ピーンポーン…


…む。
今チャイムが鳴ったよね。

元旦から誰だろう…あ、おとつい注文したDVDかな?
早いな、もう届くんだー…さすがamaz●n…。

そしたら今日はDVD見ながら、まったり過ごそうっと。


気合いを入れ、布団をめくる。
節約のため、暖房は入れてないからやっぱり部屋は寒い。
せめてもの対策として買ってきた、もこもこスリッパに足を素早く放り込み
壁にかけてある大判ストールをまとって準備完了。

あ、印鑑もいるよね。
リビングのカウンターに常備してある印鑑を手にとり、小走りで玄関へと向かった。




ガチャッ



「はーい…。」



「あけましておめでとうございます、先輩!」

「おめでとうございます…。」

「…まさか今まで寝てたんですか?」



いつもの宅配のおじちゃんが居ると思っていたその場所には、
おじちゃんとは似ても似つかないような大天使たちが降臨していました。
(おじちゃんゴメン)
正月早々こんな光景みられるなんて、早速今年1年分のラッキーを使い果たしてしまった気がする。

印鑑のフタを取って準備万端だった私は、
一瞬フリーズしてしまう。口もポカーンと開けてたと思う、恥ずかしい。



「え…あ、あのどうしたの?」

「今年は俺達3人で皆さんの家をまわって、新年の挨拶してるんです!」

「…ウス。」

「そ、そうなんだ、ご丁寧にどうも…。」



起きたばっかりで思考がついていかないけど、
取り合えず皆の家を3人で挨拶まわりしてるのね…。

うーん、我が後輩ながら見習わなきゃいけないよ、この精神。
私なら絶対そんなのしようとも思わないもんね。
新年はゆっくり家でこたつに入りながら、だらだらと過ごすに限るから。

皆の顔は、すっかり赤くなっていて。
外は相当寒かったんだろうな。
その顔から、きっともう他の皆の家も回ってきた後なんだろうな、ということが窺えた。


デキル後輩の行動に、うんうん、と満足げな顔をする私。
にこにこ顔のちょたに、寒そうに縮こまった体勢の樺地。そして真顔で私を見つめるぴよちゃんさま。


……ん?


「えーと…ありがとう。わざわざ挨拶に来てくれて!今年もよろしくね!」

「ウス…、お願いします……。」

「………はい!今年も先輩の不屈の精神を見習って頑張ります。」

「………。」



ん?んーと…
挨拶まわりって…挨拶して終わりってわけではないのかな?
どうも誰も「それでは、また!」と切り出す様子がない。
というか、3人とも期待に満ちた目で私を見ている気がするんだけど…
何を期待されてるんだろう………



あっ!




「あっ、ご、ごめんそうだよね。ちょっと待っててね!」

「え?」



バタバタ……









「はぁ…はぁ、ごめん…今ちょっと手持ちがないから…これで…。」


私が家の中をかけずり回って集めたものを、3人に手渡す。


「……お年玉袋?い…いや、そんなもらえないです先輩!」

「……というか、俺達がこれを待ってると思ったんですか?」

「…マッサージ……券………。」

「え?違うの?だって、なんか皆目がキラめいてたから…。」

「ち、違います!……え、ていうか樺地それ…。」


ちょたとぴよちゃんさまが、お年玉袋を開けると
樺地と同じ私の手作り「マッサージ券」が出てきた。

ちょっとお金がなくて、即席で作ったものだけど…
マッサージには中々自信がある!
一時、跡部がマッサージにハマった時は1週間ぐらい猛特訓させられたからね。
飛び交う罵声にイライラして、跡部の肩を思いっきり叩いて大乱闘になったのは苦い思い出。


「いつでもマッサージするからね!というかさせてくださいお願いします!

