氷帝カンタータ





番外編 プティ・タ・プティ





「よいっしょ、っと。ふぃー、今日も働いた働いた!」


最後のボールを備品倉庫にしまい、鍵を閉める。
今日はなんだか1日とっても長かった気がするわー。
こんなにバレンタインデーを満喫したのは何年ぶりだろうか。

小学3年生の時に初めてチョコをあげた想い出はあるけど…
今年みたいにたくさんの男子と関わったのは初めてかもしれない。

いやぁ、これはホワイトデーが楽しみだな。むふふ。

そんな邪なことを考えながら部室に足を踏み入れると
ちらほら着替え中の奴がいたり、既に着替え終わってボーっとしてる奴がいたり。

……あれ、そういえば。


「ねぇ、結局跡部来なかったねー。」

「だなー。まぁ、毎年バレンタインはほぼ自主練みたいなもんだからな。」

「俺も去年は来られへんかったしな、女の子が離してくれへんから。」

「…何そのドヤ顔。っていうことは去年より人気は下降してるってことよね。」

「ちゃうわ。学習したんや、切り抜け方をな。」

「……それ跡部にも教えてあげたら?」


あーあ、面倒くさいなー…。
跡部にだけあげないのも絶対文句言われるだろうし、
待つしかないんだろうけど…。

自分の鞄に手を入れ、最後のブラウニーを探す。



探す。





………あれ?






ガタッ



「…どうしたんだよ、。」

「え!?いや…いや、別に?」



ない。

最後の1つがない、え…なんで?
どこかで落とした?
確かに昨日の晩に8個のブラウニーを作ったはず。
氷帝テニス部レギュラー陣の8個分だ。

待て、落ち着こう。
朝から…誰にあげた…?
がっくん、宍戸、ジロちゃん…樺地に忍足。
ちょたにはさっきあげたし…。
あと、あ、田中君にもあげた。
そしてぴよちゃんさまには代わりの榊先生チョコを…




「あ。」







そうだ。忘れてた。

榊先生にあげたんだった。


廊下でたまたますれ違った時に、
「何か私に言うことがあるんじゃないか」みたいな目で凝視してくるから
仕方なく渡したのを忘れてた!榊先生入れたら9個いるじゃん!

そりゃあるはずもないわよね、どれだけ鞄を探しても。
緊急事態発生だわ、どうしようどうしようどうしよう。


「…何探してんだよ、さっきから。」

「………がっくん、私帰る。」

「おう。お疲れ。」


一刻も早くこの場所を離れなければ。
こうなってしまった以上しょうがない。

私のバレンタインデーはもう終わったことにしよう。

…よく考えたら、あれだけチョコをもらってる跡部のことだから
誰にもらおうが関係ないかもしれないよね。
というより、まず私からのチョコを欲しがるとは考えづらい。





























ガチャッ



「…おおー、跡部やっと終わったのかよ。」

「あぁ。…今年も一苦労だったぜ。」

「うわー、ムカツク顔してるわ跡部。ほんで、何個もろたん?」

「軽く3000は超えてる。」

「3000!?…ど、どういう計算でそうなんだよ…。全校生徒の数より多いだろ。」

「バーカ、他校の雌猫もいるんだよ。」


ドサっとソファに座った跡部さん。
疲れてる様子だけど、表情はなんだか嬉しそうだ。
やっぱり俺達の部長はスゴイなぁ…。
先輩達もそうだ。

俺は毎年この日は誕生日だから、
皆が気を使って色々用意してくれるけど
跡部さんや先輩は誕生日でもないのに毎年大量のチョコをもらってるんだから。


「…ああ、鳳。俺様の美声は聞いたのか?」

「へ?…あ、は、はい!あの、なんかありがとうございました!」

「ぶふっ、思いだした。跡部の歌を聞いた時のあのの変な顔。」


向日先輩が笑いだすと、つられるように宍戸先輩や忍足先輩も笑いだした。
…ふふ、確かにあの時の先輩は苦虫を噛み潰したような顔してたなぁ。


「……おい、はどこ行った?」

ちゃんもう帰ったよ〜。」

「お、そうだ。にもらったお菓子まだ食ってなかったぜ。」

「あ、俺もです。お腹空いてたからちょうどいいですね。」


自分のロッカーをゴソゴソと探し、宍戸さんが綺麗にラッピングされたそれを取り出した。
俺の手にあるモノと色違いのラッピングは、意外にも女の子らしくて
先輩がきっと気合い入れて作ってくれたんだろうなぁということがうかがえる。


