氷帝カンタータ





第29話 迷走ユートピア(5)





「…アウトや。」

「ちょっとー!なに仲良く手なんかつないでんのー!」

「違うの!ほ、ほら!お師匠様が人ごみで迷子になったら困るから!」



私達の姿を見て、ゾロゾロと最初に近づいてきたのは
もちろん氷帝陣。また私が人に迷惑をかけている、と思ったのか
みんな完全に呆れ顔。後ろの方で仁王立ちする跡部は額に手をあてている。

その間も、なんとかお師匠様の手から脱出しようと試みたのだけれど
思っている以上に強い力で私を離そうとしないお師匠様。

な…なんだ、これもしかして制裁か何かのつもりなのかしら…。

キャッキャウフフな意味で手をつないでくれているのかと思ってたけど、
ひょっとするとお師匠様の盛大な嫌がらせなのかな…。
お師匠様の顔を覗き込んでみると、余裕綽々で嬉しそうに微笑むだけ。

…っく、私はなんて心が螺旋曲がっているんだ…!
こんな天使みたいな子が嫌がらせなんてする訳ないじゃん…!バカ!のバカ!



「…ってか、いつまでそうやって手つないでるつもりなんだよ。離せって。」

「ヤダ。ほら、行こ。。」

さん嫌がってんだろ。ガキみたいに駄々捏ねてんじゃねーよ。」



勢いよく近づいてきて、私とお師匠様の手を引き離そうとしたのは
切原氏だった。明らかに不機嫌そうな顔で、口を尖らせている。

ああ…ものすごく恥ずかしい…!

こんな大勢の目の前で男の子と手をつないでるところを見られるとか
私にはまだちょっとステージが早すぎました。逃げ出したい。


「…べつに嫌がってないよね?。」

「へ?!え…あー…。」

「嫌がってんじゃねぇかよ!ほら、はーなーせっ!」

「…ヤダ。」

「ふっ…ふふっ、ちょ…痛いよ切原氏…!」

「なーに盛大にニヤけてんだよぃ。浮気者ー。」

「え!いや…!」

「昨日までに俺にゾッコンだったくせに次の日には別の男なんて、立派な浮気だろぃ?」


楽しそうにニヤリと笑う丸井君。
その間にも必死にお師匠様と戦う切原氏。

遠巻きに見つめている氷帝陣が必死に笑いをこらえてるのが見える、見えてんだぞ。
「あいつら、なんか相手に何やってんだ」という声が聞こえてきてんだぞ。

しかし、いい加減この状況を打破しないといけない。
そろそろ休憩時間も終わるだろうし。
ふざけるのもお仕舞にして、さて本格的に手を離してもらおうとお師匠様の方を見ると



その後ろに何故だか恐ろしく見える人物が立っていた。








「いい加減にしなよ、ぼうや。」











いつもより数段低い声に、その場にいた全員が固まった。
お師匠様もさすがにビビったのか、一瞬手から力が抜けたようだ。
その瞬間を見逃さず手をパっと離したのだけど、
すぐに気付かれて、お師匠様に思いっきり睨まれてしまった。


「…皆、そろそろ休憩も終わりだよ。行こうか。」



笑顔の幸村君の一言で、ゾロゾロとその場を移動するAチーム。
お師匠様からスーパーの袋を預かり、皆の後姿を見送った後。

その場に残っていた幸村君がゆっくりと近づいてくる。


さん。」

「はいっ!すいませんっ!!」

「…それ重いでしょ?一緒に持って行ってあげるよ。」

「え…?あ、大丈夫だよ!幸村君も早く練習に戻った方が…。」

「やだな、俺の親切を断るっていうの?」

「ありがとうございます!嬉しいッス、お願いします!」


こ、心なしか幸村君が威圧的な気がする…よ…。
この感じ、前にもあったような。こういう時の幸村君には逆らえない。
有無を言わせないこのオーラは、中学生に出せるものじゃないと思うんだけどなぁ。


テクテクと合宿所内の食堂まで付き合ってくれる幸村君は、
特に何も話さないのだけど、それがめちゃくちゃ怖い。何だろう、何か試されてるのか…!?
嫌な汗が噴き出すのを感じながら、思い切って口を開いてみる。


