氷帝カンタータ
第29話 迷走ユートピア(9)
こんにちは!
氷帝に咲く一輪の美しい薔薇の通り名でお馴染みの です!
今は三校合同合宿の真っ最中★
頑張る皆のために、私も朝から健気に頑張っています!
段々と陽が昇って、太陽さんが私に向かって微笑んでるようです。
「、今日も頑張るんだよ」って…!
この合宿中、色んなことがあったけど…だけど、…負けません!
だって、だってアイドルに苦難は付きものだと思うから!!
さぁ、今日も元気にポシティブに!頑張るぞ〜っ☆
「いや…あの、本当すみませんでした…。」
「どうしたの、さん?何で謝ってるの?」
「えーと…あの、私がたぶん悪かったんですけど…あの、言い方かな?言い方が悪かったのかな?」
「フフ、朝から暗いなぁ。いつもの笑顔はどうしたの?」
「その…大変言い辛いのですが…ここは女風呂の入り口で…。」
「うん。知ってるよ。」
「ひぃっ…、え…えと、もしかして幸村君はやっぱり本当は女の子だったん…ですか?」
「何言ってるの、どこからどう見ても男でしょ?失礼だな。」
「で、っでですよね!いや、その…ナチュラルに一緒に入ってこようとするから、えと、もしかして〜って思って…。」
「さぁ、こんなところでもたもたしている暇はないよ。早くしないと朝ご飯に間に合わないからね。」
「こっ、怖い怖い怖い!何か幸村君、随分と日本語が不自由になってない!?」
ポシティブに…ポシティブに頑張ろうと思っていたのです。
朝、いつものように準備をしている時までは。
合宿中にあったモヤモヤも全て解消されて、さぁ今日から頑張るぞ!ってところだったんです。
いつもより張りきった私は、やっぱり今日も朝風呂に入ってからご飯に行こうと。
この合宿もあと少しだし、存分に風呂を楽しもうとしてたんです。
お風呂の入り口に到着すると、何ということでしょう。
そこには昨日和解したばかりの幸村君が。
やっぱり一瞬緊張したけど、彼の「おはよう、さん」の一言でそんな緊張も吹っ飛びました。
ああ、やっと普通に話せるんだって嬉しかったんです。
幸村君も今からお風呂なのかなぁ、グヘヘなんて、私の脳も平常運転を始めたところだったんです。
良かったらお風呂あがりにご飯一緒に行こうよ
気軽にそう声をかけた私に、にっこり微笑んでくれた幸村君を見て
つい頬が紅潮してしまったものです。あぁ、朝から神々しいなぁ。この世の宝だなぁ。
そう思いながら、女湯の暖簾をくぐろうとするとスタスタと一緒に後ろからついてくるその足音。
驚いて振り向くと、相変わらずバーチャル世界のモノかと思うほど綺麗な笑顔の幸村君、いや幸村様。
何で一緒に入ろうとするのか聞くと、「なんで?」とよくわからない質問で返される始末。
。中学3年生にして宇宙人に出会った気分です。
そして色々な問答を繰り返した上で、先程の会話に戻ってくる訳です。
もうやだ、誰か助けて…!!
私の後ろから両肩に手を置き、ずんずんと女風呂へと足を進める幸村君。
一体本当に何を考えているのでしょうか、顔に似合わずナチュラルボーン変態なのでしょうか。
「ちょ、ちょちょっわかった!幸村君、わかったから!お、おっもしろ〜い!その冗談面白いねー!」
「俺は至って真面目に言ってるんだけどな。」
「め、目を覚まして幸村君!寝ぼけてるの?」
「…………言ってたよね。あのぼうやに下着姿を見られたって。」
「………え、えーと…。」
「それに氷帝の芥川君だっけ?あの子にそれを話したら…」
「な、何でそんなこと話すの?!やめてください!」
「≪ちゃんの下着姿なんて、俺毎日見てるも〜ん≫なんてふざけたこと言ってたよ?」
「許したげてください…お願いです、あの子に悪気はないんです…!」
「でも、おかしいよね?」
「…な、何が?」
「何で皆には下着姿を見せる事が出来て、俺には見せれないのかな?」
「ちょっと大きな勘違いがあるから訂正しとくけど、自分から見せてるわけじゃないからね!
