氷帝カンタータ





番外編 書初め





「ねぇ、はもう書初めの宿題終わった?」

「うわー!なんかそんなのあったね、そういえば!」

「やっぱりな、絶対やってねぇと思ったわ。」

「えー、がっくん達はもう終わったの?」


お正月が明けてから、初めての部活の日。
部活後に部誌をまとめていた私に話しかけてきたのはハギーだった。

今日はこの後、一緒に出来たばかりのカフェに行く予定だったので
部室の中で待っていてもらったんだけど…
唐突に飛び出してきた「書初め」の単語に思わず焦る。


「いや、まだ終わってない。だからさー、の家で今からやろうぜ。書初め。」

「俺も行きたいー!」

「そういや、まだ書初め終わってないし俺も行こっと。」



いつも通り、本人の承諾を得ずに勝手に人の家を作業場にしようとするがっくん。
ジロちゃんや宍戸もそれに便乗していて、あっという間に私の家で書初め大会をする流れが作られてしまった。


「えー、まぁいいけど……あ…あああああああああ!」

「うるさい。何?」


ハギーの隣でうっかり大声を出してしまい、軽く睨まれる。
その表情に普段なら即座に謝るところだけど、
今の私の頭の中は想定外のハプニングでパニック状態だった。

…そうだよ!忘れてた…!


「…私、書道セット教室のロッカーに置いたままだ…。」

「はー?最悪じゃん、冬休み中は教室入れないって言ってただろ、先生が!」

「どうすんだよ、書初め出来ねぇじゃん。」

「…あ、そっか。でもがっくん達のを借りればいいんだよね。」

「え?俺も持って帰ってきてねぇけど。」

「ええ!?そうなの!?」

「ちなみに、俺も。」

「俺も俺もー!ちゃんに借りようと思ってた!」

「なんでそんな時だけ私に対して絶大な信頼を抱いちゃうの?っていうか、勝手に人をアテにしないでよ!」

「あーあ、なんで忘れてくんだよそんな大切なもの。」


はぁっと大きなため息をつくがっくんに、あと一歩で手が出そうだった。
お…おかしいだろ、どう考えても…!
確かに私が書道セットを忘れたのは迂闊だったけど、
なんでがっくん達に責められないといけないんだ…。
勝手に人の書道セットを頼りにしたがっくん達が悪いっていうのに…


「…そうだ!ハギー、書道セット持ってない?」

「あるけど、嫌だよ。取りに帰るのなんて面倒くさいし。」

「じゃあ滝の家に行こうぜ、皆で!」

「正月でこっちに帰ってきてる親戚がいるから、家は無理かな。」

「やばいC〜!どうすんの、ちゃん!」

「ど、どうすんのって…仕方ないね、書道セット買いに行く?」


ジロちゃんに両肩を掴まれ、がくがくと揺さぶられながら
今考えられる最善の方法を提案してみたその時。


「あ、そういえば日吉。古武術の道場で毎年生徒全員が書初めするとか言ってなかっ…いたっ!な、なんで叩くの?」

「………お前、ぶっ飛ばすぞ。」


私やがっくん達の雑談の声が消え去った、絶妙なタイミングで
気の抜けたちょたの声が部室内に響き渡った。

ロッカーで着替えながら私達に背を向けている2人。
ぴよちゃんさまは、ちょたの肩を思いっきり殴り、そしてゆっくりとこちらに振り返った。


「…いーいこと聞ーちゃったCー。」

「日吉、今の話マジ?じゃあもしかして書道セットいっぱいあったりする?」

「ありません。」

「なんだよ、先輩のピンチなんだからちょっとぐらいいいだろ!」

「嫌です。」



着替えの手を止めずに、秒速で私達のお願いを断り続けるぴよちゃんさま。
…だけど、今のちょたの話が本当なら是非書道セットを借りたい。
ついでに言うとぴよちゃんさまのお家に行きたい。実家の空気を思いっきり吸い込みたい。

しかし、ぴよちゃんさまの意志は中々固そうだ。
現に、がっくん達が強引にお願いをしているものの
彼の心はぴくりとも動いていない。

……ふふ、皆まだまだぴよちゃんさまという人間を理解してないね。

ぴよちゃんさま行動学研究の第一人者、このにお任せいただければ
必ずや彼の固い心の扉を開いてみせますよ。



「みんな、下がって。」

「なんだよ、。」

「あのね、ぴよちゃんさまにお願い事をする時はそれなりの順序ってものがあるの。」


怪訝そうな顔で私を睨むがっくん達に、ひそひそと耳打ちすると
何かを悟ったのか、何も言わずに私の顔を見て小さく頷いてくれた。
自信ありげな私の表情を見て安心したのか、宍戸がポンっと私の背中を押す。

