氷帝カンタータ





第29話 迷走ユートピア(1)






from:幸村君
sub:(無題)
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明日は久しぶりに会えるね
楽しみにしてるよ







from:お師匠様
sub:(無題)
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も合宿来るんでしょ?







いよいよ明日は合同合宿。
榊先生に急遽知らされてから今日まで本当に早かった気がする。
前日になってもまだ準備ができていなかった私は
せっせと荷造りをしていたのですが…。

一息つこうとソファに身体を投げ出し、携帯を確認してみると
大天使様からのメールがなんと2通も届いていました。


「…むふ…んふふ…これは結婚も秒読みだな…。」


異性からメールがくる=私のことが好き
という、私ルールに基づけば、人生初めてのモテキじゃないでしょうか。

幸村君にお師匠様かぁ、本当に甲乙つけがたい…!
毎朝あの幸村君の美しい笑顔を見て起きるのも良いし、
お師匠様の可愛い声で起こされるのもまた一興…。
あぁ!でもやっぱりぴよちゃんさまに冷たい目で布団を引っぺがされて起きるのも捨てがたい!

自然と気持ち悪い笑みがこぼれてしまうけど、
妄想は自由ですよね。うん、誰にも被害は及んでないもの!

すっかり荷造りの手も止まってしまい、
携帯を握りしめながらしばらくゴロゴロしていると、ブルルと携帯が震えた。



「あれ、またメール?やっだ、もー…モテ子ちゃんも困るわよ…ね…ぇ…なんだこれ。




from:がっくん
sub:(無題)
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UNO持ってこいよ!
あと、の家に置いてるパンツ
2枚持ってきといて!




「…まぁ、ある意味トキメキメールだよね。読み方によってはほぼ夫婦の会話だもんね。」


がっくんは私の家に当然のようにパンツをストックしている。
そして私はがっくんのパンツを洗ってあげているのです、もうこれ夫婦じゃんね。
そんな健気な私にがっくんが「、俺のパンツで変なこととかしてないよな。」って
真顔で聞いてきたときは思いっきり頭を叩いてやったけどね。

忘れるとまた五月蝿いだろうから、今の内に鞄に入れちゃおう。
もう一度気合いを入れて立ち上がると同時にまた携帯が震えた。



from:跡部
sub:(無題)
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合宿中に少しでも
おかしな真似しやがったら
こうしてやるからな




「…?どういう意味?」


不可解な日本語のメールに添付されていた写真を開いてみると
そこに表示されたのは美味しそうなハンバーグの画像。

……ああ!ミンチにしてやるってこと?!

わっかりにくい、何なの暇なの?

まだ何もしてないのにむやみに牽制されたことにムカついて
「あんたこそ、はしゃぎすぎて夜眠れなくて寝坊してきたりすんじゃないわよ」
って送ったら「shut up」って返ってきたよ。