たまたま!たまたま見られただけなの!そうじゃないと私、ただの痴女じゃない!」
「…あはは、朝から元気だなぁさんは。」
「幸村君、何か随分とキャラチェンジしたね…私にはもう手に負えないところまでいってしまったんだね。」
「…なんてね。…こうして話せるのが、嬉しかったのかな。」
やっと正気に戻った様子の幸村君が少しはにかみながら言う。
…っ破壊力…なんという破壊力でしょうか…。
軽く悶える私に、「じゃあまた後でね。」と付け加えた幸村君は
普通に男子風呂の方へと入っていきました。
………良かった。前と同じどころか、こんな冗談も言い合える仲になれたのが少し嬉しいな。
・
・
・
「なんだ、もう終わっちゃったんだ。作戦。」
「あぁ、越前の働きは大きかったようだな。精市が目の敵にしていたぞ。」
「……協力したつもりなんてないッス。あのまま仲違いすればいいって思ったのに。」
「最初から邪魔するつもりで協力を申し出たことも、想定の範囲内だ。」
「…まぁ、でもおたくの部長さんの想いが実ることはないと思うけど。」
生意気に笑う青学ルーキーの背中を見送りながら、
柳は立海テニス部部長はひどく面倒な戦場に踏み込んだものだと、ため息をついた。
「あ!柳君おはよう!」
「……ああ、か。」
「ちょっとさぁ、柳君のデータを見込んで…聞きたいことがあるんだけど。」
「…俺のデータは高くつくぞ。」
「そ、そこをなんとか!ほら、これ!あげるから!」
「玉子豆腐1つで買収とは、俺もなめられたもんだな。」
「まぁまぁ。取り合えず、一緒にご飯食べよ。」
昨日まではビクビクしていた癖に、
問題が晴れた途端、随分朗らかになるものだ。
それだけ、の中ではあの事件は大きな問題だったということが読み取れて
案外、あの困った友人の位置は上位にあるんじゃないかと思った。
「…それで?何が聞きたいんだ?」
「え…っと、その…誰にも言わないでね?」
「ああ。心配するな。」
「…………幸村君ってさ。」
声をひそめながら顔を赤くして聞く。
その口から、「幸村」という名前が出たということに
何とも言えない達成感を抱いてしまうのは、何故だろうか。
「気になるのか。」
「そ、そりゃ気になるよ!なんか…だいぶこの合宿で距離感がわからなくなってさ…。」
「ふっ、それで?精市の何が聞きたい。」
「………あ、あのさ
幸村君って、どんな下着が好きなのかな。」
「………何を言っているんだ、お前は。」
「いや!違うの!決して柳君が今想像しているような理由で聞いてるんじゃないから
お願いだからその蔑むような表情やめてくれませんか!」
想像の斜め上すぎる質問に、柄にもなく一瞬フリーズしてしまう。
顔を赤らめながら聞く質問じゃないだろう。
しかし、その真意がどこにあるのか……興味深い。
「…何故そんなことを聞く?」
「あのさ…今日の朝、幸村君が随分≪女子の下着姿≫に執着していた様子でさ。」
「…………。」
その後しばらく、箸を持ったまま呆然とする柳に
今朝あった出来事を恥ずかしそうに話す。
全て話し終えたに、まず第一に聞きたいことがあった。
「…その一連の流れの後で、何故精市の好きな下着に着目するんだ。」
「きっとさ、幸村君って下着が好きなんだよ。随分執着していたようだからさ。」
「………。」
「でさ、この合宿で…色々とあったし…私と幸村君。」
「…………。」
「だからね、これからも仲良くしようねっていう親愛の意味もこめて」
「…………。」
「下着をプレゼントしようと「お前の思考回路がおかしいことはわかった。」
嬉しそうに、「良いアイデアを思いついた!」みたいな口ぶりで話す。
自分の大切な友人がナチュラルに変態扱いされていることに、
しかもその相手が友人が好意を抱いている相手だということに、
柳は頭を抱えた。
ライバルの存在だけじゃない。
友人が立っている戦場のゴールは、どんなライバルよりも手強い
ラスボスが立ちはだかっている、と感じた。
「え、やっぱり駄目かなぁ。」
