御題10:下駄箱開けたら…






ガタンッ


バサバサッ



「………樺地。」

「ウス。」



朝の爽やかな登校時間。
跡部は、今日も下駄箱で不機嫌なため息をついた。

下駄箱で立ち尽くす跡部の後ろや横を通り過ぎていく生徒同士が
軽やかに挨拶を交わしてさっさと教室へ向かうのを見て、さらに大きくため息をつく。

足元に感じるわずかな重み。
目線を映してみると、そこにはピンクやら白のいかにも女子らしい封筒の山。
よくもまぁ、毎日毎日何年間も手紙等というおよそ望みの薄そうな手法でアプローチをしてくるもんだ。

かといって、それらを邪険に扱う跡部ではない。
自分に寄せられる好意は、基本的に歓迎している跡部は若干の呆れこそ感じているが、
こういう手紙をもらえる事に、多少なりとも優越感や喜びも感じている。

この手紙の山を放り出して教室に行く事も出来るが、手紙の中には十中八九個人情報が記されている。
「メールください」「電話ください」そういう事を平気で書いてる連中だ。
かといって、いそいそと下に落ちた手紙を拾い集める跡部ではない。
そこは彼の側近役を任されている樺地が、サッと手紙を拾い上げ大きな紙袋に入れる。
そしてそれを跡部が頻繁に利用する生徒会室へと届ける。
この一連の流れを終えて、やっと跡部と樺地の朝は始まる。


いつものように名前を呼ばれた樺地は、手紙を拾い上げようとするが
その手紙の山の上に見慣れない物体を発見する。


「………これ…。」

「あーん?……なんだこれ。パチンコの…チラシ?」


使い古され少しくたびれたチラシが、雑な四つ折りにされて手紙の山の上で存在感をアピールしていた。
こんなゴミみてぇなもん入れる奴もいるのか、と跡部は顔をしかめるが四つ折りにされたそれを開いてみると
中にボールペンで書き殴ったようなメッセージが見えた。



電話ください☆

××-××××-××××




汚い字で書き殴られた文字と、イラっとする歪な形の星マーク。そして何故か自宅の固定電話の番号。
たまにある、男子からの悪戯かとも思ったが跡部はその文字と、チラシを見て思い当たる節があった。
ジッとチラシを見ていると、樺地が不思議そうに覗き込む。「何でもない」とそれを制し、
手に握ったチラシをくしゃっと丸めてポケットに入れ、彼はやっと教室への道を一歩踏み出した。


























「…じゃ、じゃあちょっと私今日用事あるし先帰るわ!」

「おーう。お疲れー。」

先輩、お疲れ様です!」

「うん!………ではでは…!」



バタンッ



「あー、疲れた!侑士、早く帰ろうぜ。」

「ちょっと待ち。」

「…ん…ふああぁー…あれ、もうこんな時間だC〜。…俺も帰るー。」


バタバタと帰りの準備を進める部員達。
その様子を見ながら跡部は、ソファに腰掛けてじっと時間が過ぎるのを待っていた。

そんな跡部を見て、特に誰もなにも思わないのは
普段から跡部がこうして1人で考え込んでいることが多いせいだろう。
適当な挨拶を跡部に投げかけて、出ていく部員に跡部もまた気のない返事をする。

