氷帝カンタータ





第29話 迷走ユートピア(10)





「この通り!この通りだからお願いします!」

「い…っ、嫌ですよ!なんですかそれ!」

「えー、私は先輩の頼みならもちろんOKですよ!」

「うう…っ、ありがとう里香ちゃん…!」

「私は嫌ですからね!そんな…キ、キスなんて絶対!」


竜崎先生の一言で嵐のような急展開を見せた合宿最後の練習。
Aチームと合同練習の為、マネージャーは3人で準備をしていた。
…最終日にして、この3人で行動出来るのは嬉しい…はずなのに。

私の勝手な行動の所為で、目の前に居る璃莉ちゃんは随分ご立腹。


「でも、アレですよねー。きっとキスとかって、ほっぺに軽くチュってやつでしょ?
 ビストロス○ップとかでもよくあるじゃん?大丈夫だよ、璃莉ちゃん。」

「相変わらず、恐ろしいぐらいに適応能力が高いね里香ちゃんは!」

「ヤ…ヤダよ、恥ずかしいじゃん。」

「それに、もしかしたら跡部さんにチューできるチャンスかもよ?」

「っ!!!そ…っ、そんなの…!」

「そ、そうだよ璃莉ちゃん!ほら見て、うちの忍足なんかアレ真剣に素振りしてるんだよ?
 今まであいつが試合前にあんな必死の形相で素振りしてるの見たことないよ?

「そうだよ!丸井先輩だって…ほら、超念入りに柔軟体操してる!あ、璃莉ちゃんの方見てるよ!?
 なんかウインクしてるよ!超楽しそう、丸井先輩!

「……っ!…もう…全部さんの所為ですからね!」

「ご、ごめんなさい!本当にごめん!ほら、いざというときはフォローするから…。」

「何ですかそれ。……まさか、さんは参加しないとか言うんじゃないですよね?」

「私だって参加したいよ!!でも…でも、需要があらへんねや!


突然叫んだ私にびっくりしたのか、一瞬璃莉ちゃんが固まる。
その後、噴き出すように笑い始めた璃莉ちゃんに、少しホっとした。


「え、何言ってるんですかさんも参加するんですよ?」

「里香ちゃん…、跡部に…あの独裁者に直々に止められてるんだ…。
 私が参加したら、勝ちたい試合にも勝てないから、腹痛を装って1人で自宅に帰れとまで言われてるんだよ…。

「…跡部さん、さんのチューは嫌なんだ。」

「うわ、璃莉ちゃん嬉しそう…!動機が捻くれてるけど超可愛い笑顔!

「でも、精市君があそこのベンチから真っ直ぐさんのこと見てますけど…
 この状況でさんが離脱するとか言ったら、たぶん鈍器で肋骨粉砕されると思いますよ。

「怖い!何その具体的な未来予想図!
いや…でも、…えー、どうすればいいの…。」

「知りませんよ、自分で撒いた種じゃないですか…。」


呆れてため息をつく璃莉ちゃんは、何とかこの状況を承諾してくれたようだった。
里香ちゃんに至っては、全く動じることもない。さすが幸村君の従兄妹なだけあって肝が据わってる。


ただ、今は目の前にある練習試合というメニューに向けて
マネージャーがすべきことをするだけだ。
ややこしいことを考えてても結局答えなんて出ないだろうから…流れに身を任せるしかない。



















