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日吉の場合





春。


日本人に生まれたにも関わらず、
さほど春や、桜に興味を持ったことがなかった。


もちろん春と言えば、卒業シーズン。
昨年、私は氷帝学園中等部を卒業した。


持ちあがりのため、友人と離れ離れになったりすることもないし
むしろ高校生になれば、今よりももっと楽しい出来事が待っているはず!
と期待に満ちていた。だから卒業式の桜を見て感傷に浸ることもなかった。


ただ、1つの事柄を除いては。









「がっくん!早く早く!間に合わないよ!」

「焦りすぎだろー、まだ式終わってねぇんじゃね?」

「もー!ちゃんと私達の可愛い後輩を迎えてあげるんでしょ!ほら、忍足カメラ持った?」

「ほんまうっさいわ、はしゃぎすぎや。」


誰も居ない廊下をバタバタと走り回る私達。
昨年の今日、私は新たな高校生活への期待に溢れていた。
ちょうどその時ハマっていた少女マンガ、「青空えーる☆」を読んで
そうだ、吹奏楽部へ入ろうと堅く決意したのだった。

そして野球部の男の子と仲良くなり、一緒に甲子園を目指し…!

そんな青春満開の日々を夢見ていた。
しかし、そんな夢は1日で打ち砕かれた。


































「1年生の です!初心者ですが、頑張ります!よろしくお願いします!」

「はい、よろしくね。さんはどの楽器を希望してるの?」

「えと…トランペットを…。」

「そうなんだ。じゃあ今から全体ミーティングも始まるし、そこで待っててね。」


ああ、今日から私もついに高校生。
この吹奏楽部で、頑張って部活に打ち込んで
そして素敵な男の子と出会い、一緒に切磋琢磨し
気付けば、お互いに魅かれあっている…

そんな甘い青春が待ち受けているに違いないんだ…!

間違っても中学時代の二の舞になってはいけない。
来る日も来る日も乱闘騒ぎを繰り広げ、
挙句の果てには、氷帝の男子マネージャーと呼ばれていたこと
私、忘れない…!もうあんな泥臭い青春は嫌なんです!


…そりゃ、皆と離れるのはちょっと寂しいけど…

でも、私、頑張るよっ!


だから皆も頑張ってね…!



「はい、じゃあミーティングはじめま…」



ガラッ



「………、てめぇ…。」




「きっ…きゃぁあああ!跡部様よぉおおお!」

「「「「きゃぁあああ!!」」」」

「いっ……なんで、跡部が?」


張り切って部室の最前列に座っている私を、
ドアの前で仁王立ちしながら睨みつける跡部。

嫌な予感がする。

周りの女の子や先輩は狂乱状態で跡部の登場にはしゃぐ中
じりじりと私との距離を詰める跡部。
背中にじんわりと汗がにじむ。

アカン…この顔は本気で怒ってる顔だ…。



「ちょ…ちょっと、今もう部活が始まって…」

「こっちだって部活はとっくに始まってんだよ、わざわざ俺様が迎えに来てやったんだぞ、感謝しろ。」

「いや、私はマネージャー希望届け出してないからね!?」

「希望届け?誰がてめぇの希望を聞くって言った。」

「わ、私はこの吹奏楽部で青春するって決めたんだから!」

「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ、誰に許可とって勝手な真似してんだ。」

「別に私がどの部活に入ろうが勝手でしょ!」


ついに目の前にまで来た跡部。
真上から見下ろすその目が怖い。
まず、中学生の頃から全く進歩していないジャイアニズムが怖い。
私は跡部の所有物でもなんでもないのに。


「……覚悟はできてんだろうな。」

「…何よ、私は吹奏楽部辞めないから。」

「…なら拳で勝負だ。」

「ねぇ、おかしいと思わない?なんで荒野に咲く一輪のスイートピーのように儚い私が痛い痛い痛いっつってんでしょ!!

「俺に勝ったら許可してやるよ。」

「っ…いつまでも、私が弱いと思ってんじゃないわ…よっ!!」

「っ!はっ、当たんねぇな。」


もはや慣れが生じてきた跡部のアイアンクロー。
私が繰り出した右ストレートはギリギリのところでかわされて、
一旦お互いが間合いを取る形になった。

気付けば、吹奏楽部の皆はギャラリーとなり
初めて私と跡部を見る人も多いのか、この一瞬で明らかにドン引きしている。
わかる、「うわぁ…」みたいな視線が痛いほど突き刺さっている。

だけど…だけど、ここで負けたらまた繰り返し…!
見知らぬ男子にも初対面で軽く引かれる、噂が一瞬のうちに広まって
私の薔薇色の高校生活計画が一瞬でおじゃんよ…!




