氷帝カンタータ





番外編(3)





「あの、先輩ちょっといいですか。」

「ん?どうしたの、璃莉ちゃん。」

「……こっち来てください。」

「なになに、愛の告白?」

「ち、違います!」


今日も練習を終え、道具を倉庫に片付けていた時。
同じく片づけを終えた様子の璃莉ちゃんに声をかけられた。

璃莉ちゃんに無理矢理私から絡むことはあっても、
彼女から私に何か話しかけてくることは珍しかった。
それに、何だか人目を気にしているのか人気のない倉庫の裏に連れて行かれてるし。

少しだけ頬を染めながら、私の腕を引っ張る璃莉ちゃんが可愛すぎるのでもう何でも良いけど…!



「…で、どうしたの?お姉さんに恋の相談かな?」

「なっ、なんでそうなるんですか!」

「だって璃莉ちゃんから話しかけてくれるなんて、やっぱりそのことかなぁって。」

「……今から私が言うことは誰にも話さないって約束してくれませんか?」

「…うん、わかった。」

「絶対ですよ?向日さんとか、あ…跡部さんとかにも…。」

「わーかってるってば!ほら、思い切って言ってごらん!」


少し言いづらそうに、周知の事実を隠そうとする璃莉ちゃん。
思いっきり両肩をバシっと叩いてやると、顔を思いっきりしかめてたけど
決心がついたのか、私の目を真っ直ぐ見てこう言った。



「…そ、そのジャージ少し着たいんですけど貸してもらえませんか!」



「…へ?」

「だか…ら、先輩が今来ているそのジャージをここで着させてくれませんか!」

「い、いいけど何…。璃莉ちゃんってそんなに私のこと好きだったの…?」

「違います!私はただ……、ああ、もう!くれるんですか、くれないんですか!」

「わ、わかったわかった!心ゆくまで私の匂いを堪能するといいよ…。

「だから違うって言ってるじゃないですか、やめてくださいその引いた顔!



さっさとジャージを脱いで、璃莉ちゃんに渡してあげると
少し固まって、ジっとジャージを見つめていた。
フと気を取り戻したかと思うと、いそいそと自分が着ていた青学ジャージを脱ぎ始め
先ほどまで私が袖を通していたジャージに着替えている。

ごそごそとズボンのポケットから、スマートフォンを取り出した璃莉ちゃん。
彼女らしい可愛らしいパステルカラーの携帯カバー。


「…先輩、写真撮ってください。」

「え!……本当どしたの、璃莉ちゃん…。」

「い、いいじゃないですか!こんな機会じゃないと跡部先輩と一緒…っ…あ。」

「…………ブフッ…、うん、いいよいいよ!撮ってあげるね!」

「やめてください、その目!ぜ、絶対跡部先輩には言わないでくださいよ!」


顔を真っ赤にして携帯を押し付ける璃莉ちゃん。
なるほど、憧れの跡部と同じジャージに袖を通すことが目的だったのか。
てっきり、伝わりづらい私に対するツンデレ愛情アピールだと思ってたのに…。

しかし本当どこまで可愛いのか、真っ赤な顔しちゃってさ。
ニヤニヤしながら携帯を構えると、渋い顔をしながらも
ちょこんとピースをする璃莉ちゃんの破壊力は半端じゃない。

まぁ、でも「好きな人と同じジャージを着る」という発想は
私にもあった。ただ、それが本人のモノかそうじゃないかという違いだけで
つまり私と璃莉ちゃんの女子力は同じレベルというわけだ。

決して大好きな男の子のジャージに袖を通してその匂いを、空気を感じたい!と思うのは
変態行為などではなかったのだ、わかったか!!


「はい、チーズッ!……うん、可愛く撮れてるよ!」

「本当ですか?……ありがとうございます。」

「あ、ねぇ。じゃあ私も青学のジャージ着て撮ってくれない?」

「いいですけど。」

「私携帯忘れちゃったから、璃莉ちゃんの携帯で撮ってね!」

「えー…。わかりました、はい早くポーズ決めてください。」

「やだ、急にどうでもいいテンションになっちゃってるじゃん!
 そのジャージ、明日まで貸してあげるからさ。部屋で思う存分撮影会するといいよ。」

「え!…い、いいんですか?」

「いいよー、その代わり私にもこれ貸してね!あいつらに自慢してくる!」

「あ、あいつらって…ダメですよ跡部さんに見せたりしたら!バレるじゃないですか!」

「大丈夫大丈夫。その時は、私が無理矢理璃莉ちゃんから借りてるって言えば
 私が罵られて、怒られて、社会的地位を失うだけで済むからさ。」

「…じゃあいいですけど…。」


「私、璃莉ちゃんのそういうとこ、正直でとってもいいなって思うよ!


