氷帝カンタータ
第33話 がきんちょキッズ
「みんなビッグニュース!次の数学、先生休みでA組と合同だって!」
「うそー!え、やだ、今日寝癖酷いのに!」
「…ねぇ…それより…あ、跡部様の隣の席とかになったら…どうする!?」
「無理…無理だよ、だって次4時間目じゃん!お腹の音とかなったらどうしよー!」
3時間目が終わった後の10分休憩中。
真子ちゃんとお手洗いに行って、教室に戻ってみると主にクラスの女の子達がてんやわんやの大騒ぎだった。
「なんかあったのー?」
「あ、ちゃん!次の数学の時間、A組と合同教室で合同授業なんだって。」
「珍しいね、合同授業とか久しぶりな気がする。」
瑠璃ちゃんに聞いてみると、騒動の理由がすぐにわかった。
A組と言えば跡部がいるクラスだ。
今までも何回か合同授業はあったけど、なんとなくいつもと違う雰囲気でワクワクするんだよね。
「瑠璃ちゃん、真子ちゃん。たぶん自由席だし近くに座ろうよ!」
「お、いいね。最近隣の席になることなかったもんね。」
まだ休憩時間は5分以上あるけど、合同教室で3人一緒に座るためには
早めに行って席を確保しておく方がいいかもしれない。
そう考えた私達は教科書を準備して、さっさと教室を後にすることにした。
「よし!じゃ、行こっか!」
「…あ!待って、さん!」
「ん?……どうしたの、皆そろって…。」
教室の後ろの扉を開いた時だった。
まだ教室に残っていた華崎さんをはじめとする女の子達10人ぐらいに呼び止められる。
やけにニコニコと笑顔の皆。……何だろう。
「あの、良かったら私達もさんの近くに座ってもいいかな?」
「へ?いいよ。じゃあ早く行こ、人数多いし席確保できないかもよ!」
「そ、そうだよね!ほら、みんな!早く行くよ!」
華崎さんの掛け声で一斉にバタバタと準備を始めるみんな。
…あ、もしかして少人数で座るとA組の子が隣になったりするかもしれなくて嫌だから
固まって座ろうよってことなのかな。
少し華崎さん達の笑顔がぎこちなかった気もするけど、その時の私は特に深く考えていなかった。
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「わぁ…もう結構埋まっちゃってるよー。後ろの方はダメだね。」
「あっ!!あ…空いてる…やっぱり!」
「え?華崎さんどうしたの?」
「い、いや…なんでもないよ!さんは、あの席がいいんじゃないかな?」
すでにたくさんのA組生徒が座っている合同教室。
やっぱりというか、考えることは同じというか…
結構A組はA組で固まって座っている感じで教室の半分側がほとんど空いていた。
私達の大人数で固まって座れる場所はないかと探していると、
華崎さんに腕を掴まれぐいぐいと引っ張られる。
そして彼女が指定してくれた席に近づいて、私はやっと彼女達の目的に気付いた。
「…アーン?なんだ、ぞろぞろと。」
「……い、いや別に…。ちょっと…ちょっと華崎さん達いいかな?」
「お願い!さんしかこんなこと頼めないよ!」
「……念のためにもう1回聞いていい?」
「だから、出来れば跡部様の近くに座りたいんだけど、ほら…もしお腹がなったりしたらすっごく恥ずかしいでしょ?
