氷帝カンタータ





第28話 愛しのヒーロー (後編)





球技大会まであと5日




「はぁ…はぁ…、きっつい…。」

「…ってさ、体力だけはやたらあるよね。」

「あ…当ったり前じゃん…!うちの部活も中々体力いるんだよ…、マネージャー…とはいえ…!」

「ふーん…。じゃあ今日の頑張りに免じて…」


腹筋、背筋に腕立て伏せ…
そして今地獄の素ぶり特訓が終わったところで私は地面に横たえていた。
あぁ…夕暮れの空が綺麗…。すっかりコート上で寝そべることにも抵抗がなくなってしまったよ。
そんな私を眺めて、ベンチでファンタを飲むお師匠様が何か素敵なことを言おうとしています。

残されたわずかな体力を振り絞り、起き上がってお師匠様に視線を送った。

届け、私の希望……っ!




「5分休憩あげるよ。」

「ひいいいいい!何、休憩って!まだ何かやるってことなんですか!」

「…今日は、試合してみよっか。」

「……う…。うー…ん、でもそうだね。本当に時間もないし実践…してみたい!」

「ちゃんと真面目に素振りもやってたし。前よりラケットも振りやすくなってるんじゃない。」


コトっとベンチにファンタを置いたお師匠様が
ラケットを持ってコートに入る。
それに合わせて私も立ち上がった…のだけど、やっぱり中々しんどい。


「…あと3分休憩時間あるよね。」

「細かいね。いいよ、待っててあげる。」


ふわっと微笑むお師匠様がもう…なんかたまらなく可愛い…。
こんな弟がいたらいいのになぁ…。
いやでも、溺愛してしまうだろうな。秘蔵っ子にして外に出さないかもしれない、こんな子。
小学生でこの可愛さだったら、大人になったらもう…ものすんごいイケメンになるんだろうなぁ。
今でも十分イケメンだし…。さぞかしクラスでもモテることだろう。
さらに、小学生にしてこのクールっぷり…!この年頃の男の子には出せないイケメンオーラだよ…!


「……なに。言いたいことでもあるの?」

「へ、いや…。お師匠様ってクラスでもモテモテなんじゃないかなーって。」

「…何言ってんの。」


ふいっと顔を逸らすその仕草も、私の母性本能をくすぐるのです…!
弟というより、もうなんか息子を見守る心境だな、これ。


「どう?小学校楽しい?」

「………。」

「私が小学生の時はねー、もっと子供っぽかったなー。雨の日に、雨を避けて歩く方法とか考えてたわ。

「…っぷ、何それ。」

「ほら、傘忘れた時にね。こう…忍者みたいに雨を俊足で避ければなんとかなるんじゃないかと思って。
 自分では全部避けたつもりだったんだけど、家に帰って鏡に写ったびしょ濡れの自分を見て、幼心に自身の無力さを悟ったよね。

って生まれた時からずっとバカなんだね。」

「こっこら!お姉さんを馬鹿にしちゃダメでしょ!…そういえばお師匠様は今何年生なの?」


クスクスと笑うお師匠様に、問いかけてみると帽子を深くかぶり直してクルっと後ろを向いてしまった。
…ん、どうしたのかな?お姉さんの余りの可愛さに言葉も出ないのかな?


「…もう終わったよ、休憩時間。」

「あ!本当だ。…よっし、お師匠様のキュートな笑顔でちょっと癒されたから、お姉さん頑張るよ!」

「……何それ、気持ち悪い。」


さっきまで笑ってたお師匠様の、心からの嫌悪を目の当たりにしてちょっと心が折れそうになるけど
私はもう知ってるんだ、お師匠様の優しさを。まだ出会って間もないけど、こんな見ず知らずの私に
自分の時間を割いて稽古をつけてくれるなんて、よっぽど優しい子に違いないもん。
きっとご両親はとっても良い育て方をされたんでしょうね…。菓子折りもって挨拶にいきたい…。
あわよくばそのままこの子を私の息子として養子に迎えたい…。





























球技大会まであと4日






「……なぁ、。お前練習してんの?」

「へ?」


部活中。今日も急がないと間に合わないことはわかっているので、
せっせとドリンクの容器を洗っていると急に後ろに現れたのはがっくんと忍足のダブルスペア。
あ、もう練習試合終わったんだ。


「もうあとちょっとで球技大会やっちゅーのに、えらい余裕やん?」

「…ま…ぁ、ね。大丈夫大丈夫!」


つい、色々とお師匠様のこととか話してしまいそうになるけどそこはグっと我慢。
…絶対、球技大会で一味違う私を見せつけて驚かせてやるんだから。
あんた達は舞川さんの勝利を信じてるがいいわ、私1人が私の勝ちに賭けてやるわよ!



