氷帝カンタータ
第29話 迷走ユートピア(11)
Ya○oo知恵袋
神の意志に背き、あろうことか神に粗相を犯してしまった人間は最終的にどうなりますか?
こんにちは。私は中学3年生なのですが、先日とあるきっかけで
友人が、神様のような方に誤ってとんでもない破廉恥行為を仕出かしたそうです。
この場合、友人はどうなりますか?やはり何か天罰が下るのでしょうか?
友人は気を病んで既に虫の息です。お手数ですが、早めのご回答をいただければ幸いです。
kamikkoさんからの回答
神に背く行為が許されるはずがありません。
神の制裁と言えば、地獄です。
地獄で悪い心を滅尽するためには非常に多くの時間がかかるため、
地獄の寿命は千年以上も苦しまなければならないようです。
「おい。おいって、!さっきから何携帯ばっか見てんだよ。」
「……っ……ど…っ、どうしよう……どうしようどうしよう…!」
「なんやねん、朝っぱらからボーっとして…。」
「そうだよー、ちゃん。今日で合宿終わりなんだよ?」
「…………。」
朝。
昨日のアレは夢かと思ったけれど、布団の横に乱暴に投げ捨てたパーカーを見て
それが夢じゃなかったと確信した。………ゆき…幸村君に……
そこまで考えて、朝の5時から目が覚めてしまった私は
段々と怖くなってきた。もし幸村君が、怒ってたら…どうしよう。
昨日は、一時的なショックでその重大さがわからなかっただけで
朝起きてみると「…よく考えると昨日…あいつ…俺に何した…?」みたいな感じで
冷静に怒りを覚えられたらどうしよう…。
交通事故なんかでも、事故にあった瞬間には驚きの方が勝って
身体の痛みがわからないって聞いた。
あとからじわじわ痛みが出てくるから、その時大丈夫だと思っても
きちんと病院に行かなきゃいけません、って。そう習った。
今回の件を事故に当てはめるなら、今頃の時間に
きっと幸村君にその痛みの症状が出始める頃だと思う。
焦って、かといって誰かに話す訳にもいかず、
どうしようかと思っているところに、携帯が目に入った。
………使ってみるか、アレを…。
そうして、例の知恵袋サイトに投稿を終えた瞬間
ドンドンドンっとけたたましく部屋のドアが鳴った。
恐る恐る開けてみると、そこにいたのはがっくんに宍戸。
……もう朝ご飯の時間だったんだ。
青ざめる私を見て、少しだけ心配してくれた2人に
なんでもない、と告げて朝食会場へと向かった。
「……先輩?もしかして、調子悪いんですか?」
「……ううん…ち、違うの。」
「じゃあ何なんですか。そんなあからさまに落ち込んでると気になるじゃないですか。」
目の前に座るちょたとぴよちゃんさまが、味噌汁をすすりながら心配してくれる。
……ダメだ。ちゃんと勘付かれないようにしないといけないのに、
さっきから心臓の動きが高速エイトビートを刻んでいる。
「………。」
「………おい。」
「…………。」
ゴチッ
「いでっ!!い…いったいわね、何すんのよ!」
「飯ぐらい普通に食え。」
携帯の画面を見たまま動かない私に、隣に座っていた跡部は容赦なく拳骨をお見舞いする。
その余りのガチな痛さに、普段なら即開戦状態だけど
そんな目の前の出来事より、心の中にある不安の方が勝ってしまって、
でも殴られた頭は痛いし、何か言いたいのに言葉も出なくて、
「……っ……う…っ……。」
「わ!ど、どうしたんですか、先輩!?」
「ごめっ…なっ…なんでもな……う…。」
「そ……そんなに痛かったのかよ、跡部の拳骨。」
「……………………別にいつも通り殴っただけだ。」
「…なんか…ほんま、どうしてん。」
「こんなことで泣くとか…、え…、何だよ本当にどっか痛いのか?」
「ご…ごめん!!ごめん、本当になんでもないの!嘘!嘘泣きだから、ごめん!」
じんわり浮かんだ涙を強引に拭うと、目の前の皆は
まだ半信半疑で。跡部がちょっと気まずそうにしているのが居た堪れなくて
私はすぐに席を立った。……最悪だ、皆に心配をかけた上に
もしこの真相がバレてしまったら、……さらに怒られる気がする。
くだらないことで心配させるなって。
食堂から走り去る際に、入口から入ってくる立海軍団とすれ違い
いよいよ心臓が止まりそうになる。
1番後ろで柳君と一緒に歩いていた幸村君。
気軽におはようの声をかけてくれる切原氏や丸井君に返事もせずに
走り抜けた。目線さえ合わせられなくなってしまった。
「………なんだー?今のだよな?」
「間違いなくさんっしょ。…なんか急いでたんスかね?」
・
・
・
「さぁ、皆そろったね。いただきます。」
「「「「いただきまーす」」」」
「……なんか、幸村部長昨日から一転してご機嫌じゃないッスか?」
「…じゃな。」
「まぁ、良かったじゃん。俺、朝迎えるの怖かったし。もし幸村君が怒ってたら…って考えると。」
最後の朝食を楽しむ立海のメンバーは、
部長である幸村のテンションの変化に気付いていた。
昨晩、今から数えてたった数時間前までは
近づくのも話しかけるのも憚られる程の負のオーラを背負っていたのに
今日の朝はやけにスッキりした笑顔で、むしろいつもより機嫌が良いようにさえ感じられた。
コソコソと話す3人に構うこともなく、楽しそうに柳と談笑を交わす幸村に
ホっと胸をなでおろしていると、
急に机を強く叩きつける音が響いた。
「…………跡部、おはよう。」
「お前ら…に何した。」
「……何の事?」
「とぼけんなよ。お前らがまたに何か嫌なこと言ったんだろ!!」
「岳人、ちょっと声大きいで。」
朝食中の立海メンバーをぐるっと取り囲むように揃った氷帝のメンバー。
一様に表情は暗く、怒りをはらんでいる。
いきなり来て、いきなり机を叩かれて、よくわからない疑いをかけられた立海。
幸村は至って落ち着いていたが、誰もが突如としてかけられた疑惑に寛容な訳ではなかった。
「何なんスか?いきなり。っつか知らねぇし。」
「…きちんと説明をしろ。我々には心当たりがない。」
既に臨戦態勢で立ちあがろうとする切原を、柳生が止める。