「跡部ー、やっと繋がったぜ。」

「……はっ、おせぇよ。」

「あ、がっくん。」

「「「きゃぁああ!テニス部のオールスターよぉおお!!」」」」


跡部との間合いをジリジリと詰めていると、
部室の入り口方向から呑気な、聞きなれた声が響いた。

そこにはがっくんを始めとする、これまた見飽きたメンバー。


「ほら、。」

「…な、何?携帯?」

「いいから。と話したいらしいぜ。」


黄色い声援にヘラヘラと答えるジロちゃんに、
満更でもなさそうな忍足。
そして、私の目の前には自分の携帯を差し出すがっくんが。

……何?



「……もしもし。」

『……………先輩ですか。』







































「思えばさぁ、中学の時も高校の時も…私をテニス部に留めたのはぴよちゃんさまだったよね。」

「マジで日吉に弱いよな、。」

「……だってさ、電話口で≪俺が入学するその時まで…待っててください≫なんて言われたらさぁ!」

「あー、あれか。吹奏楽部でが気を失って倒れた時な。」

「ぴよちゃんさまったら、なんだかんだ言って私がいないと寂しかったんだよねぇ、ふふふー。」

「あの後、跡部が日吉に2万渡しとったで。」

「やだ、ちょっと!何その話、初耳なんだけど!!」

「もう時効だしなー。え、っていうか一応聞くけど、…日吉が自主的に言ったと思ってたのか?」

「あた…当たり前じゃん!え…嘘なの?ってか2万とか妙にリアルな数字やめてくれない!?」

ちゃーん、しーずーかーに!ほらー、もう跡部のスピーチ始まってるよ!」

「もごっ…。」


衝撃的すぎる暴露をされて、ちょっと頭が追いつかない。
私の口を塞ぐジロちゃんがにっこり笑っているけど、あ…あんまりだよ!

体育館の中を覗きこむ私達に、新入生たちは気付くこともなく
壇上では跡部が偉そうに演説をしていた。相変わらず外面だけはいいんだから。



「………あー、もう跡部の話長くない?」

「そう言ったりなや。新入生の女の子たちはうっとり聞いてるみたいやで?」

「またこれで納税者が増えるな。」

「勘弁してよ。………あ、終わったみたい!」



跡部の話が終わり、いよいよ式も終了のようだ。
私達は急いで体育館の入り口にまわる。

そこには既に多くの部活勧誘の先輩達が待機していて
大量のチラシを持って花道を作っていた。


「…出遅れたー。」


私達テニス部は、こんなこと言うと厭味かもしれないけど
集めなくても部員が集まってくる。
では、何故私達が休みの日にわざわざ揃って入学式に駆け付けたのか。


もちろん答えは1つしかない。



「…あっ!!いた!!ぴっよっちゃんっさまぁああああああ!!!」


部員勧誘の人波に飲み込まれながらも、
私の視線は1人の可愛い後輩に釘付けだった。

高校生になってからも、ちらほらと部活で会ったりすることはあったけど
中学生の時に比べると会える回数はもちろん減った。
特にぴよちゃんさまには毎日会いに行ってたぐらいだから、
この1年のぴよちゃんさま断ちは本当に堪えた。
入学してから1ヶ月ぐらいはほとんど廃人のようだった、私。


だけど、ついにこの時が来た。


これから、またぴよちゃんさまと学園生活を送れるのかと思うと
嬉しくて仕方ない。これはもう恋とか愛だとか、そんな感情ではなく
「崇拝」だ。神を奪われた信仰者の前に、再び現れた神。
テンションが上がらない訳が無い。


