氷帝カンタータ





第29話 迷走ユートピア(3)





さーん、お風呂行きませんかー?」



ノックされたドアを開けると、そこにはジャージのままお風呂セットを持った里香ちゃん。
食堂でのBチームミーティングを終えて、丁度お風呂に行こうと思ってたんだ。ナイスタイミング!

里香ちゃんを待たせる訳にはいかないので、すぐに準備を済ませ
仲良くお風呂へと向かった。璃莉ちゃんは行かないのか、と聞くともう1人で先に行っちゃったみたい。
……出来れば短い合宿期間なんだし、仲良くしたいんだけどなぁ…。
しかし、第一印象最悪の私が挽回するには時間が足りなすぎる気もする。…お師匠様もしかり。



さんとお風呂なんて、なんだか嬉しいです。」

「私も私もー。合宿に里香ちゃんが居てくれて良かった!」

「えへへ、ここのお風呂って露天風呂までついてるらしいんですよー。」

「マジで?!それは癒されるわー…。もう1日目から超疲れちゃったんだもん。」

「Bチームの方はかなり大変そうですもんね。人数多いし。」


ペタペタとスリッパを鳴らしながら歩く私達。
1階の廊下をしばらく歩いて行くと、男湯・女湯の暖簾が見えてきた。

…そっか、男湯もあるんだからもちろん男の子たちも入ってるんだよね…。
あわよくばこの合宿中にキャ☆お風呂で遭遇ハプニング☆みたいなイベントとかないかなぁ…

という思いが口に出てたらしく、隣の里香ちゃんが思いっきり笑ってた。
さん、発想が男子!ですって。確かに淑女らしからぬ発言でした。反省します。



























カポーン



「…こんなにレベルの高い露天風呂だと思わなかった。」

「ですね。本当綺麗…。」



浴場で身体を洗い終えた私達は、貸し切り状態の露天風呂へ向かった。
ドアを開けるとそこに広がっていたのは、まるで日本絵画のような風景。
手入れされた庭園の前にある露天風呂からホカホカと湯気が立っている。

まわりは竹で出来た柵に囲まれていて、この広さに女子2人は贅沢すぎるぐらいだ。


「わーーーい!泳ぐぞー!!」


バシャーンッ



「ちょ、さん危ないですよ!」

「ほら、里香ちゃんも早くー!」

「ふふ、さん子供みたいです。」


温泉にもぐって、思いっきり水面に飛び出し「超気持ちいい!」とか(北島選手の真似)
お風呂の端から端までをクロールで泳ぐとか、凡そ年上とは思えないはしゃぎっぷりを見せる私に
里香ちゃんは終始優しく微笑んでいた。時折何かをこらえるように顔を下に向けて笑っていたり。


「…ぷ…っはぁ、本当テンション上がるわー。何この開放空間。」

「うふふ、私もさんのそんな姿が見れて嬉しいです!」

「えー…えへへ、お恥ずかしいな。」


何がお恥ずかしいんだ、恥を知れ恥を…という言葉が聞こえてきそう。
少し遊び疲れた私は、周りの岩に腰掛けた。あぁ、火照った体に夜風が気持ちいい。


「ふぅ…。明日も頑張ろうっていう気になるよねー。」

「ですねー…。」


2人で隣に座って、夜風を浴びていると



ドンッ



「うわ!……何?」


いきなり竹で出来た柵の向こう側から物音がした。
もしかして、誰か入ってるのかな?


「…なんだろう、ちょっと見てみよっか。」


少しの期待を胸に、迷わず竹の柵を上ろうとする私を里香ちゃんが必死で止めた。
たぶん、風の音か何かじゃないですか?と言う里香ちゃんの顔は何故か焦っているように見える。


「んー、そうかなぁ。」

「そ、そんなことより…さんに聞きたいことがあるんです!」

「うん?何?」

さんって…好きな人いるんですか?」



少し顔を赤らめる里香ちゃん。
余りにも唐突な質問で呆けてしまう私。

な…なんだなんだ、里香ちゃん…この私と恋バナしようっての?


「んー…好きな人かぁ…。」

「や、やっぱり跡部さん…ですか?」

「どう解釈したらそうなるのか教えて欲しい。それ跡部に聞かれたら里香ちゃん生きていけないよ?