箸を止めて、跡部に向き合う真田に、鳳が説明を始めた。
「…今日の朝ご飯の時…先輩、明らかに元気がなかったんです。
ずっと携帯を見て心ここにあらずで…。それを見兼ねた跡部さんが
先輩に思いっきり拳骨をしたら……先輩が……。」
「……泣きだしたんだよ。」
「………え、ゴメン俺の理解力がないのかな?」
「いえ、丸井君の言いたいことはわかりますよ。」
「…………その話の流れで、何で俺達が疑われるんスか。」
「だって!ちゃんが泣いてたんだよ!?」
「いやいやいや…、それ…普通に跡部の拳骨が痛かったからじゃねぇの?」
「ジャッカル、お前なんもわかってへんわ。が跡部に拳骨食らわされた時のリアクションは1パターンだけや。」
「激昂して跡部さんに反撃する、だけです。それ以外の反応は見たことありません。」
あまりに噛み合わない話に、箸を止めポカンと口を開けるしかない立海のメンバー。
その中で唯一、何かを含んだような笑顔で落ち着いている幸村。
「……へぇ。さん、気にしてるんだ。」
「やっぱり…に何か言ったのかよ。」
「…フフ、言ったというかまぁ…何か"した"ことになるのかな?」
言い終わる瞬間、誰よりも早く動いたのは跡部だった。
「…っちょ…!跡部さん、ぼ、暴力はダメです!」
「…てめぇ…、黙って見過ごしてやってたら調子に乗りやがって…。」
「……ほら、跡部。ちょっと待ちぃや。」
幸村の胸倉を掴み、睨みあいを続ける両校部長。
朝の食堂が静まり返る。いつの間にかギャラリーも、その行方を見守っていた。
忍足の仲裁が入ると、舌打ちをしながらその場を離れようとする跡部。
幸村と喧嘩をしようとする人物に出会ったことがなかったためか、
息をのんで目を見開く立海メンバー。1人、余裕の表情を浮かべる幸村。
「……待ちなよ、跡部。」
「………。」
「…ここじゃちょっと話せないから…、そうだなラウンジで待ち合わせしよう。」
「………事と次第によっては…覚悟しとけよ。」
「わぁ、怖い。」
・
・
・
「はぁ……」
大きなため息をつきながら、荷物をバッグに詰め込む。
随分お世話になったこのお部屋ともついにお別れかぁ…。
最初は…最初は、璃莉ちゃんや里香ちゃんとの薔薇色合宿生活が約束されていたというのに、
あいつらのおかげで、私はずっと1人で…っくそ…!
しかし、まぁ、お風呂なんかは一緒に行けたし…
それに、最初はツンツンだった璃莉ちゃんも、一緒にお風呂で背中流させてくれるぐらいの仲にはなったし…
璃莉ちゃんの背中を流そうとする私の呼吸があまりにも荒くて、ビンタされたのも良い想い出だと思う。
里香ちゃんとも随分仲が深まったことだし…。
そう考えると、色々あったけどこの合宿は本当に楽しかったなぁ。
最後の…最後のあの粗相さえなければ、スッキリとした気分で合宿を終えることが出来たんだけど。
「……フフ。」
「…何一人で笑ってるの?」
「へ?!え、お師匠様!?なんで!?」
「鍵。開いてたけど。」
いつの間にか玄関に、大きな荷物を背負って立つお師匠様。
私がまだ荷物を詰め込んでいるところを見て、呆れ顔で部屋に上がってきた。
「なんで昨日のうちに用意しとかないの?」
「いや…ちょっと…夜しようと思ってたんだけど、色々あって…。」
そこで、先程まで一瞬忘れかけていた出来事を思い出す。
一気に何かがこみ上げて来て、またもや私の顔色は変化を繰り返す。
「…ねぇ、。」
「え…え?なにかなー?」
「…何か嫌なことあったの?」
「へ!?」
「……だって。ボーっとしてる。服も反対だし。」
慌てて首元を確認すると、確かにタグがあった。
う…うわ、恥ずかし過ぎる…!
お師匠様がそんな私を真顔で見つめてくるもんだから、体温はさらに上がる。
「ほら、早く。」
「…え?」
「…話さないの?待ってるんだけど。」
「…………。」
窓際の椅子に腰かけて、ジュースをごくごくと飲むお師匠様。
外の景色を眺めながら、何気なく声をかけてくれているのが
お師匠様なりの心配の方法なんだな、と思うと少し嬉しかった。
「…そ、そのさー…ちょっと…何ていうんだろう。これは…その、友達の話なんだけどー…。」
「うん。」
「あ、あくまで私は関係ないんだけどね!?ちょ、ちょっと聞いてみたいことがあって。」
「うん。」
「…お師匠様も男の子だし、き…聞くけど…、あのー…さ。」
「……うん。」
「…突然、友達にちゅ…チューされたら…どう思う?」
「…誰にされたの?」
「いやいやいやいや!え?違うよ、ただのアンケート!政治的調査だから!」
「………ちゃんと答えて。誰かに無理矢理されたの?」
椅子から立ち上がり、ゆらりとこちらへ向き直ったお師匠様の顔は
いつもの可愛い表情ではなかった。
何故か脳内で、私の話ということに変換しちゃってるみたいだし
いや、実際そうなんだけど、アレ、いや、でも違うな…
「む…無理矢理しちゃった側だから大変なんだよ…!このままじゃ私…絶対に氷帝諮問委員会にかけられて
間違いなく有罪になって…!お母さんを学校に召喚されて…さらに痴女としての十字架を背負いながら
学園生活を送ることになって……あ…あ、えっと私じゃなくてその!友達がね!」
「…………。」
「でも、ここから巻き返すには…何か出来ることがあるかなって…焼き土下座とかさ…そういうアドバイスが欲しくて…」
「……。」
「……ごめん。お師匠様だってまだ1年生なのにそんなことわからないよね。ゴメンね、変な話して。」
無言で何かを考えている様子のお師匠様だったけど、
良く考えるとこの子だって、まだ数年前まで小学生だったんだから。
なんとなく、お師匠様なら他校の人間だし打ち明けても良いかと思ってしまったけど
自分の心の負担が少し軽くなるだけで、解決には繋がらない。
……とにかく、出発まであと少し。この荷物をまとめることに集中しなければと、
服をせっせと畳んでいると、先程まで無視を決め込んでいたお師匠様が動いた。
「ねぇ、。」
「ん?ちょっと待ってね、すぐ詰めるか……ら……?」
可愛いクルクルの目で、私を見つめるお師匠様。
