氷帝カンタータ





第21話 ミラクル・ボンボン





その日はいつものように、がっくんと部活後デート(がっくんはこう言うと本気で怒る)を楽しんでいました。
学校を出てすぐのところにあるカフェで私は抹茶ラテを、がっくんはカフェラテを購入し、
それを啜りながら当てもなくフラフラと町を散策するのが私達の常なのです。

と言っても、毎日こんなだらけた放課後を過ごしている訳ではありません。
がっくんの気が向いた時だけ、誘ってもらえるのです。私から誘ってもがっくんの気が乗らなければアウトなのです。
見かけによらず亭主関白ながっくんです。


「……あ。思い出した。」

「んー、何?」

「明日、侑士の誕生日じゃん。」

「うわー、まじか。こないだ跡部祝ったとこじゃん。」

「そうなんだよ、秋は誕生日多いんだって。」

「……まさかまた皆でケーキ作りすんの?」

「いや?あれは跡部だけ。」

「なんで跡部だけ特別扱いなの?」

「んー…なんでだろうな、なんとなく?お祭りみたいなもんじゃん?」


特に疑問を抱かずに毎年祝ってるあんた達はすごいよ…
そして、自分は祝われないのは寂しくないのかあんた達…!
確かに10月4日は学校全体が浮足立ってる感じはしたけどさ。

忍足の…誕生日か。残りわずかになった抹茶ラテを啜りながら、私はがっくんに顔を向けた。


「…ね、プレゼント買おっか。」

「えー。侑士の欲しいもんなんてわかんねぇし。」

「欲しいものなんてあげてたまるか!どうせなら、あの忍足が顔を歪めるぐらいの残念なプレゼントあげようよ。」

って本当、人をイライラさせる天才だよな。」

「イライラさせようとしてるわけじゃないのよ。んー…なんていうか誕生日を祝ってあげたい気持ちはあるんだけど…」

「だけど?」

普通じゃ面白くないじゃん?そうだよ、私は常にハッピーな笑いを求めてるの!」

「……ハッピー…?まぁ、いいけどさ。」

「よーっしゃ。何にする?早速買いに行こうよ。」


俄然やる気が出てきた!
うん、やっぱり誕生日はこうでなくっちゃね。
宍戸の時も跡部の時もそうだったけど、やっぱ誕生日は面白くなくっちゃ。
正しくは、本人が楽しんでるのかどうかは置いといて、私が楽しめるものじゃなくっちゃ!という意味です。

駅前のロフトに行こうか、それとも商店街のコスプレ雑貨屋に行こうか、等と
色々考えていた時。フと、いつもの道で、いつも気になってた輸入雑貨屋さんが目に入った。
入口には所狭しとアジア雑貨が並べられており、近づくとお香の香りが漂ってくる。
薄いカーテンがかかっているので、中の様子は見えないけれど
いつも出入りしてるお客さんを見ていると、ちょっとおしゃれな若いお姉さん方がよく利用してるようだった。


「…あ、ねぇ。がっくん、ここ入ってみない?」

「ん?あー、いいな。俺も気になってたんだよな、ここ!」

「もしなんか良いのがあったらプレゼントも買っちゃおう。」
























「イラシャイマセー。」


店内はほんのりオレンジ色の灯りがともされていて、平日だからか私達の他にお客さんはいなかった。
入口をくぐると、スラっと背の高い美人なお姉さんが片言の日本語で出迎えてくれた。
顔立ちから判断すると…東南アジア系の方かな?