「じゃあ…向日さん?」

「あー、がっくんは確かに好きだな。結婚して欲しい。」

「そうだったんですか…!えー…それはマズイなぁ…。」


座っていた岩場から下りて、ぶくぶくとお湯につかる里香ちゃんは何かを考えているようで。
…マズイ?……え、何。もしかして…。


「…里香ちゃん、がっくんのこと…?」

「いえ!そういうことではないんですが…!」

「いいんだよ、遠慮なんかしないで!好きって言っても、これは恋じゃないと思うしさ。」

「……そうなんですか?」

「うん。だって、ぴよちゃんさまだってジロちゃんだって…ちょたのことだって大好きだもん。」

「…つまり友情ってことですか?」

「そうなるかなぁ。だって…そ、そのほら…恋ってことはちゅ、チューしたいとか思うもんでしょ?」

「………。」

「そういうのじゃないんだよなぁ…。…あー、恥ずかしい。」

「ふふ、そうだったんですか。よかった、助かった。」

「ん?何?」

「いえ!じゃあ、立海の人はどうですか?」

「……へ?」


急に明るくなった里香ちゃんの表情。
なんだろう、やっぱり氷帝の中の誰かが好きなのかな?

案外長くなりそうな話なので、一旦岩場に上がった私は少し考えた。
うーん…立海の人…。


「それは、どういうことかな?」

「んー…じゃあ質問を変えます。立海の中で1番カッコイイと思う人は誰ですか?」

「お、いいねー。そういうの何か楽しいよねー!んー、でも1番って言われると難しいなぁ。」


なんだかこういう話ってどうしても盛り上がるよねぇ、やっぱり私も女の子だったんだ。
アイドルファンの子達ってこういうランキング形式とか好きだもんね。


「…総合的に色々考えると…やっぱり、ジャッカル君かな?」

「え…ええ…えええええええええ!

「ちょ…それはジャッカル君に失礼じゃない?里香ちゃんよ…。」



思いっきり身体をのけぞらせて驚く里香ちゃんが、何か面白い。
ジャッカル君って立海でどんな扱いされてるんだろうか…。


「どこが…カッコイイんですか?」

「んー…もちろん顔もイケメンだけどさぁ、懐が広そうじゃん?何でも受け入れてくれそう。」

「…へぇ…。」

「ほら、氷帝を見てもらえばわかると思うんだけどさ。あいつら懐の広さが、おちょこぐらいだから。超心せまいから。
 そんな環境で育つと、ジャッカル君みたいな人がめちゃくちゃ魅力的に見えるんだよねー。」

「そ、そうですか…。わー、困ったー。」

「困る?なんで?」

「いえ、こちらの話しです…。じゃあ…じゃあ、カワイイな!って人は誰ですか?」

「カワイイかぁー…これも迷うけど…、弦一郎さんかなぁ。」

「なななな…っ、なんでですか!どうしてそうなるんですか!」

「ちょ…里香ちゃんどうした…!弦一郎さん泣くよ?」

「真田副部長なんか…ど、どこが可愛いっていうんですか!」


半泣きで私に迫る里香ちゃんは、一体何を考えているのでしょうか…!
この子がわからないよ、私…!そして弦一郎さん不憫すぎる…。


「ほ、ほら。あの恥ずかしがり屋さんな感じとかが…さ?」

「真田副部長が恥ずかしがったって、怖いだけじゃないですか!さん変ですぅ!」

「……私、普段堅物な人が恥ずかしがったりするの見るときゅーんってなるんだよね…。」


普段は凍てつく波動を繰り出すぴよちゃんさまが、急にデレる瞬間を思い浮かべながらそう話すと
里香ちゃんは一瞬止まって、大きくため息をついた。


「…そうですか、わかりました。」

「な、なんかゴメンね?期待通りの答えじゃなかったみたいで…。」

「こうなったら強硬手段です。」

「え?」


小さく呟いた里香ちゃんに目を向けると、急に立ち上がった。


「付き合うとしたら誰ですか!」

「…付き合う?」

「そうです!付き合うんだから、チューもするしエッチもするんですよ!よく考えてください!」

「ちょ…里香ちゃん、なんて破廉恥な事言うの!駄目ですよ、女の子が!」

「ここでジャッカル先輩や真田副部長なんて言ったら、怒りますよ!」

「なんで!なんでそんな最下層の人間に分類されてるのよ、あの2人は!」

「さぁ、よく考えて答えてください!場合によってはさんの身が危ないですよ!

「マジで何言ってんの、里香ちゃん!しっかりして!」


私の目の前まで顔を近づけ、怖い表情で近寄る里香ちゃん。
何かわかんないけど、相当切羽詰まってるな…!


