迷走ユートピア





番外編(8)





合宿も後半戦に突入したある夜。

晩御飯も終えて、お風呂にも入ってサッパリして、
里香ちゃんや璃莉ちゃんと明日の練習についてのミーティングを終えて
さぁ、部屋に戻ってテレビでも見ながらボーっと布団に入ろうか
という時だった。


「……お腹が空いた。」



晩御飯もしっかり食べたはずなのに、お腹が空いた。
なんとなく…スイーツとか食べたい。
合宿中にこっそり食べようと思って持ってきていたお菓子類も
前半戦でとっくに底をついていた。

お昼間は練習に追われて、買い出しに行く時間なんてないし
練習後だってマネージャーの動く時間は多いのだ。

買い出しに行けるとすれば…全てを終えたこの時間しかない。
時刻は21:50
外出するならギリギリの時間だと思う。

とりあえず、がっくんでも誘ってコンビニへ行こう。
思い立った私は、パジャマ代わりのジャージを脱ぎ、
私服用に持ってきたパーカーに着替えて部屋を出た。































「あれ…いない。」


何度ノックしてみても返事がないがっくんの部屋。
その隣のちょたの部屋をノックしてみても、誰かいる気配すらしない。

…お風呂の時間に当たっちゃったかな。

他校の皆はご飯を終えたらさっさとお風呂に入っちゃうというのに、
氷帝だけはいつもいつも入る時間が遅い。

ご飯が終わってからもダラダラとおしゃべりをしたり
漫画を読んだりゲームをしたり……
よくあれだけ練習して、まだ遊ぼうなんて気力が残ってるな、と思う。

私は思うのだけど、青学では手塚君や大石君、立海では弦一郎さんという
規律を守るタイプのメンバーがいるからきっとお風呂にもすぐに入るんだと思う。

氷帝にはそういう人間が誰一人としていない。
まずそういう指示を出すべきあいつが、ご飯を終えてティータイムだなんだと称して
高級そうな紅茶を率先してすすっている。しかも私には分けてくれない。
その隙に、ジロちゃんは眠ってしまい、がっくんや宍戸は遊びに興じ…
それに付き合わされる哀れな2年生達もお風呂に入る時間がどんどん遅くなる。


…まぁ、取り合えずいないなら仕方ない。
私だけ甘いプリンを買ってきて、これ見よがしに見せつけながら食べてやろう。

仕方なく、合宿所の階段を下りて玄関へ向かう。
玄関はもちろんガランとしていて、人気がない。
こんな時間に外に出る人はいないだろうから、消灯されてるのだろう。

早く行って、さっさと帰ってこよう。
下駄箱から靴を取り出し、腰をおろして準備をしていると



「……どこ行くんじゃ、こんな時間に。」


突然の声に、ちょっと心臓が止まりそうになった。
振り向いてみると、薄暗い玄関で携帯画面を見つめている仁王君がいた。


「び…っくりした…。ちょっとコンビニ行こうと思ってね。」

「……ふーん。」

「仁王君は何してんの?もう寝るとこ?」

「…いや、丸井が西郷達の部屋に遊びに行く言うて出て行ったから。追いかけとる。」

「なに!?そ、そんな…不純異性交遊じゃないんですか、こんな時間に…!」

「よう言うわ。お前さんだっていつも氷帝の奴等のとこ遊びに行っとるじゃろ。」

「遊びに…いや、でも部屋の中で4人ぐらいいて、誰も言葉を発さず黙々と漫画とか読んでるだけだよ。」

「…まぁ、一緒のようなもんじゃ。」

「丸井君…私の部屋になんか遊びに来てくれたことないのに…世の中って切ないもんだね…。」

「そりゃ、普通の男子は女子の部屋に行きたいもんじゃ。」

「…………今、一瞬意味が理解できなかったけど、盛大に侮辱されてるよね、私?」

「………ふわぁー…。ほんじゃ。」


自分から話をしておきながら、私の発言にあまり興味がなさそうな仁王君は相変わらずだな、
と思いつつも、前程はこの仁王君の態度が気にならなくなっていた。

仁王君というのは、なんとなく掴みどころがない人間だ。

氷帝には、人の一挙手一投足にネチネチ文句を言って来る人間や、
何もしてなくても口を挟んできては、ギャアギャア騒ぎたてるような
賑やか過ぎるメンバーが多いから、仁王君みたいなタイプは私にとって未知だ。