「…まぁ、現金じゃないなら受け取っておきます。ありがとうございます。」

「ありがとうございます…、ってそうじゃなくて!」

「え?まだ何かあるの?」


何やら言いにくそうにモジモジするちょた。何その可愛い仕草、いよいよ自分の使い方がわかってきたなこの子も。

しかし、まだ私に言いたいことがあるのだろうか。

何かを言おうとしたちょたが、口を閉じ、ぴよちゃんさまに「日吉、言ってよ」と言いながら肘でつつく。
ぴよちゃんさまも、しばらく沈黙した後に樺地の肩を叩き「…頼むよ」と言う。
樺地は俯きながら、手をもじもじさせている。ちらちらと私を見ては、また伏し目になる、という行動を繰り返していた。

ついには全員が俯き、お互いに「早く言ってよ」等言いながらじゃれ合っている。

















も…萌え殺す気か…!












正直パジャマで玄関に立っているのは寒すぎて、
これが他の人だったらさっさとドアを閉めて、布団にもぐりこみたいところだけど
この3人の様子なら、1時間でも2時間でも見ていられる気がする不思議。

可愛すぎて、もうこのまま放っておきたいなとも思うけど
それでは先に私の体が悲鳴をあげてしまいそうだ。手とかもう氷のように冷たくなってるからね。
これがいわゆる氷の世界か、ってやだやだ。正月にあんな珍技思いだしたくない。



「え…えーと、取り合えず皆あがっていかない?ゆっくり話しは聞くからさ。」

「え…あ、すいません先輩!寒かったですよね。」

「……すいません…。」

「…それでは遠慮なくあがらせていただきます。」

「うん、いいのいいの。さ、どうぞー。」



この3人だけが家にあがるなんて、今までなかった。
私の理想とするオアシスが今ここにある!
先ほどまでの眠気はどこへやら、私は今最高に興奮していた。
我ながら気持ち悪い先輩でごめんね、皆…!!

































「じゃあ、ちょっと着替えてくるからここで待っててね。」

「はい、いきなり押し掛けてすいませんでした…。」



3人のエンジェルを強制的にこたつに座らせ、
私はリビングを後にした。

小さなこたつにぎゅうぎゅう詰めて座る3人がもう可愛くて仕方ない…!
思い切ってこたつ買って本当によかった…!





「……なぁ、日吉から言ってよ。」

「…っち、お前は肝心な時にはいつもそうだな。……わかったよ。言う。」

「…ありがとう…ございます……。」




「はぁー、それにしてもさ、なんか先輩の部活以外の姿久しぶりに見た気がする。」

「………ウス。」

「あぁ。あれは完全に寝てた格好だな。」

「うんうん。……なんか、無防備でちょっと可愛かったよね。」

「………。」

「…………。」

「いつもは、髪もビシっとくくって活発なイメージだけど…あんなふわふわのパジャマ着るんだな、先輩。」

「…どこ見てるんだ、お前。気持ち悪いぞ。」

「なっ、べ、別に深い意味はないって!か、樺地もそう思ったよね?」

「ウ……ウ…ス……。」

「何でそこで赤くなるんだよ、樺地。」

「えー、じゃあ日吉は別に何とも思わなかったってこと?」

「そりゃそうだろ、先輩だぞ。」

「……まぁ、そうだけどさー…。」

「あ……あの………。」

「ん?何だ、樺地。」

「あ、やっぱり樺地もパジャマ可愛いって思った?」

「……………先輩が……見てます。」

「「!?!」」





「……あ、ごめんバレた?」






「なっ、何してるんですか先輩!」

「…まさか、今の様子撮ってたんじゃないでしょうね。」

「ご、ご名答〜…!」







だって可愛すぎるでしょ、何今の会話!!!


着替え終わって、部屋から出てみようとすると
大きな男の子達が3人でこたつ囲んで談笑してるんですよ。
自分の家でこんな…ねぇ!まじでもう…ジーザスクライスト…!!!