「ん…て、っていうかそういう言われ方すると答えにくいじゃん!」

「どういうことですか?」

「そ…その、…チューとかエッチとか…そ、そんなんじゃないでしょ男女交際って!」

「じゃあ何だって言うんですか。」


冷めた目線で私を見る里香ちゃんが、いつもの里香ちゃんじゃない…!
幸村君の従兄妹の片鱗が出ちゃってるよ…早くあの可愛い里香ちゃんに戻って…!


「い、一緒にいて楽しいとか…幸せーとかそういう気持ちになるってことでしょ?」

「そういうのをひっくるめて最終的にはチューとかエッチをしたいかどうかに落ち着くんです。」

「ちょ…里香ちゃんの口からそんな言葉聞きたくなかった…!」


耳を塞いで聞こえないフリをする私に、容赦なく詰め寄る里香ちゃん。
や、やだ何かそんな美しい顔ですごまれるとドキドキするよ…!


「どうしても答えないと駄目?」

「はい。お空のお星さまになりたくなければ…。」

「どういうことなの、それは。」

「私の命もかかってるんです、真面目に答えてください!そして空気読んでください!

「わかんない!わかんないよ、里香ちゃん!」

「さぁ!どうぞ!」
















「え…えーと…、強いて言えば…丸井君…かな?」















バチャンッ



「空気読んで下さいって言ったじゃないですかぁああ!」

「ちょ…ええええ!どういうこと!?」

「もう終わりです、私もさんも…!」

「何!何で泣いてんの、里香ちゃん!」



見たことのない形相で水面を叩き、すぐに顔を掌で覆う里香ちゃん。
何が起こったのかわかんないけど、取り合えずなだめようと近づいたその時…













「里香。もういいよ。」

























急に露天風呂に響き渡った、どこかで聞き覚えのある澄んだ声。

今、絶対男風呂のある方向から聞こえたよね。

あれ、何でだろう後ろを振り向きたいはずなのに首が動かない。

里香ちゃんもそれは同じみたいで。固まったまま動けない私は



やっと状況を理解した。








































!お…っまえ、マジ勘弁しろよなー。」

「すいま…すいませんでした…。」

「マジであの時の幸村君怖かったんだからな!馬鹿!」

「いや、あの…何で全部聞いてんスか…皆…。」



私達の恋バナは、全て隣の男風呂にいた立海メンバーに筒抜けだったようで。
さらに驚くべきなのは、里香ちゃんがグルだったってこと。どうしてそんなことしたんだ…!

恋バナだけでなく、私が北島選手の真似をしたり風呂で素っ裸ではしゃぎまくってた声まで
聞かれてたのかと思うと、恥ずかしいやら消えてしまいたいやらで…

里香ちゃんをほったらかして全速力で部屋まで戻ってきたのだけど…。

ノックと共に開いたドアの先には、ついさっきまで噂をしていた立海のメンバーが。
そして、こうして囲み尋問を受けているというわけです。あー、怖い。
一つ救いがあるとすれば、そこに幸村君がいなかったこと。
露天風呂で聞こえたあの声。顔は見えないのに、怒ってる感じがひしひしと伝わってきたもんなぁ。

そりゃそうか、大事な仲間をあんな風に噂されちゃ良い気はしないよね…。


「っつーか、お前がまさか俺とエッチしたいだなんて「違うんです!あれは誘導尋問なんです!」

「…何が違うんスか、さんの変態。」

「ちがっ…違うじゃん!そ、その一緒にご飯食べたり、遊んだりしたら楽しそうだなって…。」

「じゃあ俺でもいいじゃないッスか!」


ずいっと不機嫌な顔を近づける切原氏。い…いや、そうなんだけど…自分でも何か特にわかんないんだけど…


「その…、里香ちゃんが空気読めって言ったから…。」

「どうしてその結果がブン太先輩になるんですか。」

「やーめろって、赤也。男の嫉妬は見苦しいぜ。お前が俺に敵うわけないだろぃ?」

困ってんじゃねぇか、もう許してやれよ。」

「…ジャッカル先輩も選ばれた時、ちょっと嬉しそうな顔してたくせに。」

「バ、バカ。別にそんなことねぇよ。」


俯く私の周りで繰り広げられる感想戦。…う…うおお、恥ずかしい…。
っていうか、なんで気づかなかったんだあの時の私!
どう考えてもあの里香ちゃんはおかしかった!怯えてた気がするもん!
きっと幸村君に言われてたんだろう。





私が本当に浮かれてないかどうかを試す名目で、あんな質問をしたのだろう。





きっぱりと私が「そういうの興味ないよ!」って言えればよかったのに
何を嬉々として答えてんだ、私の馬鹿野郎…!まんまと罠にかかってるじゃん…!