「…精市の怒った時の恐怖をまだ理解していないようだな、お前は。」
「お、怒るの!?えー…良いプレゼントだと思ったんだけど…。
幸村君だって、いくら神様だとはいえ思春期の男の子なわけだし…。」
「……その下着をつけたがプレゼントだというなら、勝機はあるかもしれんな。」
「…………何言ってんの柳君。そんなことしたら…私が息の根止められる未来しか想像できないよ。」
真顔で批難の言葉を述べるは、やはり一筋縄ではいかない。
「わかってないなぁ、柳君は。」などと、嘲笑われるのが少し、いやかなり癪だが
……これだけバカだからこそ、今まで浮いた話の1つもないのか。
後でデータノートに付け加えておこう。
この合宿で最も充実したページは、間違いなく目の前の少女のページだった。
・
・
・
「今日で合宿も最終日です。」
「「「「「はい」」」」」
「午前中はいつもの基礎練習、午後からは昨日の個人試合の続き。」
「「「「「はい!!」」」」
「折角ここまで頑張ったんだから、最後まで気を抜かないようにね。」
「「「「「はい!!」」」」
ついに最終日になってしまった。
毎日、朝も早いし大変だったけど今思い出してみると充実してたなぁ…。
このBチームの子達にも随分お世話になったし、
今では皆可愛い息子みたいだよ…。
ほんの少し、センチメンタルな気分になっていると
ハギーが早速練習開始の号令をかけた。
それに合わせて、私も気合いを入れつつ
1日の準備を始める。
「。」
「ん?何、ハギー。」
「も、結構合宿中頑張ってたんだから最後の最後で俺に怒られないようにしてよね。」
「っ…うん!ハギー、そんな風に思ってくれてたんだね…嬉しい!」
思わぬ褒め言葉に、朝からテンションが上がる。
いつもの癖でついハギーに駆け寄ると、頭をがっしり掴まれ
抱きつこうとして広げた手は、ハギーまで届かなかった。
「滝。」
「…っ、はい。」
そうしてじゃれ合っていた時、
久しぶりに聞きなれた声が響いたかと思うと、
そこに立っていたのは榊先生だった。
今日も相変わらず気合いの入ったシルクベージュのスーツに
ワインレッドのネクタイ。
久しぶりに会う先生に、声をかけようと一歩進もうとしたところで、
ものすごい形相のハギーに後ろから食い止められた。
……さすがに榊先生の前では、皆緊張感が違うな。
「本日の午後のメニューだが…。」
「はい、個人単位の練習試合を予定しています。」
「悪いが、そのメニューは中止だ。」
「はい。」
「AチームとBチーム合同での練習試合を行う。」
「…と、言いますと…。」
「ダブルスの場合は、AチームとBチームの者が組み、試合を行う。」
「へぇ!先生ー、じゃあ忍足とうちの2年生の兵頭君が組んだりするってことですか?」
「そうだ。シングルスの場合はAチームのメンバーとBチームのメンバーが戦う。」
「……跡部と、例えば青学のカチローちゃんが試合をするってことですか?」
「そうだ。」
「………監督、お言葉ですが何故急にそのようなメニューに…。」
「竜崎先生も最初に仰っていただろう。この合宿の目的は≪敵を知り、自分を磨くこと≫だ。」
直立不動で先生の話を聞くハギー。
榊先生の言う、午後の練習メニュー、私はとっても面白そうだと思う。
もちろん結果はある程度想像が出来るけど、
普段学校で練習している時には、下級生の子とレギュラー陣が試合をするなんて
中々ないもんね。合宿でしか出来ないスペシャルメニューだと思う。
「下級生の育成は重要だ。上を見ることで、Bチームのメンバーに自身を鼓舞して欲しい。」
「はい。」
「ただ、最初から勝利を諦めているような選手は要らない。」
「…はい。」
「滝。…最後まで責任を持って下級生の指導にあたるように。」
「はい!」
そう言い残して立ち去る榊先生の背中を見つめるハギーの目は
少し潤んでいるように見えた。
「……先生、その重要な育成をハギーに任せたんだね。」
「……。」
