氷帝カンタータ





第31話 フローズン・メモリー





「じゃん!ついに借りてしまいました!」

「お前たぶん今、世界で1番出遅れてる人間やぞ。

「今更アナ雪借りてきたのかよー、他にあっただろー!ベイマックスとかさー!」

「やかましい!あの大フィーバー時代に金欠で世間のビッグウェーブに乗れなかった私の気持ちがわかる?
 クラス中の子から、何故か雪だるまを作ろうと執拗に誘われ続けたのを真に受けて
 長野のスキー場を勝手に予約した結果、皆に真顔でキャンセル料どうすんの?って責められた私の悲しみわかる?


部活を終えた土曜日の夜。
いつものように少し汗臭い少年達の溜まり場と化した我が家には
お馴染みのメンバーが好きなようにくつろいでいた。

当然のように我が家のメインソファに寝転がる忍足に、
テレビを占領してWiiに熱中するがっくん・宍戸。
床で死体のように転がっているジロちゃん。

昨日学校帰りに借りてきたんだけど、折角だから
誰かと見たいと思って今日まで取っておいたのに、何だこの残念な反応。


「っていうか、みんなはもう見たの?」

「なんかこうなったらもう見たら負けな感じがして、見てへん。」

「俺もー、タイミング逃した。」

「…あれだけ騒がれてると何か見る気しねぇんだよなー。」

「なんだ。全員まとめて時代に取り残されてる感じじゃん!さ、見よう見よう。」

「えー、あんまり興味ねぇんだけど。」


ブーたれるがっくんに、ここは私の家だぞと言わんばかりのじっとりした視線を送ると
観念したのか、そのまま床にゴロリと倒れ込んだ。


「っうー……なにー…痛い、がっくんー。」

「ジロー、帰る?なんか今からがアナ雪見るとか言い出したぞ。」

「…アナ……んー…あ!レリゴーだ!見る見る〜!俺、見たかったのコレ!」

「良かった!これでやっと私達も世間に顔向け出来るね…!」

「大袈裟やろ。もうええわ、さっさと見てまうで。」


私の手元からDVDを取り上げて、我が物顔でデッキにセットする忍足。
なんだかんだ言って、映画を見るとなるとワクワクし始める氷帝テニス部U-5(アンダーファイブ)

(跡部が私、がっくん、ジロちゃん、宍戸に対する別称として定めたグループ名。
 5歳児並かそれ以下の知能という意味らしい。「じゃあ貴様はover30だな」と我ながら
 鋭いスマッシュを撃ち返したら、3次元のボールがこめかみにめり込んでいた。
 思い出したらズキズキしてきた。)

この子達も、もうちょっと素直なら可愛いのにな。



「待てよ、俺先にトイレ行ってくるから。」

「あ!じゃあ、ちゃんジュースジュース!ポップコーンも!」

「え、どうしよう…ポップコーンはないから…枝豆でもいい?」

「全然映画館っぽくないけどいいじゃんそれで。」

「ほな、俺電気消してくるから。ほら、宍戸はよ行って来い。」


































「…………ねぇ、ちょっとおかしなこと言ってもいい?

「「「「…そういうの大好きだ。」」」」

「うおおお!何コレ、めっちゃ楽しい!なんか想像以上に良い映画だったよね!」


誰も一言も声を発さないまま、映画は終わり
エンディングのクレジットを眺めながら呟いた一言に
予想外の人物も含めて全員もれなく反応してくれたことにテンションがあがる。

どうやら映画の感想は皆も同じだったらしく、
エンディングのレリゴーが流れる中で、各々が熱く語り始めた。


「っつか、結構序盤でレリゴー歌うのな!」

「お前、あの時の雪と氷見てた?あれもう2次元じゃねぇだろ…すげぇ…なんか…すげぇ雪と氷!って感じだったぞ!