里香ちゃんが空気読めって言ったのも、そういうことなんだろうけど…。
てっきり私は里香ちゃんが、切原氏のこと好きだからそこは避けろって意味かと…。



「けしからんっっ!!」

「びっ!…び…っくりしたぁ、急に大声出さないでよ弦一郎さん。」

。お前がそんなに浮ついた気分で参加してるとは…見損なったぞ。」

「う…ご、ごめんなさい…。」

「なーに言っとるんじゃ。さっきまで顔真っ赤にしとった癖に。」

「やかましいっっ!!」


ゴチンッ



顔を真っ赤にした弦一郎さんの拳骨が綺麗に仁王君に入った。
仁王君は一瞬痛そうにしたけど、慣れっこなのかその直後には笑っていた。


「…お前さん、気をつけろよ。」

「な、何が?」

「幸村じゃ。あれは笑っとったけど、相当怒ってるぜよ。」


私の耳元で囁く仁王君に、顔がどんどん青ざめていく。
お師匠様にだって幻滅されてるのに、幸村君にまで呆れられたら…辛すぎる!
これも身から出た錆というか…。あああ、もう自分のアホ…!


「ごめん…。反省します。」

「…大人しく俺を選んどったら助けてやらんこともなかったけど。」

「………ん?」

「丸井のアホなんか選んだ罰じゃ。」


至近距離で妖しく微笑む仁王君。
な…なんか、これは…。駄目だ、顔が熱くなってきた。


「あ!何してんスか仁王先輩!離れてください!!」

「へっへー、こいつは俺に惚れてんだから口説こうったって無駄だぜぃ。赤也。」

「なっ…惚れてるとかじゃないッスよ!ね?さん!」

「聞いてなかったのかよ?さっきはっきり、丸井君って言ってただろぃ?なぁ?」


クルっと振り向いて、笑顔で私の顔を覗きこむ丸井君の破壊力はエグイ。
ポケモンの四天王戦で、大切に育てたフシギバナを繰り出した時に
相手のギャラドスの「はかいこうせん」で瞬殺された時ぐらいエグイ。
草タイプなのに水タイプに負けるぐらいのエグさ。


「い…いえ、あのアレはなんというか…。」

「まぁ、そのおかげで俺は幸村君にめちゃくちゃ睨まれたけどな。あー、マジ思いだすだけで怖ぇ!」

「あの部長は目線で人を殺めるレベルでしたね……。そう考えると選ばれなくて良かった、俺…。」

「切原君が選ばれていれば間違いなく彼の逆鱗に触れていたでしょうね。」

「あぁ。あそこでが赤也を選ぶ確率はほぼ0%に等しかったがな。」

「ヒドイっす、柳先輩!」


わぁわぁと周りではしゃぐ立海陣とは対照的に、
私の額からはどんどん冷や汗が流れ始める。幸村君が怒ってるって…どのレベルなんだろうか…。
まだ跡部が怒ってるとかなら、対処のしようがあるんだけど
幸村君が…あの温厚な幸村君が怒るって…!!もう本当今からでも合宿抜け出そうかな…。


「ま、残念ながらは趣味じゃねぇから諦めてくれよな。」

「…へ?」

「…ブン太は、あの青学のマネの方が好みらしい。」


ヘラヘラと笑いながらそういうブン太君に、そのフォローをするジャッカル君。
…西郷璃莉ちゃんのことか!


「そりゃそうでしょうよ。何もあんな可愛い子と比較しなくたって…!残酷…!」

「俺は違うっスよ!さんの方が好き!」

「な、なんかありがとう…!私も切原氏のそういう優しいところ好きだよ…!」

「あ、もう浮気かよお前!」

「浮気て、別にブン太の女じゃなか。」

「いやー、なんかわかんねぇけど。まぁ…チューぐらいならいつでもしてやるぜぃ。」


くいっと私の顎を引き、慣れた様子でウインクをする丸井君は相当なプレイボーイに違いない。
な…なんだ可愛い顔して、その獣のような目は…!肉食系天使だ、こやつ…!
うちのがっくんと似てる似てる、と思ってきたけれど圧倒的に違うのはこの男女問わず人気者なんだろうなって感じのリア充オーラだろう。
わ…私、そういうの慣れてないので困るんです。

咄嗟に火照った顔を背けると、ゲラゲラと丸井君の笑う声が聞こえた。…っく…なんか悔しい…!


