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うらはらなこころ





「なぁ、最近見た?」

「見てないー、部室にも来てないみたいだC〜。」

「…教室通りがかった時は、普通におったけどな。」

「あいつメールも無視してんだよ。」

「おい…何当然のように生徒会室に入ってんだ、てめぇら。」


放課後。
いつものように生徒会室の扉を開けると、
ソファにだらしなく座る見飽きたメンバーが揃っていた。


「お、跡部。」

「しゃーないやん、引退してからも部室に入り浸ってたら後輩もやり辛いやろ。」

「ねー、お菓子あるー?」


尤もらしい理由をつけて、最近は放課後になると
招集もかけていないのにここに集まってくる。
軽く舌打ちをして、いつもの席に座ると机を挟んでジローがジっとこちらを見つめていた。


「…なんだ。」

ちゃん、最近ここに来てる?」

「…来てねぇよ。」

「マジか、内部進学テストまでは毎日のように来てただろ?」


全員の目がこちらに向く。
……面倒くさい話題になった。

あからさまに嫌な顔をしたところで、ハっとする。
俺のその表情を見逃すはずもない人間が、
こちらを見てニヤリと口を歪めた。


「…なんや、何か知ってるんかいな跡部。」

「知らねぇ。」

「でもさ、絶対おかしいんだよ。今までメール無視されることとか無かったし。」

「登校はしてるらしいから、病気で休んでる訳でもなさそうだC〜。」

「…どうせいつかはバレるんや、はよ白状した方が楽ちゃうか?」

「…………。」

「なんだよ、やっぱり何かあんの?」

「ねぇー、教えてよー!心配じゃん!」


ついには机を飛び越えて、俺の肩を揺さぶるジローの手を払う。
……こうなったら、話すまでこいつらは帰らない。

渋々、先日あった出来事を話し始める。

































「……なるほどな。」

ちゃん、そんなこと言ってたんだー。」

「…まぁ、が言いだしそうなことやん。引き留めて欲しかったんやろ。」

「…俺が悪いって言いたいのか。」

「ちゃうけど…、いつもやったら聞き流すレベルの話ちゃう?」


全部話した後、全員が想像とは違って微妙な顔で俯いていた。
…話しながら、段々とまたムカついてきた。

大体、引き留めて欲しいってなんだ。

この期に及んで、あいつが、そんな女々しいやり口で
人を試すようなことをすることに無性に腹が立った。


「…俺は全く悪くねぇ。」

「…もバカだなぁとは思うけど、要らないってのは言い過ぎなんじゃね?」

「間違ってねぇだろうが。バイトだなんだと浮かれてる奴に任せられるか。」

「そうなんだけどさー、ちゃんの持病みたいなもんじゃん、そういう妄想って。」

「そうそう。別に100%本心じゃねぇって、バイトの話も。」

「すぐに気づくって、高校生になってもである限り何も変わらへんていう残酷な事実に。」


そう言ってケラケラと笑う3人。

全く笑えない。

確かにこいつ達のように広い心で流せばいい発言だったかもしれない。
でも、何故だか許せなかった。

ある程度信用していたマネージャーだった
あっさりと裏切りのような発言をしたことに、心底失望した。

テニス部のいない未来を妄想して、楽しそうに笑うその顔に
腹が立った。


「もうすぐ卒業式じゃん?取り敢えずそれまでには仲直りしろよなー。」

「せや、卒業式の後はテニス部の謝恩会やろ。そこで高校のテニス部の入部届書かせたらええやん。」

「それナイスアイデア〜!なんだかんだ言って皆で引き留めれば喜ぶはずだしねー。」

「駄目だ。」

「……なんでだよー。」

