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跡部の場合






未だにわからない。
ずっと一緒にいるはずなのに…
宍戸やがっくんが考えていることなんて
手に取るようにわかるのに、

あいつだけはわからない。

わかったと思っても、実はわかっていなかったり
それはきっとあいつの、跡部の頭のネジが80本ぐらい飛んでっちゃっているからだ。

私が鈍感なんじゃなくて、あいつの思考回路が斜め上すぎるだけなんだ。















「…ねぇ、跡部。」

「なんだ。」

「ちょっと…ちょっと聞きたいことがあるんだけど…。」

「さっさと言え、お前の話に耳を傾ける時間がどれだけ惜しいかわかってんのか。」

「…なら、単刀直入に聞きます。」

「おう。」

「わた…私のゲームが一本も家に見当たらないのですが、心当たり「没収した。」

「………え、いや、アレだよ?私が命より大事にしてる「没収した。」

「……マリオとかとは訳が違うんだよ。あのゲーム達には大事な彼氏が「売った。」

「は?」

「だから、売ったって言ってんだろうが。話はそれだけか?」







放課後。
高校の制服を着たまま、私達はとあるカフェに居た。
呼び出したのは、私。

誰も信じないと思いますが、私だってまだ信じてませんが
なんやかんやとあって、いつの間にか

私と跡部は付き合うことになっていました。

付き合い始めて約2か月。
今までの友達関係と特に変わることもなく、
いや、思い切って言うと友達関係よりもさらに悪化したような状態が
ここ最近続いています。

私だって乙女です。
誰が何と言おうと戸籍上でも女子なんです、華の女子高生なんです、人類最強の時代なんです。
そりゃ、なんというか彼氏と毎日笑って過ごしたいじゃないですか。

真子ちゃんみたいに、彼氏と遊園地行ってきたんだ〜、とか言いたいじゃないですか。
中学時代からの友人達だって、やれ彼氏と初の接吻をしただの、
やれ彼氏のご両親様にご挨拶をしただの言っているというのに…



今、目の前にいる私の彼氏は何と言いましたか?



彼女の……彼女の所有物を売った…?





「てめ…っ、それ犯罪だからね!?な、なんでそんなことしたの!?」

「お前がいつまでも気持ち悪ぃゲームばっかやってるからだろ。」

「だからって売って良い訳ないでしょ!ちょっと、本当もう…取り返しに行くよ!」

「アーン?いい加減あんなもん卒業しろ。」

「っ……、ほ、本当に売ったの?」

「そう言ってんだろ。」


目の前で長い足を組みながら、涼しい顔でカフェオレを嗜む跡部。
テラス席にいる女性達の視線を一身に集めていることなんて、気にもしていないようで
いつもながらの態度で、ボーっと景色を見つめている。その目には私なんて映っていない。


「………許さない。」

「あ?」

「…跡部なんか…大嫌い!」

「……てめぇ…」

「大体、なんでいつもいつも唐突なことすんの!?一言相談してくれればいいじゃん!」

「…………。」

「お小遣いに困ってるからって人のモノ勝手に売っていいわけないでしょ!?」



怒りにまかせてバンッとテーブルを叩くと
周りの女性の視線が変わる。

「カッコイイ彼氏、うらやましい〜!」という羨望から
「ヒドイ彼氏」へと成り下がった跡部、だけど同情の余地はない。




「……お前…、俺が金に困ると思うのか?」

「だから売ったんでしょ!?酷いよ、絶対に許さないから!」

「………。」

「大体お金が欲しいなら、自分で写真集でも何でも発売すればいいじゃない!
 なんで私の所有物を質に入れるっていう選択肢がそこで出てくるのよ!」

「それ以上大声出すなら、ここで仕留めるぞ。


眉間に思いっきり皺を寄せた跡部が、ガタっと立ち上がる。
昔からの習性で一瞬怯んだけど、ここは負けちゃいけない…!

自分の彼氏に、一般人の常識を教えるのも…大事な彼女の役目だと思うから!


