氷帝カンタータ





番外編 ひねくれロンリネス





「あー、成功して良かったね!」

「ちょっと監督涙ぐんでなかった?」

「お、俺もそういう風に見えました!」


謎のミュージカル「俺とあいつの青春〜ヒップホップから始まる絆〜」の上演が無事に終わった日の夜。
榊先生を無事お祝い出来た私達は、なんとなくその達成感と幸福感に包まれながら
いつものサイゼリアに集合していた。


「でもさ、ぴよちゃんさまのラップ意外と良かったよね。」

「その話を金輪際しないでください。」

「俺、やっぱり日吉って真面目でいい奴なんだなーって思ったよ。」

「バカにしてるのか、お前。」


小さく拍手をしながらぴよちゃんさまを称えるちょたに、
心が荒みすぎて誰に対してもジャックナイフを向けてしまうバーサーカー状態のぴよちゃんさま。
彼をこんな風にしてしまった張本人はといえば、満足気な表情で最近お気に入りらしいドリンクバーのホットココアを飲んでいた。


「まぁ、俺様程ではないがお前らもよくやった。」

「結局いつもの跡部のワンマンショーだったよね。」

「いや、俺は正直の役作りにかける思いに感動したぞ。」

「たった一言、≪そこの兄ちゃん、一緒にユートピアまでトリップしたないか?≫のために、声ガラガラにしてな。」

「昨日1日中カラオケにこもって歌い続けたからね。より一層、闇の売人感を出すために!」


そう。丁度最近ハマっているガラスの仮面でも同じような場面があったのです。
誰も見向きもしないエキストラであろうが、その役作りに渾身の力を込める…。
自分に与えられた役を全うするのが、真の女優なんだ…!
跡部みたいに、汚い裏金工作で手に入れた主役なんて私はまっぴらごめん!
必ずや実力で、主役をも上回る役作りをして見せる!

と、決意した結果喉はガラガラになり
髪の毛という髪の毛を逆立てまくって顔すら見えない怪しい雰囲気を演出し…
その努力が実を結んだのか、榊先生にも若干引き気味に褒められたんだから!


「でも、あの役ってなんのために入れたんですか…?」

「華がねぇ奴が1人はいたほうが、他が際立つだろうが。」

「もう、そこまでくるとあんたの心の闇が心配だよ、私は。何に憑りつかれてるんだよ。」

「ただの馬鹿じゃなくて、突き抜けた馬鹿なんだね。って。」


クスクスと笑いながら跡部の隣でアイスティーを飲むハギー。
その後ろから、ドリンクバーから戻ってきたがっくんとジロちゃんが見えた。


「あ!そうだ俺さっき何か言おうとして忘れてたの思い出した〜!」


興奮したジロちゃんがテーブルに置いたオレンジジュースは
その衝動でグラスの中身がこぼれそうになる。

目の前のぴよちゃんさまが迷惑そうに、そのグラスを抑えたのに気づきもせずに
ジロちゃんは自分の席について楽しそうに話しだす。


「跡部のアイコン、俺が作ったアイコンに変わってたC〜!」

「…そ、そういえばそうだ!」

「アーン?別にいいだろうが。なぁ、樺地。」

「ウス…。」

「な、なんだそんな開き直られると面白くないんですけど…。」


確かに、元々は「南の島で撮った風景写真だ」とか言ってドヤ顔してたくせに
いつの間にやらあの陽気すぎる似顔絵アイコンに変わってた気がする。
思いっきり弄ってやろうと思ったのに、跡部は携帯を見ながら涼しい顔しちゃってるんだもん。
…気に入ったんだろうなぁ、あのアイコン。


「っていうか、このアイコン…皆の個性出てるよねー。」

「俺は侑士のアイコンが1番すべってると思う。」

「なんやねん、やめてや。オシャレ感丸だしでええ感じやろ。」

「いや、確かに私も思ってた。その背伸びしたオシャレ感が逆に偽物っぽくてダサイ!」


そして、あえてコーヒーではなくレモンティーってところも変にひねり過ぎてダサイ。
レモンティー自体はださくないのに、その隣に「忍足侑士」って名前が表示されるだけで
なんだか面白く見えちゃうのはなんでなんだろう。というようなことを小声でヒソヒソしてると
シンプルにほっぺたを殴られた。



「鳳のアイコンは、中々センスがいいじゃねぇの。」

「え、そうですか?ありがとうございます!」

「うんうん、一目みただけでちょただ!ってわかるもんね!」


楽譜の写真をアイコンにしよう、というところが
ちょたらしいお上品さが滲み出ていて、とても素晴らしいと思う。


「少しはそのお上品さを宍戸にも見習ってほしいよねー。」

「は?っていうか、ここのラーメン平日で3時間並ぶレベルの超ウルトラ激レアだからな!」

「え、そんなすごいラーメンなの?!」

「まぁ、いかにも宍戸らしい感じが出てていいんじゃない?」

「おい、滝。絶対馬鹿にしてるだろ。」

「フフ、してる。


今日はやけに機嫌が良さそうなハギーは絶好調。
テーブルにまたがって、殴りかかろうとする宍戸を止めるちょた。
本当に、どこにいても騒がしいメンバーだなぁと思いつつも
つい頬が緩んでしまう。


はなんだよ、あのアイコン。」

「ね。俺もちょっと意外だった。」

「えー、いいでしょ?」



さっきまで騒がしかったのに、みんな一斉に携帯を手に取る。
画面に表示されているであろう私のアイコンを見て、
何故か皆が不思議そうな顔をしている。



「そんなにテニス好きやったんか。」

「この前の練習試合の後に片付けしてた時にね、いい感じだったから撮った。」


テニスコートに転がるテニスボール。
夕焼けがいい具合に差し込んでいて、自分の中ではベストショットだった。


「ふーん、まぁにしては良い方じゃない?」

「素直に褒めてくれてもいいのに…!それにこれ見てると、皆がテニスしてる姿をいつでも思い出せるでしょ。」


写真を見つめながら、何気なく放った言葉。
本当に、特に深い意味もなく言った言葉だったんだけど
一瞬にして空気が凍る感覚があった。

いや…なんだ?


