ドンドンッ



「……!…っぃ!…」


ドンドンッ







閉じかけた瞼をゆっくりと持ち上げる。
人の家のチャイムも押さずに、ドアを叩く奴なんて…私はあいつらしか知らない。

折角うとうとしてたのに、面倒だなぁ…。
思わず布団にもう一度潜り込みそうになってしまいそう。



ドンドンッ



ー!……!」




今、聞こえたのは間違いなくがっくんの声だ。
こうなったら居留守を使ってしまおうかとも思ったけど、
新年早々ご近所さんに騒音で迷惑をかけるわけにもいかない。

思い切って布団をめくりあげると、冷たい冷気が身を包んだ。
うー……寒い。一体なんなのよ、こんな時に…。

日中の5分の1ぐらいのテンションで、私は玄関へと向かった。








ガチャッ




「何、うるさ「「「ハッピーニューイヤァアアアア!」」」






ドアを開けた瞬間。
これでもかと言うぐらいの大声で、元気な挨拶をしてくれるがっくん、宍戸そしてジロちゃん。

いつもならこのテンションに流されて、楽しい気分になってくる、そんな私だけど
今日はさすがに…起きぬけにこのテンションは辛い。

笑顔で私からの返答を待つ3人を前に盛大にため息をつくと、次々にブーイングが聞こえた。



「なんだよ、!もしかして寝てた?」

「正解…。今の今まで寝てたよ。」

「ばっ…か、お前今日元日だぞ!?もったいねー…。」

「そうだよ、ちゃん!俺達はねー、昨日カウントダウン行ってから寝てないんだよ!」


…だからか。だからこの異常なまでのテンションなんだね。
人って寝ないと、段々なんか楽しくなってくるもんね。

いつまでもボーっとしてる私にしびれをきらしたのか、
3人がぞろぞろと部屋の中に踏み込んでくる。なんだこれ、奇襲作戦か。


「うぃー、寒いっ!、こたつ電源いれるぞー。」

「俺1番のりーっ!」

「ジロー、ちょっとつめろって。あー、寒い寒い。」



ドタバタとリビングへ入り、手慣れた様子でこたつへと潜り込む3人組。
いや、本当何しにきたんだあんた達…!
さすがに頭も冴えてきて、今の状況に疑問を抱く。



「…で、何しに来たの?」

「あ、ちゃん冷たーい!折角新年の挨拶しにきたのにさ!」

「…あ、そうだ。あけましておめでとうございます。今年もよろしくね。」

「おう。はどっか行く予定あったのか?」

「いや?別に…。取り合えずおせち食べてテレビでも見てようかなぁと…。」



「「「おせち?!」」」




こたつの天板がふっとびそうな勢いで、驚く3人。
見事にそろったな、今の発言。なんか可愛い。


「うん、昔からいつもおせちは手作りしてたんだ。お母さんの手伝いだけどね。」

「え…、で、今年も作ったのか?」

「…皆と違って昨日は1人寂しく家にいたからねー。」

「まじまじちゃんすっげー!!俺、今年はカウントダウン行くからおせち諦めてたC〜!」

「俺も、俺も!ラッキーだな!ナイス!順調な新年のすべりだしだぞ。そのまま頑張れよ。」

「いや、何その上から目線な発言!…っていうか私1人で食べる予定だったからそんなに量ないよ。」


キッチンにおせちを取りに行くと、さっきまでこたつの取り合いをしてた3人が
ゾロゾロとついてくる。この3人は本当に釣られやすいというか、何というか…。
将来悪い人に騙されないか心配だわ。





























「う…わぁ、本格的なおせちだな。」

ちゃんすごいー!おいしそー!」

!早く食べようぜ!」


こたつの真ん中で、手作りおせちの重箱を開けると
文字通り目をキラキラさせて口々に感想を漏らす3人。
…元々自分用に作ったものだけど、こう褒められると悪い気はしないわね。


「…来るなら前もって言ってくれれば良かったのに。4人分用意すればよかったね。」

「来年はそうするわ。取り合えず食おう、マジで腹減った。」


さりげなく宍戸が口にした「来年」という言葉に、つい頬が緩む。
去年のお正月には考えられなかった光景だよなぁ…。
氷帝のアイドルグループみたいな、テニス部が家でおせち食べてるなんてさ。