「ハギー、この合宿でとっても頑張ってたもんね。」
「………。」
「Bチーム…誰か一人でも勝てるといいね。」
「…誰か一人?」
「うん。Aチームを折角なら倒す勢いで…」
「…そんな低い目標、Bチームマネージャーが掲げないでよね。」
「………うん。」
「勝つよ。レギュラー陣を引きずり下ろしてやる。」
先生の背中を見送りながら闘志に燃えたハギーの顔を見て、
やっぱりハギーは氷帝の選手だなぁと思った。
ギュっと拳を握りしめて、こっそり気合いを入れるハギーを見て
私は、この合宿でBチームと共に歩んでこれて良かったなぁ、としみじみ思う。
と、同時に午後の練習に向けて最後の気合いを振り絞った。
「よし。これで今日の午前の練習を終わります。」
「「「「はい!」」」」
「で、朝話してた午後の練習メニューだけど…変更になった。」
「「「「はい!」」」」
「……午後は、Aチームとの対抗試合をするよ。」
ハギーが腕を組みながら発表した瞬間、
Bチームの皆にどよめきが起こった。
皆の顔に広がる不安。
口々に不安と、諦めの言葉を紡ぐメンバー。
もちろん想定はしてたし、あのレギュラー陣との試合だなんて
この子達が諦めてしまうのも仕方がないと思う。
どうこの状況を納めようかと思案していると
隣にいたハギーが、聞いたことないぐらいの怒声を発した。
「戦う前から諦めるなんて、恥ずかしくないのか。」
先程のざわめきが嘘のように静かになった。
諦めの言葉を口にしていた子達は、口を真一文字に結んで
気まずそうな顔をしている。
「…いつまでも≪Bチーム≫でいるつもりなの?」
「確かにAチームのレギュラー陣は、太刀打ちできない程の力を持ってるかもしれない。」
「だけど、皆が負けてるのは力だけじゃない。」
「今、レギュラー陣と試合するって発表した時に
≪レギュラーと試合が出来るなんて、チャンスだ!≫って思えた子が何人いたかな。」
「…皆、≪レギュラーとの試合なんて怖いな、負けるに決まってるじゃん≫って顔だったよね。」
「俺は…この合宿で、技術だけを教えてきたつもりはないよ。」
「いつか自分がレギュラーになる、倒してやるっていう闘志がないなら
この強豪校のテニス部から、……早く出て行った方がいい。」
そこまで言うと、ハギーは一瞬ため息をついて
コートを後にしようとした。
残された子達は、皆各々ハギーの言葉を噛みしめているのか、動けない。
この子達は、皆知っている。
ハギーが≪レギュラー≫に対して闘志を燃やす理由を知っている。
だからこそ、そのハギーの言葉だからこそ響いてるんだと思う。
自分たちの根底にあった≪諦め≫の気持ちを悔やんでいるのだろう。
ただ、ここは私の出る幕じゃない。
この子達を見守るしかない。
「……っ待って下さい!」
「………。」
コートから立ち去ろうとするハギーを引き止めたのは
青学のホリーだった。
心配そうな目でホリーを見守るBチームのメンバー。
ハギーは立ち止まるが、振り向かない。
「…すいませんでした…。俺、…強くなりたい、とかあんな風になりたいって思ってたはずなのに
心のどこかでは…、諦めてました。」
涙声で独白を始めたホリー。
やっと振り向いたハギーの顔は、優しかった。
「でも、俺、頑張ります!この合宿で…もっと、もっと上へ行きたいって思えたんです!」
そこまで言うと、後ろにいたカチローちゃんやカッツォも
ホリーに駆け寄り、ハギーへの感謝の言葉を述べ始めた。
「…僕も!初めて練習試合で勝ててとっても嬉しかったです!
勝つって…楽しいことなんだって学べました!」
「Aチームの先輩達との試合って聞いて、怖くなったのも事実ですけど…
先輩がついてるんだって、思ったら……頑張れそうな気がします!」
そこにいたBチームのメンバー全員が、先程までとは顔つきが変わっていた。
…ハギーはすごいなぁ。
榊先生が何でハギーに後輩の育成を任せたのか、少しわかった気がした。
「……わかればいいんだよ、ほら早くご飯行くよ。腹が減っては戦は出来ぬ、でしょ。」