「……あいつが自分から持ってくるまで入部届は受理させない。」

「もー、意地張らないのー。今の状況だと絶対ちゃん入部届なんか持って来ないって。」

も意地っ張りやからな。変にこじれてほんまにマネージャーせえへんかったらどうするつもりやねん?」


少しだけ空気が変わる。
低いトーンで責めるように言う忍足。
…こいつ達は結局なんだかんだ言いながらに甘い。

俺が裏切られた気持ちよりも、の気持ちを重視しやがって。
しかし、今この状況で何を言っても分が悪いことはわかっていた。
ジローの言う通り、意地を張っているだけだ。

……イライラする。

あの日から、あからさまに俺を避けて
目の前から消えた。もし今この場にのこのこ入ってきたら
ブレーンバスターをかけてやりたいぐらいにはムカついている。

でも、探し出して会えば何かに負けるような気がした。

……考えれば考えるほど子供じみている。
まとまらない考えにさらにイライラは募る。


「…跡部はちゃん大好きだからなー。ショックだったんだよね。」

「…なんだと?」

「今更だろ、それ。まさか否定するつもり?」

「ふざけてんじゃねぇぞ。」

「…跡部。今の話聞いて、俺ら別に何も思わんかったわ。」

「…あ?」


吹き出すように笑い始める向日とジローに、本気で殺意が沸いた。
立ち上がって殴ろうとする俺を制止するように忍足が続ける。


「でも跡部は異常に怒っとる。イライラするんやろ?なんでか教えたるわ。」

「………。」

の未来の中に跡部がおらんかったからムカついてるねん。」

「…何言ってんだ、てめぇ。」

「…跡部もと同じやん。高校になってもマネージャーをして、跡部と一緒にいたい!って言うて欲しかったんやろ?」

「……っ」

「フフ、2人とももう高校生になるっていうのに子供だねー。」

「そういうところがお似合いなんじゃん。」

「っうるせぇ!勝手に決めつけてんじゃねぇよ。」


あまりにも侮辱的な捏造話で笑うこいつ達を本気で殴りそうになった。
怒りに任せて目の前の机を蹴りあげると、一瞬空気が止まる。


「……ほな、なんで毎日毎日に付きっきりで勉強教えてあげてたん?」

「…あいつが頼んできたからだろ。」

「家まで行ってか?夜遅くまで熱心に教えてたんやろ。以外の奴にそんなこと出来るか?」

「………。」

「高校でまた一緒に過ごすために頑張ったのに、裏切られたんがショックなんやろ。」


…こいつのこういうところが嫌いだ。

勝手に人の行動を監視して、勝手に人の心の中まで覗きやがって。
自分でさえわからなかったイライラの原因を、簡単に結論付ける。

そんなこと認めたくない、でも反論しようにも何も言えない。

舌打ちをして、自分の座っていた椅子を蹴りあげる。

…これ以上勝手なことを言われるのは耐えられなかった。
叩きつけるように生徒会室のドアを閉めた。



「……どうするよ、結構面倒くさいことになってね?」

「…放っとくしかないねんけどな、こうなってもうたら。2人とも意地っ張りやし」

「跡部もほんっとに頑固だよね、可愛いぐらいに。」






























「る、瑠璃ちゃん待って!私も一緒に帰る!」

「へ…?え、でもこの後テニス部の謝恩会とかないの?」

「な…ないの。」

「…………そうなんだ。…うん、じゃあ一緒に帰ろっか。」


ついに卒業式。

もうこのクラスの皆ともお別れかと思うと、涙が止まらなかった。
式でボロボロ泣く私を見て、真子ちゃんが苦笑いしていた。

ほとんど皆が高校でも同じだけど…やっぱり寂しい。
卒業式後に教室に集まって、皆で写真を撮ったりアルバムに寄せ書きをしたり。
そんなことをしていると、色んな思い出が蘇ってまた泣けてきた。


