氷帝カンタータ
第7話 プリンスたまっ
最近の付き合いが悪い。
一週間ぐらい前から、明らかに俺たちと過ごす時間が減っている。
前までは部活後にゲーセン行ったり飯食いに行ったりしてたのに、
最近は「用事があるから」と、誰も聞いてないのに大きな声で宣言をしてそそくさと帰ってしまう。
別に用事があるならそれでかまわないけど、あまりにも毎日急いで帰るのが怪しい。
「なぁ、侑士。、絶対おかしいよな。」
「何が?」
「だーって、最近いっつも部活終わったらいつのまにかいなくなってるじゃん。」
「どうせ再放送のドラマが見たいとかしょーもない理由やろ。」
「まぁ、どうでもいっか。そのうち飽きるよな。」
よく考えたらが何をしてるかなんて、食べ終わった後のプリンの容器の使い道ぐらいどうでもいいことだよな。
俺、どうかしてた。
それから1週間後。
「よし!じゃ、お先ー!」
未だに部活後のの支度スピードは尋常じゃない。
最近では、俺たちが部室に戻る頃には既にテニスコートから出てたりする。
ただ、仕事はきちんと終わらせて帰ってるし、誰も何も口出しはしない。
だけど、さすがに俺以外のレギュラーメンバーもの違和感に気づき始めたみたいだ。
「…あいつは何をそんなに急いで帰ってんだよ。」
少し苛立ったような様子の跡部。
やっぱ跡部も気づいてたんだ。跡部なら直接聞けそうな気もするけど、しゃべろうと思った時には既に帰ってるもんな。
「てっきり真子ちゃんと帰ってるんか思ったらそうでもないみたいやしな。」
「あのね〜ちゃん部活休みの日も遊んでくれないんだよ。メールしても返してくれないC〜。」
「家で爆弾でもつくってんじゃねぇの?」
宍戸の唐突な発言に全員の視線が集まる。
「爆弾ってそんなわけ…いやあり得るな。」
「あいつならやりかねないだろ。」
「だったら爆破されるのは絶対跡部だぜ!だってこないだ、跡部と喧嘩した後に末代まで呪ってやるって言ってたし。」
さらにその後スーパーに付き合わされて、店内の藁納豆を全部買い占めてたし。
何に使うのかは怖いから聞かなかった。
「俺だけじゃねぇだろ、あいつに恨まれてんのは。」
「…こないだ忍足もとケンカしてたんじゃねぇのか?」
「いや、あれはいつものあれやん。漫才みたいなもんやん。」
「でも、あの後先輩が忍足先輩のロッカーを牛乳を吸った雑巾で拭いてましたよ。」
「やっぱりあいつやったんか。あかん、ちょっとどついたらなあかん。」
「……普通に考えて、男じゃないんですか?」
日吉の発言に全員の呼吸が一瞬止まった気がした。
………男?に?…彼氏?
「あははははっははっぶふぉっっはは…ちょ…日吉笑わせんなよ!」
「なんや、お前にもお笑いを志す気持ちがあったんやな。」
「日吉、てめぇって誰のことかわかって話してんのか?」
あぁー、腹イタイ。
真面目な顔して日吉がそんなこと言うから、部室が笑いの渦だよ。
に彼氏?そんな馬鹿な。
「…今日廊下ですれ違った時に、先輩が友人に彼氏の画像とやらを見せてたので。」
さらに爆弾投下。
でも日吉があまりにも真面目なトーンでしゃべるから、皆これが冗談ではないのだとやっと気づく。
「…日吉、それノンフィクションなん?」
「はい。その友人が呆れ顔でかっこいいねー、とか言ってる声まで聞きました。」
いよいよ、レギュラー陣の顔が凍りつく。
驚天動地。天変地異。あとは…あとはなんだ思い浮かばないけど、皆そんな感じの顔。
「…俺、そんな話ちゃんから聞いてないC〜!」
「僕も初耳です。他校の彼氏なんですかね?」
「いや…いやいやいや…冷静に考えてみーや、に彼氏なんかできるはずないやん。
あいつ日吉の制服をロッカーから盗もうとしてた奴やで?」
「それは初耳です。」
皆が各々の見解を口にしてるけど、俺はなんか頭が混乱して上手く言葉が出てこない。
に彼氏…?どんな彼氏なんだよ、最低でもボブ・サップぐらいの体の大きさだろうな。
いや、でも学内のレスリング部にもそんなデカイ奴はいないし…
というかそもそも曰く「可愛い男子が好き☆」って言ってたし…
「おい、お前ら行くぞ。」
「え?どこに?」
「の家に決まってんだろ。」
あいつに彼氏が出来てたまるか、生意気な。
そんなことを叫びながら跡部が全員に号令をかけた。
確かに、このまま解散してしまったらなんかモヤモヤが残る。
モヤモヤしすぎて眠れないかもしれない。
でも、恋とか愛とかそんなモヤモヤではなくて、
成分の80%が純粋なイライラで出来てる、そんなモヤモヤ。
あいつだけ幸せとかなんかムカツクじゃん!