「あ…あの、幸村君。」

「ん?なに?」

「今日ね、鍋パーティーなんだって!暑いけど、楽しみだよね!」

「へぇ、そうなんだ。だからこの材料買いに行ってたの?ぼうやと?」

「う、うん。竜崎先生に頼まれたんだ。」

「…竜崎先生か。先生も面白いこと考えつくよね。」

「だよね!なんか、こういう合宿って緊張しちゃうけど親睦会みたいなのがあるとやっぱり楽しいよね。」

「…まぁ、慣れ合い過ぎるのも好きじゃないんだけどね。」

「……そっか。」


ズバっとそう言われてしまうと、浮かれてる自分の意識が申し訳なくなってしまう。
あと少しで食堂だし、なんとかこのまま乗り切ろうと考えていると
後ろで幸村君がポツリと呟いた。


「どうせならもっと対抗意識を煽る企画をして欲しいね、俺は。」

「…というと?」

「…そうだな。例えば、さんを賭けて真剣試合、とか。」

「ぶっ!……きっと誰も真剣に戦ってくれないよ、それ…。せめて里香ちゃんとか璃莉ちゃんとかさぁ…。」


びっくりした。幸村君も冗談とか言ったりするんだなぁ。
緊張の糸が切れてしまったかのように笑いだした私。

笑いながら食堂のドアを開けようとすると、
スっとその前に立ちはだかる幸村君。ふんわり微笑むその顔が綺麗過ぎて、
後ろの古ぼけた食堂のドアが妙にミスマッチだ。


「そうかな?俺は絶対に勝つよ、その条件なら。」

「…え……っと…。」

「うん、いいね。そうしよう。目障りな虫も蹴散らせるし一石二鳥だね。」







なんか怖いこと言ってる…。


ポンっと手を叩いて満足気に微笑む幸村君。
引きつった笑顔を彼に返してみたけども、
今の私には口を挟む勇気はない。

ガラっと食堂の扉を開け、
夕飯の準備に取りかかろうとしているおばちゃん達に材料を預ける。
その際にも天使の微笑みを忘れない幸村君はやっぱり生まれながらのモテ男だ。




「…さっき言ったこと。楽しみにしててね、さん。」










































「俺はさー、絶対に調子のってると思うわ。」

「そんなん誰の目からみても明らかやろ。朝から晩までずっとニヤけとるやん。」

「この環境がにとって甘すぎんだろ。一回シめてやらないとな。」



2日目の午後練習が終わった後。
夕飯の前に風呂へと向かった俺達。
風呂に着くまでの廊下で議題に上がったのは先輩の挙動についてだった。

話の発端は間違いなく、休憩中に見たあの光景。
どう見ても、姉と弟にしか見えない先輩と越前の組み合わせだったが
やけに嬉しそうな先輩の顔を見て、何故だかイラっとした……
のは、俺だけでなく先輩たちも同じだったようだ。


「でも、イキイキしてるよねー。Bチームのマネも楽しそうにこなしてるし。」

「…先輩がBチーム…っていうのも、ちょっと寂しい原因ですよね。いつも俺達の傍にいてくれるのに…。」

「何言うてんねん、鳳。俺達にはあんな可愛いマネさん2人もついてくれてんねんで、天国やないか。」

「あぁ、確かにマネに関してはあの神田と西郷の方がいいな!女子って感じがしてな!」


嬉しそうに笑う向日さんに、忍足さんや宍戸さんも賛同する。
滝さんは「いいなー。」とため息を漏らし、力なく風呂の大扉を開けた。

そこにはまだ誰もいなくて、氷帝チームの貸し切り状態。

チーム毎の時間調整を各部長が行っているらしいから当然と言えば当然なのだが、
やっぱり貸し切りで大浴場を使えるのは気持ちいい。


「なー、跡部もが調子乗ってるって思うだろー?」

「…まぁ、こうなることなんて合宿前からわかってただろ。」

「他校の奴らがちゃんにチヤホヤしすぎなんだC〜!超ムカツク!」

の奴、今日だって夜UNOやろうぜ!って誘ってやったのに夜は忙しいとか言うんだぜ。生意気だろ!」


口々に文句を言う先輩達。
黙ってそれを聞いている俺は、巻き込まれないようにさっさと風呂へと向かう。

練習でベトついた身体に、シャワーを勢いよく浴びるだけで今日1日の疲れが洗い流されるようだった。
一緒に入った樺地と、先に湯船につかっているとゾロゾロと先輩たちが入ってくる。
その話題は依然として我らがマネージャーのことのようだ。


