if...??





ちょたの場合





「ちょたー!今日、一緒に帰ろう!」

「はい。どこに行きたいんですか?」

「なんでわかったの?何か急にガリガリくんが食べたくなったからさ。コンビニ寄ろ。」

「………ガリガリくんって何ですか?」

「……まさか…知らないの…?」

「……すいません。」

「はっ、早くコンビニ行くよ!一刻も…一刻も早くガリガリくんの感動を体験させてあげたい!」

「あ、ありがとうございます。俺も楽しみです!」



バタンッ



部室にて。
閉じられたドアを見て、顔を見合わせる向日と忍足。
勢いよく飛び出して行った2人に声をかける隙もなかった。



「……鳳がガリガリくんを一口食って、一瞬真顔になって愛想笑いでごまかす方に500円。」

「…じゃあ俺は、鳳が精一杯の気遣いで≪この値段なら、この味もありですね!≫って発言をして、
 一瞬は喜ぶけど、30分後ぐらいに遠まわしに貶されてたことに気付いて落ち込む方に300円。」

「俺はねー、ちょたちゃんがちゃんとの付き合いを考え直す方に500円!」

「それはねぇだろ。もう…どのぐらいだっけ。半年ぐらい経つんじゃね?」

「だなー。がはしゃいでるように見えるけど、鳳も結構アレだよな。喜んでる。」



が部室の戸棚に隠していたチョコパイを取り出し
机に広げると、何も言わずとも集まった4人。
1つ、また1つと封を開けてあっという間に無くなった。

会話の中心は、氷帝テニス部内の珍カップル。

交際のきっかけは思いだせないぐらい自然な流れだった。
いつの間にか、自分たちの可愛い後輩があの、「彼女」という言葉が似合わなさすぎるマネージャーを
彼女にしたと聞いた時は、本気で後輩の身を心配した。

跡部が2人を5時間にわたる尋問にかけて
最終的に「合意の上である」と判断を下し、晴れてカップルとして認められた。



「…しかし、まぁ…カップルには見えんわな。」

「だなー。この前、長太郎が校舎裏で告白されてんの見たわ。」

「えー!ちゃんがいるのにー?」

「別になんて敵にもならねぇと思われてんじゃね?まさか知らないってことはないだろうし。」

「だって負ける相手がって…。夏は鞄に2Lペットのお茶入れてくる奴やで、諦めきれんやろ。

「俺、長太郎のこと結構知ってる気でいたけどそこだけはわかんねぇわ。」

「っていうかー、どっちかというとちょたちゃんの方が焦ってる感じするよねー?」


ジローの発言に、他の3人は顔を見合わせる。
そんな3人を気にすることもなく、最後の一口を楽しむジロー。



「何だよ。どういう意味?」

「んー、だってあのちゃんだよー。今でも普通に俺達と家で遊んだりするでしょ?」

「俺はちゃんと控えてるぞ!」

「控えてるって、岳人昨日も新作ゲームやってたんちゃうかった?」

「それは仕方ねぇじゃん!っつか、別にのことそんな目で見てねぇし。見れねぇし!あ、なんかムカついてきた!

