氷帝カンタータ
第29話 迷走ユートピア(2)
お師匠様との衝撃の再開を果たした私は
思いっきり落ち込んでいた。
「はぁー…ねぇ、そんなに浮かれてたかなぁ私。」
「あー、浮かれてたな。越前の言うとおりだぜ、全く。」
「ごときが調子乗るからや。」
「っく…誠に遺憾…!」
「だから使い方間違ってるって。ってか早く入ろうぜ―。」
興味なさそうにゾロゾロと旅館へ入っていく氷帝陣。
お師匠様を含む青学陣は先に部屋に入っているみたいで、立海陣はまだ到着していない様子だった。
はぁ…私は初っ端から気が重くて仕方ないと言うのに、薄情な奴等だよ。
先程のお師匠様の言葉が頭の中でリフレインする。
…確かに、私はどこか旅行気分で来ちゃってたのかもしれない。
久しぶりの友達に会えるのが嬉しくてはしゃぎすぎたのかもしれない。
そりゃ真面目に練習しに来てる子から見れば迷惑だよね。
お師匠様は特にテニスが大好きだし、目ざわりだったんだろう。
そんなことにも気づけず、はしゃいでいた自分が…
年下のお師匠様に指摘されてやっと気づいた自分がとっても恥ずかしかった。
出来ることならもう帰りたくて仕方ないけど…
このまま帰ったらますます迷惑な奴だ。
せめて、選手の皆の役に立てるように…ちゃんとお手伝いしよう。
よし!脳内反省会終了!
パチッと頬を叩いて気合いを入れると、心優しきちょたが
「頑張りましょうね」と微笑んでくれた。その応援だけであと1年は頑張れそうだよ…!
事前に榊先生から渡されていた部屋分け名簿を見てみると、
私の部屋には里香ちゃんと見慣れない女の子の名前があった。
旅館の玄関にあがり、がっくん達とお互いの部屋確認をする。
氷帝・青学は2階の部屋で、里香ちゃん以外の立海陣は1階に割り振られていた。
わーい、里香ちゃんに久しぶりに会えるー。
この子は青学のマネージャーさんかな?仲良くできるといいなー!
なんて考えていたこの時が
1番幸せだったのかもしれない。
・
・
・
「ほら、ガキ共!さっさと集まりな!」
「「「「はいっ!!」」」」」
パワフルなおばあちゃん先生(竜崎先生って言うんだって)の号令で
広大なテニスコートの中央に集められた生徒達。
ジャージに着替えた皆が集まると中々壮観ね…!
立海のメンバーも無事到着し、お馴染みのレギュラージャージで揃い踏み。
氷帝・青学のレギュラージャージもなんとなくかっこよく見える。
この合宿にはもちろんレギュラーメンバー以外も参加していて
ざっと3校合わせて…80人ぐらいいるのかな?
各々の学校指定体操服に身を包んだ初々しい男の子たちも、
これから始まる合宿に目を輝かせている。あぁ、なんだか青春っぽいな。
そして、立海陣にまぎれても相変わらず引けを取らない美少女、里香ちゃん。
その横に集まっている青学陣の中に1人だけいる女の子は、恐らく私と同じ部屋の
「西郷 璃莉ちゃん」だろう。小柄でお人形さんみたいな顔したその子は、
私の見間違いじゃなければ、ジっとこちらを見つめていた。
思わず見つめ返すと、美しい黒い長髪をサラっとかきあげてニコっと微笑んでくれた。
…あんな子に見つめられたら照れるな、えへへ。お友達になれるといいな。
私はというと、氷帝陣の後ろに半分隠れるような状態で集合していた。
なんだかワクワクしちゃって周りをキョロキョロしていると跡部に思いっきり足を踏まれる。
つい、いつもの癖で反撃に出ようと奴の顔を見上げると
「騒ぐな、しゃべるな、大人しくしてろ」と早口言葉のような呪文を耳打ちされました。
目が笑ってない、目が。いくら私でもこんな大勢に迷惑かける行動はしないわよ。
「よし、集まったかい。よく聞きな、この合宿の目的は≪敵を知り、自分を磨くこと≫だ。」