「おい、越前!聞いたか?この練習試合…優勝したら"ご褒美"があるらしいぜ。」

「……なんで桃先輩が知ってるんスか。」

「噂で聞いたんだよ。お前も知ってたのか。」

「…………。」

「俺も聞いちゃった〜。優勝したら、マネージャーさん達にチューしてもらえるらしいよ!」

「……は?何それ。」

「何だ、おチビ知らにゃいの?竜崎先生が言ってたよん。」

「へぇ…。何だか面白そうだね。」

「意外!不二先輩もそういうの興味あるんスねー!」

「…まぁ、あの璃莉がどういう行動に出るのかは興味あるね。」

「あー、確かにー!あいつそんなこと普段絶対恥ずかしくてしそうにないもんねぇ。」












「…どうする、精市。」

「どうするも何も、全力でやるだけさ。」

「…幸村部長。俺、負けないッス!」

「…へぇ、申し訳ないけど赤也。俺は、負ける気が全くしないよ。」

「っ!や、やべぇッス、ブン太先輩!部長超怖い!」

「やめ…やめとけって赤也!あの幸村君の目は本気の目だぞ!ヤバイって!」


「うむ。何故急に宣戦布告をしたのかは知らんが、向上心を持つのは悪いことではないぞ。」

「おや。真田君、ご存じないのですか?」

「真田が知ってる訳ないじゃろ、知ってたら顔真っ赤にして怒っとる。」

「……なんだ?何を隠してる。」

「どうやら、竜崎先生の取り計らいでこのリーグに優勝した者には、マネージャーからのご褒美があるようですよ。」

「…ご褒美だと?」

「あいつらがチューしてくれるらしいぜよ。」

「なっ…なん…っ!」

「うわぁ、顔真っ赤じゃん真田。」

「ふ、ふざけるな!真剣な試合にそんな不純なものを賭けるなど…!」

「まぁまぁ、真田君。この試合は何も全国大会ではないのですよ、これぐらいのお遊びはあっても良いでしょう。」

「…とか何とか言って、真田副部長もちょっとテンションあがってんじゃないスか?」

「あっ…赤也、貴様!!!」















「あー、あかんわ想像するだけで可愛い。」

「何がだよ。」

「上目づかいで真っ赤になりながら俺にチューしてくれる璃莉ちゃんと里香ちゃんや。」

「うわ〜、超やらC〜顔してる〜。」

「っつかさ、賞品の基準はわかんねぇけどもしかしてその相手がにすり変わったらどうするよ。」

「……宍戸…、お前なんてこと言うんや。ヤバイ、想像したら悪寒ヤバイわ。

「…っち、胸糞悪いもん賭けやがって…。」

「まぁ、いいじゃん!上手くいけば、Aチームマネ2人のご褒美だろ?になった場合は拒否すればいいじゃん!

「そ…それはさすがに先輩が可哀想なんじゃ…」

「ほな、俺が勝ってご褒美がのチューやったら鳳に権利譲渡するわな。」

「あ、それは遠慮しときます。」








































「いいかい、あんた達!これが最後の練習だ。この長い期間頑張ってきた成果を見せてみな!
 重要なのは勝ち負けじゃないよ。どれだけ自分と向き合い、成長してきたかだ。」


コートの前に全員が整列し、静かに竜崎先生のお話しを聞く。
あぁ、この合宿もいよいよ最後かと思うと少し寂しくなる。

いつも一緒にいる氷帝のメンバーも、この合宿中は他校のライバルの刺激を受けて
随分必死に練習を頑張っていた気がする。本当に良い合宿だったんだと思う。

また機会があれば、こういう合宿があればいいな。
なんてぼんやり思っていると、急に竜崎先生の口調が変わった。


「…さて。もう知ってる奴もいるかと思うけど…、合宿最後のお祭りだ。
 戦いに優勝した奴には"ご褒美"を用意してるからね。精々頑張りな!」


そう言って豪快に笑う先生に、ざわつく皆。

明らかに赤面している璃莉ちゃんに、ニコニコと笑う里香ちゃん。

キャッキャと楽しそうなのは青学の英二君や桃ちゃん達。

これから戦地に赴くのかと思う程、神妙な顔をした立海の皆さん。

そして何故か私を睨み倒す氷帝陣。




こうして最終決戦の火ぶたが切って落とされた。










































「…賞品がつくといつも以上に必死だねぇ。」

「…面白い傾向ですね。」

「あんた達も罪な女だよ。ご褒美欲しさに男どもが真剣勝負だ。」

「いや…あの、なんていうか…ちょっと試合のレベルの高さに引いてます…けど。」


また豪快に笑う竜崎先生に、冷静に試合を見つめる榊先生。
珍しく榊先生も楽しそうな気がするのは見間違いだろうか。


あっという間にトーナメントは後半戦。


本気のAチームを前に、Bチームの子達は早くも敗戦してしまった。
ただ、試合が終わった後の皆はとても良い顔をしていて
合宿が始まった時より、随分成長したように感じられた。
負けた後も自分に失望する訳でもなく、ふてくされるわけでもなく、
皆が元気な声で対戦相手に「ありがとうございました!」と。それが何だか嬉しかった。