「どうもー。」

「わ、がっくん見て。すっごい可愛くない?このネックレス。」

「おお、いいじゃん!には似合わないけど、いいじゃん!」

「一言余計なんだよ、がっくんは。」


がっくんとのウィンドウショッピングはいつもこんな感じ。
私が可愛い!とか良い!とか言ったものに対して、がっくんが余計なコメントをつけて、
私はすっかり購買意欲をなくしてしまう、という構図。
…まぁ、おかげで衝動買いは減ったんですが。


「フフ、オジョウサンタチは、カップルか?」

「……………………違う。」

「ねぇ、何でちょっとキレ気味になってんの。そんなにイヤか!」

「デモ、スッゴク仲イイネ。」

「えへへ、そう見えますか?私は大好きなんですけどねぇ。それはもう舐めまわしたいぐらいに…。」

「キモイ!殴るぞ!」

「ヘェ!オジョウサン、カタオモイ!」

「そうなんですー、彼も早く素直になってくれればいんですけど、そこもまた可愛いっていうか…、っちょ!危ない!やめてよ!」


がっくんが、ガサゴソと鞄の中から辞書を取り出し、それを振りかざしたのを見て
私は本当に悲しくなりました。照れて怒ってるとかじゃない、本気で怒ってるんだなって。
がっくんは私と2人で出かけたり恋人に間違われても仕方ない行動をするのに、
勘違いされるとキレるなんて、理不尽だと思いませんか。


「オジョウサン、チョットオイデ。イイモノアルヨ!」

「え?何?」

「コレ。今日入荷シタバッカリのホレグスリ。」


お姉さんが私にそっと耳打ちをしながら、手渡してくれたのは小さな小瓶に入った大粒の飴。
キラキラとピンク色にかがやくそれは、いかにも女の子が好きそうなファンシーな外見だった。
…っていうか、お姉さん今…惚れ薬って言った?
………なんだろう、なんかすっごく胡散臭い。


「…えー。本当に?」

「フフ、本当ヨ。彼にアゲテミテ。」

「…がっくん、はい、これ。」

「何だよ?これ。」

「お姉さんが飴くれるってー。」

「やった!いっただきー。」


パクッ



食べた。


まさか本当に惚れ薬だったら…

え、え、どうしよう今になって鼓動が速くなってきた。
惚れ薬って…なんだっけ!?少女マンガとかでしか見たことないけど…
えーと…最初に見た人に惚れる!とか、一定の期間しか効果はない!とか…そんな感じだったよね?
ということは、がっくんに最初に私を見てもらわなければ…

いやいや、でも待って…
もし本当にこれが惚れ薬だとしたら…がっくんが私に無条件に惚れてくれるというわけですよね…
そんでもって、こういうのって大体ベタ惚れ状態になって…色々大胆な行動とかしちゃうんでしたよね…
どうしよう、薬の効果が出てきたがっくんにちゅ…ちゅーとかされたら…

いやっ、ちゅーで済むかな…?もしかしてその先までとか…
だ…だって薬だもんね!?自我がなくなって本能のままに行動しちゃうんだもんね!?



「が…がっくん、私を見て!」

「んー?……何だよ。」


ボリボリ飴を噛みながら、不思議な目で私を見るがっくん。
よし…よし、いいぞ!そのまま私に惚れてしまえ!そして出来れば結婚してください!


「………、うんこ行きたいのか?」

「はぁ?!」

「いや…なんか目血走ってるし…。」

「ちょ…乙女にうんことか言わないでよ!っていうか違うし!」

「じゃあ、なんだよー。」

「ねぇ、がっくん今さ、私に性的な欲望を抱いてたりしない?こう…体の奥から突き上げてくるものはない?!」

ああ、うん。なんだろ、これってたぶん殺意的なモノだと思うけど、突き上げてきてるわ。


「ちが…っ、そんなヴァイオレンスなものじゃなくてさぁ!」

「クスクス、オジョウサン面白い子ネ。」



がっくんの顔をがっちりホールドし、必死に私の目を見るように仕向け
瞬きもせずに見ていたら、いつのまにか目が血走っていたようで。

だって、もしこれが本当に惚れ薬だったらこんなチャンスないじゃないですか。
がっくんの目の前にいる、唯一の”惚れる対象”が私だけなんですよ。
少年野球の試合で9回裏同点ツーアウトランナー満塁の打席でイチローが出てくるぐらいの絶好のチャンスじゃないですか。