「…ったるんどる!!帰るぞ!」

「あーあー。うちの副部長さんが妬いてるから帰るぜよ。」

「なっ…どこをどう見れば妬いてるように見えるんだ!」

「…どう見ても不機嫌な顔になってるぞ、弦一郎。」


丸井君の首根っこを掴みながら、ワナワナと震える弦一郎さん。
そしてついにプイっと顔を逸らして部屋を飛び出していった。
引きずられる丸井君の悲鳴が廊下に響きわたり、それに続いて皆ぞろぞろと部屋を去って行った。






























次の日の朝。
昨日は興奮というか、色々な乙女ゲー的イベントがありすぎた所為で眠れなかったけど
朝の5:00に設定していたアラームで意外にもスッキリ起きることができた。

いつもと違う天井に一瞬びっくりしたけど、すぐにここが合宿所であることを思い出す。
気合いを入れて起き上がり、部屋のカーテンを開けるとまだ外は薄暗い。

朝の支度を済ませ、髪の毛をいつものようにセットして。
私は、まだ皆寝静まってるせいか、やけに静かな合宿所を後にした。












「よっし、あとはタオルとシャツを取り込めば…。」



Bチームのマネージャーを1日して思ったこと。
それは、時間が足りなすぎるということだった。
1人であの人数を見るにはどうしても手が足りない。
昨日は半日練習だったからいいけど、今日みたいに1日練習の時は
きっとどこかで仕事が追いつかなくなって、皆に迷惑をかけてしまうと思う。

それだけは避けたかったので、こうして早朝準備に勤しんでるというわけです。


ある程度の準備を済ませ、あとは昨日干したタオルを取り込んでいくだけ…。
倉庫の裏にある物干し場に向かうと、その途中で見知った顔を見つけた。



「あ……。」

「……、だったか。」

「あ、へい。手塚君だよね?早朝ランニング?」

「あぁ。今終えたところだ。」


どこを走ってきたのか、少し息の荒い手塚君。
首からかけたタオルで額の汗をぬぐう姿がやけに色っぽい。


「……は何をしていた?」

「ちょっと準備をね。」


すぐ傍のテニスコートのベンチに置いたドリンクを指差すと
納得したように手塚君がうなづいた。


「早朝から下準備とは、感心だな。」

「…いやー、名誉挽回しないといけないからね。」

「……?」

「ほら、お師匠様…越前君いるでしょ?」

「あぁ。」

「私、合宿の初日にハッキリと浮かれてる奴がいると迷惑!って言われちゃったもんだからさぁ。」

「………。」

「これでも反省したんだ。迷惑かけないように頑張ろうって。」

「……なるほどな。」

「あ、ゴメン。引きとめちゃって!」

「いや。また後でな。」

「うん!お疲れ様ー。」


軽く会釈を交わすと、手塚君はまた合宿所までの道のりを走って行った。
…なんだか手塚君って落ち着くなぁ。静かに話を聞いてくれる感じが、さ。
そういえば青学の選手達とはまだ全く接点がないなぁ。出来れば仲良くなりたいけど、
本来の目的はこの合宿をサポートすることだ!と自分に厳しく言い聞かせ、私も物干し場へと向かった。






























ドンッ



「っっ!……お…おはよーござーまー…っす…。」

「おはよう、さん。」


朝の仕事を終えた後、少しだけ眠って食堂に向かうと
ちらほら選手が集合していた。今回の合宿では、朝ご飯の時間帯は
各々に任せる、ということだったので私はがっくんや宍戸、それにハギーも誘って
朝食を楽しんでいたのだけど…


急に目の前に現れた幸村君が、持っていたお盆を机に叩きつけるようにしたので
私を含め隣にいたがっくん、ジロちゃん、宍戸に忍足、ハギーも目を丸くしていた。



「…なんだよ、びっくりするだろ!」

「おはよーさん。」

「おはよう、皆。ここ、いいかな?」

「あ…あぁ。別にいいぜ。」



ニコニコ微笑みながら私の目の前の席に座る幸村君。
私の隣にいたメンバーにも気付いたのか、軽く挨拶をすませる。

…昨日のことがあった所為で、少し緊張してしまうけど
悟られないように、平静を装って…。


「ゆ、幸村君。今日は皆はいないの?」

「あぁ。ブン太が居た方がよかった?」


ピシッ

っと空気にヒビが入る音が聞こえた…気がする。
ぜ…ぜぜぜ絶対怒ってるやん!目が笑ってないやん…!!