一体どこからそんな大声が出ているのだろうというぐらい響き渡る声。
全くお話したことはないんだけど、何となく「良い先生なんだろうな」っていうのがわかる。
豪快な話し方も、素敵な笑顔も、ピンクのジャージもとってもよく似合ってる。
「自分のレベルアップには打ってつけの機会だよ!後悔のないようにやりな!」
「「「「はい!」」」」
気持ちの良い返事と共に、少し周りの熱が上昇した気がする。
竜崎先生が一歩下がると、次に出てきたのは我らが榊先生。
大丈夫かな、先生…日本語盛大に間違えたりしないかな…。
ハラハラしながら見守っている私に気付かず、先生は口を開いた。
「それでは練習内容を発表する。まず、今回の合宿は全日程において
レギュラー陣とその他のメンバーに分けて行う。便宜上Aチーム・Bチームとさせてもらう。」
想像していたより大きな声を出せている榊先生にホッと一息つくと
隣にいたがっくんが「監督のスーツいつもより気合い入ってんな」なんてコソコソ言うもんだから
つい笑ってしまった。確かにあのスーツはお気に入りのヤツだったはず。
その後は、今後のスケジュールを榊先生が一生懸命お話していた。
とりあえず今日は午後の練習だけがあるらしい。
しかし、初めての合宿所だし色々と場所を確かめに行かないとなぁ、なんて考えていると
突然各校のマネージャーの名前が読み上げられた。
急な呼び出しに、焦って返事をしたもんだから声が裏返ってしまう。
クスクスと聞こえる笑い声が超恥ずかしい。
「お前たち3人はAチームとBチームに分かれてもらう。」
ある程度予想の範囲内だったので、特に驚きはしなかったのだけど
青学マネージャーの西郷璃莉ちゃんはかなり焦った様子で、榊先生に抗議した。
「わ…私、はAチームがいいです!」
な、何と物好きな…!
見てるだけで大変そうってわかるあいつらのお世話を自ら志願するなんて
なんとまぁ健気な女の子でしょう…マネージャーの鏡ね。
「……神田はどうだ。」
「あ、私はマネージャー経験も浅いしBチー「里香ちゃんも一緒にAチームに入って?」
「…え?」
「あの、監督。私と神田さんはまだ2年生で不慣れなこともあるかと思います。
とてもじゃないけどBチームの全員のお手伝いできるとは思いません…。
ただ、先輩は3年生ですし、体力もあると聞いたので…是非Bチームを担当していただきたいと思うのですが。」
ずっと私を見つめながらそう話す西郷さん。
う…うーん?よくわかんないけど、AチームとBチームの人数の割合って…大体2:8ぐらいじゃない?
なのにその8を私1人で手伝えというのでしょうか、やだ、この子算数苦手なのかな…!
「ちょ…、ちょっと待って下さい…。」
「……まさか先輩、Aチームの方がいいって言うんですか?」
「へ?いや、別にそういうわけじゃ…」
「だってずーっと選手の皆といちゃいちゃしてますもんね?」
少し棘のある言い方で、西郷さんがそう言い放つ。
……あれ、なんだかこれ今朝も同じような場面に遭遇した気がする。
「え…えーっと、いちゃいちゃ…?」
選手全員、それに先生が見守る中でそんな発言されたもんだから
身に覚えもないけど、嫌な汗が噴き出した。
「そうじゃないですか。遊び気分で来てる人にレギュラーのマネジメントが出来ると思いません。」
きっぱりと言い放つ西郷さんに、誰も口出し出来なかった。
こ…この子は一体何を見てそんなことを言ってるのかわかんないけど、
私がいちゃいちゃしている場面があったのなら是非教えて欲しい。一生の思い出にするから。
身に覚えがなさすぎて、さすがに反論しようとしたところで追いうちをかけるように彼女が口を開く。
「さっきだって、先生が話をしているのに跡部さんとコソコソ話したりしてたじゃないですか!」
