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忍足の場合
「ねー。この前の漫画の続き読んでいい?」
「そこらへんに入ってるんちゃう?」
「んー……。お、あったあった。」
この前、忍足の家に遊びに来た時。
その日は一日中雨だったこともあって、家でゴロゴロとしながら
お互いに漫画を読みふけるという、なんとも堕落したデートをしていた。
デート、と言ったのは
単に2人で遊んだからデート、という意味ではなく。
どこでどうルートを間違えたのか、気づけば私は
この忍足と付き合うという誰も予想出来なかった結末に落ち着いていた。
「…自分、パンツ丸見えやないか。」
「パンツじゃないからいいんですー。これは短パンですー、おじいちゃんみたいなこと言わないでくださいー。」
「…汚いもん見せやがって。」
「きたな…ちょっと、そういうこと言う?どう考えてもサービスでしょ。」
「どっちかと言うと、こっちが金払って欲しいぐらいやわ。」
「………っち、こっちが気遣って生脚スタイルで遊びに来てやってるっていうのに…。」
「ぶっ、ふふ…ちょっ、待って…。いつも脚出してるの…そういうことやったん?」
「そうよ。がっくんがしきりにアドバイスしてくるからさー…。」
「ごめんな、これ言うたら怒るかもしれんけどな…、別に、あのの脚には「あ?」
「…だから、の脚には興奮せえへ「それ以上言ったら、そこのポテチを掴んだ手でこの漫画を読むよ。最終ページまで読むよ。」
「やめろや、それ軽犯罪やからな。」
「……ふん。」
「……なんや、拗ねたんか。」
「違うし、今漫画いいところなの。邪魔しないでよ。」
「なんやねん、自分勝手やな。」
そう言って、机に向き直る忍足を横目に
私はゴロンと寝がえりをうち、背を向けた。
くっそ…なんというか、こういうやり取りはいつものことなんだけど、
やっぱり腑に落ちない。これ、彼女の意味あるのか。
っていうか彼女って一体何なのだろうか。
確かに一緒にいて楽しいけどさ、こういうやり取りも面白いと思っちゃうのが悔しいけどさ、
でも……。
いつも友達に言われるセリフが頭に浮かぶ。
「忍足君ってエロそうだし、もうやることやっちゃってんでしょー!きゃー!」
「噂では忍足君って中学生の時から大学生の彼女と付き合ってたらしいよ。やっぱ大人っぽいもんねー。」
「、忍足君と付き合ってるのに何だかいつまでも女性ってより、女子って感じだよね。」
「早く忍足君に女にしてもらいなよ〜!そんで報告してね!あの声でどんなこと囁かれるのか気になるー!いいな、ー!」
彼女達に悪気はない。
私ももう高校生だ。
少し気恥ずかしいけど、あの忍足と、歩く公然猥褻物のような忍足と付き合っているのだ。
彼女達が色々と想像してしまうのもわからなくはない。
付き合って半年近く経とうとしている。
もし私が、普通よりも大人びた女性だったり
忍足のツボをピンポイントでつくような女の子なら
そういうことがあっても不思議じゃないぐらいの月日が経っている。
だけど重要なのは、忍足と付き合っているのが
この私、ということだと思う。
中学生の頃から男女を意識したことのないような私と忍足。
むしろ男友達の延長線上で考えているんじゃないかと思うことの方が多い。
そういう関係の打開策をがっくんと相談しているとき、
がっくんは終始苦虫を噛み潰したような顔で、
「正直、侑士とのそういうの想像するとちょっと吐きそう」
なんてことを言うんだけれども、何とかそこを食い下がって出た解決策が
先程の「生脚誘惑大作戦☆」だった訳だ。
はりきって生脚が映える服を買ってみたり、
ちょっと寒い日とかでも頑張って生脚で頑張ったりしていたのに、
効果は0だったということだ。
忍足風に言うなら、段々とアホらしくなってきた。
よく考えてみると別に忍足とそういう関係になりたい…
という訳でもない気がする。
ただ単に、道行く他の女の子やクラスの女子には色気を感じているだろうアイツが
彼女である私には何も感じていないというのが悔しかっただけなのかもしれない。
忍足なんかにヤキモチを妬くのはプライドが許さないし、
そうじゃないって信じたいけど…。
実際今読んでいる漫画の内容が全然頭の中に入ってこないのは、
