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ハギーの場合





「うわぁ、美味しい!このつけ麺!自転車ぶっ飛ばして来た甲斐があったねー!」

「ほら、またよそ見して食べてたら服汚すよ。」

「あ、ごめん!でもこんな美味しいの初めて食べた、私。」

この前もそれ言ってたからね。」

「そうだっけ?細かいなぁ、ハギーは。」

「俺が細かいんじゃなくて、が大まか過ぎるの。」



そう言って、つけ麺を食すハギー。
同じものを食べているはずなのに、ハギーが食べているだけで
その麺すらも何だか高級食材に見えるのはどうしてだろう。

サラサラの髪の毛を片手で耳にかける仕草も
なんだか…



「……ハギーってセクシーだね。」

「ぶふぉっ!………。」

「ご、ごめん!なんか今無意識にそう思って…。」


むせて、ティッシュで口を抑える姿すらも
何だか成人女性のような…何ていえばいいんだろう。
お淑やかな感じがする。……いいなぁ。



「はぁ…。変なこと言わないでよ、無いものねだりするような歳でもないでしょ。」

「ねぇ、無いものって言った?ハギーよりはあるんだよ?女の子なんだからね?」

「一度も見たことないけど。何、生まれながらに封印してたりするの?

「ひっ、ひどいよ…!自分がちょっと美しいからって…!」

「…あろうことか、言ってるそばから顔面に汁飛ばしてる女子には負ける気しないよね。」


そう言って、私の頬を指でなぞるハギー。
もう彼と知り合って随分経つとはいえ、未だにハギーのこういう行動に慣れない。
紅潮しているであろう顔を隠すように、ひたすらつけ麺をすすり続ける。

本人は、母親が子供の世話をするような感覚でやってるんだろうけど。

ハギーの美しさの前に完敗です。
女子であるとか男子であるとかそんなの関係ないんだ。
女子だから…なんて思ってたら、どんどんハギーとの差は開いていってしまう。

実際にこの前だって…

2人で駅前のショッピングモールに出かけた時に
かっこいいお兄さん2人に声をかけられた。
ねぇねぇ、これからどこ行くの?一緒に遊ばない?と
嬉しそうに話しかけるお兄さん達は完全にハギーを見てた。
ウザがって少し早歩きをしたハギーに
遅れを取った私は、1人で置いて行かれてるような感じだった。
そしてハギーに熱心に話しかけるお兄さん達。

生まれて初めてされたナンパは、ほんのり塩味でした…。



「…。何遠い目してんの、俺もう終わったけど。」

「あ!ほんと?ならスープ割りしよう。すいませーん!」



すぐに走ってきてくれた店員さんが私達の器を持って厨房へと入っていく。
ここのつけ麺はスープまで美味しいんだよねぇ。
真子ちゃんと来てから、すっかりお気に入りのお店だ。


「随分慣れてるじゃん。」

「うん!よく来るからね!真子ちゃんとか、がっくんとか。」

「へぇ。向日とも来るんだ、五月蝿そう。」

「あー、確かに。がっくんとジロちゃんいっつも注文待ちの時とかもゲームで騒いでる。」

も一緒になって騒いでるんじゃない?」

「………いや、私はそんなことない。」

「…嘘つく時、すぐ目逸らすよね。本当分かりやすい。」


眉を寄せて笑うハギーに、つられて笑う。
はぁ、本当美しいなぁ。
とてもじゃないけど、自分とハギーじゃ釣り合わない気がするよ。

最近感じていることがひとつある。
それは、もしかすると私はハギーのことを好きなんじゃないか、ということだ。
がっくんや宍戸に対する好きとは違う、恋愛感情的な「好き」
こうして、中学時代の延長で休日に遊びに行ったりする時にも
なんだか少しそわそわするのは、やっぱりそういうことなのかな。

しかし、目の前にいるハギーはまず間違いなく絶対そういう感情は持っていない。
そこが悩みどころなのだ。少女マンガや乙女ゲームで培ってきた勘が言ってる。
ハギーにとって私は攻略対象にすらなっていなくて、
ゲームで言うなら、時折人数合わせで出没するモブキャラのようなものだ。

中学時代から私がどんな立ち位置だったかなんて、本人が1番よくわかってる。
まず私と付き合う、なんてことになればハギーは間違いなく氷帝の猛将認定をされるに違いない。

やれどこか具合が悪いのかだの、やれ何か脅されているんじゃないかだの…
そういうことをハギーが周りに言われている様子が簡単に想像できる辺り
私は可哀想な星の元に生まれ落ちたエンジェルだなぁ、と思う。