「宍戸の貧困なボキャブラリーでもよく伝わってくるレベルのクオリティだったよね!マジで!」

「しかし、まぁなんや…女がえらい強くてカッコええ感じやったよな。」

「俺はねー、エルサ派ー!」

「それは意外!ジロちゃん、絶対アナだと思ってた!」

「俺もエルサやわ。あの強気でナイーブな女王様を守ってやりたいやん?」

「それなら、アナもさー、つま先から頭の先までポジティブの塊です!大丈夫!取り敢えず絶対できるよっ☆
 みたいな無責任に明るい感じも可愛くて良くない?」


鑑賞前に興味が無いだの、なんだのと文句を言っていたとは思えない程
話しが盛り上がる。やっぱり、1人で見るより誰かと見たほうが
こうしてすぐに話題を共有できるから、良いな。

宍戸なんか、最初はソファに寝そべってたというのに
いつの間にかテレビの真正面を陣取って三角座りしてたし。


「はー…でも、何かかなり充実感あるわ。やっと皆が何故雪だるまに固執するのかもわかったし。」

「俺も歌練習しよーっと。、お前ハンス王子役な。」

「なんでよ!アナがいいよ、そこは!」

「見てて思ったけど、あのお城…結構造りとか部屋が跡部の家に似とったな。」


ソファに深く腰掛け、携帯を弄りながら何気なく忍足が口にした言葉に、
私達の時間が一瞬止まる。



「……それだ。」

、たぶん俺も今同じこと考えてる。」

「やべぇ、ちょっとワクワクしてきた。」

「…何?何の話してんの?」

「跡部の家でアナ雪ごっこすればE−じゃん!ってことでしょ?」


言葉に出さずとも全員の考えていることが同じだと判明した時、
私たちは誰からともなく立ち上がり、笑顔でハイタッチをしていた。
それを冷めた目で見る、氷帝テニス部over30の副部長。


「そうだよ!跡部の家があれば、アナ雪ごっこもさらに楽しくなるはずだよ!」

「皿もな!皿もたくさんあるし!」

「窓もドアも開いてるし!パーティもできるし!」

「そういうの大好きだC〜!」



それぞれが、自分の頭の中にわきあがる数々の名シーンを
口に出さずにはいられないのか、いつの間にか手を繋ぎくるくる回りながら
興奮を抑えきれずにはしゃいでいた。

そこにアイス・バケツ・チャレンジの如く盛大に冷や水を浴びせる
時代が生んだ空気読めないゆとり世代代表、忍足。


「そんなもん跡部が許すわけないやろ。」

「それを何とかするのが、あんたの仕事じゃないの?そんなことも出来ないで
 何が氷帝の天才ですか。それじゃ氷帝の凡人じゃない、つまり平民。」

「どつきまわすぞ。」

「まぁ、でもさ…取り敢えず行ってみればなんとかなりそうじゃね?」


そうなんです、私はがっくんのこういう
「とにかく当たって砕けてその後の事は、俺しーらねっ!」
みたいなポジティブオバカなところが大好きなんです。男の中の男だと思う。


「そうと決まれば早い方がいいC〜!」

「は?!今から行くつもりかいな!」

「…忍足。」





ソっと帽子を脱いでソファに寝そべる忍足の前に立ちはだかる宍戸。

珍しく真剣な顔をしているからか、忍足もジっとその目を見つめる。


















「……少しも寒くないぜ。」







「いや、その使い方はおかしい。」

「うん、強烈にスベってる。寒い。超寒い。
宍戸に期待した私が間違ってた。」

「う…うるせぇ!ちょっと言ってみたかったんだよ!」

「あー、俺だって言いたかったのにズルイ!俺も言いたい!」

「ジロちゃん、それは跡部の家までとっておこうね!
 着いたら、屋敷中の扉という扉をギッコンバッコンしながら言いまくろうね!」

「……アカンわ、マジで話通じへん。」

「…じゃあ、忍足は行かないのね?」

「…………行く。」


































ドンッドドドンッドンッ


「「「「跡部っ!!!」」」」





「雪だるまつくぅふべらっ!!



