御題8:無断欠席




「……鳳、今日先輩見たか?」

「いや?どうして?」

「…毎日昼休みに押し掛けてきてたのに、今日は来てない。」

「うーん…、なんか用事でもあったんじゃない?」


用事?何があっても昼休みには頼んでもいないのに押し掛けてくる先輩が?
一度、いい加減にうんざりしたので跡部さんに訴えて、昼休み妨害をやめるように説得してもらった翌日。
跡部さんに引きずられながらでも昼休みには必ず来ていた先輩が、一体何の用事で来ないというのか。

別に、来てほしいわけでもなんでもなく、こんな平和な毎日が続けばいいと思うが
1度も顔を見ていないと何かあったのかと思ってしまう。
こんなことを言うと、絶対に調子にのるだろうから絶対言わないけど。



?今日は風邪でダウンしてるみたいよー。」

「……そうなんですか。」

先輩、1人暮らしなのに大丈夫かな。」


4時間目が終わった後の休憩時間。
鳳の提案で、先輩の唯一の友達という真子さんに事情をうかがいにきた。
やはり今日は学校に来ていないらしい。珍しいこともあるもんだ。

心配そうな鳳とは対照的に、段々とどうでもよくなってきた俺は
真子さんに一礼して教室へと戻ろうとした。


「あ、よかったら2人でお見舞いに行ってあげてよ。喜ぶと思うなぁ。」

「え…俺達がですか?」

「うん。、毎日2年生トリオの話してるんだよ。大好きなんだろうね。」

「………。」

「特に…日吉君のことは本当に崇拝してるみたいだよ。」

「はぁ…。」

「こないだファミレスで、6時間にわたって『ぴよちゃんさまと結婚したら私、日吉になるんだよね…』
 っていう自作小説の話を聞かされたんだからね。


「…すいませんでした。」

「あはは!なんで日吉君が謝るの!まぁ、気が向いたら行ってやってよ。じゃぁね。」



出来れば聞きたくなかったことを聞いてしまった。
あの人は一体何を考えているんだ、毎日毎日…。
顔見知り程度の真子さんに、俺のことをベラベラ話されていたのか…
恥ずかしさや憤りで微妙な表情をする俺に、鳳がおずおずと話しかけた。


「ど…どうする、日吉?お見舞い行く?」

「いや…別にいいだろ。ただの風邪だろうしな。」

「まぁ…でも、先輩1人暮らしだから心配だな、ちょっと。」

「ならお前1人で行ってくればいいだろ。」


ぐだぐだと問答を続ける鳳を差し置いて一足先に階段を駆け降りた。
…別に、お見舞いに行ったところで風邪がはやく治るわけでもないし。

待てよ、と追いかけてくる鳳も、なんだかんだと言いながら結局は行かないんだろう。
こいつはそういう奴だ。























テスト期間で部活は休み。
一日の授業が全て終わり、教室を後にしたその時。


ポロポンッ♪


携帯に一通のメールが入った。
差出人は、




先輩…?」



from:先輩
Sub:(無題)

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「…なんだ?ポ?」


普段メールなどしない人から、唐突に本文が一文字のみのメールを送られると
嫌でも気になってしまう。

もしかすると、何か緊急事態に巻き込まれているのだろうか。
メールを打つ途中で意識が途絶えたとか…?