やっぱりそういうことなのかもしれない。
「。」
「…なにー?」
「そろそろ宿題やりや。何のためにうち来てん。」
「えー……。まぁでも今回は少ないんだけどねー、私次当たらないし。」
そうだった。
今日は宿題を早めに終わらせるために来たんだった。
もはや1ページも印象に残っていない漫画を棚に戻し
ベッドから降りると忍足はまた机へと向き直る。
勉強机に向かってじゃないと勉強が出来ないという、
根っから真面目なんだろうなぁという忍足とは対照的に
私は自分の家がそうだからなのか、何なのか。
部屋の真ん中にある背の低いテーブルに持ってきた教科書を広げ
テーブルにもたれかかったダラっとしたスタイルで
宿題をしぶしぶ始めるのだった。
持ってきた鞄の中からアイポッドを取り出し
耳に装着する。勉強する時何か音楽がないと駄目なタイプなんだよね。
耳から流れるアイドルソングで、
下がっていたテンションが少し回復する。
・
・
・
「……よし。」
「………。」
「…。」
「………ふんふー…ん。」
「……あんだけ音楽聞きながらやるなって言うたやろ。」
「わっ!……ちょっと、何すんのよ。」
やっと集中し始めてきたところだったのに、
急に耳から抜き取られたイヤホン。
目の前には自分の宿題が終わったのであろう忍足が座っている。
「いいじゃん、人それぞれでしょ。」
「アホな奴程、勉強から逃避するために音楽聞いたりしよんねん。」
「べ、別にテスト勉強とかじゃないんだからいいでしょ!宿題だもん。」
「……ほら、もう間違ってるやんこれ。」
そう言って私のノートを覗きこむ忍足。
間違いを指摘されると、また忍足の面倒くさい「楽しい英語講座」みたいなのが始まるから
咄嗟にノートを隠す。もう放っといてくれたらいいのに、
自分の宿題が終わった途端コレだよ。自分勝手だよ。
「もー!いいから!」
「なんやねん、教えたろうと思ったのに。」
「忍足の教え方は面倒くさいからヤダ!」
「面倒くさいってなんやねん、めっちゃ教えるの上手いって結構言われんねんけど。」
「それは忍足の機嫌をとりたい女子だけでしょー。」
「……いや、ちゃうな。よう考えたらに教える時より、他の子に教える時の方が優しいかもしれんわ。」
「なっ、何よそれ。」
「他の子はなぁ…こう…教えててもうんうんって頷きながら可愛い感じで素直やねんけど…」
そう言ってベッドにもたれかかり、何故か遠い目をする忍足。
「は…すぐ拗ねるし、言うこと聞かんと勝手に独自の数式作って
普通やったら1時間で終わる宿題に3時間ぐらいかかるし…。」
「だって私聞いたよ?有名な数学者のカントールさんの名言。≪数学の本質はその自由性にある≫って。」
「いや、それ自由に数学の公式変えて良いって意味とちゃうからな。因数分解に自由性もへったくれもあるか。」
「もー、うるさいうるさい。じゃあその可愛い子だけに教えてればいいでしょ。」
「…そういうところがは可愛くないねん。」
諦めたのか、ベッドの上に寝転がる忍足。
私は少しモヤっとしたものを心の中に感じながらも
またイヤホンを耳に装着し、自分の世界へと入った。
……どうせ私は可愛くないですよ。
大体忍足にそんな素直に可愛い反応をするだなんて、
想像しただけで何だか恥ずかしい。よくわからないプライドが傷つく。
…こういうところが駄目なのかな。
自分では「彼女として見られたい!」なんて対抗意識を燃やしているつもりだったのに
実際の行動はそんな素振り感じさせないような…。
本当がっくんの扱いと変わらない気がするのは、私がそういう態度だから…なんだろうなぁ。
少し反省しているところに、
イヤホンとは別の場所から大きなメロディが聞こえた。
ベッドの上の忍足を見ると何やら電話をしているようだ。
その表情は楽しげで、もしかしてがっくんかな?なんて思ったけど…。
こっそりアイポッドの電源をオフにして
耳を澄ましてみると、どうやら私の予想ははずれているようだった。
「なんや、久しぶりやん。」
「…うん……うん、そうやで。」
「へー…そりゃええなぁ。俺も行こかな。」
「あぁ、別にええでその日は。……あ、ちょ待って。」
「。」
こっそり盗み聞きしてたもんだから、
急に自分の名前を呼ばれて驚いた。
あ…、つい振り向いちゃったけど音楽消してたのバレたかな…?
