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ねぇ、気づいて





「そういえばさ、ちゃんと跡部君ってどうやって付き合い始めたの?」


それはある土曜日のことだった。
瑠璃ちゃんや真子ちゃんを招いて、私の家でお菓子パーティーを開催していた。
テーブルの上に広げられたポテトチップスを1枚手に取って、
何気なく発言した瑠璃ちゃん。ポリポリとじゃがりこを食べていた私は思わずむせる。


「ごっふぉっ…ごほっ、…え、え?」

「いや、そういえば聞いたことないなぁと思ってさ。」

「あー、瑠璃ちゃん。聞いたこと絶対後悔するよ。の話めちゃくちゃ長いから。

「えー!でもでも気になるよ!」

「そ、そう?じゃあ話しちゃおうかなー、えへへ。」


青ざめた顔で拒絶する真子ちゃんに、興奮気味の瑠璃ちゃん。
……跡部との話は、なんとなく気恥ずかしいのもあるけど…
瑠璃ちゃんの願いとあらば話さない訳にはいかないよね。



「…あれは私達の卒業式が間近に迫った頃のことでした。」

「わー、始まった!」

「あー……始まってしまった…。





























「がっくーん!どうだった!?」

「合格!は?」

「……っふ…ふっふ、じゃじゃーん!見事!合格しましたー!」

「よっしゃ、よくやった!」

「また…っ、うっ…また一緒に高校に行けるんだね…私達…!」

「大袈裟やな、大体の奴は合格しとるやろ。内部生やったら。」

「あ…あんた達にはそりゃ赤子の目をくり抜くようなレベルのテストだったかもしれないけどね!」

「待てや、何やねんその猟奇的な話。赤子の手をひねるやろ…、ほんまに合格したんか?それで?」

「…っちょ…ちょっとした言い間違いよ。ほら、合格通知。もう額縁に入れて家に飾る準備も出来てる。」


いよいよ卒業が近づいていた。
私やがっくん、それにテニス部の皆も内部進学組だったので
高校生になったからといってバラバラになる訳じゃなかった。

だけど、高校生になるために立ちはだかる大きな壁。
それが「内部進学テスト」だった。
合格ラインも比較的低めに設定されているらしいけど、
基本的に遊んで楽しんでハッピーな毎日を過ごそうよ派だった
私は、そのテストの日が近づくにつれ毎晩うなされるようになった。

がっくんや宍戸も同じだったようで、
テニス部を引退してからは、毎日のように勉強をしていた。
時には忍足や跡部に勉強を見てもらいながら、いよいよ迎えたテストの日。

跡部に文字通り体に叩きこまれた問題の数々に、心臓が高鳴った。
……これも、これも…!
まるで進○ゼミから送られてくるDMの漫画のように
やったことのある問題ばかりが並んでいた。