必要以上に近づいたその距離に、少し後ずさりしようと思うものの
しっかりと掴まれた手首に、異変を感じとった。
「………ん?」
「…上書きしてあげる。」
「何が!?なんで急にシステム関係の話!?上書き保存?」
「……あのさ。」
「いや、ちょっと…ど、どうしたお師匠様。と…りあえず離れ…」
「今、結構ムカついてるから黙って。」
先程の話しのどのあたりがお師匠様の逆鱗に触れたのかわからないけど
この距離はマズイ。レベル的にはマサラタウンを出てすぐの草むらで出会う
コラッタぐらいの女子レベルしか持ち合わせていない私に、この状況はマズイ。
経験値が足りなさ過ぎて色々勘違いをしてしまいそう。
「…っちょ…」
いつもより威圧感のある声で黙れと言われれば、黙るしかない。
しかし、みるみる近づいてくるお師匠様の顔に、どうしようかと思っていると
バンッ
「え?!」
「………てめぇ…。」
「いっ、いや違うの!これは何かの間違いで、決して犯罪的な無理強いはしてなくて…!」
勢いよく開いた扉の外には、勢揃いした氷帝の仲間たち。
その先頭に立つ跡部と目が合うと、思いっきり顔をしかめたもんだから
今までの経験的に「マズイ、これは館内中を引きずりまわされてブレーンバスターでフィニッシュコースだ」
と悟った私は、必死に身を守りながら言い訳をしてみる。
脊髄反射的に言い訳がポンポンと口をついて出てくるのは、我ながら天晴れだと思う。
様々なピンチを潜り抜けてきたからこその、この見事なまでの言い訳。
しかし、そんな言い訳も耳に入っていない様子で
ずんずんと部屋の中に侵攻してくる氷帝軍。
「す…すいませんでした!独占スクープ!氷帝のアイドル★お泊まり愛とかではないんです、マジで!!」
こうなってしまったら、最後の手段。平謝り。
頭を下げてその場に座り込む私に、いつ物理的暴力が繰り出されるかと
ビクビクしていると、足音は私の横を通り過ぎていった。
「……今、に何してた。」
「……別に。」
「え…、ちょ…ちょっと跡部何してんの?!」
後ろを振り向くと、お師匠様の胸倉を掴む跡部。
その身長差からか、ほとんどお師匠様は浮いてていよいよ頭が混乱する。
「や…やめなって!」
「…。」
「…な、何…?」
「…早く準備しろ。行くぞ。」
冷たい目で私を見る跡部が、やっとお師匠様を離したと思ったら
次は私の腕を掴み、部屋の中から引っ張り出された。
荷物が…と戻ろうとしたけど、部屋の中で既にハギーやちょたが準備をしてくれていて
がっくんやジロちゃんに、ぐいぐいと背中を押されてあっという間に部屋は遠のいた。
まるで警察に連行される犯人みたいだな、と思いながらも
何故か皆の雰囲気は冗談を言えるような感じでもなく…。
おかしい。
あの流れなら、まず私が制裁を加えられる場面だったはずなのに
一直線にお師匠様に向かっていったのは……なんだ?
・
・
・
「お疲れ様。これで合同合宿は終了だ。それぞれ、今回の合宿で得た経験や課題を忘れずに
さらなる高みを目指して、頑張るんだよ。」
「「「「はい!!」」」」
大きな荷物を持って集まったテニスコート。
長い間お世話になったこの場所で、竜崎先生から最後のお言葉をいただいた。
それにしても榊先生の荷物は、まさかあのセカンドバック1つなのか…?
そればかり気になって、気付けばいつの間にか竜崎先生のお話が終わっていた。
「では……解散!あ、違った。いってよし!」
「「「「「「ありがとうございましたー!!」」」」」」
お茶目な竜崎先生が榊先生の真似をすると、
地響きがしそうなぐらいの元気な声が響いた。
それを見た榊先生は無表情だったけど、あれは絶対喜んでる。
セカンドバックを小脇に抱えてちょっと誇らしげに拍手してる先生は、やっぱり安定して面白いな。
「さん!私…もっと一緒にいたいです…!」
「り、里香ちゃん…。ありがとう、私もだよー!」
解散の流れとなり、後は各校のバスへ向かうだけとなった。
わらわらとその場を離れる皆が、最後に言葉を交わしているとき。
真正面からものすごい勢いで走ってきて、胸に飛び込んできたのは里香ちゃんだった。
おう…、本当もうちょっとこの合宿が長かったら本当に危なかったと思う。
違う扉を開いて新たなステージへ目覚めるところだったと思う。
「……お世話になりました。」
そんな里香ちゃんを、震える手で遠慮がちによしよししていると
後ろからひっそりと近づいてきた璃莉ちゃん。
決してこちらに目を向けることなく、ぶっきらぼうに言い放った言葉は
ツンデレ界の黒船と称される、彼女なりの精一杯だったんだろう。
その様子があまりにも可愛くて、私と里香ちゃんは無言で目を見合わせた。
「……璃莉ちゃーん!本当…また今度3人で遊ぼうね!」
「そうやってさんをツンデレで誘惑できるのも今だけなんだからねー!もー、本当ずるいー!」
「ちょ…ふた…2人ともやめてください!」
光の早さで璃莉ちゃんを包囲し、2人で抱きしめると
バタバタと暴れながらも少し嬉しそうな璃莉ちゃん。
……最初はどうなることかと思ったけれど、
こうやってまた一人新たなお友達が出来て、本当良かったな。
3人でわきゃわきゃと女子らしいスキンシップに興じていると
軽快なステップで近づいてきたのは英二君だった。
「わ〜、楽しそう!俺も混ぜて!」
「え、英二先輩!助けてください!」
「混ぜてって…、よ、よろしければどうぞ混ざってくださ「さんも変なこと言わないでください!」
顔を真っ赤にして起こる璃莉ちゃんに、いたずらっ子のような顔で笑う英二君。
ああ…やっぱり青春学園ってその名の通り爽やかで素敵に青春してる…な…
遠い目をして2人を見つめる私に、何か勘づいたのか私を睨む璃莉ちゃん。その視線にさらにニヤけてしまう。
「おい、英二。そろそろ行くぞ。」
「あ、待ってよ大石〜!」
「…神田さんにさんも、お疲れ様。帰ってゆっくり疲れをとってね。」
「うん!大石君も、本当にお疲れ様。また次会った時はよろしくね。」
柔らかく微笑む大石君に、どんどん心が癒されていく。
