if...??





越前の場合








都内 某カラオケ店の一室にて。




「...I don't want a lot for Christmas. There is just one things I need.」

「ッオイ!ッオイ!ッオイ!」




「I just want you for my own. More than you could ever know.」

「超!絶っ!カワイイ!リョーマーッ!」



「And everyone is singing. I hear those sligh bells ringin...」

「おーししょっ!オイッ!おーししょっ、オイ!」










「ねぇ、本当うるさいんだけど。」

「ふぅ、いい汗かいた!すごいね、お師匠様!本当に英語の発音完璧じゃん!」

「なんでが汗だくなの。」

「何かお師匠様の歌声聞いてたら、内側から湧きおこる自分の魂の叫びが抑えられなかった。」

「……ふーん、気持ち悪い。」

「そんな、今年一年をしみじみと振り返るテンションで言われたらさぁ…か、かかか彼女といえどさぁ…傷つくじゃん?」



そうです。
信じられないことに、今年のクリスマスはお師匠様と過ごしています。

それも、2人きり。

それがどういうことかというと…つまりは、私達は



「…あ、そういえば。今日で付き合って丁度1か月の記念日じゃない?」

「へぇ。意外とそういうの覚えてるんだ。」


…なんだか自分で言って、恥ずかしくなってきたぞ。


可愛い可愛い彼氏は、年下の他校生。
普段学校では会えないから、こういう部活後の平日に
遊ぶことが多いのだけど…

いつも誘うのは私からで、遊んでみても盛り上がっているのは私だけ。
他人から見た私達の関係は、彼氏と彼女ではなく
アイドルとマネージャーらしい。もちろんお師匠様という美少年アイドルに
忠誠を誓う私がマネージャー。

でも、本当にお師匠様ならアイドルも目指せちゃうと思う。
これは私が惚れてるから、そう見える、とかいう次元ではなく
本気でお師匠様のビジュアルレベルは、中学生の時よりも格段に上がっている。

お師匠様のオーラに触れた時。荒野には華が咲き、雲間から太陽の光が降り注ぎ
大地に恵みの雨をもたらす…
そんな効果があってもおかしくないぐらいの威力。

その証拠に、土日に街中に出ようものなら1人や、2人。
女の子が逆ナンをしてくることなんて日常茶飯事。私が隣に居ても。

そんな日本の宝、お師匠様と氷帝の盲腸的存在、 がお付き合いできるようになったのは
……まぁ、なんというか平たく言えば、ごり押し、だ。

寝ても覚めてもお師匠様の可愛い声と小生意気な笑顔が脳裏にチラつくようになった時。
あ、これは末期だと思った。
このままだと、私はうっかり間違ってお師匠様の私物をこっそり収集したりしそうだなぁ。
なんて思うぐらいには「恋に狂っていた」。
そんな状況を見兼ねた氷帝メンバーにお尻を叩かれて


ついに、私は告白に踏み切った。







ファンタが並々と注がれたグラスのストローに口を近づけ、
ちゅうちゅうとそれを吸うお師匠様の可愛さたるや……
枯れ果てた大地に木々の生命をもたらし「何ぼーっとしてんの?」



「…人々に豊穣をもたらす…

「何急に、怖いんだけど。」

「え…あ…ご、ごめんなさい心の声が…。」

「………。」

「……ん?どうしたの?」

「………。」


ストローから静かに口を離し、大きな目で私を見つめるお師匠様。
今までにない、その距離に違和感を感じるまでに数秒かかったのは、
完全にお師匠様の透き通る目に吸い込まれてたからだと思う。


「……。」

「……っ、あ!忘れてた!も、桃ちゃん誘ってあげなきゃ!」

「……は?」

「ほ、ほら。この前喫茶店でお茶した後に、カラオケ行きたいって言ってたでしょ?だから、ね。」

「………。」


あ…危なかった。完全に危なかった。

あのままだと私は間違いなくお師匠様を押し倒していた。

だって…あんなに至近距離で可愛い顔をこれでもかという程に
アピールされちゃ、乙女心も、荒ぶる獣の心になるよ…。
なんだか本格的に女である自分と、男であるお師匠様の
立場が逆転してきているように思えてしまう。