口では嫌そうにしてるけど、先ほどより明らかに顔が緩んでいる。
…そんなにそのジャージが気に入ったのかしら。

そこまで低い声が出るのかというほど、テンション低めの声で撮影を終えた璃莉ちゃんは
嬉しそうにジャージをかかええて走り去って行った。


























「……何してるの、。」

「あ、お師匠様ー。今からこのジャージを氷帝のみんなに自慢しに行くところだよ。」


倉庫の鍵を預けた後、2階へと上がる階段を歩いていると
上からお師匠様が降りてきた。
あ、お師匠様も同じ青学ジャージ着てるー。当たり前と言えば…当たり前だけど。


「…璃莉のジャージ?」

「う…うん、なんでわかったの?」

「そのサイズなら璃莉でしょ。」

「私が璃莉ちゃんに頼んで貸してもらったんだ!どうかな、似合う?」

「………別に。」

「わぁ、取り付く島もない!ま、まぁ確かに私に青春学園の名を背負うような爽やかさはないけどさ…。」

「いつものよりはいいんじゃない?」

「そう?氷帝のジャージも結構気に入ってるんだけどなー。」


くるりと回ってお師匠様にジャージを見せびらかしていると、
もう一人、階段から下りてくる足音が聞こえた。



「あ!ぴよちゃんさまー!」

「…………先輩…。」

「ねぇ、このジャージね……」


早速自慢しようとぴよちゃんさまに駆け寄ると、
目の色を変えた彼に思いっきり両肩を掴まれた。


「……脱いでください。」

「なっ!ちょ、ちょちょ…っダメだよぴよちゃんさま私達まだ「また誰のジャージ盗んだんですか、不二さんですか。」



あ、違うや。これ甘い方の脱いでくださいじゃない。

疑われてる方の脱いでくださいだ。



「ちがっ…これは璃莉ちゃんのだもん!ちょっ、引っ張らないで!」

「今まで何度そうやって先輩の言い訳を聞いてきたと思うんですか!」

「よ、よく見てよ!不二君のジャージにしては小さすぎるじゃん!」

「………まぁ、そう言われてみればそう…ですね。」

「もう!早とちりしちゃって!」

「…いや、でも結局盗んでるんじゃないですか。西郷のジャージなんでしょう。」


一瞬納得したかに見えたぴよちゃんさまが、
また私に鋭い視線を投げかける。

…っていうか、何でまず思考回路のスタート地点が「私が人のジャージを盗む」なのよ!
確かに前科はある。前科はあるけど…あんまりじゃないですか!自業自得なんでしょうか!



「ちょ、ちょっと交換してるだけだもーん。」

「…くだらない。何のためにそんなこと。」

は青学の方が好きだからでしょ?」


いつもながらの、後輩との情けない言い合いに
突如ログインしてきたお師匠様。
階段の手すりに背中を預けながら、不敵に笑うその姿に
少しばかり嫌な予感がする。


「……へぇ、そうなんですか。」

「え?いやいや、別にどっちが好きとかそんな話じゃなくてね…」

「ねぇ、行こ。今から堀尾達の部屋でUNOやるんだって。」

「そうなの!?ちょっとちょっと、そんな大会にUNOの女帝を呼ばないなんて、なってないわねあの子達!」

「強いの?UNO。」

「鍛えられてるからね!100戦80敗ぐらいかな!」

「ポンコツじゃん。」


UNOと聞いたら黙ってられない!
まぁ、こんな坊や達に負けるわけにはいかないんですけどね!

先程までの議論など、とっくに忘れ去っていた私は
階段をスタスタと降りていくお師匠様に着いて行く。

3段ほど階段を降りたところで
急に腕を引っ張られた。
危うく次の段を踏み外しそうになった私を気遣うこともなく
ぴよちゃんさまは鋭い視線で睨みつける。


「び、びっくりした…どうしたの、ぴよちゃんさま。」

「…その格好のまま行く気ですか。途中で跡部さんに張り倒されても知りませんよ。

「……確かに、危険すぎるわね…。脱いどこうかな。」

「…それに。他校の後輩の部屋でUNOなんて、確実に忍足さんや向日さんに犯罪者扱いされるんじゃないですか。」

「っぐ…、有り得ない…そんなことで怒られるなんて有り得ないことなんだけど、絶対にそうなる未来が予想できる…。

「わかったらさっさと自分の部屋に戻ることですね。」




「何、アンタも仲間に入れて欲しいの?」

「……は?」


お師匠様の挑発に、呆れ顔のぴよちゃんさま。
小姑のように私に説教と言う名のご褒美を与えてくれるぴよちゃんさまのことが気に入らないのか、
お師匠様はわかりやすい挑発を続ける。……跡部と違って、ぴよちゃんさまはそういうの乗らないんだけどな。