特に、ハギーと青学の乾君が試合をしていた時は
統率のとれたBチームの声援コールに、皆びっくりしていた。もちろんハギーも。
結果的にはハギーは惜敗した。

試合が終わった後、ハギーがBチームの皆に一言「ごめん」と呟いた。
私は、どう励ましていいのかわからずに居ると
1番前に立っていたカチローちゃんが一言。

「ハギー先輩の負けないって気持ちの強さ、カッコ良かったです!
 僕達、みんなハギー先輩と一緒に戦ってるんだって…ハギー先輩がいるから頑張れました!」


思わぬセリフに、うっかり涙を流してしまった私はもう年なのでしょうか。
合宿初日に倒れていた儚げな男の子が、こんなにも頼もしい言葉を言えるようになったなんて。

朗らかに笑う皆に、少し潤んでるように見えたハギーの瞳。

……竜崎先生が言ってた成長って、きっとこういうことだと思う。








すっかりBチームに感動していると、試合中のコートから歓声が響き渡った。
皆で急いでコートに駆け寄ると、そこには膝をついて倒れ込むぴよちゃんさま。

その先に立っていたのは、お師匠様だった。



これで、いよいよ最終決戦へコマを進める選手が決定した。

シングルスの決勝戦には、お師匠様・跡部・手塚君・幸村君
ダブルスの決勝戦には、忍足・佐藤コンビ、大石君、高田コンビが名を連ねていた。

特に目立っていたのは忍足のテンションだった。
普段の大会でも見たことないぐらい、なりふり構わない戦法だった。
一緒にコンビを組んでるBチームの佐藤氷帝の2年生。
普段の忍足を知っているからこそ、あまりの豹変ぶりに若干引いているようだった。


そして、シングルスのメンバーの顔触れがガチ過ぎてものすごく怖い。
そ…そりゃ、順当に勝ち進んできたのだろうけど
このメンバーの試合に「マネージャーのキッス★」なんていう
ふざけ倒した賞品なんかを絡めて良いのだろうか。なんか罰があたりそうだ。


その思いは一緒だったのか、隣で真剣にコートを見つめる璃莉ちゃんも
段々と青ざめていた。私はともかく、璃莉ちゃんは大目玉賞品なのだ、そうなるのも仕方ないと思う。



「それでは、シングルスの準決勝を始めます!!」

「ダブルス決勝戦、始めます!!」



コートに響き渡った審判の声。
全部員が注目する試合が始まった。









































「佐藤、お前……どつかれたいんか?」

「ひっ!す、すいません忍足先輩!」

「お前…璃莉ちゃんと里香ちゃんが、俺以外の男にキスしてる姿見る時の俺の切ない気持ちわかっとんのか!?」

「わかりません、すいません!!!」

「大人げないわね、あんた。別に佐藤だけのミスじゃないでしょ。」

「お前は黙っとけ、。俺はな、この試合に全部賭けとったんじゃ!」


私の胸倉を掴んで怒る忍足。

確かに試合の最後に返せるボールを何故か返さなかった佐藤はうっかり屋さんだ。
試合終了のコールがかかった瞬間の、忍足の夜叉のような表情が忘れられない。

でも、きっと佐藤にだって理由があるはずだと思って問いただすと
「すいません…急におし…お尻がかゆくなって…!」と泣きながら言っていた。
わかる。忍足が怒り狂う気持ちもわからなくない。

だけど納得いかない。私がテニスを語る資格を持ってないのもわかってるけど、
ダブルスなんだから、どちらか1人に責任を押し付けるのは違うと思う。

現に、大石君コンビの勝因は明らかに大石君のフォロー上手なところにあると思う。
決してパートナーを威嚇することなく励まし、そして褒めながら上手く試合をコントロールしていた。
高田(氷帝の2年生)も、緊張はしているものの大石君の一言一言に励まされていたようだった。


こうなったら仕方ない。
忍足の怒りをなんとかなだめて、この可哀想な佐藤を救ってあげる必要がある。
そうでもしないと、佐藤は今にも消えて無くなりそうなぐらい小さくなってしまっている。


「……璃莉ちゃん。」

「はい。……あ、あのー…忍足先輩。」

「…璃莉ちゃん、すまんな…。他の男に璃莉ちゃんを渡すつもりなんて…無かったんやけどな…。」


急に切なげな笑顔を浮かべ、髪の毛をかきあげる仕草をする忍足。
それ、カッコイイと思ってんのか知らないけど全然トキめかないから。
璃莉ちゃん若干引いてるからね。



「え、と…試合中の忍足先輩…とってもカッコよかったです。」



璃莉ちゃんの一言に、フリーズする忍足。
……時間にして約1分ぐらいだろうか。
やっと戻ってきた忍足の顔は満面の笑みで、満足気に佐藤の肩を叩いていた。
……単純な奴で良かったと思う。



