そして、最後に残った樺地が部室の扉を出たところで
跡部は、今朝下駄箱に入っていたぐしゃぐしゃのチラシをロッカーの中に吊り下げられた制服のポケットから取り出した。


それを机に置き、戸棚に整頓されている1冊のファイルを手に取る。
マネージャーであるが1日の練習内容、部活の情報等を毎日書き記している部誌だ。

適当な1ページを広げ、今朝の不愉快な手紙の字と見比べてみる。
恐らく筆跡を変えたつもりだろうが、数字までは気が回らなかったらしい。



「……何のつもりだ、あいつ。」



眉間の皺がまた一本増えるのを感じながら、跡部はポケットから携帯を取り出した。
…そろそろ頃合いだろう。



PLLL……





PLLLL……




「……ッチ、早かっ「ふぁい!!は、はいはい!」


携帯を顔から話し、通話を終了しようとしたところで
スピーカーからこれでもかというぐらい大きな声が聞こえた。



「……誰だ、てめぇ。」

『え…!え、えーと、あのぅわたしぃ、跡部先輩のファンなんですぅ〜!本当に電話くれるなんてマジウレピー!』

「………で?」

『……で、でもあの、付き合いたいとかでは絶対なくってぇ、ちょっとお願いがあるんですぅ!』

「………。」

『ちょっとしたセリフを言ってほしいだけ…なんですぅ!』

「…あーん?」

『じゃあ今からそのセリフを言いますからメモしてくださいね?
 ≪ありのままの俺を見てくれるその瞳に俺は恋をしたんだ。≫ はい!これです!』

「…………。」

『……ちょ、早くしてくださいよぅ!も、もー、跡部先輩ったら焦らすのが得意なんだからぁ!』

「………。」

『あ、もしかしてこのセリフがお気に召しませんでしたか?じゃあ
 ≪君の存在が俺を狂わせて悪魔にさえかえるのさ≫ もしくは、
 ≪不思議だな。こんなふうに誰かを愛する日がくるなんて。想像もしていなかったよ。ありがとう。レディ≫でもいいですよぉ。
 あとは≪困った顔も可愛いな。君のすべてが愛しくてたまらない≫とかでも、いいですね。』

「今すぐ殴られたいのか。」

『い…いやだなぁ、跡部先輩そんなセリフじゃないんですぅ!もっと甘いセリフを甘い感じで言ってほしいんです!』

「いい加減にしろ、何のつもりだ。」

ぶっ!……ちょ…な、なんのことですかぁ!私があんな可愛くて素敵な先輩な訳ないじゃないですか!』

に対する、その世間の意見からかけ離れた評価が何よりの証拠だ。」

『っく…ちが…違うって言ってるじゃないですかぁ!取り合えずセリフだけ言ってください!
 私女の子なんですよ?!泣いちゃいますよ!?セリフさえ言ってくれれば、跡部先輩なんかどうでもいいんです!』

「誰がそんな気持ち悪ぃセリフ言うか。」

『っ気持ち悪いとは何事か!あんたなんか普段もっと片腹痛いセリフ言ってるでしょうが!

「…………。」

『…あ、ごめんなさぁい跡部先輩!先輩が早く言ってくれないから、変な声でちゃった☆』

「目的は何なんだ。まさか本気で俺に惚れたとかじゃねぇだろうな。」

『ぶふーっ!ど、どういう思考回路でそうなるんですかー!あんたなんかどうでもいいって言ってるでしょ!
 声よ、声!もしかしたらあんたの声が、私の崇拝するあのキャラに似てるかもっていうのを証明したいだけなのよ!
 そしてあわよくばゲームでは言ってくれないようなセリフをあんたに言わせようとしてるだけなのよ!

「…………。」

『……違います。』

「…こんな方法で嫌がらせしてくるとはな。」

『嫌がらせとかじゃないですぅ!ただ、跡部先輩の声が「わかった、今から行ってやる。」

『……え?』

「覚悟はできてんだろうな、。」

『ちょ…だからじゃないって…、やめ、やめてよ!絶対来ないで!」



ブチッ

































ヤバイヤバイヤバイヤバイ




緊急事態!どうするそうか、このままこの窓から飛び降りて…
いや…いやいや、駄目だ!飛び降りようが何しようがあいつは見つけに来る。
なんか異常にデカイSPとか連れて見つけに来る、それは怖い。

……あああああ!マジで、なんであんなことしたんだろう!
昨日の夜までは、この計画は非の打ちどころのない完璧な計画だと思ってたのに
今となっては後悔しかない…!