背中に何とも言えない痛い視線を感じながら、
まだ何か言いたそうな2人から逃げるようにして容器を運んだ。











「…っしょ、っと。それじゃ!お疲れ様ー!」

「ねぇ、ちゃん待ってー!」

「ん?どしたの、ジロちゃん?」

「…ちゃんが戦う舞川さんねー、毎日遅くまでコートで練習してるよ?」

「……そっか、舞川さんも本気なんだね。」


部室から出て行こうとする私を引き止めたのはジロちゃん。
なんだかいつになく真剣な顔でそんなことを話してくるもんだから、つい足を止めてしまった。

ジロちゃんの後ろには、お馴染みのメンバーが一様にこちらを見つめている。


「あの、先輩!俺でよかったら練習付き合います!」

「長太郎がやるなら、俺も付き合ってやってもいいけど。」

のテニス音痴は筋金入りやで。宍戸の手には負えんやろ。」

「そうだよ!ほら、。早く用意しろよ。」




「あ、ゴメン皆!心配してくれるのは有難いんだけど大丈夫だから!じゃ、私行くね!」





バタンッ








「……何やあいつ。」

「…絶対怪しい。」

ちゃん、もう諦めてるのかなー。」

「…先輩に限ってそんなことはないと思いますけど…。」

「俺らが馬鹿にしたこと根に持ってんだろ、どうせ。」

「んー、そんな感じにも見えねぇけどな。」

「っていうかいつもやったら、鳳が手を差し伸べようもんなら喜んで飛びつくはずやろ。」

「………。」

「……。」

「………なんかつまんねーの。」



































球技大会まであと3日



「…っ!おりゃ!」



パコンッ


「コースが甘い。」




パコンッ



「はっ!!」



パコンッ




「奥がガラ空き。」




ポンッ








必死になって前に出ていた私の頭上に
ゆるやかな弧を描くボールが飛んでいた。

…あぁ、またやられちゃった。



「…っくそー!悔しい!気をつけてたつもりなのに!」

「でもだいぶ追いつけるようになったじゃん。」

「本当?!えへへ、お師匠様に褒められると嬉しいなー。」

「ただ、なんかさ。走ってる時に言ってる独り言は止められないわけ?」

「へ!?何か言ってる?!」

「言ってるじゃん、≪我は疾風の!≫とか。笑っちゃうんだけど。

「あ…ああれは…ほら。テニスの試合って、自分の個性を見せないと駄目なのかなって…。

「いや、そんなこと考えるより先に足動かした方がいいと思うんだけど。」



あと、ダサイし。と付け加えたお師匠様に愕然とする。
わ…私は、いつも跡部のあの氷帝コールとか、インサイトッ!くわっ!(目の見開き)っていうのを馬鹿にしていたのに
知らず知らずのうちに私もあの跡部と同じ色に…氷帝色に染まりつつあったんだ、うわあああああ恥ずかしいいいい!

なんか今までの経験上、テニス中は何かセリフを発しなければいけないものと思って
昨日の晩お風呂に入って小一時間考えてたのに、こんなアッサリとダサイとか言われるともう…うわああああ!



「や…やめる!あといっぱい考えてたけどもうやめる!」

「…別にいいけど。ちなみにあと何があるの?」

「……≪我がショットは閃光なり!≫とか…。」

「なんで戦国口調なの、もうやめて腹筋よじれそう。」


声を殺して、お腹を押さえながら笑うお師匠様を見て、私の顔はどんどん赤くなる。
アカン、恥ずかしい。小学生のセンスで見てもダサイんだ、これ…!
あと10個ぐらい用意してるんだけど、もう言わない方がいいなコレ。

でも、じゃあ跡部のセリフなんかもっと面白いけど
いつかお師匠様が跡部と対戦したときなんかコートに転げまわって笑うんだろうな。
私でも最初に聞いた時は笑ったもん。初めてだよ、笑ってるのに笑いすぎて声が出なかったの。



「…でもね、なんかテニス楽しくなってきた。」

「ふーん…。まだそんな余裕なんだ。」

「いや!いや、余裕とかではない!身体はヘトヘトなんだけど…何ていうかな、この青春っぽい感じがね?」

「………。」

「あ、そうだ。思ってたんだけどさ、お師匠様は必殺技みたいなの持ってる?」

「…必殺技?」

「ほら、例えば相手の筋肉が透けて見えるとか、宙を飛べるとか。

「何それ、意味わかんないんだけど。
……まぁ…なくもないかな。も中々上手くなってきたし、特別に見せてあげる。」

「え!マジで!お師匠様もやっぱり必殺技あるんだ!」

「別にそんなんじゃないよ。じゃ、コート入って。」





トコトコと対面のコートに移動するお師匠様に合わせて、私もコートに入った。
すっかりラケットを持って構えるのにも慣れちゃった。
ボールを追ったり、打てるようになるとテニスって楽しいもんなんだなぁ。
いつか、氷帝の皆とも対戦したみたいわ。どんな世界が見えるんだろうか。



「いい?いくよ。」

「はーい!どうぞ!」



さて、お師匠様の必殺技とはどんなものでしょうか。
あれだけ上手なお師匠様だから…わくわくする。




「……っ!」




パコンッ





「…うっうわ!」




……何だろう、今のサーブ。
なんか…今までと違う方向へ飛んでいってしまった気がするんだけど…。



「…今のがツイストサーブ。」

「………何それカッコイイ!え!すごいじゃん!」

「……別にすごくはない。」

「だってだって、サーブで相手から打ち返されなければそれで勝てるもんね!?」

「そんな単純じゃないと思うけど。」

「うわー…カッコイイな、今の…。ね、私にも教えて?」

「無理だよ、には。」

「やーだ、お師匠様にも出来るんだから大丈夫だよ!」

「…本当に師匠って思ってんの?」

「原理だけでも教えて?すごいんだけど。もう1回見たい。」

「…わかった。その代わりファンタ1本追加ね。」


いや、でも本当にあんなの初めて見た!
コートに立ってみるとよくわかるあの変な跳ね方…。
あんな小さい子でも、びっくりするような必殺技を持ってるもんなんだねぇ。

テニスって奥が深い。































球技大会まであと2日





ガラッ


先輩いますか。」



お昼休み。クラスの団結を図るために全員で作戦会議を練っていたところに
珍しく現れたのはぴよちゃんさま。一気にクラス中の視線が集中し
ぴよちゃんさまは少し顔をしかめた。そりゃ、昼休みに全員が机囲んでたらびっくりするよね。