でも、跡部様の隣にさんがいてくれればもし誰かのお腹がなった時でも、最悪さんのお腹の音ってことに出来なかな?って…。」
「そんなキラキラした顔でとんでもねぇこと言ってるってことは皆一応わかってるんだよね?」
「あはは!そういうことかぁ。」
「どうりでいつもA組で跡部君のまわりにいる女の子も今日は離れて座ってるんだねぇ…。」
「笑いごとじゃないよ真子ちゃん!みんな…みんな酷いよ!友達をハメようとするなんて…!」
「ほら…私達、教室で跡部様を見る機会なんてないじゃない?でも…でもずっと夢だったの!」
必死に懇願してくる皆に後ずさりしてしまう。
廊下の隅でクラスメイトにこんな風に取り囲まれてるなんて、
傍からみたらどう考えてもヤキ入れられてるようにしか見えないはずだ。
「隣の席はさんに譲るから…お願いします!」
「全力でノーサンキューだよ…何が悲しくて授業中まで跡部の近くにいないといけないの…。」
「……わかったよ、これは最後の手段だけど……仕方ないね。みんな。」
折角の合同教室なんだもん、真子ちゃんと瑠璃ちゃんの隣に座って
秘密で手紙を回したりしたい。そういう楽しいことしたいのに、跡部なんかの隣に座ったら
下手なこと出来ないじゃないですか。絶対アイツ私が先生に指されて答え間違ったりしたら
A組の皆を先導してアホみたいに高笑いするに違いない。率先して馬鹿にするに違いない。
私の心は断固として拒否だよ、ということをやんわり華崎さん達に伝えると
彼女たちが一斉にポケットのあたりをゴソゴソと探り始めた。
「はい、ここに皆から集めた寄付金、3万円がある。」
「いや、マジでやめて!ひ…必死すぎるよ、怖いよ!」
「さん、私達本気なの。多少の出費は辞さない覚悟だよ。」
「…わ、わかったって!3万とかいらないから…後でジュースおごってよね。」
3万円を私の手のひらに握らせた華崎さんの目はマジだった。
…そこまで頼まれたら断れるはずがない。
っちぇ。仕方ない、ここはみんなのために犠牲になるしかないか。
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「……別の席に行け。授業中にお前のシケた面が隣にあるとか拷問かよ。」
「言い過ぎだからね、照れ隠しにしたって度が過ぎててちょっと引くからね。」
「アーン?ついに頭おかしくなったか。」
「これは私の意志じゃないの。1時間ぐらい我慢しなさいよ。」
休憩時間も残りわずか。
私の後ろには女子集団がぞろぞろとついてきている。
教室に入って、友達と話す跡部の後ろ姿を見て、やっぱり嫌だなぁ、という気持ちになったので
もう一度振り返って華崎さんにアイコンタクトを送ると、
真顔のまま顎で「早く行け」と指示された。っく…やっぱりジュース1週間分とかで交渉しとくんだった…。
渋々跡部の隣の席の椅子を引くと、教室が少しざわついた。
後方の席にいるA組の女の子達からの刺さる様な視線に耐えながら
教科書や筆箱をセットする。あー、早く授業始まってほしい。
私からのせめてもの条件で、前の席に真子ちゃん、後ろの席に瑠璃ちゃんという配置にしてもらった。
前後に2人の天使がいることで、いい具合に隣からの負のオーラを中和してくれてる気がするから。
そして、隣には華崎さん、それを囲むようにクラスメイトの女子達が座っている。
隣にいる跡部は特に気にしていないようだけど、皆がそわそわしているのがよくわかる。
…なんか、嬉しそうな皆を見ていると自分がものすごくいいことをしたような気になってくるよ。
「起立ー、礼!着席。」
「はい、もうわかってると思いますが今日は合同授業です。それでは教科書を出してー。32ページからです。」
A組の日直が号令をかけると、いつもの2倍大きな椅子を引く音が響いた。
合同教室は普通の教室よりも広いので先生は大体マイクを使う。
先生からの指示で、皆が教科書を開く。バサバサと音を立てて、またすぐ静かになる。
のんびりとした先生の声がマイクを通して響き、授業が始まった。
…はずなのに、なぜか隣の男はキョロキョロと挙動不審に周りを見ている。
合同授業にテンションあがってんのか?恥ずかしい奴…なんて思っていると、
私の反対側の隣にいた友達に、小声で話しかけている。
「…おい、国語って言ってただろうが。」
「ご、ごめん!間違えた!俺も国語の教科書しか持ってきてない…。」
「…ッチ。」
隣にいたので、その会話の全てが聞こえてしまった。