ということで、部屋の扉をすこーしだけ開けて、
すかさず携帯を取り出し3人の様子をずーっと動画におさめていたのですが、
冷静な樺地にがっつり気づかれてしまいました。

ちょたとぴよちゃんさまが、ものすごい勢いでこちらを振り向いた時は
なんとなく盗撮犯の気持ちがわかったようなわからないような…
思わず「違う!私じゃないんです!」という、とんちんかんな言い訳をしてしまうところだった。



「……す、すいません俺なんか変なこと言ってたかも…。」

「大丈夫だよ、ちょたが先輩のことが大好き本当可愛い付き合いたい!って言ってたところまでしか聞いてないからね!」

「俺はそんなこと聞いてませんけどね。」


冷やかなぴよちゃんさまの視線が突き刺さる。
ちょたは、真っ赤になった顔を手で覆い隠して悶えていた。
その様子を見て悦に浸る私は、フとあることを思い出した。



「あ、そだ。私に言うことって何なの?」

「…あー……その…ですね。」

「何なの、ぴよちゃんさまらしくないなぁ。もしかして皆のマネージャーじゃなく俺だけの「違います。」

「……だったら何?」

「……今日、この後予定って空いてますか。」

「今日?うん、特に予定はないけど。」

「だったら…俺達に付き合ってくれませんか。」



「付き合って」という言葉にトキメいて、顔を赤らめていると
ぴよちゃんさまに容赦なく睨まれた。イライラが伝わってくるほどのそんな激しい睨み。
正月からキレッキレのぴよちゃんさまです。相変わらずブレないその姿勢が素敵。


「い…いいけど、どこ行くの?」

「……監督の家に…。」














「あ、ごめん。今日この後美容院予約してたんだった〜、忘れてた!」

「元旦から開店してる美容院なんてあるんですか?」

「……先輩!お願いします!」

「……お願い……します……。」

「…え…、えー!え…っていうかさ、なんで先生の家?」

「…やはり挨拶まわりをするなら監督の家にも行くべきかと思いまして。」

「いいじゃん、3人で行ってくれば!」

「だ…だって、俺達先輩みたいにフランクに監督と話せないですもん。行っても何話していいのか…。」



うるうるした瞳で懇願してくるちょたは、いよいよ天使から小悪魔へと変貌を遂げようとしてると思う。
樺地も緊張した様子でこちらをうかがって来るし、ぴよちゃんさまも少し不安そうな顔をしている。

こんな3人に頼まれて、断れる人がいるとすればそれは悪魔だと思う。あと跡部とか。


「……うー…、それはどうしても行かなきゃいけないの?」

「………15時に行くと……約束してます………。」

「な、15時!?」


なんと、先生とアポまで取っているらしい後輩たち。
そんなに緊張するなら行かなきゃいいのに、どこまでも真面目な3人です。

時計を見ると、針は既に14時を指していた。
……急がないと、間に合わないんじゃ…。



「こんなとこでダラダラしてる場合じゃないじゃん!早く行くよ!」

「先輩ならそう言ってくれると思ってました、俺!ありがとうございます!」

「地図はあるので、道案内は任せてください。」




























「うっわ、っていうか夜雪降ってたんだ!?」


全く知らなかった…。
飛び出てみると、そこには真っ白な景色が広がっていた。
ところどころ日中の熱で雪が解けて、氷のような状態になってる場所もある。

なんとなくテンションが上がった私だけど、
もちろん雪遊びなんてしてる暇はない。
取り合えず最寄りの駅まで走ろうと、3人に声をかけてみたものの
やっぱり私が1番足を引っ張っている…。

出来た後輩たちは、絶妙なペースで私に合わせてくれてるけど
私はもう既に足がもつれそうな程へとへとになっている。…情けない…。

加えて地面のコンディションが悪いため、滑らないように気をつけて走っていたのだけど…



「ぅ…っわっ!」



ドテーンッ




「大丈夫ですか、先輩!」

「…立てますか。」

「だ、大丈夫大丈夫!ごめんね!」


ギャグ漫画のようにすってんころりんしてしまった…恥ずかしすぎる…!
3人とも心配して駆け寄ってきてくれたけど、後輩に情けない姿を見せてしまったのが恥ずかしすぎて
つい大丈夫、なんて強がってしまった…。