あまり熱くならない無気力な人間なのかと思いきや、
テニスをしてる時はやっぱり、皆と同じように、変わる。
もしかして、あえて普段は無気力な感じを見せているのかな?
なんて思う。だけど、それも私の勝手な憶測でしかない。

ボーっと彼を見つめていると、ヒラリと手を振って仁王君が立ち去ろうとする。


「あ、待って!」

「…なんじゃ、まさかついてきて〜とか言うんか?」

「え、ついてきてくれるの?」

「面倒くさい。俺にメリットがない。」


相変わらず視線は、携帯の画面を見つめたまま。
薄暗い中で、携帯の光にぼんやり照らされる仁王君の顔は笑ってもいない。

本当に、仁王君が私に興味を持つのは
他の人が私にちょっかいをかけてくる時だけだ。

…なんていうのかな、小さい子供がおもちゃで遊んでる時。
他人のおもちゃが楽しそうに見えて、ついそれに興味が出たりするけど
いざ、他人が別のおもちゃに目移りすると、何となくさっきまでの
おもちゃに対する興味が失せてしまう…みたいな…。

私の中での仁王君に対する解釈はそういうものだ。
きっと当たってると思う。


「ふふ、いや別にそういうんじゃなくて。なんかあったらついでに買って来るよーって。」

「……シュークリーム。」

「意外と甘いの好きなんだね!わかった、また璃莉ちゃん達の部屋に持ってくよー。」



てっきり何もいらない、なんて冷たく切り離されるのかと思ったから
飛びだした可愛い単語に少し笑いそうになってしまった。







































「あ、なんだよ仁王ー。邪魔すんなよ!」

「…自分だけ楽しもうなんて思うからナリ。」

「仁王先輩も入りますか?まだ神経衰弱始めたばっかりなので、どうぞ!」


目当ての部屋のドアを開けると、そこには
女子マネージャー2人に囲まれて楽しそうにトランプ遊びに興じるチームメイトがいた。

なんとなく、それに割り込みたくなるのは習性だろう。
丸井はこちらを見て、あからさまに不機嫌そうな顔で文句を垂れている。

その不満を特に気にすることもなく、当然のように
年下の女子マネージャーの隣を陣取ると、彼の不満の声はさらに大きくなった。


「…プリッ。」

「次、ブン太先輩の番ですよ!」

「…へっへーん、まぁいいか!勝ってメアドゲットだ。」

「なんじゃ、そんなこと賭けとったんか。」


道理で顔がイキイキとしているわけだ。
妙に納得した仁王は、なんとかしてそれを阻止してやりたいと、
阻止をして悔しがるチームメイトを見てみたいと、
そんなことを考えていた。




























「そう言えば、今日変質者が出たの知ってます?」

「え?!何それ、聞いてない!」


神経衰弱は仁王の圧勝で幕を閉じた。
どうしても諦めきれない丸井が2回戦として
ババ抜きを提案し、それが始まった時だった。

青学マネージャーの西郷が、淡々とした口調で語るその話しは
そこにいるメンバー全員が初耳だったようで。


「…なんか、桃先輩が言ってた。男子の露天風呂覗いてたんだって。」

「げー!その変質者って男だろ?」

「ええ。なんか柵の外から覗いてたみたいで、桃先輩が怒鳴ったら走り去って行ったんですって。」

「え…なんか怖いね。」

「走り去る時に、間違えました〜って叫んでたらしいよ。」

「ぶふっ、めちゃくちゃ間抜けじゃんそいつ!」


ゲラゲラと笑う丸井に、青ざめる立海マネージャー。


「…じゃあ間違えてなかったら女子風呂に…。」

「そうだろうね。良かったね、桃先輩が犠牲になってくれて。」

「でもその変質者も災難だな、男の裸なんて見たくもないだろぃ。」

「…まだこの辺に居たりするんですかね…。」

「さぁ…。取り合えず、気をつけないとね。」


そう言いながら、仁王のカードを抜き取ろうとする西郷。
目の前で自分の手元から抜き取られようとしているジョーカーを
ぼんやりと見つめながら、仁王の頭に何か引っかかるものがあった。