「び…びびらそうったってダメよ!とにかく!全部きっちり取り返してこないと許さない!」






































「…っていうことがあってね…どう思う?真子ちゃん。」

「……跡部君っていう彼氏がいるんだから、ゲームなんてどうでもいいじゃん…。」

「まっ、真子ちゃんまでそんなこと言うの!?それとこれとは別だよー!」

「…それに、跡部君がお金に困って売ったとは思えないけど…。」

「じゃあ他にどんな理由があるっていうの?」

「んー…。あ、もしかして嫉妬したとか?」

「何に?」

「だからー、彼女が他の男にうつつを抜かしてることにだよ。」



しばし考える。
あの跡部が嫉妬?数秒想像して、プっと噴出してしまう。



「ないない!どんなプラス思考なの、真子ちゃんったら。」

「いや、ごく自然な流れの考えだと思うんだけど…。」


机を叩いて笑う私に、呆れ顔の真子ちゃん。
少しだけ気分が晴れた気がする。やっぱり笑顔はいいね…。

お昼休みに、こうやって真子ちゃんと笑うことが
今の私を支えていると言っても過言ではない。

…跡部といても、笑顔になることなんてないし
まず跡部だって笑ってないし、いつも彼女に対する態度とは思えないレベルで
辛辣な言葉ばっかり投げつけてくるし。

本当になんで付き合ってるんだろう、っていつも自問自答するけど…
フと窓の外を見てみると、そこには見慣れたテニスコート。

とてもテニスには見えなくて、まるでライブ会場のようだけど
その中で一際輝いて見えるのは、跡部。

そうなんだ。
きっとあのテニスをしている時の跡部が…
私の心を繋ぎとめる一本の糸なんだ。

最初は単純に面白かった。
テニスの試合中にあんなギャグぶっこんでもいいんだ、って思った。

だけど本人は真剣そのもので。
いつの間にか、悔しいけど、私も普通の雌猫になっていたんだと…思う。



「とにかく早く仲直りしちゃった方がいいよ。跡部君の周りにはたくさんの誘惑があるんだからさ。」

「へ?どういう意味?」

「だからー、そんな毎日喧嘩してばっかりじゃすぐに誰かに取られちゃうよってこと。」

「……それはやだ。」

「じゃあ仲直りしなきゃダメでしょ。大体は素直じゃないからなぁー、特に跡部君には。」

「…だって…何か、負けた気がするじゃん…跡部に屈服するみたいでさ…。」

「その考えがよくわかんないわ、何でそこで屈服っていう単語が出てくるの?


真子ちゃんに言われて、何だかフと不安になった。
確かに…なんか付き合う前から慣れっこだったから気にしたことなかったけど…
跡部の周りには可愛い子がいっぱいいるし…実際跡部も満更でもなさそうだし…
そう言われてみると、私は容姿だけじゃなく、なんていうか「可愛い態度」も取れてないし…