は料理だけはまぁまぁイケるからなー。」

「俺もう食ったけど、結構美味しかったで。」

「あ〜、俺ももう1個食べたい!…ちょたちゃん、ひと口ちょーだい!」

「あ、あの…ダメです!」

「……ぶー。ケチ。」


俺の腰あたりに巻きつくジロー先輩が、恨めしそうな顔で見つめる。
マズイ、早く食べないと。
思い切ってブラウニーにかぶりつくと、ほんのり苦甘い味が口内に広がった。


「…わ、本当に美味しいですね。」


宍戸さんと顔を見合わせていると、フと視線を感じた。


「っ!…ど、…どうしたんですか跡部先輩…?」

「……あいつ…、なめたマネしやがって。」

「…え、何。もしかして跡部もらってねーの?」


いつもより低い声で呟く跡部先輩の声に反応した向日先輩。
嬉しそうに椅子から飛び上がって、跡部先輩に絡んでいる。


「俺達、皆もらったぜ。」

「え〜、ちゃん跡部にあげてないんだ〜!」

「どうせ跡部はいっぱいもらってるからええやろ、とか思ったんちゃう?」


それに続いて宍戸先輩や忍足先輩まで、跡部先輩を挑発する。
…なんか皆楽しそうです…。
きっと誰よりもチョコを貰った跡部先輩に対する小さな抵抗なんでしょうけど…。
見る見るうちに不機嫌な顔になる跡部先輩。


「……俺も貰いましたけど。」


うわぁ、日吉ものすごく嬉しそう。
下剋上できて良かったね、ってこんなことで下剋上して嬉しいのかな、あいつ…。
フルフルと震え始めた跡部先輩は、樺地に目線を向けた。

申し訳なさそうに鞄からソレを取り出す樺地を見て
跡部先輩はついに目を見開いた。


「どや、悔しいか跡部。」

「へっへー、なんか跡部に勝った気分だぜ!」

「……っは、言ってろ。たかがのチョコぐらいで舞い上がってんじゃねぇよ。」

「っぐ、そう言われるとなんか喜んでるのが恥ずかしくなるじゃねぇか。」

「チョコなんて腐るほどもらってんだよ。」


どさっと鞄をテーブルの上に置いた跡部先輩。
その中には数えきれないほどのチョコが詰まっていた。

さっきまでからかっていた先輩たちも
今は鞄の中身に興味津津のようだ。


「わー、全部手紙とかついてんじゃん。なになに…?ああああ!これ染井さんからのチョコ!」

「染井!?学年1位か!」

「…染井さん俺にはくれへんかったなぁ。」

「しかも本命だよ〜、これ。手紙が本気だもん!」

「勝手に読んでんじゃねぇよ。」


盛り上がる先輩達からチョコと手紙を取りあげた跡部先輩は
どうやら機嫌が直ったようだ。…良かった良かった。

また先輩達が言い争いにでもなったりしたらどうしようかと焦っちゃった。
俺じゃまだ、先輩達に割って入るなんてできないしなぁ。


…確かに跡部先輩がもらったたくさんのチョコも羨ましいけど、
俺はこの先輩のブラウニーで十分かなぁ。美味しいし。

パクっと最後のひと口を口にした時
跡部先輩が俺の方をずっと見てたなんて、全く気付かなかった。

























「ふぅー、いいお湯だった…。中々このバブいけるじゃない。」


帰宅後すぐにお風呂に飛び込んだ私は
バレンタインデーのことなんてすっかり忘れていた。
というより、私のバレンタインデーは終わったものだと思っていたのだけど。


バスタオルで頭をガシガシと拭きながら
フと、机の上で充電をしていた携帯を手にとってみると


「…え、ぎゃぁぁぁああ!









着信履歴:35件









「な…何?何なのこれ、怖いんですけど…。」


たった30分程度の間にどれだけ着信があったんだ、これ…。
気持ち悪くてついベッドの上に放り投げてしまった携帯を
恐る恐る手に取った。

画面を開いてみると、着信履歴は全て


「……跡部…。」





ヤバイ



これは、あれだ




絶対バレたんだ。









お風呂に入ったばかりだというのに、
緊張と恐怖でダラダラと汗が流れる。
携帯を見つめていると、急に音楽が鳴り響いて
反射的にベッドに放り投げてしまった。



「……な、なんなのよあいつ…ノイローゼにする気か…!」



大人しくなった携帯には着信履歴が1件追加されていた。
もうなんか怖いし電源切っちゃおうかな…。

っていうか、何をそんなに電話してくる必要があるのか…。
もう一度携帯を手にとると、その行動を見ていたかのように
着信音がけたたましく鳴り響いた。

……もうこれは出るしかなさそうだ。



ピッ


「………はい。」

。」

「…ごっごめん…なさい…。」

「何を謝ってんだ。今何してるんだよ。」

「へ?…お風呂から出てきたとこ。」

「あぁ、風呂だったのか。悪いな、何度も電話して。」

「………。」










なんか跡部が気持ち悪い














いや…待て、考えろ…何なの、これははたして跡部なのか?
誰かが跡部になりすましてかけてきてるだけなの?
これがいわゆる振り込め詐欺の手口だったりするの?

