迷走ユートピア
番外編(2)
「あ、丸井くーん!」
「お、ジロ君。あっちーな、今日も。」
「だね!あ、ジャッカル君もいたんだね!」
「オマケかよ。ずっといたよ。」
午後練習が始まる前の休憩時間。
気持ちよく寝れそうな木陰を探してると、丸井君を見つけた。
嬉しくて駆け寄ると、丸井君はカッコよく手を振ってくれた。
わぁ、何してもカッコEなー!俺も丸井君みたいになりたいなー!!
「ねぇねぇ、合宿楽C〜ね!」
「まぁ、普段の練習よりは楽しいよなー。皆で飯食ったりとかさ。」
「お前は西郷さん見れるのが楽しいだけだろ。」
「あ、バレた?可愛いもんなー、あいつ。」
「璃莉ちゃん可愛いよねー、最近頑張ってるし!里香ちゃんもね!」
「アレ?ジロ君はだろ?」
プクーっとガムを膨らませながら、ニヤニヤした顔で俺の顔を見る丸井君。
…なんでそこでちゃんの名前が出てくるの?
「え?なんでちゃん?」
「みずくさいぞ、ジロ君。付き合ってんだろぃ?」
「…えー!俺とちゃんが?!ヤダー!」
「ヤダって、ひでぇな。」
ケラケラとジャッカル君は笑ってるけど…
丸井君にそんな風に見られたなんて…!俺、ショック!
「いや、だって結構仲良くね?」
「確かに仲良しだけど〜…なんていうか、ちゃんは俺のペットみたいなもんなの。」
「マジか、なんかエロいな。」
「もう!違うの!そういうのじゃないよー、友達!」
またニヤニヤした丸井君に、つい大きな声出しちゃった。
だって…ちゃんのことをエロいなんて…何か違うんだもん!
「だって、丸井君も可愛い犬とか見たらギューってするでしょ?」
「…ジロ君、にギューってしたりすんの?」
「うん!ふわふわでねー、いい匂いするんだよー!」
「マジで?……っていうかそれ…、怒ったりしねぇの?」
真剣な表情で問いかける丸井君に、首をかしげてしまう。
…なんでちゃんが怒るの?よくわかんないよ。
「怒んないよ?ちゃんは、普段暴れん坊将軍だけど俺にはやさC〜から!」
「へー。いいな、俺も抱きつきてぇな。」
「…丸井君もやってみるといいよー!」
「おいおい、やめとけよ。そんなこと言うと、こいつマジでやりかねないぞ。」
「あいつも結構嫌いじゃないしなー、俺。」
ジャッカル君と楽しそうに話す丸井君。
本当にちゃんに抱きつきたいのかな?
うーん…でもきっとちゃんも、丸井君なら許してくれる気がするー…。
「お!いいところに。」
パチンッとガムを噛み潰した丸井君の目線を追いかけると、
ウォーターサーバーを両手に持ったちゃんが歩いていた。
わぁ、満タンのウォーターサーバーって結構重いのに。さすがちゃん。
そんなことを思いながら、ボーっと眺めていると
隣にいた丸井君が走り出した。
「え…?」
「うわ、あいつマジでいくつもりだ。」
ジャッカル君がボソっと呟いた内容と、
目の前でスキップしながら、ちゃんに向かって行く丸井君が合わさった時
自然と身体が動いていた。
「おーい!山賊ー!」
「なっ…あ、丸井君!っあ!…う、後ろ危な…っ!」
「え?なんだぶふぇぇっ!ちょ…なんだよジロ君!」
丸井君に後ろから飛びつく俺を見て、
驚いた顔をするちゃんに、ちょっと怒った顔の丸井君。
丸井君に怒られるのはイヤなのに…
ああ、なんでこんなことしちゃったんだろ俺!
「ダ…ダメだよ、丸井君!」
「何がだよー、さっき良いって言ったじゃん!」
「その…ちゃんはお風呂入ってないから臭いんだよ!」
「はははは、入ってるよ!何言いだすのジロちゃん!」
「ジロ君、さっきイイ匂いがするんだよ〜って言ってたじゃん。」
「違うの!それは…、そ、それは冬場の話で…今の時期は結構匂いがキツイんだよ!」
「ねぇ、何これ。新手のイジメなのかな。泣いていいのかな。」
ウォーターサーバーをぶら下げたまま、いつもの調子で何もわかってないちゃん。
俺を背中に背負った丸井君は、ちょっと不機嫌な顔になってる。
マ、マズイC〜…。
でもでも…俺以外の人がちゃんに抱きつくのはやっぱりNGっていうか…
いや、でも丸井君ならいいかな…
絶対ちゃんも、にへら〜ってして喜ぶんだろうなぁ…
ふにゃふにゃの顔して……
「それに…丸井君、そんなことしたらちゃんに変な妄想小説書かれるよ!」
「やめて、ジロちゃんんんん!ちょっ、それ以上はやめてください!