だが、そんな心配は無用だったみたいで
特に忍足は気にもせず話しかけてきた。
少し演技をしながらイヤホンをはずす素振りをする。
「何?」
「今週の土曜、大阪から友達が来るらしいねん。」
「へー。……あれ、土曜?」
「せや。」
「……昆虫博物館行く予定だった日じゃん。」
「すまんけど、別日で埋め合わせしてもええか?」
「………まぁ仕方ないか…。いいよ。」
「ありがとうな。」
そう言うと、すぐに携帯に耳を当て
楽しそうな会話を再開する。
……ちぇー、楽しみにしてたのになぁ。
週末思う存分楽しむために、今この宿題をさっさと終わらせよう…
ってことで集まったのに。……急にやる気なくなった。
その間も、ケラケラ笑ったり
いつもより表情豊かな会話を繰り広げる忍足。
その声に少し拗ねている自分。
……大人げないな。
折角大阪から友達が会いに来てくれるんだもん、
私とはいつでも出掛けられるけど、
貴重な再会を邪魔しちゃ悪いもんね。
ただ、一度やる気を失ってしまうと
もう宿題には手をつけられなかった。
なんとなくノートを閉じてアイポッドをはずすと
丁度電話も終わったようで、忍足がベッドから起き上がった。
「なんや、もう終わったんか?」
「んー。後は明日学校でやろうと思って。」
「ふーん。……今の奴達な、大阪おったときのクラスメイトやねん。」
「へぇー、じゃあ久しぶりの再会なんだね。」
「せや。楽しみやなぁ、染谷さんも可愛くなってるんやろうなぁー。」
急に飛び出した女の子と思われる人物の登場に
一瞬固まってしまう。
「…女の子が来るの?」
「いや、男も女もおるで。なんか同窓会的な感じのことを思い立ったらしい。」
「……ふーん。」
「……拗ねた?」
「何でよ。中々ない機会なんだから楽しんできなよ。」
「…昆虫博物館はまた来週行こか。」
「おう。じゃ、そろそろ帰るわ。」
「送っていくわ。」
「いい。帰りに真子ちゃん家寄りたいし。」
「そうか。ほなお疲れ。」
「うぃーす。」
何だろうこのイライラは。
こんな…こんな心狭かったの?!
自分はもっと…なんていうか大人だと思ってたのに。
忍足の家を出たところで、急に心がグツグツと沸騰を始めた。
確かに…級友との再会は大事だと思うよ。
だけど…、女の子の話題とかそんな彼女の前で出すか?普通。
しかもデートを取りやめた上での再会なんだから
普通もうちょっと気を遣いますよね?