いきなりやり玉にあげられた跡部は、きっと今ものすごいしかめっ面をしていると思う。
西郷さん、言葉は選ばないとその内ストレートパンチをみぞおちに食らうことになるよ。
先程までの冷静な声とは違い、感情たっぷりにそう叫ぶ西郷さんを見て、なんか全てが理解できた。
ははーん、これは雌猫候補生だ。
恐らくこの子が言ってる、「跡部と私がいちゃいちゃしていた」というのは
先生の話が始まる前に跡部に精神攻撃的な発言をされた、あの場面だろう。
だけど、その後にがっくんとだって話してるし
監督の話しに飽きた忍足に二の腕をつままれたりだってしてた。
しかし西郷さんが指摘したのは跡部との些細な会話のみ。
そう考えると、この合宿で少しでも跡部と一緒に時間を過ごしたい!と考える
西郷さんがとてつもなく可愛い乙女に思えてきた。
恐らく彼女の計画上、私は邪魔な存在なのだろう。
…仕方ない。
「…わかった。じゃあ私はBチームをお手伝いさせてもらいます。」
「…よし、それでは各自準備を済ませて30分後にコートに集合するように。」
「「「「はい!!」」」」
・
・
・
「、あいつに何かしたのかよ?」
「いや?でも何か敵意を感じるよねー。」
「でもめっちゃ嬉しいわ。あんな可愛い女の子2人がマネージャーやねんで。」
「なんか新鮮だよな!」
ミーティングを終えて、部屋に戻るまでの道すがら
がっくんに宍戸、忍足と話をしていた。
キャピキャピとはしゃぐ3人が恨めしい。
「…私だけ除け者でやな感じー。」
「まぁまぁ。別に練習の時だけじゃん?夜は遊んでやるって。」
「…なんか、がっくんのその発言…ふ、ふふ、ちょっといやらしい意味に聞こえ「そういうとこがキモイ!」
「そんなんやから初対面の女の子に嫌われんねんで。」
「う、うるさいうるさい!放っといてよ、もう!」
ケラケラと笑いながら散っていく3人。
くっそー…あいつら誰も私を慰めてくれなかったな、なんだこのスパルタ教育。
しかし決まったことは仕方ない。
Aチームだろうが、Bチームだろうが私のやることに変わりはない。
お師匠様の信頼を取り戻すためにも、頑張るんだ。
もう一度気合いを入れて部屋に戻ると、そこには西郷さんと里香ちゃんがいた。
「あ、さん!同じ部屋で嬉しいですー!」
「里香ちゃーん!久しぶりだね、今日からよろしくね!」
「はい!…ほら、璃莉ちゃんも挨拶すれば?」
「………私はいい。」
「…西郷さん、そんなこと言わずに。さっきのはゴメンね?」
そっぽを向いて、せっせと日焼け止めを塗る西郷さんに
精一杯優しく声をかけると、驚いた顔でこちらを振り返った。
「……何よ、偽善者ぶるつもり?」
「なーに言ってんの。可愛い女の子の恋路は邪魔しないからさ。」
「なっ!?は、はぁ?何言ってるの?」
日焼け止めを塗ったばかりの西郷さんの頬が、
隠しきれないぐらい赤く染まっていく。
「ふふ、すぐわかったよ。跡部でしょ?」
「えー、璃莉ちゃんそうだったんだ!だからさんにあんな意地悪言ったの?」
私と里香ちゃんの質問に、最初こそ顔を赤くしていた璃莉ちゃんだったけど
「……違うわよ!あんたと同じにしないでよね、リョーマだってムカツクって言ってたし!」
「……お師匠様が?」
「そうよ。すぐ恋だのなんだのに結びつける、そういうところが浮かれてるって言ってんの!」
「ちょっと璃莉ちゃん。いい加減にしないと、殴るよ?」
「り、里香ちゃん!どうした!そんな子じゃなかったでしょう、あんた!」
笑顔で拳を振り上げる里香ちゃんを必死で抑えたけれど、
女の子にしてはあまりにも力が強くなりすぎていた。
それに…笑顔で怒れるところが…なんだか幸村君に似てきた気が…するよ…?