・
・
・
「確かここだな。」
「跡部、なんでの家知ってんの?俺でも知らなかったのに。」
「そんなの調べりゃすぐわかんだよ。」
跡部にかかれば個人情報保護もへったくれも関係ない。
どこから入手したのかわからないけど、のスリーサイズまで載ってる資料を手にしてる。
(スリーサイズは本当に興味がないけど。)
「っていうか…って1人暮らしなんや。」
「…ご両親が海外転勤になって、2年生の時から1人暮らししてるらしいですよ。」
「日吉まで、なんでそんなこと知ってんだよ。俺、結構友達なのに今日まで知らなかったんだけど。」
「頼んでもいないのに、休み時間に教室まで来て、延々と話を聞かされるんです。」
焦燥しきった顔でそう言う日吉が、ちょっと可哀想に思えた。
こいつ以外と上下関係とかに真面目だから、に逆らえないんだろうな。
俺が日吉の立場だったら、今頃アッパーカットの一つでもかましてるかもしれない。
「とりあえず乗り込むぞ。」
跡部の掛け声とともにエレベーターに乗り込む男8人。
1人暮らしの女の部屋の前に立ちはだかる男8人。
管理人さんや隣人に見られたら通報されるに違いない。
「…だよ…、やっぱ………!」
ドアの外に居ても、かすかにの声が聞こえる。
全員が顔を見合わせ、唾を飲む。
どうやら本当に誰かいるらしい。
相手の声は聞こえないけど
男ではないことを祈る、俺達。
だって、1人暮らしの女が彼氏と部屋に居るとしたら
やることなんて
「…岳人、何震えとんのや。」
「……いやだ、俺そんなの見たら…失神する。」
「向日、それ以上気持ち悪い話するんじゃねぇよ。」
ゴンゴンッ
勇敢にも跡部がドアを激しくノックする。
その瞬間ぴたっと、の声が聞こえなくなった。
ドタドタドタッ
ほどなくして廊下を走る足音が聞こえた。
おそらく今ドアの覗き穴から俺達を確認してるんだろう。
しかし、それからどれだけ待ってもがドアを開ける様子がない。
痺れを切らした跡部がもう一度ドアを叩く。
「!いるのはわかってんだ、出てこい!!」
自分が待たされることが大嫌いな跡部のイライラ度数が上昇し始める。
それでもが出てくる気配はない。なんだよ、居留守使うつもり?