私は少し深呼吸をし、鞄からあるものを取り出した。


「ぴよちゃんさま、あの…これよろしければどうぞ!」

「……モノで釣ろうとしても無駄です。」

「違うよ!部活後でお腹空いてるだろうし、どうかなと思っただけ!」

「…まぁ、そういうことならいただきます。」


先程まで心を閉ざし、氷の瞳をしていたぴよちゃんさまの表情が少し変わる。
私の手元をチラチラと見ながら、心の中の何かと葛藤しているのだろう。
それもそのはず、このぬれせんべいはぴよちゃんさまが一番好きなブランドのものだ。

うっかりぴよちゃんさまの機嫌を損ねてしまった時に重宝するので、
私は毎月数箱単位で購入している。もはや仕入れだ。ぬれせんべい仕入れ業者だ。
一円の利益も生まないけれど、
ぴよちゃんさまがこの大好きなぬれせんべいを食べる時の、あの嬉しそうな顔。
それだけが見たい。ただそれだけの為に?と思われるかもしれないけど、私はこの仕事に誇りを持っている。
ぴよちゃんさまが喜んでくれるなら、私はそれでいいんだ。


「…それで、ものは相談なんだけどね…」

「やっぱり釣ろうとしてるんじゃないですか。」

「滅相もございません!あくまで相談だよ、ぴよちゃんさまが嫌なら断ってくれればいいんだけど…
 私達、書道セットを教室に忘れちゃって…お恥ずかしい話なんだけど、書初めの宿題が出来ないんだよね…。
 こんなこと後輩であるぴよちゃんさまに頼むのは先輩としてどうかって思うんだけど…どうかお願いできませんでしょうか、この通り!」

「………。」

「今となってはぴよちゃんさまだけが頼りなんだよ…。」

「………もう一枚、その鞄の中に入ってるものをくれるなら考えないこともありません。」

「…!ど、どうぞ!これ全部ぴよちゃんさまのために発注作業してるせんべいだから、全部食べていいんだよ!」


無言で鞄の中からぬれせんべいを2枚掴み、袋をパリッと開けるぴよちゃんさま。
一口食べてから、私の目を見て呟いた。


「……仕方ありませんね。」

「あ、ありがとうぴよちゃんさま!」

「よっしゃー!よくやった!」

「じゃあ早速行こうぜ先輩だけですよ。」

「えー?!なんでなんでー!」


バタンとロッカーを閉めて、がっくん達の盛り上がりに冷水をぶっかけるぴよちゃんさま。
私もてっきり全員を連れて行ってくれるのかと思ったので、一瞬びっくりしてしまう。
しかし数秒考えてから、これは私にとってビッグチャンスなんじゃないかと考え直した。

私の露骨な賄賂攻撃で陥落したぴよちゃんさまは、私だけに家に入る許可を出してくれた。
つまり、2人きり。
さっきまで同盟を結んでいたはずのがっくんや宍戸達。

騒ぐ皆を、静かな目で見つめる私。


「なぁ、!俺達も一緒に行くって約束だったよな!」

「………そんな約束してたかな?」

お前!
裏切り者!卑怯者!スケベ!」


ぴよちゃんさまと皆を脳内で天秤にかけた結果、
圧倒的な力でぴよちゃんさまが勝った。圧勝だ。
即座に手のひらを返した私に、想像通り罵倒が飛んでくるけど
今の私の頭の中は、2人きり★秘密の書道練習〜ぴよちゃんさまルート〜しか見えてなかった。



「さ、ぴよちゃんさま行こっか!これ以上怖い先輩に絡まれたくないよねー。」

「言っておきますけど、玄関までしか入れませんからね。」

「玄関で十分だよ!ぴよちゃんさま宅の敷地内に足を踏み入れられるだけで幸せです!」


鞄を背負ってさっさと部室を出ていこうとするぴよちゃんさま。
私を睨み倒すがっくん達から必死に視線を逸らしながらついていこうとすると、
ハギーの呟きが部室内に響いた。