何より昨日だってその前だって、ずっと喧嘩ばっかりしてる気がする。



「…真子ちゃん、どうやったら喧嘩しないで笑って過ごせるんだろうか。」

「まずは怒らないところから始めないとね。」

「跡部の方から積極的に喧嘩を売って来た時はどうすればいいですか。」

「どういう状況かあんまり想像できないけど、笑顔で対応すればいいよ。」

「笑顔の私に≪なめてんのか≫と暴力をふるってきた時はどうすればいいですか。」

「それもう彼氏彼女の話じゃないよ!私にそんな難問つきつけないでよ!」


まずは怒らない…笑顔で…笑顔で…。

































「あーとべっ!」

「…………何だ気持ち悪ぃ。」

「ぐっ……。」


放課後。
いつものようにテニスコートに跡部を迎えに行くと
明らかに不機嫌な顔の跡部。

お昼に話した真子ちゃんとの会話を思い出しながら
必死に理性を抑える。ダメだ…沈まれ…沈まれ私の闘争心…。


「迎えに来たよ!一緒に帰ろっ!」

「…………ははーん…。」

「…な、何?」

「無駄だぞ。俺様の機嫌をとっても売ったもんは返ってこねぇ。」


ニヤリと微笑む跡部がもう悪魔にしか見えません。
別に機嫌を取ろうと思ったわけじゃないけど、
そんなに私の笑顔対応は不思議でしたか。裏があるように見えましたか。


「…その件はもう…諦めたよ。いいんだ。丁度いい機会だしね。」

「え!いいのかよ、!なんだよー、賭け損じゃーん。」


跡部の後ろからわらわらと出てきたのは、お馴染みの氷帝メンバー。
がっくんが口をとがらせて叫んだ内容に、他の皆も頷いて同意している。


「何の賭けごと?」

「跡部から話聞いてさー、怒ったが絶対今日一揆起こしにくると思ったんだよ。

「バット振り回しながらな。」

「いつからそんな牙の抜けた漢になってもうたんや、。見損なったで。」

「わ、私はもう大人なんだからそんなことで…そんなことで心乱されないんだから…!」

「よく言うぜ、昨日は拳震わせながら泣いてたじゃねぇか。」


こちらも見ずにスタスタと歩いて行く跡部。
ちくしょう…お前のせいだろって…今すぐ飛びかかってバックドロップ決めたい…。


「だからー、そんな毎日喧嘩してばっかりじゃすぐに誰かに取られちゃうよってこと。」


真子ちゃんの言葉を思い出しながら、必死に心を静めた。



「ねぇねぇ、ちゃーん。駅前にできたお店のチーズケーキ食べたー?」

「えー、まだ行ってない。ジロちゃんもしかして行ったの?」

「ううん!ちゃんと行こうと思って我慢してた!」

「……っジロちゃん…!行こう!ありがとうね!」

「えへへー、行こう行こう!」

「あ、俺も行くー。財布忘れたからのおごりな!」

「いや…財布忘れたなら帰りなよ、がっくん…。」

「……俺だってと行きたくて、我慢してたのに…。」

「っ、ご、ごめんがっくん!いいよ!私おごる!がっくんの気持ちを踏みにじってごめんね!」

「ほんまちょろいな、お前は。アホちゃうか。」

「忍足はおごらないよ。」

なんでそんないきなり真顔に戻れるねん。ムカツクわー。」


天使の登場により段々と晴れていく心。
わらわらと皆に囲まれて、いつの間にか足は駅前へと向かっていた。

その群れから外れたところにいた跡部に声をかけてみたのだけど、
チラリとこちらを見てそのまま去って行ってしまう。


「…跡部、来ないのかな。」

「E〜じゃ〜ん、早く行こっ。」

「う、うん……。」








































「あ、跡部おはよ。」

「………あぁ。」

「ねぇ、昨日なんでメール返してくれなかったの?」

「………。」

「いつもは何となく返事くれるのにさぁ。」

「………。」

「ちょっと、聞いてんの?」

「うるせぇな…。」

「え?」

「朝からギャアギャアうるせぇっつってんだよ。
 あんな意味わかんねぇメールに誰が返信なんかするか!」

「……っ…。」


怒られた。
何か、今朝はご機嫌斜めの様子だ。
何でだろう、昨日送ったメールが悪かったのだろうか…。

跡部が興味ある内容にしようと思って、
戦国時代の戦い方について教えてあげたのに…。
自分のことをキングと自称するぐらいだから
兵法とかに興味があるのかと思って頑張って調べたのに…さ。

じっと沈黙している私に目をくれることもなく
さっさと靴を履き替え、去っていく跡部。


「…待ってよ、跡部。」

「うるせぇ、ついてくんな。」

「何怒ってんの?お腹空いたの?」

「………。」


クルリとこちらを振り返った跡部の顔は
ひくひくと引きつったような笑顔だった。


「…一々ムカツクんだよ、てめぇは…。」

「あ?何がムカツクっていうのよ、ムカついてんのはこっちよ。」

「………アーン?」


プチっと自分の中で何かが切れる音がした。
ここが全学年、全生徒が通る廊下だなんてことすっかり頭になかった。
私の目に映っているのは、この憎たらしい顔をした跡部だけだった。

仁王立ちして、私を悠々と見下す跡部。
何に怒ってるのか知らないけど、朝からこっちだって気分悪い。



「こっちが大人になって折れてやろうとしてんのにさ。」

「どこが大人なんだよ。」

「まさかついこの前のことも忘れたっていうんじゃないでしょうね。
 私のゲーム売ったことだって、水に流してあげようとしてるのよ。この!寛大な!心で!」

「それぐらいのことで、心が広いだの大人だの騒いでんじゃねぇよ。
 お前はもっと根本的なところで幼稚だっつってんだろ。」


「何が幼稚なのよ!跡部の方がもっともっと幼稚よ!いっつもいっつも怒ってさ!」

「誰が怒らせてるか考えたことあんのか!そのツルッツルのショボイ脳みそで考えてみろ。

「はぁ!?私は楽しくやろうとしてんのにあんたが突っかかってくるんでしょ!
 あんたこそ、そのお気楽でパッパラパーな思考回路もっと回転させて思い出してみなさいよ!

「一々無駄な煽り入れてくんじゃねぇ、それとそのすぐ実力行使に出ようとする癖も直せ。」


私が姿勢を低くして、右足を少しだけ引いた瞬間に
がっちり掴まれた頭部。ちくしょう…ちくしょう、一歩遅かった!