チラリと跡部の机を見ると綺麗に国語の教科書が揃えられている。
思わずブッと吹き出すと、ギロリと睨まれる。
「……先生。」
「はい、なんですか跡部君。」
「教科書を間違えて持ってきてしまったので、教室に戻って良いでしょうか。」
「あれまぁ、じゃあ隣の人に見せてもらって下さい。」
先生がにこりと微笑んで、そのまま授業は続行される。
ッププ!めっちゃ恥ずかしいじゃん、これ絶対部活の時みんなに話してやろう…。
そんなことを考えながら必死に笑いをこらえていると、
ガコンッと私の机が横へスライドした。
……どんな勢いで机ぶつけてきてんだよ…指挟んでたらどうすんの、怖い……。
「…ちょ……何?」
「……………。」
「反対の隣の子に見せてもらってよ!」
「あいつも忘れてんだよ、見ればわかるだろうが。」
「なんでちょっとキレてんの、めっちゃ迷惑なんですけど。」
「黙れ。」
…わかる、わかりますよ。必死に恥ずかしさを堪えてるんだよね。
跡部だって私達と同じ思春期なんだもんね。
フゥっと少し深呼吸をして、今にも拳が飛び出しそうな気持ちを抑える。
…私が大人にならないとダメなんだ。跡部と同じ小学生レベルのステージで戦ってたらダメなんだよ、。
「…仕方ないから見せてあげるよ、はい。」
「……………。」
生暖かい目で優しく声をかける私を、親の仇に会ったかのような眼差しで睨む跡部。
いつもならここで拳が飛んできてもおかしくないけど、やっぱり授業中は跡部も理性が働くのか
フイっと私から視線を逸らし、頬杖をつきながら教科書を眺めていた。
「えーでは、ここで練習問題2があるので皆さん解いてみて下さいね。」
カッカッとチョークの音を響かせながら先生が黒板に練習問題の文章を書き写す。
…と、いうことはコレたぶん誰かが当てられる感じだな…。
心の中で当てられませんように、と祈りながらノートに「練習2」と書き写していると、
隣の席でサラサラとシャーペンを走らせる音が聞こえた。
気付かれないように跡部のノートを見てみると、あっという間に練習問題を解いてしまっているではないですか。
出来るだけ私の方は見ないようにという抵抗のつもりなのか、
反対側を向くように頬杖をついたのが失敗だったね。
こっそり跡部のノートを盗み見ながら、私はいつもなら皆が解き終わった後も数分かかるであろう練習問題を
いとも簡単に解いてしまった。…ふー、これはかなり楽だわ…。
跡部の隣の席ということにこんな特典があったなんて…。
そんなことを思いながら余った時間でノートの隅にパラパラ漫画を描いていると、
右肩のあたりに視線を感じた。
「………な、何よ。」
「…そんなことばっかりしてるからお前はバカなんだな。」
「……早く練習問題解き終わったから時間余ってるんですー。」
私の書いた下手くそな犬の絵を見て、跡部がハッとバカにしたように笑う。
その視線からノートを隠すようにして、パラパラ漫画の作成を続けていると
マイク越しに私を呼ぶ声が聞こえた。
「えー、ではさん。問題の解答をお願いします。」
「は…はい。0≦y<6です。」
「おや、おかしいですねー。練習問題2ですよ?」
「え!?」
いつもなら「まだ解けてません……」と消え入るような声で答えるしかないところだけど、
今日の私は一味違う。不正な手段を用いたとはいえ、私のノートにはばっちり解が書かれているのだ。
A組の皆もいるので、ちょっと出来る女の子風に気取って答えてみたのに、
先生はポカンとした顔をしてるし、教室も若干ザワついてる。
まさか…跡部の野郎間違えやがったな…!
そう思って隣を見ると、机に伏せて笑いをこらえている跡部がいた。
え……何……。混乱する頭で、その場に突っ立っていると、先生が続けて言った。
「えー…、じゃあ隣の跡部君。どうですか?」
「……ゴホッ……−9<y≦0です。」
「はい、正解。2人とも座ってくださいねー、えー、この問題は………」
呆然としながら椅子に座る私と、肩を揺らしてずっと笑ってる跡部。
……おかしい。絶対おかしい!
ノートの上に置かれた跡部の腕を掴んで、奴のノートを無理矢理見てみると
「……さっき書いてた答えと違う…。」
「…バーカ、お前がやりそうなことぐらいお見通しなんだよ。」
「……っひどい!」
「人のノート盗み見るのが悪いんだろ。」
嵌められた…。
跡部はわざと間違った答えを最初ノートに書いて…
私がカンニングしてることに気付いてたんだ…。
だからさっき私のノートを見てたのか…!