「ちょっとちゃん!日吉君呼んでるよ!」

「やだー!めちゃくちゃカッコイイ、日吉君…!」



例の如く色めき立つ女子。
何か部活の用事かな、と駆け寄ってみたものの居心地が悪そうだ。
仕方なく場所を移そうかと提案すると、クラスから黄色いブーイングが飛んだ。






「ごめんね、びっくりしたでしょ。」

「何してたんですか、アレ。」

「球技大会の作戦会議!ガチなんだよ、うちのクラスは!」



屋上へ来てみるとちょうど心地よい風が吹き抜けた。
大会当日もこんなお天気だといいのにね、等といいながらぶらぶらと歩く。



「で、何か用事あった?」

「……大丈夫なんですか。」

「ん?何が?」

「だからその、球技大会ですよ。先輩テニスに出るんじゃなかったでしたっけ?」

「あ、うん!ぴよちゃんさま、応援してね!コールもよろしくね!」

「絶対イヤです。……練習してるんですか。」


ところどころ変な間隔を空けて話すぴよちゃんさまは、
どこかいつもより切れ味が悪い気がする。なんだろう。


「練習はしてるから心配いらないよ!」

「…ここ最近部活が終わったらすぐに飛び出していくのはその為なんですか?」

「あちゃ、バレてた?そうなの。秘密の特訓してるんだ。」

「……先輩達の空気が悪くてこっちはいい迷惑です。」

「…と、いいますと?」


言いたいことがわからず、ハテナマークを頭に飛ばしていると
いつもの呆れた表情でぴよちゃんさまが大きくため息をついた。


「聞いて来いって言われたんですよ。先輩が放課後コソコソどこで何をしているのか。」

「…跡部達に?」

「はい。」

「……ゴメン、それは秘密。でも練習はしてるから心配しなくてもいいって言っておいて。」

「…何かやましいことでもあるんですか?」

「へっ!?いや…いや、別に!?なんで?!別に淫行とかしてるわけじゃないよ!?

ちょっと…どういうことですか。ついに犯罪に手を染めたっていうんですか、変態もそこまでいくといっそ清々しいですね。」

「ちが…本当に違うから!でもそんな回答じゃ、どうせあいつらのことだし…ぴよちゃんさまに詰め寄るに違いないよね。」

「……先輩は変なところにはよく気が回りますね。」

「一言多いんだから、もう。んー…あ、じゃあこう言ってて?≪近くのテニススクールに通い始めました≫って。」


我ながら後輩を気遣う良き先輩だわ、私ってば。
ぴよちゃんさまが全員に詰め寄られてる姿が容易に想像できちゃうあたり、
あいつらは後輩に対する優しさが欠如している。大体聞きたいなら自分で聞きに来なさいよねー。
私がぴよちゃんさまに弱いと思って、何かあるとすぐぴよちゃんさまに言わせるんだから。
まぁ、結果オーライなんですけども。いつもそれで許しちゃうんですけど。


「…通い始めたんですか?」

「…まぁ、そんなとこ。これが結構楽しくてさ!テニスって楽しいよね!」

「まさか先輩の口からそんな言葉が出るとは思いませんでした。
 ついこの間まで、テニスは今世紀最大の拷問系スポーツだとか言ってませんでした?」

「…いや、それはほら。跡部が本意気でテニスボール投げつけてきたりするから…。」

「……まぁいいですけど。聞きたかったことはそれだけです。」


クルリと私に背を向けて、出口へと去っていくぴよちゃんさま。
私もそれに続いて歩いて行くと、ドアノブを持ったままぴよちゃんが制止した。


「…ん?どうしたの?」

「そういえば…。1つだけ忘れてたことがあります。」

「何?」

「練習、手伝いましょうか。」















射抜くような視線で私を見つめるぴよちゃんさま。

あの…あの孤高の女王様ぴよちゃんさまが…
こんな可愛いことを言ってくれるなんて、私はもう球技大会で勝てないかも…な…
ここで全ての幸運を使い果たしちゃったんだろうな…。

いつもなら喜んで飛びついてウハウハするところなんだろうけど、
頭にちらつくのはお師匠様の顔。
…確かにぴよちゃんさまに練習を見てもらいたい。
テニスの練習から始まるラブロマンスを味わってみたい。始まらないだろうけど。

だけど…





「う…っ、あ、ありがとうぴよちゃんさま…。」

「…先輩に迷惑をかけられるのはいつものことですから慣れてます。」

「でも…、大丈夫。私…頑張るから!」

「………。」

「心配してくれて本当ありがとうね。ぴよちゃんさまの優しさ…プライスレス!」



ピっと敬礼をして立ち去る私に、何も言わずポカンと口をあけているぴよちゃんさま。
っく…ここは…ここは心を鬼にして…!
きっと…舞川さんに勝利して、その時は一緒に喜びを分かち合おうね…!



























「どうだった、日吉!聞いてきたのか?」

「…はい、昼休みに聞いてきましたよ。」



放課後の部室にて。
いつもは俺よりも遅い時間に来る先輩たちが勢揃いしていた。
入った瞬間に、駆け寄ってきて詰め寄る向日さんはどこか興奮気味だ。



ちゃん、何か言ってた〜?」

「近くのテニスセンターに練習に行ってるそうですよ。だから心配するな、と。」

「テニスセンター?んなの、近くにあったか?」


疑いの眼差しで大げさな疑問符を投げつける宍戸さん。
そんなこと、俺に言われても知るか。
少しイラっとしたのを悟ったのか、鳳がすぐに会話に割り込んできた。


「あ!もしかして、先輩の最寄り駅のところにあるところじゃないですか?」

「そんなんあったっけ?」

「…ある。樺地。確か知り合いのじいさんがやってるんじゃなかったか?」

「ウス…。たまに…、遊びに行きます…。」

「マジか!の奴、そんなところでコソコソ練習してたのかよ。」


……先輩、命拾いしたな。
都合良くテニスセンターがあったおかげで、先輩の秘密が守られたようだ。

目の前にいる先輩達は取り合えず辻褄があったことに納得している様子で
先程までの緊張感は消え去っているようだった。

俺も知らない先輩の秘密。

気になったけど、ここで言うとまた面倒くさいことになると判断し
心に留めておいた。



























球技大会前日。




パコンッ





ポコッ




「……おー、中々仕上がってるやん舞川ちゃん。」

「当たり前だろうが、勝つのはA組だ。」

「だなー。マジで勝てんのかよ、。」

「いや無理だろ。っていうか、まずなんで勝負することになったんだろうな。」



氷帝学園が特に力を入れている行事、球技大会。
前日は午前中のみ授業があり、その後は各々自由練習に励むことになっている。
団体競技であるバレーの練習は体育館内のあちこちで行われており、
威勢の良い掛け声が響きわたっている。

