

…と思いきや、その中身は最近はやりのマカロンセットだった。
そしてそれを受け取った跡部が、なんと普段から食べてみたいと言っていたものらしい。

……ジロちゃん、そんな普段の何気ない跡部の発言とかちゃんと聞いてたんだ。
跡部とマカロン…全然似合わないけど、本人が欲しかったものなんだよね。
…うん、本来誕生日プレゼントってそういうモノだよね。
当人が欲しがっていそうなものを選んで、楽しくお祝いする会だよね。
……ええと…私のプレゼントは…大丈夫…かな…?

背中にしっとりと汗をかきながら、順番を待つ私だけど段々と顔がひきつってきてしまいました。


「はい、これ。めっちゃ悩んでんでー。」

「……3DS?なんだこれゲーム機かよ。」

「そうそう。こないだ跡部がハマってた脳トレもできるで。」

「あれか。…ありがとな。」




「跡部さん、つまらないものですけどどうぞ。」

「俺と長太郎からの合同プレゼントだぜ。」

「マフラーじゃねぇか。…なんだ?手触りいいな。」

「はい!オーダーメイドのモノですから、裏に名前も入ってるんですよ。」

「ちゃんと冬になったら使えよな。」

「…おう。」



「これどうぞ。」

「…日吉。去年の紅茶も良かったが、これもまたお前のオススメなのか?」

「はい。イギリス王室御用達のモノみたいです。」

「サンキュ。」



「跡部…さん……。コレ……。」

「樺地、これお前の手作りか?」

「はい……。」

「え、何何?うわー、まじまじすっげー樺地!石鹸って手作り出来るんだ?」












「おい…おい、ちょっと待て。」












ハメられた。

私がそう悟った時には、もう何もかもが手遅れでした。



「…なんだよ、ー!まさかお前プレゼント忘れたの?」


私以外の全員がプレゼントを渡し終えた時。
やっと私は、全員の顔が普通じゃないことに気付いた。
ニヤニヤして、私のプレゼントを心待ちにしている面々。
2年生トリオは心配そうな顔で私を見つめているけど、もう今更遅いんです。



いや…いやいやいや…え、何。
何でそんなファンシーなガチプレゼント渡してるんですか、皆。


今日は浮かれる跡部に普段の恨みをぶつける嫌がらせプレゼントを堂々と渡せる日じゃなかったんですか。
何を年頃の女子が好みそうな可愛らしいプレゼントをあげてるんですか。
こんなほのぼのした氷帝テニス部見たことないんですけど。

そして、私はそんな和やかなムードに似つかわしくない



爆弾レベルのプレゼントを持参しているんですけど。








混乱する頭をフル回転させて考えた結果。










そうだ、逃げよう。










「あ…あー、ちょっと私家にプレゼント忘れたっぽいからぁー…。」

「その後ろにあるバカでかい袋なんやねんな。」

「これっ…こっこれは、違うの。ちょっとほら、女の子って色々あるじゃない?

「こんなデカイ袋持って登校する女子とかだけだろ!恥ずかしがらずに渡せよー。」



ニヤニヤと迫りくるがっくんを本気で殴りそうになる衝動を抑えて
どうすれば、私が今日跡部に命を取られずに帰れるかということを必死に考える。

考えれば考えるほど、頭の中の警告音が大きくなっていく。



。見せろ。」



やめて。ちょっと嬉しそうな顔で近づいて来ないで。
跡部が思うような代物はこの中にはないんです。
普段反抗的な私が、あんたの誕生日に素敵なプレゼントを用意するとでも思ってるんですか。
いや、この顔は思ってるな。

普段素直になれない私だけど…誕生日ぐらいは素直にならなきゃっ☆
みたいな感じで恥ずかしがってるんだろうなぁ…


なんて思ってる顔だ、ちげぇよ。全然違うんだよ。
だからジリジリと壁に追いつめるのはやめてください。

この袋の中を見られたら私は…私は……!