必死な私の肩をお姉さんが叩き、振り向いてみると悪戯な笑顔を浮かべていた。


「……え?」

「ホレグスリ、彼ニハキカナカッタミタイネ。」

「何だよ、。惚れ薬って。」

「……お姉さんが言うには、今の飴が惚れ薬らしいよ。」

「はぁ?……いや、普通の飴だぞ、これ。」

「ソレハ、オニイサンが運命ノ人ジャ、ナカタカラヨ。」

「へ…へぇー…。」


ニコニコと説明をしてくれるお姉さんに対して、私もがっくんも
段々と不信感というか…怪しいものを感じ始めたので。
私達は言葉を交わさずとも、店から出ようと試みました。

店内を物色するフリをして、徐々に出口に近付いて行く。
いよいよあと一歩で出口!という時に、お姉さんがまた私の肩を叩いた。


「オジョウサン、サッキノモウ1ツアゲル。他ノ子に試ストイイヨ。」

「あ……ありがとうございます…。」

「お…おい、!早く行くぞ!」

「ステキナヒト、ミツケテネー。」


私達に向かって笑顔で手を振るお姉さんは決して悪い人にはみえないけど…
がっくんと私は、振り向かないようにしながら小走りで店を離れた。






「…これ、さっきと色が違う。今度は青色の飴だ。」

「何だったんだろうな、あのお姉さん。」

「んー…。ねぇ、がっくん。まだ体調に変化はない?私を押し倒してイケナイことしたくなったりしてない?」

張り倒して蹴りあげたくはなってきてるけど。


突然、目から光を消して真顔で言わないでよ。怖いよ。
さっきの店から少し離れた公園で、私達は怪しいお姉さんの事で会議をしていた。

今日は色々歩き回ったし、最後にあんな不思議な出来事があったし…。
2人とも口には出さないけど、疲れたし、この公園で解散の流れだろうな。


「…っく、やっぱりただの飴か…。」

「おう。……あ、侑士にでもあげれば?」

「…あ、それいいね。私から渡して私に惚れさせてやろうか、ふはは。」

「それ渡して侑士が食べた後にさ、実は惚れ薬でしたー!って言ったら…、絶対侑士その場で泣きだすと思うぜ!」

「う…うん…うん、なんかそんなキラキラした顔で言われると複雑な気分なんだけど。」

「おしっ!明日の昼休み屋上に集合して、その世紀末イベントやろうぜ!

「いや…誕生日イベントだよね?何その私に対して失礼なイベント。」


最後の元気を振りしぼって口論をし、10分ぐらい言い合ったところで
お互い力尽きて解散することにしました。ふわぁ。もうこんな時間かぁ。

結局、ちゃんとした忍足の誕生日プレゼントは用意できなかったなぁ…
とりあえずケーキでも作って行けば誕生日イベントにはなるよね。
ちょっと眠いけど、頑張って作ろう。なんだかんだ、友達の誕生日は祝ってあげたいしね。

























「何や、自分らわかりやすすぎるで。」

「え?何が?」

「…俺の誕生日祝ってくれんねんやろ?」



バレてた。
がっくんと共謀して考えた誕生日作戦は空気の読めない主役の所為で一瞬にして終わりました。

あたかも普通のお昼休みのお昼ご飯に誘った風を装って、忍足を屋上に呼び出し
お昼ご飯も中盤に差し掛かった頃に私がトイレへと席を立ち、
その帰りに階段下の家庭課室にひっそりと忍ばせた手作りケーキを持って飛び出してくる、
という、とっても可愛らしいイベントを考えてたのに。くっそ。


「あー!もう、侑士マジ空気読めよなー!」

「本当だよ!何のために関西に生まれたわけ?