ハギーは…いつも私に辛辣すぎるとも思える言葉をぶつけたり
私を見る視線の8割は蔑みを含んだもののような気がするけども、
だけど思い返してみるといつもここぞ、というところで励ましてくれたり、
厳しい言葉の中にも優しさがあったり…そういうところにいつのまにか惹かれていたのかもしれない。



「…さっきから何ボーっとしてんの?」

「…へ、あ、いや何でもない!行こっか!今日は私が奢るから!」

「いいよ、出す。」

「この間、パフェ奢ってくれたじゃん!出させて。」

「…ん、じゃあお言葉に甘えとく。」



狭い店内のレジに立つ。
ハギーは先に外に出て、少し寒いのかマフラーを巻き直していた。


「1600円です。」

「はーい…。」

「……あの、」

「え?」

「あ、あのいつも…来てくれてますよね?」

「……あ、はい。いつも美味しいです。」


バイトのお兄さんらしき人に唐突に話しかけられて
思わず顔を上げた。…あ、知ってる。結構よく会う人だ。


「その、今日一緒に来てた方は…?」

「友達です!ここのつけ麺美味しいから紹介したくて。」

「あ…。そうなんですか、ありがとうございます。」

「また来ますね、はい1600円丁度です。」

「あ、あのー…良かったら…これ、を。」

「………?」

「も、っもし暇だったら…!」



そう言って手渡された名刺には、お店の情報。
ちらりと裏返すとそこにはボールペンで手書きしたアドレスらしきもの。



「…え…!」

「そ、それ俺のメアドです!もしよろしければ…」



こっ…こんな運命的な出会いがあっていいのかな…!

え、これつまりメル友になりませんか、そして良ければ休日には
2人で遊びにいったりしませんか、その果てには結婚を前提にしたお付き合いをお願いします!
のパターンですよね、見えた!見えたよ、ハッピーエンドルートが…!


例えそれが今まで意識していなかったような人でも
いざ自分に好意を向けられると、やっぱり嬉しいものだ。
内心小躍りをしながら名刺を見つめていると






「おっ、お友達に渡しててください!」









































独占★インタビュー 〜に聞く、乙女心のエチュード〜


「ええ、そうですね。あの時は本当に心が躍ったものです。
   まさかいつも豪快につけ麺を食らっていた私のことを、
   あんな好青年の方が密かに見ていただなんて…。」

記者「しかし、それは勘違いだった、と。」


「まさかとは思ったんですけどね。だって、私のお友達って
   その子男の子だったんですよ?(笑)」

記者「それは少しショックですよね(笑)」


(周りのスタッフと爆笑する


「少しなんてもんじゃないですよ。
   つまり私は男の子に負けたってわけですからね、
   そりゃもうそこが店先じゃなかったら、その店員さんに
   ヘッドロックのひとつでもお見舞いしてやってたかもしれません(笑)」

記者「さんの得意技ですもんね。きっとひとたまりもないでしょう(笑)」


そう豪快に笑いながらも、少し寂しげな眼をしていた選手。
きっとその頃に、少女時代に置き忘れてきた乙女心を補うかのように…
今、彼女はこの女子プロレス界で必死に輝き続けているのだろう。


(記者:AKITO 対談:期待の新人女子プロレスラー  

























「あ、あの……」

「……………表に…表に出てもらいましょうか…。

「え?」

「ちょっと。何やってんの。」



軽く脳内妄想を繰り広げた私は、気づけばその名刺を握りしめて
不自然なまでの笑顔をその店員さんに向けていた。
こんな…こんな恥ずかしくて悔しいことがこの世にあるのかと…

いたいけな女子高生に、そこまで人生の辛さを味あわせる必要があるのかと
神様に問いかけたい。もう1回お母さんのおなかの中からやり直したい。



「……なっ、何でもないよ!行こっか、ご馳走様でしたー!」

「あっありがとうござっしたー!!」


あまりにも時間がかかり過ぎたことを不審に思ったのか
一旦店の中に戻ってきたハギーに声を掛けられて
やっと平静を取り戻す事が出来た。
ハギーを見てポっと頬を赤らめたあの店員さんの気持ちはわかるけれども、

私の…私の心は酷く傷ついたんだよ…!




