氷帝カンタータ





番外編 大掃除





「うわー、見てがっくん!これめっちゃ懐かしくない?遊戯王カード!」

「何だよ…、うわ!懐かしい!一時期めちゃくちゃハマってたな!」

「こんなところで埃かぶってたんだねー。忘れてた。」

「久々に一戦やるか!」

「いいね!じゃあ私いでぇっ!!

「真面目に掃除しろ。」


私の脳天にぶち込まれた跡部の拳。

納得いかない。がっくんだって同罪なのになんで私だけ殴られるのか。
頭を抑えながらキっと跡部を睨むと、
似合わなさ過ぎるハンディモップ片手に、不機嫌度マックスで睨み返されてしまった。


「…がっくんだってふざけてました。」

「2人分の罰を代表でお前に科しただけだ。」

「私が5歳児だったら完全にグレてるよ、そのめちゃくちゃな理論。」

「いいからさっさと手を動かせ。」


そう言って、クルクルとハンディモップを回しながら遠ざかっていく跡部。
がっくんはというと、さっさと私から離れて真面目に拭き掃除をしているフリをしていた。



私達テニス部は今日、部室の大掃除をしている。
31日なのに、大晦日なのに、だ。
元々は部室の大掃除をしようなんていう人は誰もいなかった。
でもそれがいけなかった。

30日の夕方、テニス部連絡網に一通のメールが届いた。
榊先生からのメールには一言、
「部室の汚れは心の乱れ。必ず明日全員で掃除をするように。」
と書いてあった。
いつもなら跡部に電話で伝えて、そこから全員に連絡が行きわたるのに
今回は先生直々に全員にメールが送られてきた。激おこメールだ。

まぁ…でも、先生が怒るのも無理はない。
確かにここ最近、12月は特に色々と忙しくて部室の掃除が疎かになっていた。

元はと言えばそれは私の仕事だから、私が悪いんだけど
いくら掃除しても、誰かが何かを持ってきて、それを放置して、
それをまた片づけてもまた誰かが散らかして…その無限ループにいい加減ノイローゼになりそうだった。
そして私は職務を放棄したのだ。
そうこうしている内に、部室内はモノで溢れかえってしまった。





ということで、大晦日のこんな日にレギュラー陣全員揃って部室の掃除をしている。
朝10時に集まって、そろそろ1時間ぐらい経つかな?

全員で手分けして掃除をしているものの、
普段絶対掃除なんかしたことないだろ、という奴が数名含まれているため
中々作業が進まない。


ハンディモップを布団叩きか何かと勘違いしている跡部は、
ひたすら壁や天井をハンディモップで叩き続けている。
その所為で埃が部室に充満している、勘弁してほしい。
普段やらない掃除をしているという自己満足感からなのか
やけにご機嫌で鼻歌とか歌ってるのも本当に勘弁してほしい。

がっくん、宍戸、ジロちゃんは窓拭き担当のはずなのに
少し目を離すと、びしゃびしゃに濡れたタオルで
お互いの身体を叩き合いながらキャッキャとはしゃぐという
野生の猿でもやらないような遊びをし始める。
そして跡部が叱り、作業が止まる。

忍足はその間、携帯片手に適当に掃除機を動かしている。
あんな腰のはいってない掃除機の扱いじゃ、全然埃は吸い取れてない。
ルンバの方が数倍優秀なんじゃないかと思う程のやる気の無さだ。

私はというと、結構真面目にそこらへんに放置されている
品々の片づけをしていた。
古い雑誌をまとめたり、ゴミを集めたり、
そんな時にフと見つけた遊戯王カード。

…昔、テニス部(主に私とがっくんの間で)流行ってたなぁ。
懐かしくて思わず想い出に浸っただけなのに、数秒浸っただけなのに
目ざとい姑のようにそれを許さない跡部に殴られた。理不尽すぎる。


「忍足、この漫画捨てていいのー?」

「…あぁ、アカンアカン。それ八尾に借りてるヤツやから。」

「じゃあさっさと返しなさいよ、あんたのロッカーにぶち込んどくからね。」

「ええやん、ちょっとそこ置いといてや。今度返すから。」

「そんなこと言ってるからどんどん散らかっていくんでしょ!問答無用!」



「なぁ、!なんか雑巾がビリビリになったんだけど、新しいのある?」

「…拭き掃除しててなんで破れるの?」

「あのねぇ、雑巾で綱引きしてたら破れたんだよ。」

「ジロちゃん、自分の言ってることがおかしいなってわかるよね?言葉にしてみると変だなって思ったよね?」

「しゃーねぇな。このビリビリの雑巾で窓拭きするか。」

「あ!いいこと考えた!窓の高いとこ届かねぇから、濡らした雑巾投げつけようぜ!」

「ナイスアイデアだCー!じゃあ、誰が1番窓に上手くぶつけられるか勝負しよ!」

「私が皆の母親だったら、今頃全員首から下、全部土に埋めてるよ。年末大掃除中にその悪ふざけ具合はさすがに処刑されてもおかしくないよ。」




「…おい、跡部。何であんただけソファでくつろいでんのよ。」

「もう終わったんだよ、俺の仕事は。」

「ただリズミカルに壁を叩いてただけでしょ?それ掃除って言わないんだよ。」

「アーン?俺様にこれ以上掃除させるっていうのか。」

「先生が皆でやるようにって言ってたでしょ、今日は身分格差も世帯収入も関係ない!
 わかったら寒い中外で水仕事を頑張ってる後輩達を手伝ってあげて。」

「断る。慣れない仕事で疲れたんだ。」


そう言って、ソファに寝そべりこの騒がしい環境の中
寝る体勢に入ろうとする跡部に、反射的に顔面チョップをお見舞いしそうになる。
……氷帝学園の協調性の無さの原因は絶対、このトップである跡部だと思う。

