迷走ユートピア





番外編(1)





せんぱぁーい!!」

「ん?…ああ、ホリーにカッツォにカチローちゃんじゃない。どうしたの?」

「俺達、先輩を手伝いに来ました!」

「ええ!い…いいよ、あんた達まだ午後も練習あるじゃん。」

「大丈夫です!もう合宿も終わっちゃうし…もっと先輩とお話ししたいんです!」


合宿所の裏で、洗濯物を干していると
パタパタと3人の天使たちが走ってきた。
息を切らして何かと思えば、マネージャーの仕事を手伝いたいですって?
さらに私ともっとお話ししたいですって?


「…っ…あ…あんた達…あんまりそういうこと言ってると…誘拐とかされるから気をつけなさいよ…。」


可愛すぎる可愛すぎる可愛すぎる…!
こんな可愛い空気知らないよ、私…。
他校ではここまで、ゆるふわな雰囲気の中マネージャー業をやっているというのですか、
それはあんまりにも残酷じゃないですか、神様。出来れば知りたくなかったよ…!


「これを干していけばいいんスね?」

「ん、ありがとうね。時間になったら行きなよ。」

「はーい!…えへへ、マネージャーさんはいつもこういうことやってるんだ。」

「あ、カチロー。干す前に、パンパンッてするんだよ。乾いた時に皺にならないように。」

「わかった!スゴイや、カツオ君。よく知ってるね。」

「馬鹿だなぁ、カチロー。そんなのお母さんのお手伝いしてる奴なら誰でも知ってるぜ?」

「ぼ…僕だってお手伝いしたことあるもん!お皿洗いとかいつもしてるよ!」

「むしろ堀尾君がお母さんのお手伝いしてるところの方が想像できないけどなぁ。」

「なんだとー!」




























砂漠でオアシスを見つけた時ってこんな感覚なのかな。








…何なんでしょうこの可愛さは。
なんで洗濯物を干すだけで、こんなにキャッキャウフフできるのでしょう。
スピード的には遅すぎて、私1人でやった方が早いんじゃないかって思うけど
こんな可愛い光景を見ていられるなら、もう何でもいいよ!



「…皆、可愛いなぁ。家に飾っておきたいぐらい。」

「………え?」


ボソっと出た一言に、戦慄の目を向けるホリー。
そしてきょとんとした顔でこちらを見つめるカッツォにカチローちゃん。
ちょ…そんないきなり現実に戻らないでよ…。


「な、なんでもない!皆が可愛いなぁ、って思ってね。」

「か、可愛くなんかないッスよ!」


馬鹿にされていると思ったのか、顔を赤らめて怒るホリー。
もうそれが可愛いんだって…。

フと、氷帝が誇るアイアンハートな後輩、ぴよちゃんさまで想像したけど…
絶対「可愛くなんかないッスよ!」なんて言わないもんな。
睨んで「………は?」で終わりだもんな。その場が凍りつく感じだもんな。



「…ねぇ、皆は好きな女の子とかいるの?」

「っえ…ええ!な、何ですかいきなりー!」

「お、カチローちゃん。その反応は、いるってことだね?」

「へへへ、先輩秘密ですよ?カチローは…西郷先輩のことが「堀尾君!やめてよ!」


耳まで真っ赤にしながらホリーの口を抑えるカチローちゃん。
…へぇ、璃莉ちゃんねぇ…!そりゃそうか、あんな可愛い女の子が身近にいたら、そういう気持ちにもなるわなぁ。
部員から密かに恋心を寄せられるマネージャー…。

あぁ、そうですね…そんな青春全開のマネージャーを夢見ていた時期が、私にもありました。


「ふふ、カチローちゃん大丈夫。私、絶対に秘密にしておくからね。」

「…ぜ、絶対ですよ!言わないでくださいね!」

「だーいじょうぶだって。…そういうホリーはどうなのよー。」

「お、俺ッスか?俺は別に…。」

「堀尾君は、同じクラスの鈴ちゃんが好きなんですよ。」

「おい、カツオ!何普通に言ってんだよ!そ、そんなんじゃねぇし!」

「またまたー。堀尾君、めちゃくちゃわかりやすいんだから、そんなのバレてるよ。」


クスクスと笑うカッツォに、先程とは打って変わって焦りまくりのホリー。
……皆、なんかいいなぁ!中学生を存分に満喫してるじゃない!