そして、バレーに出場する氷帝テニス部レギュラー陣は今。
クラスの練習を抜け出し、今回の球技大会で最も注目度の高い選手の偵察に来ていた。


屋内テニスコートで白いスコートをはためかせ、爽やかな汗を流す舞川。
練習相手は跡部の用意した専属のトレーナー。
観客席に座り、その姿を見つめるレギュラー陣。
先程まで元気にラリーを続けていた舞川は、その視線に緊張したのか一旦練習を切り上げてしまったようだ。



「…どうせ、しょーもない理由やろ。」

「例えば?」

「うーん…、購買でパンの取り合いになったとか?」

「そんなどーでもいい理由だったらマジ面白いな。」


人のいなくなったコートを見つめながら、だらだらと話すレギュラー陣。
色々な可能性を話し合っては、ケラケラと笑う。

あまりに盛り上がっていた彼等は、その背後に近付いた人影にすぐには気付けなかった。




「……ねぇ。」

「え?……あ、お前…の友達じゃん。≪真子ちゃん≫だろ?」

「…ひどいよ、皆。」



見知った顔に、人好きのする笑顔で近寄った向日は一瞬固まった。
思わぬ人物からの、思わぬ発言でその後ろで座っていたレギュラー陣も固まってしまう。


「…アーン?」

「ま、真子ちゃんやっぱりやめようよ…!跡部君怒ってるよ…!」

「瑠璃ちゃんは下がってて。私はの味方だから、言わせてもらう。」


ぞろぞろとやってきた女子達が内輪で話している内容が全く理解できないレギュラー陣。
内容はわからないが、とにかくこの≪真子ちゃん≫が彼等に対して怒っていることだけは読みとれた。


「…どうしたん、真子ちゃん。何怒ってんの?」

「なんで舞川さんには協力するのに、にはしてあげないの?君達、友達なんでしょ?」

「あ、あの…真子さん。俺達にはおっしゃってる意味がよくわからないのですが…。」


いきなり敵対心を向けられた先輩達が、うっかり喧嘩に走ってしまわないように
後輩である鳳が割って入るように前へ出た。







「…いいの?舞川さんに負けたら、はテニス部を辞めちゃうんだよ?」









またもや繰り出された、思わぬ発言に今度こそ全員が動けない。

対する女子達は、予想していた反応が得られなかった為か少し違和感を感じているようだ。
コソコソと会議を繰り広げる彼女たちを見て、1番最初に混乱から立ち直った男が口を開いた。



「…どういうことだ、説明しろ。」

「どうもこうも…から聞いてないの?」

「あの…ちゃんは、私達のために戦ってくれてるんです!」


気弱そうな少女が真子の後ろに隠れながら叫んだその言葉は、
やはり彼等には理解しがたいものだった。


「…戦う?どういうことですか。」

「日吉君には言ってると思ってたんだけど、本当に隠しとおすつもりだったんだね。あの子。」

「もったいぶってねぇで、早く言えよ!」

「し、宍戸さん落ち着いて下さい…。」
























「……と、いうわけで。喧嘩をふっかけられたは必死になってるって訳。」

「あいつ…なんでそんな大事なこと勝手に決めてんだよ!」

「っていうか、ちゃんが辞めるとか許さないC〜!」

「…こんな負け戦でそんな大事なこと賭ける奴がおるか。ほんまどうしようもないアホやで、あいつ。」



全ての事情を把握したレギュラー陣は、もう誰もテニスコートを見ていなかった。




「…行くぞ。」







































「さ!どうぞどうぞ、あがっちゃってー。」

「……本当に1人で暮らしてるんだ。中学生なのに。」

「まぁ、細かいことは気にせずに!」


いよいよ球技大会前日になってしまった。
今日は授業も午前中には終わってたから、すぐさまお師匠様のコートへと向かった。
基礎練も程々にして、実践練習を重ねた結果
ついに私はお師匠さまからのGOサインをいただいた。
お師匠様が言うには「相手が経験者なら確率は五分五分」らしい。

だけど、壁に土下座してた頃に比べるとだいぶ良くなった…と思う。
何よりテニスが楽しいと思えるようになったのは、私にとって1番嬉しい収穫だった。
別にテニスが嫌いだった訳じゃないけど、いつも仲良くしてる友達と同じ趣味が共有できるのは
きっと楽しいことだし。いつもは放課後といえばゲーセンとか、レストランだったけど
これからはテニスコートで試合とかしてみちゃったりしてみたいな、なんて。
あぁ、でも奴等はお師匠様のように加減ってものを知らないからきっと私をコテンパンにして楽しむんだろうな。

こんな小学生の男の子でも手加減が出来るっていうのに…
本当にあいつらはどのタイミングで良心をポイ捨てしてきてしまったのだろう。



「おじゃまします…。広いね。」

「うん、前まで家族で住んでたからねー。今は海外にいるんだ。」

「…へぇ。寂しくないの。」


遠慮がちにリビングへと足を踏み入れたお師匠様。
帽子を脱いで、テニスバッグを控えめに部屋の隅に置く姿は本当にあいつらに見せてやりたい。高画質で見せてやりたい。
そんなお師匠様をソファへ促すと、素直に座ってくれた。……もう本当に可愛いな。



