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エイプリルフール企画 side.日吉





「それでは、第34回ぴよちゃんさまの唇についての研究サミットを開きます。」

「わぁ、もう34回かぁー。早いもんだね。」

「っていうか、毎回結論は同じなんだからもう良くない?」

「良くないよ、真子ちゃん!!私は真剣なんだから!それに、今日はこのあと晩御飯を食べにうちに来るんだから!
 早々に作戦を練って、先手を打たなければ!」


放課後に立ち寄ったファーストフード店。
ガヤガヤと煩い店内には、氷帝学園の生徒やそれ以外の学校の生徒もあふれ返っている。

私はというと、高校でも同じクラスの真子ちゃん・瑠璃ちゃん・華崎さんと共に
議論の場を設けていた。興味津々の瑠璃ちゃんとは対照的に、ダルそうに
ドリンクをすする真子ちゃん。そのストローになりたい。
サミットの研究内容が内容だけに、ついつい女の子にすらもそういう目で見てしまう。
それに気づいたのか、真子ちゃんに思いっきり頭を叩かれてしまった。



「で?ちゃん、もう日吉君とちゅーはできたの?」

「それができたら…このサミットは開かれていないよ…!」

「えー、でももう随分経つじゃない?この前の作戦はどうなったの?」



このメンバーの中では、1番彼氏持ち歴の長い経験豊富な華崎さん。

この前の作戦というのは、ぴよちゃんさまと部活の帰り道に
さりげなく手を繋ぎ、そのまま私の家の前まで送ってもらい、
別れ際に、どんな男の子もイチコロ★ノックアウト間違いなしの魔法の呪文

「……お別れの…チューしよ。」

これを唱えるというものだ。



「…………投げられた。」

「「「……は?」」」

「…だから…、投げられたの!」

「何?比喩表現?」

「違うよ!文字通り投げ飛ばされたの!手をつなごうとしたら!」

「そこ!?もうその時点で作戦失敗してたの!?」

「頑張ったよ!私だって、何とか作戦を遂行しようと、サミットを無駄にしないようにって…!」

「………ガッツだけは認めるよ。」

「土下座…土下座して…家まで送ってもらった。

「マジで!?そこすらも土下座しないと出来ないレベルだったの!?」


ゲラゲラと笑い転げる3人に、じんわり涙が浮かんでくる。
っくそう…!彼氏彼女になってからの壁って…こんなに高かったんだ…!
皆、どうやって簡単に「彼氏と初チューしちゃったー★」とか「チュープリ撮っちゃったー!」とか
やってんの?私が知らないだけで、裏コマンドとか入力すればそのステージに行けるの?


「…家までなんとか送ってもらって…ちゃんと言った。」

「あ、言ったんだ!やっぱりちゃんポテンシャル高いよね。

「だって…!だって、私もぴよちゃんさまと……ちゅーしたかった……絶対良い匂するし、唇やわらかいし…」

「わー、妄想こじらせてるねー。限界じゃない?」

「で、で?どうだった?お別れのチューはしてもらえたの?」

「………だから最初に言ったじゃん!!投げられたんだよ、そこで!










「お別れの……げほんっ、ちゅ…ちゅーしよ?」

「………………。」

「…あ、あれ?ぴよちゃんさま?」

「…疲れている人間に…ここまで見送りをさせて…その上で、まだそんなバカげた発言をほざける先輩を尊敬します。

「怖いっ!言葉の端々に見え隠れする憎悪の念が怖いよ、なんで!?か、かかかか彼女だよ!?」

「ちょっ…つ、掴みかからないでください!」

「っく…今日は何としてもしてもらわないと…今までのサミットを無駄にはしないんだから…!」

「……っ何の……話ですかっ!離れてください!」


ズシャッ



「…痛い…。」

「…す、いません。つい火事場の馬鹿力が…。」

「か、火事レベルの災害だったということか…!

「……とにかく、帰ります。お疲れ様でした。」

「……っく…お疲れ様っした……!