「ゲームセット、アンドマッチ、ゲームウォンバイ幸村」




ついに幸村君と手塚君の壮絶な戦いが幕を閉じた。

誰も声を発する事の出来ない沈黙の中響いた審判のコール。


こうして合宿最後の試合が終わった。





































「これで全てのメニューが終了だ。よく頑張ったね、あんた達。」


景色は夕暮れに変わっていた、
皆の前に立つ竜崎先生に長い影が伸びる。

先程の試合の直後だったからか、何となく皆放心していた。
それだけ、スゴイ、試合だったと思う。


しかし、さすがにこの雰囲気の中で竜崎先生が
「それではご褒美のキッス祭だよ〜!」だなんて言おうもんなら
きっと暴動が起こると思う。そんな…そんなレベルの試合ではなかった。

ただ、竜崎先生はそういう場面で敢えて空気を読まないことの多い人だから
ものすごくドキドキする。本当…マジで空気読んでください先生…!




「さて。皆、もうお待ちかねだろうね。」




一瞬で空気が変わったのがわかった。

まさか…まさか本気で言う気か、この先生は…!

どんな鉄のハートだよ!


















「だが、まだ早い。……まだ第2決戦が残ってるんだよ!!」












大声で宣言した竜崎先生。

放心する私達。

隣で1人乾いた拍手を送る榊先生。





「…第2…決戦?」

「これからまだ試合するってこと?」

「さすがにそれはないんじゃないですか?」



コソコソと話すマネージャー3人組。
それがバレたのか、ザワつく皆の中でビシっと竜崎先生に指を指されてしまった。


「マネージャー3人のご褒美…何も"このトーナメントに勝ったら貰える"、だなんて言ってないよ。
 優勝者と言ったはずさ。いいかい、戦いはまだ終わってない!」



高らかに叫んだ先生。
その瞬間、響き渡るような歓声が上がった。
祭の始まりを告げるような皆のテンションに
つい一緒に盛り上がってしまいそうになったけど、

考えた。




もしも。

もしもこの合法キッス祭に私が参加する運びになった場合。
今のトーナメント優勝者3人、幸村君・大石君・高田が対象者となるんだと思ってた。
この3人の中なら、幸いなことに氷帝の後輩がいる。高田だ。
正直、高田がいて良かったと思った。

だって高田ならチューをしても怒られないだろうから。
もしかして泣くかもしれないけど、それは1年遅く生まれてきた宿命だと思って
自分の中で気持ちを押し殺してもらえば済むことだ。

しかしどうだろう。

この戦いがまだ終わっていないということは、
もしかするとご褒美をもらえるメンバーに変更が出てきて
例えば、跡部・忍足・がっくんになったらどうしよう。

絶対、全身で拒否されるに違いない!
そして他校の皆に晒されながら恥ずかしめを受けるに違いない!

それだけは避けたい。
私だって女としてのプライドがある。
でも、さすがにこの2人と並んで、自分の需要があるとは思えない。
それに、例えば相手が大石君になったりした場合。
きっと優しい彼のことだろうから、苦笑いで私の接吻を受け流してくれるだろう。
だけど、本心では「なんで勝ったのにこんな罰ゲーム受けなきゃいけないんだ、マジファック」とか
思ってるかもしれない。やだ、そう考えると大石君が何か怖い子に見えてきた。

…取り合えず落ち着こう。












































「それでは第2決戦を始めさせていただきます。」

「っていうかそもそもどういう決戦なんスか、柳せんぱーい。」

「それを今から説明する。」


合宿所での最後の食事は、ホリーの言ってた通り焼き肉だった。
今までの頑張りをお互いに労いながら食べるお肉は最高に美味しかった。
それに場所も、今までの食堂じゃない。
お座敷の広い広い宴会場だった。