「…そんなことばっかりしてるからお前はバカなんだな。」
跡部があの時言った言葉を思い出して、カっと顔が熱くなる。
……最悪だ、めっちゃ恥ずかしい…。私のクラスだけじゃなくてA組にまで恥を晒した…!
「……教科書見せてあげてるのに。」
「それとこれとは全然関係ねぇだろうが。」
「本当、跡部って底意地が悪いね。」
なんとなく恥ずかしくて、捨て台詞を残してそっぽを向く。
……悔しい。
悔しい…悔しすぎて……なんとかやり返してやりたい。
こんな風に思うことが、本当子供っぽいなと自分でも思うし
元はと言えば自分が悪いんだけど……だけどさぁ…!
恥ずかしさでグルグルしている脳内で、色んなことを考えていると
フと教科書のページがペラペラとめくられていることに気付いた。
「…………なるほどな。」
「ちょっと何してんの、落書きしないでよ。」
「にしては面白いこと考えるじゃねぇか。」
いつもより広い教室なので、小声で少し話したぐらいでは先生は気づかない。
跡部が1人でブツブツ呟いていたので何かと思えば、
私の教科書の端に落書きをしていた。
さっき私がノートに描いていたのを見ていたのか、
鳥っぽい絵を何枚か端に描いてパラパラとページをめくり、満足そうに頷く跡部。
それ、自分のノートでやれよと思ったけど、これ以上絡むのも面倒くさいので放っておいた。
・
・
・
「…………すぅ……」
……こんなに堂々と授業中に寝る奴がいるのか。
授業も半分ほど過ぎた。
授業開始時から落ち着きのない奴だとは思ってたが、
ついに座ったまま寝始めた。
こんなことならその無駄な教科書をぶん取ってやればよかった。
1時間の間にほとんど教科書なんか見てないじゃねぇか。
こくりこくりと前後に揺れるの頭を眺めながら、自然とため息が漏れる。
…つくづくバカだな。
しかしさっきの解答をカンニングして、したり顔で答えていたのはさすがに笑えた。
そういえば、数学が特に嫌いだとか言ってたか。
そんなことを考えていると、また大きくの頭が揺れる。
手元を見てみると文字なのか何なのか意味不明なものがノートに描かれている。
思わず吹き出しそうになるのをグっと堪えて、顔を覗き見てみると
見事にバカまるだしの幸せそうな顔だった。
「………っいて!………え…!?」
「……寝てんじゃねぇぞ。」
手の甲に刺すような痛みを感じて飛び起きてみると
あと10分ほどで授業が終わる時間だった。
先生は後ろを向いて板書をしている。
…ということは、今私を起こしたのは跡部か…。
「痛い…普通に起こしてくれたらいいのに…。」
「隣でユラユラ揺れてんのがウザイんだよ。」
だからって……だからって女子の手にシャーペンを執拗に刺すっておかしくないですか。
手の甲に薄く残った黒い芯の跡をさすりながら跡部を睨む。
「……はぁ、お腹空いたね。」
「お前、たった1時間だけ授業に集中することすら出来ないのか。」
「あと10分じゃん、もう終わったようなもんだよ。あ、今日とんかつ定食の日だ。」
「………ハァ。」
わざとらしくため息をつく跡部を無視して、今日のお昼ご飯に心踊らせていると……
グゥゥウウウ………
どこからか聞こえた大きなお腹がなる音。
この広い教室でも聞こえるぐらい結構大きめの音だったからなのか、
周りからクスクスと笑い声が聞こえてきた。
…今、私の隣から聞こえてきた気がしたけど…
そう思って華崎さんをチラリと見ると、
顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。
…ぜ…絶対、華崎さんだ…!
そこで、私は授業が始まる前の言葉を思い出す。
「跡部様の隣にさんがいてくれればもし誰かのお腹がなった時でも、最悪さんのお腹の音ってことに出来なかな?って…。」
…はっ!
