氷帝カンタータ





第30話 君に願いを





「今日は七夕でーす、笹1本いかがですかー!」


朝。
今日もいつもと変わらない1日が始まろうとしていた。
しかし、いつもの通学路に立っているおじさんの一言によって
今日が特別な日に変わる気がした。

































「おはよう、真子ちゃん!」

「おは…うわ、何それ。山姥かと思った。」

「ファーストインプレッション酷すぎない?笹だよ!」


「いや、わかるけど…。なんでそんな大きな笹担いできたの?」

「ふっふーん、それではここで問題です。今日は何の日でしょーか!」

「……ああ、七夕か。」

「ぴんぽんぴんぽんぴん「先教室行ってるね。」

ちょっと待って。
あの、結構これ背負ってくるのも恥ずかしかったから、勘弁して。」


下駄箱から颯爽と立ち去ろうとする真子ちゃんを引き留める。

私が今、片手で担いでいるのは大きな笹。
今日が七夕だということなんて、すっかり忘れていたけれど
通学路に立っていた近所のおじさんが売っていた笹を一目見て閃いた。

折角の七夕なんだから、七夕らしいことがしたい!








「…だからって、通学途中に笹買って担いでくる女子とかヤバイよね。」

「ねー。…でも、折角だし短冊とか吊るしておいたら?」

「ほら、皆もなんだかんだ言ってお願い事書きたいんでしょー?うふふ、どうぞどうぞ。」

「わぁ、いいの?ちゃん。ありがとう!」


教室のドアを開けると、今までにない注目を浴びた。
あっという間に私はクラスの人気者となり、気分は山へ芝刈りに出たおじいさんだ。

最初はバカにしていた真子ちゃんも
今ではすっかり短冊にお願い事を書きたくて仕方ない顔をしちゃってさ…!可愛いんだから…!

笹は買ってきたものの、短冊の用意をすっかり忘れていた私に
美術部の北見さんが折り紙をくれた。

教室の後ろに飾っておいた笹には、あっという間にクラスの皆の願い事が添えられる。


「なんだか七夕って感じするねー。」

「ね。アレ?ちゃんはお願い事書かないの?」

「いや…、なんかいざ≪何かを願え≫って言われると…難しいなって…。」

「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない?もっとおしとやかになりたい!とか…。」

「る、瑠璃ちゃん…何気ない一言の中に、私に対する批判が見え隠れしてるよ…!」

「ごっ、ごめん!そんなつもりじゃ…。」


慌てて口に手を当てる瑠璃ちゃんに、私と真子ちゃんは顔を見合わせて笑う。
…そういえば、小さい頃は「お姫様になりたい!」とか書いてた気がするなぁ。

今、私がそんなことを願って、この笹に飾ったとすれば
テニス部の皆はどんな反応をするのだろうか。
私の切なる願いを見て、笑うのだろうか。
……うん、笑うだろうな。嘲笑の的だろうな、やめよう心が荒んできた。


「……あ、これ放課後テニス部に持って行ってあげようかな。」

「いいじゃん。皆にも短冊書いてもらったら?」

「フフ、みんなどんな願い事するんだろ。短冊に書く願い事って、なんとなくだけど
 真剣に書いちゃうからみんなの本音が見れるかもしれないね。」


そう言いながら、笹に飾ろうとした瑠璃ちゃんの短冊には
【大切なお友達とずっと仲良くいられますように】なんて
可愛すぎるお願い事が書いてあったものだから、
私と真子ちゃんは何も言わずに、この天使を抱きしめた。































ガチャッ


「失礼しま……なんですか、この笹。」

「あ、ぴよちゃんさま!あのね、今日七夕だから通学中に買ってきた!」

「発想が突飛すぎて逆に尊敬します。…へぇ、そういえば七夕でしたね。」


呆れた顔で笹を見つめるぴよちゃんさまだったけれど、
やっぱりこの笹に興味はあるようだった。

ロッカーで一旦着替えてから、また部室の端に飾った笹の方へと足を運んだのがその証拠。
皆の短冊を1枚1枚見ているぴよちゃんさまが、何だか可愛すぎて
私は緩む頬を押さえながら、ソっと折り紙で作った短冊を差し出した。


「はい、ぴよちゃんさまもどうぞ。」

「……あぁ、別に結構です。」

「ドライ!な…何なの、現代っ子怖いよ…書こうよ、願い事…。」

「…特に書くことが思いつかないので。」


短冊を手に取ったものの、ピラピラとそれを弄るだけで
書こうとはしないぴよちゃんさま。
…っく、もしかして読まれているのか…?
ぴよちゃんさまが書いたお願い事をこっそり叶えてあげて
好感度大幅UPを狙う私の無粋な作戦がバレたのか…?