「何してたの?」

「え…、いや。ちょっと…その、お金の計算ミスでもめてた!」

「は?そんなことある?」

「ま、まぁたまにあるんだよ!それより、早く行こ!始まっちゃうよ!」

「……何か怪しいんだけど。」



少し足早に歩く私に、平気でついてくるハギーは
どれだけ可憐に見えても、やっぱり男の子なんだと思う。
あの店員さんには悪いけど…この名刺をハギーに渡したら
まず間違いなく不機嫌になると思うし(この前のナンパの時も、すこぶる機嫌が悪かった)
これは…処分させてもらおう。そしてあのお店にはもう行かないようにしよう。

そう決意したものの、隣にいるハギーは疑うように私の顔を見つめる。
…マズイ、こうなったらハギーから逃れる手はなくなってしまう。


「…目、逸らしてるし。何隠してんの、いいなよ。」

「べっ、別に何でもないってば!本当に早くしないと映画始まっちゃうよ!」

「別にそんな急がなくても時間はあるでしょ。」

「い…いや、何事も10分前行動が基本じゃん?」

「今日15分遅れてきた人間が言うセリフじゃないよね。白状した方が楽だと思うけど?」


私の腕を掴みギラリと目を光らせるハギー。
上着のポケットに突っ込んだぐしゃぐしゃの名刺を握りしめて
ついに白状しそうになったけど…

だけど、もしここで私があの店員さんのことを紹介して
何かの間違いでハギーが店員さんと仲良くなったりしたら…
そんなのヤダ。私だって…私だってハギーと一緒に遊びたい。


「さ…さっきの店員さんが…」

「あの男の店員がどうかしたの?」

「あのー、ほら私よく行ってるじゃん?だから声かけてくれたんだ。」


どうしてもあの名刺を取り出すことは出来なかった。
目だけは逸らさないように、ハギーに説明をすると
まだ疑っているのか、少し不機嫌な顔で睨まれた。



「声かけてくれたって何?」

「あー…っと、いつも大盛りを豪快に食べる姿がカッコイイです!って…」

「何それ、馬鹿にされてんじゃないの?」

「そ、そうかもねアハハ!」

「それだけ?」

「へ?うん、ちょろっと話しただけだよ?」

「……ふーん。」

「ほ…本当に何も隠してないから…!」

「…まぁ、別にいいけど。」


あ…危なかった。
どうやらあの一連のやり取りについて、詳細には知らない様子のハギーは
諦めてスタスタと歩き始めた。

しかし、普通の男子学生っぽい子にも一瞬で好意を抱かれるなんて
さすがハギーというか。なんだろうな、あのビジュアルもそうだけど
仕草かな。なんていうか、ちょっと見方を変えればオシャレな個性派OLみたいに見えるもんね。
本人もそういう見られ方をする事に全く気付いてないわけではないんだろうけど。



「…でも、やめた方がいいんじゃない?」

「え、何が?」

「さっきの店員。きっとそうやって色んな子に声かけてんだよ。」

「そうなのかなぁ。なんだか真面目そうな人に見えたけど。」

「はぁ、本当馬鹿なんじゃない?そうやって簡単に騙されて痛い目見るのはなんだよ?」

「べ、別に騙されてるとかじゃないよ!本当、普通に話しただけだし。」

「…のことだから、運命の出会い〜とかって浮かれてるんでしょ。本当ちょろいよね。」

「う、浮かれてないよ!それにそんなに初対面の人を悪く言うと…可哀想だよ。」


ハギーの事を女の子と勘違いしているとはいえ、
あの店員さんが好意を抱いている相手にあまり悪く言われるのは可哀想だ。

真実を伝えない上に、罪なき店員さんが貶められるのもなんとなく気が引けて
自然と擁護してしまう。それが気に食わないのか、氷帝の毒舌マシンガンはますますヒートアップする。



「ほら、もう騙されてる。」

「違うってば。それに、あの店員さんも別に何の思案もなく話しかけただけだと思う、よ。」

「…………ふーん。のくせに、生意気にも嘘つくつもりなんだ。」

「え?」

「別に。まぁ、精々頑張ればいいんじゃない?あの店員も、見る目ないよねー。」

「…えーと…。」

「よりにもよって、声かけたのがって。フフッ、相当モテないんだろうね。」

「ど、どういう意味でしょうか…。」

「だって大盛りつけ麺を豪快に食べる姿見てたら、普通の人は引くんじゃない?」


クスクスと笑いながら、いつものように私を罵るハギー。
いつもなら、これがハギーじゃなかったら。
ここで右ストレートのひとつでも繰り出しながら、その発言を悔い改めさせることだって出来るけど
なんとなく、今の私にはその発言に対して怒りを爆発させることはできなかった。