そして食事も終盤に差し掛かった頃。
宴会場の正面に設置された舞台に上がってきたのは
青学の乾君と、立海の柳君だった。

その途端宴会場に流れ始めた、三味線のような音楽。
何だろう、今から2人で漫談でも始めんのかと思ったら
いよいよ謎に包まれた第2決戦が始まるらしかった。


同じテーブルで焼き肉を食べていた、青学癒し隊3人組にハギー。
まだ自分にもチャンスはあると知った癒し隊達は
目をキラキラさせて舞台上の2人を見つめていた。




「ルールは簡単だ。俺達が作った問題に○か×かで答えてもらう。」

「この宴会場の真ん中に赤いテープを引いておいた。左側が○、右側が×だ。」

「最後まで残った1人が勝者、問題は無限に用意してあるから心配するな。」

「先程の第1戦目のトーナメント優勝者の3人には、1問だけパスできる権利が与えられる。」

「ルールは以上。質問のある者はいるか?」


ざわつく宴会場。
そしてパラパラと質問が出てきた。



「勝者が1人ってことは、賞品は独り占めできるってことッスか?」

「そうだ。…ああ、重要なことを忘れていた。今回の第2決戦だが、賞品である
 マネージャー3人組も戦いに参加してもらう。」

「え…!?そうなの?」


つい声に出してしまったが、そんなことは全く聞いてなかった。
斜め前のテーブルにいた璃莉ちゃんと里香ちゃんも、顔を見合わせている。


「もしも、マネージャーが優勝することがあれば今回のご褒美は必然的に無しとなる。」

「そして、マネージャーへの賞品は、選手からのキスだ。」

「マネージャーから1人指名してもらう。」














盛 り 上 が っ て ま い り ま し た












「うぉっふぉん、すみません私からも質問を1つよろしいでしょうか。」

「何だ、。」

「指名した相手は絶対に拒否してはならないという条件も付け加えていただけますか?」

「何必死になってんだよ、!こえーよ!」


「やかましい!こういうのはね、最初にきっちりルールを決めておかないとグダグダになるんだからね!」


青ざめるがっくんに、ビシっと忠告をすると
大笑いを始めた竜崎先生。


「あーっはっはは!確かにそうだねぇ、いいだろう。それも条件に加えよう。」

「あざまっす!!自分頑張りまっす!」

「……っていうか、竜崎先生完全に酔っぱらってるよねアレ。」


呆れた顔のハギーに対して、私は俄然やる気に満ちていた。
合法も合法。こんな千載一遇のチャンス、逃してなるもんですか…!!














全員で食事の片づけが終わった後。
テーブルも片づけられた宴会場は随分広くなった。
いよいよ第2決戦が始まる。


負けてなるものか、と奮起していると
スっと隣に近づいてきたのは幸村君だった。


「やる気みたいだね、さん。」

「あ、幸村君。もちろんだよ!こんなチャンス生きてる間にあと1回あるかないかだからね!」

「…そうだ、忘れてるみたいだから言っておくけど」

「え?」

「俺が勝ったら賞品は君だ。…言ったよね、その条件なら」

「……。」

「絶対勝つって、ね。」


コソっと耳打ちをした幸村君に、ゾクっと鳥肌がたつ。
と、同時に全身の血のめぐりが急に早くなった気がする。


「…な、なななな…う、っわあ!」

「…何してんの、。」


幸村君の発言に赤くなる頬を抑えていると、急に腕を引っ張られた。
倒れそうになる私を抱きとめていたのは、お師匠様だった。



「…ぼうや、君はさっき負けたんだったよね。」

「関係ないッス。これが本戦みたいだし。」


ニヤりと生意気な顔で笑うお師匠様に、
感情の見えない笑顔で応戦する幸村君。











「……何だよ、アレ。」

「アホやなあいつら。まさかとは思うけどからのご褒美が欲しいんちゃうん?」

「……何か、先輩も満更でもなさそうですね。」

「むー!ちゃんは渡さないC!ね、跡部!」

「心底どうでもいい。」





本当の最終決戦が始まった。











































「では第18問。立海のジャッカルは一人っ子である。○か、×か。」


18問目。
人数は最初の半分以下に減っていた。

人数が減ってきた辺りから増え始めたパーソナル問題。
こ…こんな問題は卑怯じゃありませんか…!

私は、なんとか今まで生き残っている。

まわりを見渡すと、知っている顔もちらほら。

ただ、今問題にされたジャッカル君は既に脱落していて、
観戦をしていた。……なるほど、脱落した選手のパーソナル問題なら
本人のサービス問題になることもない…ね。



しかし、制限時間が迫っていた。
…ジャッカル君か。確かに兄弟が多そうだ。
見た目的にはたくさんの家族に囲まれて幸せな時間を過ごしていそうだけど、
だけど…あの柳君と乾君がそんな安直な問題を出すだろうか?










