氷帝カンタータ





番外編 におう君のおうち





年末の大掃除。
普段から、家にいてもすることがないので
掃除はこまめにしているつもり。

ただ、大掃除の時ぐらいしか手をつけない場所もある。
例えば、キッチンまわりとか。

お気に入りの王子様達の歌を垂れ流しながら
上機嫌で掃除をしていると、フと、あることに気付いた。


「…あ、台所用洗剤なくなってる。」





























仕方なく、身体に鞭を打って寒空の中に飛び出した。
確か近所のコンビニに売っていたはず。

そうだ、掃除後にご褒美プリンも買って帰ろう。

店内の掃除用具コーナーに行くと、目当てのものはすぐに見つかった。
ついでのプリンにジュースをカゴに放り込み、
真っ直ぐレジを目指す。

…と、その時。

ちらっと目に入った雑誌コーナーの前で立ち読みをする
どこか見覚えのある後姿。

だらっとした立ち方に、光り輝く銀髪。

……間違いない。仁王君だ。


これが、例えば切原氏とか、ジャッカル君なら躊躇なく声をかけることが出来るんだけど、
なんていうか…その、仁王君に対して、よくわからない苦手意識がある私は
こっそり、見つからないように…、まるでゼルダの伝○でお城の中を
門番に見つからないようにクリアしていくあのステージのことを思い出しながら
静かにレジへと向かった。




どうにか見つかることもなく、コンビニを後にしようとしたその時。
コンビニのガラスドアに貼ってある一枚のポスターに私の視線は釘付けになった。


「う、うわぁ!うたプリの最新DVD発売なんだ…えー、いついつ?」


見目麗しい先輩方の姿が印刷されたビッグポスターを
食い入るように眺める。ふむふむ、と下から上まで読んでいくと、
ポスターの端まで辿り着いた。

そして、そのポスターの横からギロリと光る目が見えた。


「…っっひ!」



ガラス越しに、仁王君が立っているのが見えた時
本当になんかわかんないけど、失禁しそうなぐらい驚いてしまった。


無機質な音を立てて開くドア。
そこから出てきた人物は、やけにニヤニヤとした笑顔でこちらを見ている。


「…ど、どもー…。」

「…このポスターか。なんじゃ、これ。うたの…?」

「う、うわああああ!やめ…やめて!違うの、忘れてください!」

「……まぁ、ええ。何しとるんじゃ?」

「いや…ちょっと、大掃除のための道具を買いに…。」

「ふーん…。」

「…っていうか、仁王君こそ何でこんなところに?最寄りのコンビニじゃないよね?」

「親戚の家に来たついでじゃ。つまらんから抜け出して来た。」

「へ、へぇ〜。そっか!それじゃ、私はここで…」

「…ちょっと待ちんしゃい。」

「…………何でしょうか。」

「丁度いいから、俺の部屋も掃除してくれんか?」

何が丁度いいんだろう!わ、私は忙しいので、本当にこれで…。」

「…俺が誘っちょるのに逃げるとは、さてはお前さん…。」

「な、何?」

「……安心するナリ。お前さん相手にちょっかい出したりせん。」

「べ、べべべべ別にそんな邪なこと考えてませんけど…!単純に仁王君と2人きりというのが
 何となく気まずいというか、わざわざ年末に疲れることしたくないっていうか…!」

「…言うたな。」

「はっ!い、いや違うんです、嫌いとかそういうのじゃなくて…ただちょっとその
 溢れ出る社会の枠組みからはみ出したワル感に慣れないというか…!

「…リハビリじゃ。行くぜよ。」

「いやっ、本当ちょっまっ…あ!見た目のヒョロさに似合わず結構力強いんスね!
 ああ、ごめんなさいごめんなさい!痛い!掴む力がとても強い!」




































気がつけば、電車を乗り継いで仁王君の家とみられる場所まで拉致されていました。
恥ずかしかった。台所洗剤しか持たず、こんな適当なスリッパに服で
乗車するのはものすごく恥ずかしかった。しかも、仁王君全然しゃべってくれないし。