「だけどー、そういうのがちょたちゃんは不安なんだよ。それにちゃんって変態なのに変なとこ真面目だしね。もう高校生なのに。」

「……あぁ。なんか想像出来るわ。未だに進展の1つもないんやろな。」


ジローの言わんとする話が理解できた時、
あからさまに表情を歪めた宍戸に向日。


「…何か、あんま想像したくねぇけどな。」

「でも確かに、この前なんか長太郎が相談があるとか言ってたわ。」

「なんや、頼られてるやん先輩。」

「どんな相談だったの?」

「あー…何だったかな…。なんか勇気を出すには…みたいな…。」

「おお!ガチの相談じゃん!絶対それ絡みの話しだよな!」

「…で、宍戸はなんて答えたん?」

「…えー…、取り合えず顔をバチバチ叩けば良いって言っといた。」

「何か全然的外れな答えだよねー。」

「な。そういうとこ本当宍戸だな。」

「なんだよ!長太郎は満足そうに頷いてたぞ。」

「…それ呆れられてたんちゃう?」







































「ね、どうどう?美味しいよね?」

「……あ、な、なんか…なんだろう、不思議な味がします。

「でしょー?この値段で、こんな幸せ味わえるなら安いもんだよねー。」

「…っふ…ふふ、そうですね。」


公園のベンチにちょたと2人きり。
寒空の下で食べるガリガリくんは思った以上に美味しかった。

隣でふんわり笑うちょたに、釣られて笑ってしまう。

…あぁ…、本当にこんな天使みたいな子が私の彼氏で良いんでしょうか。
私に彼氏が出来て、もうすぐ半年が経つ。
最初、テニス部の皆に報告した時のことは今でも忘れられない。

皆の驚いた顔。そして、その後始まった魔女裁判。
今考えても、あの尋問はおかしい。まるで犯罪者のような扱いに耐えきれず
実力行使に出ようとした私をなだめてくれたちょたの優しい表情は
今でも心の宝物だけれど。



「あ、そうだ。この前ね、近くの商店街で抽選券もらったんだ。」

「へぇ。何の抽選ですか?」

「わかんない。取り合えず、この抽選券1枚で1回挑戦できるらしい。」

「近くだったら行ってみますか?」

「いいの?まだ帰らなくて?」

「……はい。大丈夫です。」





























カランカランカラン



「おめでとうございます!3等賞〜!」

「す、すっすごいよちょた!さすが天使!神様の寵愛を一身に受けてる!え、本当スゴイ!」

「あはは、ラッキーでしたね。」


特設の抽選会会場は夕飯時だったこともあって、人はまばらだった。
私達が1枚の券を差し出すと嬉しそうに抽選BOXを差し出した、八百屋のおじさん。

飛びついてBOXに手を入れそうになったけど、フと考えた。
私よりもちょたの方が絶対運が強い気がする。
この恵まれたルックスに、女神に育てられたとしか思えない性格の良さまで兼ね備えたパーフェクトボーイ。
生まれた時から、誰よりも強運に違いない…!

そう判断して、渋るちょたに引かせてみると、想像通りの結果だった。



「はい。淡路島ペア旅行チケットだよ。」

「うわー!やったね!」

「…は、はい!」































商店街からの帰り道。
話題は先程のチケットの事で持ちきりだった。


「ちょたが当てたんだから、そのチケットはちょたにあげるね。」

「そ、そんな…抽選券は元々先輩のものじゃないですか。」

「でも私が引いてたらきっと、はずれ賞の洗剤ぐらいしか当たってなかったと思う。」

「……だ…ったら…、……一緒に行きませんか?」

「へ?」




私の後ろに立ち止り、大きな身体を小さくしてチケットを握りしめるちょた。

……一緒に…淡路島?




「……なるほど!そっか一緒に行けばいいんだね!行こう行こう。」

「え…本当ですか…。」

「うん!どうする?宍戸とかがっくんも誘おっか!体育館借りて皆でスポーツとかも良くない?」

「………っ。」

「わぁ、どうしよう。淡路島っていったら海鮮とかもきっと美味しいよねぇ…。あ、でも部活の休みって「あの。」


あっという間に頭の中に広がる、旅行の計画に浮かれていると
それを遮るように、ちょたが私の手を引いた。

振り返ると、いつになく真剣な顔で私を見つめる真っ直ぐな瞳。


「…………ふ、たりで行きませんか。」









































「ね…ねぇ、真子ちゃん…ちょっと…いい?」

「何よ改まって。どうしたの?」


お昼休みに真子ちゃんを女子トイレに呼び出した。
鏡を見て髪の毛を整えながら、返事をしてくれる真子ちゃんに
意を決して、誰かに話したくて仕方なかった話題をぶつける。


