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素直になれない





「それでは!先輩方、ご卒業おめでとうございまーす!」

「「「「おめでとうございまーす!!」」」」


学校の近くのビルの屋上にある高級レストラン。
通常はディナータイムしか営業していないそこを昼間から貸し切って
私達氷帝学園テニス部の謝恩会は行われていた。

下級生を代表して、ちょたが乾杯を叫ぶと
何百人といるであろうテニス部の大きな声が店内に響き渡った。

私の逃亡が原因で少し開催が遅れたらしく、私は乾杯をした後も
皆にペコペコと謝罪をしてまわっていた。


「ほら、!ケーキいっぱいあるぞ!」

「う、うん!」

「…なんだよ、言っとくけど跡部との話なら誰も気にしてねぇから。」

「…やっぱり知ってたんだ。」

「誰も、っていうのは嘘やな。1人だけまだプリプリ怒っとる人がおるわ。」


そう言ってがっくんと忍足が笑う。
2人の目線の先にいたのは、後輩に囲まれて満足気にグラスを傾ける跡部だった。


「…や、やっぱり…怒ってた?」

「そりゃーもう機嫌が悪いなんて話じゃないぜ。」

「ま、マジで…?」

「仲直りするんやったら今日やで。ほら、鈍くさいの代わりにもろてきたった。」


ピラッと私の目の前に差し出された紙には太文字で「入部届」と書いてあった。
……一瞬でそれが何を意味するのか理解した。


「い…いや、でも…まだ早くない?」

「阿呆か、俺ら皆もう提出したわ。」

「あとはだけ。ちゃーんと跡部に提出しろよ。」


ニシシと悪戯っ子のように笑うがっくんに、じわじわと涙が込み上げてくる。


「ご…ごめんねえええ…っうっ…わた…私、皆の……」

「うわっ、泣くなよ!」

「せやから、それは跡部に伝えろ言うてるやろ。チラチラこっち見てめっちゃおもろいわ。」


人目もはばからずに不細工な泣き顔を全開にしていると
忍足が跡部の方を指さした。

にじむ視界を拭って目線を向けると、ばっちりとこちらを睨んでいる跡部と目があう。


「っ…い、今この場で行って、信じられない乱闘になっても嫌だから…後で行く。」

「…まぁ、好きにしろよ。ほら、ケーキ食うぞ。」

「…うん!」



























「んじゃあ、また明日ねー!」


終わってしまった。
あっという間に時間が過ぎて、今はみんながレストランから帰っていくところだった。
今もまた元気に手を振ってジロちゃんが帰って行った。

…そうだ。また明日、皆で遊ぶ約束をしてるんだから、
その時にでもこの入部届を渡せば…

そんなことを考えた時に、ポンと肩を叩かれた。


「…忍足。」

「あかんで。」

「え?」

「今日や。こういうのはタイミングが大事なんや。」

「………わかった。」

「ほなな、明日報告しーや。」


そう言って、軽く手を振る忍足の背中を見つめる。
……タイミングか。
確かに、今このタイミングを逃したらどんどん謝り辛くなる気がする。

もう一度入部届を見つめて、軽く深呼吸した。






「跡部!」

「………なんだよ。」


レストランのエレベーターから急いで降り、
玄関前の車に乗り込もうとする跡部に声をかけた。

不機嫌そうにゆっくりと振り返る跡部に、一瞬怯むけれど
ここまで来たら引くわけにはいかない。


「………こ、これ!」

「…………。」


みんなの卒業アルバムに寄せ書きをした青いサインペンで記入した入部届。
震える手で差し出すと、それをジっと見つめるだけの跡部。


「…私、マネージャーやりたいから、お願いします。」

「……乗れ。」

「……へ?」


私の入部届は受け取らずに、車に乗り込んだ跡部。
…今の決意表明ちゃんと聞いてた?
頭の上にはてなマークを飛ばす私に、もう一度跡部が乗れと言った。





取り敢えず言われるがままに乗り込んでみたものの、
跡部が何か話す気配はない。
……いや、どういう状況なの、これ。


「…ねぇ、跡部。」

「…………今まで何してた。」

「……え?」

「あの日から今日まで何度も謝罪するタイミングはあっただろ。」


な…なんかムカツクな、その言い方…!