うん、本当は足がものすごく痛い。


しかし、ここで「痛い」なんて言おうものなら絶対間に合わなくなってしまう。
笑ってその場をごまかし、さぁ走り出そうとしたとき。



「っ…。」



わずかだけど、確実に歩みを邪魔する痛みが全身を駆け巡った。
幸い皆は私の前で走ってるから、バレてはいないようだ。

……と、とりあえず駅まで行けば電車で座れるから…そこまで頑張ろう…!


もう一歩を踏み出そうと、顔をあげた時。







「………先輩…、乗ってください。」

「……へ?樺地?」





地面にしゃがみこみ、いわゆる「おんぶ」を催促する樺地。
先を走っていた2人も振り向き、こちらを見ている。




「え、え大丈夫だよ、樺地。」

「………さっきので………。」





まさか、私痛みを全然隠せてなかったのかな?
でも、ぴよちゃんさまとちょたは驚いたような表情でこちらを見ているし
きっと気づかれてなかったはずだ。

……本当に樺地って…。



「…っ、樺地ありがとう…。ごめんね、遠慮なく甘えさせてもらうね。」

「ウス。」

「え…、先輩…足が痛むんですか?ご…ごめんなさ…い、俺全然気づかなくて…。」

「…俺も…、すいません。」

「い、いいのいいの!っていうかこっちこそゴメン!転んだりして…。」

「………行きましょう。」



私を背負ったまま樺地が歩き出す。

本当に樺地はよく気の利く子だなぁ…。きっと小さいときから跡部みたいな王様気質な奴と一緒にいるもんだから、
自然と「他人を見る」能力が身についてるんだろう。

いやはや、やっぱりもったいない。
こんな素晴らしい人材を跡部の傍に置いとくなんてもったいないよ!
そう思って、いつも樺地を説得するんだけど「跡部さんを尊敬してます」の一点張り。
そんな純粋で無垢なところも、素晴らしい。






























「へー…これが榊先生の家…。」

「家というか…ビル、ですよねこれ…。こんなところに住んでるんだ先生。」

「急がないと遅れるぞ、後5分だ。」



樺地におんぶしてもらったまま辿り着いた先生の家。
「家」という表現が正しいのかどうかはわからないけれど…
いかにもセレブな人間が住んでそうな、スタイリッシュな建物だった。



「…えーと、これオートロックなのかな?先生の部屋番号って何番?」

「部屋番号というか…、これ指紋認証型じゃないですか?」

「…まいったな、これじゃ入れないじゃん。」


依然として樺地に背負われた私、そしてドアの前でうろたえるちょたにぴよちゃんさま。
っていうか、こんな指紋認証だとさ…宅配便とかどうしてるんだろう。
入る術がないじゃん、これだと…。あ、そっか。


「私、先生に電話してみるよ。」

「すいません、お願いします。」





PLLL…




「はい、榊。」

「あ、先生。あけましておめでとうございます〜!」

「……か?どうした。」

「あのですね、今先生の家の下にいるんですが…」


そう言いかけた時、目の前の大きな自動ドアがゆっくりと開いた。
急に開いたもんだから全員が驚いて、私なんかは「ふぁっ」という変な声が出てしまった。


「…先生?今、何かドアが勝手に…。」

「今解錠したから早く入りなさい。」

「あ…なるほど、解除してくれたんですね。…では、後ほど。」





恐る恐るドアをくぐってみると、中はもっとすごかった。
こういう建物にあんまり入ったことないからわからないけど…
なんというのか、高級ホテル?みたいな壁に電飾…。

本当にここは人が住むような場所なのだろうか…っていうかただの教師がこんなとこ住めるのっておかしくない?
まさか…先生って裏でなんか悪いことやってるんじゃ…。
そう考えると、あの学校に着てくるには相応しくなさすぎる派手なスーツにも納得がいく…!