カチャ…カチャ
「…ジロー、何してんだよ。」
「んー?鍵開けてんの。ちゃんが悪い奴と一緒にいたら大変でしょ?」
そう言うジローの目はいつものジローじゃなかった。
なんか目がすわってる、怖い。っていうかそれ犯罪だし。
ガチャッ
「あいた!ちゃーーん!」
「ちょ……ななななんで、どうやって入ったのよ!っていうか何!」
うろたえるには目もくれず、全員が一目散に部屋に走りこむ。
だけど、そこには俺達の想像してた光景はなかった。
「……どこ行きやがった。」
「だから何なのよ!」
「トイレにもおらんわ、逃げよったな。」
「ちょ…部屋の中歩き回らないでよ、私のサンクチュアリに立ち入らないで!」
「ちゃん!男連れ込んで何してたの〜!」
プクっと頬を膨らませるジロー。
全員がに視線を集め、その答えを待つ。
「は?男?何言ってんのジローちゃん。」
「、隠したってムダだぞ。会話が外に聞こえてた。」
「…宍戸まで、ななななな何言ってんの?幻聴じゃない?あんた最近帽子のかぶりすぎで熱中症状態なんだよきっと。」
「そんな症例は聞いたことねぇよ。」
「!俺ら友達じゃねぇのかよ!隠し事なんてすんなよ!」
あまりにも本当のことを隠そうとするに、ついイラだってしまった。
だって、隠し事なんてする仲じゃねぇじゃん。
彼氏ができたならできたで、その面白い彼氏を俺に見せてくれたっていいじゃん。
「………コレ…。」
張りつめた空気の中、いつもは発言しない樺地が声をあげた。
樺地の掲げた手を見ると、そこにあったのは…
「…うたの…プリンスたま?」
「ぎぃぃぃやぁぁああぁぁあああ!か…樺地!だめ、ノー!返して!!!」
「樺地!それ貸せ。」
「…ウス。」
樺地の身長に対しての身長はあまりにも低すぎた。
いくらジャンプしようが、掲げられた樺地の手に届くはずがなかった。
普段通り跡部の命令に従い、そのブツを跡部に手渡す樺地。
はもう手遅れだと悟ったのか、力なく床にうなだれている。
「あ〜ん?なんだこれ、ゲームか?」
「これ知ってんで、乙女ゲームっちゅーやつやろ?」
「なんだよ、乙女ゲームって?」
「ときメモみたいな恋愛ゲームや。それの女向け。」
跡部からまわされてきたゲームのパッケージを見ると、
キラキラした男が6人ぐらい並んだ絵が描いてある。
「ちょ…もう返してってば!!」
一瞬の隙をつかれてゲームをに奪われてしまった。
なんだか拍子抜けしてしまった俺達は、徐々にこの状況に興味を失いつつあった。
「……なんや、これのために毎日急いで帰ってたんかいな。」
「そうよ!なんか文句ある?!」
「ちゃん、俺がいるのになんでこんなゲームしてんの〜!」
「ジ…ジロちゃんは確かにゲームにも負けない王子様だけど…だけど私にはもっと癒しが必要なの…!」
「…、これで癒されてるわけ?」
「うん。毎日愛を囁いてくれるんだよ。私、彼といるととっても幸せ。」
そう言うの目は真剣で。
なんか…なんか見てはいけないものを見てしまった気がしないでもない。
どうやら跡部も、侑士も他の皆も考えてることは同じようで、
をからかうどころか、可哀想なモノを見るような目で見ている。
「……ちょっと、それやらしてや。」
「嫌よ。私だけの王子様なんだから。」
「樺地。」
「ウス。」
「…っちょ、樺地やめ…や…ああああああ!だめだめだめ!ドンタッチ!」
樺地がを抑えつけてる隙に、跡部がゲームの電源をいれた。
どうやらオートセーブ機能がついてるようで、
電源を入れた瞬間、さっきのパッケージに描かれていた男の1人がしゃべりだした。
「……、お前は俺の全てだ。もう二度と離さない。…ッチュ…ブチッ
…つい勢いで電源を切ってしまったけど、それに異論を唱えるものは誰もいない。
日吉や鳳は青ざめてるし、跡部なんか全身に鳥肌がたってる。
ジローにいたっては目に涙をためて震えあがってるし。
俺も、背中にイヤな汗がじわっと吹き出るのを感じた。
見なかったことにしよう。
誰にだって秘密の1つや2つはあるもんだよな。
俺達は、示し合わせたわけじゃないけど全員無言での家を後にした。
「ちょ…ちょ、なんか言いなさいよあんた達!無言が一番キツイわ!!」
が何か叫んでたけど、俺達にはもう何も聞こえなかった。
たぶんだけど、全員同じことを考えてたと思う。
明日から
明日からはもうちょっとに優しくしてあげよう。