自分とは生涯関わり合いになることはないだろうと思ってたのに、
何だか人生ってわからないものだなぁ。


センチメンタルな感傷に浸っている私に、3人は見向きもせず
フと気づくと重箱の中はほとんど空っぽになっていた。


「え、えええええ!ちょ…食べるの早すぎない!?」

がもたもたしてるからだろー、あー美味かった。」

「はい、ちゃんの分残してあるからね!」

「残してるって…黒豆しか残ってないじゃん!私が作ったのに!」

「本当、じゃなかったら嫁にもらいたいぐらいだよなー。」



バシッと宍戸の頭をはたくと、がっくんとジロちゃんがケラケラと笑った。
正月早々失礼な発言しやがって…。私はどう考えても氷帝のお嫁さんにしたい女子ランキング上位に食い込むでしょ。

料理も出来るし、洗濯もできるし…あとはほら、少々の亭主関白ぶりにも寛容だし!跡部で慣れてるから!
私がいかにデキル女かということを力説し始めた時、3人の興味は既に別のモノにうつっていたのでした。
っく…何こいつら自由すぎる…!



「あ、人生ゲームじゃん。あんなの持ってたっけ?」

「それね。この前トイ●ラスに行った時さ、在庫処分価格だったんだ。いつか皆でしたいなぁーと思って買っちゃった。」

「うわー!こういうボード型の人生ゲーム見るの久しぶり!やろうやろう、ちゃん!」

「あ、本当?買ってよかったー!じゃあ準備しよう!」






























「じゃあ俺、銀行係な!」

「えー…。がっくんが銀行…?」

「何だよ。」

「…だって、がっくん皆が見ていない死角でさりげなくお金ちょろまかしそうだもん。

「ひ、人聞き悪いこと言うな!俺はいつでも正々堂々ゲームに挑む男だぞ!」

「嘘ばーっかり。お前、いつも負けかけてる時偶然を装ってリセットボタン押すタイプじゃん。」


宍戸と私が、がっくんの銀行総裁就任に異議を申し立てるとがっくんは明らかに不機嫌な顔をした。
昔のこと言うんじゃねぇよ、とかそんなに俺って信用ないのかよ、とかブツブツ言ってるがっくんが可愛い。


「はいは〜い!じゃあ、俺が銀行やったげるー!」

「あ、ジ、ジロちゃんは…えーと、ほら、他の係しよう?皆のコマに、家族が出来たら人間の棒を刺す係とかさ!

「何その地味な係ー。」



だってジロちゃんが銀行って…なんか…ねぇ?
給料が1000万券のところを、笑顔で500万円券渡されそうじゃん。
ナチュラルに渡し間違いとかして、抗議すると泣いちゃいそうじゃん。


「…もう向日でいいじゃん、銀行係は。早く始めようぜ。」

「やっぱりそうなるんだろ、結局は。よっしゃ、じゃんけんで順番決めようぜー。」













カラカラ…カラ……


「よし、6!1,2,3,4,5…ここだ。えーと…?お、分岐マスだ。サラリーコースか…専門職コース?」

「えーっと…サラリーコースだと、自動的にサラリーマンになれるんだって。
 専門職コースだとサラリーマン以外の職業につけるけど…フリーターになる可能性もあるらしい。」

「…俺、サラリーマンって柄じゃねぇしなー。専門職コースにしよっと。」

「あー、確かに宍戸って企業戦士になるイメージないよね。上司殴って退職に追い込まれそうなタイプ。

「どんなキャラだよ、それ。」




「じゃあ、次俺だね〜!俺は絶対プロ野球選手になるんだー。」

「え?!ジロちゃん、野球興味あったの?」

「ん?別にないC〜。人生ゲームではね、野球選手が1番お金もらえるんだよ。


なんか…なんかジロちゃんの口からそんなお金のこととか聞きたくなかった!
何その嫌な現実味!ジロちゃんはもっと自分の意志を貫いた職業についてほしかった!
テニス選手の道もあるのに、野球選手を選ぶこんなジロちゃんヤダ!


「はい!次はちゃんの番だよ?」

「う…、わ、私はお金なんかに釣られないんだから―!」




カラカラカラカラ…!




勢いよくルーレットを回す。ここで出た目によって私の職業が決まる…!
希望としては弁護士。…いや、金に目がくらんだとかじゃない!カッコイイからだもん!