「友達がいつも遊びに来てくれるからね、そんなに寂しくないかも。」

「…ふーん。」

「あ、そうだ。お師匠様お風呂入ってく?汗いっぱいかいちゃったでしょ?」


リビングでお茶の準備をしながら提案すると、
お師匠様が物凄い勢いでこちらを振り向いた。
何だかものすごく驚いた目をしてるけど…何か変なこと言いましたか…。


「えと…人の家のお風呂とか無理なタイプかな?」

「いや…。なんかって……。」

「ん?」

「馬鹿なんだなぁって…。」

「何でそんなしみじみ言うの!?やめなさい、その憐みの目!」


「…まぁ、いっか。じゃあ入ってもいい?」

「うん。そこの扉のとこねー。バスタオルとかパンツとかも入ってるから使っていいよー。」

「は?」


またもや物凄い勢いでこちらを振り向くお師匠様。
そ…そんな曇りのない美しい目で見つめないでください…。


「え…いや、え?」

「…彼氏と同居してんの?」

「へ!?なんでそんな話になるの!?」

「……じゃあなんでパンツがあんの?」

「あ…ああ、そういうことか!いや、友達が常備してるというか勝手に置いてくからさ!」

「…他の奴のパンツなんか履きたくないんだけど。」

「ま、まぁ確かに。どうしよう、じゃ私そこのコンビニで買ってこようか?」

「いい。着替えは持ってるし。」

「なんで?」

「部活の後、先輩と銭湯に行ったりするから。」


ガサゴソと鞄の中を探るお師匠様がおもむろに取りだした青いトランクス。
お師匠様は絶対トランクス派だと思ってた、私。
自然と緩む私の頬に、顔をしかめるお師匠様。いけない、本当に淫行で捕まっちゃう。


「お師匠様大丈夫?お姉さんが一緒にお風呂入ったげようか。」

と入ったら変なことされそうだからヤダ。」

「しな…しないよ、小学生に!私ってそんな変質者的なイメージなの!?」

「………。」


ジっと至近距離で私を見つめるお師匠様は何かを言いたそうだったけど、
そのままフイと顔を逸らしてスタスタと歩いて行ってしまった。
あ…危ない、私そんなにお師匠様に対して性的な態度見せてたかしら…。

もしもお師匠様が自宅に帰ってご両親に「変なお姉さんに、変なことされたー」とか言っちゃうと
本気で私は捕まる。そして氷帝学園にいられなくなる。
それどころか、私の今後の長い人生…「小学生に淫行した変態女子中学生」
という不名誉すぎる十字架を背負っていかないといけない…んだよね、嫌過ぎる!!

いや…っていうか、よく考えたら…
「小学生を家に連れ込む」ってコレ…いいのかな…。
よく考えずにお風呂まで入れちゃったけど…え、ヤバイ…よね。
ここにもし警察が乗り込んできたら…私どう言い訳すればいいの…!

待てよ、でも「弟です」って言えば済む話だよね。
そうだ、そうだよ大丈夫。まだ私は悪くない!



























「…、服貸して。」

「へ…うぉわああ!ちょ…ちょっと、ま…まっまま待ってて!」


テレビを横目に見ながら、キッチンで作業をしていると
後ろからいきなり声をかけられた。もうお風呂あがったんだー、なんて思って振り向くと
そこにいたのはパンツ一丁で仁王立ちするお師匠様。

普段から男の子の裸体は見慣れてるはずだったけど、
年下の、それもお師匠様の裸体を見ているとなんだか自分が本当に犯罪を犯してしまってるような気がして
つい取乱してしまった。クスクス笑ってるお師匠様がもうなんか小悪魔に見えてくる。

急いで取りだしたTシャツと短パンを渡すと、素直に着用してくれたけど…。
うん、私のサイズでぴったりなんだね。他人が自分の服着てるなんて、何か変な感じ。


「…魚?」

「ん、あ。もしかしてお魚嫌いだった?今日は焼き魚の気分だったから焼いてみたんだけど…。」

「ううん、好き。」



は…う…わぁあああああ!
何その笑顔、可愛すぎる!トコトコキッチンに入ってきて
グリルの中を覗き込むお師匠様可愛すぎる!

何か抱きしめたいとかそういうの色々通り越して息子が欲しい!



「…って料理とか全然出来なさそうなのに。」

「何その偏見!…まぁ、焼いてるだけだから料理ってほどじゃないけど…。」

「良い匂い。お腹空いてきた。」

「もうすぐ出来るから座ってて?テレビ見てていいよー。」

「わかった。」











「はい、粗食ですが。」

「……美味しそう。いただきます。」


…お師匠様が来るなら、もっとお洒落なお料理にすれば良かったなぁ。
今日に限って焼き魚に味噌汁に…典型的な和食の予定だったもんだから…。
年頃の男の子なんだから、きっとハンバーグとか食べたかっただろうなぁ。