「……つきましたね。ここが監督の家です。」


エレベーターから出ると、すぐそこに重々しい扉が待ち構えていた。
…チャイムを押そうとするぴよちゃんを制止し、一旦ミーティングを開催することにした。
私の読みが正しければ…!こんなところに来るのは危なすぎる…!




「皆、落ち着いて聞いてね…。たぶん榊先生は裏世界の人間だと「何を言っている。」

「ほぎゃああ!び…びっくりした!」



声をひそめて、樺地の背中から危険を伝えようとしたその時
扉が開き、中から正月も気合十分な服装の榊先生がお目見えした。



「監督!あけましておめでとうございます!」

「本年もどうぞご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」



「……よろしい。あがりなさい。」




2年生トリオは堅苦しい挨拶を済ませ、
それに対し満足げな表情で榊先生が部屋の中へと私達を促した。
私が樺地に背負われていることについてはスルーな部分が気になりますけれども。



























「え…えーと、誰か何かしゃべろう?


部屋の中に通されて5分。
榊先生はソファにどっしりと座り、いつものように腕を組んでアンニュイなポーズで微動だにしない。
ぴよちゃんさまはというと、ソファでがちがちで座っている。
ちょたは、先ほどからちらちらと私に目で合図を送ってくるんだけど、ゴメン何の合図か全然わかんない。
先ほどまで私を背負っていた樺地は、私をソファに座らせそのまま隣で一点を見つめたままフリーズしている。












何しに来たんだ、あんた達…!









こんな沈黙に私が耐えられるはずもなく、口を開いてみたものの
先生はちらっと私を見て、また視線を戻し
ぴよちゃんさまとちょたは、私に全てを託したかのような目線で何かを訴えている。
……本当に、私がこなかったらどうするつもりだったんだろうかこの子達は。



「先生、もう初詣とか行ったんですか?」

「…いや、今年は時間がなくてな。」

「へー!先生でも神頼みとかするんですね!何をお願いするんですか?」

「………他人に願い事を簡単に話しては、叶うものも叶わなくなる。」

「えー、あ、もしかしてー…早く恋人が見つかりますように!とかでもがぁっ!!



いきなり隣のソファから飛び出してきたぴよちゃんさまが、思いっきり私の口を封じ込めた。
顔面蒼白という言葉がきっちりと当てはまる、ぴよちゃんさまのその顔にびっくりしたよ私。


「あ、あのすいません監督、違うんです!先輩ちょっと日本語が不自由で…!

「もごがっ!んご!」

「ちょ…これ以上しゃべらないでください。」

「……お前たちは仲が良いのだな。」


慌てるぴよちゃんさまとちょたに対して、先ほどよりも穏やかな目で私達を見つめる先生。
その表情に驚いたのか、全員が言葉をなくし、私を抑えるぴよちゃんさまの手も自然と離れていた。