何よシュットアップって…
シュっとしろよってこと…?これだから帰国子女気どりは…。

さっさと荷造りをして寝てしまおう。
私まで寝坊しちゃったら、本当何言われるかわかんないからね。


あぁ…でも、やっぱりお出かけの前日って…楽しいなぁ。































「はい、ウノーーー!きました大連チャン!」

「またがっくん!?絶対あがらせないんだから!」

「おい、ジロー!気をつけろよ、こいつが持ってる色出すなよ!」

「わかってるC〜!……んー…えい!青の7!!」

「…………っあざーーーっす!イェーイ、3連勝!」

「っく…悔しい…!」


合宿所までのバスの中では朝からUNO大会が繰り広げられていた。
参加しているのは私とがっくん、宍戸にジロちゃんのお馴染みのメンバー。

他のメンバーはそれぞれ音楽を聴いたり、寝たり…
こんなに騒がしい中でよく他のことできるなぁなんて思いつつも
自分たちのテンションを下げる気はなかった。

バスに揺られて1時間ほど経った頃。
がっくんは驚異のUNO3連勝を遂げている。
残された3人で最下位を争うこの光景もいい加減飽きたわね。

ただ…私は今2連敗中で、この勝負で最下位になったら
いよいよ罰ゲームとなる…負けられない戦いの最中なんです。


「…よっしゃ、俺ウノ!」

「まじまじー?!ちゃん気をつけて!」

「わかってる!っく…。」


ここでドローカードがあれば宍戸をあがらせないで済むのに、
今手元にあるのは平凡なカラーカードのみ…。
赤・緑…どちらを出すか…。

車内に一瞬の沈黙が流れる。

息をのんで見守るジロちゃんに宍戸、余裕の表情でカードを組み始めるがっくん。



「……ドロー☆俺のタァアアンッ!!」



自分が信じたカードを天高く振り上げ
バシッと椅子に叩きつけると、宍戸が私を見つめて一言。



「…俺のターン…、















 あがりだぁぁあらっしゃぁああ!!





「うわわあああああ!
くっそー!なんで緑持ってんのよ!」

ちゃんのバカバカー!俺絶対負けないC〜!」

「っく…こうなればジロちゃんを倒すしかないようね…いくわよ!」





















「マージではカモだぜ。」

「本当、なんでUNOだけはこんなに弱いんだよ。」

ちゃんはホラ、頭が弱いからだよ〜!」

「ジロちゃん…やめて、泣くよ私…!」


あっさり3連敗した私はバスの中でぐったりと横たえていた。
っくそ…なんで勝てないのよ…こいつらイカサマ仕組んでんじゃないの?
恨めしそうな顔でがっくんを見つめると「、罰ゲームな。」と鬼のような一言を放った。
血も涙もありゃしまへん、怖いところです氷帝テニス部は…!!



その時、バスが停車しサービスエリアに到着した。
先程までこのUNO大会に全くの無関心だった他のメンバーも、
少し伸びをしたりしている。あー…なんかもうここまで来るので疲れちゃった。


「あ、いい事思いついた。、ジュース買ってきて。」

「いいねー、ナイス罰ゲーム!ということで俺はコーラ!」

ちゃん、俺はメロンソーダがいい!」

「俺も!さぁ行って来い!」


後部座席でにぎやかに騒ぐ勝者3人。
仕方なく椅子から身体を起こすと、ぐーすか寝ていた忍足がこちらを見ていた。


「俺はウーロン茶でええわ。」

「なっ、パシリにする気?屈しない!私は屈しないわよ!」

「あの…先輩。」

「なぁに、ぴよちゃんさま?」

「……緑茶でお願いします。」

「はーい!すぐに買ってくるね!」

ほんっま、どつきまわしたいわこいつ。


「ちょたと樺地は?大丈夫?」

「え、いいんですか?じゃ、じゃあ…オレンジジュースで。」

「……同じで…お願いします……。ありがとうございます…。」

「いいのいいの!じゃあすぐに行ってくるから待っててね!」



後部座席の方で「差別だ」等と喚いてる声が聞こえるけど
そんなの当たり前じゃない…日頃の行いの差よ。

一刻も早く2年生トリオの喉を潤すために、小走りでバスの通路を走り抜ける途中
突然、前方の席から手が飛び出し、私の腕をがっつり掴んでいた。


「……何よ、あんたも欲しいの?」

「てめぇ…今俺様を無視して行こうとしただろ。」

「うん。」

「うん、じゃねぇ!コーヒー買ってこい。」

「…それが人にモノを頼む態度なの?犬でももうちょっと可愛い頼み方するわよ。」

「無糖な。」

「くっそ、なんだこいつ!!!」


ちっとも聞く耳を持たず、またアイマスクを下げる跡部。
っく…、私がボブ・サップなら間違いなくアバラ骨の一本や二本持っていってるわよ、この状況…!

とにかくこれ以上跡部に何を言っても無駄なので、
とりあえずバスを降りようとすると、最前列にいた榊先生にも呼び止められた。


「あ、先生も何か飲み物いります?」

「…ああ、レモンティーで良い。」

「はーい!行ってきます!」

「待ちなさい、これを渡しておこう。」


サっと先生が私に向けて差し出したのは


「いいいい…いっ一万円!?」

「なんだ、足りないのか?」

「へっ…いや、え…大丈夫です!ギリ足りると思います!

「そうか、良かった。」


よっしゃ、ラッキー!
余ったお金でお菓子でも買おーっと!