「いっ…痛い痛い痛い!どっちが実力行使に出てんのよ、あんた言ってることとやってることが
 随分矛盾してるのよ!何年も前か…らっ!」

「っ……この…、自分の男に渾身のローキック入れる女がいるか、普通!

「可愛い彼女にアイアンクローを躊躇なくお見舞いする男の方が神経疑うわよ!」

「そうやって事実無根の修飾語を挟むのが、こっちの神経を逆なでしてるんだろうが!」

「事実無根って何よ!感じ方は人それぞれでしょ!跡部だって、さも自分は顔が良いです〜、みたいな感じで「良いに決まってんだろ。」

「…っ跡部よりカッコイイ男の子なんていくらでも「いるわけねぇだろ。」













「………………そんなことを真顔で言うのがムカツクって言ってんのよ!!」




「あぁ?お前、何言われても怒らない寛大な心を持ってるんじゃなかったのかよ。」

「………っ…もう知らない!跡部なんか…トイレ我慢できなくて授業中におもむろに手を上げて恥ずかしい思いすればいい!」

「ピンとこない悪態つくのも悪い癖だな。」

「うるさいうるさいうるさい!もう知らない!」

「はっ、この俺様に口喧嘩で勝とうなんて100年早いんだよ。」

「〜っ…!」


悔しい悔しい悔しい…!

軽くギャラリーが出来ていたその場所を抜け出し
私は屋上へと走った。

走っている途中に涙が溢れてくる。
なんで…なんで普通のカップルみたいに楽しい一日を迎えられないんだろう。

どうして朝から男子も軽く引くレベルの喧嘩してるんだろう。

そんなことを考えながら必死に走った。
いつもより長く感じた屋上までの道のり。
思いっきりドアを開けると、そこには思わぬ先客がいて、
一瞬立ち止まる。その後すぐに目元を拭った。泣いてるなんて思われたくなかったから。



先輩?何ですか。」

「……ぴよちゃんさま…。お、おはよ。ぴよちゃんさまこそここで何してるの?」

「……教室、五月蝿いんで。」


そう言って体育座りをしている彼が見せてくれたのは
一冊の本。…なるほど、ここで読書をしてたんだね。

ゆっくりと距離を縮め、隣に座ると
意外にも文句を言われることもなくすんなりと受け入れてくれた。


「……ねぇ、ぴよちゃんさま?」

「……何ですか。」

「私って、そんなにいつも怒ってる?」

「…どちらかというとバカみたいに笑ってるイメージですね。」

「……だよねぇ。」

「………跡部さんと何かあったんですか。」

「…喧嘩した。」

「あぁ。いつものことですね。跡部さんといるときは大概怒ってますもんね。」

「…そうなの?なんで?」

「知りません。」


本を読みながらなんとなく答えてくれるぴよちゃんさま。
私はというと、第三者の思わぬ感想に驚いた。

…私、跡部といるときは怒ってるんだ。



「……急に跡部さんと先輩がいちゃつきだしても気持ち悪いと思いますけど。」

「……うん、それは確かに気持ち悪い。」

「だったら、それでいいんじゃないんですか。」

「…………ぴよちゃんさま…。私の恋愛相談乗ってくれてありがと…。」

「なんかそういう解釈をされると嫌なので、この一連の記憶消してもらっていいですか。」

「……うぇ…ひっく…。」

「ちょ…っと、何泣いてるんですか…。」


急に泣き出した私に驚いたのか、
ぴよちゃんさまが心配そうに覗きこんでくる。



「……私だって…友達に彼氏自慢したい…。」

「…十分自慢できる彼氏だと思いますけど…。」

「ちが…ひっ…っく…、もっとなんか…幸せアピールしたい…。」

「…確かに、先輩達からは幸せな感じは伝わってこないですね…むしろ毎日修羅場っぽいというか…。

「でも…でも、どうしてもそうなっちゃうんだもん…。気づいたら拳を握りしめてる…っく…うっ、だもん。」

「はぁ…、もうそれは先輩の性格上どうにもならない問題なのでは…。」

「がんっ…頑張って…笑ってても、跡部は…いっつも不機嫌だし…。」

「………。」

「結局……何しても笑ってくれたことなんて…みっ見たことないもん。」

「…笑い合う先輩達を想像すると…少し怖い気もしますけど…。

「……ふっ…ふふっ……、う、うん確かに…フフっ、そうかもしれない…。」


必死に目元を拭っている時にも、ぴよちゃんさまの冷静すぎるツッコミが耳に残る。
確かに想像してみたけど…笑いあう私と跡部って…幸せオーラというより、
どっちかというと開戦間際の静けさ、みたいな感じに思えちゃうよね。

