氷帝カンタータ





第28話 愛しのヒーロー (中編)





「アンタ誰?」

「え…あ…、ごっごめんなさい!勝手にコート使って!」


大の字に寝転ぶ私の目に、逆さまで立ちはだかる少年が写った。
急な登場に思わず飛び起きると、少年が口を開く。


「…別に俺のコートじゃないから、いいんじゃない?」


改めて見ると、その少年はまだ小さくて。小学生ぐらいかな?
しかし声も綺麗だし…、明らかに年下とはいえドキドキするほどの美少年だわ…。



「あ、そうなんだ。ボクはテニスしに来たのかな?」

「は?」

「お姉さんもね、テニスの練習してるんだ!よかったら一緒に練習する?」


可愛い子は正義。
女の子だろうが男の子だろうが可愛い子とはお近づきになりたい!
ということで、愛想の良い笑顔で少年に近づくと
明らかに嫌な顔をされてしまった。何か声も鋭いし。


「アンタが俺の練習相手になるわけないじゃん。」

「……っく、さっきの見てたんだね…。アレは、ほら。お遊びよ、お遊び。」

「…こっちは勝手にやってるから気にしなくていいよ。パンツのお姉さん。」


ニヤリと笑ってスタスタと歩いて行ってしまう少年。
……あんの…クソガキッ…!もういい!お姉さんは怒りました!
いくら私がどこからどうみても可憐な女生徒とはいえ、あんな子供に中学3年生の私が負けるはずないじゃない!

取り合えず、コートの反対側のベンチまで行ってしまった少年は無視して
私は改めて壁に向き合った。

























「イタッ!」

「っく…うっわ!」

「ち…っくしょ、こんにゃろー!」

「すいませんでした、勘弁して下さい!」









「…………ねぇ。」






……気づくと私のすぐ後ろに立っていた少年。
何よ、今この壁さんに土下座してなんとか機嫌を取ってるところなんだけど。

既に青アザが出来まくっている私は、テニスを舐めてました。ごめんなさい跡部。
氷帝のみんなって…スゴイ…奴等やったんやな…。
自分がここまで運動音痴だとは今日の今日まで知りませんでした…っく…。



「……どうしたの、少年。」

「何さっきから1人でコントしてんの。」

「コッ…コントじゃないよ、どう見ても真面目に練習してたでしょ!」

「もしかして、壁打ちがしたいの?」

「そ、そうだよ?」

「なんだ。自分を痛めつけて喜ぶタイプの変態かと思ってた。」


またニヤリと綺麗に笑った少年。
…怒るところなんだけど…怒るとこなんだけど
この美少年の口から「変態」という言葉が紡ぎだされたことで
ちょっとキュンとしてしまう辺り、お姉さんは変態なのかもしれません。ごめんなさい。




「ちょっとどいてて。」

「…え?」

「……ラケットはこうやって振るんだよ。」



そう言うと、綺麗なフォームで壁打ちを始めた少年。
お…おおスゴイ!あの難攻不落の壁さんが…楽しそうにボールを返している…!
心地いいリズムでボールが踊るのを見て、素直に感心してしまう。

少年は、いつも氷帝の奴等を見てる私の目からみても
テニスがものすごく上手なんだということがわかった。

しばらくラリーを続けた後、壁さんから跳ね返された黄色いボールを
パシっと握りしめた美少年。
クルリとこちらを振り向いて「わかった?」と問いかけるその姿はもう少年なんかには見えなくて。



「お……」

「なに?」

「お師匠さまっ!!素晴らしいですお師匠さま!」

「……何それ。」

「私を…いえ、拙者を弟子にしてください!」

「やだ。何かアンタ気持ち悪い。

「おふ…。そんな真顔で言わないでよ…!っていうか、本当君スゴイね!何者?」

「別に…。こんなの誰でもできるし。」

「見てたでしょ!私が無機物相手に土下座してるところ!私にとってはスゴイことなんだよ!」


興奮してお師匠様に詰め寄ると、怪訝そうな顔で睨まれてしまった。
いや…でも、本当にこの巡り合いは奇跡としか言いようがないんだもん!

絶対に負けられない試合を控えた私は、今頼れる人がいない。
そんなとこに現れた名も無き美少年…(いや、あるんだろうけど…)
しかもこの土地なら氷帝の奴等にも見つからず秘密の練習ができるし
私のことを散々馬鹿にしたあいつらも見返してやれるかも…しれない…!!

このチャンス、逃すわけにはいかない…っ!


「ね、お願い。1週間でいいから私にテニスを教えてくれない?」

「…なんで?」

「……まぁ、いきなりそんなこと言われても困るよね。わかった、訳を話すよ。」






























「アンタ馬鹿なの?」





ベンチに座り、ここに至るまでの経緯を話すと
冷めた目で一言。お師匠様が言い放った言葉に一々キュンとしてしまうのは何の病気でしょうか。
この子が…あまりにも美しい顔でドギツイ一言を放つから…!
そうだ、なんかこの感覚似てるな、と思ったらぴよちゃんさまに罵倒される時の感覚に…似てる…!