恥ずかしさを紛らわせるために必死に話しかけてるのに、
「誰、この人…」みたいな目で見るだけで、他人のフリしやがるし。

怖いよ、この人絶対Sだよ…苦手なんですよ、そういう感じの男子…。
よし、こういう時はちょたの女神のような頬笑みを思い出して脳内を浄化するしかない…。



「おい、はよ入れ。」

「うわ!…え、えー…お邪魔しちゃってもいいんでしょうか…ご両親は?」

「だから、親戚の家におる言うたじゃろ。」







「に、仁王君、私実はまだ生娘でして「だから誰もそんな対象として見とらん。」

「………だ、誰もってことはないんじゃ…ないかなぁ…この広い日本の中に1人ぐらいは」

「ええからはよ入れ。寒い。」


心底、冷たい表情で私を見る仁王君は、本当何で私を連れてきたんでしょうか。
めちゃくちゃ怖いんですけど、どうしようか跡部に電話しようか。
いや、意味がない。電話したところで出てくれる訳もない。
あいつが電話に出る確率は宝塚歌劇団に入団できる確率より低い。


ただ、ここで立っていても状況は変わりそうにないので
渋々家にお邪魔させてもらうと、やっぱりシンとしていた。…誰もいないのか。



「そこの階段をあがったところの部屋が俺の部屋。先に入ってていいぜよ。」

「……お、お邪魔しやーっす。」



知り合って間もない男の子のお部屋に入れてもらえるなんて、
しかもそれが、他校生の、イケメンの、人気ばりばりの、男の子の部屋だなんて…

意を決してドアを開けてみると、想像よりも随分綺麗な部屋だった。

モノトーンでまとめられた室内に、なんとオシャレなアロマポットなんて置いてある。
大掃除を手伝え、だなんて言うもんだからどんな汚部屋かと思ったら…


なんとなく不思議に思って、部屋の奥まで入ってみると
急に背後から強い衝撃が走った。



「っうわ!!」



一瞬の出来事に、状況が掴めなかったが
身体全体を包み込む柔らかい感触から、ここがベッドの上だということはわかった。

そして、目の前には無表情の仁王君。


「…え、え、っと…」

「…ようノコノコ男の部屋に入れるな、生粋のカマトト娘じゃ。」

「ちょ、退いて…下さい…。」

「諦めんしゃい。誰も助けに来ん。」


悪役のテンプレートのようなセリフを吐く仁王君。
完全にベッドに押し倒される形となった私の心臓は、
想像以上の音を立てていた。


先程までの軽口も叩けず、怯えた顔をしている私に満足したのか
少し動きが止まってしまう程に綺麗に微笑んだ仁王君。
一切の動きを封じられたまま、徐々に近づく仁王君の顔に
いよいよ悲鳴が出そうになったその時。




「……ちょっと待って。」

「…なんじゃ、急に。」

「ちょっと待ってって。ねぇ…何、あれ。

「あ?……エアコンが何?」

「何?じゃないわよ…、信じられない…エアコンの羽…ホコリだらけじゃない!!」



ベッドに寝転がってみるとよくわかる。
頭上にあるエアコンの汚れ具合は半端なかった。

何しろ私にも同じ経験があるからわかる。
狭い室内で使うエアコンの汚れやすさを。

こんな…寝る場所の上に設置しているエアコンが汚れているだなんて
この子、気にならないのか…!しかも、立海テニス部を支える主力選手なんでしょ?
きちんと体調管理するなら、あんな…あんなエアコン許せない…!!


「…どうでもええじゃ「どうでもええことあるかいな!ちょっ、退いて!掃除するわよ!」


先程までの恐怖はどこかへすっかり飛んで行ってしまった。
それより、何より今はこの…この部屋をなんとかすることが先だと思うから…!

































この女は本気で頭がおかしいんじゃないか、と思う。

先程まで目の前で怯え、潤んだ目をしていた女が

今は、夜叉のような表情で掃除機やら雑巾やらを振りかざし

よく知りもしない他人の家を必死に掃除している。


俺はというと、すっかり興ざめし、ベッドに寝転がり

昨日から読んでいた漫画の続きを楽しんでいた。



「ちょっと仁王君!そこ邪魔だから退いて!」

「…お前はオカンか…。なぁ、もうええじゃろ。綺麗なった、綺麗なった。」

「どこが綺麗なのよ…、そのベッドの下全部掃除するからね。」

「冗談じゃろ、もうええって。」

「駄目。こういう汚れが体内に入って、元気に運動も出来なくなったりするかもしれないんだよ。」

「………神経質すぎじゃ。」

「仁王君が無頓着すぎるんだよ!ほら、早く退いて。」



今日コンビニで出会った時の、びくびくとした態度はどこへいったんじゃ。
あろうことか、俺を足蹴にまでしてベッドから落としよった。
さすがにムカついて、足を引っ張ってやったら
何か見たこともないよう分からん動きで、いつの間にか俺の身体と首全体が締められとった。