「……てめぇら…、何してんだ。」



事実は映画より奇なり。


映画ではこんなんじゃなかった。
アナが扉の前で盛大にブっとばされる場面とか無かった。

全身を抑えながらうずくまるアナ(15歳)を、
まるで無かったもののように無視する皆が、私もう怖い。


「…大体どうやってここまで入ってきた。」

「あのねー、ミカエルさんに電話したら入れてくれたよ!」

「……ッチ…ゾロゾロ来やがって…なんの用だよ。」


いつもより3割増しで眉間に皺を寄せた不機嫌跡部が
テロテロの紫のパジャマだか部屋着だかわかんない服で出てきた。

もちろんアナ雪を見ていないであろう跡部は、
単純にドアをどんどんされたのが気にくわなかったのだろう。
1%の可能性に賭けた私達は敗れたのだ。


「あのさ、跡部にお願いがあって来たんだよ!」

「アーン?明日の部活じゃ遅いのかよ。」

「遅い!俺たちはこの熱を今すぐ放出したいんだよ!」

「忍足、お前の責任だ。きちんと日本語訳しろ。

「……あー…まぁ、なんや…。」


テンションがオーバーチョモランマな私達の熱を
心底ウザく感じたのか、跡部はついに対話を諦めた。

忍足を睨み付けるその姿はさながら…


「……何か、跡部って…エルサみたい。」

「……あ?」

「…確かに、そう言われてみれば…。雪の女王だし…。」

「急に押しかけてきてそれ以上意味不明の発言を繰り返したら、この場で張り倒すぞ。


マズイ…!
跡部の怒りメーターが振り切りかけているのが見える…!
このままでは、私たちの悲願であるアナ雪ごっこが出来ない。
それは嫌だ。

クソ、どうすれば…
忍足は援護射撃するでもなく、ボーっと突っ立ってるだけだし
がっくんやジロちゃん達のテンションメーターも
跡部を前にして心なしか落ちてきている気もする…。

せめて、跡部がアナ雪を知っていればきっと……



「………あ、そうか。」

「なんだ。」

「ね、跡部。今から一緒に映画見ない?」

「見ねぇ、うるせぇ、目障りだ、帰れ。

「そ、そんなラッパーみたいにリズムに乗せてディスらなくても…そんなこと言わずにさぁ!楽しいの!本当に!」

「お前が楽しいって言ったものが、楽しかった試しがない。」

「……こ、この映画…トイストーリーより興行収入上なんだぜ。」

「………トイストーリーより、だと…?」


ナ…ナイスアシスト宍戸!

固く両腕を組んでいた跡部が、思わず腕を外すぐらいには
破壊力のあるセールスポイントだったようだ。
あと、ここでもう何発かキめれれば…!


「…それに、ほ、ほら。氷とか雪がテーマでさ!俺達の"氷帝"にピッタリな感じなんだよ!」

「………。」

「あ!あと、榊先生がこの映画のサウンドトラック買ったぐらい歌が良いんだよ!」

「…………シアタールームはこっちだ。」


ついに陥落した氷の帝王に、私たちは小さくけれど熱いガッツポーズを交わした。

































「……跡部…ゆ、雪だるまつくーろー…?」

「……あっちいけ、ゴミ虫。」

た、耐えろ!ここでキレたら全部水の泡だぞ!

「わかってる…わかってるけど、ゴミ虫て…エルサはそんなこと言わない…!」


無事映画鑑賞が終わり、本日連続2回目の鑑賞だった私たちは
飽きるどころか、さらに妄想に妄想が膨らんで
もう今にも走り出して、跡部の屋敷の窓を開け放ちたい衝動に駆られていた。


「…これに出てくる城が跡部の家に似てる言うたら…この有様や。」

「………なるほどな。」

「…どうだよ、跡部。結構良かっただろ?」

「…まぁ、トイストーリーには及ばないが…グラフィックも歌も悪くねぇ。」

「じゃ、じゃあ…!!」


スクリーンの真正面でドデンと偉そうに座る跡部に、
今だけだと思って精一杯下手に出て、顔色をうかがう私達。

祈る気持ちで両手を組みながら跡部を見つめる私に
チラリと視線を寄越して、フゥと小さくため息をついた。


「…あまり騒ぐんじゃね「いいいやっほぉおおー!」

「行こ行こ!がっくん早く!ほら!っまどもドアァも、あいてぇるーー!

