氷帝カンタータ
夏空セレナーデ(1)
「。それは冗談のつもりか?」
怖い、怖すぎる榊先生。久しぶりにこんなバチギレしてる先生見たよ。
どうしよう、なんて答えればいいの!なんか何言っても逝ってよしを繰り出されそうで怖い!
あれはやだ、なんかその後の反応に困るから…!
「あ…あのですね。やっぱり、毎日ほぼ休みなしで夏休み中もテニス部にいるじゃないですか?
で、やっぱ体力使うじゃないですか、疲れますもん、あいつらの相手は。
で、私一人暮らししてるじゃないですか?家でも色々することあるじゃないですか?」
今のところは無表情で私の話に耳を傾けてくれる榊先生(43)。
なんとも形容し難い微妙なポーズで軽くうなだれながら聞きいる姿を見て
つい笑いそうになるのを懸命に耐えながら弁明を続ける。
「そしたらね、もうピアノに向かう元気が残されてないんですよ。HP(ヒットポイント)ゼロです。
瀕死の状態なんです、そんな状態でこんなご機嫌なモーツァルトを弾く気になれないんです!!」
楽譜をバシっと閉じ、うわぁあああ、と泣き真似をする私。
しかし特に表情を変えない(43)。さすが鬼。
いや、でも私をこんな状況にいたらしめたのは(43)だ。
もしテニス部マネージャーじゃなければ、今頃コンサートの課題曲だって完璧な状態にもっていけてるはずだった。
譲らない、私は譲らないぞ!私は悪くない!!!
「言いたいことはわかった…。」
そう言い放ち、長い長い沈黙が流れる。
…10分以上考え込んでるよ、大丈夫かな。
これさ、今のうちに帰っても気づかれないんじゃないかな?
よし、そうだよね、帰ろう。
「。」
「はいぃっ!」
あと一歩でドアに手をかける手前で呼び止められる。
な…なんだ起きてたんだね。もう先生結構年だし、人と話してる途中に寝ちゃうおじいちゃんみたいな現象が起きてるのかと…。
「合宿を行う。」
え
やだ、何、合宿?
「…先生と2人きりでですか?」
「それがいいのか?」
「絶対嫌です。」
あ、やば、つい本音で話しちゃった。
ゴホン、とわざとらしい咳払いをしてもう一度先生に向き直る。
「…それ以外の選択肢はあるのでしょうか。」
「テニス部合宿を行う。」
「……へ?」
先生、私の話聞いてた?
テニス部が忙しくてピアノ練習時間がないって言ってんだよ?
やっぱ寝てやがったか、このおじいちゃん!
どうして真面目な顔して、そんなとんちんかんなこと言えるのよ!
「……先生、お言葉ですが全く解決策になってません。」
「が家に帰って疲れてしまうというのなら、合宿所で練習をすればいい。
合宿所には炊事をしてくれる従業員がいる。温泉もついているし、良い休養になるだろう。」
…確かに、家事をしなくていいというポイントは見逃せない。
だけど、先生。テニス部って言ったよね?
先生と2人っきりは嫌だけど、テニス部も引き連れて行ったら…
きっと今よりもっと疲れると思う。
だって、跡部なんか絶対私をコキ使うだろうし
がっくんや忍足は夜中がやがや煩そうだし…
「…ちなみに、合宿中はどういうスケジュールにするおつもりで?」
「午後16時まではテニス部の練習に付き合い、その後休憩をはさみ、指が動かなくなるまでピアノの練習だ。」
…ナチュラルに鬼のようなこと言ってますよね、この人?
私がマンツーマンで見てやるんだ、感謝しろ
とかのたまってますけど…イヤすぎる…夜通し先生と2人っきりとか…
マイミク100人いるのに誰も紹介文を書いてくれない時ぐらい気まずい雰囲気が容易に想像できる。
「…ちなみに私に拒否権は。」
「コンサートまであと4日。この間に完璧に仕上げてくるというのなら、与えてやってもいい。」
「………合宿楽しみー。」
絶対無理だ。
私は、自分で言うのもなんだけど他人に厳しく、自分に超甘い。
カルピスの原液ぐらい甘い。
そんな私があと4日間、部活後にきちんとピアノに向き合える自信がない。
それなら、強制的にでもピアノに向かう時間を作る方が得策…。
榊先生主催のピアノコンサート。
人前でピアノ弾くのってあんまり好きじゃないから気が乗らないけど
これに出ないと他校の音楽教師に対して面子が立たないらしい。
大人の事情はよくわからないけど、つまりまぁ数合わせのために参加させられるんです。
榊先生の教え子は何人かいるけど、
その中でも私は特に出来が悪い。というのも最近の練習不足が原因。
さすがにコンサート4日前にこれだけ弾けてない状況は、私でもマズイってわかる。
自分の面子の為にも、先生はこんなに必死ってことです。
「テニス部には、私の方から直々に伝える。いってよし。」
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「…というわけで合宿が決まったらしいのよ。」
「なんだよ、それ!のせいじゃん!」
「ちが…違うわよ、榊先生の思いつきでしょ!?」
「てめぇがちゃんと練習すればよかったんじゃねぇのかよ。」
っく…痛いところをつきやがる跡部。やめて、その蔑むような目線すっごいムカツク。
大体私が責められるのおかしくない?確かに私の練習不足で、っていう理由も1割ぐらいはある。
だけど、テニスの練習なんか学校でも毎日やってんだから合宿所でも同じじゃん!
むしろ皆で和気あいあいと枕投げとか出来ちゃったりして、いつもより楽しいかもよ?
そんな提案を投げかけてみるも、跡部は相変わらずブスっとした顔をしている。
「俺は楽しみだC〜!ちゃん一緒に温泉入ろうね!おーっきいんだよあそこの温泉!」
「うん…う…ん?温泉?ジロちゃんと私が?」
「うん!穴場スポットがあるからね、にも教えてあげる!そこから女湯が覗けるんだよ!」
「あの…あのね、ジロちゃんってさ、今さ、私が腰にタオル巻いて男湯に颯爽と入ってくる姿想像してる?」
え、違うの?みたいな顔してもダメ。
もう私は怒りました。ジロちゃんもそうだけど、
周りでゲラゲラ笑ってるがっくんや忍足に宍戸、あと跡部もなんとなく許しません。
「ジロちゃん、もう嫌い。」
「え〜〜!なんで、やだやだ嫌いにならないで。」
「うん、嘘。ごめんね。」
ぎゅっとジロちゃんを抱きしめ返す。
私の決意って絹豆腐よりも崩れやすかったんだ。
それを見た他のメンバーが私に対して凍てついた視線を投げかけてるけど気にしない!
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「、おはよー!」
バシッっと相変わらず馬鹿力で私の背中を叩くがっくん。
それに続いてのそのそと歩を進めるレギュラー陣。
「朝っぱらから何て顔してんのよ!はい!早く歩く!」
「…ええなぁ、は朝から阿呆みたいに元気で。」
「さりげなく馬鹿にしないでくれる?」
「おい。」
「何よ。」
「朝から俺の前に存在するんじゃねぇ。」
「あんた…日本語話してくれる?私だって今日から4日間も朝から晩まであんたの顔見ると思ったら…
ほら!ほら、普段汗かかない足の脛とかに嫌な汗かいてきた!」
「あーもー、喧嘩しないで早く乗れって!」
いつもの跡部との言い合いをこなれた様子で強制終了させる宍戸。
強引に背中を押される形で移動用バスへ乗り込んだ氷帝学園男子テニス部+マネージャー。
セミの声に、夏の朝の気持ちいい清涼感を感じながら。
夏休みの始まりです。