これがいわゆる魔性というやつなのかな…





































「セクハラで訴えられるエロ親父ってこういう気持ちなんだなぁ、って最近わかる。」

「ついに身と心が一致したんやな、おめでとう。」

「身は乙女に決まってんでしょ!心の話よ、あぁもう思い出すだけで可愛くてたまらない。」

「出たよ、また越前の話だろー。」


放課後の教室。
今日ゲットした新作お菓子があるよ、なんてメールを流してみたところ
あっという間に机の周りを取り囲むお馴染みのメンバー。

こんな風に、誰かと話す口実を私が作りたがっているのは、何故か。
そんなのもうとっくにバレているようで、
目の前の椅子で変なバランスを保ちながらユラユラ揺れるがっくんは
露骨に嫌な顔をした。

だけど、今の私はそんなことも気にならないぐらい頭の中がお師匠様でいっぱい。
これが恋するってことなのかな…なんて、少女マンガの主人公気分で
窓を見つめながら物思いにふけっていると、
ガツッと拳骨をくらわされた。私が顔を赤らめているだけで癇に障るなんて、
酷くないですか。それでも乙女友達ですか、今女子会中だよぉっ?プンプン!


「がっくん、このお菓子は代償なんだからね。2粒食べたから2時間は聞いてもらう。」

「ヤダ。だっての話って、何か聞いてて鳥肌たつぐらい気持ち悪ぃんだよ表現が。」

「恋する乙女というより、ハツカノに盛ってる雄猿みたいな感じやな。

「ちょっ…、さ、盛ってるとかそんなことないでしょ!だ、いたい私達にはそういうのはまだ早いというか…。」

「なんや、まだヤってへんの?」

「うわあああ!し、しししし信じられない、あんたやめなさいよ!お師匠様がそんな俗世間の思春期男子が持つような
 浅はかな欲望とか抱く訳ないでしょ!テニスが恋人の爽やか愛され系胸キュン男子なんだから!」



お菓子が広げられた机に頬杖をつき、
ものすごくどうでもよさそうな、光を宿さない死んだような忍足の目に
怯むことなく言い返すと、一瞬目を見開いて
そして、わざとらしいため息をついた。


「……何よ。」

「…越前も、もう高校生やろ?ゆるふわ童貞系男子か何か知らんけど普通その年頃やったら
 何かあってもええんちゃう?もう付き合って1ヶ月なんやろ?」

「やめなさいよ、何その殺傷力の高い蔑称は。」

「……ってか、とどうこうってのが無理なだけなんじゃね?」

「え?どういうこと、がっくん。」

「いや、だからー。別に越前が普通の男子とは違う清廉潔白な爽やか男子!とかいうことじゃなくてー。」

「…つまりみたいな色気もへったくれもあらへん彼女やからそんなことにもならんっちゅーことやろ。」

「そう!それが言いたかった!」


パチンッとハイタッチを交わす目の前のダブルス2人は
たった今、2013★が選ぶ!滅んで欲しい系男子堂々第1位を獲得しました。おめでとうございます。

色気…だと…?


「…って、いうかそういうさー…、有りがちなカップルの展開っていうの?
 あんまり好きじゃないんだよねー。ほ、ほほほら、じっくり愛をはぐくみたいっていうの?」

、口からクッキーボロボロ落ちてんで。」

「めちゃくちゃ動揺してんじゃん。」


「図星なんやろな。どうせこの前、放課後に行ってたカラオケでも、大してイチャつきもせず帰ってきたんやろ。」

「何をおっしゃってるのかしら、カラオケはイチャつくところじゃないよ!」

「で?何してたんだよ、カラオケで。」

「崇め奉ってた。お師匠様の美声を。」

「うわー!まさか…あの、アレやったのかよ?気持ち悪いコール!」

「………い、いつもよりちょっと可愛い感じでやったから大丈夫だと…思う…よ。」


それが駄目なことなんて、これっぽっちも思っていなかったので
自然と語尾が小さくなる。
それを聞いた目の前の2人は、また一瞬真顔になったかと思うと、
勢いよくため息をついた。