何とかミッションを遂行したい私が、
ぴよちゃんさまに無理矢理ペンを押し付けようとしたその時。


ガチャッ


「おいっすー。…うわ、笹だ!すげぇ!」

「え〜!本当だ!わーい、七夕!」

「…なんや、が裏山から抜いてきたん?」

「そんなワイルドなことする訳ないでしょ。朝、買ってきたの。」

「……なんだ、これ。ゴミが絡まってんぞ。

「ゴミ!み…みんなの願いをゴミ…だと…っ!まさかと思うけど、跡部…」

「知らないのかよ、七夕。」


ゾロゾロと部室に入ってきたメンバーも、もれなく笹に食いついている。
ジロちゃんとがっくんは早速、皆のお願い事を読んでるし
忍足は、私が作った折り紙の輪っか飾りが「雑」だとか、鬼姑レベルのいちゃもんを繰り出した。

そして、この跡部王国在住の異星人は七夕を…知らない…のか?



「…聞いたことはあるが…、なるほどこれが短冊か。」

「願い事を書くんですよね。色とりどりの折り紙が綺麗です。」

「みんなの分も用意してるから、書いてね!」

「まじまじ〜?やったぁ、んーと、どうしよう。いっぱいありすぎて迷うなー。」

「俺も書こっと!、ペン貸して!」


テニスバックを放り出して、ジャージに着替えるのも忘れて
短冊を書くのに夢中なジロちゃんやがっくんを見ていると、
本当に心が浄化される。可愛いなぁ…どんなお願いごと書くのかなぁ…。

ニヤニヤしながら、こっそりと携帯のカメラを起動させたのと同時に
部室のドアが勢いよく開く音がした。



「…、少し手伝ってもらえるか。」



急に現れた榊先生に一瞬の緊張が走るけれど、
私に用事があったみたいで、そのまま部室を離れることになった。






































「ふぅー、もう散々だよー。」


結局、榊先生の用事というのが
音楽室の整理や、資料の整頓という雑務だったおかげで
今日はほとんどマネージャー業務が出来なかった。

テニスコートに戻った時には、練習も後半に入っていて
慌ただしく仕事をこなすのみ。
後片付けも、明日の準備も残っていたために
全部終わる頃には、既に部室には誰もいなかった。

跡部に預けられた部室の鍵を手に、内側から一旦部室を施錠する。
着替えを済ませて帰る準備をしている時に、フと目についたのは


「……あ、そうだ。皆、短冊に何書いたのかな。」


自分が持ってきた七夕の風物詩。
夕暮れ時のオレンジ色の光に包まれた部室で
やけにカラフルな短冊がはらはらと揺れる。

たくさんの願い事に、自然と頬がゆるむ。
クラスの皆もいろんなこと書いてるなぁ…。

そして、おそらく部活後に追加されたであろう
短冊を探し出して、1枚1枚覗いてみる。


いつも一緒に過ごしている、テニス部のメンバー。
毎日毎日騒いだり衝突したり戦ったり…忙しい日々だけど、
そんな中で、あいつ達がどんなことを考えて
どんなことを望んでいるのかが、気になった。










もっと高く跳べ の家にある幸村のポスターに鼻毛を描いたことがバレませんように 岳人】




「…一周回って、心配になるわ…。」


色々つっこみたいところがありすぎて、思考が追いつかない。

いや…、まず最初の消してある部分のお願いよりも、優先したいお願いだったってこと?
それほど重要度の高いお願いの内容が、絶対にこの短冊に書いていいことじゃない。
絶対バレるじゃん、一瞬にしてがっくんの儚い願い消え去ってるじゃん…。

それより何より、神を冒涜するその行為自体が処刑モノだよ…。
全然気づかなかった、いつの間にそんなことしてたの…。

あまりにも無邪気な願い事。
もしかして、これは私がこの短冊を読み、そしてその無邪気さにほだされて
うっかり許してしまうことまで計算しつくされたがっくんの作戦なのだろうか、と疑ってしまう。

取り敢えず、がっくんに「お前を粛清する」とだけメールをしておいた。







【丸井君みたいに天才的になれますように。 歯が痛いのが治りますように。
 跡部に角が生えて伝説になれますように。 ちゃんの人生にいつか光が見えますように。
 がっくんに    ジロー】


ジロちゃん、私の人生が暗闇の中を彷徨ってるって思ってるってこと?