「なっ…ここは、正義感あふれる私に共感して、よし!じゃあ俺が師匠になってやるよ☆って言うところでしょ?」

「絶対無理。別に普通の奴なら大丈夫かもしれないけど…アンタセンスなさすぎだし。」

「ちょ…痛烈すぎる批判はやめて…!だってもう約束しちゃったんだからさー!私、瑠璃ちゃんや皆の泣き顔みたくないもん…。」

「……はぁ。……ファンタ1週間分。」

「へ?」

「ファンタ1週間分で引き受けてあげる。」

「そっ、そんなんでいいの!?お願いします!」

「……そのかわり、厳しくいくから。絶対負けらんないんでしょ?」

「……うん!本気でボール投げつけられるぐらいならへっちゃらだからビシバシお願いします!」

「…どんな状況なの、それ。」


















「…っ97…!98…99っ……っしゃー!終わったー!」

「はい、じゃ次腕立て伏せ50回ね。」

「お…お師匠様…いくらなんでも素ぶり100回の後すぐって…!」

「テニスコート100周がいい?」

「いーちっ!にーっ!」


お師匠様の気が変わらないうちに、素直に腕立て伏せをしないと
本気で走らされるぞ、これ…!

先程までの私は、甘く見てました。少年だから、大したスパルタじゃないでしょ、と。
毎日ボールを拾わされたり、大量の洗濯物やドリンクをさばいてる自分なら
まぁ、大抵の練習はこなせるわ、フフン。と思ってましたが



甘かった。がっくんの人生に対する考え方ぐらい甘かった。





その後も、お師匠様によるスパルタ基礎練習は続いた。
いよいよ立ち上がれないところまで来て、大の字で寝転ぶ私の上で
仁王立ちしたお師匠様。夕日を背負った美少年を下から見上げるだけで、
ちょっとはHPが回復される気が…するよ…へへ…。


「お疲れ。明日からはこれを1セットとしてやってもらうから。」

「すいません、明日からは来ません。お許しくださいお師匠様。」

「何言ってんの、そんなの許すわけないでしょ。携帯貸して。」

「へ?何で携帯?」


ベンチに置いた鞄から、意味もわからず携帯を取り出すと
お師匠様はそれをサっと奪い取り、自分の携帯と見比べながら
ポチポチと何かを打っていた。



「…はい、返す。」

「えーと…?」

「アンタが逃げないように、電話番号控えといたから。」

「……あ、明日からはもうちょっとマイルドな練習にしてもらえるといいなぁ…なんて…。」

「甘い。アンタ負けたら自分の部活辞めなきゃなんないんじゃなかった?」

「…う…。」

「悔しくないの?」

「……悔しい。」

「じゃあ、明日も同じ時間にここに集合。」

「…うんっ!ありがと、お師匠様!」

「ファンタ忘れないでよね、。」

「……あれ?名前言ったっけ?」

「さっき登録した。ほら、立って。次はラリーの練習するよ。」

「ええええ!おわ…終わりの雰囲気だったじゃん、今!もう夜になっちゃうよ!」

「大丈夫、ここ照明もあるし。」

「違うの!私の身体がもう悲鳴をあげてますお師匠様!」

「…そんなの知らない。ほら、早く。」


そう言って私の腕を掴み無理矢理立ち上がらせようとするお師匠様。
ああ…この子見かけによらずこんなに熱心だったんだね…読みを誤ったよ…!



あの…なんていうかほら、私はただ…
美少年と適度にキャッキャウフフしたかっただけなのに…




こんな鬼…見たことないよ……!



































球技大会まであと6日。




、聞いたよ。昨日私がいない間に一騒動あったんでしょ?」

「そうなの…。でも安心して真子ちゃん。私は…勝つよ!」

「…どこからその自信が湧いてくるのよ…。心配でしょうがないんだけど。」

「そうだよ、ちゃん!私達のためにあの場で怒ってくれたのは嬉しかったけど…心配だよ。」


朝、登校してすぐに私は友人数名に取り囲まれていた。
昨日の舞川さんとの決闘宣言は予想以上に知れ渡っていたらしく
クラスの全員が朝からソワソワしていた。



、頑張れよ。」

「そうよ!私達このまま馬鹿にされたままじゃ悔しいもん!」

「私達も、バレーで絶対にA組に勝つからね!」

「……みんな…!」


昨日その場にいた友人だけじゃなく、クラスの男子や
他の女の子たちも私を応援してくれていると知って、俄然やる気になってきた。

…そうだよね。私の戦いは私一人の戦いなんかじゃないんだ!

いいじゃん、この青春漫画的展開!私大好きだよ、こういうの!