そんな1年分の想いを込めて、ありったけの声で叫んだ。


けど。



ちらりとこちらを向いたぴよちゃんさまは
物凄く嫌な顔をして、スタスタと教室へ向かってしまった。


「ぶふぅっ!相変わらずあしらわれてんな、。」

「…なんか久しぶりにあの冷たい目線を見れて今感動で胸が震えてる。」

「いよいよなんか可哀想になってきたわ。」



宍戸の呆れたような声も聞こえないぐらい、
私はぴよちゃんさまと校舎内で会える喜びに震えていた。




































「ぴよちゃんさま!やっほ、今日の授業はどうだったかな?」

「……はぁ…、少しは変わっているかもと期待した俺が馬鹿でした。」

「え?えへへ、最近ねちょっと大人っぽくなったねって言われるんだー。」

「なってません。むしろ退化してるぐらいだと思いますけど。」

「あ、ぴよちゃんさま高校の制服の着心地はどう?記念に1枚写真撮ってていいかな?」

「ついにヒトとの対話まで出来なくなったんですか。」


ぴよちゃんさまが高校生になってから1週間が経った。

また1年前のようにぴよちゃんさまの教室へ通う生活が始まった。
1時間目、2時間目あたりまでは我慢できるんだけど
昼休みになるともう我慢どころの話じゃない。
制止する真子ちゃんの手を振り切って、廊下を早歩きしてしまう。
(高校では怖い先生が多いので、走れない)

そして運よく廊下側の窓際の席にいるぴよちゃんさまは、
いつもと変わらず、苦虫を噛み潰したような、時には凶悪犯のような
不機嫌な顔で迎えてくれる。
だけど、いつも私が話しかけると律儀に答えてくれる。
それが嬉しくて、つい話しかけてしまう。
部活でも会えるっていうのに、1週間経ってもまだ浮かれ気分が抜けきらない。



「ねぇ、ぴよちゃんさま。まだ高校の校舎のことよくわからないでしょ?案内しようか?」

「別に学生手帳に地図が載っているのでいいです。」

「じゃあ、高校の七不思議教えてあげよっか?」

「………それは少し興味がありますけど。」

「ふふふ!じゃあ、良ければ2人きりになれる図書室へ行かない?」

「…まるで犯罪者ですね。下心丸出しの顔が隠せてないですよ。」


相変わらず、鋼鉄の心で私に接してくれるぴよちゃんさま。
この扱いにものすごく落ち着くのは私だけなのでしょうか。

ぴよちゃんさまのクラスの子達は、いつ喧嘩が始まるのかと
ヒヤヒヤしたような顔で見守ってくれているけど、
ぴよちゃんさまは跡部と違って良識ある子だから乱闘騒ぎになったりはしないんだよ。

あぁ、やっぱりぴよちゃんさまは可愛いなぁ。
なんてニヤけきった顔でその横顔を見つめていると
フと、ぴよちゃんさまの斜め後ろの席の女の子達と目が合った。

涙ぐんだ目でこちらを見つめる女の子に、
何やら怖い顔をしている取り巻きの女の子。

……なんだろうな。



「…あ、そろそろ時間だから行くね。バイバーイ!」

「もう明日は来なくていいですから。」












































次の日。

お昼休みに自動販売機に立ちよった帰りに
ぴよちゃんさま観察をしようと教室の前を通りがかった時。



「…せっ先輩、少しお時間いいでしょう…か…。」

「……え、うん。」



久しぶりのお呼び出しをくらった。















「あ…あ、あの…。」

「うん?どうしたの?」



トイレに連れてこられたもんだから、てっきりお呼び出しかと思うと
どうも皆、ビクビクしている。
どこかで見覚えがあると思ったら、昨日ぴよちゃんさまの教室にいた女の子達だ。



「せ、先輩は…日吉君と付き合ってるんですか?」

「……いや、付き合ってないよ。」



出来ればボケたいところだけど、
この小動物の集まりのような女の子達には通じないだろうな、と思った。
ここは誠実に、真実だけを話すが吉だと思う。



「…あ、あの。この子が、日吉君のことずっと好きで…。」

「……そっか。」

「そ、それで最近良い感じなんです!こ、今度の日曜日にデートの約束もしてて…!」

「……!」


この子、と言われていたのは昨日泣き顔でこちらを見つめていた女の子だ。
ふわふわの髪の毛に、こぼれおちそうな丸い目。
透き通るような白肌に思わず触れたくなるような、可愛い女の子。

その周りで、怯えながら必死に状況を説明してくれる女の子たちもまた
この子に似たような感じで、思わず萌えてしまう。…かっ…可愛い…。


「こ、こんなことを先輩に言うのは…駄目だってわかってるんですけど…!」

「でも、あの、この子と日吉君…うまくいきそうなんです…。」

「…でっ、でもこの子、美玖は先輩と日吉君が仲良いのを見て自信なくしちゃって…。」

「お願いします、先輩が日吉君に気が無いなら…美玖と日吉君のこと応援してあげてくれませんか?」


いつのまにか私の周りを取り囲む小動物女子4人組。
美玖ちゃんという、ぴよちゃんさまと良い感じの女の子は
俯きながらプルプルと震えている。


……きっと、この1年で変わったんだね。


もちろん交友関係だって広がるだろうし、
ぴよちゃんさまの恋愛だって自由だ。
まさか跡部のように、誰の許可をとって恋愛してるんだ、なんて
ジャイアニズムを発揮するつもりもない。