「「「あはははっははははは!!!」」」

「ねぇ、もうやめて!その笑い声が私の心をズタズタにしてるんだよ!」

「いや…あははっ…だって、その…ちゃん、やっぱりスゴイ!」

「そうだよ、必死さがにじみ出ちゃってるもん!なんか思春期の男子みたいな必死具合!」

「うわあああああん!もう無理なんだー!もう絶対無理無理無理!」


机に突っ伏して泣きわめく私を、笑い飛ばしながらも優しくなぐさめてくれる3人。
頭を優しく撫でられることで段々と心が安らいでいく。


「まぁ、とにかくさ。また新しい作戦を考えようよ。諦めたら終了だよ。」

「華崎さん…頼もしい!お願いします、師匠!」

















「……だってよ?日吉。お前の彼女めちゃくちゃ面白いな。」

「……うるさい。」


同時刻に同じ場所で、それも最悪なことに
すぐ後ろの席に座っていた俺と、友人2人。

各席が個室のような作りになっているから、
もちろん顔は見えない。しかし、大きな声で聞こえてくる
自分の愛称に、嫌でも反応してしまう。

友人2人も気づいたのか、話を盗み聞きしながら
ニヤニヤしている。………本当にバカじゃないのか、あの人は。


「っつかまだちゅーもしてないわけ?先輩可愛いじゃん。」

「うるさいって言ってるだろ。」


後ろの席に聞こえないように、コソコソと耳打ちをする友人にうんざりする。
……なんで他人に自分の恋愛事情を詮索されなきゃならないんだ。
先輩も、なぜ他人にそこまで赤裸々に話せるのか意味不明。


これ以上盗み聞きするのも、自分の、一応彼女である人物の
バカみたいな姿を友人に見られるのも嫌だったので、
荷物をまとめ、帰る準備をしていたその時。

耳を疑う発言が聞こえた。




「でも、もチューするの初めてじゃないんでしょ?前と同じようにすればいいじゃん。」

「そうだけどさー…でも、あの時とはまた違うっていうか…。」

































「ぴよちゃんさま、ど、どうかな?」

「…美味しいです。」

「良かったー!あのね、食後のプリンも買ってきたから一緒に食べようね!」

「…はい。」


…きょ、今日は中々テンション低めのぴよちゃんさまだ。
こういう日はあまり刺激しないほうが良いのだけれども、
第34回サミットで決まった次なる作戦はなんとか遂行したいと思う。



作戦はこうだ。
ご飯が終わった後に、洗い物をする。
その際に、ぴよちゃんさまが必ず食器を台所まで運んでくれる習性を利用して
両手が食器で塞がった状態のぴよちゃんさまの唇を奪おうというものだ。

ついに合意の上でのチュー計画路線は廃止された。

もう何十回も作戦を失敗しているからこそなんだけど…
でも…でも今日こそは、私たちもうちょっと近づいても…良いと思うんだ。

それに…あの幸せな夢みたいな告白の日以来、
中々ぴよちゃんさまのデレ期が訪れないのも辛い。
むしろ、日に日に辛辣になっていってる気すらする。

現に、目の前でご飯を頬ばるぴよちゃんさまもどこか不機嫌そうで。
…………まさか、あのことがバレたりしているなんてことはないと思うけど。




「ね、ねぇぴよちゃんさま。今日は放課後どこか行ってたの?部活早めに終わったじゃん?」

「……………家に帰って寝てました。」

「へぇー、そっかそっか。ぴよちゃんさまのベッドの匂い…嗅ぎたいなぁ。」

「心底気持ち悪いんで、帰って良いですか。」

「嘘嘘嘘!ちょっとした冗談だからね!ねっ、待って!」

「………ごちそうさまでした。」



きた。


ついにこのタイミングがやってきた。作戦実行だ。
心臓がドコドコ鳴っている。
さりげなく。あくまでさりげなく台所へ移動する。

そして、次は…声が震えないように気を付けて…


「…っぴよちゃんさまー、申し訳ないけど食器運んでくれる?」

「わかりました。」


よしっ!いけた!いけたぞ!
このまま…このまま、食器を運んできたぴよちゃんさまに
飛びつけば作戦完了だ!


「……持ってきました。」

「あ…あ、りがとう。」

「……何ですか、早く取ってください。」

「うん……、ふぅ…よし!ぴよちゃんさま、ごめん!!!