ちょっとツボに入った。
笑いが止まらなくなって、自然とさっきまで泣いてたことまで何か面白く思えてくる。



「あははっ…もう…ぴよちゃんさまのつっこみ酷過ぎるよ。」

「………嵐に巻き込まれるのは嫌なので、行きますね。」

「へ?なんで、まだチャイム鳴ってないよ?」


スっと立ち上がったぴよちゃんさまが、立ち去ろうとした。
フと後ろを見ると、そこにいたのは













「………跡部。」











仁王立ちして尚も怒っている様子の跡部。
その隣をすり抜けていくぴよちゃんさまに目もくれず、
視線は完全に私にロックオンされていた。



「……なっ…な、何よ。」

「…………。」

「……。」

「…バカで愚鈍でどうしようもねぇお前に、教えてやる。」


ジリジリと近づいてくる跡部に、段々と恐怖心が湧いてくる。
座りこむ私を見下すその視線は冷たい。


「…お前を女として見てる奴なんていないことも知ってる。」

いきなり精神攻撃?…な、何。とどめ刺しにきたの!?怖いよ、すいません!もうわかったから!」

「……その事実から目を逸らしたいが為に、二次元に走ってるのも知ってる。」

「………っく…、やめてもう今涙腺弱いから。辛いから。」


ついに跡部が目の前までやってきて
私は本能的に頭を隠す。
間違いなくこの流れは跡部が暴力を振るう流れである。

目を固く閉じていると、
跡部の声がほんの目の前まで近づいてきていることに気付いた。









「だからって、他の男にだらしねぇ顔見せてんじゃねぇよ。」










降ってくるはずの拳骨が降ってこない。

その代わりに、何だか聞きなれない声色で、聞きなれない言葉が聞こえた。


「……へ?」


恐る恐る頭のガードをはずし、目を開いてみると
すぐそこに跡部がしゃがんでいて、
見慣れた顔が私の近くに迫っていた。



「…なんで俺と居る時は胸糞悪ぃ顔して、日吉には笑いかけてんだ。」

「………そ、それは跡部が笑わないから…。」

「違う。日吉はお前に笑いかけねぇだろ。」

「確かに。」

「お前が悪い。」

「……でも、…でも」

「でも、じゃねぇ。ごときにイライラさせられる心的ストレスを考えろ。」

「………ごめん。」



いつも見ている、心底ウザそうな顔じゃなくて
中々シリアスな顔でそんなことを言うもんだから、つい謝ってしまった。

真っ直ぐ私を見つめる、日本人離れしたその瞳を
こんなに至近距離で拝むことなんかなかったから、
つい恥ずかしくて目を逸らしてしまう。どうやったらそんな綺麗な顔に仕上がるんだ。

取り合えず、跡部の言い分はわかった。
それに確かに私も悪い。
自分から幸せオーラを逃すぐらい、怖い顔してたんだと思う。毎日。

今日からは…今日からはもう怒るのはやめよう。
跡部だってきっと…きっと笑ってる私が好きなはずだよ!



「ねぇ、跡部。今日からは私、たくさん笑うね!」

「…アーン?」

「だから、跡部もその眉間にしわ寄せて怒る顔やめてさ。ハッピーカップルになろうよ!」

「……そのバカっぽい日本語のセンスどうにかならねぇのか。」



呆れ顔の跡部が私の隣に座る。
風にさらさらとなびく髪の毛に、どこか嬉しそうな表情。
悔しいけど、素直にカッコイイとか思ってしまった。

なんだかそれが恥ずかしくて。
赤くなっているだろう顔がばれないように
私は寝転んで空を見上げる。
今日も空が綺麗だなぁ。……まさか跡部とこんな青春っぽいシチュエーションを過ごせるとは。

毎日喧嘩ばかりの頃が、もう過去に思える。
今までのくだらない喧嘩の数々を思い浮かべて
ついつい声を出して笑ってしまった。


「何笑ってんだ。」

「いや?…っふふ、ほら。この前跡部が≪雰囲気≫のことを≪ふいんき≫って読んでるのを注意したら喧嘩になったじゃん?
 それ思い出してた。本当くだらなかったね、あの時間。」