日頃散々、私にはデリカシーがないだの言うくせに
アンタはどうなんだって話よ。
…ああダメだ、ダメだ。
こんな子供っぽい考え方。
忍足は…あいつは大人だから、もし逆の立場になっても
サラっと流せるんだろう。
そういう人と付き合うってことは、やっぱり自分も
そう言う風に…大人にならないといけないんだ。
いつまでも子供の友情の延長線上じゃきっとダメなんだ。
・
・
・
「つか、さんって案外良いよなー。」
「あのハツラツとした感じがな。楽しそうだよな。」
「ああいう子とヤってみたらどういう感じになるんだろな。」
「うわー、お前ゲスいこと考えんなよー。人の女だぞ。」
「え、マジ?さん彼氏いんの?」
「マジマジ。あいつだよ、テニス部の。忍足。」
「…うわー、マジかー!ちょっとショック!」
「じゃあ俺あの左の子にしよーっと。」
「あ、兵頭さんは俺も狙ってるからやめろよ!」
「…いいのか?侑士。」
「何がや。」
「思いっきりさっきの会話聞こえてただろ。」
昼休み。
岳人と食堂へ行く途中。
廊下の窓際で楽しそうに話す男3人組。
何を熱心に見てんのか思ったら
校庭には体育の後なのか何なのか、
体操服のままはしゃぎまわる女の子達がおった。
ドッジボールなんか懐かしいなぁ。
ていうか、やっぱり女の子の体操服姿は目の保養やな。
なんて思いながら、通り過ぎようとした。
その時に耳に入ってきた会話に、聞き覚えのある名前が混じってたもんやから
思わず岳人と目を見合わせた。
こっちには全く気付いてへんみたいやけど、
よう、まぁあのでそんな話ができるもんやなぁ、と。
俺達は昔からのことを知ってるから、もはやそんな目で見る奴は誰もおらん。
けど、外部から入ってきた奴等にはそう言う風に見えるのかと
思わずちょっと感心してしまった。
食堂の前まで来て、岳人が携帯を弄りながら聞く。
……まぁ、珍しいこともあるもんやとは思ったけど…。
「に言うたら喜ぶんちゃうか。」
「…侑士は大人だなー。俺、例えそれがだとしても自分の彼女で
あんな想像されてたら嫌だわ、普通に。キモすぎ。」
「別にええんちゃう?と実際に接触図る訳でもないやろし。」
「…ふーん、そういうものなのか。あー、どうしよっかな。俺Aランチにしよ!」
もう興味は本日のメニューにうつりつつあるみたいや。
俺も特に気にすることなく、食券の列に並ぶ。
Bランチのオムライスにしよ。
「…ねぇ、どうする?」
「…たし……あ!これ…!」
俺も岳人ももうすぐ食べ終わるって頃に
食堂入り口の方から随分賑やかな声が聞こえた。
なんとなく振り向くと、
さっきまで校庭でドッヂボールを繰り広げていた
達の女子集団。
相変わらず…がそうやからかもしれんけど、
あいつの周りの友達もちょっと幼い子が多い。
普通女子高生がドッヂボールであんな髪の毛振り乱して盛り上がるか?
なんか笑えるわ。
見つかったら面倒くさいし、目線をはずして机に向き直ると
岳人の斜め後ろの席にさっきのあいつらが座ってた。
……後姿やったから全く気付かんかった。
あいつらも同じように入口の方を振り向いてる。
「うわ、来たぞ。」
「兵頭さんこっち来ないかなー。」
「っつかさんスカート短いな。」
「マジだ、脚キレー。舐めてぇー。」
「お前昼時だぞ、やめろよ。」
先程も聞いたような会話を繰り広げながら
ゲラゲラ笑う集団。
俺の方には全く気付いてへんみたいで、
その視線は恐らく達の集団に向かっていた。
さっきまで携帯弄ってた岳人が
俺の方を見て何か言いたげな目線をしてたけど
取り合えずスルー。今はあいつらのアホみたいな会話の方が気になるわ。
「…あ、席探してるんじゃね?」
「ああ、結構この時間混んでんもんなー。」
「良いこと考えた!俺達の席譲ってお知り合いになろうぜ!」
「お前、孔明か…!いいな!よし…よし、こっち来てるぞ!」
「俺、行くわ。」
ヒソヒソと作戦会議を立てる3人組をボーっと見守る。
チラっと振り返ってみると、確かにトレーを持ちながら
達のグループがうろうろしとった。
「真子ちゃーん、席混んでるねー。中庭行こっか?」
「駄目だよ、ちゃん。トレーとか食堂外に持ってっちゃダメなんだよ?」
「あー、瑠璃ちゃんは食堂結構利用してるもんねー。そんなルール知らなかった!」
「んー…でもマジで席ないよ。どうしよっか。」
「あの!」
「……ん?はい?」
「俺達もう終わったんで、良かったらここどうぞ!」
「えー、いいの?ありがとう!」
アホ3人組の作戦はどうやら大成功。
同じくアホみたいな顔で笑うにペコペコするアホ3人組。
3人組の座ってた席を含めると
合計6席空いた。達のグループは5人やから丁度いい。
「…ありがと。」
「いえいえいえ!兵頭さんのためなら席なんていくらでもお譲りします!」
「あ、君たちも真子ちゃんファンなの?」
「え、あ、そうッス!」
「っていうか何で敬語?同い年だよね?」
楽しそうに話すアホ3人組。
も真子ちゃんも、その友達の華崎さん?やったかな?