おしゃれなアロマぐらいのヒーリング効果を持った大石君と握手を交わすと、
その後ろに、並ぶように立っている人物が見えた。
「……ん?なんだ、乾。」
「いや、俺も礼を言おうと思ってな。」
「え…乾君にお礼を言われるようなことあったかな。」
「のおかげで、氷帝や立海の面白いデータがとれた。」
そう言って、相変わらず感情の読めない乾君が
スっと手をこちらへ差し出した。
…面白いデータの内容が気になるけれど、取り合えず
にへらっと愛想笑いで手を差し出した。
「…乾。もう終わった?」
「ん?……不二か。」
「ぶふぉうっ!ふ…ふふふっ、不二君…!」
「………あからまさな態度の違いが気になるな。」
乾君の後ろに現れたのは、なんとあの不二君だった。
わぁ…最後に挨拶したいなぁ、とは密かに思っていたけど
あちらから接触してくれるだなんて、私はツいてる。
見るからに慌てふためく私を見て、少しだけ乾君が笑った。
「ちが…、ゴメンね乾君。ほら、ちょっと…びっくりしただけで…。」
言い訳も空しく、乾君はヒラヒラと手を振ってその場を去ってしまった。
そして、目の前にはいつものようにニコニコとこちらを見つめる不二君。
…ああ、やっぱり…
「カッコイイ…」
「ありがとう。」
「あ、ゴメン!言葉にしたつもりはなかったんだけど…!」
「フフ…。さん、お疲れ様。またいつでも青学に遊びに来てよ。」
「ふぁっ…!は、…う、うん!遊びに行く!絶対行く!」
サラリと風に揺られる不二君の綺麗な髪の毛。
少し首を傾けてこちらに握手を求めてくるその様子は
ゲームで見たイベントスチルのようで、一瞬にして私の顔は真っ赤になった。
恐る恐る手を差し出して、不二君に触れようとすると
グイっと後ろから身体を引っ張られた。
「わっ!……お、お師匠様。」
「…越前。どうしたの?」
「………。行こ。」
「ちょ、ちょっと待ってお師匠様!1回だけ!このチャンスを逃すともう次はないと思うので、
1回だけ不二君に自然に触れることが出来るこのタイミングを堪能させてください!」
「ダメ。」
「……フフ、ヤキモチかい?」
「ええ!お、お師匠様ったらそんな…私と不二君はそういう男女の関係じゃ…
も、もちろんそういう関係になったら嬉しいけど、でもそんなおこがましい事妄想ぐらいでしか…」
「いいから、いこ。」
いつものクールさはどこへやら、急に子供のように駄々をこねはじめたお師匠様を
無理矢理振り払う訳にもいかず、ずるずると引きずられていく。
ああ…さよなら、私の王子様…!握手は叶わなかったけれど、大きく手を振ると
少し噴き出しながら、不二君も手を振ってくれた。
・
・
・
「お、お師匠様。どこ行くの?」
「…氷帝のバス。もう早く帰りなよ。」
「えええええ!そ、そんな…まだ皆話してるから大丈夫だよ…!」
まさかの強制帰宅命令にびっくりして立ち止まると、
お師匠様も振り返った。
「…は、目を離すとすぐデレデレするから駄目。」
「う…うーんと…デレデレはしてないよ?」
「してる。」
なんだろう、確かに私はお師匠様の弟子だけれど
これでも年上の先輩なのだから、わざわざ1年生であるお師匠様に
ずっと見ててもらわなきゃいけない程の行動はしてないと思うんだけど…
もしかして、お師匠様も私に師匠師匠、と呼ばれてるうちに
弟子に対して愛着がわいてきたのだろうか。
そう考えると、なんだか可愛いな。
「あ!いたー!!さーん!」
「………ほら、面倒くさいのが来た。」
「え…あ、切原氏!」
バスへと向かう途中、タイミング良く通りがかったのは
同じく自分たちのバスへと向かう立海の皆だった。
隣で手を掴むお師匠様が、あからさまにゲンナリとした顔をしている。
しかし、そんな様子には気付かない切原氏や丸井君はこちらへ向かって走り出した。
「切原氏、この合宿では随分お世話に……」
「おい!またお前…、離せよ。」
「………ねぇ、あんたさ。」
「あ?誰に向かって言ってんだよ。」
一目散に走ってきた切原氏は、私に顔を合わせることもなく
隣にいるお師匠様に駆け寄った。
そして、ほんのコンマ何秒しか経ってないのに即開戦できるこの2人は
案外仲が良いんじゃないかとすら思ってしまう。
「…恥ずかしくないの?」
「何がだよ。」
「……に無理矢理迫るなんて。」
「は?」
「ほ?!な、何言ってんのお師匠様?何の事?!」
「…さっきが話してた相手って、どうせこの人でしょ。」
「いやいやいやいや!ちが…違うからね、お師匠様。ちょっと…ちょっと今はお口チャックだよ!」
「っつーか、何だよさんに迫るって!」
「…………。」
つーんとそっぽを向いて、言われた通りお口にチャックをするお師匠様。
本当に…今、心臓が握りつぶされたような気持ちに…なったよ…!
切原氏のすぐ後ろには、ゆっくりとこちらへ向かって来る幸村君もいるというのに、
今、ここでその話をするのは危険すぎる。下手すると、ここで全員にバレて
即効島流しの刑という展開も有り得る。慎重に…慎重に……!
「あ…あー、なんかお師匠様勘違いしてるみたいだー…、さっき私がゲームの話してたから…」
「何スかそれ…っていうか早くその手離せ…よ!」
そう言って、お師匠様を突き飛ばす切原氏に
さすがのお師匠様も怒りが湧いてきたらしく、2人の間に流れる空気は一触即発だった。
「なーに年下イジメてんだよぃ、赤也。やめろって。」
「…だって、こいつ…!」
「赤也!やめんか!」
ゴツッ
「いっっ!……てぇええ!」
「げ…弦一郎さん、そんな親の仇みたいに全力で殴らなくても…。」
「こいつは言ってもわからんのだ、仕方ないだろう。」
「く…口で言ってくれればいいじゃないッスか!…マジでいてぇ…!」
その場にしゃがみ込む切原氏に、自然と笑いがこぼれる周囲。
あぁ…なんかこの立海の皆のアットホームコメディみたいなのを見れるのも
今日で終わりだと思うと寂しいな。
そんなことを思いながら私も笑っていると、
とことこと歩いてきたお師匠様が、またギュっと手を握りしめた。
かわ……っ可愛いすぎる……!