「そ…そのっ…あの、か、かかっか彼氏と旅行って…あり…なのかな?」

「…………。」


髪をとかす手をピタっと止めて、ゆっくりとこちらを振り返る。
その目は大きく見開かれていて、なんだか発言したことを後悔してしまいそうになった。


「……なに。鳳君と旅行行くの?」

「昨日、抽選で当たったんだ。淡路島旅行…。で、2人で行こうって…。」

「…………………。」

「や、やっぱりダメだよね!?まだ嫁入り前だし、健全なお付き合いには……
 あ、って、いうかちょたは、別にそんなこと考えてないと思うんだけどね!?
 ほら、あの子のことだから単純に≪淡路島ってどんなところなのかなぁ、アルパカさんとかがいるのかなぁ、ワクワク≫って
 感じなんだと思うけど、でもやっぱり年上の私からしてみると男女がしっぽり旅行だなんていかがわしいことこの上ないじゃん!?
 だからといって鼻息荒くして行くのも、引かれるだろうし…まずちょたに失望されたくないし…
 でもどうしよう、もしちょたが旅館の一室で浴衣一枚で、幸せそうに海鮮丼を頬張って
 ≪俺、先輩と旅行に来れて嬉しいです!≫なんてキラキラ笑顔で言ってきたら…
 どっ、どうしよう真子ちゃん私の心臓って今からでもなんとかして2個に増やせないか
「ちょっと黙って。」

「はい。」


「落ち着いて。はい、息を吐き出して。」

「ふぅー……。」

「……が彼氏と旅行…ねぇ…。」

「……ちょ、ちょっと真子ちゃん…改めて単語にするとまた興奮が…。」

「まぁ、いい機会なんじゃない?もちょっとは現実を知るべきだと思うし。」

「え…え、どういう意味?」

「…あんたの頭の中に居る鳳君だけが、鳳君じゃないってことよ。」

「……全国統一女子力テスト偏差値15の私にもわかりやすく説明してもらっていい?」

「ごーちゃごちゃ言ってないで、行ってきなさいって!お土産待ってる!」


思いっきり私の背中を叩いた真子ちゃん。
……不安はいっぱいある。
私がうっかりちょたの下着を拝借してしまったり、
寝ているちょたの顔をうっかり写真に収めてしまったりして
それがバレて修羅場、なんてこともあるかもしれない。

だけど、それよりも1日中ちょたと2人きりで
出掛けられる…ということに、私の中のわずかな女子力はトキめいていた。



































「うう…ちょ、ちょっと休憩!」

「はい!あ、水買ってきましょうか?」

「お…お願いします…。」

「待っててください、すぐ行ってきます!」



無事淡路島に到着した私達は、何故か体育館にいた。
旅行の計画を練っている際に、意外と時間があまるだろうという話になり
取り合えず、オプションプランで選べる事になっていた「体育館」を借りて
2人で仲良くバドミントンに興じていた。

わ、私の想像ではきゃっきゃうふふ、と羽を追いかけ合ってるイメージだったんだけど
今、体育館の床に仰向けに寝転がっている私の体力はもう限界だった。

笑顔で羽を左右に打ち分けて、コート中を走り回らせるちょたは、結構鬼だと思う。
しかも超楽しそうだった。私、半分白目とかになってたと思うけど楽しそうだった。

汗だくの身体にひんやりとした体育館の床が心地よい。
そのまましばらく待っていると、パタパタと足音が響いた。


「お待たせしました。どうぞ。」

「わっ…あ、ありがとう!」


ぴたっと頬にくっつけられたペットボトルは思った以上に冷たかった。
目前には爽やかな笑顔を携えたちょた。
ボーっとその顔を見つめていると、体温がさらに上昇しそう。


「ちょたさ…ちょっとは手加減とかしても…良いんだよ…。」

「…すいません、なんか先輩が面白くて。」

「お、面白いって何?」

「なんていうか…、ネット際に打ち返すとコート奥から先輩が走ってくるじゃないですか?
 その時の形相が、何て言うんだろう…≪生きてる≫って感じが伝わってきて…

「いくら私でもその感想をもらって私の野性味を感じ取ってくれて嬉しい★だなんて思わないからね…。」

「ふふっ、本当に先輩はいつでも形振り構わないですよね。

「かま…構ってるつもりだったんだけどな…!」


仰向けで汗だくの姿が何だか急に恥ずかしくなってきた。
こ、この姿も形振り構わぬ野性味あふれる姿にうつっているのだろうか…!
両手で顔を覆うと、頭上で楽しそうな笑い声が聞こえる。