手を組んで祈る、私が辿り着いたマスは……





「3,4,5…。うわ!、やったな!お前、ボクサーだって!

「ぎゃはははは!にぴったりじゃん、すげー!」

ちゃん、ドンマイだね!ボクサー超給料少ないからね!」




ライバルが減ったと喜ぶジロちゃん。
のけぞって笑い転げる宍戸とがっくん。

マス目にかかれた無機質な「ボクサー」の文字。


……くそったれ!人生ゲームなんて全然面白くない!



「…いいもん、後で転職するから。」

「いや、ボクサーはの天職だぞ。俺、試合観に行くわ。

「うるさーーい!私はナースとか保育士とかになりたかったのにー!」

にそんなの似合わないって。ボクサーか、プロレスラーだろうなと俺は思ってたぞ。」



含み笑いでルーレットをまわすがっくんが憎い。



カラカラ…カラ……



「1,2,…俺は…うえええええ!アイドルだって、最悪!」

「ええええ!超いいじゃんアイドル!がっくん、いいなぁー!」

「アイドルかぁー、まぁそこそこ年収いいよー。」

「ジロー、お前年収の話ばっかだな。

「嫌だよ、アイドルなんか。全然かっこよくねぇじゃん。」

「何言ってんの!アイドルはねぇ、どんな国にでも絶対いる皆の希望の光なんだよ!」


がっくんのアイドル姿を想像すると…超似合う!キラキラの衣装とか着て踊ってる姿超似合う!


「ねね、がっくんアイドルスマイルしてみて。」

「なんだよ、アイドルスマイルって!」

「がっくん恥ずかしがらずに〜!丸井君みたいにピースすればいいんだよ!」

「それでねそれでね、俺の可愛いにゃんこちゃん☆って言うの!」


およそ普段のがっくんがしてくれるとは思えない注文。
ただ、正月でテンションが上がった私達は手拍子までしてがっくんを囃したてる。

もうこれはやるしかない雰囲気よね!が…がっくんのそんな甘い姿見たら私どうなるか…!!!








「……俺のかわいいにゃんこちゃん。」


バチッ









丸井君ピースで、ウインクをしながら

恥ずかしがった様子で、寒すぎるセリフを言うがっくん






一瞬時が止まった。
あれだけ騒がしかったこの部屋が静寂に包まれた。







「な…なんだよ、やってやったんだからリアクションしろよ!!!」




耳まで真っ赤にして恥ずかしがってるがっくんが可愛すぎる。
ヤバイ、何この可愛い生き物。




「うわー、寒っ!キモッ!」

「あはは!がっくんキモイC〜!」

「ががががががっがっくん!もう1回!もう1回やってー!」

「もう絶対やらねー!馬鹿!の馬鹿!」



ああぁ!もう何このお正月、最高なんですけど!
ついには体中真っ赤にしてプリプリ怒るがっくん…

その余りの破壊力に、こっちまでなんだか恥ずかしくなってしまう。
その場に横たわりゴロゴロ転がって身もだえしていると、
こたつが揺れるからやめろと宍戸に怒られました。


























「あーあ、結局ジローが1位かよ。」

「職業選択がポイントだからねー!」

「いや…でもがっくんがアイドルから医者に転職したのはショックだった。そんながっくん見たくなかった。」

「負け惜しみだろー。、結局ビリだもんな。」



接戦の人生ゲームは、ジロちゃんの優勝そして私が最下位という結果で幕を閉じた。
盛り上がりすぎて疲れた私達は、こたつで寝そべり、ダラダラと話をしていた。

…あー、楽しいお正月だなぁ。こんなお正月が毎年続けばいいのになぁ…。





























「…おい、寝てんじゃね?」

「んー?…うわ、本当だ。まだ寝るか、こいつ。」

「きっと人生ゲームで疲れたんだよー、ボクサーな上に友人に借金とか背負わされてたもんちゃん。




「…あー、てかそろそろ腹減らね?」

「そうだな、もうこんな時間だし。買い物行こうぜ。」

「じゃあちゃん起こすね?」

「あ!ちょっと待てジロー!」

「何?」






「…これ。」

「ペン?…何する気?」

「……宍戸!ナイスアイデア!ちょっと貸してみ!」

「ちょっとー、ちゃん起きちゃうよ?」

「へへ、書き初めだよ。書き初め。」





























「……ん…ん?あれ…うわ、私寝てた!?」

「やっと起きたかー。」




目を開けてみると、こたつでみかんを食べながら
テレビを見る宍戸にがっくん。
そして横には、ジロちゃんの寝顔。ジロちゃんも一緒に寝ちゃったんだ。

が…眼福眼福…。正月からこんな天使の顔を間近で見ることが出来るなんて…。
寝起きのフリを装って、ジロちゃんをじっと見つめていると
バチッと目が開いた。びっくりして必死に言い訳の言葉を脳内でかき集めていると、