「正解は…○。」





淡々と発表する乾君の声に、歓声があがる。
なんと、人数はさらに半分に減った。
残された人数は私を含めて10人。

里香ちゃん、璃莉ちゃんは既に敗退しているので
ここで私が敗退したらマネージャーからのご褒美は確定してしまう。

だけど私だって負ける気はない。

フと隣を見ると、私と同じように必死になっている忍足がいた。
氷帝ではあと残っているのは跡部に…、ちょた。

立海のメンバーは、切原氏に幸村君に仁王君だ。見事にレギュラーばっかりだな。

そして、残るはお師匠様に不二君、そして大石君だった。





不二君。




手の届かない、私の心の王子様。





そんな王子様に、無理矢理でもなんでもお近づきになれたら

…少し考えて、火照る頬を抑えた。



「…気色悪い顔してんじゃねぇぞ。」

「……あんたこそ、ご褒美が楽しみでしかたないって顔してるけど。」

「馬鹿か。てめぇの薄汚ねぇ欲望を阻止するためにわざわざこんな茶番に参加してやってんだ。」

「うす…薄汚いって何よ!乙女の純情をどんな表現してんのよ!」

「…。」

「な、何?」

「……いいか、よく聞け。誰にだって人権はあるんだ。

「それ遠まわしに私が誰かを指名するのは人権侵害だって言ってる?」






「では、第19問。青学の乾のタイプの女性は…年下の女性である。○か×か。」


「んだよ、その問題!!知る訳ねぇじゃん!」

「ギャハハハ!超興味ねぇー!」


いよいよ曖昧な問題になってきた。
爆笑に包まれる宴会場。だけど、私にとっては真剣な場面だった。

考えろ…。
乾君が…乾君がもし年下の女性が好みだったら…。

それはもう、画的に犯罪だなって。

一瞬、問題に困惑したけど冷静に考えると
この年頃の男子が年下を好きって、相当ヤバイと思う。だって小学生だよ。

迷わず「×」のエリアに走ると、
その瞬間。正解が発表された。



「正解は…貞治。」

「あぁ、もちろん×だ。」
















「いよいよ、残りは4人か。」

「氷帝の跡部に…、そして立海の幸村に青学の越前。」


自分でも驚くぐらいとんとん拍子に話が進んでいる。
これもきっと神様が私を勝利へと導いてくれているのだろう。
この合宿中に健気に頑張った私にも、ご褒美を与えようとしてくれているのだろう…!

待っててね、不二君。

私の妄想は膨らむばかりで、あの綺麗な顔が近づいてくる
と考えただけで何度もニヤけてしまうのだった。


だけど、そんなに簡単に想いが実るはずもなく。



「最後はジャンケン勝負だ。」



あっさりと宣言された競技変更に、驚きの声が響く。
ジャンケン…ジャンケンって…!!!


「仕方ないだろう。この人数での○×ゲームは非常に効率が悪い。」

「さぁ、最終決戦だ。」

「早くしなー、ガキども!もう私は眠いんだよ!」


完全に酔っぱらった竜崎先生の声に
しぶしぶ腕を挙げる私達。

……っく…勝利の女神さま…どうか…!どうか私に微笑んでください…!





「「「「「ジャンッ!!」」」」」


「「「「「ケンッ!!」」」」」」



異常なテンションに包まれて、
皆の声が一体となった。



「「「「「ポンッ!!」」」」」








































「あー、マジで面白かったなー。」

「璃莉ちゃんと里香ちゃんが、結果的に守れてよかったわほんま。」

「…優勝したのにあんな災難が振りかかるなんて…ちょっと同情しちゃいますね。」

「ふわーぁ、もう眠ぃ。早く寝ようぜー。」








「おチビ、惜しかったにゃー!あとちょっとで…ぷくくっ!」

「………マジで助かったッス。」

「でも大丈夫かな、顔は笑顔だったけど…随分青ざめてた気がするよ。」

「そりゃ青ざめるっしょ!……ぶふっ、でもやっぱり思いだすと面白いッスね!」








「………おい、赤也行って来いよ。」

「無理無理無理無理!!今、話しかけたらヤバイッスよ、絶対!!」

「…ここは、真田。頼むぜよ。」

「む…。ど、どう声をかければいいんだ。」

「あー…まぁ、なんか元気出せよ、とかでいいんじゃないッスか?」

「……よし。」










「あー…、その…幸村。」

「……何?真田。」

「ま…まぁ、何だ。元気を出さんか。」

「…………。」

「その…良かったではないか、貴重な体験が出来て。」

「………ん?」

「…ひ…久しぶりに笑えたぞ!礼を言う。」









「ダメだ!に、逃げろ真田!!」

「ヤバイヤバイヤバイ!幸村部長めっちゃ笑ってる!怖い怖い怖い!