何をそんなに意地になっているのかわからないけど、
どうしても氷帝のバスまで引っ張りたいらしいお師匠様は
この空気の中でも、全く状況を読もうとはせずぐいぐいと手を引っ張っている。
「わ、わかったお師匠様。行くよ…!強制退去にも従うよ…!」
「…ぼうや。そうやってさんの母性本能に訴えかける戦法には限界があると思うけどね。」
立海軍の中をすり抜けてゆっくりとこちらに歩いてきた幸村君が
クスクスと笑いながら、お師匠様に言い放つ。
明らかな挑発に、珍しくお師匠様が応戦した。
「……何が?」
「さんは、可愛い年下が好きだから…君のそれが天然なのか何なのか…まぁそれはどうでもいいか。
そうやって彼女を独占してるつもりなんだと思うけど、良いところで精々≪可愛い弟≫止まりだろうね。」
「………。」
「うわー…怖ぇ、幸村君。」
「大人気なさすぎじゃな。」
「随分と余裕がないようだ。」
「何?」
「「「いや、何も。」」」
た…確かに、幸村君の今のセリフには随分とトゲを感じた。
お師匠様も、グっと手を握りしめて悔しそうにしているし…。
しかし、幸村君にも…普通に皆にも、私が「可愛い年下が好き」とバレているのは
結構マズイ状況じゃありませんか。変態ショタコン野郎と思われているんですよね。
ここで、「可愛い弟だなんて思ってないよ!がっつり性的対象だよ!」なんて反論しようものなら、
恐らく私の低い地位がさらに低くなり、人間としての尊厳すら失墜しそうなので黙っています。
変な汗がダッラダラと流れてきますが、必死に隠し通すしかありません。
いつの世も、可愛いものを愛でる大人に対する世間の目は厳しいです。
「……別にどう思われてもいいけど。」
「そう。さんは、ぼうやみたいな子に弱いみたいだけど…」
何かを隠したような表情で、ゆっくりと私達に近づく幸村君。
…あんなこともあったせいか、それが無性に怖くて少し後ずさりしてしまう私に
立ちはだかるように彼を睨みつけるお師匠様。
ついに、私の目の前まで辿り着いた幸村君は
何も言わずに私を見つめるだけで、その場の空気がほとんど止まったように思えた。
固まる私に近づき、そっと耳元で幸村君が呟く。
「…昨日は素敵な想い出をありがとう。」
「………っ!」
その一言でボンっと顔から火が出そうな程真っ赤になる。
……やっぱり昨日のこと…!頭の中で考えるだけで、あの時の幸村君の顔がちらつき、
さらにあの感触を思い出してしまって…明らかにキャパオーバーな出来ごとに
私は一言も発することが出来なかった。
「……さんを、こんな可愛い表情にさせることが……ぼうやに出来る?」
「……っ。」
「あはは、出来ないよね?だって君はさんにとって≪男≫じゃないようだし。」
「………マジで大人気ないッス、幸村部長。」
「見んしゃい、あの嬉しそうな顔。悪魔じゃ。」
「なんか…敵ながら、越前が可哀想になってきたわ。」
ブスっと膨れるお師匠様を横目に、私はなんとかこの顔の火照りを冷ますことに必死だった。
取り合えず、目の前で高笑いをしている幸村君は置いとくとして
お師匠様が間違って幸村君に変な戦いを仕掛けたりしないように落ち着けることが最優先だ。
「あ、あの…そんなことはないからねお師匠様!私のストライクゾーンの広さは榊先生も驚くほどの…」
「。」
「大丈夫だからね、幸村君のアレはたぶんきっとお師匠様が可愛いからで、からかいたいだけ…」
「……別に気にしてないし。」
小さい子をあやすように、しゃがみこんで顔を見上げたのがいけなかったのか
帽子の下に隠れたお師匠様の表情が見えてしまった。
てっきり、侮辱されたのが悔しくて下唇を噛みしめているかと思うと
……余裕の表情で笑っていた。
驚いて、一瞬フリーズする私に、さすがの瞬発力でおもむろに顔を近づけたお師匠様が
今からしようとしていることは、いくら私でも想像ができた。
咄嗟に避けようとすると
お腹のあたりに鈍痛が走った。
「ちょっ、待ってお師匠さ「だめー!!ちゃん、あぶなーーい!」
「ぐふぉうっ!!」
ずさぁ、っと地面にタックルされた私の上に乗っかっているのは
涙目のジロちゃんだった。
身体のあちこちが痛いはずなのに、その顔を見てなんだかホっとする。
なんとか立ち上がると、そこにはバスへ向かう途中の氷帝軍団。
お腹のあたりにまとわりつくジロちゃんに、ジャージについた砂を払ってくれる樺地にハギー。
いつもは五月蝿いぐらいに騒ぎたてる、がっくんや宍戸達もやけに真剣な顔で。
そして、幸村君とお師匠様の間に立ちはだかる我らが部長。
「……お前らに言っておきたいことがある。」
「……何?」
「…冷やかしなのか、何なのか知らねぇが…は氷帝の所有物だ。
二度と手を出すんじゃねぇ。」
珍しく怒っている様子の跡部に
言いたいことは山ほどあったけど、
あの幸村君にも負けない威圧感にビビって、それを口にすることはできなかった。
・
・
・
「…ね、ねぇジロちゃんってば。」
「………ふーんだ。」
「えー…、本当…なんなの?……何か…ね。がっくん。」
「…………。」
帰りのバス。
妙な静けさに違和感を覚える。
疲れて寝ている訳でもないのに、誰も言葉を発しない。
そして、話しかけても無視をする。
……何だっていうんだ。
「…ちょた。もしかして何かあったの?」
「…………。」
「………ちょ、ちょたまで…。」
必死に顔を隠して寝たフリをするちょた。
明らかに起きているのに…、無視してるんだ。
いい加減、訳がわからなくてイライラしてきたぞ。
「…ちょっと。何のつもり?」
バスの通路に立ち、皆を睨みつけると
数分間があって、がっくんが声をあげた。
「……が悪いんだぞ。」
「…何が?」
「…朝、何で泣いててん。」
こちらを向かずに問いかける忍足に、
今朝の出来事を触れられてドキっとする。
………何でと言われると、昨日の夜のことを説明しなければならない。
それはマズイ。別に知られたところで、氷帝の皆は何も思わないだろうけど
散々含みのある言い方をしていて、そんな結末だと知れば怒るに違いない。
「…別に…単純に、合宿が終わるのが寂しかっただけだもん。」
「…幸村さんと離れるのが寂しかったんですか?」
「へ?!…え…え、何で幸村君…が出てくるの?」
哀しげな顔でそう言うちょたは、……何かを知っているような気がした。
しかし、ここで少しでも隙を見せたら間違いなく疑われる。バレる。
「な、なんか皆おかしいよ…!もう朝のことは忘れてさ、ほら忍足。マイクあげるから歌いなよ。」
何とか普通を装っているけど、悪魔の神器を忍足に手を渡すという大失態を犯してしまった。
や…やばい、これはバレるぞ…!正気じゃないってバレる…!