「そうですよ、今さらですけどテニス部のマネージャーになれて良かったです。こーんな良い後輩たちが出来たんですもん。」

「……そうか、それは良かった。」

「最初に先生が無理矢理マネージャーに仕立て上げた時は、どうやってPTAに訴えてやろうかと毎日考えてたけど。」

「そ、そんなに嫌だったんですか先輩…!」

「うん。私さ、この部活入る前のことなんだけど…1回跡部と話したことあったんだ。」




この話しはまだ誰にもしたことなかったんだけど。
監督の前だからなのか、3人は真剣に私の話しに耳を傾けている。

先生は高級そうな紅茶カップに口をつけていた。



「私がね、学校の廊下で掲示板を見てたんだ。ほら、職員室の前にあるでしょ?」

「あぁ…はい。」

「たまたまその時見てたのが、テニス部が何かの大会で良い成績を収めました…みたいな張り紙だったのよ。」



忘れもしない、私がまだ氷帝に入ったばかりの頃。
掲示板に張られていた氷帝新聞には、キラリと汗を流す凛々しい顔をした跡部の写真がデカデカと掲載されていた。



「それ見てさ、あー、こんなカッコイイ人が同じ学校にいるんだなぁーとか思ってたのね。」

「へぇ…。跡部さんに対して先輩がそんな評価するなんて今では考えられないですね。」

「でさ…、ボーっとなんとなく見てたら急にね、視線を感じたわけよ。フと横を見たらね、いたの。跡部が。」



眉間に皺を寄せた跡部。今よりもまだもうちょっと幼い顔だった。
私はびっくりして、新聞の写真と跡部を交互に見合わせたんだ。




「そしたらね、あいつ何て言ったと思う?」

「え…えー、何だろう…。見とれてんじゃねぇよ、とかですか?」

「……それぐらいなら、まだまだ可愛いわよ。」



あの声のトーン、今でも脳内で再生できる。
そのぐらい衝撃的な一言だった。







氷帝の頂点に立つのは俺だ。とか言いだしたわけよ。」




「………え?」

「いや、びっくりするじゃん?えー、何なにこの人怖ーい!みたいなね?」

「いや…、それは跡部さんが話しかけてくれたってことで喜ぶところじゃないんですか?」

「うっそ、だっていきなり初対面の人にそんな ”ぼくのしょうらいのゆめ!”みたいな宣言されてもさぁ。」

「………それで、は何と返事をしたんだ?」

「えっと…、取り合えず ”そっすか…”みたいな返事をしたんですよ。そしたら何かスイッチ入っちゃったみたいで。」









「…あーん?何だその返事は。」

「いや…いやいや、そ…うですよね頂点に立つと良いと思います。頑張ってください、それでは。」

「待て。お前バカにしてんだろ。」

「ほぁっ??え……別に…。そんなことないですから…。」

「平民代表みたいなお前に、俺様を馬鹿にする資格なんてねぇんだよ。」

「は…はぁ?平民代表?あんたねぇ、何様か知らないけどこんな可愛い子捕まえて何言ってんのよ!」

「可愛い、だ?はっ、バーカ。とっとと消えろ。」

「言われなくても消えますよ。あと、最後に言っとくけどあんた鼻毛出てるよ!!

「っ?!」

ぶわぁああかっ!あんた呪ってやるから!女子の力なめんな!こっくりさんとかして一生鼻毛が伸びる呪いにかけてやるからー!………











……って言って逃げてきたんだよね。後になってあいつが氷帝学園でどういう立ち位置にいるのかってことを友達に知らされてさ…
 見つかったら確実に処刑されると思ったから、3年まで見つからないように極力テニス部を避けて生きてきたんだよ…。」