先輩1人暮らしだから心配だなぁ…。」

昼間に鳳が呟いたセリフが急にフラッシュバックする。

……………。

…まさかな。












ピンポーンッ


「………いないのか?」


何故俺は今こんなところにいるのだろうか。
途中のスーパーで買ったリンゴと飲み物の入った袋をぶらさげて
先輩の家の前で立ち尽くしている。

もしも、もしも先輩に何かあったとしたら
寝覚めが悪いので、とりあえず確認に来ただけ。
…こういう所が先輩に付け入られる要因なのかもしれない、と自嘲気味に笑う。


ピンポーンッ


「………。」

メールしておきながら家にいないってどういうことだ。
少し苛立ちながらドアに手をかけてみると、





カチャッ



ドアが開いている。


その瞬間、俺の脳内で最悪のシナリオが再生された。

…まさか、本当に何者かに入られて…



「…っ、先輩!」

「…んー……え…あ、ぴよちゃん…さま…?」


ドアを開けると、リビングへ続く廊下の先で布団に寝転がっている先輩が見えた。
……どうやらただ単に鍵の閉め忘れらしい。…心配して損した。


「…大丈夫ですか。」

「う…うん、お見舞いにきてくれたの?ありがとう!」


布団から起き上がり、玄関までフラフラと歩いてくる先輩。
やはりいつものような元気はなく、顔も火照っていて赤い。


「寝ててください、これ、飲み物と果物買ってきたんでどうぞ。」


玄関先で袋だけ渡して、さっさと帰ろうとする俺に先輩が声をかけた。


「…あれ?ポカリスエットじゃない。」

「……ポカリスエットがよかったんですか?」

「あ…れ、跡部に頼まれて来てくれたんじゃないの?」


…どうも話が読めない。
なんでここで跡部さんの話が出てくるのか。


「…俺のところにメールがきてましたけど。」

「…うわ、間違ってぴよちゃんさまに送ってたんだ!ご…ごめんね!」


………間違いメール。
何故だかその事実に多少なりともイラっとした俺は、言葉を続ける。


「…本文に(ポ)しかかかれてませんでしたけど。」

「あ…それ、ポカリスエットのポ…、跡部に一文字以上メール送るなんて労力の無駄遣いじゃん…?


あいつとはいっつもそんな感じのメールだから、わかるかなって。

跡部さんならあのメールを見てポカリスエットを買ってきたっていうのか?
そんな馬鹿な。熟年夫婦じゃあるまいし。

自分の買ってきたリンゴと水が、先輩にとって意味のないものだとわかると
無性に腹が立ってきた。


「……ポカリスエット買ってきます。」

「いい、いい!これでいいの、ありがとう!」


ドアを開けようとする俺の腕を掴み、笑顔で制止する先輩。
さっきから自分でも何なのかわからないが、そんな先輩を見ているだけでイライラする。


「跡部さんに送信してたら、跡部さんが来てくれたかもしれませんね。」


…長い沈黙。
俺の腕を掴んだまま固まっている先輩に顔は合わせず、「帰ります」と一言声をかけると
ようやく返事が返ってきた。


「ぴ…ぴよちゃんさま…もしかして今のって…ヤキモチ?」

「そんなわけないでしょう、どういう理由でそんな結果にたどり着いたんですか。ヤキモチって何かわかってますか。」


相変わらずポシティブ思考すぎるこの人に呆れてしまう。
先ほどからの原因不明のイライラも手伝って、つい語気を荒げてまくしたててしまった。


「ご…ごめん、そうだよね!と…とりあえず上がって?お茶でも飲んでいってよ!」

「病人の方に気を遣わせるわけにはいきませんので。早く寝て治してください。」

「そ…そんなこと言わずにさ!ほら、ぴよちゃんさまの好きなシルバニアファミリーの大きな赤いおうちもあるよ?

「好きじゃありません。何の情報ですか。」

「……一日ずっと1人で寂しかったんだもん。」























ドンッ


自分が買ってきたリンゴを剥き、皿に盛り付けたモノを
荒々しくテーブルに置く。



「これ食べ終わったら帰りますからね。」

「わーい!ありがとう、ぴよちゃんさま!」


やはり俺は先輩に対してここ一番で強く出れない。
先輩だから、というのもあるが鳳のように上手くかわす術をまだ持っていないからだ。

先ほどのセリフをうけて一時フリーズする俺の一瞬の隙をついて部屋の中に引きずり込み
リンゴまで剥かせる人間。
本当に病人なのか?


「んー…おいしー…。ぴよちゃんさま、今日は何のお話してほしい?」

「毎日イヤってほど聞いてるんで、もう何も聞きたくないです。」

「……んふ……ふふふふ。」

「なんですか、気持ち悪い。」

「いや…いや、ね。なんか部屋でさぁ、ぴよちゃんさまとテーブルを囲んでるのっていいなって。」

「…………。」

「なんかさ、同棲はじめたばっかりのカップルみた「帰ります。」

「嘘!ごめんなさい、調子にのりました。」

「…言葉には気をつけてください。」


風邪を引いてるのが嘘に思えるぐらい、いつもの調子だ。
いつもこうやって、いつのまにか先輩のペースに巻き込まれてる。
先輩に対しては、一線を引いた失礼のない態度で挑むのが俺の常だが、
先輩に関しては、どうも調子がくるってしまう。