「だって!さんのこと悪く言うんですもん!」
「う…うるさいうるさい!もう私行くから!」
バタンッ
顔を真っ赤にして飛び出して行った璃莉ちゃんを
追いかけようとする里香ちゃんを必死に食い止める私。
「ちょ…里香ちゃん待って待って!」
「ダメです!私とさんを引き裂くなんて許せない!」
「ええ!引き裂かれた?そんなことあった?」
「だって、私…さんと一緒にいたくて合宿に参加したのに…。」
ウルウルした私を見つめる里香ちゃんにノックアウト寸前。
何だその可愛い発言…!
こんな可愛い女の子にギュっと抱きつかれると、いよいよ別の扉が開いちゃいそう。
「…里香ちゃん、私も…」
バタンッ
「行くぞ、ー!……って、何してんだ!」
「アカン!今すぐ離れるんや里香ちゃん!!!」
「てめぇ、もはや人間なら誰でもいいのか!」
いきなり開いた部屋のドア。
勢揃いしていた氷帝メンバー。
堅く抱きしめ合う私と里香ちゃん。
すぐさま里香ちゃんと引き離され、部屋の隅に隔離された私。
「ちが…やめなさいよ!」
「…本当に、見境のない変態ですね。」
「や…やめて、ぴよちゃんさま!その豚を見るような目はやめて!」
忍足やがっくんが、里香ちゃんの前に立ちはだかり
私から守っている様子がもうなんだか悔しい!何で私が変態扱いされるんだ!
美しい女の子同士の友情なのに!スールの誓いを交わした私達を引き裂くなんて!
「アカンで、跡部…。このままやと里香ちゃんと璃莉ちゃんが危険や…。」
「…。てめぇは1人部屋だ。」
「いやいやいや!何でよ!あんた達が思ってるようないかがわしい事実はないわよ!」
「そうです!さんは私を優しく抱きしめて慰めようと「里香ちゃんダメ!なんか変な意味にしか聞こえないよ!!」
必死の抗議もむなしく、私の1人部屋が決定しました。何でこうなった。
樺地が黙々と私の荷物を担ぎあげ部屋の外へと運んで行く。
あぁ…さよなら私のオアシス…!
「…っていうかどっか部屋空いてるの?2階は満室じゃん。」
先程の振り分け地図を広げてみると、空いている部屋は1階の角部屋のみだった。
迷わずそこへ私を隔離しようとする跡部は鬼だと思いませんか。
里香ちゃんと別の部屋どころか別の階だなんて…っく…!
ゾロゾロと私を1階へ送り届けて、部屋にぶちこむ氷帝メンバ−。
悲劇のヒロインよろしく部屋の中でうずくまって泣くフリをしていると
「あれ?!さんの部屋ここなんスか!?」
「へ?…あ!切原氏!」
「うわーうわー!やった!男ばっかりでムサい階だと思ってたんスよねー!」
玄関の前で仁王立ちする氷帝メンバーをかきわけ部屋に入ってきたのは
レギュラージャージがまぶしい立海の小悪魔天使でした。
そうか…
ここなら奴等に邪魔されずに青春を楽しめる!!!
「わ、わーい!切原氏、遊びにきてねー!この鬼達に1人部屋にさせられたんだよ、可哀想だと思わない?」
「マジッスか!え、遊びにくる遊びに「何してるの、赤也。」
泣き真似をする私に、駆け寄ってくれる心やさしき切原氏の後ろに
急に現れたのは幸村君率いる立海軍団。わぁ、この部屋の人口密度半端ない。
「げっ、幸村部長!」
「どういうこと?なんでここにさんがいるの?」
「あ、その…ちょっとした不祥事で女子部屋を出禁になりまして…。」
「マジかよ、さすが山賊!」
「まだ言ってんの、それ!やめてよ!」
プクっとガムを膨らませる丸井君に、ゲラゲラと笑うジャッカル君。
その後ろで思いっきり顔をしかめる弦一郎さん。
玄関あたりで様子を覗いている柳生君に仁王君。そして謎のメモをとる柳君。
「ってか、早く用意しろぃ。行くぞ。」
「え…あ、はい!」
「へへ!パパーっと練習終わらせて早く遊びたいッスねー、さん!」
「えへへー、こらダメだよ切原氏。ちゃんと真面目にしないと!」
ニコっと微笑む切原氏に私の荷物をひょいと持ち上げてくれる丸井君。
…へへ…ある意味この部屋…天国かもしれないな…!