「……っはい!俺達…俺達一生ハギー先輩についていきます!!」
「ハギー先輩!ありがとうございます!」
「待ってください、ハギー先輩!!」
そう言って、皆がハギーに走り寄る。
フフ、なんだか皆兄弟みたいで可愛いなぁ、なんて見守っていたのもつかの間。
1番に走り寄ったホリーが、大きな声をあげた。
「いでっいでででっ!な、なにひゅんふか!」
「………た・き・せ・ん・ぱ・い、でしょ?」
「え…っ、あ!す、すいません僕達、無意識にハギー先輩って…」
頬をつねりあげられたホリーに続き、
失言をしてしまったと口を抑えるカチローちゃん。
ギロリとハギーに睨まれたのは
Bチームの皆、ではなく
「………。」
「え?は、はい?何?」
「何?じゃないよ……アレだけ悪影響が出るから、その呼び方やめてって言ってたでしょ。」
「…ま、まぁでもあだ名で呼び合った方が、距離が縮まって…いいじゃん?」
苦しい言い訳をする私に、ハギーが一直線に走ってくるもんだから
これは殴られると思って必死に逃げまわる。
コート上を走り回る私とハギーを見て、後輩達の楽しそうな笑い声が響いた。
……青春っていいな、なんて呑気なことを考えていると
うっかりハギーに掴まり、こってり絞られてしまった。
・
・
・
「へへ、どうせだったらさーAチームに勝ったら何かご褒美!とかならいいのにな!」
「堀尾君ったら…そんなこと言ってるとまたハギー先輩に怒られるよ?」
「カチロー、滝先輩だろ!2人とも怒られちゃうよ!」
「んふふー、聞いちゃった。」
「うわっ!…っ先輩!」
「と、ハギ…滝先輩!!」
ランチタイムの食堂で、食後のお茶を飲みながら
楽しそうに語る小動物系男子3人組。
こっそりおどかしてやろうと近づくと
何とも楽しそうな話題で盛り上がっているようだった。
隣にいるハギーは引きつった笑顔だけど、
何となく楽しそうだ。
「…はぁ、もういいよ。好きに呼べば。」
「やったね、皆!ハギー先輩って思う存分呼べばいいよ!」
「あありがとうございます、ハギー先輩!」
「……もう諦めた。…それより、さっき何話してたの?」
3人組の目の前に座った私とハギーを交互に見て
気まずそうな顔をする皆。
…ちょっと聞いてたんだけどね、実は。
「ふふー、勝ったら何かご褒美が欲しいっなんて可愛いこと言ってたでしょ。」
「きっ、聞いてたんスか!?す、すいません!俺、そんなつもりじゃ…。」
「何で?勝つ気でいるってことでしょ?いい志だと思うけど。」
食後のコーヒーを飲みながら涼しげな顔でそういうハギーに
安心したのか、3人組は自然と笑顔をこぼした。
「うんうん。例えば、勝ったらハギーのおごりでお寿司〜とかね!」
「お寿司ッスか!うわー、頑張れそうー!」
「何で俺のおごりなの。そこはマネージャーのでしょ?」
「先輩!僕たち、頑張ります!」
「ちょ、ちょちょちょちょ待って!私にそんな財力はない!」
キラキラした目で私を見つめる3人が
シュンとした顔になる。…っく、可愛い…!
でも、さすがにお寿司は中学生の私には難しいし…
あ…、でもお店で食べる…って訳じゃなければ…
「…そ、そーだ!じゃあこれはどうかな?」
「…何?」
冷ややかな目で私を見つめるハギー。
また煌めきを取り戻した3人。
「ちゃんのお家にご招待&手作りお料理プレゼント〜☆」
「…………………わかった、 ★秘蔵プロマイドもつける!」
「無い方がまだマシだね。」
「はい、すいません!」
「…わかってるなら言わないでよね。今は≪ご褒美≫の話してるんだけど。」
「え、えーと…おっ俺はそれでも全然嬉しいッス!」
「そ、そうですよ!う、うわーい頑張ろうかなー!」
「っく…いいのよ…その精一杯の気遣いがあればあんた達これからも上手くやっていけるわよ…!」
苛立ったように言い放つハギー。
そ…そんな怒らなくても…!確かにお寿司と比べるとだいぶクオリティは落ちるけど…!
っく、後輩達の気遣いの目線が辛い…!