「っていうかさー、も何であいつらには甘いんだろうな。」

「そうそう!ちゃんもデレデレしてるのが悪いんだよね〜!」

「…あいつは変態やからな。顔のええ奴には弱いんやろ。」

「待て、それだと俺に対する態度への説明がつかねぇだろうが。」


湯船の中でも豪快に座る跡部さんの発言に、一瞬時が止まった。
全員が少しの間思考した後で、一気に噴き出す。


「ぶっ!ふふっ、俺跡部のそういうところ嫌いじゃないぜ。」

「な。そういうとこが本当跡部だよな。」


水面をバシャバシャと叩いて笑う向日さんに宍戸さん。
俺も噴き出しそうになるのをグっとこらえていると、
鳳がおずおずと発言した。



「あ…あの…。」

「なんだよ、長太郎。」

「俺、思ったんですけど。先輩が他校の皆に優しいのは、他校の皆が先輩に優しいからなんじゃないかと…。」



ゲラゲラ笑っていた先輩達の声がピタリと止まる。
それを見計らってか、鳳は発言を続けた。



「ほら、俺達って…先輩のことあんまりチヤホヤしないじゃないですか?」

「何言ってんだよ、十分優しいだろ。」

「そうやで。本来なら上段回し蹴り一発くらうようなの変態発言にも、慈悲深くローキック一発で済ましたってるやん。

「そ、そういうのが優しくないんですよきっと!ほら、他校の人って先輩に身体的制裁を加えないじゃないですか!」

「えー…でも、じゃあ≪ぴよちゃんさまのシャツだけは洗わずに保管しておきたいなぁ≫とか言ってる時どうすればいいわけ?」

「怖い例え話はやめてください。」

「あ、これ普通にノンフィクションの実話だぜ。」


グっと指を突き出し、笑う向日さん。
……やっぱりあの人の精神構造は理解できない。


「そ、その時は…例えば≪俺以外の奴を見んなよ≫……と、か!」


熱いお湯につかっているからか何なのか、顔を真っ赤にして発言する鳳に
先輩達はまたもや大爆笑を始めた。あの跡部さんも、樺地ですら笑っている。


「ぎゃはははっ!あーっ、もうやめろって鳳!マジ腹イタイ!」

「お、俺は真剣に言ってるんです!」

「ちょ…長太郎、お前いつのまにそんな腕上げたんだよ…ひーっ…面白すぎんだろ…!!」

「宍戸さんまで…!もう!本当に先輩が他校の奴等に取られてもいいんですか!」

「っく…フフ、何をそんな焦ってんの鳳は。大体、誰がなんかを取ろうとするっちゅーねん。」

「俺…、聞いたんです。あの立海の幸村さんが本気でさんを立海に引きずり込もうとしてるって…。」


深刻そうな顔でそう言う鳳。
先程までゲラゲラと笑っていた先輩たちの顔から、次第に笑顔が消えていく。



「アーン?誰の許可を得てそんな発言してんだ、あいつは。」

「…でもまぁ、確かに立海の奴等はのこと気に入っとるからなぁ。」

「ってか立海だけじゃなくね?越前だって、に懐いてんじゃん。」

「……先輩も、満更でもなさそうですしね。」

「しかも、ほら。、不二に一目惚れしたとか言ってなかった?」

「ああ…そんなんも言うてたなぁ。無謀やで、ほんま。」

「ほ、本当にこのままじゃ先輩がどこかへ行っちゃいそうな気がするんです!」


真剣に訴える鳳に、今度は誰も笑わなかった。
広い大浴場で、輪になって湯船に浸かる中学生男子軍団。
各々思う所があったのだろうか。しばらくの沈黙が続いた後に
意外な人物が口を開いた。