そして今日。

全ての授業が終わり、ホームルームの時間。テスト結果が発表された。
先生から渡された「合格通知」に興奮が収まらなかった私は
すぐさま廊下へ飛び出した。

そして、たまたま同じように廊下ではしゃいでいたがっくんも
合格していたらしい。


「…よし、じゃ、ちょっと行ってくる!」

「どこに?」

「跡部のとこ!」

「…いってらー。」


1番に報告したかったのは、他でもない私の"先生"だった。





























「跡部!」

「っ…なんだ、うるせぇ。」

「見て!見てこれ、見て見て!」


ノックもせずに開いた生徒会室の扉。
いつも通り机に座り難しい顔をする跡部が一瞬眉をひそめた。

しかし、興奮状態の私はそんなことを気にする余裕はなく
手元にあった合格通知を早く跡部に見せたくて仕方がない。


「……はっ、当然の結果だな。スカスカの頭に俺が1から叩きこんでやったんだ、感謝しろよ。」

「うん!本当ありがとう!マジで今回ばっかりは跡部のおかげだと思ってる!」

「…良かったな。」

「また皆と一緒に通えるんだよ、高校!」

「わかったから静かにしろ、声がでけぇんだよお前。」

「ご、ごめん。」


頬杖をつきながら呆れたような目で私を見つめる跡部。
でも、いつもより少しだけ柔らかい表情だった。

テストまでの日々は確かに地獄だった。

跡部が柔らかい表情をする日なんて1日もなく、
毎日毎日怒られて、毎日毎日喧嘩ばかりだった。

度重なる暴言、暴力を何とかやめさせるために
少女漫画なんかによくある「一問間違えるごとに恥ずかしいこと…してやるよ…」
みたいな感じのトキメキスタイルで教えて欲しい、
そうすれば私の中の秘められた能力が開花しそうな気がする、と懇願したところ、
その日を境に更に指導は厳しくなった。

跡部曰く「この期に及んで生温いこと言ってんじゃねぇ」らしい。
一問間違えるごとに繰り出されるコブラツイスト。
私の思い描いたトキメキスタイルとは三千里ほど離れたスタイルだったけど、
結果的に同じ問題を二度と間違うことは無くなった。

だけど、それも今となっては良い想い出。


「ねぇ、跡部。高校生になったら何したい?」

「………別に何も変わらねぇだろ、今と。」

「変わるに決まってるじゃん!高校生だよ?私なんか、ふふっ、女子高生だよ!華の女子高生!」

「いいか、肩書ってもんはそれ相応の能力がある奴が身に着けてこそ効果があるんだ。」

「……ん?どういう意味?」

「……ガキくさいお前が女子高生自称したところで何の付加価値もねぇってことだよ。」


はんっ、と嫌な笑い方をしながら椅子に深くもたれる跡部。
…っく…一々ムカつくな、本当…!

いつものように生徒会室のソファに座りながらギリリと唇を噛みしめる。


「…っふ…な、何言ってんのよ、私は変わるもん。女子高生になるんだから。」

「どう変わるんだよ、マイナス4380点の地点から。」

どんなカウントしてんのよ、それ。
マイナス四千……じゃあ私今どのラインにいるの?」

「……道端で干からびてるミミズ「人間までがまず程遠い!」


相変わらず私への評価がすこぶる低い。
……私だってそれなりに高校生になったら、あんなことしたいこんなことしたいっていう
めくるめく薔薇色のビジョンがあるんだけど。

そんな私の未来図を聞く素振りもなく、また机の上の資料へと目線を移す跡部。
…この生徒会室での勉強会も長かったけど…もう終わりなのか。
すっかり見慣れた、このソファからの風景を眺めて少し感傷に浸る。