「…サラバ、真田。お前は良い奴だったナリ。」


「ちょっ…待て!お前たち!」




「……ねぇ、真田。そんなに楽しい?何が楽しいのか教えて欲しいな、俺にも。」


















ジャンケン大会は一発で勝敗が決まった。
1人で勝ったのは幸村君だった。

やっぱり、幸村君って神の子なんだって思う。

当然のように微笑む幸村君と目が合って、ちょっと背筋が震えた。
大歓声に包まれて終焉を迎えた第2戦目。
結局、第1戦も第2戦も優勝したのは幸村君だった。


文句なしの優勝者に、いよいよ賞品が贈られる。
乾君と柳君に壇上に呼ばれ、恐る恐る歩を進める璃莉ちゃんに
楽しげに拍手しながら幸村君に近寄る里香ちゃん。


そして撃沈し、項垂れる私も舞台に引きずりあげられた。


2人の司会の元、いよいよその瞬間が訪れた。


さすがに恥ずかしくて、中々一歩を踏み出せない私達。
幸村君は少し腰をかがめて、いつでもウェルカム状態だった。
これが…これが衆人監視の元でなければ、涎が垂れそうなぐらいの好シチュエーション。
だけど…なんか恥ずかしいな…なんて思っていると



「モタモタすんじゃないよ、あんた達!仕方ないねぇ〜、退きな!」



いつの間にか、すぐ後ろにいた竜崎先生。
真っ赤な顔の先生が、おもむろに幸村君の頭を掴み




ブチュゥ





音が聞こえるほどの勢いで幸村君の頬に口づけたのだ。



固まる私達。

笑顔を崩さない幸村君。


豪快に笑いながらその場を立ち去る竜崎先生。





「……それでは、これにてドキッ★あの子のキッスをもらわnightを終了といたします。」




あくまで淡々と進行する柳君と乾君に
ついに、会場内は爆笑に包まれた。

笑顔のまま立ちつくす幸村君に、さすがに私も笑ってしまった。











































「え…、幸村君何してんの?」

「……やぁ、さん。」



深夜。

何となく楽しい興奮が収まらない私は、寝付けなかった。
明日はもう帰るだけだから、と思って少し外に出てみようと
いつかの星がよく見える場所へと向かっていた。


誰もいないと思っていたもんだから、
ちょっと本気で心臓が縮むかと思った。


相変わらず読めない笑顔で、ベンチに座る幸村君。
…なんとなく、さっきの大事件が脳裏に過ってしまって笑いそうになったけど、
そんなことを見抜かれたら間違いなく脳天をぶちぬかれるだろうと思ったので
頑張ってこらえた。

隣に座って星を眺めてみると、やっぱり吸い込まれそうに綺麗だった。



「…終わっちゃったね、合宿。」

「…そうだね。」

「最初は長いなーって思ってたけど…終わってみるとあっという間だった気がする。」

「…うん。」

「なんか寂しいなぁ。」

「………。」

「…幸村君?」

「…ん?」


何だか口数が少ない幸村君を見てみると、
いつもと変わらぬ笑顔。…だけど、心なしか…



「…もしかして、幸村君も寂しいの?」

「…あぁ、そうなのかな。」


フフっと声を漏らした幸村君。
…何だろう。この違和感は。


「……も、もしかして…ゴメン。五月蝿かったよね。」


1人で何か考えてたのかもしれない。
何も言わずに隣に座って、ペラペラとしゃべってたけど…
何となく心ここにあらずな返事を繰り返す幸村君に早く気付くべきだった。

急に恥ずかしくなって、立ちあがると

腕を掴まれた。



「え……。」

「…もうちょっとさんと…いたいな。」

「へ……!」


ニコっと微笑んでくれた神様の笑顔に、一瞬で目が覚める。

…っく…美しい…!