「……先輩、に…優しく…しましょう。」

「…樺地。」


跡部さんの隣にいた樺地が、ポツリと呟く。
こういう場面で樺地が何か意見を言うのは物凄く珍しい。

そんな樺地が意見を言うということは、今の先輩を取り巻く甘い環境というのは
氷帝陣にとって中々に危機的な状況ということだ。



「…優しくって言ってもさぁ…どうすればいいんだよ。」

が喜ぶことをするってことだろ?何だろ、わざとゲームで勝たせてやるとか?」

「俺思ったんですけど、ただ単なる優しさじゃなくって…紳士的な優しさが必要だと思うんです!」

「紳士的って、具体的にはどういうことだよ。」

「だからその…。ほら、常日頃から先輩って女扱いして欲しいとか、トキメキが欲しいって言ってるじゃないですか?」

「言うとんなぁ。おこがまし過ぎてつい手が出てしまうけど。

「そ、それがダメなんです!この合宿中は他校に負けないよう俺達も先輩を女の子扱いしましょう!」


身体の大きな男が、両手で握りこぶしを作り必死に先輩たちに訴えかける。
正直、俺は乗り気じゃないけど(というより、先輩に対してそういうことを出来る自信がない)
鳳のあまりの気迫に全員が押されているようだった。


「えー…、それはなんかプライドが許さねぇわ。

「宍戸さん…、まさか他校の先輩たちに負けるのが怖いんですか?」

「なっ…。」

「そうですよねー、他校の先輩達カッコイイのはもちろん、先輩が喜ぶことをサラっと出来ますもんね。
 宍戸さんにはとてもじゃないけど…無理ですよね…。」

「おい、長太郎。俺が他の奴等に負けてるって言うのかよ。」

「そうだぜ!俺達は天下の氷帝学園だぞ?俺らが本気出せばなんてイチコロに決まってんじゃん。」

「ていうか、ちゃんは俺のことが1番大好きだからそんなの余裕だC〜!」

「バカ、ジロー。俺に決まってんじゃん。」

「てめぇら、俺に敵うとでも思ってんのか?おめでてーな。」


わいわいと活気を取り戻した先輩達を見て、
鳳がニヤリと笑っていたのを俺は見逃していない。
…こいつはこういう奴だ。伏兵の仕掛けた作戦は大成功。

いつのまにか話は「誰が1番に先輩をトキめかせることが出来るか」
という内容に変化していた。…本当にこの先輩達は争い事が好きだな。






























食堂にて。



「わーい!鍋だー!暑いけど皆で鍋って楽しいよねー!」


クーラーがガンガンに効いた食堂で、皆で鍋をつつくなんて
なんという贅沢な催しでしょうか。
長テーブルに等間隔に配置された鍋。
いつもの流れでいくときっとチーム毎に分かれて座るのだろう。

私は食堂に来るまでの廊下で会った青学癒し隊3人組に声をかけ、
さっさと席に着こうとしたのだけど…


「おい、。」

「ん?何よ、跡部。」

「……こっち来い。」

「へ?何で?チーム順でしょ?」


私の隣に座る癒し隊リーダーのホリーに「ねぇ?」と合図を送ると
苦笑いで返された。目の前で見る跡部に慣れていないのか、
どこか皆緊張した様子だ。カッツォもカチローちゃんもどこかソワソワして
私と目を合わせようとしないんだもん。


「知るか。俺が来いって言ってんだから……」


動こうとしない私を見兼ねて、いよいよ跡部がキレそうになる。
ズンズンとこちらに近寄ってくるが、途中でピタっと電池が切れたように止まってしまった。


「…何、どうしたの。」

「……っち。」

「何なのよ、一体。」

……
















 お前がいねぇと寂しいだろうが。」


























うっすら頬を染めて、私に手を差し伸べる跡部。












すぐさま席を立ち跡部の額に手を当てる私。







「…何してんだ、てめぇ。」


「いっ、いや…あれ、おかしいな。熱はない…となると、あんたその辺に生えてるキノコか何か食べたでしょ!?」

「食ってねぇ。俺が普段から拾い食いしてるみたいな言い方すんな、ぶっ飛ばすぞ。

「だ、だって今ものすごく気持ち悪いはつげグフォッ!い…ったいわね、何よ!」



さっきまでの照れ顔はどこへやら、急に真顔に戻り
容赦なくわき腹にパンチを打ち込む跡部。
そのまま私の手を引き、氷帝テーブルへと連行する様子を見ると
…さっきのあの発言は幻だったのかと思ってしまうほど。