…そろそろ私もぴよちゃんさま離れをする時が来たのかな。

でも、それをする前に、やっぱりきちんと確認はしておきたかった。


好きかと言われると、もちろん好き。だけど美玖ちゃんより強い気持ちであるかどうかはわからない。
ただ、この美玖ちゃんを応援して下さいと言われると…それは素直に頷けなかった。
自分自身に答えを出すために、この女の子たちに許可を取った上で
私はぴよちゃんさまの教室へと向かった。




































「ええ、迷惑です。」










あっさり。

ものすごくあっさり答えるものだから、少し笑ってしまった。


まだぴよちゃんさまに対する美玖ちゃんの想いが伝わっているのかどうかはわからなかったので、
あえて美玖ちゃんの名前は出さなかった。

ただ、1つ聞きたかったのは
私がこうしてぴよちゃんさまに付きまとうのは迷惑ですか、ということ。

さっきの…
さっきの乙女っぽいモノローグの時間は一体なんだったのでしょうか…

無表情のまま、あっさりきっぱり迷惑ですと言いきるあたり、
やっぱりぴよちゃんさまだなぁ、と思ったけれど。
これが答えなんだ。

潔く美玖ちゃんの幸せを願おうじゃないか。




































あの日から、私はぴよちゃんさまの元へ通うのを止めた。
もちろん美玖ちゃんにも伝えた。
応援は出来ないけれど、邪魔はしない、と。
若い2人を見守るのも、きっと愛だと思う。

遠い目をして語る私を、忍足がハンッと鼻で笑う。


「何大人ぶっとんねん。」

「……いや、でもさ。良い機会だったのかもしれない。子離れの、ね。」

「つか、日吉も俺達の見てないところでよろしくやってんだなー。」

ちゃん、元気だしてー?俺がいるC〜!」

「……そうだね、ジロちゃん…!励ましてくれてありがとう…!」

「ハッ、日吉も悪霊が落ちて調子あがってんじゃねぇか。」

「本当デリカシーのない男だと思う、跡部は。こんな奴が恋人にしたい男子☆NO.1だなんて私は認めないよ。」

「お前に認めてもらう必要はねぇし、万が一にもそんなことをお前が思ってるなら頭を叩き割る。」

「…………っ…はぁ…。まぁ、いいや。さ、部活始めよっか。」


今は跡部の挑発に乗る元気がない。
跡部が言ったことも、本当だからだ。
なんだか最近のぴよちゃんさまは調子が良い、どこか楽しそう。

毎日ぴよちゃんさまを観察し続けてきた、日吉マイスターの私にはわかるのです。
肌の血色の違いまで、すぐにわかるんです。
今は、そんな特殊能力が無ければ良かったと、思うけど。



バタンッ



「………。」

「やっぱ元気ないねー、ちゃん。」

「…あいつ日吉が入学してくるのずっと楽しみにしてたもんなー。」

「…俺、ちょっと妬いちゃうぐらいです。入学式の日とか、俺には全然…。」

「……ウス。」

「…ほんまに昔から、なんやかんや言うて最後は日吉やからなぁ。」




































「はい、お疲れ様ー。」

「ありがとうございます!」

「うん、ちょたやっぱり高校生になってまた大きくなったよね?」

「わかりますか?へへ。そうなんです。」

「どんどん大きくなっちゃってよー。ちょっとは分けて欲しいぜ。」


そう言う宍戸も、またちょたと部活が出来てどこか嬉しそうだ。
…やっぱり、いいな。
高校に入った時は、中学と同じなんてヤダヤダと思っていたけど
こうして変わらない後輩や皆を見ているのも、なんだか悪くない気がしてきた。



「…あ、ぴよちゃんさまも、お疲れ様ー。」

「…どうも。」

「……えーと…あ、ハ!ハギー!これこれ。昨日このタオル忘れてたでしょー?」

「…………。」




ちょ、ちょっと露骨だったかな。
ここ数週間、なんとかぴよちゃんさま断ちをしようということで、
努力はしているけど、こういう事に慣れてないもんだから
どうしてもぎこちなくなってしまう。