「だって必死じゃん。を取り戻そうとして、さ。」

「…どう解釈したら今のやり取りがそう聞こえるんだ。」

「青学のジャージ着てるが気に入らないんでしょ?」


階段の下から、上を見上げるお師匠様に
先程よりももっと凍てついた視線で見下すぴよちゃんさま。

…そのどちらも見学できる位置にいる私は、日頃の行いが良いんでしょう。
だってこんな…こんなに素敵なことってあるんでしょうか…!
上目遣いの可愛いお師匠様に、うっかり萌え死んじゃいそうな程冷たい目線のカッコイイぴよちゃんさま。
自分が議題に上がっていることなど、全く考えていなくて
その時は、どうすればこの状況を脳内記憶に焼きつけられるかということばかり考えていました。


「くだらない。先輩が何を着ていようと興味はないが無用な争いを避けるために忠告してやってるだけだ。」

「ふーん。じゃあ別にいいよね、誰にも見られないように部屋に連れてくから。」

「……お前、何か勘違いしてないか?」

「何が?」

「…先輩が≪青学を選んだ≫みたいなこと言ってるように聞こえるが…。」

「だって青学のジャージの方が気に入ってるみたいだし。」

「………そんなジャージ脱がせるぐらい、簡単なんだよ。」

「は?何言って…」












「…先輩。」

「へ?」



ボーっと2人の顔を見つめていると、いつのまにか話は終わっていた様子。
ふいにぴよちゃんさまに呼ばれたので上を見上げると
何やらジャージをごそごそと脱ぎ始めたぴよちゃんさま。

そして、脱いだジャージを無造作に片手に掲げる。





「…このジャージとそれ、交換しませんか。」

「ちょっと待って、すぐ脱ぐから待ってね。もう取り消しとか変更は受け付けないからね。

「……にゃろう。」


一目散に青学のジャージを脱いで、お宝(ぴよちゃんさまの脱ぎたてほやほやジャージ)に飛びついた。
ニヤリと悪い笑顔のぴよちゃんさまが、階段の下にいるお師匠様を見下ろしていたようだけど
私には今はそんなことを気にしている余裕はなくて。さて今からどちらの方面へ全力疾走すれば
このジャージを取られることなく保管できるかということに思考回路を回すのに必死だった。


私から取り合げた青学ジャージを肩にかけたぴよちゃんさま。
心なしか誇らしげな顔をしているのは何でなんだろう。





「ちょっと…何してるんですか…。」


そこに突如として聞こえてきたのは、璃莉ちゃんの可愛らしい声だった。
ぴよちゃんさまのさらに上の段からこちらを見下ろす彼女の顔はどこか引きつっていた。


「……日吉君、それ…私の…。」

「……は?」

「なっ、なんで日吉君が私のジャージ持ってるの!」

「別にこれは「謎は全て解けた!!!」

「……五月蝿いですね、何ですか。」


心底機嫌の悪そうな顔をしていたぴよちゃんさまだけど、
私は今…全てがわかってしまった…出来ればわかりたくなかったけど…!

だけど…だけど、いつだって…真実はひとつ…だから…!


「あの氷帝のアイアンメイデン、ぴよちゃんさまが自らのジャージを私に差し出した理由…。」

「…………。」

「ズバリ…その…璃莉ちゃんのジャージを狙っていたのね…。

「…………。」

「っく…何て、なんて巧妙な罠…!しかしそれにまんまと引っかかってしまった私をどうかお許し下さい、神よ…。」

「ねぇ、早くUNO行こうよ。」

「…お師匠様ちょっと待ってよ、この状況ほら見てよ…。
 極上のエサに嬉々として飛び付いた卑しき私は、可愛い璃莉ちゃんのジャージを…売ってしまったようなもんなんだよ…
 自分の欲望と引き換えに…なんて罪深い…。」

「あ、なんか先輩気持ち悪い。」


素で引きました宣言を、璃莉ちゃんよりいただきました。
そ、そりゃそうだよね…こんな脱ぎたてジャージに飛びつくような女気持ち悪いよね…!
ほら、ぴよちゃんさまの顔もどんどん怖くなってきてるもん…!


「しかし…契約は有効…!私はこのお宝を返すつもりはありませんから!
 璃莉ちゃん、ゴメンね!後は自分でぴよちゃんさまから取り返して下さい!」


一刻もこの場を離れなければ、このお宝を没収される。
そう思うと、自然と足が走り出していました。



「……ねぇ、ってバカだね。鈍いし。」

「今頃気づいたのか。あれで本人は至って真面目なんだからな。筋金入りのバカだ。」

「でもバカで良かった。あんたの分かりやすい独占欲にも気付いてないみたいだし。」

「…お前まだわかってないのか。俺は未然にトラブルを防いでいるだけだ。
 そもそも先輩に対して…、お前みたいな分かりやすく甘ったるい感情を抱いたことなんか1度もないから安心しろ。」

「………へぇ。」

「…これ返しとく。」

「あ、うん…。」


青学のジャージを手渡し、さっさと階段を上がっていく日吉。

その後ろ姿を見送る2人。

嵐が去ったような静けさが辺りを再び包み込む。



「………っていうか、あんたも十分鈍いと思うけど。」

「え?リョーマ何?」

「…なんでもない。」