「そんなにと二人きりがいいんだ。」

「………なんですか?」

「いや、なんでもないよ。ほら皆、日吉とのデートなんだから邪魔しちゃダメでしょ。」

「待ってください、なんですかデートって。」

「そ、そっか…。これって確かに捉えようによってはデー「黙って下さい。」

「はい、すみません。」

「なーるほどなー!そっかそっか、悪かったな日吉!と二人が良かったんだよな!」

「後輩の恋路を邪魔しちゃダメだし、俺たちはどっか別のところで書初めしよっかー。」

「ふざけないでください、俺はボランティア精神で先輩に玄関を提供するだけであってそんなつもりは一切ありません。」

「ボランティア精神…。」


クスクスと笑うがっくん達に、どんどんぴよちゃんさまのボルテージが上がっていく。

…これは完全にハギーが仕掛けた挑発だ。あいつら…私の足を全力で引っ張るつもりだな…!
この流れだと「そんな風に思われるぐらいなら、先輩はやっぱり来ないでください」となるだろう。

それだけは避けなければいけない。


「ぴ、ぴよちゃんさまこれは挑発だよ!気にすることないからね!」

「先輩達全員が揃うと、間違いなく五月蝿くなるので嫌なだけです。別に1人に絞れれば先輩じゃなく芥川さんでも構いません。」

「嘘でしょ!?え…え、そういう感じ?」

「他にどういう理由があるんですか。」

「……手とり足とり秘密の書道レッスンの話は「芥川さん、来て下さい。行きますよ。」

「ま、ままま待って!すみません!雑念は捨てますので私を連れて行ってください!」






























「結局こうなるから嫌だったんです。」

「まぁまぁ、からぬれせんべい一杯もらっただろー?」



あの後、部室を立ち去ろうとするぴよちゃんさまに必死に縋りつき、
なんとかここまでたどり着いた。
私の必死の懇願を見て、「…お前、先輩としてのプライドとかないのかよ」と
哀しい目で言い放った宍戸。

あまりにもしつこい私達に参ったのか、ぴよちゃんさまが
「絶対に騒がない」という条件付きで、道場に招待してくれることになった。



「…そこにある書道セットは好きに使って下さい。」

「わぁ、ありがとうぴよちゃんさま!」

「よっし、早速書初めしようぜ!」

「ねぇねぇ、ちゃんは何書くの?」

「んー…確か宿題は"好きな四文字熟語"だったよね。」

「…3年も同じテーマなんですね。」

「あ、そっか。ぴよちゃんさまももう書いたんだよね?何の四文字熟語にしたの?」

「下剋上です。」


迷わず答えるぴよちゃんさまに、その場がシンと静まりかえる。
……こ、これはギャグで言ってるのかな?ぴよちゃんさま的にはギャグなのかな?


「それじゃ3文字じゃない。」


すかさず切り込むのは、我らが氷帝の辻斬り番長ハギーだった。
皆の心の声を代弁してくれたハギーに、ぴよちゃんさまは真面目な顔でこう答えた。


「びっくりマークをつけました。」

「お前…結構真面目そうなのに、ファンキーな反抗期だな。

「先生に絶対怒られるよ〜。」

「別に大丈夫です、去年もそれで提出してOKをもらいましたから。」


頑ななまでに「下剋上」という単語に固執するぴよちゃんさまに、
きっと先生もお手上げなのだろう。
教室の後方に飾られる書初め。
全部四文字熟語なのに1人だけびっくりまーくのついた言葉が飾られるなんて…
想像するとちょっと面白いけど、本人は至って真面目なようだから
何とか笑いをこらえるのに必死だった。