「……あぁ、マジでレン様かっこいい。何なの、こんな人が何故3次元にはいないの。」

……でも待てよ。なんかずっとゲームやってて思ったけど…この声って…
もしかして跡部にちょっと似てない?
跡部が私に発する言葉の8割は罵倒だから気づかなかったけど、
あいつが他の女の子とかに向ける甘ったるい声は、ちょっと似てる気がするぞ。

…ということはさ。大人の事情でゲームでは言ってもらえないあんなセリフやこんなセリフを
何とかして跡部に言わせれば、もうそれは間接的にレンと話しているということで…!

やっぱり私の想像力は無限大だ。










バカか!昨日の私はどう考えても気が狂っとる。夜中のテンションすぎる。
興奮冷めやらず朝早く登校して、跡部の下駄箱に手紙を投げ込んだところで気づくべきだったのに。
今の今まで計画は完璧だと信じて疑わなかったんだもん。

……っていうか、なんで気づかれたんだろう。声色も変えてたのに。




ピーンポーン



「……ヤバイ…、来た。」


も、もうこうなったら知らぬ存ぜぬで突き通すしかない。

私は無実だ!よし、自己暗示完了!



ガチャッ


「は、はーい……。あ、あれ〜?跡部急にどうしたの?」

「………。」

「ちょ、やめ…やめろ!いきなり拳を振り上げるのはやめて、何なの!?」

「…しらばっくれんじゃねぇ。言いたいことがあるならあんな嫌がらせじゃなくハッキリ言え。」

「……何の事を言ってるのか、わかんないけど、と、とりあえずあがりなよ。
 きっと跡部血圧があがってるんだよ、紅茶淹れるから、ね?」


よし、取り合えず落ちつけよう。
跡部が勝手にキレて、勝手に私の家に襲撃したんだぞ、お前が悪いんだぞという洗脳にかけよう。
大丈夫、落ち着けばボロは出ないはず、証拠は何もないんだから。


「…そ、それにしてもどうしたの?跡部。そんな怖い顔しちゃってさぁ。」

「………朝、下駄箱開けたら。」

「…開けたら?」

「今まで見たこともねぇような、庶民丸出しのおよそ人に出す手紙とは思えないような物体が入ってた。」

「…そう…なんだ。その中は何て書いてたの?」

「電話しろ、って電話番号が書いてあった。」

「じゃ、じゃあそれ跡部のファンの女の子じゃん!跡部とお話したかっただけなんだよ!」

「固定電話の番号だぞ。」

「……携帯持ってない子なんじゃない?」

「今時そんな奴いるかよ、携帯の番号だと都合が悪かったんだろ。」

「………ん?」

「…そいつの携帯番号は俺に知られてるから、苦肉の策で固定電話の番号を書いたってことだ。」

「…っ…うわー、跡部あんた意外と頭いいんだね。私そんなの思いつかないわー。」



ヤバイぞ、こいつ完全に気づいてる…!めっちゃ睨んでるめっちゃ怖いんですけど!
震える手で紅茶の入ったカップを握りしめ、俯くことしかできない私に
突き刺さるような視線を投げかけてくる跡部は、まだ言葉をつづけた。


「…あとは、この手紙の…用紙だ。」

「よ、用紙?」

「…好きな男に手紙を出すときにこんなパチンコのチラシの裏なんかに書くか?