「おい、俺前に見たんだけど、1階の部屋にでっかい絵画と柱時計あったぜ!」


「宍戸ナイス!俺、壁の絵とおしゃべりしちゃう!」

「待って、私も柱時計見てカチコチしたい!」






「……本当に中学3年生なのか、あいつら。」

「…そこのスクリーンの後ろにさりげなくバズの人形飾ってる跡部も大概やけどな。」

「黙れ。」



































「ねぇ!見て、ちゃん!……すこーしも寒くないC〜……!


バンッ



「ぎゃははははっ!ジローめちゃくちゃ良い扉見つけたな!」

「あー、もうお腹痛い…っ!もうやめてジロちゃん、笑いすぎてなんか…なんかもう吐きそう…!

「なぁ、おい。コレ、見て。」


宍戸が見つけた部屋の中で、これでもかというぐらいアナ雪ごっこを楽しむ私達。
床に這いつくばって転がりまわる私とがっくんに、可愛いキメ顔で部屋から退出していったジロちゃん。

そして、宍戸が何やら思いついた様子で少し頬を赤らめながら私たちの視線を奪う。
何かと思えば、部屋から一緒に出ていくように私達を促す。


「ねぇ、次は何みつけたの?」

「…見とけよ。」


部屋を少し出たところで出くわした忍足と跡部に怯むでもなく、
私達を誘導する宍戸。そして、急にこちらを向いたと思ったら、なんと、歌いだした。



「…どこ〜ま〜でやれ〜るーか、自分をためーしーたいの」




「こ…これはエルサ様のレリゴーじゃない!?」

「な、何をしようってんだ宍戸…!」

「なぁ、もう俺帰ってええかな。」


急に何かが乗り移ったように歌い始め、帽子をマントのように投げ捨てる宍戸を
興奮の眼差しで見つめる私達。ゆっくりと歩きながら歌う姿を見て、
フと、映画のワンシーンがフラッシュバックする。


「そうよ〜…変わるのよ〜…わったっしぃいいいいいい!」



その瞬間、目の前の大階段を片足で踏みつけ、物凄い勢いで駆け上がっていく宍戸。
いや、エルサ


同時に呼吸が出来ない程の笑いに襲われ、その場に倒れ込む私達。


ありのぉおおおおおままでぇぇえええええ!空にぃいい風にぃいいのってぇえ〜ええ〜!……


1人で見えないところまで駆け上がりながら歌い続ける宍戸を直視できない。
もう、本当バカすぎて面白すぎて涙でる…!

どうせ、跡部や忍足はそれを冷めた目で蔑んでいるんだろうな、と思いながら
チラっと見てみると


「…あ、…跡部が笑ってる。」

「へっ!?…うわ、本当だ。」

「っく…ふごふぉっ。っげほん、別に…笑ってるわけじゃねぶふぅっ!

「ほら!ほら笑ってるじゃん!あはははっ!」

「おーい!お前らもやってみろよ、めちゃくちゃ楽しいぞこれ!」


階段下でのたうち回る私達にはるか上空から少し火照った頬で嬉しそうに呼びかける宍戸は
案外秘められた才能があるんじゃないかと思ってしまう程、面白かった。






ちゃーん!みんなー!ちょっとこっち来てみてー!」

「次は何見つけたの、ジロちゃーん!」

「いいからいいから!早くー!」


姿の見えないジロちゃんの声に、私たちは一度顔を合わせて、
そのまま階段を駆け上がった。














「ねぇ!このバルコニーさ、何かに似てるでしょー?」

「え…もしかして…あ!!」


辿りついた先は、どこかで見たような風景だった。
うっすら月が見える空を背景に、バルコニーに
カッコよく腰掛けるジロちゃんは、もしかして…



「…ね、ねぇ、ちょっとおかしなこと言ってもいい?」

「…そういうの大好きだ!!」


私が1番好きな曲がジロちゃんという王子様と再現できていることに
うっとりしすぎて、笑うのも忘れてしまっていた。

私の手を取りバルコニーで踊るジロちゃんを見て、
後ろでは大爆笑の声が聞こえるけど、私、今もうアナだから!アナになりきってるから!