ゴチンッ
「いでっ!…っつー…!」
「ヘラヘラしてんじゃねぇ。…っち、樺地。」
「ウス。」
「いったいわね、別にいいでしょ!私なりの喜びを見つけ……って樺地、それ私の荷物…。」
「この部屋はダメだ。監督の部屋にぶち込んでやる。」
「うわあああああああやだあああ!やめてください!絶対無理!いやだ!」
ダメだよ、絶対!
監督と一晩どころか何日も過ごすなんて嫌過ぎる!
絶対意味わかんない西欧の歴史とか聞かされる、面倒くさい!
「待ちなよ、跡部。いいじゃない、この部屋で。」
「…てめぇは黙ってろ、幸村。」
「あ、わかった。もしかして俺が夜這いするのを恐れてるとか?」
「ええ!夜這いしてもらえるんですか!!やったぜ!」
「何言ってるんですか、気持ち悪い顔しないでください。」
キっと私を睨んだぴよちゃんさま。
あの顔は本気で思ってる。本気で気持ち悪い顔すんなって思ってる…怖い…!
いや、でも…ほら乙女としては幸村君にあんな発言されたら
そりゃドキッ☆としちゃうじゃないですか…うへ…へへへ。
「……はっ。挑発してるつもりか?その手に乗るかよ。」
「へぇ、じゃあ決まり。さんの部屋はココ。」
パチンッと手を合わせて、にっこり微笑む幸村君が可愛すぎる。
明らかに挑発してるとしか思えないその行動の効果はバツグンだ…
跡部の額に青筋が浮いてますし。忍足や宍戸は幸村君を珍獣でも見るかのような目で見てるし、おい失礼だろ。
「あー、もうどうでもいいし!早く行くぞ、!」
「ちょっと。気安くさんに触ってんじゃねぇよ。」
この緊迫した状況に耐えかねたのか、がっくんが私の腕を思いっきり引っ張った。
それに反応するかのように、もう片方の腕を引っ張る切原氏。
「はぁ?何なのお前、キモイ!」
「あんたこそ、さんの何なんだよ。ちょっとさんに気に入られてるからって調子乗ってんじゃないスか?」
「に気に入られて何の得があるっていうんだよ!」
「そ…そんな力いっぱい叫ばなくても、がっくん…!泣くよ?」
私の腕を容赦なく引っ張り合いながら言い争いをするがっくんに切原氏。
見ているだけで冷や汗をかきそうな静かな冷戦を繰り広げる幸村君に跡部。
心底どうでもよさそうなその他メンバー。
カオスすぎるこの現場に終止符をうったのは
「…あんた達何してんの。とっくに集合時間過ぎてんだけど。」
鋭い目線でこちらを睨むお師匠様の後ろには、
先程見かけた青春学園のレギュラー男子達。
う…うわぁ、マジで今日は厄日だよ。
お師匠様にことごとく見て欲しくないシーンを見られてる。
さっきも「浮かれるな」って言われたばっかりなのに…
罪悪感でお師匠様を見れない…!