幸い、ぴよちゃんさまは特に何も感じていないようだけど。

本当は、美玖ちゃん達は私がこうしてマネージャーとして
ぴよちゃんさまと接するのも、気が気じゃないんだろうけど…
別にそこまで心配しなくても、まず私達がそういう関係になることはないのに、なぁ。
…自分で言ってて、ちょっと傷つくと言うことは
やっぱり、なんだかんだと言っても私は普通の女子のように
ぴよちゃんさまのことが少なからず「好き」だったんだろう。

だけど、あの日に、ちゃんとぴよちゃんさまの意志は確認した。

これ以上、付きまとうのはルール違反だ。
ぴよちゃんさまに、この想いが気付かれる前で良かった、と今では思う。

気付けばまた俯いてしまっている。
ダメだ、ちゃんとしなきゃ。
自分で自分を奮い立たせ、今日もマネージャーとして、ぴよちゃんさまや皆を応援する。





















「………。」

「おう、日吉。最近、調子良いみてぇじゃん。」

「……ええ、まぁ。」

「やっぱり憑き物が取れたからやなぁ。」

「…?」

だよ、。最近、付きまとってないだろ?」

「…ああ…、そうですね。」

「中学時代のお前は、怨念を背負いながら日々を過ごしてたようなもんやからなぁ。」

「相当なハンデの中で戦ってたんだぜ、自信持てよ!」


「…………はい。」

「もー、そんなこと言ったらちゃん可哀想だC〜!」

「まっ、取り合えず頑張れよな!デ・エ・ト!」

「なっ……!」

「焦ったらあかんで、高校生なったから言うて破廉恥なことはせんようにな。」

「な、何の情報ですかそれは!」

「ははは!ま、いいじゃん!お疲れー。」

「…ちょっと…!!」










































月曜日


「…先輩。」

「えっ…あ、ああぴよちゃんさま。どうしたの?」

「…いえ、後姿が先輩かなぁと思ったので声をかけました。」

「…っ、そうなんだ!ゴメン、ちょっと先生に呼ばれてるから行くね!また部活で!」

「………はい。」



びっくりした。
急に廊下で肩を叩かれて、振り向いたらそこにはぴよちゃんさま。

まさか、ぴよちゃんさまから声をかけてくるなんて思わなかったし、
そんなこと今まで一度もなかった気がする。






火曜日



「んー…でも、だから…ここはどうなるの?」

「何度言えばわかるの?馬鹿を通り越して、いっそ尊敬するよ。」

「ハ、ハギー先生…!どうか…どうか諦めないで…!」

「わかったから、無駄口叩いてる暇あったら問題読んで……って、あ。日吉。」

「……こんにちは。」

「えっ?!びっくりした、どうしたのぴよちゃんさま。」

「…五月蝿い声がするなと思ったので。」

「ごっ、ごめ…図書室では静かにします…。」

「本当だよ。ああ、もう面倒くさいし日吉がの面倒見てくれない?」

「えっ!ちょ、そ、それは困るというか…あ!そうだ真子ちゃんに教わるよ、ごめんね、ありがとー!」




「ちょっと!……何、アレ。」

「………何でしょうね。」



机の上にあった教科書や筆箱を、無造作に抱き上げ
逃げるように図書室を後にした。

……意識して避ければ避けるほど、偶然にもぴよちゃんさまに遭遇してしまう。
………あぁ、もっと話したかったな。






水曜日



「あ…あの、先輩は…いますか?」

「ん、?おーい、。呼ばれてるよー。」

「はーい!……え、あ、美玖ちゃん!」

「こんにちは…少しお時間よろしいでしょうか?」


教室のドアの前で待っていた美玖ちゃん、今日は1人だった。
相変わらず私に怯えているのか、プルプル小刻みに震えている姿が小動物のようだ。
……私ってそんなに怖い先輩なのかなぁ…と少しショックを受ける。