どうにかして、このまま例のあの最後のセリフまでいきついて
ジロちゃんとの婚姻の事実を作ってしまえれば…と思っていると


「2人だからぁあああ!扉あけてぇえええ!…ってえ、あれ?ジロちゃん?」

「交代交代!ほら、早く跡部!」

「っちょ…!」


トタトタと走って行ってしまったジロちゃんは、次は跡部の手を取り
ハンス王子の役を譲ってしまった。バルコニーに取り残された私はどうすればいいのか…

しかも跡部がこんなことしてくれる訳ないのに…





「…ハッ、俺が手本を見せてやるよ。」

「……え、や、やるの?」



















「…教えてっよ、何が好きーかっ」

「「「「ぶふぅっ!!!!」」」





普通にリズムに乗りながら、軽快なステップで歩んできた跡部を直視して
私も皆も耐えられるはずがなく、今までで1番の衝撃と共にその場に崩れ落ちた。





「……てめぇ…、俺様がノってやってんだぞ。」

「ごっふぉっ…ふふっ…はぁ、ちょっ…もう…無理無理無理!あははは!」

「アカンわ…めっちゃおもろい…。」

「負けた…アレはズルイだろ…!」

「あはははっ!すごい跡部!本当にハンス王子みたい!」

!そのまま続けて!面白いから…!絶対面白いから!


それは私もわかってる…!
跡部が珍しくノってくれてるんだから、これを逃す手はないと思ってるけど
笑いを抑えきれないんだもん…!

なんとか呼吸を落ち着けようと深呼吸をしていると、
目の前の跡部がいつの間にか私の胸倉を豪快に掴み、ハンス王子も真っ青の
光を宿してない瞳で睨んでいた。


「…教えてっよ、何が好きーか」

「っく…っサ、サンドウィッチ!」

「僕と同じじゃないかぁ!」

ぶっふぉっ!!うっ…くっ…!



ノリが良すぎる跡部に吹き出す私を、拳で黙らせるハンス王子
マジでもう何がしたいのかわからないけど、確実に言えるのは
たぶん、跡部はアナ雪を結構気に入っているという事。

人の苦労も知らずに、笑い転げている奴らを気にもせずに
私の腕を強引に引き寄せ、グルグル躍らせる跡部。
壊れたマリオネットのように為されるがままの私は、段々とちょっと跡部のテンションに引き始めていた。
…あるじゃないですか、ちょっと予想しないテンションで来られると…ほら、あの急にサーって冷めること…。



「おかしなこと言ってもいい?」

「ひっ…!」

「僕と結婚してくれ!」


何故か綺麗ながっつりキメ顔で私に求婚してくる跡部。
いや…ハンス王子なのか…?なんか、もう怖いよ…急に何のテンションなのよ…。








「え…無理です、それは…。」

「…………てめぇ…。」

はっ!ちょっ、ごめっ、あまりの必死さに引いてしまってつい本音が…いやっちょっそれはダメダメダメダメ!


途端に元の跡部に変身した彼は、よっぽど私の失態にムカついたのか
私を身体ごと担ぎあげて、もう本当こういうところがマジでよくわからなんだけど、
バルコニーから放り投げようとしていた。
































「おい、……教えてよ…なにが好きか…。

「…っく…ぶ…豚の生姜焼きだ、文句あッゴフォウ!

「…真面目にやれよ。」












わかってます。

私達がその場のテンションで安易に突っ走りすぎたんです。

彼も榊先生と同じセンスを持っている男です。

たぶん、普通にこの映画の数々の歌が気に入ったんだと思います。

あの変なところで無駄に素直な跡部に、この作品を見せたのが間違いだったんです。





それは反省しているんですけど、

でももうさすがに3週間以上毎日毎日毎日毎日「好きなものは何か」と聞かれ続けて

「サンドイッチ」と答えなければ真顔で殴られる生活にはうんざりなんです。半分ノイローゼです。

しかも、その歌い方も段々と歌じゃなくなってきてて、半分恐喝みたいに「教えてよ…何が好きか…」

って急に耳元で呟かれるのがマジで怖いです。もう、あいつ自身も自分で何をしてるかわかってない気がします。

絶対憑りつかれてるだろ…!




跡部に見せるディズニー作品は事前に厳密な審査をしようと、心に決めた、そんな冬の1日でした。