「わーぁ!楽しそうだにゃ〜!俺も仲間にいれて!」
「英二先輩!一緒になって遊んでたら部長に怒られるッスよ!」
「……っち、行くぞ。」
青学の子と、跡部の一言で皆ゾロゾロと部屋を出ていく。
……嵐のようだった…。私も早く準備しないと。
慌てて部屋を出ると、ドアのすぐ隣にお師匠様が立っていた。
「あ…、ご、ごめんね。練習遅らせちゃって…。」
「…楽しそうだったね。」
「え!…ごめん…なさい。」
「…どうでもいいけど。」
帽子のせいで表情はよく見えなかったけど、
スタスタと廊下を歩いて行くお師匠様は絶対怒ってる。
…うう。名誉挽回したいのに、どんどん悪い方向へ向かってる気がする。
・
・
・
「ちょっと、何してたの。」
「ごめんごめん。ハギーもBチームなの?」
「何それ、厭味?本当って無神経だよね。」
「きゃー、ハギー相変わらず毒舌。とりあえずよろしくね!」
「となんかよろしくしたくないんだけど。はぁ、面倒くさい。」
準備を済ませてテニスコートについてみると
既にAチームとBチームに分かれていた。
隣同士のコートだけど、人口密度が全然違うよ…。
総勢80名程のBチームのマネージャーを任されている私と、
練習メニューやその他管理を任されているハギーこと、滝。
我らが氷帝の毒舌クイーン。
いつもレギュラー陣と絡んでいる私を良く思っていなかったらしく、
話しかけてもいっつもつれないし、遊びに誘っても来てくれなかったけど…
最近は余りにもしつこく接触を図る私に根負けしたのか
ある程度の会話はしてくれるようになった。
涼しげな顔で跡部以上の、心にずきゅんとくる暴言を吐くハギーのことを
私は密かに尊敬していたりする。だって、ハギー真面目だし。
今回だって監督がハギーにBチームを任せたのは
普段からハギーが氷帝の下級生を指導したり、良い相談役となってあげてるからだと思うんだ。
それに加えて自分の練習時間もきちんと管理できているんだもん。スゴイよ。
もちろん下級生にも毒舌なんだけど、なんだかんだで面倒見が良いんだよね。
「っていうか、ハギーって呼ぶのやめてよ。俺が馬鹿みたいに見えるじゃん。」
「ええー、じゃあ何とお呼びすればよいでしょうか。」
「呼ばなくていい、話しかけないでよね。」
「あーん!ハギーの意地悪!」
「ちょ…ウザイ。なんですぐ抱きつくの。」
「ふふ、ハギーってなんだかお母さんみたいで落ち着く。」
「はぁ?俺がのお母さんだったら、みたいな馬鹿に育ってないよ。」
「ひ…ひどい!辛辣すぎて何かクセになってくる!」
「あー、キモイ。」
腕に絡みつく私の頭をぐいぐい押しやるハギー。
だって…だって、Bチームでこんなにおしゃべりできる友達ハギーしかいないんだもん…!
フと、Aチームのコートを見てみると璃莉ちゃんや里香ちゃんが
レギュラー陣に自己紹介をしているところだった。
普段の顔とは違い、優しい笑顔で2人を見つめる氷帝メンバー。
くっそ、何だその穏やかな顔は!なんだその生温かい拍手は!
「っく、ハギー!さっさと始めましょう!」
「早く始めたいのにそれを止めてるのはなんだけど、そんなこともわかんないの?」
「皆さん集まってくださーい!」
本能的に自分へ向けられる暴言は聞こえないように設定できたらいいのに…!
ちょっと涙目になりながらBチームの皆を呼び集めると、はい!という気持ちいい返事と共に
可愛い坊や達が走ってきた。
「…じゃあ今日のメニュー説明するから、よく聞いてて。」
「「「「はい!!」」」」
「あ、そうだ。先に言っとくことがあるんだけど…。」
「「「「はい!!」」」」
「Bチームのマネージャー。氷帝学園3年生の。馬鹿な上に変態だから極力近づかないようにね。」
「「「「はい!!」」」」
「はい!とちゃうわ!ちょ…ハギー?私何かした?」
「じゃあ、メニューね。」
「っく…!負けない…負けないわよ!」
私をまるで空気のように扱うハギーが淡々とメニューを発表する。
チラチラと私を好奇心の目で見る下級生達に、とりあえずウインクを飛ばすと
気付いたハギーに思いっきり睨まれてしまった。
「ふぅ。取り合えずお茶はこれだけあれば十分ね。」