「……もういいよ、。俺ら全部知ってるから。」
「え…な、何を?」
ふぅっとため息をついて、不機嫌な表情を見せるがっくん。
いよいよ汗が止まらなくなる私に、次は後ろから跡部の発言が飛んだ。
「……お前、昨日の夜…何してた?」
中3
人生
終幕
「………なんで知ってるの。」
「っ!や、やっぱり本当なのかよ!」
「…最低やな。合宿中に何してんねん。」
完全にバレてるんだ。
私が幸村君に犯罪まがいの行為を仕出かしてしまったことを。
それに対して、皆が怒っているんだ。
確かに、合宿中に何してるんだって思う。
ただ、なんとなく恥ずかしいっていう気持ちよりも
皆にそんな風に「合宿中に浮かれてる」って思われていることに
心が痛む。事実なだけに、何も言い返せない。
「………ごめんなさい。」
「…ごめんなさいって…ちゃんも合意の上だったってこと?」
「……合意っていうか…あれは事故で…。」
「でも嫌じゃなかったってことなんだろ?言わされたんじゃ…ないのか?」
「……ん…?」
「…何で…ですか、先輩。」
「俺…心のどこかで…嘘であって欲しいって…思ってたんです。」
口々に発言が飛んでくるが、どうもその内容がフワっとしてる。
……何となく噛み合わない気がする。
「…ねぇ、皆…ちなみに聞くけど……何の事言ってるの?」
「何って……、幸村に言ったんだろ?
本当は氷帝から離れて立海に行きたいって。」
・
・
・
「…で?何したんだよ、に。」
「…大したことじゃないよ。悩みを聞いてあげただけさ。」
「は?に悩みなんかある訳ないだろ。1日前のことも寝たら忘れる奴だぞ。」
ラウンジに集まった氷帝のメンバーに幸村。
出発までのわずかな時間で、今朝の真相を聞きださなければいけないため
質問をする立場にある者達は、焦っていた。
「…まぁ、君たちにはわからない悩み…かもね。」
「なんだよ、早く言えよ!」
対して、余裕の表情でもったいぶる幸村。
イライラはどんどん募り語気も荒くなるが、気にする様子もない。
「この合宿中、さんと随分仲良くなれた気がするんだ。」
「…それ、自分が積極的に近づいてたからやん。」
「思い出してみてよ、合宿中にさんが一緒にいたのはほとんど俺達や、あのぼうやじゃなかった?」
「……まぁ、確かにチームも違ったし…夜も忙しそうにしてたし…」
「…俺達といたのさ。きっと居心地が良かったんじゃないかな。」
「………だけど…」
やけに自信たっぷりに断言する幸村に、黙り込む氷帝陣。
何かを言いかけて、何も言えないもどかしさに向日は拳を握った。
「それにさ…この合宿中に、さん随分女の子らしくなったと思わない?」
「思わないです。」
「へぇ…。じゃあ君は全然普段のさんを見てないんだね。」
「な…っ、ひ、日吉はめちゃくちゃ見てるっつーの!毎日毎日毎日あのに追いかけまわされてんだぞ!」
「そう?合宿中にそんな光景あったかな?」
「………っ……。」
誘導尋問のように、発言すればするほど、幸村の自説が確定的になっていく。
最初はただのハッタリだと思っていた人間も、段々と自信がなくなっていく。
「ずっと相談されてたんだ。氷帝にいると、いつの間にか自分が女の子ということを忘れそうだって…。」
「別に…そんなの気にしてねぇだろ、は。」
「もちろん君たちには言えないだろうね。そんなこと言おうものなら馬鹿にされるだろうし。」
「………。」
「だから…相談にのってあげてたんだ。…昨日の夜もね。」
「夜…?」
やけに含みをもたせる幸村に、跡部が眉を寄せる。
「…俺の腕の中で小さくなってるさんは、普段と違って…女の子みたいで可愛かったよ。」
「「「「!?」」」」」
ニコリと微笑んで、首を傾ける幸村。
想像もしていなかった発言に目を白黒させるメンバー。
「…なぁ、それどういう意味?」
「やだな、言わなきゃダメ?…これは俺とさんの秘密なんだ。」
「…………。」
「で、その時さんが言ったんだ。≪立海に行ってずっと幸村君といたい≫って。」
「嘘ついてんじゃねぇ。」
「そんなことちゃんが言うはずないじゃ〜ん!嘘おつ〜!」
「……フフ、でもさ…朝…さん、泣いてたんでしょ?」
随分遠回りをした話。
様々な点が一つの線に繋がった。
「跡部に殴られて、もう嫌だって思ったんじゃないかな。きっと夢のような他校生活に馴染みすぎて
急に現実に戻ったから…辛かったんだよ。…本当は言いたかったんじゃないかな。俺と一緒にいたい…ってこと。」
私、幸村君が怖い
全く身に覚えのない話をペラペラと皆の口から話される度に
身体が芯から震えた。………こんな壮大な捏造話をよく作り上げたな!
取り合えず、急いで真相を確認しようと携帯を取り出すと
1通のメール。
from:幸村君
sub:(無題)
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お疲れ様。
今頃、バスの中で大騒ぎに
なっているころかな?
すっかり俺の話を
信じ込んでるんだろうね、皆。
ゴメンね、さん。
俺、とっても諦めが悪いんだ。
ニコリと悪い笑顔で微笑む幸村君の幻が見えた気がする。
こんな方法で外堀から埋めて……てっきりもう、
私の編入大作戦は諦めたもんだと思ってたのに……
神の子の思いもよらない執着心に震えあがった。
しかし…今はそんなことより、この誤解をどう解くか…だと思う。
目の前の皆に、「嘘だ」と言って…はたして信用してくれるのだろうか。
あの幸村君の説得力に…打ち勝つことができるのだろうか。
「…何黙ってんだよ、。」
「…もしかして、さっきのも…助けない方が良かった?」
「さっきって…、そ、そんなことないよ!ジロちゃんが来てくれた時、私ホっとしたもん!」
ジロちゃんには珍しく真剣な顔で問いかけてくるもんだから、
これは本格的にマジで信じ込んでいる…っぽい。
「…それさ…あの…、全部幸村君の嘘だから。」
「は?じゃあ何で朝、泣いてたんだよ!」
「説明できるんですか?」
口々に疑いをぶつけてくる皆に、グっと答えにつまる。
……昨日の話を今言う訳にはいかない…きっとさらなる悲劇が待ち受けているはずだ。
「う……と、とにかく…違うもん。」
「じゃあ何で合宿中に俺達と全然遊ばなかったんだよ!」
「あ、遊んでたじゃん!部屋でジョジョとか読んでたでしょ?!」
「でも俺が、夜中にUNOしようぜって誘ったら断っただろ!」
「そ、それは…」
「しかも2回も断られた!」
珍しく、子供みたいに怒るがっくんに宍戸。
それに便乗して、様々な方面から私に対する不満が噴出した。
「それに…、なんか先輩Bチームでマネージャーしてる時…いつもより楽しそうでした。」
「な…っ、そんなことないって!普段通りだったでしょ!?」
「いえ、特にあの青学の1年生3人組にやたらとベタベタしていたじゃないですか。」
「ぴ、ぴよちゃんさままで…!ベタベタなんかしてなかったよ、確かに舐めるように毎日見つめてはいたけどさ!」
「……俺達……のことは……見てませんでした…。」
「樺地…、え…マジで樺地から見てもそんなに私…普段と違ったの?」
コクリと頷く樺地に、へなへなとその場に座り込んでしまう。
……樺地に言われるってことは、本当にBチームの皆にうつつを抜かしてたんだと思う。
でも…だけど、それって…
「でもさ…それは私がBチームのマネージャーなんだから当たり前のことじゃない?!」
勝った…!論破してやったぜ…!