「…今日はどうしたの?」

「え、と…その…先輩、最近教室に来ないじゃないですか?」

「…うん、そうしてる。」

「も、もしかして…私の…せいかな…って…。」


そう言って、涙ぐむ美玖ちゃん。
思わず抱きしめてしまいそうになる手を抑える。


「…もちろん、美玖ちゃんの恋の邪魔をしたくないっていうのもあるけど…
 そろそろ私も辞めなきゃなぁ、って思ってたから…うん。」

「……。」

「あ、それにぴよちゃんさまにも迷惑ですって言われてるしね!アハハ!」

「………。」

「だからさ、美玖ちゃんはそんなことは気にしないでいいよ!
 中々ぴよちゃんさまは手強いと思うけどさ。ね?」

「……っはい。」



私は、大人になって、そして、自分にも嘘がつけるようになった。









木曜日




「ねぇ、爆発する。」

「何がやねん。」

「もう…なんていうかぴよちゃんさま不足で頭がおかしくなりそう。」

「日吉は諦めたんだろ?ほら、これで我慢しとけよ。」

「えー、何これ……って、跡部の写真とか本当何の足しにもならない。むしろちょっと引くわ、このカメラ目線。」


ぺらりと写真をがっくんにつき返す。
高校生になっても部室でダラダラする時間は変わらない。

ソファに寝そべるがっくんの対面に座る私。の膝の上で眠るジロちゃん。
そして机の上で携帯をひたすら弄る忍足。


「……いいなぁ、ぴよちゃんさまの裸を合法的に見れるポジションって。」

「うっわ、ゲスイ!
どういう視点から見てんだよ、日吉を!」

「だって…!」

「彼女になりたいとかじゃなくて、裸を見たいっていう辺りがもう末期やな。

「…はぁ…、もう帰ろっかな…。」

「…んー…、でもねぇ。日吉も最近元気ないと思う〜。」


突然目をパチリと開けたジロちゃん。
……そうかな?ぴよちゃんさまはいつも通り、むしろ調子が上がってるようにも見えるんだけど。

私と同じ考えだったのか、がっくんと忍足も顔を見合わせる。


「俺にはわかるんだも〜ん。」

「えー、でも元気ないって心配だよねぇ。5月病とかかなぁ?」

「まさか。日吉はそんなんで気を病むタイプちゃうやろ。」

「ふっふーん!俺ねぇ、良いこと考えたよ!」

「え、なになに?」

ちゃんはダメー!男の子にだけ教えてあげるから、ちゃんはバイバーイ!」

「えー!なんで除け者にするの?教えてよ!」

「ダメったらダメ!じゃあね、バイバイ!」

「ちょちょちょ…っ!」




バタンッ



急に起き上がったと思ったら、物凄い力で私を部室から追いだしたジロちゃん。
……なんだったんだ…。ジロちゃんの唐突な発言には慣れているけど、
何かぴよちゃんさまについて考えがある様子だった…。

だけど私には言えない話…。

ということは…お、おそらく…なんていうか…
その思春期男子的なお話しなの…かな…!
そ、それは私聞けないよね!

部室から3人の話し声が聞こえてきた辺りで、
私は一目散にそこから離れた。









金曜日



「あ、おーい日吉。」

「……忍足さん。」

「なんかなぁ、跡部が生徒会室に日吉呼べ言うてたで。」

「跡部さんが?」

「部活行く前に寄って欲しいらしいわ。ほな。」

「…わかりました。」





































「あれ?跡部いないねぇ。」

「んー、おかしいね?ここに来るようにって言われたのに〜。」

「仕方ないね、また勝手にどっか行くと五月蝿いだろうし待ってよっか。」

「………うん!ね、ちゃんまた膝枕してー!」

「えー、そんなのしたらジロちゃんまた熟睡しちゃうじゃん。」

「いいからいいからっ!」

「…もー、相変わらずおねだり上手なんだから。はい。」

「えへへー。……ちゃんは優しいねぇ。」


無駄に高級なソファで、座った瞬間に腰が沈んだ。
おおっ、と感嘆の声をあげる私の膝もとには
既にごろりと寝転がるジロちゃんが。

……ふふ、本当にジロちゃんは昔から変わらないなぁ。


「…ねぇ、ちゃん?最近、元気ないね?」

「……ん、そうかな?」

「うん。やっぱり"日吉不足"なのー?」

「……そうなのかも。でも、もう大丈夫だよ!ちゃんと元気だすね、ごめん。」

「ふーん…。」


駄目だな、心配かけちゃって。
よく人を見ているジロちゃんだからこそわかったんだろうけど、
あんまりいつまでもウジウジしているのは良くないよね。

自分に渇を入れていると、ジロちゃんがむくりと起き上がった。



「あれ?もういいの?」

「んー…、ねぇちゃん?俺が慰めてあげようか?」

「……ん、え?」

「だーからー、俺がちゃんを元気にしてあげるね。」


そう言って、ソファの上でむやみやたらと距離をつめてくるジロちゃん。
……ん?なんだ?