「……そんな経緯があったなんて知りませんでした。跡部さん、それ覚えてるんですかね?」

「覚えてるっぽい。でもアレが私だったとは認識してなかったみたいよ。あの時ショートカットだったし。」

「へー!跡部さんにそれ打ち明けないんですか?」

「やだよ、そんなの怖いじゃん。俺に恐れをなして転校しやがったか、とか言ってたもん。」

「………それだけ先輩が印象に残らない人物だったということですよね。」

「そうなの、それも何かムカツクの。」

「…やはりをマネージャーにした私の人選は間違ってなかったようだな。」

「あれ?先生今の話聞いてました?」





PLLLLLL……




だいぶこのカオスなメンバーの空気が柔らかくなってきた時、
聞きなれない携帯の音が鳴り響いた。

どうやらそれは、私の隣に座っていた樺地の携帯のようだ。
申し訳なさそうに通話ボタンを押す樺地。そして携帯を持ったまま、出口の方へと歩いていった。
















「すいません……。跡部さんに……呼ばれたので、帰ります。」


戻ってきた樺地が心底申し訳なさそうに私達にぺこりと一礼した。
……噂をすれば跡部だよ。あいつの神出鬼没具合に若干ゾっとするわ。



「あ、それじゃあ俺達もそろそろ帰ります。」

「監督、今日はお時間をいただきましてありがとうございました。」

「…ああ。いってよし。」


いつものように二本の指をかざす先生。
それに対し、3人は深々とお辞儀をしたので私もつられてお辞儀をしておいた。
「新年・初いってよしだね」とぴよちゃんさまに耳打ちすると、何だかツボにハマったらしく、
必死に笑いをこらえていらっしゃった。やった。新年、初笑顔。






先生の家を出ると、樺地はすぐに私達とは別方向へと歩いて行ってしまい
私とぴよちゃんさまとちょたが残される形となった。

これで一通りの年始の挨拶は済んだみたいだし、取り合えずここで解散ということに。
ただ駅は皆一緒なので、そこまで3人で帰ることにしたのだけど……



「っ…。」

忘れてた足の痛みが襲いかかる。
あー、ヤバイこれ長引く痛みだなぁ。なんて思っていると…


「あ、先輩。駅までおんぶして行きましょうか?」

「え?あ、あー大丈夫大丈夫!もうだいぶ痛みひいてきたから!」

「またすぐそういう嘘を言う…。先輩は嘘をつくのが下手すぎますね。」

「っぐ……。」

「じゃあ、俺と日吉どっちにおんぶされたいですか?」

「へ?」


キラキラした笑顔で究極の質問をするちょた。
いや…まさかこんな展開になるとは思わなかった…。

っていうか、ちょたとぴよちゃんさまのどちらかなんて選べるはずもないじゃん。
…まぁ、私の予想ではここでぴよちゃんさまが辞退するはずなんだけど…。




「……どうするんですか。」




何故か臨戦態勢のぴよちゃんさま。
やめ…やめてよ、そんなの選べないよ!どっちも良いよ!
なんなら順番交代で背負ってほしいよ!


…なんて言えるはずもなく。



「え…いやー…、私重いし…ここはちょたに頼もうかな。」

「……なんで重いと鳳になるんですか?」

「た、単純に大きいから私の重みで潰れなさそうかなって…!」

「…ふん。」

「さ、早く乗ってください。先輩。」



プイと顔をそらしたぴよちゃんさまは、ずんずんと駅へ歩いて行ってしまう。
あぁ…なんか悪いことしたかな…、いやでもぴよちゃんさまが私をおんぶしている図なんて
全く想像できないし…でもやっぱりこんな時じゃないとおんぶなんかしてもらえないだろうな…

などと往生際の悪いことを考えていると、ちょたからもう一度声をかけられた。





























「じゃあ、また部活でね!」

「はい、今日はありがとうございました!」

「…………。」



駅に着くと、私とは別方向の電車で帰路につく2人。
拗ねた様子のぴよちゃんさまは最後まで目も合わせてくれなかった。

そん…そんなに私のことおんぶしたかったのかな…!

なんて考えてみるけれども、私の今までの経験上その可能性は低い。
恐らくちょたと比べられるということを極端に意識するぴよちゃんさまのことだから、
どんな事柄にせよ「ちょたに負ける」というのが悔しかったのだろう。

