御題1:紙ヒコーキ




「何折ってんの、幸村君。」

「…紙ヒコーキ。」


窓から夕暮れ時の柔らかい光が差し込む部室。
今日は蓮二と放課後に買い物に行く約束をしていた。

蓮二は部誌やらデータノートやらをまとめているので、
俺はその隣で大人しく彼の仕事が終わるのを待っていたんだけど。
たまたま目の前に手頃な大きさの紙があったので久しぶりに折り紙遊びを楽しむことにした。

入院中は1人の時間が多かったから、こうして1人で作業をしていることがよくあったな。
折り紙の教本まで買って、難易度の高い折り紙作品にチャレンジしてみたり。懐かしい。


「紙ヒコーキとか懐かしいッスね。あ、こないだ俺教室で寝てたんですけど。
 そしたら頭に紙ヒコーキが飛んできて、何かと思ったら中に濃厚な恋文が書かれてたんスよねー。
 誰からかわかんなかったけど、あのラブレターはちょっとときめいたッス。」

「…初々しい女子じゃな。」

「紙ヒコーキでラブレターか…。ふふ、趣があっていいね。」

「ま、今は携帯メールっていう文明の利器がありますからね!……あ、さんだ。」


おもむろに鞄から携帯を取り出した赤也が、懐かしい名前を挙げた。
…あのさんか。


「……赤也。さんとメールしてるの?」

「そうなんスよ。毎日って訳じゃないですけどね、さん普通に1週間経っても返ってこないことありますから。」

「…珍しい女子じゃな。赤也からメールなんか来たら、女子なら喜んで返しそうなのに。」

「そこがいいんスよねー、女子っぽくないっていうか。…内容もマジ面白いッスからね。」

「なになに。見せろぃ。」

「…ぶふっ、今来たメールとか見てくださいよ、これ。」




From.さん
Sub.【速報】アリって蜂の仲間らしいよ
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「土に住むように進化した蜂」が
「蟻」っていうものらしい。

これってトリビアになりませんか?

今日はがっくんと
蟻の巣の入り口付近に飴を置くという
ボランティア活動に勤しんできたよ。

一生懸命大きな飴を運ぼうとする蟻を見て
私も頑張ろうと思いました。

だけどその直後跡部に
「このボール運んどけ、言われる前にやれタコ」
って言われました。(跡部は憎たらしい顔でした)
私は即座にボールを跡部になげつけました。
怒った跡部は私にローキックをかましました。

私はやっぱり蟻にはなれないなと思いました。

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「………何これ、日記?」

「たぶん。いっつもこんな感じっスよ。ぶっ飛んでる感じ。」

「ぶっ飛んでるっていうか…これわざわざメールするような内容じゃないだろぃ…。」

「でも質問とかしたらちゃんと答えてくれるんスよ。」

「ふーん…。どんな質問したの?」

「えー…例えば今日のパンツ何色ッスか?って聞いたら…。」

「おま…ストレートすぎんだろぃ。




From.さん
Sub.Re:
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青のストライプ!
















ジロちゃんのパンツ情報でした。
さぁ、早く切原氏のパンツの色を教えなさい。
希望としては黒のボクサータイプで
お願いいたします。私が喜びます。

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「……適当にあしらわれてんじゃん。」

「そうなんスよ。一々返しが上手いから飽きないっていうか。」

「………ねぇ、なんで赤也だけさんとメールしてるの?」

「…え?」


楽しそうに話してる赤也になんとなくイラつくのはどうしてだろう。
…きっと俺の知らないところでさんが誰かと親密になってるのが、
特にそれが立海の人間っていうのが原因だと思う。

俺を差し置いて抜け駆けなんて赤也も生意気になったもんだね。


「俺にもアドレス教えて?」

「え…や、いいッスけど…幸村部長メールとかするんスか?」

「……あんまり好きじゃないけど、さんのところまで紙ヒコーキを飛ばすのは難しいから仕方ないかな。」


自分でも、アドレスを聞いたところで頻繁にメールするとは思えないけど。
それでも赤也だけがさんとつながってるっていう事実を黙って見過ごすことはできないよね。

赤也は目を見開いて、仁王とブン太は不思議そうな顔で俺を見ている。
その目線に気付かないフリをしながら先ほどまで折っていた紙ヒコーキを解体し、
鞄から取り出したボールペンを赤也に手渡す。
一瞬戸惑った顔をしたけど、すぐに携帯を見ながら紙にさんのアドレスを書きうつす赤也。

書き終わった紙を受け取り、ポケットに詰め込む。
一連の流れを見ていた仁王やブン太も、赤也からアドレスを教えてもらっていた。
…失敗した。これじゃさんが俺だけに集中できない。
























From:
Sub:こんばんは
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幸村です。
赤也にアドレスを
勝手に聞きました。


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「……っな…う、うわああああ!ちょ…え!幸村君!?が…がっくん見て!