「…そ、それは人それぞれじゃないのぉ?もしかしたら便箋買うお金もないぐらい貧乏な子かもしれないじゃん!
 そんな健気な可愛い女の子かもしれないじゃん。」

「あり得ねぇ。今まで何通も下駄箱に手紙が入ってたが、こんな雑なことする奴はいない。」

「………。」

「学園の中全部探しても、こんなことするのは…1人しか考えられない。」

「……だ…だだだだ誰だろうねぇ、わっかんないなぁ!でも、その子がもし見つかったら、跡部どうするつもりなの?」




「俺の全力をかけて嫌がらせしてやる。」




ガチャンッ



お…おわぁ…、怖すぎてコップを置く手も震えてしまってるよ、こんなんじゃ気づかれるよ!
…っていうか全力をかけた嫌がらせってなんですか、まさか人身売買とかじゃないですよね。
いや、でも跡部ならやりかねない。こいつはやるって言ったらやる男だから。
ミスタードーナツで食べたポンデリングが美味しかったからって、全店舗のポンデリング買い占めようとする男だから。


カタカタと震える手を抑えながら跡部を見ると、
ニヤニヤした顔で手にあるモノを持っていた。


片手には今朝私が放り込んだ手紙、片手には見慣れた部誌。


「…見ろ。この数字の筆跡がお前の書いた部誌のソレと完全に一致してる。」




………っく、ここまでか…!

志半ばで散りゆく娘をお許しください、お母さん…!!







「…す…すいませんでしたぁああ!なんとか海外輸送だけは許していただけないでしょうか跡部様!

「許さねぇっつっただろうが。」

「そこを…そこをなんとか!この通り!この通りですから!」

「なんでベッドの上で土下座してんだよ、普通床だろうが。

「いや、それは屈辱的すぎるじゃん?だからちょっとでも高い位置からあんたを見下ろしてやろうと」


そこまで言って、ヤバイ、と思ったのですが



気づいた時には視界が180度変わってて





目の前には憎たらしい顔をした跡部、と見慣れた天井。







「……ちょっと、何?」

「嫌がらせだ。」

「……本気で嫌だからどいてください。」


本当の跡部ファンなら発狂モノの、「ベッドで押し倒されちゃった☆」という少女マンガ的展開。
でも、常日頃からアンチ跡部を叫んでいる私にとっては不愉快極まりないイベント。

私の嫌がる顔を見て嬉しそうにする跡部。
なるほど、全力をかけた嫌がらせだわ。


「…どかない。」


そう言って、私の手首を押さえつけ顔を近づけてくる跡部。

近づいてくる顔を見て、一瞬頭がフリーズしたけど





これはマジで緊急事態だ。



「ちょ…ちょちょちょ、やだやだやだ!待って!落ち着いて!話しあおう!」

「…何だ、照れてんのか?」

「どこをどう見たら照れてんのよ、ポシティブシンキングもそこまで行くといっそ阿呆だよ!ねぇ、本気で無理!」


なんとか腕を振りほどこうと暴れても、跡部の本気の嫌がらせには敵わない。

私の言葉に耳も貸さない跡部。いよいよ、奴の顔が判別できない距離まで近づいてきて



このまま本当にキスされたら、私は絶対にこいつを公式な場で訴えよう
訴えてお金と社会的地位を全てむしりとってやろう
と思いながら、泣きそうになっていると



予想に反して、跡部の顔は私の口元を通り過ぎた。


耳元に温かい息がかかったかと思うと







…。困った顔も可愛いな。君のすべてが愛しくてたまらない。」

























「おっはよー、!昨日どうだった?跡部君にゲームキャラクターの声出してもらえたの?」

「真子ちゃん、その話はやめて。」

「…何よ、やっぱり怒られた?」

「………あのね、やっぱりあのセリフって二次元だから…ゲームだからいいんだって気づいたよ…。
 現実でね…言われると……、全身にたった鳥肌がしばらく収まらなかったよ…。

「…ほら、私が言った通りじゃーん!ゲームなんかやめて、現実見なさいよ。」

「…いや、より一層二次元の方がやっぱりいいんだっていう気持ちが強くなった。
 私さぁ…今後大人になっても…女の子が皆いつかは体験するようなあんな恐怖イベント耐えれないよ…。」



話が見えない真子ちゃんは曖昧に笑った。
その優しい笑顔を見て、やっぱり私はあんなことを思いついた過去の自分を責めたくなった。


跡部なんかに頼んだ私が馬鹿でした…!