「は?」



俊敏な動きで、少し高い位置にあるぴよちゃんさまの唇めがけて飛びつくと、

目にも留まらぬ速さでしゃがみ込んだぴよちゃんさま。


そのまま、エアーキスをする形になった私はもちろん床に倒れ込む。


冷静になった頭の中に「作戦失敗」の4文字が浮かぶ。

恐る恐る、上を見上げてみると

食器を両手に持ったまま、涼しい顔でこちらを見下ろすぴよちゃんさま。

ゴミでも見つめるかのようなその視線にさすがに心が折れそうになる。




「……何してるんですか?」

「え?い…い、いやー……えへへ。」

「……ここ最近の先輩はおかしいです。」

「……お、おかしい?」

「………欲求不満なんですか?」

「っ!!」



嘲笑うように言われたその一言に、顔が真っ赤になる。
き…ききき気づかれていた…!!わかってたんだ、ぴよちゃんさま…!
さりげなく、を装っていたはずなのにそれがバレているとわかった瞬間、
とにかく恥ずかしくて、逃げたくなった。


「ごっ…ごめんなさいー!!」

「逃がしませんよ。」


四つん這いのまま台所から脱出しようとしたところ、
既に私の腕をつかんでいたぴよちゃんさま。
その眼はギラギラと怒りに燃えているようだった。

…………終わった。










「で?何のつもりですか?」

「な…何のつもりとは…?」


床に正座させられた私に、真正面からお説教モード全開の後輩。
恥ずかしすぎて、その顔を直視することすらできない。情けない。


「さっき、何をしようとしたんですか。」

「……わ、わかってるでしょ。」

「わかりません。」

「……っ……ちょ、ちょっと匂いを嗅ぎたくて…」

「ふざけないでください。回答をはぐらかすな、という意味とその発言自体への意味です。」

「……やっぱり言いたくない。」

「……へぇ。そうですか。」


顔を真っ赤にして否定しても全然迫力がない。
対して、余裕たっぷりの顔で明らかに私を苛めているとしか思えないぴよちゃんさま。

……ここまで嫌がられるというか、拒否されるのは
やっぱり私に彼女としての魅力が足りないからなのだろう。

前回だってその前だって、作戦の上とはいえど
はっきりと「ちゅーがしたい」と伝えているにも関わらず、
全く動じないし、譲歩もしてくれないぴよちゃんさま。

好きは好きでも、もしかしたら違ったのかもしれない。
付き合ってみたら、なんとなくやっぱり「彼女」とは違った、っていうパターンかもしれない。
それなら辻褄があう。

なんだか、今の状況も重なって情けなくなってきた。
ホロリと流れる涙を見られないように俯くと、ぴよちゃんさまに顎を持ち上げられた。


「えっ」

「……何、泣いてるんですか。」

「ちがっ…なんでもない!」

「……………正直に白状すれば許します。」

「……え?」

「………誰と、キスしたんですか。」

「…………え…。」

「…しらばっくれても無駄です。早く言ってください。」


ふざけている様子もなく、真面目な顔でそう言うぴよちゃんさま。
一瞬、ポカンとしてしまったけど、思い当たる節はあった。

………やっぱりバレてたのか。

さらに恥ずかしすぎる事実に、血液が沸騰し始め、また泣きそうになってしまう。
それでも顔を背けることも許されず、まっすぐ私を見つめるぴよちゃんさま。


「………っ……やっぱり許さないかもしれません。」

「え!…ご、ごめんなさい…ちゃんと言う。言うから……。」

「………。」


私の顔をつかむ手に力が籠められる。
…や、やばい怒ってる…あの事実を知った上で怒ってるんだと思うと、
唇が震える。でも…言わないと……


「……そ、その…この前の日曜日に家に来た時…。」

「……家って、先輩の、この家ですか。」

「…ん?うん。」

「…………っ……、よくそんなことを平気で出来ますね。」

「………ごめんなさい…、あの…。」

「…いいです、続きを話してください。」

「つ、づき?……えーと…あの、ちょっとDVD見た後、一緒に寝てる時に…」

「は!?」

「え!?」


「……っね…寝るってなんですか?どこで?」


ちょっとさっきから、ものすごくリアクションが大きいのが気になる。
なんだろう、ぴよちゃんさま流のボケか何かなのだろうか。

依然として私の顔をつかんだままのぴよちゃんさま。
……いい加減ちょっと見つめられすぎて、その瞳に吸い込まれそうだから、やめてほしい。



「…こ、このリビングのソファで…」

「…………………先輩。」

「はい?」

「許すと、言いましたけど。…ちょっと許せそうにありません。」



さっきまでのテンションはどこへいったのか。
急に真面目なトーンで、少し怒っているようにも聞こえる声で
私を持ち上げソファに投げ捨てたぴよちゃんさま。