意気揚々とバスを降りた私はサービスエリアに一目散。




























「…重い。」


そりゃ重いわ。
10本も500mlペット買えばそうなるわ!
しかし叫ぼうが喚こうが持って帰るしかない…。

とりあえずサービスエリアを出たところのベンチに袋を置いて
一休みをしていた私の目に、ある看板が飛び込んできた。


「い…ちごパフェ!うわー、超美味しそう!」


サービスエリア限定のいちごパフェなるものが売っているではありませんか。
さすがに全員分買って帰るわけにもいかないし…
よし!取り合えず自分へのご褒美としてここで食べてから帰ろう!

他人に厳しく、自分には極端に甘くがモットーな私は
皆が待ってることなんてもうすっかり忘れていました。





「…んーっ!んまい!」


屋外のベンチで1人パフェを食べる様子は中々シュールで。
だけど、この口に広がる甘さに幸せを感じずにはいられない!

携帯もバスに置いてきちゃったし、ぼんやり風景を眺めながら食べていると
後ろから急に肩を叩かれた。


「んっ!?」

さん!何してんスか?」

「あ…切原氏ー!久しぶりー!」

「お久しぶりッス!やっぱりさんも来てたんスね!超嬉しいッス!」

「……っぐ…。き、切原氏ちょっとここ座りなさい。」

「ん?何?」


久しぶりに見る切原氏はやっぱり可愛くて。
さらに荒んだ私の心に潤いを与える、嬉しいことを言ってくれるもんだから…
つい可愛がりたくなっちゃう。


「はい、ちょっとパフェあげる。」

「まじッスか!イェーイ。じゃ、あーん。」

「どうぞどうぞお食べ。すっごく美味しいからね。」

「あーーーーん。」


例えば母親の大好物がイチゴだとして。
自分ももちろんイチゴを食べたいのだけど、息子の大好物もイチゴだとすれば
何のためらいもなく自分の分を息子にあげてしまう。
息子の笑顔が見られればそれでいい、そんな母性本能が今私の中に芽生えています。

たくさんお食べ…!


「ねぇ…ねぇ!さんってば!あーん!」

「え…え?何?」

「食べさせてくださいよ!」

「ええええええ!いいの!?それ…それってカップルがやることだよ!?」

「っぶ!あっはは!そッスね!でもさんならいいッスよ!」


ゲラゲラと大笑いして、更にまた口を開ける切原氏。
……なんっ…なんやこの可愛い生物は…!

そう、例えば親鳥が巣で待つひな鳥に餌を与える時のような…
口を大きく開けて待ちかまえるひな鳥のように見えてきたよ、この子が…!


「じゃ…じゃあ遠慮なく…あ、あーーん。」


パクッ


「ん…甘!うまいッスね!」

「ね?美味しいでしょ?これはねー、先生のお金で勝手に買ったんだ!

「い、いいんスか?」

「いいのよ!だってこんなか弱い女子生徒に大量のペットボトル持たせるんだよ!?当然の権利よ。」


ベンチの上に置いたペットボトルの山を見せると、
切原氏がなるほど、と呟いた。そうなんです、馬車馬のようにコキ使われてるんです。


「あ!っていうか、さん俺達のバス来て下さいよ!」

「へ?…え、あー。行き先一緒だもんね。」

「そッスよ!んで、俺の隣に座ってくださいね!絶対!」

「わか…わかった!わかったからそんなに顔を…近付けないでください、天使かあんたは…。」


きゃぴきゃぴとはしゃぐ切原氏は久しぶりに会ったけどやっぱり愛すべき弟キャラだわ。
ぐいぐいと私の腕を引っ張る彼に私の理性は簡単に崩壊していきました。



うん!








立海のバスに乗っていこう!





