こうしている間にも、絶え間なく飛び散る水しぶき。
がっくんたちがゲラゲラと笑いながら窓に叩きつけている雑巾から飛び出した水だろう。
そして、さっきから足を一ミリたりとも動かすことなく
半径5cmぐらいの同じ場所ばかりを掃除機で吸い続けている忍足。
奴の携帯から大音量で流れているアップテンポなJ-POPが、頭に響く。

…落ち着け、…。

ここで怒ったらダメだ…。
こいつらのことだから、怒ったら最後、拗ねて余計に掃除をしなくなるに違いない。
思春期の男子がお母さんの言葉全てに反抗するのと同じで、
私の言葉を奴らがすんなり受け止める可能性は無いに等しい。

震える右腕をグっと押さえつけ、ふぅっと大きく深呼吸する。
脳内に渦巻く怒りの業火を、心の中のぴよちゃんさまアルバム-下巻-の写真を思い浮かべながら必死に鎮火した。



「…ふぅ…。よし!みんなー、そろそろ真面目に掃除しようよっ!」

「さっきからやってるやん。」

「……じゃあ、一番真面目に掃除が出来た人にはちゃんからご褒美をあげまーす★
 はい、このアルフォート!これあげますからねー!」

「はっ、そんな貧乏くせぇ菓子1つで俺が動くと思うのか?」

「…っく…いいから早く動きなさいって言ってんのよ!外が嫌なら、私の手伝いして。あんた達が築き上げたこの雑誌の山をなんとかして。」

「そこはの担当だろうが、責任持てよ。」

「言っとくけど、私のこの分担が仕事量100だとすると、跡部の壁パタパタ遊びの仕事量なんか3だからね!
 自分の分担が終わったなら他の人を手伝う!全員で仕事を終わらせて上手い飯を食べる!それが大掃除ってもんでしょ!」

「……なら、それ相応の頼み方があるだろうが。……"跡部様、どうか仕事の遅い私にその偉大な力をお恵み下さい。"

「…あ?」

「言え。」



ニヤニヤと楽しそうに笑う跡部に、怒りを通り越して呆れてしまう。
……こいつ本当に大掃除とかしたことないんだな…。

いつもの私なら、チョークスリーパーでもぶちかましててもおかしくない状況だけど、
こんなくだらない話で俺様は生物ピラミッドの頂点にいるんだぞアピールをされると、
なんだか跡部が哀れな奴に見えて仕方なかった。

…ッフ、いいわよ。
そんな簡単な取引で掃除をしてくれるっていうなら、何でも言ってやる。
引きつる頬の筋肉を必死に動かし、なんとか笑顔を作る私は今、1つ大人になったはずだ。


「…跡部様、どうか仕事の遅い私にその偉大なお力をお恵み下さい。」

「断る。」

「てめぇいい加減にしろよコラこのうんこたれ野郎っ!!」

「…いつ俺が、うんこを垂れたって言うんだよ。言ってみろ。」

「逆ギレポイントが想像の斜め上すぎて面倒くさい!もう、とにかくさっさとぷふぇぁっ!!


なんとか跡部をソファから立ち上がらせることは出来たものの、
予期せぬ臨戦態勢に入ってしまったその時。

右側から何かが飛んできて、私の顔面に激しく衝突した。

ベチャッとした冷たい感覚。
ずるりと床に落ちたボロボロの雑巾。


「…………誰?」

「…が、がっくん!がっくんが投げ「おい、ジローふざけんな!お前だろ!」

「…だ、大丈夫かよ。ま、まぁ俺達もちょっとふざけすぎたっていうか…」

、このタオル使ってええで。ほら…うわ、くさっ!めっちゃくさいわ、

「え、うそ…うわ、マジだ。生乾きのにおいするじゃん。


俯き立ち尽くす私に、シンとする部室内。
しかし忍足が発した一言によって、プっと誰かが噴き出した。
それをきっかけに静かに、こらえるような笑いが室内に響く。



「……並べ。」

「え、なんだよ。」

「そこに一列に全員並べって言ってんのよ、あんた達1人ずつこの雑巾を口の中に詰めていってやるからな!覚悟しろ!」


雑巾を振りかざしながら部室内を走り回る私と、
ゲラゲラと笑いながら逃げ惑うクソガキ達。

そして私が怒りに任せて投げ放った雑巾が、

タイミング悪く部室内の様子を見に、扉を開けて入ってきたハギーの顔面にクリーンヒットしたことで



私達は全員、寒空のテニスコートで正座をさせられることになった。



跡部はぶつくさ文句を言っていたけど、ハギーがイライラした声で言い放った、
「部長が居ながら、なんであんな無法地帯になってたの?掃除だけじゃなくて子守すら満足に出来ないの?」
のセリフにグっと唇を噛みしめることしか出来なかったようだ。
ハギー様による公開処刑は、誰にも止められないのだ…。
…っく…、後輩たちの蔑むような視線が突き刺さる…。

最終的にハギー監督に監視されながら、
部室内の掃除を淡々と、無言で、粛々と終わらせたのは
開始から4時間以上経ってからだった。



一年の終わり。


最後の一日。


大掃除を終えて、部室の外に全員で出る。


心に沁みるようなオレンジ色の夕日を見つめながら


思ったことはきっと全員同じだろう。


来年は…


……来年はハギーに怒られないように、真面目に大掃除しよう。