……そ、そんなにダメですか。


「…越前の方からどうこうって線は完全に消えたな。」

「だな。あの汗だくで狂ってる見て、まだそんな気持ちになれるなら、俺アイツのこと尊敬するわ。」

「っく…、あんた達…さっきから暴言いっぱい吐いてるけど…
 単に皆の前では私の溢れ出る色気を抑えているだけであって…か、彼氏の前で本気だしたら
 そりゃもうお師匠様なんてメロメロになっちゃって、テニスなんか手に着かなくなっちゃうでしょ、
 だから私はあえてこういうスタンスを貫いてる訳であって、あんた達に馬鹿にされる覚えはないんだからー!!!



人間ってあまりにも嘘をつくと、勝手に全身を使って逃げ出してしまうものなんですね。

机にあったお菓子もきっちり回収して教室を飛び出した。
最後の方はあいつ達に聞こえてたのかどうかすらわからないけど、
アレ以上…あれ以上言われたら確実に私のハートは粉砕されていた…!
















































「いらっしゃいませ、お2人様ですね?」

「はーい。……ってあれ?おい、越前。」

「何スか。」

「あれさ…氷帝の向日さん達じゃね?」

「………本当だ。」

「へー、氷帝のお坊ちゃま達もこんなファミレスなんて来るんだな!」

「…うわ、最悪。桃先輩が大きい声出すから目が合った。」


入口付近に立つジャージ姿の2人の声に反応して、
1番奥の角席にいた氷帝メンバーの1人が大きく手を振った。










「…あ!あれ越前じゃん!おーーーい!何やってんだよ、お前ら!」

「やめーや、岳人。他のお客さんもおんねんで。」

「えー、俺あいつキラーイ。呼ばないでよ、がっくん!」

「なんでだよ、一緒に座ればいいじゃん?どうせ暇だったんだし。」

「…お、こっち来た。ほら、ジロー詰め。」






「……ども。」

「おう、久しぶりじゃん越前!桃城も。」

「ちーッス!あれ?跡部さんは?」

「アホ、跡部なんかファミレス誘ったらえげつないで。」

「サイゼリアでミラノ風ドリアが美味しかったからって≪シェフを呼んでくれ≫とかってな!」

「めっちゃ恥ずかしかったよねー、あの時!」

「ぶふぅっ!意外と跡部さんってお茶目なとこあるんスね。あ、すいません俺もドリンクバーで!」


ごく自然に自分たちの席に誘導する氷帝陣に
こちらもまた自然に腰を落ち着ける桃城。

対象的に、このメンバーの中に入り込むことにより起こり得る未来を想像すると
不安でしかない最年少メンバーは、誰にも気付かれないようにそっと溜息をついた。
















「…っつーかさー…。」

「どうしたんスか、向日さん。」



尋常じゃないスピードでドリンクを飲み干す向日が、
少なくとも青学2人組が着席してから数えて、
5杯目のコーラを飲み干した時。

片手で頬杖をつき、ズコズコとストローの先をならしながら、
その視線を、対面に座る越前に向けていた。


「…お前、よくと付き合えてんな。」

「………。」

「あー、こいつ昨日もさんと遊んでたんスよ。本当うらやましいッスよねー。」

「桃城だけ何かテンション違うけど、俺らは羨ましいとかじゃなくて、心配してんねんで。」

「へ?何でッスか?」

「いや…だって…なんていうか、キッツイだろ?