そうだよ、だってちゃんとマネージャーしてたんだから
Bチームの皆に心血を注ぐのは全く悪い事じゃないはずだ。
すると、まさかの人物から、まさかの発言が飛び出した。
「Bチームのマネージャーである前に…氷帝の、俺達のマネージャーじゃないんですか。」
一瞬、バスの中がシンとする。
つい口をついて出てしまった発言なのだろうけど、
その内容に、後から気付いたのか、じわじわと顔を赤く染めていくぴよちゃんさま。
く……、悶える…悶えるよ、ぴよちゃんさま…!
「…日吉の言う通りだぞ。はもっと俺達にかまうべきだった。」
「な…、そうやってあんた達が人見知り発揮してるからダメなんじゃん!ちゃんと仲良くしなさいって竜崎先生も言ってたでしょ?」
「ちゃんは仲良くしすぎだC〜!バカバカ!」
「が浮かれ過ぎてアホみたいな顔してるから、なんとなくムカついて入りこまれへんかったんや。」
ブスっとした様子で流れる景色を眺める忍足に、
最初はポコポコと私の背中を叩いていたが、段々とその力が強めていくジロちゃん。
「だからって…私が本気で立海に行きたいって思ってるって言うの?!」
「行動がそれを証明してんだろ。」
冷めた目で言い放つ跡部に、言葉が上手く出ない。
……くそっ、どうやったら伝わるの?
今の皆はとにかく、合宿中の私の行動全てが怪しく感じているんだ。
「ね、ねぇ。ハギーはずっと私と一緒にいたもんね?全然そんな…他校にうつつを抜かしたり…してないよね?」
「俺を巻き込まないでよ。」
さっさとアイマスクをつけて寝る準備に入るハギーに、もはや絶体絶命。
いっそのこと諦めて開き直ってやろうかと思っていると、
沈黙を守っていた榊先生が、珍しく私達の言い争いに介入してきた。
バスの最前列から、歩いてくる先生を見て
私達の間に妙な緊張感が走る。
「。」
「……はい。」
「お前の、本当の気持ちを今ここで語りなさい。」
「………え?」
「…お前たちも、まるで玩具をとられた幼稚園児のように騒ぐだけで
何故、誰もの話を聞こうとしないんだ。」
「(……玩具?)」
ぴりっとした空気の中、榊先生の言葉が響き渡る。
玩具という言葉が少々引っかかったが、これはチャンスだと思う。
「…あの、私はこの合宿中確かに…浮かれてたと思います。最初から最後まで。」
「普段は一緒にいられないような他校の友達と1日中過ごせることが嬉しくて」
「氷帝の皆との交流は確かに…おろそかになってたかもしれません。まず、そんなの求められてると思わなかったし。」
「普段から、私のことをないがしろにするくせに、こういう時はやたらと私を独占したがる皆がよくわかりません。」
「氷帝テニス部のアイドルとして、仕方ない運命(さだめ)だと思います。嫉妬する気持ちもわかります。」
最初は真面目に聞いてた皆の顔が、どんどん苦々しい表情に歪んでいくのが
何となく気になるけど私の言ってることは間違っていないと思う。
ブルブルと震える右拳をバシっと左手にぶつけて、なんとか我慢しようとする跡部に
下唇を噛みしめる仕草をするがっくんに…しかし、隣に先生がいるからなのか
なんとか暴動は起こらずに済んでいる。この際言いたいこと言ってやる。
榊先生は、何も言わずにじっと後ろでそれを聞いている。
「でも…、私が落ち込んでる時は、いつもそれを見逃さずに…分かり辛すぎる心配をしてくれたり…」
「他校の皆にからかわれてチヤホヤされてる時なんかも、
≪僕のに手を出すんじゃない!≫って感じで、さりげなく割り込んでくる皆が…」
「……あのー…何ていうんだろう。……やっぱり誰よりも落ち着くし……」
「もうちょっと優しくしてよって思ったりもするけど………」
「……結局、最後に思うのは……私は……その……氷帝のみんなが……一番…大好きだな…と…。」
パチパチ…パチ……
無重力空間に来たみたいに静まり返る車内。
一際鮮明に聞こえる、榊先生の乾いた拍手。
言い終わった後に、なんだか猛烈に恥ずかしくなって
真っ赤な顔で俯く私の肩をポンポンと叩き
先生が一歩前に出た。
「…今のがの言葉だ。他人の言葉に惑わされすぐに騒ぎたてるのは未熟者の証拠。」
「………先生…。」
「わかったら、喧嘩せずに仲良くしなさい。」
急になんか、先生らしいことを言われてびっくりしているのと
なんだか本当に自分たちが子供だと思い知らされて恥ずかしくなった。
満足気に、仕事をやり終えた雰囲気で自分の席へと戻る榊先生。
一人ポツンと取り残されて、どうして良いかわからない私は
取り合えず空いてる席を見つけて逃げるように座った。
「……先輩。これ、どうぞ。」
「え…。あ、ちょたありがとう。」
「……これもやる。ほら。」
「……がっくん、本当コレ好きだよね。いつも持ってきてるじゃん、」
後ろの席から、身を乗り出して飴を差し出してくれるちょたに
お気に入りのチョコレートを箱のまま押し付けてくれるがっくん。
ちょたはともかく、がっくんがお菓子をくれるだなんて物凄く稀なことだ。
………きっと、がっくんなりの思いの伝え方なんだろうと思うと
何だか嬉しくて、どうしようもなく頬が緩んだ。
「…何ニヤけてんだよ。」
「フフ、ううん…。ありがと、がっくん。」
「ふん。のバーカ。」
「…また喧嘩したら監督に怒られますよ?」
「バカ、別にそんなんじゃねぇし!」
ふてくされて座るがっくんに、ちょたと顔を見合わせて笑った。
「…ね、ちゃん?俺もね、ちゃん大好きだよ。」
「ジロちゃん……、うん、ありがと。」
「だから、どこにも行っちゃダメだよ。」
「行かないよ、フフ。」
さっき榊先生が最後に話をしている時には完全に眠っていたジロちゃんが
目をこすりながら、隣の席にやってきた。
立っているのもやっとだったのか、座ると同時に膝の上に倒れ込み
次の瞬間にはもう寝息を立てていた。
「…こうして見てると、って意外と皆の精神面を支えてるんだね。」
「へ?」