そのかわりなのか、心臓の辺りが締め付けられるように痛い。
心拍数も上がって、全身が赤くなる。

もうまともにハギーの顔を見て話せる気すらしなかった。



「……そうだよね。」

「彼女が欲しくて、なりふり構ってられないんでしょ、あの店員。」

「…んー…。」

「……何、まさか満更でもない訳?」

「ちっ、違うよ。早く映画館行こ。」

「…………。」












































「生まれ変わったら、小柄で小食で好物はマカロンでジュース飲む時も両手でコップをもって
 笑う時にもはにゃっ☆とか言っちゃうような女の子になりたい。」


「一生を善行に捧げて、さらに2・3回転生して、それでギリなれるかどうか、やな。

「そんなに!?あの女子達はそんな厳しい門をかいくぐってたの?!」

「違ぇよ、がそんな女子になるにはそれぐらいのリスクを背負わないと無理っつーことだよ。」


部活後の部室にて。
唐突な私の大きな独り言に反応した忍足とがっくんから即座に遠まわしな批判を浴びせられる。


「やっぱりつけ麺大盛りをがっつり食べる系女子に活路は残されていないのかな…。」

「あー、俺は無理やな。なんか自分も食べられそうで怖い。」

「まぁ、いいんじゃね?は女子みたいな、ちまちました弁当食べてるより唐揚げ定食の方が似合ってるじゃん。

「やだよ、さっきの話し聞いてくれてた?このまま行くと、私高校卒業と同時に女子プロ入りだよ…。


昨日の妄想が蘇る。
今からでも遅くない。…軌道修正は可能なはずだ。

だけど、ハギーの一言が頭の中から離れない。

あの呆れた顔に、呆れた声。
完全に対象外、蚊帳の外。
初めて女子と認識されないことに対して、哀しさを覚えた。


「っつか、お腹空いた!、あそこ行こうぜ。つけ麺。」

「…えー、昨日食べたからパス。サイゼにしようよ。」


つけ麺というワードだけで今は沈める自信がある。
つけ麺は悪くないのに…。あぁ、そうだあの店員さんに謝らないとな。
…今頃きっとメールを楽しみに待っているかもしれない。
またハギーがお店に来てくれるかもと、胸を弾ませているかもしれない。
その希望の光を何も言わずにぶった切るのは、あまりに失礼な気がする。
正直に話そう。一応、ハギーは男の子ですが、それでも良いなら渡します、と。
確認をとって、それでもって言うなら。今もポケットにあるこの名刺をハギーに渡そう。







































おかしい。


ここ最近、いやあの日以来の行動が明らかに不審だ。
今までは放っておいても学校で五月蝿いぐらいに話しかけてきてたのに、
廊下ですれ違っても、俺のことを見て見ぬフリをする。

なんとなくムカついて、引きとめると
視線を泳がせながら、たどたどしい話し方をする。

絶対あの日からだ。

が俺に嘘をついたのは明らかだった。
だって、ハッキリ見たから。
あの店員がに紙のようなものを渡すところを。
そしてそれを受け取って馬鹿みたいな顔をしているも。


別に俺がそれを咎める権利もなければ、そんな気もなかった。
ただ、いつまでも2人で見つめ合っている姿を外から見ていて
全く、何も思わなかったかというと、嘘になると思う。

外で待つのが思った以上に寒いことにもムカついたし、
それに…。

店から連れ出したは、先程の出来事を隠しているつもりなのか
あの出来事を語ろうとしない。

予想と違ったから、少々動揺した。
きっと「こんなのもらっちゃったー!」なんて浮かれるもんだと思っていたから。
実際には、何とかあの出来事を俺に対して隠そうとしているようだった。

大体、普通の人間ならあの様子を見てある程度の想像は付く。
どうせメアドか電話番号かが書かれているのだろう。

がそれを何故隠すのか?もしかして、隠れてあの店員と連絡を取ろうとでも思ってる?

それが何だか、ムカついた。



。」

「え?…あ、ハギー。…どうしたの?」

「次の授業、英語なんだけど辞書忘れたんだ。貸してくれない?」

「…うん、ちょっと待ってね。っと…はい。」

「ん。そう言えば、あの店員とはどうなったの?」

「………え…。」


何そのひどく驚きました、みたいな顔。
そうやって青ざめるほど、隠したいわけ?