練習を始めたBチーム。さすがに人数が多いと、マネージャーの仕事も増える。
おそらくハギーのメニューだと30分後には一旦休憩をとるだろうから、
それまでにドリンクを用意する必要があった。
レギュラー陣とは違って、個別のドリンクがない分少し楽だけど
合宿所の中とコートを、重いウォータークーラーを抱えて何往復もするのは中々堪える。
Bチームのコートに5つのウォータークーラーを準備し終えた時、
丁度目の前で素振りをしていた男の子が目に付いた。
今はBチーム全員で素振り練習中のようで、ハギーが1人1人フォームをチェックしながら
コート内を歩き回っているところだ。
その中で1人、素振りのスピードが明らかに遅い男の子がいる。
どことなく顔色も悪いように見えるんだけど…。
ハギーは奥のコートにいるせいで全くこの子に気付いてない。
普段は練習中にコートに入ると怒られるから余り立ち入りたくないんだけど、
絶対様子がおかしい。まだ素振り練習は始まったばかりなのに、他の子に比べて息が上がりすぎてる。
「…君、大丈夫?」
「……ちょっとー!何勝手に入ってんの!」
「いや、この子が…!」
怒るハギーに言い訳をしようとしたその時、
目の前の男の子が私の腕の中に倒れ込んできた。
「ちょ…大丈夫?」
ちょうど抱き留めれたから良かったけど…
目を閉じて荒い息を繰り返す男の子。
走ってきたハギーがその様子を見て、すぐに合宿所内に運ぶように指示を出した。
・
・
・
合宿所内の医務室で、ベッドに男の子を寝かせる。
体温は高くないけど、この異常な発汗。症状から見ると恐らく熱中症だろう。
医務室の冷蔵庫から氷枕を取り出し、腋の下に当てる。
動脈が集中する股の下も冷やしたいけど、氷枕が足りない。
すぐ横の食堂で缶ジュースを買って、とりあえず応急処置。
起きた時に飲ませるための水も用意して、
後はうちわで顔の辺りに風を送ると、先程までの荒い息が段々落ち着いてきて
そのままスヤスヤと眠ってしまった。
1年生かな?この前まで小学生だった子がこんなに頑張ってるんだ。
気持ちよさそうに眠る男の子の顔を見て、この合宿、精一杯頑張ろうって改めて思った。
パタパタと仰いで、男の子の目覚めを待っている時。
ガラっと医務室のドアが開いたので、振り返ると…
そこに立っていたのはハギーと見慣れない男の子2人。
「カ…カチロー!大丈夫か!」
「昨日楽しみすぎて全然眠れなかったって…!あの、そ、そう言ってたんです!」
「ちょっと、2人とも落ち着きなよ。ちょっとした熱中症でしょ?」
涙目でベッドに駆け寄る2人組と、冷静なハギー。
…カチロー君っていうのか。なんだか可愛いなこの子たち。
「大丈夫だよ、もうだいぶ楽になってきたみたいだから。」
「そうなんですか…、あの、ありがとうございます!」
「カチローが助かったのは先輩のおかげです!」
「え…そんな大袈裟な。それに、これもマネージャーの仕事だよ。」
「でも、先輩が1番先に気付いてくれました!」
尚も涙目で力説するまゆげの繋がった男の子。
1人だけ体操服じゃなくてポロシャツ着てるこの子は、とっても仲間思いなんだなぁ。
その後ろでぺこぺこ頭を下げる、まるこめ君みたいな男の子もなんだか見てて微笑ましい。
「…確かに、全く気付かなかったよ。適当にマネージャーやってるわけじゃないんだね、。」
「…うう、そんな風に思ってたのねハギー…。」
「ん…んん……。」
「あ、起きたね。すぐ起き上がっちゃダメだよ。」
「……え…あれ、僕…。」
目を覚ましたカチロー君に駆け寄る2人。
ハギーが冷蔵庫内から水を取り出して、私に手渡す。さすが、手際がいい。
まだ状況が飲み込めていないカチロー君を
ゆっくり起こして水を飲ませてあげると、ぼんやり意識が戻って来たようだった。
「カチロー!お前は…!だから早く寝ろってメールしただろ!」
「ご、ごめん堀尾君…。あの…すいませんでした、先輩。」
ぺこりと頭をさげるカチロー君にハギーと目を見合わせてしまった。
なんて礼儀正しい子なのかしら。
「いいんだよ、明日からはちゃんと水分補給忘れずにね!それとよく寝ること。」
「…はい!ありがとうございました!」