とにかく今はこいつに従っておかないと、おっかない目に合うと思ったので
青学癒し隊に謝って席を立った。








「お!じゃん!」


トボトボと跡部についてくと、少し離れた席で既に集まっていた氷帝陣。
相変わらず仲間意識強いわね、あんた達。
今日は珍しくハギーも加わっているもんだから少し驚いてしまった。


「や、やっほー…。なんか久しぶりな気がするわ、あんた達。」

ちゃんがいてくれないと俺つまんないC〜!」


そう言いながらギュっと私のお腹まわりにしがみつくジロちゃんは
やっぱり天使です。ああ、なんか今日1日の疲れが回復していく気がする…!





「お…おおお、俺もつまんねーし!」





そう言って私の腕にギュっとしがみついたのは





普段ならこんな行動をするはずのない人物で。




「が…っがががっくん!?何!?」

「…は俺達と一緒にいなくてつまんなくねーのかよ。」



至近距離で破壊的な上目づかいでそう聞いてくるがっくんの頬は
うっすらピンク色で。そんな表情を見たら私の脳が爆発してしまうというのに。



「っ!…がっくん!私もがっくんと昼夜共に一緒にいたいよ!ずっと見ていたいよ!」



ついに私のこの想いががっくんにも届いたのかと、嬉しくなって
満面の笑みでそう伝えると







何故か、中世の人物画のように真顔になったがっくん。



スっと私の腕から離れて額を抑え、背を向けるがっくん。








え…何、どこか選択肢をミスりましたか。この乙女ゲームフリークの私が…。






「い、いや…と…りあえず食おうぜ!鍋!」

「ねぇ、がっくん。今のは何だったの。物凄く恥ずかしい感じで放置しないでくれない?」

「取り合えず座りーや、。」


ポンポンと、空いた席に誘導する忍足に促されて大人しく着席する。
数分後に竜崎先生の合図で始まった鍋パーティー。

……っていうか他校と交流するのが目的のこの懇親会で
氷帝だけ固まってるってどうなのよ…!どれだけ協調性のない軍団なんだ…。


「ねぇ、皆ちゃんと他の学校の子とも上手くやってる訳?」

「…程じゃないけどねー。」

「ハ、ハギー…なんか棘を感じるんだけどその発言…。」

「別にー。っていうか、肉ばっか取らないでよ。」

「っく…気付かれたか!…でも忍足だってさっきから肉ばっかり取ってるの知ってるんだからねー。」


ギロっと隣の男を見ると、
予想外に穏やかな表情で。あら、いつもなら憎まれ口の一つでも飛んでくるというのに。
あの俊敏な切り返しはどうしちゃったのよ。



「…なんや、肉もっと欲しいんかいな。」

「私が大食い女みたいな言い方しないでよ。」

「ええで、ほら。口開けてみ。」




にっこり微笑み、私の口元に箸を近づける忍足。




その笑顔が怖すぎて軽く椅子から転げ落ちた私。




「な…ななっ、何なの!?さっきから皆おかしくない!?」


「何がや。今日も頑張ってたを労ったろうと思ってるだけやん。」



スッと手を差し伸べ、私を抱き上げ椅子に座らせてくれた忍足。
為されるがままの子供のように動けない。

な…何だろう、呪術か何かにかかったのだろうか…。

だって…だって、こんな忍足有り得ないもん!
普段なら辛辣通り越して、軽く泣きそうなレベルの罵倒をしてくる忍足が
優しく微笑んで「あーん」してくるなんて…ダメだ、怖くて震える。