私の隣には跡部がいる。
私でも聞こえたってことは、跡部にも聞こえてるはず…。
ここでもし華崎さんがお腹をならしてしまったと気づかれたら、きっとショックを受けるはずだ。
……現に皆がクスクス笑う声は、少しずつ伝染している。
笑っている理由を聞いた誰かが、また隣の誰かに伝えて…そんな感じで広がっているんだ。
……ここはせめて、跡部にだけでも、「今のお腹の音は私のなんだよ…」って伝えたほうがいいのかもしれない。
そうすれば少なくとも華崎さんは救われるはずだ。
跡部の事だから、また呆れて「寝ることと食うことしか考えてない野生動物だな」とか言われるかもしれないけど
仕方ない。ムカつく顔で嘲笑いながら言いそうだけど仕方ない。
意を決して、隣で真っ直ぐ黒板を見ている跡部に声をかけようとすると、
パチンッ
急に跡部が手を挙げ、指をパチンと鳴らした。
……え…何だろう……。
私と同じように、教室にいるみんなの視線が跡部に集まる。
これは跡部特有の挙手の仕方なんだろうか、めっちゃダサイ…とか思っていると、
スッと手を下ろし、一言、こう言った。
「俺だ。」
………ポカンと口を開く私。
無駄にカッコイイ顔で静かに目を閉じ、腕を組んで座っている跡部。
さっきまでザワついていた皆が「跡部様だったんだ…」「ちょっとレアじゃない?私今日ラッキーかも!」
なんて感じでコソコソと話している。
明らかに雰囲気が変わった。
お腹が鳴ってしまったことをバカにして笑うような感じではなく、
跡部のお腹が授業中に鳴るなんていう場面に出会えたことに対する喜びの雰囲気に溢れていた。
私の隣でお腹を鳴らしてしまったはずの華崎さんは、
目に涙をためて両手を合わせ跡部の方向を見ながら静かに拝んでいた。
小さく「神よ…」とつぶやいていたのがちょっと怖かったけど。
……なんだよ、跡部。
……めっちゃカッコイイじゃん。
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・
・
「お疲れ、跡部!」
「………なんだ、気持ち悪い。」
「いやー、今日の跡部はカッコよかったなぁーと思ってさ。」
放課後の部活が終わった。
跡部にタオルを手渡す時に、いつもの53万倍ぐらい愛想よく渡してみると
当然というかやっぱり気味悪がられた。
でも、今日の華崎さんのピンチを救った跡部は本当にカッコよかった。
これが跡部が跡部たる所以なのか、とものすごく感心した。
「本当は自分じゃないのに、わざわざお腹がなってしまったよ宣言するなんてさ。
やっぱり跡部って意外と大人だったんだね。きっと本当に鳴っちゃった子も感謝してるはずだよ。」
「……その様子だとまだ気づいてないみたいだな。」
「………何が?」
「……部室戻って見てみろよ、制服の後ろ。」
ハハハッと嫌な高笑いをしながら立ち去っていく跡部。
……嫌な予感がして急いでロッカーへと走る。
制服の背中側を見てみると、そこにはルーズリーフを半分に切った雑なメモ用紙が貼られていた。
「………やられた……!」
恐らく私が授業中に寝てる時に張り付けたんだろう。
「授業中居眠りしてました」とデカデカと書かれたそのメモ用紙にがっくりと脱力する。
……マジでくだらない……。
華崎さんを救った時の、あの大人の跡部はどこにいってしまったのかと思う程の
子供じみた嫌がらせに大きくため息をついた。
どう見ても跡部の筆跡のソレを見つめながら、フとある違和感に気付く。
「……あれ…?≪眠≫ってこんな字だっけ…?」
なんとなく気になって携帯で調べてみると、
やっぱりその漢字は間違いだった。
居眠りの≪眠≫の字が≪眼≫になっているじゃありませんか。
自分でも抑えきれないぐらい口の端が釣り上がる。
これはいいネタが入った…!
盛大に跡部をからかってやろう!
跡部がドヤ顔で書いたであろうそのメモを握りしめて、
私は意気揚々と部室を飛び出したのだった。
自分でも呆れる程、お互い子供じみてるなと思いながらも
私はこんな毎日が結構楽しいのかもしれない。