……ちょたが笑ってくれるなら、別にいいんだけどさ。

あまりにも笑うもんだから、いい加減に先輩として注意をしようと
手を退けると、目前まで大きな手が近づいていた。

何かと思って一瞬フリーズしていると、その手は私の頭へと添えられ
ぐちゃぐちゃになった髪の毛を手で梳かしてくれている。
隣に座り、優しい表情で私の顔を覗きこむその姿は明らかに反則だと思います。


「…そういうところが先輩らしくて、可愛いなって…思います。」

「………………。」

「…あっ!…いや、っあの!へ、変な意味じゃなくて!その尊敬するっていう意味で…!」

「……やっぱり私の思い描くちょたは、ちょたそのものだと思う。」

「え?何言ってるんですか?」

「こ、こっちの話!そろそろ時間、だよね!い、いいい行こっか!」

「は、はい!」


顔を真っ赤にしたちょたが、急いで立ち上がりネットを片づける。
先程よりもさらに汗だくになった私も手伝おうと駆け寄ったけれど、
急ぐあまりお互いの手が触れてしまったりして、さらに慌ててしまった。

…もう半年も付き合ってるのに、なんだその初々しさはって真子ちゃんには言われるけど
ノーモーションで目にもとまらぬボディブローをばっちばち打ち込んでくるちょたに
耐性をつけろって方が無理な話だと思う。

可愛い可愛い後輩。


天使のように優しくて、真っ白な、彼氏。



































思う存分観光をして、ヘトヘトになった私達は
やっとのことで旅館まで辿り着いた。
…はしゃぎすぎた。

デジカメの14GBのメモリーカードが満タンになるぐらいの
えげつない量の写真を撮った。その全てがちょただということに心が躍る。
帰ったら、フォルダ毎に分けて整理しよっと。「ちょた:笑顔」とか「ちょた:困り顔」とか…

取り合えず、全データをアルバムに仕上げるところまで構想が進んでいた為か、
いつのまにか部屋に通されていたことに気付かなかった。



「ごゆっくり」と、襖を閉めた仲居さんを見てフと。部屋を見渡す。
夕食付きのプランではなかったのと、チェックインをしたのが21:00ということもあって
目の前には既に布団が敷かれていた。












しっかりと、ぴっちりとくっつけられた2つの布団。














「……どっせーーーい!!!」




耐えきれなくて思いっきりその2つを引き離した私の顔は
恐らく赤いのを通り越して、もう黒かったかもしれない。
それ程、心臓がバクバクと運動を繰り返していた。


「な、ななななっな何だろうねさっきのねー!変だよね、くっついてるのはねー!」

「…え…えーと…。」

「だい、大丈夫だからねちょた!心配しないで、私あの、昔よくおじいちゃんに座禅とか組まされてて
 自らの心をここぞという時に律することは得意だから、ちょたが今考えているような不祥事には発展しませんので!


「……………。」

「…と、とにかくこの状況はマズイな…。」


意味もなく部屋の中をぐるぐると歩きまわる私を、無表情で見守るちょた。
さっきまで普通に楽しめていたのに、いきなり目の間につきつけられた
生々しい光景に、完全に思考が狂ってしまった。




ガラッ




「わっ!」

「あ、申し訳ございません…。先程、ご案内出来てなかったのですが、本日貸切露天風呂の方に空きがございますので
 今からでもご利用いただけますが…いかがいたしましょうか?」