なんだか、お正月早々悪いことしたなぁ…。


























ピーンポーン……




「ん?」



家に帰ってきたのは夕方。
やっと帰宅して、夕飯の準備をしているとチャイムが鳴った。
なんか今日は来客が多いなぁ。



ガチャッ


「はーい。……あれ?ぴよちゃんさま。」

「…すいません。忘れ物をしました。」

「え!?何?うちに?」

「はい。携帯電話がありませんでしたか?」

「ちょっと見てくる。ここで待ってて。」


ぴよちゃんさまを玄関先に招き入れ、
すぐさまこたつ付近の捜索を開始した。

すると、あっさり見つかった白色のシンプルな携帯電話。
……くっそ…、こんなとこにあったのなら中を見ておけばよかった…

なんて考えが読まれたのか、玄関先から
「中を見たら許しませんよ」と冷たい声が響いた。



「あったあった。これでしょ?はい。」

「ありがとうございます。………。」

「ん?まだ後なんか忘れた?」

「……先輩に言いたいことがあります。」

「え?何なに?」

「…今年は事あるごとに俺の教室に来たりしないでくださいね。」


キっと睨みをきかせてそんなことを言うもんだから、
一瞬息が止まった。……何、どうしたの。


「……え?な、なんで…。」

「…別に。俺じゃなくても鳳のところにでも行けばいいじゃないですか。」









……なんでここでちょた?
冷たく言い放ったぴよちゃんさまは、そそくさと玄関を出ていこうとする。
ドアノブを握るぴよちゃんさまは心なしかイライラしているようだった。



「……ぴよちゃんさま、もしかしてヤキモチ?」

「………はぁ?」

「いや…、だってやけにちょたのこと話題に出すから…。もしかしてさっき私がちょたを選んだこと怒ってるのかなぁ…と…。」

「別に。第一、先輩に選ばれたからといって喜ぶことじゃないですから。むしろ選ばれた鳳が可哀想だと思えるぐらいです。」

「おうふ…、なんか冷たい目線でそんなこと言われると逆にきゅんとするよね…。

「…勘違いしないでほしいんですけど、俺はあいつのことライバルとも思ってないんで。」

「ふふ。そっか。」

「……何笑ってるんですか。」

「いや?何か今日はいつもと違ってぴよちゃんさまが子供みたいで可愛いなって思ってさ。」


そう言うと、ぴよちゃんさまの顔がみるみる内に赤くなっていく。
そんな様子もなんだか可愛い。何だか初めてぴよちゃんさまが年下に見えるよ。
年が明けて私も一つ大人になってことかしら。


「…不愉快です、帰ります。」

「あはは、ごめんごめん。ぴよちゃんさまが可愛くてつい。」

「…っ、可愛いってなんですか。そんなこと言われて喜ぶのは芥川さんぐらいでしょう。」


いきなりやり玉にあげられたジロちゃんが可哀想と思いつつも、
さっきからずっと顔の赤いぴよちゃんさまに私はもうお腹いっぱいだ。もう1年分の萌えをいただきました。


「ね、ぴよちゃんさま。今年もよろしくね?」

「……はい。」



今度は眉間に皺を寄せまくって、ブスっとした顔で返事をするぴよちゃんさま。
ここでまた笑ったらさらに機嫌が悪くなるだろうから、なんとかこらえた。

それでは、と言ってドアノブに改めて手をかけたぴよちゃんさま。
私はその後ろ姿を見送っていた。


ドアを開けて、彼がこちらに向かって一礼をしたので
私も慌てて礼を返す。

あと数cmでドアが閉まりそうな、そんなタイミングで








「………先輩を背負ったぐらいで潰れる程俺はヤワじゃないですから。」










ボソっと捨て台詞のように吐いて、ドアをがちゃりと閉めたぴよちゃんさま。

……なんだ、やっぱり根に持ってたんだ。

そのセリフがちょたへの対抗心から来るものであったとしても、
ぴよちゃんさまマニアの私にしてみれば、ぴよちゃんさま萌え場面ランキングの中でも
確実に上位に食い込んでくる、そんなイベントだった。



閉ざされたドアを見つめながら、先ほどのセリフを頭の中でエンドレスリピートする。
ツンデレの代表格のような後輩が可愛すぎて、玄関でゴロゴロと悶え転がっている私はいよいよ末期症状だと思います。


はぁ…今年も幸せな1年になりそう。






鳳・日吉・樺地ルート END