「……別に。」

「むー…。ちゃん、最近全然俺とも遊んでくれないC〜。」


やっぱりきたか、と今度は盛大にため息をつく。
自分に向けられる好奇の視線が面倒くさいというのもあるし、
あまり自分の彼女のことを他人にとやかく言われるのは良い気がしない。



「でも、あの告白はやっぱしびれたッスよ!」

が青学の校門で公開告白したアレだろ?」

「あの時、見守ってる俺達もドキドキしたC〜!」

「手塚とか完全に引いてたやんな。」






















「あ、あああああの!お師匠様!」

「…?何してんの?」

さん!お久しぶりッス!」

「………っ…ふぅー…ゴメン、ちょっと待ってね…整えるから…。」

「……何を?」





「……っお師匠様の全てを…私に下さい!」




「………え…え、何?越前?」

「………っ。」

「……ここは全校生徒も通る校門だぞ。」




「えー…。お師匠様への想いをたっぷり込めて、今日は歌を作ってきました。
 それでは聞いてください、 ≪愛★聞こえていますか≫「ちょっとこっち来て。」





















「今思い出しても面白いわー、あの時の。」

「あの歌、1週間かけて作ってたのにな。越前、結局聞いたったんか?」

「…聞いてない。」

「えー、そうなのー?俺も作詞手伝ったのに〜!」

「めちゃくちゃダサイ曲だけど、面白いから今度聞かせてもらえよ!」

「途中セリフ入るからな。」

「アレだろ、≪ゆけっ!大塩平八郎!≫ってやつだろ、マジ意味わかんねぇ。

「…へー。さんてすげぇッスね。皆に応援されてたのかー。」

「………。」

「…ねー、っていうか越前くんはーちゃんとラブラブなの?」

「……は?」



盛り上がるまわりとは対照的に、
黙々とファンタを飲み続ける越前に、質問をしたのはジローだった。
机にうなだれながら、こちらを見つめる視線はどこか鋭かった。



「…だってさ、ちゃんが一方的に追いかけてる感じじゃん?」

「ほんま、付き合ってくれてありがとうな。何か最近機嫌ええからやりやすいねん。」

「跡部との喧嘩も減ったしな。なんか、喧嘩してても急に落ち着きだすんだよ。」

「俺聞いたことあんで。あいつ…いつも目閉じて胸を手で抑える仕草するやろ?
 あいつ、いつも肌身離さず越前の写真ぶらさげてるらしいで。」

「ぎゃははは怖ぇええ!もはや宗教じゃん!」

「もー2人とも邪魔しないでー!ねぇ、どうなの?ちゃんのこと好きなの?」

「…ここで言いたくないッス。」

「なんだよー、越前!恥ずかしがんなって、うりうりー!!」



俯く後輩を肘でつつく桃城に、
柔らかい口調ながらも質問をやめないジロー。

ざわざわとしたファミレスの中でも
目立つぐらいの声量で騒ぐ先輩たちに
いい加減うんざりしていた。



「……ふーん。そんな程度なんだー。」

「…は?」

「だって、じゃあ絶対俺の方がちゃん大好きだもーん。」

「えええ!!ちょ、何言ってんスか芥川さん!」

「それにぃー…ちゃん言ってたよ。ちゅーもしたことないんでしょ?」

「…っ!!」


俯く越前の顔を覗きこみ、楽しそうに挑発を続ける芥川。
その発言に慌てふためく桃城に、会話を止め制止しようとする向日。



「へっへー、俺はいーっつもちゃんに抱きついたりー、ちゅーしたりしてるよ?」

「…やめろって、ジロー。何言ってんだよ。」

「………。」

「だってちゃん言ってたもん。お師匠様、私といても楽しくなさそうなんだ…って。」

「……は?」


先程の好戦的な態度とはうってかわって、
急に深刻なトーンで話すジロー。

その嘘か本当かわからない発言にさえ
否応もなく反応してしまう自分が、
恋人にそんな風に思われているとしたら。


「悩んでたよー、自分がごり押ししたから付き合ってもらえてるだけなんだって。
 お師匠様から好きだなんて言われたことないから、いつ別れたいって言われるか…
 いつも心の底で怖がってるんだってー。」