「何言ってるんですか、滝さん。それは何となくプライドが傷つくんですが。」
「…日吉だって、さっきまで随分イライラしてたからさ。何かと思ったらそういうことだったんだね。」
前の席から、後ろを覗きこむハギーはやけに楽しそうで
その隣で、またじわじわと顔を赤くするぴよちゃんさまには、本当震える。
……こんな可愛い後輩がいる私は、なんて幸せなんだろう。
「別に…イライラなんてしてませんけど。」
「そう?じゃあその、ぐしゃぐしゃの紙コップは何なの?」
「こっ…これは…。先輩の納得のいかないスピーチを聞いてる時に、ついやってしまったものです。」
「え…!私、結構いい事言ったつもりだったんだけど…!」
「………素直じゃないねー。」
「…うるさいです。」
また不機嫌な顔に戻ってしまったぴよちゃんさまは、
それから二度と後ろを振り向いてくれることはなかった。
「……。俺、コーラ買ってくるけど…何かいるか?」
「………び…っくりした…。」
「…何だよ。」
「ま、まさか宍戸の口から私を気遣う言葉が出るなんて…!」
「もうやめた。買ってこねぇ。」
「りょっ、緑茶!緑茶でお願いします!」
少し眠っていた私を、揺さぶり起こした宍戸。
何かと思うと、ここはもうサービスエリアで、今は自由時間らしい。
ズンズンとふてくされた様子で通路を歩いて行く宍戸。
明日は雪が降るんじゃないかと思う程の衝撃で
なんとなく、折角の宍戸の精一杯のデレを茶化してしまったけど…
内心、嬉しくて、面白すぎて顔がニヤけるのを防ぐのに必死だった。
「……ムカつくわー。」
「わっ、び…っくりした。何よ。」
いつの間にか通路にボサっと立ちながら、私を見下ろす忍足がいた。
「…Aチームのコートの裏の木に夜になったら毎日カブトムシ集まってきてたん、知らんやろ。」
「………え、どこ?あのでっかい木?」
「そうや。あそこで何匹も捕まえて俺、部屋に飼うとったからな。」
「は?!え…そんなこと一言も言ってくれなかったじゃん!なんで誘ってくれなかったの!?」
「アホ、誘ったしな。お前、今それどころちゃうとか言うて、菊丸達と楽しそうにトランプしとったわ、あの夜は。」
「ぐっ……な、…なんかそんな声かけられた気もしないでもない…!」
ジャージのポケットに手を突っ込み、ものすごく不機嫌な顔で
携帯を弄る忍足。……マジで、本当に惜しい事をした。そういうの夢だったのに。
木に塗った樹液に集まるカブトムシとかを夜に採取するの、夢だったのに。
「…ほら。」
「え?写メ?…うわ、本当だ!えー!マジでいいなー!」
「ふん。がフラフラ遊んどるからや。」
「………ゴメン。今度は一緒に獲りに行こうね。」
「嫌じゃ。」
物凄く憎たらしい冷めた顔で、バスを降りていく忍足。
こめかみの辺りがピクピクと痙攣を起こしそうだ。
く…っくそ…ちょっとしおらしく謝ってみたのに、あの態度だよ…!
…まぁ、でもあの忍足が私と楽しむためにわざわざカブトムシの住処を見つけて
それを写真に撮っていたのかと思うと……。ああ。本当に分かり辛い奴等だと思う。
まだ膝の上ですやすやと眠るジロちゃんのふわふわの髪の毛を弄っていると
隣から妙に視線を感じた。
「……何。」
さっきまでアイマスクをつけて、腕を組んでぐっすりと
寝ていたはずの跡部が、ビームでも出そうな勢いでこちらを睨んでいたからだ。
「…調子乗んなよ。」
「何でいきなり戦闘モードな訳?別に調子とか乗ってませんけどー。」
「乗ってんだろうが、ただ単にあの合宿中は女子が少なかったから消去法的にチヤホヤされてることにも気付かずに
デレデレと鼻の下伸ばして、調子という調子に乗りまくってただろうが。」
「は、はぁ?別にそんな…チヤホヤされて、私ってモテ子だわーとか思ってませんけど!」
「どうだか。モテない奴ほど勘違いし易いからな。」
「っく…どうせ私はモテませんよ…!っていうか…跡部さぁ、さっき皆に私のこと氷帝の所有物とか言ってたけどさぁ…」
「忘れた。」
「は!?言ってたってば、やたらと格好付けて言ってたじゃん!」
急にバツが悪くなったのか、またアイマスクをかぶろうとする跡部。
……言われっぱなしでは、絶対終わらせたくないのは私の悪い癖だと思います。
「私のことが心から大好きだから、他の奴等になんか絶対渡さねぇぞって言って「言ってねぇ!」
「……覚えてるんじゃん。」
「忘れたっつってんだろ、うぜぇ。」
「えへへー、俺も聞いてたC〜。跡部あの時カッコよかったよねぇ。」
「あ、ジロちゃん起きたんだね。ね、やっぱり言ってたよねぇ、跡部。」
「言ってた言ってた。跡部ねぇ、あの場に遭遇する前に「ジロー。」
「え、何なに?ジロちゃん。いいから聞かせて。」
「それ以上言ったら、殴る。」
「殴るの!?ジロちゃんを?!」
「跡部怖ーい!じゃあ大人しく寝るね、俺。」
クスクスと嬉しそうに笑いながら、また膝元へ戻ってきたジロちゃんに
アイマスクにアイポッド装備で完全に私をシャットダウンする跡部。
……くそう、気になるな。
でも、これ以上弄って、また喧嘩にでもなったら面倒だし……
と思っていると、ジロちゃんが無言で携帯に何かを打ち込んでいた。
しばらく寝転びながらポチポチと画面と睨めっこをしていて、
メールでもしてるのかと、少し気になってしまう。
「(…何?)」
するとその文面を、悪戯っ子のような笑顔で見せてくれたジロちゃん。
跡部、ちゃんが朝泣いたのを気にしててね。
立海に行きたいって言い出したのも
自分のせいかも、って焦ってたんだよ、きっと。
だからコートで解散した後、
ちゃんがいなくなったことに
気付いて、誰よりも慌ててたんだよ。
まじかわE−よね。
「……ちょっと……そういうの……本当、ずるいと思う。」
私の声は、幸いにも跡部には届いていなかったようで。
誰よりも分かり辛いアイツを横目に、
私は氷帝のマネージャーでいれて、幸せだなと、ひっそり心の中で呟いた。
迷走ユートピア fin