「……っ!……。」

「…プリッ。」

「あ!西郷、ジョーカー引いたんだろ!おっ前、わかりやすすぎー。」

「ちっ、違いますよ!早く次引いてください、仁王先輩。」


顔を真っ赤にして怒るマネージャーの
小動物のような愛らしさを目にしているのにも関わらず、
仁王の頭の中で、どんどん膨らむ違和感。

その正体がつかめた時、カードを置き、立ちあがっていた。



「え?なんだよ、仁王。」

「……ちょっと用事。」

「はぁー?まだ途中だろ!」

「…そう怒りなさんな。後はハーレムを楽しみんしゃい。」


怒る丸井にそっと耳打ちをすると、
「あ、それもそうだな。」とあっさり機嫌が直ったようだ。
その単純さに、少し笑みがこぼれる。






































「え…、嘘これ…蝉が羽化してる!」




よくよく考えてみると、
合宿所を夜に抜け出したのがバレたら
榊先生に怒られるかもしれない。

そう考えた私は、急に怖くなってしまった。
戻ろうかとも考えたけど、私のお腹は
未だにぐうぐうと鳴き声を出している。

…ここまで来たら、もう一緒だ。

意を決して歩みを進めていると、
横道に並ぶ雑木林の木の根元に
キラキラと光る緑色の物体。

何かと思って近づくと、
それは蝉がちょうど羽化を始めるところだったようで。
あまり見慣れないその光景に私は感動していた。

車道を照らす街灯しかない、薄暗い林の中。
邪魔な草の垣根をかき分けて、中に足を踏み入れる。

ポケットに入れていた携帯で
その様子をおさめようとカメラを向けてみるものの、
暗くて何もうつらない。

仕方なく諦めて、その様子を目に焼き付けようと
じっとしていると、虫の声しか聞こえない静かな場所に
人間が走ってくる足音が聞こえた。

…こんな時間に、こんな場所で…?

なんとなく気になって、昆虫観察を中断し、
草をかき分けて外を覗いてみると
見慣れた銀髪が薄暗い道路でキラキラと光っていた。



「……あ、仁王君!」

「っっ!!!」


私がいる場所まで近づいてきた仁王君を草むらから顔だけを出して、呼びとめると
今まで見たこともないような顔で後ろに飛びのき盛大に尻もちをついた。

車も通らぬ薄暗い道路で
あのクールな仁王君が、恥ずかしい格好で尻もちをついている。

……そして、草むらから顔だけ出して笑顔で彼を見つめる私の顔を、
少し怒りを孕んだような表情で睨む仁王君につい笑いがこぼれてしまう。



「……何しとるんじゃそんなところで。」

「へ?ふふっ、いや…ちょっと…あはは、そんなっ…驚くと思わなかったから…ぶふっ!

「…っ。」

「あ!そうだ、ちょっと来て、仁王君!ここ!蝉が羽化してるの!

「…………………。」

「静かにね、びっくりして木から落ちたら可哀想でしょ。」

「………………。」

「なんか生命の神秘を感じるわー、たまには夜中に出てみるのも良いよねぇ。」

「………帰る。」

「えー!なんでなんで!…あ、っていうかどうしたの?」

「………言いたくなか。」

「あ、わかった。丸井君に俺もシュークリーム!って頼まれたんでしょ?
 メールしてくれたら買ってきたのにー。」


ぱんぱんっと服を払って、立ちあがった仁王君は
まぁまぁ怖い顔をしていた。何か…何か睨まれてるけど…。


「…いや、え?ど、どうした?」

「…何でもない。…ほら、はよ歩きんしゃい。」

「あ、着いてきてくれるの?ありがと。じゃあ行こっか!」

「その朗らかな笑顔が捻りつぶしたくなるほどムカツク。」

「ねぇ、カルシウム足りてないんじゃない?怖いよ。
 いきなり来て、いきなり捻りつぶしたいってもう…精神状態不安定すぎるでしょ。」






























「んー、空きっ腹に効くわ。」


結局プリンだけでは我慢できず、アイスまで購入してしまった。
仁王君はというと、お目当てのシュークリームを食べている。

……めちゃくちゃ美味しそう。

最後までアイスかシュークリームにするか迷ったもんだから
どうしても諦めが悪い私は、ちらちらと隣の仁王君を覗きこんでしまう。


「……こんな時間にそんだけ食ったら太るぜよ。」

「え、全部私のじゃないよ?あいつらの分も買わないと絶対怒るもん。」

「………優しいマネージャーさんじゃの。」

「優しいとかそんな問題じゃなくてね、これはごく普通の自衛行動なのよ。
 ……仁王君も、あいつらのリアクションを見ればわかると思うよ。異常だからね、本当。」

「…ふーん。」

「…………。」

「……。」

「………。」

「…なんじゃ。」

「…あのー…ものは相談なんですけどー…。」

「………。」

「その、シュークリームさぁ…美味しそうだね。」

「…ああ、美味い。」

「で…、こ、このアイスも結構美味しいんだよねー!よかったら…ちょっと一口交換しない?」


言えた!
何とか、さりげなく言えたはずだ!
私にしては珍しく、きちんと交換条件まで用意した。

相手ががっくんや、宍戸の場合は一口をもらうまでの道のりが
とんでもなく長いからな…。

あげる代わりに荷物を持てだの、遊戯王カードのレアカードを1枚交換しろだの
その一口に見合わないような対価を求められるもんだから、
つい私が怒って、交渉が決裂して、でもどうしても一口欲しくて、
あとは力づくの奪い合いになる……という小学生もドン引きのレベルの低い戦い。