唐突すぎて受け身も取れなかった。

わけがわからず、目を白黒させる私にぴよちゃんさまが覆いかぶさった。



「……ここからの話によっては…本当に許しません。」

「え…えっと……ん?」

「…っ早く話してください。」

「は、はい!!」


ドスの聞いた声で詰め寄られ、初めてぴよちゃんさまを怖いと思った。
可愛くて仕方ない後輩の、余裕のない表情に私も混乱する。


「そ……その寝ているときに…、こっそり…」

「……………。」

「ちゅ…ちゅー、しましたすいません!!!」

「……最低です。」

「ほ、本当にゴメンなさい!気づいてるとは思わなくて…!」

「バレなければ、浮気をしてもいいって言うんですか!!」

「浮気!?なんで!?」

「…ふっ、まさか…キスは浮気じゃないとでも言うつもりですか?」

「………………ちょっと、一度確認してみても良い?」

「言い訳ですか?」

「………ぴ…ぴよちゃんさま…は、もしかしてチューされたの…気づいてなかったの?」
















「………………は?何の話ですか。」


初めて見る激昂したぴよちゃんさま。
私の腕を掴む力がどんどん強くなり、いよいよ痛みを感じ始めた。

しかし、なんとなく違和感があった。
ぴよちゃさまの口から出た「浮気」という2文字で、それは確信に変わる。


何か勘違いされてる。




「……あ、あのね…この前の日曜日にぴよちゃんさま…DVD観に来たよ…ね?」

「………………はい。」

「そ、それで…このソファで寝ちゃった…でしょ?私と二人で…座りながら………。」

「………………。」

「その…時にね…、あの…つい、つい魔が差して…」

「……まるで痴漢の言い訳ですね。」

「ごっ、ごめんなさい!だ…だって、ぴよちゃんさまが私の肩にもたれかかってきて…
 あまりにも顔が近くて、見ちゃダメだって思いつつも、唇にばっかり目がいっちゃって
 寝息もすごく可愛くて、とりあえず携帯のレコーダーには録音したんだけど、でもやっぱり
 触ってみたくなって、指でつついてみたら思ったよりも柔らかくてなんかドキドキしちゃって
 やっぱり……そ、その彼女だし、これはある意味合法ということで「もういいです、黙ってください。」


「……。」


いつの間にか緩められた手の力。
深く俯いて、はぁっと大きなため息をつくぴよちゃんさま。

……やっぱり私の感じた違和感は間違っていなかった。


「…な、なんかぴよちゃんさま勘違いしてた…?」

先輩が紛らわしいことを言うからでしょう!」

「ひっ!ご、ごめん!い、言った覚えはないけど、なんかごめん!」

「………もういいです。」


呆れた様子のぴよちゃんさま。
取りあえず体制を元に戻さないと、興奮で私の命の灯がヤバイということで
もがいてみたけれど、全く動じる様子のないぴよちゃんさま。


「あ…あの、ぴよちゃんさま?」

「…………一応聞きますけど、他に……誰かと、したりしてませんよね。」

「え……あ…、当たり前だよ!逆にできると思う!?

「……妙に説得力のある言い分ですね。」


「ちょっとはフォローしてよ!…っく…!もういい。また皆に相談して作戦立てる。」

「やめてください。」


























「じゃあね、また明日学校で!」

「……はい、ごちそう様でした。」


いつものように玄関までお見送りをする。
あぁ、毎回思うけどこの瞬間はやっぱり寂しいなぁ。
また、すぐ会えるんだけど。


靴を履き、立ち上がったぴよちゃんさま。
私の手から荷物を受け取り、ドアノブに手をかける。


「…………先輩。」

「何?忘れ物?」

「……………はい。」


振り返ったぴよちゃんさまの紅潮した頬に、違和感を感じる前に
それは終わってしまっていた。






















「………え…今………。」

「…さようなら。」

「ちょっ、まっ…ぴよちゃんさま、いいい今!」

「うるさいです。……先輩が、してほしいって言ってたから、仕方なくしてやったんです。」


ガチャっと扉を開けて、逃げるように出ていくぴよちゃんさま。
遅れてきた興奮にたまらず足が動き出していた。


「ぴっ……よちゃんさまあああああ!」

「ちょっ!ご近所に迷惑です、黙ってください!」

「だって…だってだってだって、あの…もう1回!もう1回してください!」

「………本当に馬鹿じゃないんですか、あんた。」



真っ赤な顔で、また私を投げ飛ばしたぴよちゃんさま。


その後ろ姿を見てついついニヤけてしまうのは許してください。











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