その他の子も、満更でもない感じで話しとる。
その話しは思わぬ盛り上がりを見せ、
いつの間にか、あの3人組と女の子たちが
アドレス交換をするところまで話が進んどった。
…俺がその一部始終を眺めていることに
目の前にいる岳人は何か言いたそうにしとったけど
あいつらに存在を気づかれてはいけないと思ったのか、
話を控えてる様子。
やがてアホ3人組は去り、
達はやっと食事を始めた。
「っていうか、さりげなくアドレス交換してるじゃん瑠璃ちゃん!」
「なんかされちゃったねー、勢いに負けちゃった。」
「スゴイなぁ、真子ちゃんのアドレスまで盗んでいくとはあなどれないなあの子達。」
オムライスを頬張りながら、うんうん感心する。
そうかと思ったらいきなり、ガタっと椅子を立ち
呆然とした顔で友達に詰め寄り始めた。
「ね…ねぇ、今気付いたんだけどさ…。」
「何よ。」
「わ、わた…私だけアドレス聞かれてなくない!?」
「あー…ほら、ちゃんはきっと忍足君がいるからだよー。」
「華崎さんだって彼氏いるのに聞かれてたよ!?」
「うちの彼氏は忍足君程有名じゃないからさー。」
「絶対違う…絶対私だけ眼中になかったんだ…。なのに出しゃばって話して…
大丈夫かな、アイツ邪魔なんだよとか思われてなかったかな…。」
「思われてないってー。」
「私、絶対合コンとかで最後1人になるタイプだよ…。偶数なのに1人になるタイプ…。行ったことないけど…。」
落ち込み机に突っ伏すに、
心優しい友人が声をかける。
……ほんまにアホちゃうか、あいつ。
・
・
・
「ううー…結構寒くなってきたよね。帰り道は。」
「せやな。」
「焼き芋食べたいなー、ねぇ冬は買って帰ろうね。」
「……その短いスカートやめたらもうちょっと暖かくなるんとちゃうか。」
「んー…そうかなー。でも中学の時からこの丈だし慣れてるけど。」
「中学の時より脚太なってるからそう見えるんや。」
「ふと…っ、マジで?!」
「…取り合えず見せるのはやめた方がええレベルやな。」
「くっそ…言い返せない…!でもやめない…やめないから!」
「なんでやねん、誰が得すんねん。の脚なんか誰も見てへんで。」
「………………。」
「…せやから「っうるっせえ!」
「ごふっ、いっ…ちょ、おま」
「…貴様は私を怒らせた。」
綺麗な上段廻し蹴りを食らって一瞬フラっとする。
…モロにパンツ見えとんねん…。
これはマジで怒ってる。
しもた、からかい過ぎたか。
しかし時既に遅し。
ふらつく俺にラスボスみたいな言葉を贈り、
背を向けてサッサと歩いて行く。
………。
……。
あー、イライラする。
・
・
・
「よう!侑士めっちゃ久しぶりやん。」
「おー、谷口か?変わらんなぁ。」
「ヤバイわ、忍足めっちゃカッコよくなってるやん!」
「染谷さんも、えらい別嬪さんなったな。」
土曜日。
大阪の友達と集まったのは駅前。
久しぶりに見る顔もほとんど皆変わってなくて
なんとなく嬉しい。
東京観光を頼まれてた俺は
早速、案内を始めた。
道中も色々と昔話に花を咲かせながら、
せやけど少しだけ心になんか引っかかるもんがある。
あの日以来、学校に来る時のスカート丈が異常に長くなった、
昔のスケバンか言うぐらいの丈になった、
もう当てつけにしか思われへんようなことをする、アイツのことや。
家に来る時も、遊ぶ時もズボンしかはけへんようになった。
まぁ、それはそれでええんやけどいつもブスっとしとる。