「え…何?」

「…な、なんか気持ち悪い…。

先輩…何か悩み事でもあるんですか?」



想像していたのとは大幅に違った表情で私を見つめる皆。
いや…そこは普通に「やめろよ、照れくさい☆」みたいなテンションじゃないの?
なんで、「こいつ、いよいよ頭がヤバイぞ」みたいな不穏な空気漂ってんの?


「べ、別にいいじゃん!ちょっとぐらい素直になったんだから皆も素直に愛を頂戴よ!」

「いや…無いものはあげられねぇから…。」

「何その真顔、めっちゃムカツク…。」


さっきまでのラーメンを語るテンションはどこへ飛んで行ったのか、
真顔で私を見つめる宍戸の顔を正面からどつきたい。


。」

「…な、何よ。」

「…急にしおらしいこと言ったからって、今更お前を女としては見れねぇぞ。」

「何の話をしとるんじゃああああああ!」

「お、おさえて先輩!お店ですから!ここ、お店ですから!」


急に真面目な顔で話しかけてくるもんだから、何を言うのかと思えば
ハンッと鼻を鳴らして私を嘲笑ってきましたよ、こいつ…!
なんで…なんで私はみんなのことだーいすきだよっ☆って言っただけなのに
ここまでドン引きされないといけないのでしょうか。ほんわかした気持ちの急速冷凍が始まってるぞ、私の中で。


「そこまで言うなら言ってやるけどね!あんた達が、いつも会話の最後に
 ≪おやすみ≫って何故か律儀に送ってくるところ見て、心の中でちょっとキュンとしてるんだからね!」

「うわあああ気持ち悪いいいい!」

「モテない人生をこじらせると、そんな風になっちゃうんだ…。」


暴れる私を後ろから優しく抑えるちょたを振りほどきながら、
勢いのまま言ってやると、きゃーとかうわーとか白々しい悲鳴と笑い声があがった。

何がそんなに面白いのかジロちゃんと手を叩き合って笑うがっくんに、
私の顔を天然記念物でも見守るかのようにまじまじと覗き込むハギー。
いい加減恥ずかしさもなくなってきたぞ…!


「だって、夜とかいつも1人でベッドに入って、無言で寝るのが普通なのにさ」

「目を閉じる寸前に携帯が震えて、画面開くと皆のアイコンと≪おやすみ≫の四文字があってさ…。」

「なんか、あーやっぱり友達っていいなーって思っちゃうんだよ。」


話している内に、あの瞬間を思い出してちょっと笑ってしまった。
…いつもいつも、嫌味なこととか酷いことしか言わない皆なのに
そんな皆が≪おやすみ≫なんていう、シンプルで素直な言葉を送ってくれるのが、
何故だか面白くて可愛くて嬉しくて仕方ないんだ。普段言われ慣れてないからかな。

フフッと少し笑って顔をあげてみると、



さっきまでいたはずの跡部やぴよちゃんさまはドリンクバーへと遠征していて

隣で私をからかっていたはずの宍戸やがっくんはゲームに夢中になっていた。

他の皆も既に各々会話をしていて、私の話なんてだれも聞いていなかった。





そ…そんなことだろうと思ったよ!



なんとなく恥ずかしくなった私は、ずこずことなくなりかけのカルピスを必死で飲み干した。



























「よし!明日の時間割も…ばっちりだな。」


夜、鞄に教科書を詰め込んでドアのノブに引っ掛ける。
寝る前の準備が一通り終わったところで、ベッドにダイブ。
パチンと部屋の電気を消すと、ブブッと振動音が部屋に響いた。


「…………うわ。」















適当に聞き流してると思ってたのに。
あの時あれほど私の事気持ち悪いとか気が狂ったとか言ってた癖に…とか
そんなことを考えているはずなのに、頬が緩んで仕方なかった。

やっぱり友達っていいな。氷帝テニス部って、いい奴ばっかりだ。




























「あの、皆…本当に、謝るのでもう…あの…。」

「なんだよ、お前が言いだしたんだろー。」

「せやで。俺らの愛を素直に受け取ったらええねん。」

「いや、あんなに毎日毎日毎日送られてきてたらノイローゼになるわ!!」


あれからというもの、皆が各々の寝る時間に好き放題送ってくれる≪おやすみ≫の一言。
まだ…まだ、ちょたとかぴよちゃんさま、樺地あたりはいいんだ…。嬉しいんだ…。
だって私が寝る時間の前に規則正しい時間に送られてくるから。

問題はその他の3年生。

毎晩毎晩夜中の3時だろうが容赦なく送られてくるおやすみメール。
最初はそれすら微笑ましかったけど、今はあれだけ嬉しかったこの4文字がゲシュタルト崩壊している。
おやすみって一体なんなんだろう…前まではもっと優しさに満ちた文字だった気がするのに
今は、その文字をみるだけで軽く発狂しそうになってしまう。



私たちの愛はいつもどこかでねじれまくって、真っ直ぐに伝わらない。