…こっちだってそれなりに傷ついて、でも反省して
やっとここまで素直になれてるっていうのに…


「…そ、そりゃちょっと気まずくて…知ってるでしょ、私が意地っ張りなの。」

「………。」

「でも、色々考えてみたんだけど…やっぱり高校になっても皆と頑張りたいなって思って。」


窓の外を眺めたまま、何も言わない跡部に
独り言のように話し続ける。


「内部進学のテストだって、あんなに頑張れたのはやっぱり…
 皆とまた一緒に部活がしたいっていう思いが強かったからだと思うし…」

「……とにかく、私は氷帝テニス部のマネージャーでいたい。大好きな皆を応援させて欲しい。」


半分泣きそうになりながら拳を握りしめる。
皆と離れて過ごした日々で、思い浮かべたのはテニス部での思い出ばかりだった。
いつの間にか私の生活に染みついていた部活を捨てるなんて、出来るはずなかったんだ。

車内に沈黙が流れる。
まともに跡部を見れなくて俯いていると、
手元から入部届を奪い取られた。


「…あ…。」

「……………悪かった。」

「…え?」

「………。」

「………跡部が謝った…。」


珍しすぎる光景にポカンと口を開くしかない。
私の入部届を見ながら、呟いたのは幻聴かと思う程素直な言葉。

初めて聞いた跡部の謝罪が、なんだか面白かったからなのか、
仲直りできたことに安心したからなのかわからないけど、
じわっと視界がにじんだ。


「……うっ…わた…わだしもっ…ごめんねぇ…。」

「…何ビービー泣いてんだ、さっきから。」

「だっで…も、もう跡部が…要らないって…!」

「……だからそれは謝ってるだろうが。」

「跡部が、っもう、しゃべってく…っう、くれないと思った…!」

「………なんだそれ。」

「私っ、…私のこと……もう嫌いにっ…なったって…思って…!」

「………。」

「…それっそれに、さっき…さっき木から落ちたの見て笑ってだ…!

「笑ってねぇよ、ちゃんと心配してやっただろ。」

「普通は下で抱き留めてくれるシーンだったのに…っう…跡部が…!」

「……………っく……っふふ…。」

「なに…。や、やっぱり笑ってるじゃん!」


緩くなった涙腺は、すぐに崩壊する。
静かな車内で1人ぐずぐず泣いている私の声だけが聞こえる。

泣き始めると思考がまとまらなくて、よくわからないことを口走ってしまう。
自分でも何を言っているのかわからない。
そんな中、さっきまで車の外を見ていた跡部が笑い始めた。

………ぜ、絶対馬鹿にされてる。

どうせ木から落ちた間抜けな私の姿でも思い出して笑ってるに違いない。
この鬼め。あ、なんか思い出したら体の節々が痛くなってきた気がする。


「……も、もう忘れてよ!」

「…いや、そうじゃねぇ。お前………

















 そんなに俺のことが好きなのか。」
































人生で初めて顎が外れるかと思った。





楽しそうに高笑いをする目の前の跡部を見て、
あ、ダメだこれ本当に話が噛み合わないタイプの人だと確信した。



「…なっ…ど、どこからそんな話に繋がるの!?」


「……さっきから、俺のことばっかりじゃねぇか。」

「は、はぁ!?」


あんなに止まらなかった涙がピタっと止まった。
そして、跡部の言葉に次は汗が止まらなくなる。

……思い返せば、私…泣きながら、何言ってた…?


「そんなに俺に嫌われるのが怖かったかよ。」

「ちがっ…あ、あれは単純に…べ、別に跡部のことがって訳じゃなくて…!」

「…少しぐらい素直になれねぇのか、お前は。」

「ほ、本当に別に…!」


腕を組みながらニヤニヤと私を見つめる視線に、体が熱くなる。
確かに跡部に呆れられたのは悲しかったし、ショックも受けたけど、
それは跡部が好きだからとかじゃなくて、マネージャーとして否定されたからで…
跡部じゃなくても誰に言われたってショックは受けてて…