小さなノックの音に気付かずにいた私達に、
申し訳なさそうに、とんでもない提案をぶち込んできた仲居さん。

にっこり微笑む大人の表情に、狂っていた思考はさらに酷くなる。


「え…え、とその貸切という…のは…。」

「ええ、もちろんカップル様…お2人でご利用いただくことも可能ですので、是非。」

「…いいですね、そ「け、けけけけ結構でございますので、あの大丈夫です!私達はまだその、こっ子供なのでそういうのは!」

「……かしこまりました、それではごゆっくり。」


…パシンという静かな音と共に、部屋の中に痛いほどの静寂が流れる。
いつもより数倍大きな声で叫ぶように放ったセリフ。


自分の体温ばかり上がっていくのに、目の前にいるちょたは特に慌てる様子もない。


「び、びっくりしたねー。」

「………はい。」

「あのー、なんだろうもう夜も遅いし今日は…は、早く寝よっか!明日も出発早いもんね!」

「……。」


精一杯振り絞った私の言葉に、いつもなら爽やかな笑顔を振りまいてくれるはずのちょた。
確かに、ニコっと微笑んでくれたけれど、その表情に違和感を感じる。

自分の理性を落ち着けるのに必死で、気がつかなかったけど………。


「…ちょた?」

「はい?」

「あの…、あ。も、もう疲れたよね?ゴメンね、一日付き合わせて。」

「……いえ、楽しかったです。」


ちょたの言葉に、全くかみ合わないその表情。
……でもそりゃ、疲れるよね。

貸切露天風呂…は、どうしても…私のいかがわしい想像が勝ってしまって普通ではいられなくなっちゃいそうで。
きっと、ちょたはそんなこと考えてもいなくて、純粋にこの旅行を、楽しもうとしてくれてるのに申し訳ない。

もう少し、私が大人になれたら。その時はまた、旅行に来たいな。

そんなことを思いながら、私達は男女別の大浴場へと向かった。


































「…じゃあ、電気消しますね。」

「う、うん。ありがと。おやすみなさい。」

「……はい、おやすみなさい。」



パチン





































眠れない。


全…っ然眠れない。
なんだろう、この汗は。絶対にお風呂上がりの汗だけじゃない気がする。

静寂に包まれた、暗い部屋の中で私の心臓の音だけが聞こえてしまうんじゃないかとさえ思う。


よ…よし、取り合えず寝がえりだ。
寝がえりを打つフリをして、さりげなくこの音をごまかそう。

そして、ちょたがもう寝てるなら私も落ち着いて眠れるはず。

うん…そうだ、1人だと思えば眠れるはずなんだから。

頭の中でグルグルと暗示をかける。
もぞもぞと布団を動かして、ちょたの寝ている方向へ顔を向けると


「うっ、わ…!…え…、ちょた?」

「………眠れないんですか?」


1m程離れた場所にある布団の中には、私と同じように寝がえりを打って、こちらをジっと見つめるちょた。
頭の中で想像しきれていなかった光景に、一瞬ビビって叫びそうになるけれど
いつも通りの優しげな表情を見て、すぐに安心した。