「真子ちゃんは謝恩会あるって言ってたよー、近くのレストランだって。…行かなくていいの?」

「へ…い、いや本当にテニス部は…そういうのないんだ。」


そして今。私は瑠璃ちゃんに大きな嘘をついている。

教室から猛ダッシュで駆け抜けて下駄箱に飛び込んだ。
…たぶん誰にも見つかっていないはずだ。

こんな生活にも段々と慣れてきた。
全てはあの日から。

自分でも意地っ張りすぎて嫌になる。
何度か跡部に謝りに行こうとも思った。
だけど、あの時の、軽蔑の視線がまた向けられるのかと思うと
怖くて仕方がなかった。そして何度も頭に浮かぶ「要らない」という言葉。
思い出すだけで、目の奥から何かが込み上げてきそうだった。

それに、きっとこの話もテニス部の皆が知っているだろう。
さすがにがっくんやジロちゃんからのメールを何十通も無視していれば
噂になってもおかしくない。跡部から何か聞いているはずだ。
そうだとすれば、皆にどんな顔をして会えばいいのかもわからなかった。

跡部でもあんなに怒ったのだから、皆もきっと怒っているに違いない。

結局私はみんなを裏切ったんだ。
本当はきちんと謝るべきなんだろうけど、どうしても怖かった。


「…そっか。じゃあちゃん。今から一緒に2人でご飯でも食べに行く?」

「………え、あ!うん!それいい「いたーーーー!、待てっ!」


丁度瑠璃ちゃんと校舎を出たところだった。
学校の敷地を一歩離れたことで完全に油断していた。

大きな声に振り向くと、怖い顔で私を指さすがっくんがいた。

咄嗟に瑠璃ちゃんを放って走り出す。
何故逃げているのかもうわからない、だけど捕まるのが怖くて全速力で走った。


「…っ、先輩!」

「っ………!!」


一瞬聞こえたぴよちゃんさまの声に立ち止まりそうになった。
だけど、今は止まっちゃいけない。振り向かずにそのまま走っていると
「日吉でもダメか!」と叫ぶ声が聞こえた。…い、いいい今何人ぐらい追いかけてきてるんだろう。

点滅する青信号をなんとか駆け抜ける。

後ろの方で「くそっ」とか「止まれ!」とか色々聞こえたけれど、
人に追いかけられると、どうしても逃げ切らなきゃという気持ちになるのは何でだろう。
心臓が飛び出しそうな程バクバクしていた。振り向かずにとにかく走る、走る、走る。




学校近くの公園まで走ってきたところで、このままじゃいずれ捕まる気がした。
…おそらく1人じゃない、ぴよちゃんさまにがっくんに…忍足の声も聞こえた。
信号である程度まいたとはいえ、追いつかれるのも時間の問題だ。

なんとか隠れるしかないと思った私は、無我夢中で近くにあった木に登った。

制服でスカートがめくれあがるのも気にしないまま死に物狂いで木によじ登る私を見て
散歩をしていたおじいちゃんとおばあちゃんが軽く悲鳴をあげた。




「…っくっそ、確かこっちに来たよな!?」

「俺はあっちを見てきます!」

「待ち!この短時間でがそんな遠くまで行けるはずない。」

「……どっかに隠れてるのかなぁー?」



なんとか木によじ登った瞬間にバタバタと走ってきた皆。
一瞬心臓が止まりそうになる。

…全員いる。

見つからないように息を止める。
…何も犯罪を犯したわけでもないのに、なんでこんなことしてるんだろう私。

バクバクと大きな音を立てる心臓を抑えながら、
必死に口を押えた。




「でも隠れるところって言ったって…。」

「この先に遊具なんかがある公園があったはずですけど…。」

「……待て。」



皆を木の上から見守っていると、不意に目線が合った。
目を見開く跡部に、驚きすぎて声をあげてしまった。


「…て…めぇ…!」

「………わ、わわわっわ我は森の精「降りてこい!今すぐに!」


跡部が大きな声をあげた瞬間に、全員がこちらに気づく。
あっという間に木の下に集まった皆に冷や汗が止まらない。


「お前…なんで木に登るっていう選択肢が出てくるんだよ…。」

ちゃん、パンツ丸見えだよー降りておいでー。」


呆れた顔をする皆と、腕を組んで完全に怒っている跡部。
……こんなことしててもどうにもならないのに、何も言えない。
何とかこの状況からでも助かる術はないかと、必死に木の幹に擬態しようとしてみるものの
皆からの罵声は強くなるばかり。どうしたらいいんですか。

皆が集まるから、ただ散歩してたりするだけの人も集まってきてる。
やめて…恥ずかしいからもうやめて…!