「し…宍戸も何とか言ってよ…。忍足ヤバイよ、練習中に何かあった?ボールが後頭部にぶつかったとかなかった?」

「………。」


たまらなくなって反対側に座っていた宍戸に助けを求めてみるも
下を向いてジっとしたまま動かない。何か考えているような難しい表情をしているけど
どうせ何も考えてないはずだ。わかってる。宍戸は意外とアホ可愛い奴だってことわかってる。



「ちょ、無視かオイ。どうしたのよ。」

「…お…っ、」

「お?」

「お前と一緒に飯食えて…嬉しいんだよ…。」












耳まで真っ赤にしながら、俯いてそう呟く宍戸を見て








私はいよいよ食堂を飛び出した。



なんだこのホラー映画みたいな展開!!!




私だけパラレルワールドか何かに来てしまったの!?







有り得ないぐらい優しい氷帝陣が…なんか…なんか…






















超薄気味悪い……













































一体さっきのは何だったのでしょうか。
あ、あれかな。集団催眠ってやつかな…。

血も涙もない、泣く子も黙る氷帝テニス部のはずなのに
さっきは妙にまったりした空気が渦巻いていた。
どこか皆モジモジして…ああ、思い出しただけで怖い。

私…何かしたかな…。
これはこれから降り注ぐ盛大な制裁の前振りか何かなのでしょうか。
調子に乗る私を甘い言葉で誘惑して、最終的に地獄に叩き落とそうという計画なのか…。


とりあえず部屋に戻ってきたはいいものの、何か落ち着かない。
…普段優しくないあいつらの違和感たっぷりの優しさに
何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。


だけど…だけど、いつもあんな風なら、ちょっと嬉しいかもな。
普段されないような女の子扱いをされたことで、
ちょっぴりあいつ達に対する意識が変わったのも事実。





モヤモヤを振り払うために、私は部屋を後にし
軽く夜道を散歩することにした。


合宿所の外は何もないけど、星がとっても綺麗で
空気もどことなくおいしく感じる。

合宿所の窓から漏れる光が夜道をほんのり照らしている。

あー、もうそろそろ鍋を食べ終わった頃かなぁ。
後片付けも手伝わずに飛び出してきちゃった。
片づけをせっせと手伝う璃莉ちゃんと里香ちゃんの姿を想像して
申し訳ない気持ちになってしまう。

ボーっと合宿所のまわりを歩いていると、
どこからか楽しそうな声が聞こえてきた。
少し歩みを進めて近づいてみると、そこは丁度露天風呂に面しているようだった。



「さっきのマジ面白かったッスよねー。」

「フフ、本当今更って感じだけどね。」



近づくと、はっきり聞こえてくる声。
…今のは切原氏と…幸村君の声か。
ということは、今この柵を越えた場所にいるのは…

はっ、裸の…立海メンバー…!!



つい顔がニヤけてしまうけれど、
これではただの変態親父だ。心を鉄にしてその場を立ち去ろうとしたけど…




「俺達にを取られるんじゃねぇかって焦ってんだろ?」

「…あー、さっきの晩飯の時…完全包囲網貼ってたもんな。氷帝の奴等。」

「…で、考えた作戦がアレじゃろ。意外と氷帝ってコミカルで、おもろいのぉ。」

「ああ、ジロ君が言ってたわ。≪ちゃんに優しくすることにしたんだ!≫って。」

「でも違和感ありすぎでしたよね。実際、さんビビって逃げてたし!マジ笑える!」



……なんだ。何の話?

不意に聞こえた自分の名前に、つい立ち聞きしてしまっている。
悪趣味だと思うけど…いや、でもなんか話が見えなくて余計気になるじゃん…。





「でも…普段あれだけのこと邪険に扱ってるわりには、意外と大切にしてんのな。」

「……別に、あそこまで他校を警戒しなくとも他の者が立ち入れないような、あいつらの絆みたいなものを感じるがな。」

「よく見てるね、真田。その通りだよ、それが厄介なんだけどね。」

「えー、まじッスか?絶対今のところ俺達の方が優勢っしょ!」

「……まだまだ甘いのぉ、赤也は。」


…この会話から察するに…、今皆が話しているのは私と氷帝メンバーのこと…?

他校を警戒?