ホロリと涙がこぼれそうになるのを抑えて、
その微笑ましい光景を眺めていると、いきなり私をめがけてとんでもない攻撃が仕掛けられた。








「そう言う先輩は、彼氏いるんですか?」











無邪気な顔でそう聞いたのは、カチローちゃん。
後ろで言い合いをしていたホリーもカッツォも、興味津津でこちらを振り向く。


「カチロー、先輩だぞ?彼氏いるに決まってるじゃん!」

「そうだよねー、だってあんなカッコイイ先輩達に囲まれても堂々としてるもんね!」

「それだけ男の子に慣れてるって事だよー、もしかしてテニス部の誰かなのかな?」

「ええー!僕、全然気づかなかった!誰ですか?!」










なんだこの空気。






いやいや…なんで、彼氏がいて当然みたいな雰囲気になってるの?
生まれてから今まで、いたこともありませぇ〜ん、てへへ★
なんて言える雰囲気じゃなくなってるじゃん…!
キラキラとした羨望の目で見つめられるのは、悪い気はしないけど…

ここで彼氏がいません、なんていうと…
ものすごくガッカリされる気がする。
現に3人で勝手に「テニス部の誰が彼氏か」なんて話題で盛り上がってるし。

っていうか、この間まで小学生だったこの子たちにも
「好きな女の子」がいるっていうのに、2歳も無駄に年を経ている私が
「好きになったことがないんだぁ…」なんて寒すぎませんか。年上の尊厳が保てないんじゃないですか。




やめとけばいいのに、見栄っ張りな私は
ここで大きな嘘をついてしまう。




「あ、あのねー…テニス部なんかにいるわけないでしょ。」

「え…。そうなんですか?じゃあクラスの?」

「……あんた達、ここで聞いたことは絶対誰にも言わないって…約束できる?」

「は…はいっ!誰にも言いません!」

「絶対よ?あんた達の家族もろとも跡部に経済制裁を加えられたりしても、絶対言わないって約束してよ?」

跡部さんて…やっぱり怖い人なんスね…。


「実は、私の彼氏って…ね……
















 アイドルなんだ。」














「「「えええええええええ!!!!」」」


「ちょ、声が大きいわよ!静まりなさい、見つかったらどうすんの!」

「ご、ごめんなさい!…え、でも…マジっすか?」

「……秘密の恋だから…誰にも言えないんだ。」


遠くを見つめながら、さも「禁断の愛を楽しむ大人の女」であるかのように振る舞う私に
まんまと騙されて、ちょっと涙ぐんでる3人組。
この子達の将来が心配だ…悪い女に騙されたりしないように、今からイイ男になるのよ…。



先輩…じゃあ、中々会えなかったりするんですね…。」

「うん…でも…ね、画面越しに元気な姿とか見れたら…私はそれでいいの。」

「…っ、カッコイイです先輩!俺…俺、先輩のこと応援してます!彼氏さんと幸せになってください!!」

「ホリー声が大きいわよ!!だけど…、うん。ありがと。取り合えず、くれぐれもこのことは内密に…」










「へぇ、さんに彼氏がいただなんて初耳だなぁ。」







後ろから聞こえた声に、固まる私達。

先にその人物を視界にとらえた3人組が、これでもかという程目を見開いている。

振り向くことができず、思考回路が停止してしまった私を見て

ホリーが一目散に駈け出した。



「あ、あのっ!!」

「ん?なんだい?」

「ゆ、幸村部長。あの…あの、今聞いたことは…どうか秘密にしてください、お願いします!」


やっと身体が動いた。
振り絞るような、ホリーの声につられて後ろを振り向くと
幸村君相手に、必死に頭を下げるホリー。

幸村君を前にして、若干身体が震えている様子を見て
きゅんと胸が締め付けられた、物凄い…罪悪感…。

固まる私を横切って、残りの2人も頭を下げる。


「あのっ…先輩の、彼氏さんは…その…アイドルで!!」

「いっ、いいのよカチローちゃん!ストップストップ!


「お願いです、幸村部長!先輩と、アイドルの彼氏さんのこと…秘密にしてあげてください!」

「………フフ、もちろんだよ。」


幸村君の、思いがけない優しい声に安心したのか、
3人が一斉に頭をあげ、最高の笑顔でありがとうございます!と叫ぶ。


「では、俺達はこれで!」

「え、あ、…ちょっと、待って!」

先輩、お幸せに!俺達、絶対誰にもいいません!」


爽やかに手を振りながら、去っていく3人を見つめながら
私の真横にいる人物の「何か言いたいオーラ」に、身体が震えだす。





「……さん、ふっ、ふふ…ア、アイドルと付き合ってるんだ?」





堪え切れない笑いを洩らしながら、そう問いかける幸村君は意地悪だと思います。
全身真っ赤になった私は、生まれながらの本能なのか、本当に面倒くさい性質だと思いますが
「バカにされると、燃える」という属性があるので