必死に私を慰めようとしてくれるこの子達の優しさが染みる…っ。
「勝ったら、そのご褒美もらえるの?」
「あ!リョーマ君!」
「お師匠様、お昼ご飯終わったんだねー。」
「うん。午後からはも一緒の練習なんでしょ。」
「そうだよー、AチームとBチーム合同練習。合宿の最後にふさわしいよね。」
ファンタを飲みながら近づいてきたお師匠様が
ホリーの隣に腰掛ける。
そう言えば、この3人組とお師匠様って仲良しだったよね。
しかし4人が一緒にいると、ますます可愛さが増すな…。
皆まとめて息子ちゃんにしたいような…
そんな思いがダダ漏れだったのか、隣にいたハギーに「キモイ」と一言釘を刺されてしまった。
「で?堀尾達が勝ったらそのご褒美がもらえんの?」
「へへー、そうだぜ!何かやる気出てきたよな!」
「うんうん!僕も先輩のお家行ってみたい!」
「いつでもおいでよー、お菓子いっぱい用意しててあげるからねー。」
「やめときなよ、変なことされても知らないよ。」
「ハ、ハギー…しないよ…!カ、カチローちゃん大丈夫だから!そんな真顔にならなくても大丈夫だから!」
「じゃあ、俺が勝ったらそのご褒美は俺が貰えるってことだよね?」
ニヤリと笑ったお師匠様。
……え?いや、その理論はおかしい。
「え…、そ、そのこれは…この3人にだけ特別なご褒美…で…」
「じゃあ、堀尾。俺と試合しよ。」
「げええー!なんでだよ、ヤだよ!」
「ちょ、ちょっと待ってお師匠様…」
「…まぁ、いいんじゃない?堀尾達が強敵と試合できるなら。
確か、午後からの試合は指名制だって言ってたから。」
「し、指名制?」
「そ。人数が全然違うでしょ、AチームとBチームじゃ。
だからBチームの中には試合できない子も出てくるってこと。」
つまらなさそうにコーヒーを飲みながら答えてくれたハギー。
なるほど…。じゃあ、こうしてホリーがAチームであるお師匠様に
指名されたということは、試合のチャンスが出来たということなのか…。
「良かったじゃん、ホリー!これはチャンスだよ!」
「ま、まぁ…そうッスけど…。」
「、忘れないでよね。今の話。」
「…わぁ、いつのまにか勝った方にご褒美、みたいな話になってるね。」
「…っていうか、さっきのご褒美にそこまで興味を示せる君はスゴイね。」
ハギーが苦笑いでお師匠様に話しかけると、
そんな煽りを気にもしない素振りで立ち上がり、余裕の笑みを浮かべる。
……本当、この3人と同い年には見えない貫禄だな。
「越前!もう勝つ気でいるみたいだけどなー、そんな簡単に先輩の家には行かせねぇぞ!」
「……まぁ、別にいつでも行けるからいいんだけど。」
「え!い、いつでも行けるって…、え、先輩もしかして…」
「カ、カッツォ違うよ!たぶん今君が想像している関係性ではないよ!残念ながら!」
「リョーマ君、じゃあ何でそんなにご褒美にこだわるの?」
「…他の奴に行かせたくないから。」
ポっと頬を赤らめたのはお師匠様じゃなく、小動物3人組と私だった。
サラっとそのセリフを残して立ち去るお師匠様。
ハギーは心底不思議そうな顔をしている。私も不思議だと思うけど…。
な、なんだか今のセリフはキュンと来てしまった。
・
・
・
「やぁ、君が加藤勝郎君かな?」
「へっ!?え…えと、はい!!」
「そうか、よろしくね。午後の試合。」
「えっ、えっえ?!」
「お…おおおっ、おいカチロー!!ど、どういうことだよ…!」
「なっ、なんで幸村君がカチローちゃんに…!?な、何かしたの!?カチローちゃん…!」
カチローちゃんに宣戦布告し、立ち去って行く幸村君。
おかしい、どう考えてもおかしい。
何故幸村君が関わりの薄いカチローちゃんを指名してきたのか。
もしかして、カチローちゃんは幸村君に何か粗相を仕出かしたのだろうか…。
午後の練習前に、Bチームコートからボールやウォーターサーバーを
一緒に運んでいるところに突如として現れ、去って行った幸村君に
私を含む4人は震えあがっていた。
「…お前たちが厄介な≪ご褒美≫を背負っているからだろう。」
「……柳君。…ご褒美って、それもしかして…。」
「どこかから聞きつけたようだな。そこの3人に勝てば、Bチームマネージャーのご褒美があると。」
「ど、…どどどどどうしてくれるんスか先輩!お、俺達ヤバイッスよ!」
「ええええ、いや私は純粋に3人に頑張って欲しいと思って…、ってその情報どこから漏れてるの?」
「さぁな、しかし既にこの情報を知っている者は多いはずだ。」
「先輩…!ぼ、僕どうなっちゃうんでしょうか…!」
涙目で私にすがるカチローちゃんに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
……というか、まさかそんなことになっているとは…。
でも…よく考えると、つまり幸村君は私からのご褒美が欲しい…ということなのかな…?