先程の食堂での奴等の行動と、今聞こえてくる会話。
思考をフル稼働させて導き出された答えは。



































「あ!どこに行ってたんですか、先輩!」

「…あぁ、ちょた。…ちょっと夜の散歩にね。」

「1人でですか?危ないですよ、何で誘ってくれないんですか。」

「い、いや…大丈夫だよ。この辺そんなに人いないし…。」

「だからですよ!先輩に何かあったら…俺、一生後悔します。」


ギュっと私の手を握り、真っすぐに瞳を見つめるちょた。
いつのまにそんなに天使レベルがアップしたの、この子…。
キラキラした目に吸い込まれそうだよ、この世に生まれて良かった!!


「ちょ、ちょた…!」

「何してるんですか、そんなところで。」



合宿所の玄関先で手を取り合う私達に
怪訝な目を向けていたのは、就寝前の歯磨きから帰って来たのであろう
ぴよちゃんさまと樺地。

ズンズンとこちらに歩み寄り、私達の手をパシっと叩き払うその姿は
年下に見えない程、凛々しい。


「…まったく…フラフラどこかへ出歩いていたかと思ったら…。」

「ご、ごめんね。ちょっと夜風に吹かれたくなって…。」

「先輩が居なくなる度に、捜索に駆り出される俺の身にもなってください。めんどくさ「日吉!」


腕を組んで、さぁ恒例のぴよちゃんさまお説教タイム(=ご褒美)が
始まろうと言う時に、ちょたがぴよちゃんさまを制止した。

ピタっと話しが止まったかと思うと、先程までの威勢はどこにいったのか。
急に俯いて何かをジっと考える素振りを見せたぴよちゃんさま。


「ど…どうした、ぴよちゃんさま…?」

「……。……先輩がいなくなると…
















 心配に…なるんですよ…。」

 






俯いたまま、顔を真っ赤にしてそう呟いたぴよちゃんさまに



辛抱たまらず飛び付いた私を、



ぴよちゃんさまが振り払い地面に投げつけるまで、この間実に0.5秒。

















どういうことなんですか、誰か説明してください。






「ぐへっ!…え…え、あれ?い、今なんかぴよちゃんさまが甘い言葉を投げかけてくれた…よね?」

「……気のせいです。」

「ウソ!可愛いこと言ってたのに、何で投げ捨てるのよ!先輩だよ、私!」

「だ、大丈夫ですか先輩!日吉、駄目じゃん我慢しないと!!

「…身体が勝手に…。」

「ねぇ、何なの我慢って。物凄く傷ついているよ、私は。」

「あ、おい!何してんだよ、お前ら。」




床にへたり込む私に手を差し伸べる樺地。
苦虫をかみつぶしたような表情で拳を振るわせるぴよちゃんさまに
励ましのエールを送り続けるちょた。


そこに現れた、渦中の氷帝メンバー。



先程聞こえた、立海陣の会話から…ある程度の推察はできていた。

私が他校の生徒にちやほやされているのが悔しくて、
きっと他校から私を隔離しようとしているのだろう。

甘い言葉で私を油断させて他校に近づけまいとしてるんでしょ…!!


そう考えると、先程までのこいつ達の不可思議な行動に説明がつく。

しかし、そこまでして私の幸せを邪魔したいのか…

いつもならイラっとくるところだけど、あんな恥ずかしい演技までして
何とか隔離しようとしていた皆を思い出して…なんだか笑えてきた。




、どこ行ってたんだよ。また他校の奴?」

「違うよ、ちょっと散歩してただけ。皆はもう寝るとこ?」

「お前も早く寝ろ、フラフラ出歩くな。」

「フフ、わかったってば。ねぇ、もう変な企みしなくていいからね。」




吐き捨てるように言う跡部に、何だか笑いが止まらずつい口をすべらせてしまった。
その瞬間、全員の時が止まったかのようにぴったり動かなくなってしまう。




「…………なんだよ企みって。」

「いや…、あんた達の行動の理由を考えてみたんだけど…。
 たぶん私が他校の奴等と仲良くしてるのが気に食わないから…なんでしょ?」

「…何や、バレてたんかいな。案外鋭いやん。」

「わかるわよ、普段と違いすぎでしょ。あんた達に優しくされるのって慣れないし。」



ブフッと、先程までの皆の行動を思い出して笑ってしまう。
だから甘いセリフとか言った後に皆、超後悔するような素振りしてたんだな。失礼な奴等め…!