つい、言い返してしまったのです。



「そ…そうだよ!秘密にしててよね!」

「…ちなみに…、なんて名前なの?」

「…へ?」

「いや…アイドルなんでしょ?俺、知ってるかなぁ、って。」

「そ…そそそそれは!言えないよ!ほ、ほら相手にも迷惑がかかるしさ…。」

「ぶっ…ふふ…。本当に素直じゃないね、さんは。」

「ゆ、幸村君…絶対馬鹿にしてるでしょ…。」

「いや?さんにアイドルの彼氏がいるなんて、ショックだなぁ、と思って。」

「……ほ、本当にいるんだから…。」

「そうなの?じゃあほら、言ってみてよ。」

…………聖川真斗。


絶対彼氏なんているわけねぇだろ、と思ってた女の口から
意外にも現実味のある名前が出たことに驚いたのか
一瞬、目を見開く幸村君。

腕を組んで、わざとらしく悩むその姿に、体中の血管が爆発しそうなぐらい恥ずかしくなる。


「うーん…俺は知らないなぁ…。」

「ほ、ほら、まだ駆け出しのアイドルだからね…知らないのは当然っていうか「そうだ、これで調べてみよう。」


そう言って、ジャージのポケットから携帯を取り出した鬼。
朗らかな笑顔の裏には、最初からこうすることを計画していたような含みがあった。
…あんた鬼やで…こんな羞恥プレイないで…。


「ちょっ、や…やめ…!」


「なんで?いいでしょ、別に。誰にも言わないからさ?」


挑発するような幸村君の携帯に飛びかかると、
ひょいっと腕を挙げられてしまい、私の身長では到底届かないところまで
悪魔の機械が振りあげられる。



……終わった。




「ま…さ、と…と。……あ、出てきたよ。」






聖川真斗とは

聖川真斗とは、PSP専用ソフト「うたの☆プ○ンスたまっ♪」
およびテレビアニメ「うたの☆プリ○スたまっ♪ マ○LOVE1000%」の登場キャラクターである。


















「ぷっ…ふふ…っあはは!!さん…ちょ…っ。」

「っく……もう私ここで自害します。


「あはは…さん、落ち着いて…本当にアイドルだったんだね………っぶふ。」

「悪いかーー!!
後輩にカッコつけたかっただけなのに…!!」

「…嘘はいけないよ、嘘は。」

「いわゆるホワイト・ライってやつじゃん!誰も傷つけない嘘じゃん!」

「少なくとも、俺は傷ついたけど?」




携帯を取りあげようと、我を忘れて幸村君に飛びつく私の腕を掴んで
ニッコリ微笑むその姿は本気なのか冗談なのか、よくわからない。


「…さんは、こういう男が好みなの?」

「もうマジで勘弁して下さい。私が悪かったです、本当すいません。」


まじまじと携帯画面にうつる聖川様を見つめる幸村君。
…ああ恥ずかしくて顔から火が出そう。
裸を見られるより、随分恥ずかしいこの仕打ちに、私の心はズタボロだった。


「今度からは、こんな二次元のキャラクターなんて使わずに、俺のことを使うといいよ。」

「へ?」

「だから、どうせ嘘をつくなら実在の人物の方がいいんじゃない?ってこと。」

「…いやいや、幸村君が彼氏なんだぁ〜☆とか言ったら、嘘ついてるのバレバレじゃない。」

「なんで?」

「なんでって…そんなこと言わせるんですか…!
 神様が持てる力を全部振り絞って作ったみたいな完璧な王子様と私じゃ格差がありすぎるじゃん!
 一般人女子が、わたしぃマツジュンと付き合ってるんだぁ、ウフフ〜って言ってるみたいな絶望的な嘘話感が出ちゃうじゃん!」


「わぁ、俺のことそんな風に思ってたんだ。」

「思ってるよ、全人類がそう思ってるよ!
 ズルイよ幸村君だけ!お母さんのお腹の中でどんな善行を積んだらそんな風に生まれ落ちるのか教えて欲しい!」

「落ち着いて、さん。なんだか可哀想な人に見えてきた。

「いいもん!どうせ私は二次元の世界にしか相手にしてもらえないんです、うわああああん!!」



走り去る私の後ろで、幸村君の笑い声が響いた。

泣かない…泣かないぞ!たくましく生きるんだ、…!