「どうせ私は豚足界の期待の超新星ですよ」とか意味わからんことを言うて
ずっと拗ねとる。そんなこんなで迎えた土曜日。
ほんまやったら今日は昆虫博物館に行くはずやった。
全然行きたくないけど、は行きたいらしい。
デートで昆虫博物館ってなんやねん、どんなムードで行ったらええねん。
…まぁ、相手やったらムードもへったくれもあらへんねんけど。
電車内で盛り上がる友達と話をはずませつつ、
ポケットの携帯を覗いてみても、新しい知らせはなかった。
……暇で、厭味の一つでも送ってくるか思ててんけどな。
「今日はほんまありがとうな、忍足!」
「めっちゃ楽しかったわー、また大阪も来いよ。」
「おう、なんか久々に小学生に戻った気分やったわ。」
「ほなねー!また、会う日までー!」
皆を駅まで送って、時刻は20:00
…この時間やったら飯ぐらいは行けるかもな。
携帯を取り出し、電話をかけようとした時
目の前を通り過ぎて行った団体の声に
物凄く聞き覚えがあった。
「…?」
「え…、あ、忍足!何してんの、こんなとこでー!」
「…今、友達と別れたとこや。」
やっぱりや。
その周りにおるのは、友達の瑠璃ちゃんに華崎さんに……
まさかのアホ3人組。
「何してたん?」
「皆で真子ちゃんの試合の応援行ってたんだ。すごかったよ、真子ちゃん!」
「……ふーん。」
「で、今からご飯行こっかって言ってたんだ。」
「………へー。」
「忍足も来る?」
「いや…、ええわ。」
「そか、じゃあまたねー!」
ペコリと俺にお辞儀をする瑠璃ちゃんに華崎さん。
男どもは気まずそうに会釈をして立ち去った。
何がムカツクかって
なんでスカートはいとんねん。
・
・
・
ピーンポーン…
「……え?」
私は思わず時計に目を向けた。
時刻は23:30
こんな時間にインターホンがなることが変だ。
少し身構えて、ドアの覗き穴を見ると
「忍足!?」
「……よう。」
なんだか暗いと余計に変な奴に見える忍足。
一瞬悲鳴をあげかけたけど、よく見ると忍足だった。
こんなことを言うと怒られるから言わないけど、
だけど、こんな時間に何のようだろう。
「どうしたの?なんか忘れもの?」
「いや、別に。ちょっとあがんで。」
「う、うん。もう寝るとこなんだけどね。」
ズカズカと玄関からあがってくる忍足。
普段から口数はそんなに多い方ではないけど、
いやに暗い。何だろう、何があったのかな。
「…ねぇ、もしかして家出?」
「ちゃうわ。」
「……あ、そうだ大阪の友達とは会えた?」
「うん、皆元気やったわ。」
「……そー…染谷さん?は可愛くなってた?」
「なんで染谷さんのこと知ってるん?」
「いや、自分で言ってたじゃん!楽しみって!」
「そやったっけ。可愛くなってたで、誰やろな、エリカ様に似とるな。」
「すっすげぇ!そんな美人なの?!」
そ…そんな美人な子がこいつのまわりにはいるのか…。
ちょっとテンション下がるな…。
風呂上がりの頭をバスタオルでガシガシと拭きながら
悟られないように顔を隠した。
……大人になるんだ、平静、平静。
「…は?」
「え?」
「どうやってん、今日。てかあいつら誰なん?」
「え、瑠璃ちゃんと華崎さん、会ったことあったでしょ?」
「ちゃうやん、後ろに男子3人組おったやろ。」
「ああ!!なんかねぇ、この前食堂で席を譲ってくれた子達でさ。真子ちゃんファンだっていうから
今度真子ちゃんの試合あるよーって言ったら、一緒に行きたい!って。」
「ふーん。」