「……私に寝技で戦いを挑むなんて、浅はかなり!!勝った!」

「っ…ギブギブ、げほっ…!」

「…わかったら、ちょっと仁王君このベッドの下からまず荷物出すの手伝ってね。」


…あの個性的な曲者ばっか揃っとる氷帝で、何でこいつが大きな態度で振る舞っていられるのか
少し分かった気がした。…あんな技を毎日かけられたらたまったもんじゃない。


床に伸びる自分を情けないと思いつつも、再び戦いを挑む気にはなれなかった。

こいつは、そんな俺に鞭を打つように手伝え手伝えと五月蝿い。
ふてくされて床で寝てやろうかと、後ろを振り向いてみると
必死にベッドの下の荷物を取り出そうと、ケツを突き出す


……。



「ちょっと、これどんな置き方して……え…?

「……ぶふっ…なんじゃその顔。男にケツを触られたリアクションじゃないぜよ。」



普通、きゃーとか、いやーとか女子らしい声が出るもんじゃないのか?
何でこいつは間抜け面ぶら下げて、「え……?」なんて、幽霊でも見たようなリアクションなんじゃ。

どうしようもなくそれがツボに入ってしまった俺は、その場で笑い転げていた。



「いや…いやいや…、え、仁王君、昨今の日本って痴漢とかには超厳しいの知ってるよね?

「なんで痴漢なんじゃ。ただちょっと手があたっただけ。」

痴漢は皆そう言うらしいですよ!な、なんで触ったの!?」

「そこにケツがあったから。」

やだ、堂々としてる…!わ、わかった…わかった。本当は駄目なことだけど、
 私だってライバル校の選手をこんな形で蹴落とすなんてしたくないし…うん…。」

「……ちょっとはドキっとするとかないんか。」

「…どっちかっていうと、今はこのベッドの下のホコリの方が気になる。」

「………お前、女じゃない。」

「よく言われる。」






























「…、ポッキー食べるか?」

「え、いいの?食べる食べるー!何味ー?私ね、抹茶味が一番……って…何してんの。」

「ほれ、喜べ。ポッキーゲームじゃ「破廉恥なこと言ってないで、さっさと掃除機でもかけてください。」


…段々と仁王君に対する恐怖がなくなってきた。
その変わりに…こう…なんていうか、氷帝メンバーに接する時のような…
このほんのりと心の底に湧きあがる「面倒くさい感じ」はなんだろう…。

普段なら、こんな風にかまってもらえるのは嬉しいはずなんだけど
目前の「大掃除」が迫っている今、自分の家なのに全く働かない仁王君に
若干の苛立ちを覚え始めている。なんか、働かない息子を抱えてしまったお母さんの気持ちだよ、今。














「……なぁ。」

「………。」

「…なぁ、って。」

「何?今、この網戸の汚れを必死に…うわぁああああ!っちょ、なになになに!」


時間は既に2時間が経っていた。
ラストスパートと思って、せっせと網戸の拭き掃除をしているところに
突然背後から抱きついてきた仁王君は、まじで頭のネジどっか飛んでんじゃないかと思う。


「暇じゃ。」

「危な…っ、危ないから!落ちたらどうすんの!?」

「っへへへ…焦っとる顔が間抜けじゃの。」

「ねぇ、本当怖い。立海ではそういう命に関わる悪ふざけがまかり通るというのですか。
 そういうのね、本当許さないよ。榊先生はそういうの絶対許さないからね。」


「あーあー、うるさいのぉ。はよ掃除せぇ。」

「仁王君、人を欺いたりするの得意だったよね。少しは反省の色とか嘘でも見せられないの?