…なんかちょっとモテモテになった気分だ。
ご褒美なんて言っても、家でご飯食べるぐらいなのに
意外にも応募者は出てくるもんなんだなぁ。
「…先輩、何ニヤついてるんですか!僕、幸村部長に叩きのめされちゃいますよぉ!」
「だ、大丈夫だからカチローちゃん!しっかりBチームの名を背負って頑張るのよ!ハギーも朝言ってたでしょ?」
「そ…そうだぞ、カチロー。あの幸村部長と同じコートに立てるなんて一生に一度あるかないか、だぞ!」
「う…うう…、そうだけど…でも…でも怖いよぉ…!」
「あー!いたいた!」
今度は何事かと、振り返ると
意気揚々とこちらに走ってくる切原氏に丸井君、ジャッカル君。
「ど、どうしたの…?」
「へへー、俺聞いちゃったんスよねー。そいつらに勝てば、さんからのご褒美が貰えるって!」
「そこの坊主、俺と試合したいだろぃ?」
「ひっ…い、いえ、そんな…遠慮しときます…。」
目を付けられたカッツォが急いで、私の背中に隠れる。
ホリーやカチローちゃんも怯えている。……何だかものすごい罪悪感。
「え、えーとそれ誰から聞いたの?」
「何か幸村君が言ってた。1年坊主に勝ったらお前が高級焼き肉食べ放題奢ってくれるんだろぃ?」
「いやいやいや!え、えええ!随分情報が錯綜しているようですが、違うよ!?」
「えー、俺は勝ったらさんのエロ写真が貰えるって聞いたんスけど。」
「そ、そそそそそれどこに需要があるわけ?!お、大きな声でエ、エロとか言っちゃ駄目だから!合宿中だよ!?」
「1番大きな声で叫んでいるのは、お前だぞ。」
「うわあああん!先輩!たっ助けてください…!」
ブーブーとご褒美の件について文句をたれる切原氏に丸井君。
そして私の背中には、半泣き状態の小動物3人組。
その様子を楽しそうに見守る柳君に、皆をなだめようと動いてくれているジャッカル君。
ど…どうすればいいのか、わからない…!!
そうやって騒いでいると、ゾロゾロと現れた氷帝陣が近寄ってくる。
このややこしい時に……っ、タイミングが悪すぎる。
「何してんだ、てめぇら。早く準備しろ。」
「あ。跡部さん、聞きました?こいつらに勝ったら先輩のご褒美があるらしいんスけどー。」
「え〜?なになに、俺聞いてないC〜!どんなご褒美?」
「のおごりで超高級焼き肉食べ放題!らしいぜ。」
「はぁああ?!何だよ、!俺達にはおごったことなんか一度もねぇくせに!」
「ちょ、がっくんは入ってこないで!余計にややこしくなるから!」
「なんだよ!のくせに生意気!」
「ああ、もうわかったから!」
わいわい騒ぎだした氷帝が加わったことで
ますますカオスな状態に。
その余りの騒がしさに、通りがかった竜崎先生が渇を入れた。
「あんた達!何してるんだい、もう練習は始まるよ!」
「すっ、すいません竜崎先生!すぐに解散します!」
「ん?何だい、どうして泣いてるんだいお前たち。」
輪の中心で震える青学癒し隊3人組の
涙を見て、竜崎先生が立ち止まる。
「ぼ…僕達に、Aチームの先輩が…試合を申し込んできて…。」
「ほぉ、いいじゃないか。応援もいいが、同じコートでその球を受けるのは勉強になるからね。」
「ち、違うんです!俺達に勝ったら先輩のご褒美がもらえるから…!」
「ちょ、ホリー!」
「…何だい?ご褒美って。」
恐怖のあまり口を滑らせたホリーの口を必死に抑えてみたものの、
時すでに遅し。楽しそうな顔で、私に詰め寄る竜崎先生に敵うはずもなく。
「先輩って…あんただね?どんなご褒美があるんだい?」
「い、いやー…本当なんていうか内輪の話だったんですけど、いつの間にかこんなに大きくなっちゃって…。」
「いいじゃないか、このむさ苦しい男どもに少しぐらいご褒美をくれてやったってさ。」
「せ、先生まで…。違うんです、ただ勝ったら家でご馳走してあげるよー…って話を…。」
そう言った瞬間、口々に不満をもらす氷帝陣。
「何だよ、つまんね!」「それのどこがご褒美やねん。」
わかってんだぞ、今声だした奴。忘れないからな。
「へぇ、なるほどねぇ。……ああ、私がもっといいことを思いついたよ。」
「…なんですか?」
「今日の対抗試合で優勝した奴には、マネージャーからご褒美のキッス、なんてどうだい?はっはは!」