「いやー、でも今日の真子ちゃんはカッコよかったなぁ…。
真子ちゃんってサードとかもすることがあるらしくてね。
サードからファーストを刺したあの送球は素敵だったなぁ…。」
うっとりと真子ちゃんの雄姿を思い出し、語る私に、
いつもなら呆れながらも返事をしてくれる忍足が
今日は何故か無言。無言でこちらを見つめている。何、怖いんですけど。
「…もしかして、一緒に行きたかった?」
「短いスカートはくなって言わんかった?」
「………は?」
「なんでわざわざ脚見せるような服選ぶねん、アホか。」
「…っ、別に何着ようが勝手でしょ!忍足と居る時ははいてないじゃん!うっさいな!」
「……はぁ。ほんまどつきたいわ。」
「そ、そこまで怒ることないじゃん…。いくらなんでも仮にも彼女なんですけど…
そんなに世間にこの身体を晒すことは重罪なのですか…。」
いい加減傷つくぞ…。
そ…そんなに醜いのだろうか…。
風呂上がりに着ているこのパジャマも
よく見ると短パンだ。
これ以上忍足の面倒くさい怒りスイッチにふれないように
着替えてこようと立ちあがった時、
急に視界が揺れて、
気づけば目の前には忍足、そして背中に感じるのはソファの感触。
「…っ、び…びっくりした…ちょっ何?」
「……何色気づいとんねん。」
「は?!」
「…サービスなんやろ?ほな、ありがたく堪能させてもらうわ。」
そう言って、太ももに手を添える忍足。
一瞬で全身に鳥肌がたつ。
それを感じ取ったはずのこいつは、
ニヤリと微笑むだけだった。
「ちょ、やめてよ、キモイキモイキモイ!」
「うっさいわ。」
私の手を押さえつけたまま、太ももを撫でる手は止まらない。
蹴りを入れようにも、思いっきり私の上に乗っかっている
こいつの体重が邪魔で脚が動かせない。
いつものニヤニヤとした笑顔じゃなく、
目が全然笑っていないのを見て、急に怖くなってきた。
「お、おおおお落ち着いて忍足。何があったの?お母さんに怒られた?」
「……照れ隠しか知らんけど、泣いても喚いても許さんからな。」
「こっ、怖いよー!なになに、やっやだやだ!」
太ももを撫でていた手が急に短パンの隙間まで割り込んできたことに
ものすごい衝撃が走る。まさ…ま、まさか…
本格的に訳がわからなくて、忍足の顔を見てみても
その表情は読めない。こ…これがなんか、心を閉ざすとかなんかそういう厨二病的な…
なんて考える余裕は、とっくになくなっていた。
「待って、忍足!やだ、本当にやだ!怖い!」
「何なん?今まで頑張って脚見せて誘とったんやろ?」
「ちがっ…違くないけど、なんかそういうのじゃなくて、彼女として…」
「女として見て欲しいんやろ、良かったやん、効果バツグンや。」
そう言いながら、私の首元に顔をうずめ
感じたことのないヌルっとした違和感を首に感じた時には
鳥肌どころじゃなかった。
「やっ…ほ、本気で怒るよ!!」
「怒りたいのはこっちや。」
「はぁ!?」
「他の男、欲情させてんちゃうぞ。」
「な、何の話?」
「あいつらや。今日遊びに行ってたやろ。」
「………ああ!いや…え、欲情?」
「…鈍感でおったら何でも許されると思うなよ。」
「……も、もしかして…。」
「なんやねん。」
「忍足…、私が男の子と遊ぶの嫌なの?」
この訳のわからない忍足からの攻撃はそういうことなのかと思うと、
やけに頭が冷静になってきた。
「あいつら」が指しているのは恐らく今日遊びに行った男の子たちだろう。
だけど…、それを言うなら忍足だって