まぁ、でもそんなことまでして私を幸せにさせたくない!という想いには若干呆れを感じるけど…。
子供か、あんた達は…。

ちょっとは私に対して優しくなってくれたのかと、期待した部分もあったんだけどなぁ。
世の中そんなに甘くはないんだな、なんて。
ほんの少しだけ心が痛むのは、きっと気の所為だ。


なんとなく疲れてしまったので、取り合えず皆におやすみを言って部屋に戻ろうとした。



その時。急に腕を強く掴まれ、勢いで振り返ってしまった。



「べ、別に俺も先輩達も…先輩が楽しそうなのを妬んで、こんな計画立てたわけじゃないですよ!」



真剣な顔でそう言うちょたは何だか泣きそうな目をしていて。



「ど…どした、ちょた…?別に怒ってないよ、私?」

「……先輩を…取られたくないんです。」

「……へ?」

「他校の人たちは先輩に優しいから…、優しくない俺達よりそっちを先輩が取っちゃうんじゃないかって…。」


絞り出すような声で言うちょたに、
やけに神妙な面持ちでそれを見守る氷帝メンバー。

えー…。何それ、ちょっとやめて、なんか普段とのギャップが強すぎて泣きそう。


「な、何言ってんのよちょた…。どうしちゃったの?」

「俺達のこと捨てないで下さい…。」

「ぶっ!す…捨てるって…!そんなことある訳ないじゃん!」

「だって、ちゃん優しくされたいから他校の奴等のとこ行くんでしょ!」

「…だから嘘でもなんでも優しくしてやれば、もうフラフラすることもなくなるかもって。」


俯くちょたにフォローを入れるように、
がっくんやジロちゃんが言う。

……なんでいきなりそんな…、どこまでバカ可愛いのあんた達…。

嘘でも何でも、というがっくんの言葉が妙に引っかかるけど
とにかく私を邪魔したい想いではなく、私を取り戻したいという想いからの
あの行動だったのか…と考えると、そりゃ嬉しくなっちゃうでしょ。

目の前に立ちつくす可愛い後輩を抱きしめると、
パっと笑顔が咲いた。………萌え死んでしまう。


先輩、どこにも行かないでくださいね。」

「行かないよ、何言ってんの。また私が転校するだの何だの言ったの?先生が。」

「お前がやたらと他校の奴と接触を図るからだろうが。」


ベリっと私とちょたを引き裂いた跡部は、すっかりいつもの夜叉跡部に戻っていた。
……やっぱりこの関係が1番落ち着くなぁ。優しくされるのも嬉しいけどさ。





「…あーあ、なんかめちゃくちゃ阿呆らしくなってきたわ。」

「だなー、マジ眠ぃ。明日も早いしとっとと戻ろうぜ。」

「ちょ…感動のシーンから覚めるの早くない?そうだ、今日は氷帝テニス部のなかよし記念日☆ってことで
 皆で語り合いながら一緒に寝ようよ!」










「あ、俺はパスします。面倒くさいし、眠いんで。」

、別に全員がお前に対して鳳みたいなあっまい認識持ってるわけじゃねぇからな。調子乗るんじゃねぇぞ。

「なんやねん、なかよし記念日て。中学生にもなってしょっぼい発想やな。

「ほら、ジロー行くぞ!廊下で寝んな!」

「おい、長太郎。いつまで寒いドラマごっこやってんだ。」




本当にこの数分間の感動体験が嘘だったかのように、
この場を去る氷帝陣。
私に対する一切の興味を失ったその様子は、潔い程で。

ちょたが申し訳なさそうに、こちらに一礼して走り去っていく。




「…ふ…っ、ふふ……なんなのあいつら。」






唐突に近寄ってきたかと思うと、気まぐれに遠ざかっていく。

わけのわからないあいつらとの距離感が、




私はそんなに嫌いじゃない。