「…ひどい言われようやな。誕生日やで、俺は。」

「…ちぇー。もういいよ、腹減ったし飯食おうぜ。」

「そんな怒らんとってーな。気持ちは嬉しいと思ってるねんで。」

「……じゃあわかっててもノってくれればいいじゃん。」

「わかってくれ。そういうの恥ずかしい年頃やねん。」


ぬぁにが年頃だ!…確かに、忍足がそういうサプライズイベントに気付いたうえで
喜ぶ演技なんか出来ないだろうな、とは思うけどさ。変に大人ぶるから、この子。

すっかりやる気を失った私とがっくんは各々お弁当を広げ、がつがつと食べ始めた。
そんな様子を見て少し申し訳なさそうにしながら忍足も隣に腰掛ける。

……あ、そうだ。


「はい、忍足。これ誕生日プレゼント。」

「お、何やこれ。飴?ありがとうな。」

「侑士!それ食べてみて!」

「…何や、どうせジンギスカン味の飴とかそんなんやろ。」



俺は、そういうの平気やから、と言いながら飴を放り込んだ。よし、食った…!
私とがっくんは目を見合わせ、誕生日イベント第2幕に突入した。



「……なぁ、侑士…。それ実は…惚れ薬なんだぜ!」

「どうどう?ちゃんが可愛く見えてきたんじゃない?」


自分でも酷いと思うぐらい、低レベルなはしゃぎ方をする私達。
予定としては散々からかう私達に対して忍足は嫌気がさし、若干イラっとする
なんとも残念な誕生日。という設定なのです。
こういうささやかな日常っていいじゃないですか。
ほんのり心にわだかまりが残る感じの、嬉しいのか嬉しくないのかわからない誕生日。よくないですか。
……まぁ、手作りケーキもあることだしちゃんとお祝い感はありますよね。


「………。」


しかし、そんな私達のはしゃぎも虚しく、忍足は私を見つめながらボリボリと飴をむさぼるだけ。
っく…、どこまでも空気読めない関西人だよアンタは!


「…忍足、それは1番駄目だよ。無反応が1番辛いんだよ、私達みたいなタイプは。

「そうだぞ、俺達そろそろ泣くぞ。」

「……。」

「ん?何?」





ギュッ





















「なっ…!何してんだよ、侑士!」

「ちょちょちょちょ…っちょ、何!?何が起こってる!?」







、好きや。」




うつろな目をする忍足に対して怒りを露わにしていると、
急に私の目の前が真っ暗になった。

数秒後に聞こえてきたがっくんの絶叫と、
私の体を包み込む温かい体温から状況判断すると、





何故か忍足に抱きしめられています。



「お…忍足、そういうノリ方はいいからさ…。一旦落ち着こう、悪かったよ空気読めないとか言ってさ…。」

私達に関西人のプライドを傷つけられたのがよっぽど悔しかったのでしょうか。
決して意図していなかったノリ方をされて戸惑ってしまった私は、ソっと忍足の腕を振り払ってみたものの、
忍足の顔は真剣そのもので…、正直ゾっとした。
朝起きたら登校時間5分前だった時ぐらいの、ゾっと感。もうダメだ感。


「…何で今まで気づかんかったんやろ。」

「…おい、侑士…?な…何に気付かなかったんだよ?」

の可愛さに、や。」

「ひ…ひぃいいい!ちょ…やめて!冗談でも怖いからやめて!」

「そ、そうだぞ!冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ!侑士のソレは悪い方だ!

「何言うてんねん、俺は本気やで。」


そう言って、真面目な顔で私の顔に顔を近づけてくる忍足。


顔を…近付けてくる……?


ぎっ…ぎやぁああああ!ちょ…あんた何してっん…の…っよ!」

「侑士おお…おっ落ち着け!皆見てんだぞ!」



私を抱き寄せ、まるで恋人にでも見せるような甘い顔で顔を近づけてくる忍足。
私はそれを必死で食い止め、がっくんが後ろから忍足をひきはがす。

うん、この時私はもう完全に泣いていました。人って怖すぎると本当に涙がでるんだね。
想像してみてくださいよ、普段私のことを女とも思ってないような人が
ある日突然、熱い眼差しで接吻を迫ってきたら…。考えただけで背筋が凍る…!

迫りくる忍足との激しい攻防に終了を告げるチャイムが鳴り響く。
私とがっくんは、一目散に屋上の階段を駆け下りそれぞれの教室に戻った。
あれは…忍足の演技だよね?壮大な茶番だよね?

部活の時間には元に戻ってるんだよね?
