「え……いいんですか?合法ですか、それは?」
「……先生、お言葉ですがそんな嫌すぎる特典があったんじゃ勝つ気がおきません。」
「跡部、このっ……!」
「いいじゃないか、そのぐらいの方が面白い。。西郷と神田にも言っときな。」
「は…はい…。」
豪快な笑い声を飛ばしながらコートへと向かう先生。
先程まであれだけ騒いでいた皆は一気に静まり返っている。
「……じょ、冗談だよね?きっと。」
「いや、竜崎先生はやるといったらやるぞ。」
冷静に言う柳君。
「ただ、優勝者、と言っていたからな。お前たち3人が総攻撃に合う心配はなくなったようだ。」
と付け加えると、小動物3人組は息を吹き返したように笑顔になった。
「やーりぃ!俺めっちゃ頑張るッス、先輩!」
「う…うん、何かもうよくわかんないけど…頑張って…。」
「ちぇー、超高級焼き肉だと思ってたのに。」
「丸井君、残念だったねー。焼き肉に比べるとちゃんのチューとか、焼き肉のタレぐらいの価値しかないもんねぇ。」
「ジロちゃん…、お願いだから嘘でもいいから…やる気を出して下さい…。」
「っち、一気にやる気なくなった。」
「へー!じゃあ俺に勝ち譲ってくださいよ、跡部さん。」
「……アーン?」
「さんが他の奴にチューするところとか、見たくないんで。」
跡部を挑発する切原氏。
ああ、怒ってるな。
眉間の皺が多くなってるよ、危ないよ切原氏…!
というか、もうこの場から逃げ出したい…!
「…俺がテニスでわざと負けるなんてことある訳ねぇだろうが。」
「じゃあ倒すしかないッスね、さん!待っててくださいね!」
「何を待ってればいいの?赤也。」
「げっ!…ゆ、幸村部長…!」
「もう集合時間は過ぎてるよ、何してるの皆?」
ゆっくりと現れた幸村君に
一瞬空気が凍る。
しかし、我が氷帝の空気読まない代表ジロちゃんは
堂々と答える。答えなくてもいいのに、と皆が思っていても答える。
「あのねー、試合で優勝したら里香ちゃんと璃莉ちゃんにチューしてもらえるんだよ!」
「……へぇ、初耳だな。」
「竜崎先生がお決めになった、いわば賞品だ。」
怖い。
ナチュラルに私の名前が省かれている、怖い。
そこまで私のチューは需要がないということか、クソ…!
いや、でも皆の前でチューとか本当に恥ずかしくて爆発してしまいかねない。
まだ璃莉ちゃんや、里香ちゃん…可愛い子からのチューなら
「あぁ〜、いいなぁ〜」みたいな感じになるかもしれないけど、
そこに私がログインするだけで「うわぁ〜…ご愁傷様…」みたいな雰囲気になったら
わ、私は一生立ち直れないぞ…!
未だに誰もジロちゃんの発言に突っ込みを入れないところを見ると
きっと…哀しいけどきっと、皆が欲しているのはあの2人のキッスだということなのね…!
わかっていました…わかりました、ババアは大人しく引っこんでいます…!
唯一やる気を見せてくれた切原氏の優しさは一生忘れないし、
あの発言だけで…私は満たされているよ、ありがとう…。
涙が出そうになるのを堪えながら、コートに向かおうとすると
「さんは?」
「……へ?」
「その賞品にさんは入っていないの?」
「………入りたかったのですが、希望者が少ないため除外されたのかと…」
「ダメっす、さん!そんなこと言ったら…」
「へぇ、じゃあさんも対象になるんだね。……もうこんな時間だ。行こうか、みんな。」
歩き出した幸村君にゾロゾロと付き従う皆。
…ん?何だろう、どういうことだろう。
私も、その合法キッス祭に参加させてもらう流れなのかな?
ぼーっと立ちつくしていると
こちらへ向き直った切原氏が走ってきた。
「もー…なんでさんバラしちゃうんスか!」
「え…ええー、何が?どう返事すればよかったの?」
「………さんが参加するって知ったら、幸村部長絶対負けないに決まってるじゃないスか。」
口を尖らせて、ヒソヒソと話す切原氏。
…女として、一応需要があったのかとホっと胸をなでおろす。
誰にも喜ばれない可能性も考えただけに、ちょっと…嬉しい。
しかし私が軽く言った一言で、璃莉ちゃんや里香ちゃんまで巻き込んでしまうなんて…。
最後の最後で、面倒なことになったなぁ。
合宿も残り半日。
色々あった合宿だったけど、まだ…一波乱ありそうな予感。