と…途中で飽きたのか何なのか…
まず、この雑すぎる願いはなんなのか…。
ジロちゃんは良かれと思って、他人の幸せを願っているつもりかもしれないけど
大きなお世話すぎるよ、適当に願われる方が逆に辛いよ…!


「……ぶふっ…、寝すぎて起きてても寝ぼけてんじゃないの…。」


ジロちゃんらしい元気な字で書かれた、謎すぎる願いについ笑みがこぼれる。

ただ、何回読んでも「跡部に角が生えて伝説になる」くだりは謎すぎて怖い。
想像するだけで戦慄するよ、角=伝説の認識がもうファンタジーすぎてよくわからないけど、
きっと跡部は角が生えようが生えなかろうが、ある程度もう伝説な気がする。







【中間テスト 平的点80点以上とって PSP買ってもらう  宍戸亮】



「……宍戸らしい。」


「平均点」を「的」と書き間違える、このうっかり感。
この短冊を見るだけで、平均点80点超えなんて
夢のまた夢なんじゃないかと思えるところが、本当に宍戸だと思う。

しかし後半の「PSP買ってもらう」のこの可愛さ。
普段のカッコつけた宍戸からは想像もできないこの文章が何故かツボで
ついにこの短冊を携帯のカメラに収めてしまった。

前回の期末テストでも、同じ願い事をしていた気がするけれど
一体宍戸はいつになったらPSPを買ってもらえるんだろう。







【先輩や、皆の願い事が叶いますように  鳳長太郎】



「天使……っ!」

あまりに無垢!あまりに聖人…!
今までの先輩達の短冊には私利私欲にまみれたお願いしかなかったためか、
ちょたのこの願い事が、短冊が、輝いて見えるよ…!

この短冊を見ているだけで、ちょたの柔和な笑顔が思い浮かぶ。
一緒に願い事を書いていたであろう先輩たちは恥ずかしくなかったのでしょうか。
あまりにも人間レベルが違いすぎる事に挫折を覚えたりはしなかったのでしょうか。







【世界平和  樺地崇弘】


「スケールが…でかい…。」


いよいよ腰を抜かしそうになる。
うちの後輩達はもしかして、来世は神に生まれ変わる逸材なのだろうか?
現世での徳は既にゲージMAXだからこそ、こんなお願い事ができるのだろうか?

いつも謙虚な樺地の短冊に書かれた、力強い文字を見て
なんだか息子がまっすぐ育ってくれて嬉しい…そんな母の気持ちを疑似体験していた。







【早く帰れますように  日吉】



ああ〜…書かされたんだな…。
先輩たちに無理矢理書かされて、しぶしぶ書いたんだな…。

そんな情景が伝わるような、斬新な願い事。
殴り書きされたその文字を見ているだけで、ぴよちゃんさまの不機嫌顔が思い浮かぶ。

ぴよちゃんさまは思春期の真っ只中なので、
きっとこういう短冊とか書くの…恥ずかしいんだよね。

息子の第2次成長を見守る母の、生暖かい目でぴよちゃんさまを見つめると
いつも容赦ない罵倒が飛んできたり、この前はついに「一度、その脳を供養してもらった方がいいんじゃないですか」
なんて、GOGO来世コールもされたけれど、そんなぴよちゃんさまがやっぱり可愛くてしかない。