「ゴメンね、魚しかなくて。」

「なんで?俺、和食大好き。」

「へぇ、珍しいね。きっとこれからどんどん身長も伸びるねぇ。」


あまりにも可愛いお師匠様の頭をなでなですると、
ものすごく嫌そうな顔で睨まれた揚句、手を振り払われてしまった。
……もうこねくり回したいほど可愛いんですけど。


「お師匠様、今日までありがとうね。私、明日は絶対頑張るから!」

「当たり前。勝たないと許さないから。」

「なんだか、私いけそうな気がするよ!クラスの皆の為にも絶対勝つ!」

「…思ってたよりよく頑張ったよね。絶対2日目からは来ないと思ってたけど。」

「えー、折角お師匠様が貴重な時間を割いてくれてるのにそんな訳ないじゃん。それに私は楽しかったよ?」

「……ふーん。」

「テニス部に所属してるのに、まともにテニスなんかしたことなかったしさ。
 お師匠様に練習付き合ってもらって、テニスが好きになれたよ。ありがとね。」


モグモグと魚を食べながらジっと私を見つめるお師匠様。
…癖なのかな?ほとんどの女の子はそんな目で見つめられると魂もってかれちゃうと思うんですけど。


って…」

「うん?」

「…恥ずかしい馬鹿だね。」

「どういう日本語!?それ貶してるよね?!」

「褒めてるよ。ご飯も美味しいし。」


さ…最近の子供はよくわかんないけど…
取り合えず嬉しそうな顔してるから、よしとするか。
美味しそうに食べてくれるお師匠様を見てると、ものすごく癒されるんだもん。


「じゃあさ、私が見事勝利したらお師匠様のことギューってしていい?」

「いきなり何言いだすの、キモい。

「いや…合法的に!合法的にね!

「ちょ…なんでそんな必死なの、怖いんだけど。」




ピーンポーン…




「ん…何だろう、こんな時間に。宅配便?」

「さぁ。行ってきたら?」

「うん。ちょっと!いるのはわかってんだぞっ!」




ドンドンドンッ








一瞬にして血の気が引く










マズイ


















わ…私…




















まだ犯罪者にはなりたくない



















「お…おおおお、おっお師匠様!」


「どうしたの?」

「緊急事態なの!と、とりあえずクローゼットに隠れてくれない!?」

「ヤダ。」

「ちょ…ダメなんだって!球技大会どころじゃなくなるよ!このままだと私、ダイレクトにブタ箱行きだよ!

「全然意味わかんない。」



ドンドンッ


「開けろ!」





ヤ…ッバイ、これはヤバイ。
あいつらの声を聞いてまず1番に思い浮かんだのは
「小学生を家に連れ込んでることがバレたら、間違いなく社会的に抹殺される」ということ。

しかし、けたたましく鳴り響くドアの音が私の思考回路をかき乱す。
ああ…ああああ、もうどうしよう!!!!!



いっそのことお師匠様を力づくでクローゼットに押し込むか…
















「……どういうことだ。」









先程まで遠くに聞こえていた声が、やけに鮮明に聞こえると思って振り向けば

私のすぐ後ろに勢ぞろいしたお馴染みのメンバー。



もう引き返せないと悟った私は、頭をフル回転させる。
その反動でダラダラと汗が流れ出す。
誰も何も言わない、この静寂を切り裂いたのは意外な人物だった。



「……どうも。」

「ちっ、違うの皆!聞いて!私はやましいことは1つもしてないよ!」

「もはや女子中学生の口から出る言い訳じゃないですね。何言ってるんですか。」




明らかに私を睨む皆と、やけに冷静なお師匠様。ま、まずい!ここでお師匠様に下手なことを喋られるとマズイ!
即座にそう判断した私は彼に駆け寄り、コソコソと耳打ちした。


「おっ、お師匠様。ほら、自己紹介して。」

「は?」

≪僕は江戸川コナン!探偵さ!≫って!」

「……僕は江戸川コナン、探偵さ「どうやったらそれで切り抜けられる思ってん。」

「なっ…。」

「っていうか、お前越前だろ!!」

「は?」



ちょ…ちょっと状況が飲み込めないけど、取り合えずコナン作戦は破綻した。
オロオロする私と、平然とお味噌汁をすするお師匠様。

そして、よくわからない名前が飛び出した…よ…?



「…何でお前がここにいるんだよ。」

「俺もびっくりだよ。なんでサル山の大将さんがいるの?」

「へ?お…お師匠様、跡部のこと知ってんの?」

「うん。…っていうか、氷帝の生徒だったんだ。」

「……えーと…、ちょっと頭が混乱してきた。」


雰囲気から察するに、お師匠様と皆は…顔見知り?
ということは、私がお師匠様の存在を隠そうとしても意味ないって…こと…?

な、なんてことなの…。 …ここに散る…。


「…じゃあが辞めたくない部活って氷帝のテニス部のことだったんだ。」

「うん…。えっと、お師匠様はここにいる皆と知り合いなの?」

「知り合いも何も…、こいつ越前リョーマだろ。青春学園の1年。」

「なっ!!」



宍戸の言葉に驚いて、お師匠様を振り返ると気まずそうに目を逸らした。

…え…1年?青春学園って…中学校…だよね…?

…ということ…は…








「セ…セーーーーッフ!セーフ、私「アウトや、あほんだらっ!」


バシッ




中学生なら大丈夫、という私の中のボーダーラインに基づけば、
今のこの状況は淫行にはあたらない!セーフ!と思ったのですが
忍足が私の後頭部を清々しいまでの勢いで叩いたところから察すると、1年だろうがきっとアウトなのでしょう。



「い…っ、ったいわね!」

「せっ、先輩!とにかく今の状況を説明してください!」


このままでは乱闘になると悟った賢い後輩は
すぐさま仲裁に入り、私に状況説明を促した。

…うん、私もまず頭を整理したいです。

























「…と、いうわけで。この子は私のお師匠様なのです。」

「……コソコソ抜け出してやがったのはそれだったのか。」


腕を組み、偉そうに椅子に座る跡部が私に虫けらを見下すような目線を投げかける。
く…くそ、気づかれたくなかった!何この無性に恥ずかしい気持ちは…!


私とお師匠様を取り囲むように円陣を組む氷帝魔女裁判官の皆様。
間違いなくこのままだと私は敗訴し、女子中学生ライフからログアウトさせられるのでしょう。
ここまでか…っ、球技大会まであと一歩だったのに…!