「え、えー。そんなことないよ、珍しいなって思ったから…。」

「俺は悲しかったよ。」

「へ!?」


本当に悲しそうな顔をする幸村君。
や、やっぱり昨日のことで怒ってるんだ…!
浮ついた気持ちで合宿に参加するなんて、調子にのるなこの微生物めが、って言いたいんだ…!
あまりの幸村君の迫力とオーラに、私も周りのメンバーも完全に箸が止まっている。
がっくんなんか口をポカンと開けてアホみたいに幸村君を見つめてるし。


「まさかさんが俺以外の誰かと付き合いたいだなんて。」

「は!?何の話だよ、。」

「いや…、ちょ…待って幸村く「聞いたよ、ブン太のこと好きなんだって?」

「えええー!俺も丸井君大好きだC−!ダメだよ、ちゃん!」

「ちが…「それに、ブン太とキスがしたいだなんて、びっくりだったよ。」




「おい…朝っぱらから気持ち悪い想像させんなよ、。」

「ほんと。なんかご飯食べる気失せるよね。」


思いっきり顔をしかめる宍戸、ハギーにメガネをはずす忍足。
ヤバイ、あれは「また問題起こしたんか、あれだけ言うたやろうが、殴らんとわからんか」というメッセージだ。
あいつの目にはそういうメッセージが含まれている気がする、ヤバイ逃げないと。


「ゆき、幸村君待って…誤解なの!取り合えずこの場でその発言は色々とヤバイので勘弁して!」

「よくないよ!どういうことなの、ちゃん!説明してよ!」

「いや…、そのなんというか…ただの乙女の他愛ない恋バナで…。」

が恋バナとかふざけんなよ、気持ち悪ぃ!」

「上等だ、コラ宍戸!お前がふざけんな!!」



ガタっと立ちあがった私に対して、鋭い視線が突き刺さる。
目の前の幸村君に恐る恐る視線を合わせると



笑ってない笑顔がとっても怖かった。





「ご…ごめんなさい。合宿に臨むっていうのに浮かれて…。」

「…ん?」

「いや、怒ってるでしょ?恋バナだのなんだの言う前に仕事しろって…。」

「別にそんなことは思ってないよ?実際今日も朝から頑張ってたじゃない、さん。」

「な、なんで知って…。」

「俺が言いたいのはそういうことじゃなくって…。」



ガタっと立ちあがった幸村君が身を乗り出し、
私の顔を引き寄せ耳元で囁いた。










「絶対に俺が1番って言わせてあげる。」












いつもより少し低い声が、いやに脳内に響く。
固まる私を見てクスっと笑った幸村君はそのままお盆を持って別のテーブルへと去って行った。

残された私は固まったままだし、
周りの氷帝メンバーはぎゃあぎゃあ騒ぐし…。



「……なぁ、なんでなんだろうな。」

「さぁ。珍しいだけちゃうん?」

「そうだろうね。実際になんて普通の女子の半分以下ぐらいの女子力しかないのにね。」

「ちょっとちゃん!何言われたの?」

「…へ…、え…いや、あの…べつに!?」

「そんな顔真っ赤にして何が別に、だよ。」

「いややわー、なんか女のフリしてる見とったらムズムズするわ。キモくて。」

「ね。わかるなー、それ。ほら、小学校の時さ給食で白ご飯と牛乳が一緒に出てきた時あったじゃん?そのモヤっと感だよね。」

「あー、滝お前それよくわかんねぇけど言いたいことはわかる例えだわ。」

「だま、黙れ黙れ黙れ!!
あんた達がそんな扱いばっかするから私はこうなったんだからね、バカ!」

「俺らの所為にするなよ!は最初から残念系がっかり女子もどきだっただろ!」

「ねぇ、本格的に侮辱罪が適用されるレベルの分類だよ?それ。」






朝っぱらから食堂で騒ぐ私達を見ている視線に、この時は気付けなかった。

この合同合宿が、私が思っている以上の嵐を呼ぶことになるなんて

私もがっくん達も、誰も予想していなかったことだろう。



合同合宿は、まだ始まったばかり。