「そういえば、この書初めの宿題って優秀作品賞に選ばれたら食券10枚セット貰えるって知ってた?」

「え、何それ知らなかった!確かに飾られてるよね…そうだったんだ…。」

「マジかよ!じゃあ俺今年はそれ狙おうっと!」

「あれって各学年3人ぐらいしか選ばれないから、相当狭き門だけどね。」


氷帝学園に通い始めて3年目だというのに、そんな話初めて知った。
賞品があるとなると話は変わってくる。
こりゃ真面目にやらないと損だな…。


「でも、四文字熟語とか難しいよなー。」

「だよねぇ…。ハギーは何にしたの?」

「"精神一到"。」

「なんだよ、それ。どういう意味?」

「努力すればどんなことでも出来るってことかな、簡単に言えば。」

「……カッコイイですね、それ。」


下剋上しか熟語を知らなかったぴよちゃんさまの心が少し動いたようだ。
…でも確かにカッコイイ。


「なんかハギーにぴったりだね……あ、そうだ。いいこと考えた。
 皆でお互いに合いそうな四文字熟語を考えるっていうのはどう?」

「賛成賛成〜!それ楽しそう!」

「じゃあまずは俺のから考えて!」

「がっくんかぁ…何がいいかなぁ…。」

「…結構ムズイな…。跡部とかならすぐ浮かぶんだけど…。」

「ちなみに跡部は何だと思うの?」

「"跡部王国"だろ?」


ハギーの問いかけに、宍戸が言い放った言葉。一瞬その場が固まり、
次の瞬間には私も皆も大笑いしていた。


「あははは!さすがにそれはないでしょ!」

「まずそれが四文字熟語として認められるのか、って感じだよね。」

「でも、いいなー。俺もそういうキャッチフレーズ欲しい!」

「がっくんは…"天真爛漫"とかどう?」

「いいね、"全力投球とか"?」

「"竜頭蛇尾"…じゃないですか。」

「日吉、いいじゃん、それ!なんか強そう!どういう意味だよ?」

「初めは勢いがあるけど、最後の方はからっきしダメになることです。」

「悪口じゃねぇか!」


筆を振り上げるがっくんから、逃げるぴよちゃんさま。
それを見て笑う私達。

……なんか、お正月って感じだなぁ。

のどかな雰囲気に、心を癒されていると
ハギーが私の半紙を覗き込みながら呟いた。


「…は、"極悪非道"とかどう?」

「私そんなハードボイルドな一面全く見せたことないよね?え、ハギー私の事そんな風に思ってたの?」

「俺は"七転八転"がいいと思うー!」

「それ転び過ぎじゃない?地面をのたうち回ってるの?」

「じゃあ、どんな四字熟語があるんだよ。」


面倒くさそうに筆をくるくると回しながら宍戸が問いかけた。
未だに道場内を走り回るがっくんとぴよちゃんさまを眺めることに夢中になりすぎて、
私は適当な返事をしてしまったかもしれない。

でも、それが原因で皆から集中砲火を受けることになるなんて思ってもいなかった。


「…"美人薄命"とか。」

「今は、に合いそうな四字熟語の話してるんだけど?」

「え…時空歪んでる?私もそのつもりで話してたんだけど…。」

ちゃん、"美人薄命"って美人は数奇な運命にもてあそばれたりして短命であったりする人が多いっていう意味らしいよ!」


ハギーが、これでもかという程に首を傾げる。
そして、ずいっと携帯の画面を私の目の前まで押し付けるジロちゃん。
いや…意味ぐらい知ってて言ってるんだけど…。

いつの間にか追いかけっこは終わってしまったのか、
がっくんとぴよちゃんさまも話の輪へと戻ろうとしていた。


「何なに、何の話だよ?」

「あのね、ちゃんが自分に合う四字熟語は"美人薄命"じゃないかって言ってたから
 意味を教えてあげてたところ!ちゃん、誰にでも間違いはあるもんね!

「なんか励まされてる…。で、でもほら。確かに私は美人とかじゃないけど、今年からはそういう儚げな女子的なのを
 目指していくぞ!っていう決意も込めてみようかなと思って…。」

「無理だろ。っていうか考えてみろよ、"美人薄命"ってデカイ筆文字で書かれてる横に""っていう単語が入るだけで矛盾だらけじゃん。

「うん、やめておいた方がいいよ。下手するとクラスメイトから投石されるかも。

「そんな野蛮なクラスじゃないと信じたいけど、もうこれ以上この話膨らませると確実に私のHPが削られていくからもう諦めるね。」


まだ何か言いたそうにしている宍戸やがっくんの口を無理矢理塞ぎ、
なんとか話を終わらせた。
私が悪うございました…!ちょっとした冗談なのに、そんなガチなテンションで否定するのやめてよ…!


「やっぱり"焼肉定食"とかちょっとバカっぽいのが似合ってるよな、には。」

「アハハ!それ面白いー!それにしなよちゃん。」

「全然真面目に考えてくれてないじゃん!もういいよ、自分で考えるから!」


"肉食男子"だとか、"猪突猛進"だとか、明らかに悪意のある四字熟語を提案しては
ゲラゲラと笑い転げているがっくん達を、完全に無視して精神統一をする。

こいつ達に付き合ってるといつまでたっても終わらないと判断した大人な私は、
硯で墨をすりながら心をそっと落ち着けていた、のに。


!決まったぞ、最高の四字熟語が!」

「うるさいなぁ、ぴよちゃんさまに騒ぐなって言われたでしょー。」

「発表します!の四字熟語は"精力絶倫"に決「決めた、今からこの文鎮であんた達の脊髄を順番に折っていく。」


真顔で文鎮を振り上げる私を見て、蜘蛛の子を散らすように
道場内を逃げ回るがっくん、宍戸、ジロちゃん。

宍戸の背中めがけてタックルを仕掛け、馬乗りになって拳を振り上げたところで
ハッと気づいた。背中に刺さるような視線を感じて後ろを振り返ると
呆れた顔でこちらを見つめる2人。


「ご、ごめん!騒がないって約束だったのに…もうしません、ごめんなさい!ほら、宍戸達も謝って!」

「…こうなることはわかってたので、もういいです。」

「後輩に諦められてるよ、情けない先輩達だねー。」


くすくすと笑うハギーに、ため息をつくぴよちゃんさま。
…っく…、このおバカトリオに乗せられた私がバカだった…!