「うっさいな、なんだよ。………立海のあいつ?」

「え、悪戯メールとかじゃないよね…。もしかしてアレかな、これ返信したら
 自動的にアダルトサイトから請求がきたりするアレかな。

「いや、そんなサイトが幸村の名前使うわけないだろ。」

「わかんないよ…幸村君ってほら、もう神みたいなもんじゃん?崇拝対象じゃん?全人類が知っててもおかしくない…。

「バカじゃん。何舞いあがってんだよ。」

「そりゃ舞い上がるよ!ゆ…幸村君だよ!幸村君がわざわざ私のアドレスを他人から聞いてメールをくれるってことは…。」

「ことは?」

「わ…私のこと好きなのかな…。」

「でた。はモテないから、すーぐそういう勘違いすんだよなー。だっせ。」

「っく…痛いとこをついてくる…!そ…そうですよ、ちょっと目が合うと私に気があるんじゃないかと勘違いしたりしますよ!」

「…っふ。どうせ幸村も色んな奴にメール送ってんだよ。だけじゃないから、目覚ませよ。」

「うるさいうるさーい!いいじゃん、ちょっとぐらい夢見ても良いじゃん!」

「…ま。の残念すぎるメールで幸村もすぐ気づくと思うぜ。とメールするということがどれだけ時間と金の無駄か。

「……いや、成功させてみせる…!このチャンス逃さない!ふはは!見てなさいよ、がっくん!」



























「幸村部長、昨日さんにメールしたんスか?」

「うん、したよ。…内容は教えてあげないけど。」

「えー!ズルイっすよ、俺も見せたじゃないッスか!」

「ふふ。」





From:さん
Sub:朝晩の冷え込みが厳しいこの頃、お鍋が恋しい季節ですね。
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メールありがとうございました。
私なんぞに幸村君の
美しいお指で打ち込んでいただいた
文字を読む資格があるのかどうか
わかりませんが、是非とも
これからもよろしくお願いいたします。

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To:さん
Sub:(無題)
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なんで俺にはそんな
改まったメールなんだい?

赤也とのメールのように
気楽に送ってくれていいんだよ。


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From:さん
Sub:失礼いたしました。
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…ごめんね、幸村君は
私にとって雲の上の人だから、つい。

っていうか
切原氏とのメール見たの?
プライバシーの侵害やで…!

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To:さん
Sub:(無題)
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雲の上だなんて。
俺はもっとさんに近づきたいな。

そうだね、例えば
さんの
パンツの色のメールとかを
見せてもらったよ。

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From:さん
Sub:【朗報】切原氏を訴える準備が整いました。
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ひ…ひどい!
幸村君にそんな…
そんなメールを見られたなんて…
もうお嫁にいけません。

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To:さん
Sub:(無題)
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俺にも教えてほしいな。

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From:さん
Sub:詳細
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赤の水玉パンツです。

このパンツはこの間
忍足とイオンに買い物に行った時
3枚1000円で売っていたモノです。

できるだけゴムの締め付けのない
パンツを選んでいると、
忍足に「自分、女として枯れてんな」
等と言われたので、
その場で忍足の頭にパンツをかぶせました。
周りに居たおばちゃん達に
変態仮面と呼ばれ笑われていました。

もちろんその後、
書くのも怖いぐらいの
ペナルティを受けたのですが、
その話はまた今度にします。

ということで、
私のパンツはイオンのパンツです。
ご期待に添えずに申し訳ございません。

幸村君は私の女神様なので
聞かれた質問に答えないと
罰が当たると思い、書かせていただきました。

尚、このメールを読んだ所為で、
御気分がすぐれない場合は
すぐにお近くの診療所へ駈け込んで下さい
(私は一切の責任を持ちません)



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赤也はさんのメールは返事が遅いって言ってたけど、
俺にはすぐに返事を書いてくれるし、
赤也には答えなかった内容についても、俺には答えてくれる。

きっと俺にまだ気を使っているんだろうけど、
何だか赤也より俺を優先してくれているような気がして、
昨日は何とも言えない優越感に浸ってしまった。

目の前でメールを見せろと騒いでる赤也が、昨日とは違って見える。
さんとつながってるのはもう赤也だけじゃないんだよ。
余裕が表情にも出ていたのか、頬を緩ませる俺に対して赤也は明らかに不機嫌な態度を見せた。

独り占め出来なくなったのが悔しいんだろうけど、
俺を出し抜こうなんてまだ早いよ。



今日も彼女へ紙ヒコーキを送ろう。

前までは興味のなかった文明の利器に、感謝する日がくるなんて。