少しづつ後ずさりをする私に、真剣な表情のジロちゃんがついに私の腕を掴む。



「ちょ、ちょっとどうした?ジロちゃん。」

「…ちゃん、元気がなくて可哀想だもん。」

「え、えと大丈夫だから!心配には及ばぬ!」

「ふふっ、怖いのー?」

「こっ、怖いとかじゃなくて…どうしたの、いきなり?」

ちゃん……可愛い。」

「っ……と、取り憑かれてる…!」

ぶふっ!…本当だC〜、いつも俺はちゃんに優しかったでしょ?」


読めない笑顔で近寄るジロちゃんが、何か不気味だ。
いつものジロちゃんじゃないみたいで…
こ、これは本気で何か狐とかが憑依してるんじゃ…!!


「ちょ、ちょちょちょ!ま、待って!あ、跡部が来るよ!」

「いいじゃん、ね。ちゃん。」

「ちょっ、待っ…!」


完全に私に覆いかぶさったジロちゃんの
顔が目の前に迫った、その時。






バタンッ






「失礼しま………っ…!な、にをしてるんですか!!」

「あ、ぴ、ぴよちゃんさま!すぐにエクソシストを呼んでください!!」

「…っ!!」

「いっ!…ってー!」


現れたのは跡部じゃなくて、ぴよちゃんさまだった。

こんな場面を見られたことに対する恥ずかしさと焦りで
頭がおかしくなりそう。顔が熱い。

必死に力を振り絞ろうとすると、
いつのまにか目の前にいたはずのジロちゃんがいなくなっていた。

横を見ると、ぴよちゃんさまに床に投げつけられているジロちゃん。

腰をさすりながら、起き上がろうとしている。


「だ、大丈夫?ジロちゃん!」

「っ…来てください。」

「え?!っ、ちょ…!」


ジロちゃんの手を掴もうとした時に、
勢いよく手首を掴まれた。














バタン



「…どうやった?ジロー。」

「…やーっぱり俺の推理どうりだったC〜!」

「マジで、血相変えて出て行ったもんな!」

「……ほんま、手のかかる奴等やで。」

「な。てか俺ら何してんだろうな。」

「ふふ!恋のキューピットじゃない?」

「…ま、これであのウジウジした見なくてすむなら安いもんだな!」

「…でもジロー、ちょっとやりすぎたんとちゃう?」

「……えへへー、迫真の演技だったでしょ!」































バンッ


「…っと…、ど、どうしたの、ぴよちゃんさま。」


私の手首を掴んだまま、ずんずん歩くぴよちゃんさまは
一言も言葉を発しない。

連れてこられたのは、学校の屋上だった。



…………てるん…ですか…。

「え?」

「…芥川さんと付き合っているんですか。」

「えええ!いや、なんで!?」

「…なんでって…、付き合ってもいない人間とああいう事をするんですか。学校で。」

「ちが…違うの、いきなりジロちゃん豹変して…何かこっくりさんとかやってたのかなぁ…。

「はぐらかさないでください。」

「え、えと…何か怒ってる?」

「怒って…!……ま、せん。」

「そ、そう。良かった。私も突然の出来事でよくわかんなかったけど、まぁいつもの悪ふざけだと思うよ?」

「……俺が…いない時にも、あんな悪ふざけを…してたんですか。」

「…えーと…いや…。」



どうやら怒っていないといいつつも、怒っているようだ。
ぴよちゃんさまは真面目だから、学校内であんな破廉恥な現場を見てしまったことに怒っているのだろう。
私でも破廉恥だと思う。…たまにジロちゃんは洒落にならない悪ふざけをするので、
もちろんアレが本気でないということは、ぴよちゃんさまもわかっているはずなん…だけど。