「………っ。」

「そんなの付き合ってるって言わないじゃん?だから、俺がもらってあげるね?」

「……るさい。」

「え?」



バンッ




「…うるさいって言ってんの。……桃先輩、俺帰ります。」

「え?!お、おお…。」



後ろに置いていたテニスバッグを乱暴に背負い、
500円を机に叩きつける。
かぶりなおした帽子の下から覗く視線は真っ直ぐジローを睨んでいた。







「…ジロー、どうしたんだよ。」

「ふっふーん、いい感じじゃない?俺ってば演技派〜!」

「何やねん、いきなり。アレ、越前結構怒ってたで。」

「そうッスよ!…あんな越前初めて見た。」

「だーって、ちゃん悩んでたC〜?友達に協力してあげるのはあたりまえじゃん?」

「……いや、あれは何か…ちょっとマズイ方向にいきそうな気がする。」

「…俺もや。ジロー、適当な理由後付けしてるけど単純にあいつが気に食わんかっただけやろ?」

「………えへへ、バレた?まっ、いいじゃんいいじゃーん!」

「……なんか、越前って…大変な人と付き合っちまったんスね…。」








































「よしっ、出来た!」



奴等を見返すため、否、お師匠様との距離をもっともっと縮めて
将来的にはアイドルとマネージャーの関係から、カップルの関係になるため、
まずは急がす焦らず、ゆっくりと私を好きになってもらうところから始めよう。


あの後、真っ直ぐに家に帰ってきて一通りゲームでストレスを発散した私。
そんな気持ちで、机に向かっていた時。


ピーンポーン……








「…あれ?お師匠様。どうしたの?こんな時間に。」

「……ご飯。」

「…え、あ、ああ!食べる?何か作るね!あがってあがって。」

「……。」



何やら暗い表情で一言「ご飯」とつぶやくお師匠様に
軽く眩暈を起こしそうになりながらも、なんとか家の中に連れ込むことに成功。

部活がえりでお腹空いてるのかな、だったら肉とかがつっとしたものの方がいいよね…



「ごめん、お師匠様。今日は1人だと思ったからカップ麺しかなくて…すぐ材料買って来るから待ってて?」

「…いい。ここにいて。」

「……どうしたの?」


おかしい。

何か、お師匠様がいつもの調子じゃない。
特に顔色も普通だしテンションも変わらないけど
言葉の端々に妙な違和感を感じるのは何故だろう。

ドサっとソファに座ったお師匠様に促されて
その隣に座ってみるも、ずっと帽子を深くかぶって俯いたまま。



「……ねぇ、これ何?」

「え…う、うわっ!ちが…ごめん、違うの!」



先程まで机の上に開いていた、お師匠様へ捧げるラブソング詩集に
手を伸ばそうとするお師匠様を振り払って、ノートを横取りする。



「…見せてよ。」

「いや…いやいや、これはちょっと…ほら、プライバシーの問題ってあるじゃん?」

「あいつのことでも書いてんの?」

「へ?あいつ?」

「…あのムカツク人。寝てばっかいる。」

「……ん?ジロちゃんの事…じゃないよね。」

「その人。」

「え!?どうして?っていうかお師匠様そんなにジロちゃんと仲良かったっけ?」

「………何か隠してるんでしょ。」

「えー…と…。」



何だろう、お師匠様の言っている意味が全然わかんない。
だけど特にふざけている様子なんかはなくて、
終始真面目なトーンで話すもんだから、どう切り返して良いのかもわからない。

…怒ってる…のか?いや、でもその理由が見当たらないし…




「ジロちゃんはずっと友達で…、確かに天使みたいな笑顔で人の心をノコギリでズタズタにするような
 ことはある子だけど…、
いい子だよ?」

「友達と"いつも抱きついたり"してんの?」

「ん?んー、まぁ確かにジロちゃんは甘えん坊だからなぁ。」

「っ…何普通に言ってんの?」

「え?!」

「……は、俺の彼女なんでしょ。」



そう言って、真剣な目で私を見つめるお師匠様の目に吸い込まれそうになる。
あ、つい最近もこんなことあったなと、記憶の糸を手繰り寄せてみると
それは確か先日のカラオケでの出来事だったように思う。