後輩たちの三者三様の短冊をきちんと写真に収めて
私の心は愛に満たされていた。


…しかし、隣の短冊に目を移したとき
そんな思いは粉々に砕け散った。








がある日突然、本田翼に生まれ変わりますように。 忍足侑士】



ビリッ


全然罪悪感はない。
真顔で短冊を破っちゃったけど、絶対織姫様も彦星様も「Good Jobや、!」って夜空で叫んでる気がする。


シンプルだけど殺傷能力の高い忍足の願いについ心を乱されてしまった。
無残にも床に散らばった折り紙。後で、外で焼いて供養してやろう。

貴様の願いは永遠に叶うことはない。







【バズに会いたい 跡部景吾】



まさかの1番可愛い願い事に膝から崩れ落ちる。
跡部…あの普段から大人ぶってすかした顔をした跡部が…


「…くそっ…跡部なんかが可愛いなんて…!」


取り敢えず、跡部の弱みとして今後使えるかもしれないと思い
写真に収めたうえで、今度ディズニーランドに連れて行ってあげようと思った。




























「……さて、私も書こうかな。」


机の上に残された、水色の短冊にペンを走らせる。
叶えたいことが多すぎて迷うけど…うん、別に1つだけじゃなくてもいいんだし、いっぱい書いておこう。


一気に書き綴った後、短冊に糸を通し笹へくくりつけようとした…



その時、突然くぐもった携帯のバイブ音が聞こえた。
急いで鞄の中から取り出し、通話ボタンを押す。



「もしもし?」

、まだ学校?」

「うん、部室ー。がっくん達、先帰っちゃうんだもん。」

「駅のサイゼにいるから来いよー。跡部もいる。」

「珍しい。皆でいるの?」

「おう。七夕パーティーだから、早くな!」


後ろでケラケラと笑い声が聞こえる中で、
楽しそうに話すがっくん。
…七夕パーティーか…楽しそうだな…。

お祭りごとと聞いて、氷帝のお祭り部長が黙っていられるはずもない。
急いで鞄に荷物を詰め込んで部室から飛び出した。




























ちゃん、おそーい!」

「ごめんごめん!あ、ちょた≪たっぷり野菜のミネストローネ≫頼んだんだ!私もそれ好き!」

「メニュー名まで覚えてるんですね、さすがです!」

「おい、店員呼ぶのか?」

「え?あ、うん。私も晩御飯食べよーっと。」


既にご飯も食べ終わって、ドリンクバーでダラダラと過ごしてた皆。
今日は珍しく全員集合しているからなのか、店内でも1番広い席を占領していた。

取り敢えず、ドンクバーとパスタを頼もうと店員さんを呼ぶボタンに手を伸ばすと
バシッと手の甲を叩かれた。目の前には、真顔の跡部。意味がわからない。



「…何?」

「お前は黙って座ってろ、俺が押してやる。」

「……へ?あ、ありがとう。」

「跡部、ボタン押したいんだよ、察してやれよ。」


コソっと宍戸に耳打ちされた内容に思わず吹き出してしまう。
どや顔でボタンを押して、嬉しそうな顔をしている跡部。
店員さんがすぐに来てくれたので、ドリンクバーとパスタを注文した。


「んじゃ、ドリンクバー取ってくるー。」

「あ、。俺のコーラも!」

「俺はメロンソーダだ。」

「ちょっと寒くなってきたから、俺ホットココアでお願い〜!」

「そ、そんないっぱい持って来れる訳ないでしょ!」

「俺も一緒に行きます。他にはないですか?」

「ぴ…ぴよちゃんさま…!どうしよう、好きになりそう…!」

「黙って下さい。」


次々と飛び出すドリンクバーデリバリーの注文。
私のことを家政婦か何かと勘違いしているとしか思えないこいつ達の中から
メシアが現れた。私を置いて、颯爽とドリンクバーへと立ち去るぴよちゃんさまは
やっぱり出来た後輩だ。









「おっせー、まだかよー。」

「なんか混み合ってるみたいやな。」


ドリンクバーに派遣してから5分程経っても帰ってこない2人に
向日が文句を垂れる。チラリとバーの方向を覗くと
他の客に紛れて、まだドリンクを入れている2人が目に入った。