大阪の友人と、染谷さん?と遊びに行ってたんでしょ…ってよっぽど言いたかったけど
目の前の忍足が、何故か珍しく赤面しているので何だか言いだせなかった。
「…ちゃうわ。」
「いや、絶対そうじゃん。……っふっ……ふふ。」
「何笑ってんねん。」
「ううん…。なんか、ふふっちょっと…ね。」
忍足も同じだったんだ。
大人だ、大人だと言われている忍足も
私と同じように友人にヤキモチを妬くことんだ。
何だか必死に忍足に追いつこうと、
精神的に大人にならなきゃって焦っていた自分が馬鹿みたいに思えて、
そして意外と子供なこの彼氏が、悔しいけどちょっと可愛く見えた。
「……うっざいわ。」
私の慈愛に満ちた大人な頬笑みが気に食わなかったのか、
赤面したまま顔を歪めた忍足は、
反撃と言わんばかりに、明らかにキャパオーバーな攻撃を仕掛けてきた。
「ちょっ…な、どっどこ触ってんのよ!!」
「もう知らん、絶対泣かせる。」
「や、やだやだやだ、待って!待ってってば!」
「何を待つねん、もう半年も待っとるわ。」
「え……?」
「なんやねん。」
「え、お…忍足私と、そそそそその、こういうこと…したかったの?」
「…………この状況でそれ聞く?ほんまアホ。」
まさか忍足に自分がそういう対象で見られていたとは。
いや、普通なんだけど。普通に付き合っているカップルは皆そういう関係なはずなんだけど、
何かあまりにもびっくりして、声が出ない。
「…ぶふっ、なんやその顔。」
「…ちょ、っとびっくりして。」
「もうええやろ。」
そう言って、スっと顔を近づけた忍足。
ここで、私も素直に目を閉じればよかったんだろうけど、
昔からの習性でなんとなく、これは本当に意思とは関係なく
「…なんで避けんねん!」
「いや、いやいやちょっと…違うの…。」
「何が違うんや、なんかに拒否される俺の気持ちわかんのか。」
「ちょっと…なんか、って何よ!」
「いちいち揚げ足とんなや。この状況で避ける方がおかしいやろ!」
「そ、それはあんたが…いきなり、こっこんな特殊な状況で迫ってくるからじゃん!」
「………あー…もー…。」
「な、何よ。」
「萎えた。」
「なえ…っ?!」
そう言って、ソファから下りる忍足。
ふてくされてテレビの電源をつけ、こちらを振り返らない忍足。
……わ、悪いことをしたとは思わないけど…でも…
「ご…ごめん?」
「なんで疑問形やねん。」
私に背を向ける忍足に訳も分からず謝ってみたものの、
やっぱり突っ込まれてしまった。
…で、もさっきも思ったけど。
意外と大人だと思っていた忍足が、
普通にヤキモチも妬くような奴だってことは
…もしかすると今も私と同じような気持ちなのかもしれない。
ものすごく恥ずかしくて、いっぱいいっぱいなのかもしれない。
…あの忍足に限って、世間がイメージする忍足からは
かけ離れた仮説だけど。
でも、もし私と同じ気持ちなら…
「ねぇ、忍足。」
「なんや………、いや、ほんまになんやねん。」
思い切って後ろから抱きつくという、
言葉にすると物凄く恥ずかしい行為。
ジロちゃんやがっくんに抱きついたことは何度もあったけど、
忍足の背中ってこんなに大きいんだー…
そんなことを思いながらお互い一言も言葉を語らなかった。
傍から見るとシュールな画だと思う。
でも、1つ気付いたことがある。
「………忍足、心臓の音…超高速でビート刻んでる。」
「うっさいわ、もやろ。」
彼氏の新たな一面。
忍足は、意外と、大人じゃない。