ガシッ





「ちょっ、だーーーめーーー!!返して!」

「俺へのプレゼントなんだろうが、手離せ!」

「違うに決まってんでしょ、自惚れんじゃないわよ!誰もが祝ってくれると思ったら大間違いよ!」

「本当可愛くねぇな、お前は!照れるのも度が過ぎるとウザイぞ。」

「照れてるとかじゃないから!生死に関わる問題だから必死になってんのよ!」



バリッ


両方向に激しく引っ張られた袋はあっけなく破れ、



その中から飛び出してきたモノは























「う…うわぁ…。なんだよ、これ……。」

「っぶっ……あかんで、これは攻めすぎや。」

「うわー!すっげー!俺これ欲しいー!」







「こ…これって…先輩…の等身大…抱き枕?」














「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!許して下さい、一瞬の気の迷いだったんです!
 跡部と私が喧嘩した後に、跡部が怒って家に帰って自分の部屋に私の抱き枕があった時に味わう
 イライラとか絶望感を影でほくそ笑んで楽しみたい、とかいう邪な理由ではないんです、決して違うんです、ごめんなさい!」


「…先輩、墓穴掘ってますよ。」

「ほ…ほら、跡部の殺風景な部屋にもこういうのがあった方がいいかな…って!」


えへっと精一杯可愛い顔をして跡部を見てみるけれど、
先ほどまでの跡部とは違い、怖いほどの無表情を貫いている。いや、めちゃ怖い。

な…なんか反応しろよ、じっと見ないでよ抱き枕を。

どんな男もイチコロ☆なセクシーポーズをした私がデカデカとプリントされた抱き枕。
わざわざオーダーメイドのお店で注文した渾身のおふざけプレゼント。

まだ…まだ笑ってもらえるなら良かったけど、跡部の表情はそうではない。



「あ…跡部、さ。あ、そうだ!ほら、これ!これが本当のプレゼントでーした!」


ポケットに入っていた、お茶のペットボトルのおまけでついていたキーホルダーを手渡してみるけれど
跡部に反応は全くない。……そしてジっと、抱き枕を見つめている。

っく……いい加減恥ずかしくなってきた…!



「も…もうゴメンって言ってんじゃん!これは私が持って帰るから!」

「…俺へのプレゼントだろうが置いとけよ。」

「……は?」

「今、使い道を考えついたところだ。」


ニヤッと口角を上げた跡部が、私の腕から抱き枕を奪い取る。
ま…まさか、ネタであげたプレゼントなのに……


「ま…まさか、家に持って帰って…私のセクシーポーズであんなことやこんなこと妄想して夜な夜な…。」

。」

「はい、すいません。なんでもありません。」


普段、よく喧嘩をする私だからこそわかる跡部の本気の目。
駄目だ、今ここでボケたら私は本当に明日の朝日を拝めなくなる。


「…でも、どないすんねん跡部それ。なんか家に置いてるだけで不幸なこと起こりそうやで。」

「えー、いらないなら俺に頂戴よー!ちゃんと毎日一緒に寝るー!」

「バカ、やめとけよジロー。まぁ、魔除けみたいな効果はありそうだけどな。」


「あん…あんたら好き勝手言ってんじゃないわよ!世界に一つしかない超絶アイドルの抱き枕よ!?」



ボスッ



「なっ…跡部ー!何殴ってんのよ!」


壁にくくりつけられた私の抱き枕めがけて、綺麗なストレートをくりだす跡部。
可哀想なもう一人の私は笑顔でその拳を受け止めていた。



「いい使い方だろ。」

「うわ。ナイス跡部。のサンドバックだな。」

「ちょ、やめてよ!もっと大切に扱って!」

「俺のモノなんだから、どうしようが勝手だろうが。








 最高のプレゼントだ、。」




ボスッ



歪んだ笑顔と共に左ストレートを繰り出す跡部。
他のメンバーも面白がって私の身代わりに向かってボールを投げつけたり
いたずらに写真を撮ったりするものだから、そりゃ私も黙っていられませんよね。


もちろんその後は、私が跡部に掴みかかって大乱闘。


もう二度とあんたの誕生日なんか祝ってやらないんだから。



























跡部の誕生日から数日後、
私の身代わり抱き枕はジロちゃんの抱き枕として部室内に定着していた。

たまに跡部がソファで寝るときに、抱き枕の上に寝ていたりして。
私の決して大きくはない控えめな胸の部分に顔を乗せていたことがあるんです。

無防備なその寝顔をニヤニヤしながら写真におさめていると、
神様の悪戯でしょうか、跡部がぱっちりと目を覚ましたのです。

なんということでしょう。
跡部の誕生日と同じように周りの人間が引くぐらいの大乱闘が繰り広げられた末、
結局私の抱き枕はまた跡部のストレス発散用サンドバックまで格下げされてしまったのです。







でも私は知ってるんだから。




ジロちゃんが抱き枕として使ってるのを見ると、一目散に横取りすること。







そしてすぐにサンドバックとしての定位置に戻すこと。










うん…なんか…なんか大切にしてるのか違うのかわかんないけど…




一生忘れられないプレゼントになったでしょ。