「…なー、遅くね?」

「いくらなんでも遅すぎだろ、あいつ何してんだ。」

「どうせうんことかちゃうん?」

「お…忍足先輩、女の子にそんなこと…。」

「…あれ?ちゃん…?」


いつまで経っても帰らないに痺れを切らした氷帝陣が
ざわつきはじめると、反対側の座席でジローが声をあげた。

窓からサービスエリア方向を確認すると
笑いながら歩くと、その隣には


「……アーン?切原?」

「切原が持ってるのって…俺達が頼んでたドリンクですよね?」

「なんや優しいとこあるやん、アイツ。」

「…待てよ、でもこっちに向かってなくね?」


楽しそうに談笑している2人が向かっている方向は
明らかにこのバスではなく、別の方向だった。


「……あのバス…立海のバスじゃないですか?」


日吉がそう呟くと、全員の時が一瞬止まった。
確かによく目を凝らしてみると、バスの窓には
「立海大付属中学御一行様」の文字。

そして、2人の歩みは完全にそちらに向いていた。































さん、幸村部長とかに誘われても絶対俺の隣に座ってくださいね!」

「わーかったってば、本当もう切原氏は私のこと大好きなんだからー。」

「だっ、大好きとかじゃないし!何ちょっと大人ぶってんスか!」

「うふふ、可愛いなぁ。もう。」


本当、可愛すぎて癒される。
ほら、見てください。
さりげなくペットボトルを持ってくれる感じとか、超癒される!
自分が手ぶらだろうが何だろうが、荷物は全て私に持たせる跡部とは大違いじゃありませんか!


「…あれ?さん?」

「やっほー!今日からよろしくね!」

「む…なんだ。同じサービスエリアにいたのか。」

「そうなの、たまたま切原氏に会ってさ!」


バスの前には久しぶりの立海陣が勢揃いしていた。
あぁ…ついに私のオアシスが見えてきた…よ…!

各々サービスエリアでの休憩時間を終えて、バスに乗り込むところだったみたい。
皆に挨拶していると、急かすように切原氏が声をあげた。



「さ、さん!早く入ってください!」

「わーい、お邪魔しまーす!」

「ちょっと待って、赤也。どういうこと?」

「あ。どうせ目的地一緒だし、さんもこのバスで一緒に行っちゃダメっすか?」

「…もちろん大丈夫だよ。だけど俺はそういうことを言ってるんじゃない。」


バスの入り口を、私の手を引いて上がろうとする切原氏を
鋭い口調で引き止める幸村君。……や、やっぱり他校生が混じるのはマズイのかしら…。


「あ、あの、もしダメなら「乗るなら俺の隣に座ってね?」


ニコっと微笑む大天使様に、顔を引きつらせる切原氏にその他メンバー。
う…ど、どうすればいいんでしょうか…


「お…俺がさん連れてきたんスよ!」

「何?赤也。自分だけ抜け駆けしようってこと?」

「ちがっ…って、幸村部長も自分の隣に座らせようとしてんじゃないッスか!」

さんは俺の隣がいいよね?」

「俺ッスよね?!約束しましたもんね!?」



いつのまにか両腕を左右方向に引っ張られていた私は
ニヤける顔を止めることができません。何だこの最高のシチュエーション!

何百何千と乙女ゲームで体験してきたシチュエーションだけど、
実際こんな美麗男子に取り合われるとなると本当にもうこのまま爆発しても良いって…思えるよね…!


「なーにニヤけとんじゃ。」

「…早く答えないと、お前引き裂かれんぞぃ。」

「えっええ!っ…た、確かにちょっと…お、お二人とも力が…強いです…よ?」


呆れ顔でその光景を見守る立海のメンバー。
確かに、両者とも譲る気はないようだ…けど…!
も、もうちょっとこの最高の感覚を味わいたい!
あわよくば、2人とも一緒に…



あ!




「そうだ!私が通路席に座れば2人と一緒にごふぅぅうっ!




ドサッ












「…。てめぇ、俺のコーヒーはどうした。」


「ちょ…大丈夫ッスか、さん!」



せ、説明します…



さっきまで切原氏と幸村君に腕を引っ張られ
きゃー☆やめてぇ、私は1人しかいないのよーうふふーなんてニヤけていると
突然何者かが私の背中にドロップキックをかましやがりました。

当然2人の腕からすり抜けて地面へとダイぶする私。
恐る恐る後ろを振り返ってみると


「…この…!ドロップキックはやりすぎでしょ!」

「……連れて行け、樺地。」

「ウス…。」

「うわあああ!やだやだ、私のオアシスが遠ざかって行くーーーー!」


「ねぇ、跡部。」

「……アーン?」

さんはこっちのバスに乗ってもらってもいいかな?そのジュースはお返ししておくからさ。」



樺地と跡部の前に立ちはだかる幸村君。
思いっきり顔をしかめる跡部に怯みもせず笑顔で迎えるその姿はやっぱり神々しい…!