ちゃんのパスタもまだ来ないねー。」

「そうですね…あれ?なんでしょう、これ。」

「ん?…の鞄から…、なんだこれ折り紙?」


到着したばかりだった為か、乱暴に鞄を椅子に置いたまま
ドリンクバーへと向かった
その鞄の口は大きく開いたままで、中から色々飛び出していた。


「あ、それ七夕の短冊じゃねぇの?」

「何書いてんだ、見せてみろ。」


宍戸の手からスルリと短冊を奪い取った跡部。
残りの者たちも、内容が気になったらしく一斉に注目する。


「……………あいつ…。」

「え、なに?何書いてんの?」

「ちょっと見せて〜!」


短冊を睨み付ける跡部の手から、奪い取ったソレを
テーブルの真ん中に置いた。






【がっくんが私のことを性的な意味で好きになりますように。
 

 ジロちゃんの寝顔を将来的に毎日見れますように。
 

 宍戸の頭が少しでも改善されますように。


 ちょたが毎日幸せで、笑顔で過ごせますように。


 ぴよちゃんさまがある日記憶を失って、なんやかんやで
 私の恋人になりますように。


 樺地が跡部のような悪い手本を真似しませんように。


 忍足がある日突然トキヤに生まれ変わって、忍足の片鱗が
 跡形もなく綺麗さっぱり消え去りますように。


 跡部の恥ずかしい言動がこれ以上増えませんように。あと、女子に本気の
 ジャーマンスープレックスをかけるのはやめて欲しい。それと、顔が良いということで
 調子に乗りすぎてるのがムカつくので、この世の美意識が平安時代の頃に戻って
 跡部はモテない、冴えない、可哀想の三重苦を味わいますように。
 あと、出来ればあいつが私の下僕になりますように。





「……あいつ、この露骨な差別がめっちゃムカつくわ。」

「ぎゃははっ!侑士滅茶苦茶書かれてんじゃん!俺も大概キツイけどな!

先輩…、これ見られたらマズイ…やつですよね…。」

「俺はに心配されるほどバカじゃねぇし!」

「あはは、ちゃん欲張りだC〜!書きすぎだねー。」

「でも、跡部のが1番念がこもってるよな。

「……戻ってきた瞬間に生まれてきたことを後悔させてやる。止めるなよ。」

「ちょ、ちょっと待ってください!まだ続きがありますよ?」


ぐしゃっと短冊を握りしめて、屈伸を始めた跡部を慌てて止める鳳。
いくらなんでも公共の場で、いつものような先輩達の地獄絵図を見せるわけにはいかないと考えたらしい。

机の上に捨てられた短冊を、樺地がゆっくりと開き最後の1行を読みあげた…





 

その時、大量のドリンクをトレーに乗せた2人が帰ってきた。



「おまたせー、何かドリンクが途中で切れちゃって時間かかったー。」

「…何してるんですか、全員ぼーっとして。」

「はい、じゃあ机に置いていく……ね……って、こ…これ!アレ!?なんでここに!?」



何故かくしゃくしゃになった短冊が、綺麗に机の中央に置かれている。
え…笹に、結んできたはずの私の短冊が…なんで!?

っていうか…これ…



「ま、まさか…みんな見た?」

いくら彦星に願っても、俺がを好きになることは一生ないわ、ドンマイ。」

うわああああああ!読んでんじゃん!


「一応選ばせたるわ、そのホットココアに顔つっこんで10秒我慢するか、
 シンプルに俺に殴られるか「どっちもイヤです、申し訳ございません!」

「おい。何か言い残したことはあるか。

「い…いや、いやいや…なんだろう、アレはほら。ちょっとした遊び心というかさー。
 ほ、本気で思ってる訳ないじゃん!跡部の発言が毎回ギャグセンス高いとか、
 女子に普通に技をかけるその神経がイカれてるとか、下僕にして
 毎日私の荷物を持たせたいとかそんなこと
「喜べ、大好きなこのレストランがお前の墓場だ。」

「ぎゃああああ!やっ、やめて腕もげる!もげるから店員さん見てるから!痛い!痛いっつってんだろ!


「自業自得やな。」


レストランで、公共の場で、男子学生に襲撃される女子学生。
そしてそれを見ても、何の驚きも焦りもなく淡々とドリンクを飲み続ける友達という名の悪魔達。

いよいよ私の腕が異次元方向に曲がるかもしれないと思ったその時、
不意に腕が解放された。


……ん?なんだ?


いつもの跡部ならあそこからエクストリーム思考回路が作動して
フィニッシュはアイアンクローで締めるはずなのに、
私をさっさと解放して、自分のメロンソーダを飲んでいる。

不思議に思った私が拍子抜けしていると、隣に座るぴよちゃんさまが
ピラピラと私の短冊をチラつかせた。


「……これじゃないですか。」

「…え?」

「最後の1行。…命拾いしましたね。」


そう言って短冊を手渡すぴよちゃんさま。

…何書いたっけ。そう言われて、改めて読み返してみると
なんだか顔が熱くなってきた。……うわ、これ読まれたのか恥ずかしい…。





顔を隠すために机に突っ伏すと、皆の笑い声が響いた。








が、ずっと氷帝テニス部の一員でいられますように。】