どこからかわからない熱が身体の奥底から湧いてきて、
その熱は口からぽんぽんと放出された。


のことだから、どうせ浮かれて通い詰めでもしてるんじゃないの?」

「…も、もう行ってないよ。あれからは。」

「ふーん…。なら、もしかして行かなくても連絡が取れるようになったんだ。」

「……え?」

「…何で隠そうとするのか知らないけど、別に俺は達がどうなろうと、どうでもいいよ。」

「………。」

「そうやって、コソコソされるのも面倒くさいし。好きにすればいいじゃん。」


そう。
別にが何をしてようが、誰とコンタクトを取ろうがどうでもいい。

後ろめたそうに俺を避ける必要なんかない。
普通にしてればいい、そう言いたかったはずなんだけど。


「……うん、そうする。」

「…え?」

「私もいつまでも後ろめたい気持ちでいるのは疲れるし。」

「…どういう意味?」


キーン…コーン…カーン……コーン……


そう言ったところで、授業開始のチャイムが鳴り響く。
の教室に、先生が入室してきたこともあり、
その答えは聞くことができなかった。









from.
Sub.(件名なし)
-----------------------
ごめん、今日は用事があるので
一緒に帰れないです。







さっきの答えが気になって、
わざわざ俺の方からにメールしたっていうのに、
思わぬ返事。……本当、分かりやす過ぎるんだよ。


学校を出たところで、一旦立ち止まる。
そして、いつもとは違う方向へと足を進めた。







































「……今日は、あの人いるのかな。」


この前もらった名刺を握りしめて店前に立った。
今日、ハギーに言われて思ったんだ。
やっぱりこのまま、ハギーも、あの店員さんも騙すようなことをしてるのは辛い。

少しづつ気付き始めていたハギーへの想いが
ぶった切られたことへの落ち込みもあったけど…。

そんな何もかもをふっ切るために一旦リセットしようと思う。
店員さんにはきちんと説明をして…、
そしてハギーには…

店員さんからの想いを隠していたことをきちんと話そう。
そして、正々堂々とハギーに釣り合うような女の子になれるよう
これから努力していこう。その手始めにも、このつけ麺屋とお別れするんだ。



ガラッ



「いらっしゃー…あ、あ!」

「あの、どうも…。」


店内には示し合わせたようにあの店員さんがいた。
そして、中途半端な時間に来店したからなのか、他のお客さんもいなかった。


「あの時は…すいませんでした。」

「いえいえ…あの、私こそごめんなさい。今日は謝りに来たんです。」

「……え…。」


苦笑いで少し元気のない店員さんを見て胸が痛んだ。
…きっといつまで経ってもメールがこないから、だろうな。

レジに立つ店員さんの正面に立ち、
ポケットに入ったままだった名刺を取り出した。

強引に店員さんの体にそれを押し付け、
私は身体を90度曲げる。


「っごめんなさい!」

「……え?」

「…あの、私…あの日友達にこれ…渡してなかったんです。」

「…え、あの…そうなん…ですか。」

「………あの子、男の子なんです。」

「……え…えっ、えええええ?!