「ま、まぁまぁ!私からジロちゃんにキツく叱っとくから大目に見てあげてよ!」

「…っ…。」

「…それより、早く戻ろう?あんまりこういうとこに2人っていうのは…。」


脳裏に美玖ちゃんの泣きそうな顔が過る。

悪いことをしているわけじゃないけど、ぴよちゃんさまも
週末のデートに際してこんな現場を見られてしまったら
不利益を被るはずだ。




「…また逃げるんですか。」

「……え?」

「…何なんですか、入学早々ストーカーのように付きまとってきたと思ったら…
 急に…逃げるように…。不愉快です。」

「ごっ、ごめん!別に逃げてるって訳じゃなくて…まぁ、その高校生になったんだし…
 それに、ぴよちゃんさまも迷惑してるって言ってた…し!」

「………本当に、迷惑だと…思ってると思うんですか。」

「…まぁ、ほ、ほら!ぴよちゃんさまも高校生なんだし、折角なら学園ラブ☆とかしたいでしょ?」

「………。」

「き、聞いたよ〜、今週末はデートなんでしょ?あんまり邪魔するのも良くないかなって。」

「………。」

「でも、本当に逃げてるとかじゃないからね!なんていうか…今まで距離が近すぎた分、
 どのぐらいの距離感を保てばいいのかがわからなくて戸惑っているというか…。」

「………。」



ずっと俯いたままのぴよちゃんさまが怖い。
なんだろう…何か逆鱗に触れるような発言をしてしまったのだろうか…。

私の、ぴよちゃんさま取り扱いマニュアル下巻108ページによると、
言葉を発しないときのぴよちゃんさまは怒っている、ということだ。




「……言いましたよね。」

「………え?」

「………去年、言いましたよね。」

「ごっ、ごめんなさい。何を…かな?」

「…俺が……入学するまで、待っててくださいって…。」

「…っ…あ、跡部に2万円もらって言った発言?」

「…確かにあの時はもらいましたけど「そ、それ以上私の儚い想い出を打ち砕かないでください!」

「っ聞いてください。」

「………へ、へい。」



いつになく真面目な表情で、こちらを睨むぴよちゃんさま。
…怒っている割には、少し、顔が赤い。



「去年は先輩が…いなくなって、本当に清々しました。」

「ごめっ…き、聞かなきゃいけませんか、うっ…!

「でも、たまに部活で会う先輩が…、跡部さんや他の先輩と楽しそうにしていると…
 なんとなく…羨ましくて…。その時は、単純に先輩達がいきなりいなくなった寂しさだと思いました。」

「………。」

「入学して、また先輩たちと部活をして…。先輩もウザイぐらいに付きまとってきて…
 ああ、またあの時と同じ日常の繰り返しだと、思いました。」

「…………。」

「やっぱり先輩は五月蝿いし、鬱陶しいし、馬鹿みたいだし…

おっと、私の悪口はそこまでだ。…も、もうこれ以上傷をえぐらないでください…!」

「それが…懐かしくて…、先輩が変わらないことが…少し嬉しかったのかもしれません。」

「………。」

「でも、さっき芥川さんといるところを見て…やっぱり先輩は変わったんだと思いました。」

「……。」

「…でも、それを受け入れる前に動いてしまいました。」

「……ぴよちゃんさま…。」


先程とは比較にならない程、頬を紅潮させるぴよちゃんさま。
何だか、本当にぴよちゃんさままで取り憑かれているんじゃないかと心配になった。

だって、こんな嬉しいことを言ってくれるのが本物のぴよちゃんさまのはずがない。



「……っ、ああ、もう。だから…!」

「……え、っと…。」

「……先輩は…変わらず…、その…」

「………っ」

「お、俺に…付きまとっていて欲しいんですが。」

「……………。」

「………。」

「…………。」

「…っき、聞いてるんですか。」

「……と、取り憑かれてない?」

「取り憑かれてません!」





だって。


だってこんなことあって良いんですか。






目の前で顔をしきりに袖でこすりながら
真っ赤な頬を隠そうとする、愛らしい後輩。

大好きで大好きで仕方ないぴよちゃんさま。


そのぴよちゃんさまに、こんな嬉しいことを言ってもらえるなんて
私はもう一生分の運を使い果たしたんじゃないだろうか。




「……っ、ぴよちゃんさま…。」

「…な、何ですか。」

「あ、あの…あの、これが夢かどうか確かめるために…抱きついていい?」

「なっ!だ、駄目です!」

「……っ、ぴよちゃんさま!」

ごふっ!!っつ…げほっ…それは名称的にはタックルだと思うんですが!」

「だってだって!ぴよちゃんさま、痛いってことは…夢じゃないんだね!」

「確かめる方法が雑すぎます、離れてください!」




まだ夢みたいだけれど。

今まで見たことがないぐらいに、あたふたと焦るぴよちゃんさまを見て
どうしようもなく愛しくなった。




付きまとって下さい、というのが愛の告白かどうかというのは審議が必要だとは思う。

だけど、今はそんな言葉はどうでも良かった。

目の前にいる可愛い後輩が、

長年彼を研究してきた私がまだ見たことのない表情を浮かべている、という事実が

とても幸せだった。