跡部に焚書されそうになって大事件になったでしょ!他校に漏らさないで!」
「なになに、妄想小説ってどんな小説なんだよ?」
「丸井君も興味持たないで!っていうかもう私行っていいかな…腕がヤバイ…。」
腕をプルプルさせるちゃん。
いつのまにか後ろにいたジャッカル君が、片方のウォーターサーバーを
持ってあげるとちゃんは、やっぱりふにゃふにゃの顔で「ありがとう〜」なんて言ってる。
「……ちゃん、いくよ!」
「へ!?ちょっとジロちゃ…!」
ジャッカル君からウォーターサーバーを奪い取って
ちゃんの腕を掴むと、俺の脚は全力で走りだしていた。
それに文句を言いながらも、ついてこれるちゃんはやっぱりちゃんだなぁと思った。
後で、丸井君とジャッカル君になんて謝ろう…。
そんなことを考えながら、ひたすら走っていると
「ジロちゃん、待って!タイムタイム!」
「もう!何?」
「靴!靴紐ほどけてるよ、転げちゃうと危ないから待って。」
そう言って、俺の靴紐を結んでくれたちゃん。
後ろを振り返ってみると、丸井君もジャッカル君も追いかけてくる様子はない。
……さっきは何であんなに嫌だったんだろう、俺。
「ねぇ、ちゃん?」
「んー?あ、ジロちゃん今日ご飯抜きね。」
「えええ!ヤダヤダ、なんで!」
「当たり前でしょー!丸井君とかジャッカル君に云われのない悪口吹きこんだ張本人なんだからー!」
「俺はちゃんを守ってあげただけだC〜!」
「へぇ…女の子のことを夏になると異臭がする生ゴミに似てるとか、
妄想ばっかりしてるキモオタで世間から隔離されてるだとか言うのが守ってるっていうのかな?」
あ、ちゃん怒ってる。
表情は笑ってるけど、心では怒ってる時の顔だ。
そこまで言ってないのに何か脚色されてるC…。
「違うもん!だって…ああやって言わないと…丸井君が…。」
「丸井君が何?怒らないから言ってごらん?」
「丸井君が………、ちゃんにギュってしようとしてたんだもん!」
「……え、何それ。どういう話の流れでそうなったの?何で止めちゃったの、それ?」
「だから…、丸井君が俺とちゃんが付き合ってるのかってヒドイこと言うから、そうじゃないって言ったんだけど
何でそんな屈辱的なことを丸井君が思ったかって言うと、俺がちゃんによく抱きついたりしてるからで…
じゃあ丸井君もやれば、って言うと本当にやろうとするから…だから、だから…」
「丸井君までちゃんと付き合ってるだなんて思われたから可哀想だから止めてあげたんだもん!」
「お…落ち着いて、ジロちゃん…。日本語…、日本語からまず訂正したいけど…。
いや、その他にも哀しい事実がいっぱい含まれてたけど…そこは我慢するよ!
でも結局最終的にさ、私を守ったっていうより丸井君の名誉を守った話になってるけど、どういうことなのかな?」
一息で言いきったけど、なんだか頭が混乱しちゃって何言ってるか自分でもわかんない。
ちゃんの顔からさっきの怒り顔は消えて、今は困った顔で俺の両肩を掴んでいた。
ボーっとする俺の肩をさすってくれるちゃん。
心の中では、ヒドイこと言ってゴメンね、そんなこと思ってないよ…って思ってるのに、
目の前のちゃんには素直に言えないんだよね。
言葉に出来ないそんな想いもまとめて伝わりますようにって、願いを込めてギューっと抱きつくと
頭をポンポンたたいてくれた。……やっぱりちゃんは、やさC〜…。
「これは…俺の専売特許だもん。」
「ええ…私のことを貶めるのが?やめてよね、もう…。」
困ったように笑うちゃんからは、いつもみたいにイイ匂いがした。