自然と、もう一度ベンチに腰をかけると
ゆっくりと腕を解放してくれた。


「…はぁ……。」

「ね、ねぇどうしたの幸村君…?何か…悩みごと?」

「……いや、違うんだ。」

「……じゃあ、どこか苦しいの?」

「………さっきのさ。」

「……え?」

「さっきのゲーム。」

「ぶふっ!あ!ごっ!ごめんなさい、違うの笑ったんじゃなくてちょっと咳が…」

「…フフ、いいよ。あの時見てたからね、さんが笑い転げて床を叩きながら涙流してたところ。」




超見られてる。




そこまで笑ってた私が悪いんですが…

何かあの時の雰囲気に呑まれちゃって、その…

頭でグルグルと生成される言い訳は
上手く言葉にならなくて。


あたふたと腕を動かしていると、フっと幸村君が笑った。



「…自分でも不思議でね。」

「…え…何が?」

「別に…、ああいう結末になっても皆が楽しければいいんだと思う。」

「……。」



幸村君の口から飛び出した思わぬ言葉に、少し息が詰まる。
……絶対、腸が煮えくりかえってるかと思ったのに…大人なんだ、幸村君。



「……でも。」

「…うん。」

「自分でも思ってた以上に…残念だったみたい。期待してたんだ、可笑しいでしょ。」

「………え…、あ、あの…そ、そっか!里香ちゃんや璃莉ちゃんだもんね!そりゃ残念だよね…!」

「……本当に、そう思う?」



優しく微笑む幸村君と目が合って、いよいよ私の心臓は止まりそうだった。
……視線が逸らせない。お風呂、入ったのに変な汗が出てくる。


「えー…と…、あの…。」

さん。」

「はい!!」

「……合宿。楽しかったよ、ありがとう。」

「……うん、私も楽しかった。こちらこそ、ありがとう。」



力なく微笑む幸村君。

…それだけ竜崎先生の破壊力は絶大だったのだろうか。
何となく心が落ち着かないまま、固まっていると
幸村君が腰を上げた。



「…さぁ、そろそろ戻ろうか。」



今日の第2戦目が始まる前に言われた言葉。
幸村君の楽しそうな顔がフラッシュバックする。


………本当に、これは私の妄想かもしれない。


乙女ゲームをやりすぎて思考回路がぶっ壊れてるのかもしれない。








「……あっ…あ、あああの…幸村君。」

「…どうしたの?」

「……その……もし、もし間違ってたらその時はゴメン。」

「…ん?」

「もしも違ったら…これから起こる出来事は…仏の心でお許しください。訴訟は勘弁してください。」

「何言ってるの、さん?」

「……ふぅ…!よっ…よし!」


バチンッと自分の頬を思いっきり叩く私を見て、
ますます首をかしげる幸村君。



…目標をセンターに入れて…スイッチ。

……目標をセンターに入れて…スイッチ…!!


エヴァンゲリオンに乗るチルドレンになった気持ちで
目標物までの射程距離を測る私。今、かなり目つきがすごいことになってると思う。



「…よし!…ゴメン、幸村君!」

「あ、ちょっと待って携帯が「あっ!!」










































「………え…と、…」

「っっ!ご…ごごごごっごめっ…ちがっ…あの、違うの!」

「………。」

「そのっ!あの、もしかしてって思って…ご褒美…でもほっぺにするつもりで…!!そんな、唇…いや、これは事故で…!」

「…………。」

「ほっ、ほん…本当にごめんなさいいいいいい!うわあああああん!!

「あ……っ、ちょ…」



最悪だ最悪だ最悪だ


これは絶対訴訟になる、もうダメだ、私の短い人生はここでジ・エンド。

あの…あの幸村君に…幸村君の唇を…

そこまで考えて、恥ずかしさと恐怖で涙が出てきた。



もしかして、幸村君ががっかりした理由は…
おこがましくも自分の"ご褒美"が原因かも、だなんて思ったから
きっと罰が当たったんだ。おごり高ぶった罰だ。


穴があったら入りたい
でも私が入れられるところはきっとブタ箱です本当にありがとうございました!!



そんなことを思いながら一心不乱に走っていると、
肩をぐいっと引っ張られた。



「…っ、さん…。」

「ごめっごめんなさい…!違うの、あの…何で追いかけてくるの…」

「っ結構……早いね、走るの…。」

「…も…っもしかして通報…

「…ふっ…ふふ、何言ってるの…。」

「だって…ごめんなさい…。」

「……ねぇ、さん。俺の顔、見て?」

「っ…」



きっと軽蔑した目で見られると、そう思っていたら

そこに居た幸村君は、夜の暗闇でも分かるほどに真っ赤だった。



「……結構、その、大胆なことするんだね。」

「ちがっ!ほ、本当に…あの、違くないけど…もっとあの…うっ…ポップな感じのほっぺにチュっていうのを…ひっく…」

「なんで泣いてるの?…嬉しかったよ。元気づけようとしてくれたんでしょ。」

「……結果的に…絶望の淵に叩きのめすことになってしまって…ごめ、んね。」

「………本当に…さんってよくわからないね。」



自分のやってしまったことの凶悪性に、耐えきれず泣きじゃくる私の手を、

ケラケラと笑う幸村君がそっと握りしめた。


何故かツボにハマった様子の幸村君に手を引かれ、合宿所への道を歩く。

恥ずかし過ぎて顔は見れないけれど、その声が、さっきよりも楽しそうだったのが唯一の救いだった。