さて、仁王君はどんな対価を求めてくるのだろうか…!
きっと、がっくんや宍戸みたいにレベルの低い要求はしてこないだろう。
なんだろうな…金を出せとか…、もしくは、このアダルトな雰囲気を持つ仁王君のことだ。
「代わりにお前の身体を…」みたいな展開に…!?ど、どうしよう、それはマズイ!
し、しかしゲームでは非常によくある展開だし、実際にそのイベントが
攻略対象キャラとの仲を深めるイベントだったり…

ということは、私はもしその要求をされた場合は受け入れないと
仁王君との仲良しエンドは迎えられない…!?だけど…仁王君って
結構女の子の扱いも心得てそうだし、色々リードされて……


「…でっ、でで出来るだけお手柔らかにおなっしゃーす!!」

「は?何が?」

「……あれ、…あ、え?」


頭をグルグルとめぐる妄想とはうらはらに、
目の前に当然のように差し出されたシュークリーム。

……え……?


驚いて仁王君の方を向くと、暗くてよく見えなかったけど
「代わりにお前の身体を…」みたいなテンションでは全くなくて、
特に表情を変えることもなく、私の動きを待っている。


「……え、いいの?」

「なんじゃ、今欲しい言うたじゃろ。」

「…あ、あの、対価として私の純潔を差し出すと言う話は…」

「なんで好意であげる、言うとるのに俺が損する話になっとるんじゃ。」


「損って!そ、損ではないと思うけどなぁ!」

「いいから、はよ食べんしゃい。」

「……っありがとう!!いただきます!!」


バクっとシュークリームにかぶりつくと
口の中にとろけるような濃厚な甘みが広がった。

思わず顔がゆるゆるになってしまう程のその美味しさに
私の中での仁王君の株価は急上昇していた。


「ほ…ほひひー!」

「……お前……一口って言ったのに…」

「んっ。はぁ、美味しかった!仁王君、本当にありがとうね!」

「…詐欺じゃ。もうこんだけしか残っとらん。」


名残惜しそうに最後の一口を頬張る仁王君。
……うん、ゴメン。いつもこれで喧嘩になるんだ。
つい…つい、大きく口を開けてしまって…。


「…ごめんなさい。これ、全部あげるよ。」

「……別にいらん。」

「…に、仁王君怒ってる?ごめんって…。」

「……っふ、色気のない女じゃの。」

「……もう何を言われても反論できません、すいません。」





「ああああああああああ!おい!!」





いきなり響き渡った大声に、びっくりして振り向いてみると
5m先まで差し迫った合宿所の入り口に勢揃いしている氷帝メンバー。

……うわぁ、嫌な予感しかしない。

仁王君の方をちらりと見てみると、
特に焦った様子もなくスタスタと玄関へ突入しようとしている。



「なんだよ、そのアイス―!ずるいずるいずるい!」

「コンビニ行ってきたのか?!何で誘わねぇんだよ、馬鹿なのかよ!

「コソコソ夜中に抜け出しやがって…監督に言いつけてやらねぇとな。」

「待って待って!!榊先生には言わないで!」

「自分だけこの時間に甘いもん食っといて、今更命乞いか?笑えるわ。」

「そうだぞ、卑怯者!明智光秀とどっこいどっこいだぞ、の卑怯さは!」





「……見てよ、仁王君。たかだかお菓子1つでこの言われよう…。
 がっくんの言い分とか尋常じゃないでしょ?私、犯罪者認定されてんだよ?