頭でぐるぐる考えはめぐるのに、突然のことすぎて言葉にならない。

口をパクパクと動かす私を見て、また跡部が吹き出した。


「……無自覚か。本当にガキだな。」

「なっ…何なの、違うって言って…」


ゲラゲラと笑ってると思ったら、突然身体ごと抱き寄せられた。


技をかける訳でもなく、ただギュっと抱きしめるだけの密着に
そろそろ頭がパンクしそうになる。


「ちょっ…ちょちょちょ何!!」

「…………俺が何のために、ポンコツで馬鹿なお前なんかの家庭教師してたと思ってんだ。」

「……え、…え?」


耳元でぼそぼそと呟く跡部の声。
心臓の音がどんどん早くなる。ダメだ、絶対この音、跡部にも聞こえてる。


「………わかってる癖にとぼけてんじゃねぇよ。」

「っ…そ、そんなこと、急に…え、っと…」


聞いたことないような、跡部の甘い声に一気に顔から汗が噴き出す。
…つ、つまり跡部が言いたいのはどういうこと?
私に熱心に勉強を教えてくれてたのは…私と一緒にいたいから…?


「そ…れはつまり、えーと…あのー…す、すすすす好き、とか?私のことが?」

「…………。」

「……っな、なんちゃってー!いや、えっと…なんだろ、えーと…」

「……お前は違うのかよ。」

「へっ?!」


私から体を離して、ジっと目を見る跡部。
こっ…これはふざけてる感じじゃない。
真剣な時の目だ。

一気に色んなことを言われすぎて、フリーズする私に
跡部は容赦なく追加攻撃を加えてくる。


「……どうなんだ。」

「…………そっ……そんなこと…今すぐにって…わ、わかんないよ…!」

「アーン?わからない?」

「だ、だだだだってもちろん…跡部のことは…き、嫌いじゃないし、そ、その…」

「………じゃあ聞くけどな、俺に今彼女がいるとしたらどうする。」

「えっ…い、いるの?」

「………。」

「……っ、い…今ちょっと…ヤだった。」

「ほらみろ。好きじゃねぇか。」

「そっ、それは………。」


目まぐるしい超展開に頭がついていかない。
今日は、跡部と仲直りして、また楽しく高校生活を過ごそうねって約束するのが
目標だったはずなのに、今のこの状況は何なんだろう。

1人で顔を真っ赤にしてアタフタしていると、また跡部が楽しそうに笑った。
グっと顔を近づけて、とろけるような声で囁く跡部に心臓が飛び出そうになる。



「…大人しく俺のものになれって言ってんだよ。」































「……………な、なんかそれはプライドが許さない!」

…てめぇ……
俺がここまで言ってやってんのに、何だその偉そうな態度は…。」

「だ、だって、なんかこんな感じで流されるみたいなの…って…ダメだと思う!」

「何がダメなんだ。」

「…私の、この気持ちが何なのか…せ、整理してから、ちゃんと考えて…
 それから…それから自分で好きって言いたい!」










「言ってんじゃねぇか。」








ボンッと頭から煙が出たような気がした。
恥ずかしすぎて今すぐこの車から飛び降りたい。


「ち、違うの!だ、だから考える時間を…!」


もう本当に自分でも何を言ってるのかわからない状態で
目がくるくる回る。テンパって立ち上がろうとして車の天井に頭をぶつけて、
頭を抑えながら床に転がる私を見て、跡部が大きなため息をついた。


「……さっきから何の意地を張ってるのか知らねぇが…まぁ、いい。」


転げまわる私の頭を掴んで、まっすぐ目を合わせる。


「どうせまだ3年間ある。ゆっくり待っててやるから、さっさと言いに来い。」


書いたばかりの入部届を私の目の前でピラピラとちらつかせて、
ニヤつく跡部。取り敢えず納得してくれたのか、それ以上は何も言われなかった。





ゆっくり待ってやると言ってくれた跡部に、私が突撃したのはそれから3日後のことだった。
その時の跡部の笑顔を思い出すだけで、未だに幸せな気持ちになれるのは誰にも言えない秘密だ。





































「…超大作だねー、もう朝だー。

「ほら、長いって言ったでしょー?…ふぁ〜…!」

「はっ…ご、ごめん…つい熱く語ってしまって…!」

「でも…やっぱり、なんかいいね、2人って。」

「えー、えへへ…そ、そうかな?良かったら、初めてのデートの話もしようか?」

「うん、おやすみ!」






fin.