あの時も、こんな風に至近距離で目が合って…



「っお…っと!う、うん彼女にしてくれて…本当感謝してます!」

「……何で後ずさりすんの?」

「いや…えと、だって…。あ、そ、そうだ材料!材料買って来るから…」

「…。」

「え?」

「………もう学校行かないで。」

ぶっ!…え、ええ…な、何で?」

「青学に転校してきて。」

「どうしちゃったの、お師匠様!嬉しいけど!嬉しいけど、ちょっとその、お顔が綺麗すぎて…!ちか…いですよ!」



お師匠様+至近距離+よくわからないけど可愛いワガママ
という、MAXだったHPゲージも一撃で0になるほどの攻撃で
私の心臓は爆発寸前です、今年1年で1番ドキドキしてる気がする。



「嫌なの?」

「え…と、嫌ってわけじゃないけど…。その、友達だっているし…」

「……またアイツ。」

「え?い、いや別に比べてるわけじゃないんだけれども、その何て言うか…
 毎日お師匠様に学校内で会うとなると、私の行動がいよいよストーカーレベルになりそうで自分で自分が怖いと言うか…。」

「………。」

「そ、それにホラ!お師匠様もずーっと私と一緒にいると、いい加減うんざりしちゃうかも…」


何とか話題を逸らそうと努力してみるも、お師匠様との距離は近づくばかりで
いよいよ自分の理性が抑えられなくなりそうになったその時。



「…俺の方が…。」

「…え?」

は…好きなんでしょ、俺のことが。」

「ももももちろんでございます!」

「…………俺も。」

「っ」

「俺も、が好き。」

「……っ!」

「…が、こうやって言葉にして欲しいっていうなら、いくらでも言ってあげる。」

「お、お師匠さ…」

「だから、変な奴に触らせたり相談したりしないで。」


そう言って、まるで子供のように抱きつくお師匠様。
変な奴って…ジロちゃんのことかな…。

ブルブル震える手をなんとか抑えながら
ソっとお師匠様の背中に腕を回す。

布越しに感じるお師匠様の体温が
思った以上に高くて、より一層愛おしくなった。



「……お師匠様、私ね。ちょっと不安だったんだ、お師匠様が慈善事業の一環で付き合ってくれてるんじゃないかって。」

「どうやったらそんな答えが導き出されるのか教えて欲しいんだけど。」

「だって…、世界中の美少年ランキングを作ったら間違いなく上位に食い込んでくるぐらいの天使とさ、お付き合いできるなんてさ。」

「………。」

「だから、ちょっと内心怯えてたのかも。ちょっと何かあったら、すぐ振られちゃうんじゃないかって。」

「……。」


私が話している間も、ずっと抱きついたままのお師匠様。
その力が段々と強くなってくることが、本当に幸せすぎてニヤけ顔がなおらない。



「でも、お師匠様にどう思われてるのかっていうことがわかって…単純だけど少し安心できた。」

「……ふーん。」

「ふふ、ありがとうお師匠様。」

「………じゃあ、もう学校行かない?」

「……あれ、もうその話終わったよね?」

「終わってない。あんな奴がいるところに行かないでよ。」

「…っぷふ…。そんなにジロちゃんと仲悪くなっちゃったの?」

「だって…。」



そっと離れて、ふてくされたようにそっぽを向くお師匠様。
ジロちゃんって基本的にそんなに他人に嫌われるような子じゃないと思うんだけど、
何がお師匠様をそこまで駆り立てるのだろうか。



「…あいつとキスしたんでしょ。」

「へっ!?なっ、し、してないしてない!何情報、それ?!」

「…あいつが言ってた。」

「………それ…あー…、そういうことか…。」

「何、そういうことって。」



先程からの意味不明の発言が全て一本の線に繋がった。

わかった…。絶対あの時ちらっと相談したことを拡大解釈したジロちゃんが
きっと何らかのタイミングでお師匠様に接触して
あることないこと吹き込んで、お師匠様を焚きつけたのだろう。