「おーいしかった!ごちそうさまでした!」


最後のリンゴを食べきったところで、早々に荷物をまとめる。
先輩といえども、一応は女子の家に長居するのも気が引ける。

先輩は帰ってほしくないとでも言いたげな顔でこちらを睨んでいるが
ここで負けたら本当に今日は帰れない恐れも出てくる。


「…では、俺はこれで。お大事に。」

「ぴよちゃんさま。」

「……なんですか。」

「最後に一つだけお願い聞いてくれる?」

「いやです。」

「げ…げほんげほーん!あー、私病人なんだけどなー…。」

「知りません、さっきの腕を引く力は病人のソレじゃありませんでしたから。」

「う…。」


まだ赤い顔で恨めしそうに俺を見つめる先輩。
おそらく熱があるのは嘘ではないだろう。
現にいつもより少し、ほんの少しだけ可弱そうに見える。


「………はぁ…。なんですか。」

「!!」


願いを聞いてくれるとわかった途端、笑顔を見せる先輩。
…今はもう本当に早く帰りたい。さっさと済ませて帰りたい。


「あ…あのね、私が寝るまで頭なでなでしてくれる?」

「お断りします、それでは。」

「ちょ!ちょっと待って!早い!決断が早いよ、ぴよちゃんさま!そこも素敵!」

「……本当にもう帰っていいですか。」

「な…なでなでは言いすぎたね。あの、布団ぽんぽんしてくれるだけでいいから…。」

「何で俺がそんな彼氏みたいなことしなくちゃいけないんですか。」

「え、ぴよちゃんさま彼氏になってくれるの。」

「怒りますよ。」

「ごめんなさい。」


聞けば、昔から風邪をひいたときはご両親が寝かしつけてくれていたそうだ。
この人は中学3年生になった今でも親離れができていないらしい。
人間、弱った時には甘えたくなると言うが…年下の俺に甘えられても正直、迷惑すぎる。


「……先輩が眠ったら帰っていいんですね。」

「う…うん!!やってくれるの?」

「やらないと帰さないんでしょう、どうせ。」

「ぴよちゃんさま、私のことよくわかってるね。」

「わかりたくないんですけどね。」

























「……ん…。」


しょうがなく言われるがままに布団を叩き始めて5分。

たったの5分で眠りについてしまった先輩は、やはり熱が高かったのだろう。
先ほど飲んでいた風邪薬の作用も手伝ってか、拍子抜けするほど一瞬で寝てしまった。

…何がそんなに嬉しいのか…。
ニヤついた顔で眠る先輩の顔が面白くて、つい見入ってしまう。






ガチャッ


「うぉぉおおい、!鍵あいてん……ぞ……って日吉!?

「な…何してんだよ、お前…!」






「なっ……な…何もしてません!」





ドアの音に振りかえると、そこにはテニス部の面々が勢ぞろいしていた。

彼らの目にうつるのは、すやすやと眠る先輩と

その先輩の布団に手をおいて寝かしつける、俺。


俺だって、先輩達の立場ならきっと思うはずだ。







何だ、この気持ち悪い状況、って。













ニヤつく鳳や先輩の視線に耐えられず、荷物を持って部屋を飛び出した。



最初からお見舞いなんか行くんじゃなかった、





何故か先程とはまた別のイライラの感情を湧きあがらせながら、俺は走った。



























「…っていう夢を昨日見たんだけど、どうかな?小説にできると思う?」

そんな気持ち悪い小説、需要がないと思うのでやめておいた方がいいですよ。

「な…気持ち悪くない!乙女の気持ちがいっぱいつまってるんだよ!」


昨日まで病人だったとは思えない回復力で、またいつものような昼休みを過ごしている。
この人、友達いないんだろうか。

どうやら昨日は、本当に熱が高かったのだろう。
本人はあまりよく覚えてないらしく、俺が見舞いに行ったのも夢だと思ってるらしい。
……どうせならこのまま夢だと思っていてもらった方が都合がいい。

先輩達にはバレているから、本人が夢ではなかったと気づくのも時間の問題だが。




はぁ、また五月蝿い日々が始まる。