やっぱり。
女の子だと思っていたんだな、というのが分かって少し苦笑いしてしまった。



「え、でも…あの、あんなに綺麗で…。ということは、あなたも…?」

「どこからどう導き出された答えかは知りませんが、私は女子です。」

「あっ、すいませ…っ!ちょっと頭が混乱して…。」

「っ…ふふ…。」






ガラッ




















「……何してるの、。」







大混乱で頭を抱える店員さんを見守りながら、
笑っている時、チリンチリンという軽快な音と共にドアが開いた。

そこには、まさに今、話題の渦中にいるハギーがいた。




「えっ、ハ、ハギー?なんで?」

「…用事って、そういうことだったんだ。」

「あっ、あの時の…。」

「どうも。いいんですか?仕事中に客に声なんてかけてて。」

「あの、ハギー…。」


いつになく機嫌が悪そうなオーラを振りまくハギーに、
恥ずかしいのか焦っているのか、顔を赤らめる店員さん。

私の制止も意味がなく、ハギーは続けた。



「っていうか、どうせ色んな客に声かけてるんでしょ、あなたみたいな人は。」

が女子力低そうで、騙しやすそうに見えるのはわかるけど、いくらなんでも趣味悪すぎ。」

も、そんな簡単にほいほい騙されてたらこの先の人生どうするの?本当に馬鹿なの?」

「とにかく、あなたみたいな人にこの子は渡せないから。」


ハギーの独壇場が終わり、店内に静寂が訪れる。
ポカーンと馬鹿みたいに口をあけている私に、ギッと睨みをきかせたハギーは
腕を掴んで店内を出ていこうとした。


その時。



「とっ、友達からで良いのでよろしくお願いします!!」

「…………はぁ?そんなの良いわけ「も、もうこの際、男でも良いです!!」









「……………何言ってんの?」


ハギーが一瞬フリーズして、やっと口を開いた。
目の前の店員さんは真っ赤な顔で叫んでいる。


「その毒舌な感じとか、マジ理想にぴったりッス!」

「…ねぇ、。本当何言ってんの、この人は。」

「あ……あのー…白状すると…その、ね…。」

































「なんでそんなどうでも良いこと隠すかなぁ。」

「ごっ、ごめん…。何となく…。」

「はぁーあ。今までの時間を返してほしいよ、本当。」

「…でもさ、本当ハギーはモテモテだね。」

「は?」

「だってさ、さっきの人だって…男でもいい!って…ふふっ、すごいよ本当。」


思い返したら、相当シュールな現場だったなと思いだし笑いをしてしまう。
普通の男の子ですら惑わせてしまう、ハギーの威力にもう笑うしかない。



「いいなー、私も一度でいいからハギーになってみたいよ。」

「この期に及んでまだそんなこと言ってるの?そんなこと言ってるから騙されるんだよ。」

「だからー、騙されてたわけじゃないんだってば。」



私がハギーに釣り合う女の子になる道のりは果てしなく遠い気がする。
でも、こうしてハギーと一緒に過ごせるだけで、
今後の人生まで心配してくれるようなかけがえのない友人でいてくれるだけで、
なんだかそれで良いような気がしてきた。



「うーんっ!よし!頑張ろう!」

「何を頑張るの?」

「へへっ、色々。まずは、大盛りを卒業するところから始めるよ!」

「………なんで?」

「えー、だってハギーが言ってたでしょ。あんまり男受けが良くないよ、って。」

「………。」

「私だってもう高校生だし、そろそろお淑やかにならないとね。ハギーみたいにさ。」

「…別に無理して変わらなくていいんじゃない。」

「ん?」



そう言って立ち止まったハギーを振り返ると、
いつになく真剣な顔をしていた。これから罵倒するぞって時の怖い顔でもないし、笑ってもいない。



「どしたの、ハギー。」

「…そんなことして、また変なのが寄ってきたら面倒だし。」

「………でもハギー…、大盛りは引くって言ってたよね…。」

「普通の奴は、でしょ。とずっといるんだから、普通の感覚なんてとっくに失くしてるよ。」

「……えーと…。」

「単純なにはわかんない?」




そう言って、一歩私に近寄ったハギー。
少しだけ私より背が高いハギーを見上げると、
そっと頬に手を添えられた。

いつもの柔らかい笑顔で微笑むハギーはやっぱり美しいなと思う。




「どこをどう間違えたのかわからないけど…」

「…………。」










「…嬉しそうに大盛りを頬張るが、可愛くて仕方ないみたい。」






放心状態でハギーを見つめる私を見て、苦笑するハギー。

夢なんじゃないかと、真顔で自分の太ももをバチンッと叩く私を見て

ハギーが更に笑う。



「普通は頬をつねるんでしょ、何その男らしい確かめ方…ふふっ…。」

「だ、だって…なんか…え…。」

「……が騙されないように、ちゃんと教育してあげないとね。」

「え、それ、あのつまりそういう…。」

「…何?嫌なの?」

「いっ嫌じゃない嫌じゃない嫌じゃない!全然いいよ、むしろお願いします!」

「…ップ…。何でそんな一々必死なの。」



そう笑って、自然に私の手を取り歩き出すハギーは
やっぱり何から何までスマートで、素敵だなぁと改めて思った。


「…ハギーの隣を歩いても恥ずかしくない女の子になるためにもっと頑張るよ。」

がそんな女の子になるなんて土台無理な話なんだから、やめときなよ無駄な努力は。」

「辛辣!え…、あれ、なんかさっき可愛いとか、そういう話でまとまったんじゃ…。」

「……別に誰からどう見られようが、いいでしょ。俺だけが知ってれば。」

「……………。」

「何?」

「…いや、今のボイスレコーダーに取っておけばよかったと…もう1回言ってもらっていい?」

キモイ。早く行くよ。」

「……ふふ、うん!」




この嬉しさは、大盛りを卒業しなくてもいいんだ!っていう嬉しさ、

だけじゃないと思う。