「よしっ!みんな!円陣組もっ!」


テンションが上がった私は、授業前の皆を集めて大きな円陣を組んだ。
…やっぱりこのクラス最高だよ。皆で一つの勝利を目指すのってこんなに楽しいことなんだ。



「打倒A組ーーー!ファイッ!」

「「「「オオオオ!!」」」」




ガラッ





「随分楽しそうじゃねぇの。」








「「「「きぃやぁああああ!!跡部様ぁぁああ!!」」」」

「おいいいいっ!皆落ち着いて!さっき打倒を誓ったばかりのA組のボスだよあいつは!」


「ゴ、ゴメンちゃん…!跡部様を見るとつい…!」

「そうだぜ、女子!浮かれてんじゃねぇよ!」










「やっぱりここって、激ダサクラスよねー、跡部様。」









「「「「舞川さんこっち向いてくれぇええ!!」」」」

「ちょっと男子!あんた達こそ、何デレデレしてんのよ!」


「ま…真子ちゃん、私は心配だよ…!さっきのあの青春まっしぐらな展開はなんだったの…!」

「…フフ、まぁ皆楽しそうでいいじゃん。」



颯爽と現れた跡部に皆の視線が持ってかれてるのはなんか悔しいけど、
とにかく頑張るしかない。あの雌猫にぎゃふんと言わせてやるためにも…!

グっと拳を握りしめ、席に着くとツカツカと跡部がこちらに向かってきた。
後ろにはあの雌猫もトコトコついてくる。……っち、宣戦布告か?



「……何よ。」

。悪いが今回は勝たせてもらうぜ。」

「フンッ、何を根拠に勝てるって思うわけ?」

「お前がテニスでこいつに勝てるわけねぇだろ。」


クイっと親指で指したのは後ろにいた舞川さん。
フフん、と得意げな顔をする跡部。

……な、何よ舞川さんって…そんなに強いの…?


「…私だって練習するもん。」

「舞川はうちのトレーナーをつけて特別練習をさせる。」

「フフッ、私頑張ります!跡部様!」


嬉しそうに笑う舞川さん。なるほど、そういうことか。
確かに跡部は学年で1位になることしか考えてないし、
自分のクラスが負けるなんて、ましてや私に負けるなんてプライドが許さないのだろう。


「しかしこいつだけ特別扱いすんのもフェアじゃねぇ。お前が大人しく頼むっていうなら俺様が…」

「…精々頑張るがいいわ。私には強力なお師匠様がついてるんだからね。」


机に座る私の目の前で、得意げに腕を組む跡部が一瞬フリーズした。
馬鹿にするんじゃないわよ、私にもトレーナーをつけてあげようってわけ?
敵の施しなんか受けないわよ。漢、 のプライドが許さないっての。


「……アーン?」

「私達を侮辱した罪は重いわよ。覚悟しなさい。」

「フンッ、望むところよ!ね、跡部様!!」

「…待て、。お前誰に「おーい、授業始まるぞー。皆席につけー。」



担任の呑気な声が響いたところで、クラスの皆は
ざわざわと自分の席に戻っていった。

目の前で何か言いたそうにしている跡部も、舌打ちをして去っていく。
舞川さんは相変わらず嬉しそうな顔で跡部についていく。…いつもそんな素直なら可愛いのに。































「遅い。何してたの。」

「ごめん、お師匠様!ちょっと部活が長引いた!」


昨日のテニスコートに着くと、既にベンチに座っていたお師匠様。
足をブラブラさせながら待っているその姿に、お姉さんの心はノック☆アウトだよ…!
もう小学生でもいいわ、と危険なことを考えてしまいそうだ。


「…そういえば、って何の部活に入ってんの?」

「ん?テニス部のマネージャー。」


樺地から託されたラケットを、テニスバッグから取り出しながら答えると
お師匠様の言葉が止まった。何事かと振り向くと、これでもかってぐらい目を見開いてて。


「…ど、どうした?」

「びっくりした…。マネージャーしてるのに、そんなに下手なの?

「なっ…仕方ないじゃんー!うちのテニス部のテニスは参考にならないんだもん!」

「なんでテニス部のマネージャーなんかになったわけ?」

「うーん…平たく言うと人身売買?

「何それ。」

「もう、私のことはいいからさ!早く練習しよ!今日ね、クラスでこんなことがあって…」



テニス部では話せなかった、クラスの心温まる出来事を話したり…
うちのテニス部の奴には、私は完全に馬鹿にされてて悔しいって想いを話したり…
何故かお師匠様にだと色々話せてしまうから不思議。

さっき私が手渡した報酬のファンタを飲みながら、静かにそれを聞いてくれるお師匠様は
実はほとんど聞いてなさそうだけど…でも、今の私にはこうやって話せる人がいることがとっても救われる。

あんなことがあってから、どうにもテニス部の皆に頼るのは癪で。
最近は部活でもほとんど話さないようにしてる。
まぁ、無駄話なんかしてたらお師匠様との待ち合わせに間に合わなくなるしね…!



「ふーん…。変なクラス。」

「でしょ?でもすっごく楽しいんだよ。お師匠様も中学生になったらもっと楽しくなるよー。」

「……ねぇ。」

「ん?なに?」

「……いや、何でもない。早く始めるよ。」

「はい!どうぞ今日もめちゃくちゃにしてやってください!」

「気持ち悪い言い方やめてくんない。」













(つづく)