「俺にかまわんお前が悪い。」

「わぁ、なんかそういう感じ跡部にそっくりでものすごい腹立つー。」


ごろりと掃除が終わったベッドに寝転んだ仁王君は、
また携帯を弄り始めた。……これは不機嫌な時のジロちゃんより数倍性質が悪いぞ…。

















































その後も色々とちょっかいを出してみたものの
全く慌てるそぶりもなく、それどころか
「人の身体を触ったんだから、お前のも触らせろ」と
よくわからない条件を突き出してくる始末。

試しに、どこでも触ってみろと言うと
すこし恥ずかしげに、束ねた髪の毛を触られた時は
本当にもうこいつに関わるのはやめた方が良さそうだと思った。

…こいつ、実は男に興味ないとかそういう感じ?
と、考えてしまうぐらい反応がない。



「…ふぅ…一通りすっきりしたね…。」

「……お疲れさん。はよ帰ってくれ。」

「なっ、自分が掃除してくれって頼んできたんだったよね!?」

「……わかるじゃろ、普通。どこの世界に掃除して欲しくて女を部屋に呼ぶ男がおるんじゃ。」

「っう…、と、とりあえず任務は完了したので帰りますけど…。」

「……はぁ、仕方ないから送っちゃる。」

「なんか、ものすごく腑に落ちない……。」










「…腹減った。ラーメンでも行くか。」

「お、いいねー!掃除の後の一杯は格別だよね。」

「…っふ、おっさんみたいじゃの。」


そう言いながらも、少しは機嫌が直ったのか
ちょっと笑顔を見せてくれた。

…あまりにも無碍に扱ったのが悪かったのか、
後半はだいぶ不機嫌な顔してたもんな、仁王君…。


相変わらずスウェット姿でぺたぺたと歩く仁王君に連れられて
行きつけらしいラーメン屋さんに到着した。

店内に充満する独特の匂いに、少しお腹が鳴った。



慣れた様子で醤油ラーメンを頼む仁王君。
私も取り合えず同じものを注文すると、
元気な店員さんが厨房へと走っていった。



「…部屋綺麗になったから、きっと快適に過ごせると思うよ。」

「……まぁ、すぐ汚れるけど。」

「うわー、そういうこと言わないでよ苦労が報われない!」

「……そしたら、また来年も来ればええじゃろ。」

「…っ、そ、それはー…ちょっと遠慮しとくよ…。」

「…掃除好き、言うとったじゃろ。」


机に置かれたお水をぐいっと飲むと、
相変わらず読めない表情でこちらを見つめている。


「…んー、それはそうなんだけど…ちょっと…。」

「何じゃ、はっきり言わんか。」

「……ちょ、ちょっと私には仁王君の…その、行動が刺激的すぎるというか…。」

「……………。」

「別に変なこと考えてるわけじゃないってわかってるけど、何ていうか…性的すぎるというか…。」


何言ってるんだろう。
思ってはいるものの、上手に言葉に乗せる事が出来ない。

言葉の選択ミスで、何だか自分がものすごく恥ずかしいことを言っているような気がして
どんどん顔面の温度が急上昇する。


「…………。」


そんな私を、何の感情もないような目で見つめる仁王君に
いよいよ恥ずかしさはピークに達した。



「な…っ、何よ。ちっ、面倒くせぇな男慣れしてない奴は、気持ち悪ぃとか思ってるの!?」

「…………っぶふ。」

「ひ…ひどいよ!あんな色々されたら例え経験豊富な叶姉妹だってドキドキするに決まってんじゃん!」

「……お前さん、ドキドキしとったんか。」

「……もういい、なんか恥ずかしくなってきた。」

「…………今度はの家に遊びにいくか。」

「……なんか仁王君って何考えてるか本当にわかんないよね。疲れる…。」

「…ップリ。」




…謎だ。

その後、何故か少し上機嫌になった仁王君がラーメンをおごってくれた。




今日の出来事で少しわかったこと。

ずっと仁王君のこと、大人びていてミステリアスで何を考えているかわからない人だと思ってたけど、

実は、うちの氷帝メンバー達と大して精神年齢も変わらなくて

実は、結構お子様なんじゃないか、ってこと。



疲れるからもういいや、って思ったけど

でも、もうちょっとどういう人なのか知ってみたい…って思ったりもした。

そんな年末の、ある一日。








A Happy New Year Story -side Masaharu Nio-


fin.