「…が2時間もそのネタで馬鹿笑いするからだろ。しつこいんだよ、お前はいつも。」

「ふふっ、ゴメンって…。へへっ…、でもさ。なんだかんだこうやって思い返してみると
 跡部と居る時に喧嘩してることも多いけど、笑ってることも多い気がしてきた。」

「…………。」

「これからはもっと笑える想い出を













そこまで言いかけて、私の言葉は封じられた


すぐ目の前には影がかかった跡部の顔


綺麗な空を背景にした彼氏は何故だか驚いたような顔をしていて


それが何だか面白くて、数秒後にはプっと噴き出してしまった。



































「ねぇねぇ、ねぇねぇねぇ、跡部。跡部ってば。なぁなぁ。」

「なんだよ、うるっせぇ!寝ようとしてんだろうが!」

「今日さ、そういえば、そっそのさ、あの」

「お前…意地でも自分のペース崩さねぇな…。日本語もしゃべれねぇのに話しかけてくるんじゃねぇ。」

「いや、ちょっと待って。……ふぅ、よし。言うぞ。」

「だから早く言えよ。」



学校からの帰り道。
今日は跡部のお迎えリムジンに同乗させてもらっている。

何度か経験はあるものの、やっぱり緊張する空間だ。
これでもかと言うほどリラックスする跡部は
制服を着崩してダラっと座っている。
一日の始まりがあんな感じで疲れたのか、
アイマスクをおでこに貼り付けて就寝モードに入ろうとしてるらしい。


対する私は握りしめる拳にじんわり汗までかいているというのに。





「跡部さ…、ど、どさくさにまぎれて…













 ちゅ、ちゅー…したよね…。」






































「いや…だから、なんだよ。

「え…、いやいや…なんだよじゃなくて…。そ、その仮にも初めての接吻な訳だしさ…」

「気持ち悪ぃな、キスの1つや2つで興奮してんじゃねぇよ。」

「ちょっ、興奮とかそうじゃなくて…っていうか1つや2つって…あ、あんたねぇ…!」

「…つーか…、なんで改めて言うんだお前…。処女丸出しだな。」

「なっ!!ちょ、う、ううう運転手さんとかもいるのにそんなしょ…しょ…この破廉恥野郎!!」

「っ、いってぇな…。聞こえねぇようになってんだよ、馬鹿か。テンション上がってんじゃねぇぞ。」




そう言ってニヤニヤ笑う跡部に、またフツフツと怒りが湧いてくる。
衝動的に殴ってしまったけど、恥ずかしさからの攻撃だと跡部もわかっているのか、
いつものような反撃もない。………ああ、悔しい。



「…あ、跡部にとっては何百回もあるうちの1回なのかもしれないけどさぁ…。」

「…………。」

「私は…ほら、そのなんていうか…彼氏とのちゅーには昔から憧れがあったわけで…。」

「…………。」

「だから、その……えーと、何ていうのかな。あんな一瞬の幻想みたいな感じも…良かった、んだけど」

「………………。」

「で、ででで出来れば……あの、もう一度ちゃんと想い出に刻み込みたいと言うか…。」



言った。


顔から全ての血が噴出しそうなほど恥ずかしい。
じんわりどころか、滝のように汗をかいているのがわかる。

跡部の顔を見るのが怖すぎて、堅く目を閉じていたのだけれど
あまりにも長い沈黙が胸をざわつかせる。
…さ、さすがにドン引きされたかな…








「……って…、ね、寝てんの…?」







意を決して目を開けてみると、アイマスクをばっちり装着して
就寝モードに入っている跡部。

ま…まさか、今の恥ずかしい独白を1つも聞いてなかったのか…!?



「…ね、ねぇねぇ跡部。」

「………。」

「…っく、くっそ、段々ムカついてきた。寝かせるもんか…!おい、跡部ってば!




ぐらぐらと揺さぶっても、頑なに姿勢を崩さない跡部。

アイマスクを取ろうとすると、必死に手で抑える跡部。





「ちょっ、何なの!寝たフリするとかヒドイ!そんなに嫌か!!」

「…………っ。」

「は、恥ずかしいこと言ったのに!スルーは…スルーは結構恥ずかしいからやめてよっ!」






「………うるさい、黙れ。」






やっとしゃべった。

こうなったら意地でもこのアイマスクを剥いでやる…!

がっちりと手でアイマスクを抑えた跡部の顔を無理矢理覗きこむと




いつもは透き通るように白い肌が、私と同じように真っ赤に染まっていた。





「……跡部、耳まで真っ赤。」

「…………黙れっつってんだろ。」






その姿が無性に可愛くて、嬉しくて。不覚にも萌えてしまった。


跡部なんかに。