「……おい、何だあれ。」

「知らねぇ…。俺が来たときには既にあんな感じだった。」

「お…忍足さん…何か変な薬でも飲んだんですかねぇ…。」

「…その通りなんだよ。」


放課後の部室の中。
氷帝レギュラー陣がそろって扉の前に立ち尽くしていた。
その目線の先にあったのは、に纏わりつく忍足の姿。



「ちょ…、マジで!もうやめてください、すいません私が悪かったから!」

「つれへんなぁ、。そういうとこも可愛いで。」

「う…うわああああ!もうダメ!もう私発狂しそう!!」


部活の時間になったら忍足も惚れ薬ごっこには飽きて普通に戻ってるだろう、
と思っていた私が甘かったです。とんでもない。さらに悪化していました。

部室のソファに座っていた私に近づいてきたと思うと、
後ろから私の首元に手を回し、抱きついてきたのです。その上頬ずりまでしてくるという非道っぷり。
すぐにぴよちゃんさまに大声で助けを求めたのですが、
私と同様、気が動転してしまった様子のぴよちゃんさまは目を見開いたまま一歩も動いてくれなかったのです。
わかるよ、怖いもん。忍足に悪霊がとりついたようにしか見えないもん、この状況。

そして、後から現れた氷帝メンバーも私達の様子を見て扉前で固まってるし。
もう誰でもいいから助けてください、そろそろ本気で泣きそうになってきた…!


「…おい、忍足。何の冗談だ。」

「…別に、何の冗談でもないけど。」

「昼休みに…俺とで侑士の誕生日祝ってやってさ…。
 その時にあげた惚れ薬…を食べたら、こうなっちゃったんだよ。」

「「「「惚れ薬??」」」」


がっくんが事の真相を打ち明けると、皆が口をそろえた。
昨日からの一連の流れをがっくんが説明している間も、
忍足は私の体を抱きしめ、真っすぐ私の目を見つめて愛を囁いてくるのです。
今まで体験したどんな恐怖も叶わない程の恐怖です。嫌悪感とか通り越して、もう恐怖です。


「…あっほらし。惚れ薬なんてあるわけねぇじゃん。」

「俺も…そう思います。」

「その設定にかこつけてちゃんにベタベタしようとしてるだけだC〜!」

「いや…でも、それじゃあの状態はどう説明すんだよ!侑士がにちゅーとか迫ったんだぞ!?」

「…確かにそれは正気の沙汰ではありませんね。



「おい、忍足。いい加減にしろ、見てる方の心的被害も考えろ。


忍足をべりっとはがしてくれた跡部。私、今なら跡部に心からのありがとうを言えそうな気がする。
微妙に悪口言われてるけど、そんなの気にならないぐらい怖かったんだもん。

引き離された忍足は、跡部の説教を聞いてるかと思えば
いきなり「って…あんな柔らかかったんやな。」とか言うもんだから、
私はいよいよ恐怖で部室を飛び出してしまったのです。
飛び出す間際に、部室の中でがっくんや宍戸が絶叫する声が聞こえました。私も絶叫しながら飛び出しました。

あ…あれは…もしかして本気で惚れ薬が聞いちゃったんじゃないの…?
冗談にしてはしつこすぎるし、リアルすぎる…。
だって普段の忍足なら冗談でも私に頬ずりなんかしないし、何よりそれを皆に見られてるところでなんて…。

でも、もし本気で忍足が私に惚れてしまったのだとしたら…
どうしよう、そんなの困る。それに、忍足の気持ちはどうなるんだろう。
もしかしたら忍足にも好きな人がいたかもしれないし…。やっぱりこんなのダメだよ!


…というのは建前で、本音はなんとかして忍足の興味を私から逸らしたい…のです…。
だって…だって、もちろん怖いっていうのもあるけど…

そのー…その、曲がりなりにもイケメンの部類に入る男ですし?
あんな顔と声で、毎日毎日抱きしめられて甘い言葉吐かれたら……




いくら私と言えど、どうなるかわからないじゃないですか。




でもそんなのは絶対嫌だ…!なんか…なんかプライドが許さない…!
忍足何かに陥落してたまるか…!