「う…うん、ちょっと今日…楽しかったから…かな。」

「……俺もです。」

「そっか!良かった。いっぱい…想い出も出来たもんね!」

「……はい。先輩が毛ガニにおもむろにかぶりつく姿が頭から離れません。」

「やめてよ!ちょたがアレで小一時間笑ってたの、結構傷ついたからね!」

「あはは、すいません。」

「……ふふ。はぁ、でも本当満足。ちょたの写真もいっぱい撮れたし!」

「…………先輩。」

「ん?」

「…あの…、ふぅ…ちょっと待って下さいね。」


何かを言いかけて、止まったちょた。
布団から上半身を起こして、何をするのかと思うと

急にほっぺをバチバチと、音が鳴るぐらいに叩き始めた。


「なっ、ど、どうしたの!?蚊!?刺されたの?!」

「……ふぅ…。せっ先輩!」

「は…はい!」












「……………この布団…、くっつけ…てもいいですか。」













「……………え…。」

「…失礼します。」



アホみたいな顔でポカンと口を開けている私にかまうことなく、
問答無用で布団をズルズルと引っ張ってくるちょた。

いつのまにか、最初の状態に戻った2枚の布団。

無事移動が終わった布団の中に、ちょたが潜り込むと
想像以上の距離の近さに、私の心臓はまたさらに激しく動き出す。


「っ!…え、え…、あの…!」

「……イヤ、ですか?」

「そっ、そんなことはないのだけれども、何ていうかあの、心の準備っていうか…!
 ち…近すぎて、ダ……ダメだ、ちょっと呼吸がしんどくなってきた…!」


初めての距離に、戸惑いながらも
どこか嬉しそうな笑顔のちょたに、それ以上抵抗することは出来なかった。

薄暗くてよく見えないはずのちょたの顔も、
目が慣れてきて困ったことに、とてもよく見えてしまう。
男の子とは思えない、綺麗に整った睫毛。
優しげに微笑む、口元。

綺麗な唇。



そこまで見て、私は何を考えているんだと恥ずかしくなった。
……ダメ。ここで、取乱してちょたに恐怖心を与えたくない。

ただ、近くに居たいという、ちょたの可愛い願いに
変な気を起こしちゃダメだ、と自分に言い聞かせながら布団の中に潜り込んだ。



「……先輩。」

「……な、なに?」

「あの、手…繋いでも良いですか?」



























何を言ってるんだこの子は。






























「っ…え、えー…なんで?」

「……繋ぎたい、からです。」


あくまで動揺を見せないように、聞くと
思った以上に余裕の笑顔であたかも普通のことであるかのように返答するちょた。

繋ぎたいからって…、こ、この状況は駄目でしょ…。

あ、なんだろうもしかしてドッキリカメラとかが張り込んでるのかな。
この手をとった瞬間に、がっくんや忍足が突入してきて
いつものように確保されて、そこから跡部の尋問が始まって……

目の前のハニートラップに、様々な想像をしていると
いつの間にか、掌に感じるじんわりとした温かさ。



「………っ…。」

「…先輩、もしかして緊張してますか?」

「…なっ、何で?!別にそんな、大丈夫だよ!普通に、普通に繋ぐだけでしょ?」

「……ふ…ふふ…、いえ。ちょっと汗ばんでたので。」

「っご、ごめん!」


慌てて手を離そうとすると、しっかりと掴まれていてそれすら出来ない。
……汗ばんだ手とか…ものすごく握られたくない…のですが…。


「……恥ずかしいんですね。」

「い、いやいや…全然そんな…大丈夫。も、もう、ちょっと眠くなってきたし。余裕だし。」

「……そうですか。おやすみなさい、先輩。」

「う、うん。おやすみ。」


顔をあげようにも、すぐ目の前にいるちょたを見てしまうと
いよいよ、汗が止まらず朝まで眠れなくなりそうだから。

なんとか、手に感じる温度に耐えながら
取り合えず目を閉じて寝たフリをしようと。

私が眠ってしまえば、ちょたも寝て…
その間に取り合えずこの手を離してもらって…そこからやっと、私は落ち着いて眠れるはずだ。

強がって余裕ぶった発言をしてしまったことを後悔しつつ、
なんとか私は「寝たフリ」を続けた。


















「……先輩。」

「………。」

「…寝ましたか?」

「…………スー…スー…。」

「………。」

「………スー…。」

「…先輩は、俺のことを……、優しいって言ってくれますけど…。」

「………スー…ス、スー…。」




「……俺も、男…なんです。」





























チュッ
















「!?!?!?」


「……やっぱり、起きてたんですね。」

「え?!いや…え、いや…その、う、ううん、寝てる!

「……っく…あはは!起きてるじゃないですか、ばっちり。」

「あ、あ…の、ちょた今…え…!」






確かに感じた、唇の感触。

経験がないからわからないけど、

飛び起きた時に、目の前にちょたの顔があったことを考えると

アレは間違いなく……




想定外の出来ごとに、タヌキ寝入りも忘れた私。
あまりの衝撃に、頭が混乱して、恥ずかしくて、
なんとかちょたの手からすり抜けようとすると

容赦のない力で、身体ごと引き寄せられた。

まさか、いつも優しい天使のちょたの力が
こんなに強いものだとは思わず、
初めて感じた、ちょたの男らしさに呆然としてしまう。


「…あっ、あ…あのあの…!取り合えず一旦解放…して…」

「…ダメです。」

「……え……。」













「……もう優しくしてあげません。」
















噴き出す汗で溶けてしまいそうになる私を見て、困ったように笑うちょた。


こんな状況だと言うのに、思い出したのは真子ちゃんが旅行前に言っていたセリフ。


「…あんたの頭の中に居る鳳君だけが、鳳君じゃないってことよ。」



……やっと、その意味がわかったような気がした。