「…ねぇ。」

「アーン?なんだ。」

「アンタ達は、が明日負けるって思ってんでしょ?」

「当たり前だろ、相手は経験者だぞ。」

「そうだよ!負けるってわかってんのに、何でそんな無謀な賭けしたんだって怒ってんだよ俺らは!」


宍戸とがっくんがいつになく焦った表情で訴える。
…確かに無謀だったけど…だけど、だから練習してたんだもん。
でも、がっくん達が私を心配して言ってくれてるのはわかるから、何も言い返せない。


「…大丈夫だよ、負けないから。」

「はー?ちゃんの大爆笑テニス見たことないからそんなこと言えるんでしょー!」

「ジ…ジロちゃん…だ、大爆笑テニス…?」

「負けるわけないじゃん、俺が教え込んだんだから。」

「……言うじゃねぇか、越前。」

「アンタ達には出来なかったんだろうけどね。まぁ、明日楽しみにしてなよ。」


やけに挑発的なお師匠様がニヤリと笑うと、皆が少し顔を歪めた。
…なんだかややこしいことになってきたけど…、これはもう勝つしかない…よね。


























球技大会当日




「…いよいよ次だね、。頑張ってね!」

「真子ちゃん…うん。行って来る!私なら出来る!」

「そうだよ、ちゃん!応援してるからね!皆、いくよ!!」


ついにこの日がやってきた。

バレーはA組に惜敗。本気で悔しがる皆に託された思い。


テニスの最終試合は私と舞川さんの大将戦。


ここで私が勝てば、A組に勝利できる。




決勝戦であるこの試合。他のクラスの試合が終わった生徒達も覗きに来ている。


とんでもないプレッシャーだけど…負けるわけにはいかない!


私の背中を押してくれるクラスの皆、そして…お師匠様のためにも!




テニスコートへ一歩踏み出すと、その背中をさらに押してくれる歓声が響き渡った。








「「「「「超・絶・カワイイ!ー!」」」」」


「「「「「我らのアイドル!ー!」」」」」


「「「「「勝利の女神にエールをこめて!勝つのは!負けるの舞川!勝つのは!負けるの舞川!勝つのは…」」」」







パチンッ





「私よ!」





「「「「「キャーーー!様素敵ーーー!!」」」」




























「おい、あいつ殴ってきていいか。」

「あ…跡部先輩、抑えてください…!!これから試合ですから!」


「…マジで楽しそうだわ、あのクラス。」

「ねー、俺もあのクラス入りたいC〜。」

「見てみーや、のあの光悦とした表情。クラスの奴等、のノせ方知ってんな。」

「…現に、ギャラリーも引き込まれてますもんね。跡部さんと違うところは、それが歓声ではなく、爆笑で包まれてるところですけど。」

「…でも舞川先輩もこのぐらいで緊張する人じゃなさそうですよ。」

































「アドバンテージ!舞川!」




「はぁ…はぁ…、あんた…未経験者じゃなかったの…。」

「…この1週間、死ぬ気で練習したからね。簡単には負けられないわよ。」

「っく…。私だって…跡部様に……!」






パコンッ








「…やっ!」

「……はっ!」

「…っっ!!」

「あ!」
































「……ッアドバンテージ、!」





わぁあああ!




「…すごいやん、。」

「マジかよ…。あのが…。」

「……でも力はほぼ互角ですよ。このままだと…。」

「見てわかんねぇのか、もう勝負ついてんだろ。」

「え……。」














「…だいぶ疲れてるみたいじゃない、舞川さん。そんなことじゃ…テニス部のマネージャーは務まんないわ…よっ!!」




パシンッ




「…っく…!」




長引くデュースに終止符を打ったのは







































「おめでとうちゃん!!」

「やったな、!よっしゃ!胴あげすんぞ!!」

「へ…へへ、つか…れた…!」

「もー、本当あんたは…!頑張ったね!!」



「「「「わーーっしょい!」」」」」


「「「「わーーーーっしょい!!」」」」



「ちょ…っ、ま…こわ…怖い!落ちる落ちる!」



最後にテニスコートに立っていたのは舞川さんではなく、私だった。
足がもつれて倒れ込んだ舞川さんを見て、一瞬何が起こったのかわからなかったけど
コート内に駆け込んできたクラスメイトの笑顔で、私が勝ったんだって、気づいた。


最後の方は歓声もなくなって、お互いの声とボールの音だけが響き渡っていた。
人生でここまで緊張することがあるのかって程、緊張した私は
急にその糸が切れてしまったことにホっとしたのか、何なのか。
柄にもなく嬉し涙を流してしまった。皆の祝福がそれをさらに増長させる。