「……なにこそこそ話してんの〜?」


隣でドン引きの様子で立ちつくす仁王君にこそっと耳打ちをすると、
不機嫌顔のジロちゃんが詰め寄ってきた。

……仁王君の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいな…!
さっきの仁王君の大人な対応を見たばっかりだから、
目の前のこいつ達がとんでもなく恥ずかしく思えてきた。

……よし、もう限界だ。この辺りで皆を落ち着かせないと、本格的に
氷帝はバカ学校だと、仁王君から噂が広まってしまう。



「…跪け、愚民共っ!!この大量のプリンが目に入らぬか!!」



私が高らかにコンビニの袋を振りかざした瞬間、
ピタッと止んだ罵倒。そして、みるみる内に目を煌めかせる典型的な愚民代表の皆様。


「……、それ俺達の?」

「うん、こうなることはわかってたから買ってきた。」

「…俺、前から言おうと思ってたんだけどのこと結構好きだぜ。」

「俺もや。こんな部員思いのマネージャーがおって幸せやなぁ、ほんま。」


「ようやくわかってきたじゃねぇの、早く寄こせ。」

「…ちゃん、話逸らそうとしてるー!なんで仁王君と一緒なの!」

「どうでもいいじゃん、ジロー。そんなことより早くプリン食おうぜ!」

「…………。」

。行くぞ。」


ボーっと氷帝新喜劇を見守る仁王君は、特に表情も変えなかった。
……こ、こんな馬鹿っぽい話を広められたらどうしよう…。
い、一応氷帝はお貴族様の集団みたいな感じで通っているのだから、
あまりカッコワルイ噂をたてられるのも…なぁ…。

そう思った私は、腕を引っ張るがっくんやジロちゃんに声をかけ
玄関で立ちつくしたままの仁王君に走り寄った。



「あ、あの仁王君。ついてきてくれてありがとうございました。」

「…別について行った訳じゃなか。」

「その…今見た内容はどうか秘密にしておいて…下さい。」

「…?」

「だから、その、氷帝の皆がお菓子で簡単に釣れるオバカ集団だという「聞こえてんぞ、!」

「……愛されとるのぉ。」

「…そういう解釈をしていた時代もあったんだけど、それは大きな間違いだって…気付いたんだ…。
 あいつらの本当の目的はこのプリンだけだから…!

「……ふーん。」

「何やってんだよ、早く行くぞ!」

ちゃーん!はやくー!」

「うるさいな、わかってるってば!っていうか、あんた達お金払いなさいよ!と、取り合えず、ここで!また明日ね!」


妙に静かな仁王君に別れを告げて、
五月蝿い仲間たちを黙らせようと走り出した、その時



「うおわっ!…えっ何、仁王く……」




























「…まだ、アイスもらっとらんかったから。これで交換成立。」

「…………え、…え…」

「うわっ…な、なっなななな何してんだよ、仁王!お前!」

「……ップリ。」

「にっ、ににに仁王君…え、今……え?」


一瞬の出来事でよくわからなかったけれど、
腕を引っ張られたと思った瞬間、
私の頬あたりに生温い感触があり、身体に電撃が走った。

……な…なんか舐められ…た?



「…クリームがついとった。」

「…………あ、…え、あっそうなんだ…!」

「そうなんだ、じゃねぇだろ。おい、仁王。よくも気色悪いシーン見せつけやがったな。

「あかんわ、なんか夢に出そうや……顔真っ赤にしとる、めっちゃきしょい…。

「きしょ…しょ、しょうがないでしょ!って…っていうか……あの…なんか…ありがとうございます。」

「なんで感謝してんだよ、意味わかんねぇ!」

「そうだよ!ちゃん、何デレデレしてんの?本当に監督に言いつけるからね!」

「ちょ、やめてよ…!に、逃げて仁王君!」

「…はいはい。じゃあの。」







「おい、!っつか、何で俺らじゃなくて仁王なんか誘ってんだよ!」

「ヘラヘラしよって、めっちゃ腹立つわー。」

「はーい、ちゃんこっち向いて。ごしごししたげるー。」

「ぶごっ…ぶっちょ…やめっ…ぶふぉっジ、ジロちゃん痛い!」

「……モノ好きが多いんだな、立海の奴って。」

「ほんまに何か集団催眠にかかってるんちゃうか、心配なってきたわ。」

「いや、やっぱり私の魅力は他校の普通の男子中学生には伝わるものなんだよ、きっと。」

「なんだよ魅力って、そんな架空の概念の話されてもな。」

「…あ、なんか今になって鳥肌たってきた!ほら、見ろよ!」

「うわ、マジだ!確かに、あの時の照れてるキモかったもんな!」



ヒラヒラと手を振りながら、楽しそうに歩いて行く仁王君。
……本当に掴めない子だなぁ、と思っている暇なんてなくて。

今は、とにかくこのありったけの罵声を浴びせてくる氷帝集団を
1人ずつぶっ飛ばす方が先だと思うから。