「……っぶふっ!」

「え…え、何。何でジロちゃん笑ったの?」

「え?へ…へへー、いや、目を覚ましたらちゃんがいたから。」

それ、笑う要素になる?失礼なジロちゃん!」

「っう…ふふ、ごめんごめ〜ん。」



すっかり現実に引き戻された私は、自分のお腹が空っぽになっていることに気付いた。



「…ねぇ、お腹空かない?」

「空いた。宍戸と話してたんだけどさ、今日は鍋にしようぜ。」

「おー、いいじゃん。皆でお鍋ー!あ、でも材料ないから買いに行かなきゃ。」

「よっしゃ、皆で行くか。」


やけに素直な宍戸とがっくんに驚く。
いつも絶対に私に買いだし行かせるのに。

何だろ、やっぱ正月の空気がそうさせるのかな。




























スーパーは既に人であふれていた。
…うん、正月ってやっぱり人が多いよね。
カートなんて転がす余裕がなさそうなので、仕方なく手持ちカゴで店内をまわることに。

私の後ろをゾロゾロとついて歩く3人。
…しかし、やっぱりこのメンバーでも目立つのか、他人の視線は常に私達に向けられていた。
まー、確かにがっくんの髪色とか目立つし、ジロちゃんは天使だし…
好奇の目を向けたくなるのもわかるけど、余りにも注目されすぎじゃない?

心なしか、私の方に目線が集中しているようにも見えるし…。
って、それは自意識過剰すぎか…。こんな少年たちを従えている女子ってどんな奴だろって思ってるんだろうな。
悪かったですね、普通で。

勝手に脳内で敵を作りだし悪態をつく私。

後ろの3人はというと、何故か私に近づこうとせず後ろでひそひそと話している。
…もう面倒くさいからつっこみはいれないけど。


「ねぇ、私野菜コーナー見てるから豆腐探してきて。」

「ぐふっ…、ふふ、OK。行ってくるわ!行こうぜ、ジロー!宍戸!」

「何よ、3人連れだって行かなくったっていいじゃん。」

まぁ、この3人が離れた方が注目されずに落ち着いて買い物できるか…。
だがしかし、店内の視線は依然として私に向けられていたのだ。























「はぁー、ただいまっと!鍋作るの手伝ってねー。」

「おう、任せとけ!」


スーパーでは散々だった。
レジのおばちゃんまでもが目を見開いて私とがっくん達を交互に見てたし。
そんなに可笑しいか、私とテニス部の組み合わせが…!

正月早々なんだかやるせない気持ちになっている私。
だけど、いいもん。4人で過ごせる正月はなんだかんだ楽しいからいいもん。


玄関を通り過ぎ、手を洗おうと洗面所に入った時。









「あ!ちょ、!」

「え?なに………」









何気なく鏡を見ると、そこには…



















「…なっ…ぎゃああああ!何これ!!







私の額には下手くそな字で書かれた「肉」、

ほっぺたにはバカボンよろしく、アホっぽいうずまきが書かれていた。







「あっちゃー、バレたか!」

「このまま俺達が帰るまでバレないと思ってたのにな―!」

ちゃん、ゴメンね〜!」






鏡越しにみえる、がっくんや宍戸の笑い顔。ジロちゃんの苦笑い。

……これか。これを皆見てギョっとしてたのか。



澄ました顔して店内を練り歩いてた自分を思い出し、血の気が引いた。






「あんっ…たら……絶対許さないから!!



「やべぇ、逃げろ!」

「わー!ちゃん怒らないでー!」

「ちょ、待て!捕まった!」



無言で捕まえたがっくんにヘッドロックを決める。

私の腕の中で悲鳴が聞こえるけど、私の怒りはこんなんじゃおさまらない。




……新年早々こんなことになるなら、来年はやっぱり1人でいい…!!








岳人・ジロー・宍戸ルート END