「……さん。」



そこに現れたのは、対戦相手である舞川さん。
空気を察したのか、胴上げをしていた皆は私を下ろし一歩下がった。


「…舞川さん、お疲れ様。」

「…………ひどいこと言って…、ごめんなさい。」


クラスのみんなに頭を下げ、真っ直ぐに謝罪した彼女。
そんな舞川さんに最初に声をかけたのは、瑠璃ちゃんだった。



「舞川さん、かっこ良かったよ。」

「お疲れ様!」





口々に労いの言葉をかける私のクラスメイトはやっぱり最高の仲間だ。
舞川さんは一瞬驚いた顔をして、恥ずかしそうに顔を逸らした。





















先輩!すごかったです!」

「ちょたー!見ててくれたの?どうだった?あのコール!」

「え…あの、それは…。」

「アレはめっちゃダサかったで。」


「なっ!わ、私とクラスメイトが一生懸命考えたのに!」


放課後。テニスコートに入ったと同時にぞろぞろと近づいてきたのは、テニス部メンバー。
小走りで駆け寄り、キラキラした目で感動を伝えてくれるちょたの後ろには

やっぱりというか、例のコールに怒りを隠そうともしない跡部。




「おい、覚悟はできてんだろうな。」

「いや…いやっ、よく考えて!あれは跡部に対するリスペクトだよ!」

「……アーン?」

「ほら、わ…私も跡部みたいに…強くなれるかなーって!コールがあれば、さ!」

「……はっ、俺の真似ごとをしたところで「いや、完全に面白がってたじゃん、!」

「がっくん、ちが…っ!余計なこと言わないで!何とか丸めこめそうだったのに!」

「微粒子レベルまで分解してやる。」




跡部が私の頭をがっつり捉えたところで、もはや諦めの境地だったのですが





。」





突然聞こえた声が、私達の時を止めた。

跡部の腕の中でなんとか振り返ると、そこにいたのは間違いなく



「お…お師匠様ぁああ!私勝ったよーーー!」

「へぇ。おめでと。」



いつも見ていたジャージとは別のジャージ姿。
ジャージの胸元に輝く「SEIGAKU」のロゴを見て、あぁ本当に中学生だったんだって。
不敵に微笑むその笑顔が、なんだか大人に見えるのもジャージの所為でしょうか。



「何しに来たんだよ。」

「そうだよ、学校はー?わざわざちゃん見に来たの?」


お師匠様に駆け寄ろうとすると、目の前に立ちはだかるがっくんにジロちゃん。
…この前から思ってたけど、お師匠様に対するその敵意は何なんでしょうか。


「別に。俺は付き添いで連れてこられただけ。」

「へ?付き添いって?」




「越前!勝手に歩き回るな!」





コートに響き渡った声に振り返ってみると、そこにいたのは背の高いお兄さん。
……お師匠様と同じジャージを着てるということは…この人も中学生なの?


「…ッス。」

「アーン?何でてめぇがここにいるんだ、手塚。」

「…竜崎先生に遣いを頼まれた。榊監督に伝えたいことがある。」



手塚と呼ばれたお兄さんも、どうやら跡部達の知り合いらしい。
コートにつかつかと入ってきた手塚さんはちらりと私を見てすぐに目線を跡部へ戻した。
……この人といると、お師匠様が本当に子供のように見えるな。



「監督?さっき音楽室にいたぜ。」

「おい、。連れて行ってやれ。」

「へ…あ、わかった。じゃ、じゃあこちらです…。」

「あぁ。悪いがよろしく頼む。」


…わぁ、なんだか真面目そうな人。















「ねぇ、。」

「ん?何?」

「あの人達、なんで全員ぞろぞろついてきてんの?」


手塚さんとお師匠様を音楽室へ案内している途中。
後ろをチラチラと見ながらつぶやいたお師匠様。
うん、私もわかんない。


「…さぁ、暇なんじゃない?」

「ふーん…。」

「さ、着いたよ。失礼しまーっす!」


ガラッ



「先生ー、青春学園から遣隋使的な人々がやってきました!

「…竜崎先生から話は聞いている。」

「失礼します。こちらの合宿要綱を渡すように頼まれました。」





「「「「「合宿!??」」」」」





ドアの外から聞こえたリアクションと、私のリアクションが見事に重なる。

先生や手塚さん、お師匠様の落ち着いた様子から察すると知らないのは私達だけなのだろう。


「せ…先生、合宿って…?」

「…伝えていなかったか。今月の下旬に合同で合宿を行う。」

「聞いてないですよ!え…え、合同って…?」

「我々青春学園と、氷帝学園。そして立海大付属の三校合同だ。」


淡々と説明してくれる手塚さん。
いや…いや急すぎるでしょ!めちゃくちゃ楽しそうだけど!





























「…では、帰るぞ。越前。」

「ッス。じゃね、。また合宿で。」




衝撃の事実が音楽室で発覚した後、
校門まで2人を送ってきたのはいいけど…

もはや隠れようともしていないレギュラー陣を含む私は呆然としていた。
そんな大事な話を今の今まで誰も聞かされてないって…。


「…う、うん!また会えるの楽しみにしてるね!」

「……あ、そうだ。忘れてた。」

「うん?」

「ちょっとこっち来て。」


ゴソゴソと自分の鞄を探すお師匠様。
……やだ、もしかして勝利した私のためにプレゼントでも用意してくれちゃってるんですか?

だ、だめ!お師匠様はきっとサプライズで渡そうって思ってくれてるんだから
驚いたフリしなきゃ駄目よ、!ニヤける顔をなんとか抑えつつ近づくと















チュッ



















「…ほ……?」


頬に触れた柔らかい感触が、お師匠様のソレだと気づくのには時間がかかった。

だって…だって、そんな急に…!!


「勝ったらチューってして欲しかったんでしょ?」

「へ…へ!?あ!?え、ちが…っ、ギューだよ!」

「……どっちでもいいじゃん。じゃね。」

「ちょ…え…まっ……!」



先にスタスタと歩いて行ってしまっていた手塚さんに
小走りで近づいて行くお師匠様。

な…なんか…なんかよくわかんないけど…




「生きててよかったあああああああグフゥッ!

ちゃん?何、今の?」

「ジ…ジロちゃん、な…何、今のストレートパンチ…!」

「…わからんわ、何でなん?」

「な。物好きな奴多いよな、あいつ意外とモテねぇのかな。」

「いや、いやこれは予想なんだけどね。もしかしてお師匠様私のこと好きなんじゃない?」


デヘヘと笑った私の顔は2秒後には苦痛に歪んでいました。


「いいか…間違っても合宿でおかしな真似すんじゃねぇぞ。」

「っい…痛いわね!何なのよ、私の溢れ出るアイドルオーラは簡単には消せな。」

「はい、ごめんなさい。大人しくしてます。」






一難去ってまた一難。

私に平穏が訪れることはないのでしょうか。











愛しのヒーロー     fin