即座に書道セットの前に正座し、改めて真面目に書初めをする姿勢を見せた。
そろそろ飽きてきたのか、がっくん達も観念して真面目に四字熟語を考え始めたようだ。


、どうすんだよ四字熟語。」

「もうがっくん達には頼りませんー。大体、四字熟語とか全然知らなさそうな皆に頼ったのが間違いだったよ。」

「なんだと!」

「…じゃあ日吉に考えてもらえば?」

「へ?ぴよちゃんさまに?」

「なんで俺が…。」

も、日吉が考えてくれた四字熟語ならそれに決めるでしょ?」

「う、うん!ぴよちゃんさまが私のために思考を巡らせてくれるってだけで嬉しいよ!」

「だってさ、考えてあげてよ。もう俺、早く帰りたくなってきたからさ。


笑顔でぴよちゃんさまの肩を叩くハギーからは、有無を言わせぬオーラが出ていた。
あぁ、これは本気で早く帰りたいんだな、と悟った私を含む氷帝テニス部バカ枠4人組。
ぴよちゃんさまもハギーには逆らえないようで、嫌そうな顔をしながらも何かを考えている様子だった。


「…先輩らしい四字熟語…ですか…。」

「うんうん、"東西南北"でも"一発逆転"でも何でもいいよ。日吉が言えば書くだろうから。」

「ハ、ハギーそんな投げやりな…。」


さらに顔をしかめて真剣に悩むぴよちゃんさまに、
とにかく早く帰りたくて仕方なさそうなハギー。

…なんだか色々と申し訳ない気持ちになりながらも、
ぴよちゃんさまが私に対してどんな四字熟語をプレゼントしてくれるのか、少し楽しみだった。


「……一応、あるのはありますけど…。」

「え、本当!?何なに、聞きたい!」

「……べ、別にこれは、俺の気持ちとかそういうのではなくて…事実に即して考えただけですから。」

「何その、前フリ。どんな四字熟語なの?」


何故か少し恥ずかしそうにそう言うぴよちゃんさまに、
胸がドキンと高鳴る。

……え、え、何それどういう意味?

ハギーも何かを悟ったのか、面倒くさそうだった顔がさらにしかめっ面になっていた。

俺の気持ちって…も、もしかして"才色兼備"とか、"愛羅武勇"とか…?
ぴよちゃんさまの口から、どんな四字熟語が飛び出してくるのかとドキドキしていると
頬をほんのり染めながら、聞こえるか聞こえないかわからないような声で彼が呟いた。













「……質実剛健。」











なんか思ってたのと違う……。


いや、っていうか意味もはっきりとはよくわからないけど
たぶん私が思い描いていたような甘い感じのモノではないことは確かだ。


「…しつじ…え、質実剛健って言ったよね?」

「別に褒めてる訳じゃないですから、そんなに喜ばないでください。」

「ご、ごめん、これ喜ぶところだったの?


ぴよちゃんさまが顔を真っ赤にする意味がわからなさすぎる。
そんな…なんか、そんな中小企業のたくましい社長さんが社長室に飾ってそうな四字熟語全然嬉しくないけど…。


「……飾り気がなく、真面目で、強くたくましいこと…だってさ。いい言葉〜!」

にぴったりだな!よくわかってんじゃん、日吉。」


しかし、ぴよちゃんさまが口にした言葉は意外にも皆に好評だった。

飾り気がなく、真面目…。飾り気がないという部分に年頃の女の子としてのプライドはズタズタに傷ついたけど
なるほど、マネージャーとしての私を存分に褒めてくれているいい言葉かもしれない。

何より、そんな風に見てくれていたということが…素直に嬉しい。


「…そっか、確かにいい言葉だ…!ありがとう、ぴよちゃんさま!私、それを書初めにするよ!」

「……お礼を言われるほどのことじゃありません。」

「よし、じゃあさっさと完成させようぜ!」











そうして完成した私達の書初め。



書いてみると中々いい感じで、自分では気に入っていた。


これはもしかして初の「優秀作品賞」をもらえるかもな…


なんて思いながら、休み明けに校内の作品掲示板を見に行ってみると






掲示板のど真ん中にデカデカと輝いていたのは



「跡部王国」の四文字だった。