そんなことを思いながらただひたすら走り、私はそのまま帰宅しました。
そして心に決めました。忍足が普通の状態に戻るまで、下界との交信は断とうと。引きこもろうと決めたのです。






























ピンポーン



「…はぁい…って…ぎやあぁあああああ!」

「なんや、俺に会えてそんな嬉しいんか。」



こんな悪夢早く寝て忘れてしまおうと、寝る準備をしていた私。
突然の来訪にドアを開けてみると、そこにいたのは満面の笑みを浮かべた忍足。

……これは、ガチで駄目な奴だ。私の貞操の危機。

恐怖のあまり、私は部屋の中に駆け込みました。
なんとかあいつに見つからない場所…、押入れの中に逃げ込んだのです。
ま…マジで、怖いよ。恥ずかしながらちょっと震えてるもん、私。





ガラッ


「ひっ……!っち…父なる神よ、我を助けたもう…!ああ…っもう神でも何でもいいから助けてー!!」

…。そんなに俺のことが嫌いか。」

「え…っ…。」

「……わかった。ほな、最後に一つだけ…願い聞いてくれ。」

「……な…、何?」





「…キスしてええか?」































あ…っぶない…気失いかけてた、今。

恐怖のあまり声が出せない私をよそに、ぐいぐいと押入れの中に入ってくる忍足。
だ…駄目だ、ここで抵抗すると本気で私はお嫁にいけない体にされそうな気がする…!
今の忍足ならやりかねない気がする…!!


「……そ、それしたらもう付きまとわない?」

「…うん。」



ど…どうする、!で、でもどう転んでも地獄になるなら…キスか貞操の危機か…
それならキスの方がマシなのかもしれない…。うん、回し飲みとかはしたことあるし…
ただ皮膚と皮膚がかするだけの儀式だと脳内で処理すれば大丈夫かもしれない。

それでこの終わらない恐怖から解放されるなら……



「……わかった。」

「…。……目閉じ。」

「…ん…うん…。」



……あー、やばい。なんか押入れが静かすぎて心臓の音がおかしい位聞こえる。
いくら相手が忍足とはいえど、今すごい状況だもん…。
押入れの中で…キ…キスしようとしてるんですよ…。さようなら私のファーストキス…!

今まで聞いたことないぐらいの勢いでドクドクと音を立てる心臓を抑えながら

私は目を閉じた。


































ピロリロリ〜ン♪
























「………は?」

「…っぷ…っふ…ふふ。あかんわ、…おもろすぎる。

「……え?」

「うわー…、これはええ顔撮れたわ。もこんな可愛い顔できるんやん、っぶふ。」

「…あ…あんたやっぱり……!!」

「どうやった?関西人のノリは一味違うやろ。」



やられた。


やっぱり演技だった。





緊張の糸がぷっつりと切れた私は、何が何だかわからなかった。
目を開けてみると、そこには携帯電話を構えてニヤける忍足。

私の心臓の音が更に激しくなり、頭に血が昇って行くのが感じられた。




「騙したのね!ゆ…許さない!!!」

「っふ…、中々おもろい誕生日プレゼントやったわ。」

「喜びなさい、誕生日があんたの命日…よ…っ!」


悔しいやら恥ずかしいやらで混乱した私は、忍足に右ストレートを繰り出した。
が、あっさり避けられてしまった。

そして、そんな私をニヤついた顔で見下ろす忍足。


「そんな照れなや、。可愛いな。」
































数日後、私のキス顔写メが氷帝レギュラー陣の間で

不幸のメールとして出回っているのが発覚しました。

怒りにまかせて、忍足の携帯を水没させようと、それを奪い取ったところ

忍足の待ち受け画面には、私のキス顔がデカデカと表示されていたのです。



携帯を水没させるだけじゃすまない。

お前を水没させてやる。




暴れる私に対して、余裕綽々な微笑みであしらう忍足。





私は…私はあんたのそういうところが大っきらい…!!