「…ダメだ。」

「なんで?別にいいじゃない、同じ目的地なんだしさ。」

「そ、そうだよ跡部!氷帝のバスの中も静かになるよ?」


私は自分の身可愛さに、ゴリゴリ立海を推してみたのですが
思いっきり跡部に睨まれて口をつぐみました。うわぁ、後が怖い。


「黙れ。帰るぞ。」

「どうしてもさんを渡してくれないわけ?」

「当たり前だろ。こいつには…今から目的地につくまで、みっちり教えないといけないことがあんだよ。

「………へ。」



ギロリと鋭い眼光がこちらを向いたとき。
私はその後の全てを悟った気がした。

間違いなく怒られる。

正座させられながら屈辱的なまでに罵られる説教コースが待ってる。



「や…やだやだ!ごめんなさい!1時間説教コースは勘弁して下さい!!」

「安心しろ、出血大サービスの2時間コースだ。」

「た…助けてぇえええ!」

































「……うわ、ガチ寝じゃん。」

「…っていうか何だよこの寝相。」

「よう見とき。これが女子力を全て捨て去った女の行く末や。」


跡部の説教コースからやっと解放され、疲れ果てたはバスの座席に
身を自由奔放に放り出して爆睡していた。

どんどん目的地に近付いていることにも気づかぬまま寝ている姿を見て、
宍戸が口を開いた。


「…なんかわかんねぇけど、人間として可哀想だな。

「うん…。とりあえず…黙祷しようぜ。

「せやな。せめて女子力が1ポイントぐらい上がるように祈ったろ。」


爆睡する女子の周りで手を合わせ黙祷するメンバー。
そこで急ブレーキがかかり、思わずが目を覚ますと



「っ!……っび…っくりした、何なの今の…ってうわあああああ!何!何手合わせてんの!?」

「あ、その。先輩の女子力が少しでも上がるようにって…!」

「余計なお世話じゃい!ちょ…やめてよ!即身成仏してしまうわ、この野郎!


目が覚めてみると、私を取り囲む形で四方八方から手を合わせる皆。
え…縁起でもないことしないで欲しい…。
ちょたが必死で「いかに皆が先輩のためを思ってるか」ということを力説してくれてるけど
いや、あんたの先輩達は全力で私をバカにしてるだけだと思うよ。ほら、後ろで声を殺して爆笑してるからね。


「っていうか、着いた?」

「おう。早く行こうぜ、なんかずっと椅子座ってて疲れたわ。」

「今日って午後から練習な感じなのかなぁ?初日はさぁ、皆で親睦を深めるティーパーティーとかがいいよねー!」

「馬鹿か、遊びに来てんじゃねぇんだぞ。」


これから始まる合宿に否応なしにテンションが上がってしまう。
きゃぴきゃぴとはしゃぐ私に対し、後ろからあまりにも空気読めない発言を投げつけてくる跡部。

…そんなこと言われなくてもわかってますー。

という顔をしていたのがバレたのか、思いっきり脳天をチョップされました。































「よっし!これで荷物全部下ろせたね?」

「ありがとねぇ、お嬢ちゃん。手伝ってくれて。」

「いえいえ、こちらこそ安全運転に感謝です!」

「じゃあ頑張ってね。」



合宿所まで運転してくれたドライバーさんに全員でお礼を言い、
さぁ取り合えず荷物を旅館に運び込みましょう、という時に事件は起きた。



。遅かったじゃん。」

「あ…お師匠様ぁああ!会いたかったーーー!」



バスを降りると、そこにいたのはトレードマークの白い帽子をかぶり、
少し大きめのパーカーのポケットに手を突っ込む大天使でした。

いつも落ち着いた印象のお師匠様だけど、
久しぶりに会うと、何だかその笑顔がとっても子供らしく見えた。


荷物を放り出して、お師匠様に駆け寄る私。
微笑むお師匠様。

あぁ、なんか今世界がスローモーションに見える!
心なしか私とお師匠様の間の世界に薔薇の花びらが舞い散ってるように見える!