「ふふ、可愛い!君たちは青学の子だよね?」
「はい!僕はカチローって言います!」
「俺は堀尾です!」
「あ、あのカツオです!」
「私は氷帝のシンデレラこと、だよ!よろしくね!」
「ちょっと、氷帝の名が汚れるからやめてよね。」
「っぷ!やっぱり先輩ってなんか変ですよね!」
クスクスと笑いあう3人組がもうなんか超可愛い。
小動物を見ているような気持ちになるよね…この初々しい感じがたまんない…。
ニヤニヤしている私に気付いたのか、ハギーがすぐに私を医務室からつまみ出した。
・
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「「「「ごちそうさまでしたー!」」」」
1日目の練習が終わり、疲れ切っているはずの選手たちは
驚くほどの食欲で。一応食堂のスタッフはいるものの、この人数に対して明らかに間に合っていなかった。
マネージャー3人と、下級生達が食事を運んだり色々とお手伝いをしながらやっと食事を終えることができたのだけど。
後片付けもなんとなく手伝っていると、ハギーに声をかけられる。
「。明日のメニュー作るから後で俺の部屋来てね。」
「んー、わかったー……。あ、ちょっと待って。」
「なに?」
「……やっぱり、この食堂で話し合わない?」
「別にいいけど。何?一応言っとくけど相手に欲情とかしないから大丈夫だよ?」
「ひどいよ、ハギー!年頃の女の子に!」
いつもの私なら、別に何も考えずにハギーのお部屋に行くけども。
この合宿でお師匠様に対して散々醜態をさらしてしまっている私は考えました。
なんか…なんか軽々しく男の子の部屋とか行くところが「浮かれてる」って思われるかもしれないって。
余計な誤解を与えないためにもちゃんと考えて行動しようと思った訳です。ちゃん、一つ大人になったね!!
その後、部屋からノートやら資料を持ってきたハギーが食堂に戻ってきて
私達2人はだだっ広い食堂で黙々と話合いを続けていた。
「あ、こんなとこにいた!せんぱーい!」
「明日のメニュー作ってるんですかー?」
「おおー、カチローちゃんにホリーにカッツォ!」
「何その呼び方。ちょっとおしゃれなのがムカツクんだけど。」
「えへへ、あだ名で呼んだ方が仲良くなれるでしょ?」
「俺との溝は、あだ名のせいでどんどん深まってるけどね。」
食堂のいりぐちからパタパタと駆け寄ってきた3人は
お風呂に入った後なのか、ほんのりシャンプーのにおいがした。はぁ…癒される…!
「先輩、知ってます?俺噂で聞いちゃったんですけど…。」
ちょっと得意げな顔で語り始めるホリー。ふふ、可愛いなぁ本当。
「なになに?どうしたの?」
「なんと!この合宿の最終日は合宿参加者全員で焼き肉パーティーらしいっスよ!」
「えええ!何それ、超楽しそうじゃん!」
「へへ、青学の情報屋とは俺のことッス!」
「さすがだね、堀尾君!」
「すごいや、堀尾君!」
「でかしたわ、ホリー!!」
「えー、何それ。面倒くさそう。」
「もー、ハギーは本当どこに協調性を置き忘れてきたのかしらねー。」
「うるさい。」
アハハと笑う青学癒し隊3人組に、不機嫌そうなハギー。
焼き肉パーティーかー…。確かに最終日にそういう楽しみがあれば
辛い合宿も乗り越えられる気がするよねー。
沈み続けていた気分が少しだけ上昇した。
「よし!Bチーム、がんばろうね!」
「「「はい!!」」」
「いいから、早くメニュー決めようよ。」
・
・
・
「………。」
「…無駄だぞ。」
食堂内の様子を見ていた越前の後ろに現れたのは
氷帝学園2年生の日吉だった。
「…何が?」
「先輩の周りにはどうやったって人が集まってくる。」
「……。」
「自分だけ、なんて考えるだけ無駄だって忠告してやってるんだ。」
「…ふーん。あんたはそうやって、他の奴らを蹴落として独り占めしようって魂胆な訳?」
「そんなわけあるか、恐ろしい。
お前に冷たくされて先輩がウジウジ愚痴ってくるのはわかってるから、それを未然に防ごうとしてんだよ。」
「悪いけど」
「……?」
「負ける気ないから。」
「…………相当変わってるな、お前。」
「それは、あんたもでしょ。」
「一緒にするな。」