…確かに、悩んでるとは…言ったけど…!
ジロちゃんの掌で転がされてたなんて知ったらお師匠様は気分が良くないだろう。

…と、取り合えずこのことは何とかスルーしよう。



「ねぇ、何?」

「え?!いやいや…あ、そうだ。お師匠様、今日入浴剤買ってきたからよかったらお風呂入ってく?
 ほら、見て≪ジンギスカンの香り≫だって!」

頭おかしいんじゃない、絶対臭いからそれ。」

「へ…。いやいや、何事もチャレンジでしょ?」

「それで話、逸らしたつもり?……絶対怪しい。」

「別に何も怪しくないよ!とにかくその情報はデマだから拡散しないようにね!」

「………。」



諦めたのか、少しムっとした顔をして詰め寄るのを止めたお師匠様。

……こ、これはもしかして…ヤキモチをやいてたり…するのでしょうか!?
やだ、カワイイ…!

最初はなんて面倒なこと吹き込んでくれたんだジロちゃんこの野郎、
なんて思ってたけど今となっては…グッジョブ…!!



「あのー、お師匠様?取り合えず私、晩御飯の材料買って来るから…」

「いい。」

「……んー、じゃあ何食べよっか?カップ麺にする?」

「………。」

「……。」


完全にへそを曲げてしまったらしい女王様。
ソファに寝そべって、タヌキ寝入りを始めてしまった。

……何なのもう、こんな可愛い生物が地球上に存在するなんて
私は今すぐ日本自然保護協会にお知らせしてあげたい気持ちです。



「…おーい、お師匠様ー…。」



可愛い可愛い彼氏の顔を今の内にじっくり堪能する為、
声をかけながらも起こさないように、顔がよく見える位置まで移動すると
やっぱり気付いていたかのように、パチっと大きな目が見開かれた。



「…………キスして。」

「………え…。」

「…そうすれば信じてあげるから。」

「ふっ、うぇごほっぐほっ…いや、げほっ!

「…何でむせるの。」

「ちょ、っと衝撃に耐えられなくて…え…今、あれ、もう1回言って?」

「…ヤダ、もう言わない。早くして。」

「……っっ!」



もう逃げられない。
真っ直ぐに突き刺さる視線にたじろいでいると、
グイっと腕を引っ張られた。



「……早く。」

「…わ、かったから…えーと、その…じゃあ……目を閉じてもらえます?」

「ん。」

「はわ…はわわわわっわわわ可愛いいいいいい!」

「ちょっと、変なこと言ってないで早くしてよ。」

「は、はい!ふー…ちょっと待ってね、勢いつけるから…大丈夫、自分を信じるのよ…。」

「ねぇ、勢いって何?痛いのはやめてよね。」

「はぁ…はぁ、うん大丈夫だよ優しくするからね…。はぁ…じっとしててね、痛くないから…。」








「………やっぱり待って、なんか気持ち悪い。

「うおわぁああぇえええええ!ちょ、急に目あけないでよ!!」

「いや…、何さっきのセリフ…。

「へ!?」

「何か、息も荒いし…。」

「そりゃ荒くもなるでしょ、目の前に自分の大好きな子がいて≪キス…してよ……≫なんて誘惑されて
 平常心を保てる漢がいるなら呼んで来いってもんですよ!そんなの漢じゃないよ!

「なんか普通に自分が男みたいな認識になってるけど…。」


「ちょ…っと、もう本当…。はぁ、緊張した…。ま、まぁでもまた今度の楽しみにとっておくっていうのも…」












































「……もう、待たないことに決めたから。」

「…っい、…今っお師匠さま…!」

「…早く材料買いに行こ。」



立ちあがり、思い出したかのようにこちらを振り向いて
そっと私の手を握ってくれるお師匠様の表情は
今まで私が見た、どの表情よりも優しげで。

その魅力にとりつかれたかのように動けない私。
たぶん今、尋常じゃないぐらい顔が紅くなっちゃってる。

…目の前のお師匠様も、そんな私を見てなのか、
どんどん顔が紅くなっていく。


…こんなに可愛い彼氏に愛を囁いてもらえるだなんて
私は世界一の幸せモノだと思う。