先輩、これ以上氷帝テニス部の歴史に恥を上塗りするつもりですか。

先輩、危ないですよ!ゆっくり降りて下さい!」

「………っ…な、なんで追いかけてくるの!」

「なんでって…メールしただろー!卒業式の後、謝恩会あるって!部室集合だろ!」

「いっ…行かないって伝えた!」

「誰に!」

「榊先生!」

「監督が探してこいって俺達に言ったんだぞ!」


あ…んの…おっさん…!!私、ピアノのレッスンの時はっきり言ったのに!
頷いてたじゃん!仕方ないなって言ってたじゃん!

まさかの人物の裏切りにますますどうしていいかわからなくなる。


「と、とにかく来てもらって悪いけど…行かないから!」

「…いつまで意地はってんねん、高校なってもずっと俺らのこと避けて生活するつもりか?」

「……っ…」

ちゃーん、とにかく行こう?なんか勘違いして警察呼んでる人いるから。」


フと皆の後ろを見ると、心配そうに私を見つめる人々。
携帯を取り出して電話をしている様子の人もいる。
…確かに、これ以上迷惑をかける訳にもいかない。

そろそろ観念して降りようと思って下を見ると…


「け…結構高い…。」


登ったのはいいけど、結構高い。
脚から着地できないこともないだろうけど…

気合を入れて枝の上で立ち上がると、軽くギャラリーから悲鳴が上がった。

……だ、だだだ大丈夫、死にはしない。登れたんだから降りれるはず。

深呼吸していると、目下で人影が動くのが見えた。



「……早く降りてこい。」

「…跡部。」


一歩前に出て私の真下で見上げる跡部。
………その行動に、じんわり涙が出そうになる。



「…い、いくよ……!っ!」


もう一度深呼吸をして、勇気を出して飛び降りた。
























ベシャッ



「いでえぇっっ!」

「………行くぞ。」

「いやいやいや!え!?何なの今の行動!?う、受け止めてくれるんじゃないの!?何避けてんの!?」

「…甘えてんじゃねぇぞ、早く立て。」

「っく…、だま…騙された…!」


普通今の流れって「俺がいるから大丈夫だ、降りてこい」って意味ですよね?
そう理解して腕を広げて跡部めがけて飛び降りたのに、スっと避けられた時の
この心の痛みはどこにぶつければいいんですか、体よりも心が痛い。

去っていく跡部の背中を睨み付ける私に、優しく手を差し伸べてくれたのはちょただった。
……随分と会ってなかったからなんだか気まずい。


先輩、大丈夫ですか?」

「…う…うん、ゴメンね…。お騒がせして…。」

「迷惑かけてる自覚はあったんですね。」

「すっ…すいません…。」


冷たい視線を向けるぴよちゃんさまが、いつも以上に怖い。
俯いたまま何も言えないでいると、背中に懐かしい重さを感じた。


ちゃーん!もう、なんで逃げたのー?」

「ジロちゃん、ご…ごめんなさい。」

「……まぁ、いいや!謝恩会ね、超美味しいレストランだってー!楽しみだね!」

「……うん。」

「…何しょぼくれてんねん、もうええやろ。今日で一旦リセットや。」

「そうだぞ!監督も待ってんだからな!」


ポコンッと頭を叩いたのは忍足だった。
居心地が悪くなるような優しい表情に言葉が出ない。
楽しそうに笑うがっくんに、中途半端な笑顔を返すと
そのまま学校へと強制送還された。

連行されるように両手首を掴まれ、
皆に囲まれながら歩く姿に、ギャラリーがざわつく。

……っく…恥ずかしい…。