腕を大きく広げてお師匠様の腕に飛び込もうとしたその時。



「お師匠さまぁああぶわぁっ!



ビタンッ!!



「っで…いって!ちょ…え!?」


突然目の前が真っ暗になったと思ったら
私は顔面から地面に突っ込んでいました。何が起こった?

足元に違和感をおぼえ、その方向に恐る恐る顔を向けると


ちゃん、何しようとしてんの!」

「ジ、ジロちゃん!いっ…いきなり両足掴んだら危ないでしょ!」


私の両足をホールドするようにがっちり抱きつくジロちゃん。
2人そろって地面に這いつくばる姿はあまりにも滑稽で。

他の皆は我関せずといった様子でスタスタ歩いていっちゃうし、
お師匠様にはカッコ悪いところ見られるし、何だコレ!


「ダメだよ!小学生でも性的な目で見れるなんて、ちゃんの変態!バカ!エッチ!」

「きゃージロちゃん!大きな声で誤解を招くようなこと叫ばない!」

「ねぇ。誰が小学生なの?」

「はー?あんたのことですけど何か文句あるわけー?」


と…とりあえず起き上がりたい…のに、ジロちゃんが全力で足枷となって起き上がれない…!
そして遠巻きに宍戸達が含み笑いで見つめてる感じとか超ムカツク…!
…そ、その隣に集まってる集団は見慣れない顔が多いけど、もしかしてあれって
お師匠様の学校じゃないんですか?青春学園じゃないんですか?

ヤダ、第一印象は大事なのに!
一刻も早くこの小悪魔を止めなければ私はこの数日間「変態」として過ごす羽目になるぞ!


「ジロちゃん、意地悪言わないの!ほら、足離して?」

「むー。ちゃんは渡さないんだからねー。」


足を離してくれたのはいいけど、私の背中にのしかかるようにして
お師匠様に睨みをきかせるジロちゃん。っく…可愛い…可愛いんだけど、
ここは心を鬼にして…!


「こら、ジロちゃん! 甘えんぼしないの。合宿は始まってるんだよ?」

「……ちゃんのバカ。」


泣きそうな顔でそう言って、ぎゅぅっと抱きついてくるジロちゃん。
いつものジロちゃんより今日は中々…破壊力強いな、ダメだ鼻血出る。
なんだろ、寝起きだからなのかしら…。

心を鬼にする作戦は2秒で終了となった訳ですが、
ジロちゃんの肩越しに見えたお師匠様の眼光は鋭かった。


「…あんた達、いつもそんなベタベタしてんの?」

「え!あのこれは…」

「そうだよー、ちゃんは俺のだも〜ん。」

「…ふーん、3年生にもなって随分子供なんだね。」


挑発的な顔で微笑むお師匠様に、
私の背中に巻きつくジロちゃんがピクっと動いた。


「っていうか…あんた達さ。ここにテニスしに来たんじゃないの?」

「っ…!当ったり前だCー!」

「おい、ジロー。やめろ、みっともねぇ。行くぞ。」


少し顔を赤くしたジロちゃんが一歩前に出たところで
やっと止めに入った宍戸。ずるずると引きずられるジロちゃんは
ジっとお師匠様を睨んでいた。




う…うわぁ、なんか空気悪い…!


「ご、ごめんねお師匠様!ほら、ジロちゃんちょっと寝起きで甘えてるっていうか…。」

も。」

「…え?」

「…も、浮かれた気分で来てるなら迷惑。」

「…あ、ごめ…ん。」

「……別に俺には関係ないからいいけど。」


フイっと目も合わせずに立ち去るお師匠様。
行き場のない目線を彷徨わせていると、遠くにいたがっくんと目が合った。



「(バ・カ)」



気まずそうな顔で口元だけを動かすがっくん。
もう一度お師匠様を見ると、青春学園の生徒であろう皆と合流していた。




こっ…こんな感じで始まるのか、合宿…。初日から気が重い…!





朝はあんなに軽く感じた荷物が、今は鉛のように重かった。