「……なんだ。」

「別に、なんでもない。ボーっとしてるだけ」


ボーっと見つめられているのが気になったのか、目線は机から離さずに
不機嫌そうな声で呟く。

……きっと高校生になったら、また跡部は跡部王国を築き上げるんだろうな。

変わらず皆とテニスコートでテニスをする姿が目に浮かぶ。
そして、その周りには無数の女の子達。
響き渡る氷帝コールにご満悦の表情で登場する跡部……。


「…フフッ。」

「…何笑ってんだ、1人で。」

「……跡部は高校になっても確かに変わらないだろうなぁ、と思って。」

「………。」

「私も陰ながら応援するよ。」

「………アーン?」

「あ、出来れば氷帝コールとかしたいな。あれ案外楽しそうだよね。」

「…何の話をしてる。」

「だから、跡部が高校でテニス部に入った時の話。」


目線を上げて、睨むようにこちらを見る。
ソファに寝ころびながらぼんやり未来図を思い描く私は盛大にニヤけていたことだろう。


「皆のこと近くで応援できないのはちょっと辛いけどさ。」

「………。」

「でも、もしかしたら次は誰かと同じクラスになれるかも………って…何?」


フと気が付くと、上から見下ろすように仁王立ちする跡部がいた。
反射的にソファから起きあがり、防御の姿勢をつくる私は相当訓練された兵士だと思う。


「…てめぇはさっきから何の話をしてるんだ。高校にあがってもマネージャーだろうが。」

「…私さ、家の近くのカフェでバイトしてみたいなー…とも思ってるんだ。」

「……アーン?」

「ほら、学園祭の時にやった喫茶店で…。結構接客業って楽しいなーって思って。」

「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ。」


胸倉を掴まれ、真剣に怒った時の目を向けられる。
今まで培った対跡部戦の経験からして、このままだと間違いなく捻じ伏せられる。


「ちょ…っ、制服伸びる!」

「…恩を仇で返す気か?」

「た、確かに跡部には感謝してるけど、でもそれとこれとは…」

「関係あるだろうが、何のために毎日勉強に付き合ってやったと思ってんだ。」

「…………あ、跡部は私にマネージャー…してほしいの?」

「…………妙な言い方するんじゃねぇ。」


ドサっとソファに私を投げ捨てて、尚も睨み付ける。
…なんとなく描いていた未来予想図の1つに
もちろんマネージャーを続けるという選択肢もあった。

マネージャーになれば、間違いなく泥にまみれて罵声にまみれた
スポ根漫画もドン引きな熱血男塾的な生活が待っているだろう。

だけど、私だってちょっとぐらい女の子らしい学生生活を送ってみたい。

放課後は素敵な彼氏と抹茶フラペチーノとか飲みながら
繁華街で制服デートしてみたい。
土日は遊園地や映画館で、カップルらしいデートとかしてみたい。

でも、そんな妄想をする時にいつもちらつくテニス部の皆。
中学時代、短い期間とはいえ皆と過ごしてきた日々は
そんな乙女チックなデートプランにも負けない程、確かに楽しかった。


正直に言うと、私は迷っていた。


…少しズルイかもしれないけど、単純に言うと
テニス部の皆に引き留めて欲しい、なんていう甘い考えがあった。

たまにはマネージャーとして、自分が必要とされているんだという
承認欲求が心の奥底にあったのかもしれない。

だけどそれがダメだった。


「……あ、跡部がそこまで言うなら……つ、続けても…。」

「……なんだそれ。」

「え?」

「……お前の考えはよくわかった。バイトでも何でもすればいい。」

「…い、いや、えっと…。」

「そんな中途半端な気持ちのマネージャーなら要らない。今すぐ消えろ。」

「……そ、そんな言い方無くない?私だってちょっと別の未来を考えるぐらいしたって…」


そこまで言って、椅子にドカっと座りなおした跡部を見ると
いつもとは違う、心から軽蔑するような目で私を見ていた。

怒っている様子でもない、その視線に心臓が締め付けられた。


「…………。」

「…ご…ごめん。変なこと言って…。」

「………。」

「…確かに浮かれてたかもしれないけど、でも…また皆と…」

「要らねぇって言ってんだろうが。」

「っ!……わかったわよ…、っ私は……っ…もういい!」



何とも言えない情けないセリフを残したまま、
生徒会室から飛び出して、必死に走った。




何も言い返せなかった。

だって跡部が言っていることは何も間違ってない。
完全に私の甘い考えが招いた結果だ。

でも、あのたった一言で今までの私が全て否定されたことに、
跡部に拒絶されたことに、どう表現していいのかわからない悔しさが沸いてきた。

…そんな言い方ないじゃない。

ちょっとぐらい、引き留めてくれたって…
そこまで考えて、フと立ち止まる。

…責任転嫁するのはやめよう。
悪いのは私だ。どんな言い訳をしたって中途半端な気持ちだったことは間違いない。
高校生になっても、変わらず皆を応援したいという気持ちは確かにあった。

それを1番に考えられなかった罰だ。







その日から、私はテニス部の前から消えた。