だって…だって、今まで跡部が電話してくるときに
私の状況を気遣ったことなんてありましたか?
いつも「遅い」「すぐに出ろ」「今すぐ来い」
そう、思い返してみてもそんな優しい言葉をかけられたことなんて一度もない。




「…どうしたの、跡部。何か哀しい出来事でもあったの?会社が倒産したとか?」

「……なぁ、今から会いに行ってもいいか。」

「ひっ…!」


急に電話口で甘い声を出す跡部。
どんなホラーよりも怖い。なんだこれ…なんだこれ!
なんで跡部が私に会いたいなんて言うんでしょうか、私はどうなってしまうのでしょうか。



「い…嫌だって言ったら?」

「嫌なのか?」

「……怒ってない?」

「何を怒ることがあんだよ。」

「い、いや。ならいいんだ。」

「あと5分で着くから。じゃあな。」




プチッ





……怒ってないのか。

ん?ってことは、もしかして私が跡部にだけあげてないというのは
バレてない感じなのかな?

じゃあなんで急に跡部があんなに電話してきたんだろう。

いくら考えても疑問符しか出ないけど
とりあえず怒ってないなら、良かった。






ピーンポーン…






「お、マジで来た。はいはーい。」



ガチャッ



「いらっしゃいあといだだだだっ!いたっ、ちょ!やめろっ!」

「………てめぇの血は何色だ。」

「北斗ネタわかるんだっ、って痛い!やっぱ怒ってんじゃん!」

「オラッ、早く入れ。今日は3時間説教コースだ。」

「ふ、不法侵入で訴えてやる!」

「サンドバックコースも付け加えて欲しいのか?」

「どうぞどうぞ、汚い部屋ですがおあがりくださいませ。」








跡部の「怒ってない」は信用しちゃダメだ。





































「………。」

「あ、…あのさ。」

「………。」

「何しにきたの?」


人の家にどかどかと上がり込んだかと思えば
リビングのソファにででんと座りこみ、腕を組んで無言を貫く跡部閣下。

ご機嫌斜めっぽいから下手に刺激できないのがもどかしい。
だって、跡部がへそ曲げると中々面倒くさいから…私1人で相手すんの嫌だから…。


「…その空っぽな脳みそフル回転させて考えてみろ。」

「いや…大体なんとなく想像はついてるんだけれども…。」

「ほう?」

「……えーと、たぶんバレンタインの件でしょ?」


恐る恐る跡部に視線をやると、ギンッと聞こえてきそうな程
思いっきりガン飛ばしてる。…やっぱりそうだったか。


「俺にだけ渡さないってどういう了見だ。なめてんのか。

「なんでそんな本意気で怒ってんの!?いや、悪かったけどさ…。」

「………。」

「…っく…っふふ。」

「何笑ってやがる。」

「いや…っふ、跡部、そんなに私からのチョコが…欲しかったんだって思ったら…っふふうっ!っいてぇ!

「調子乗ってんじゃねぇ、今お前に許されてるのは俺への謝罪のみだろうが。」


真顔でアイアンクローをぶちかます跡部。
いや…え、なんでバレンタインに謝罪しないといけないんだ、女の子が!


「いっ…ったいわね!この…っ誰もがあんたに優しいと思ってんじゃない…わよっ!」

「っ!」


必死に跡部の手をはずし、そのまま腕ひしぎ十字固めのスタイルに持ち込んだ。
少し顔を歪めたけど、奴が私に手加減なんてするはずもなく。


「こっちが下手に出てりゃ…!」

ぎゃぁああ!やめっやめて!!いつあんたが下手に出たのよ!」



私の足を振りほどき、背後に回った跡部が容赦なく胴体に足を絡ませ
炸裂させたのは、胴締めチョークスリーパー。

絵面的にも、モラル的にも最悪だこの状況…!


「わ…わかった!わかった悪かったですぐへえっ!」

「………最初からそう言えば良かったんだ。」


っく…屈辱だ…
いつまで私はこいつに負け続ければいいんだ…!

満足気な顔で私を解放した跡部は、どかっとソファで足を組み
床に横たわる私を見下ろしながら、一言。













「作れ。」




















「……は?」


「今から作れって言ってんだよ、聞こえねぇのか。」

「……やだ。」

「お前の答えは、はいかYESのみだ。」


横たわり、心底嫌そうな顔で断る私が気に障ったのか
跡部閣下は胸倉を掴み泣く赤子も黙りこむような声ですごんだ。
…わ…わがまま度が増してるよ…?


「…えー、今から?明日じゃ駄目?」

「馬鹿か、てめぇは。14日は今日だけだろうが。」

「何、もしかしてあんたも誰かと何個もらえるか対決とかしてるわけ?」

「……俺がいくつもらってるか知ってて言ってんのか?」

「うわ、出たよ。もう100個ぐらいもらっちゃってるわけ?」

「バーカ。軽く3000は超えてんだよ。」


ドヤ顔で、それはもう嬉しそうな顔で発表する跡部。
なんか宇宙的な数字すぎて訳わかんないけど…

そんなにもらってどうするつもりだよ…!


「えーー!じゃあもう尚更いらないじゃん!」

「………うっせぇ、口答えしてねぇで早く作れ。」

「でももうブラウニーの材料ないもん。」

「アーン?なら買いに行けばいいだろうが。」

「………そんなに欲しいの?」

「妙な言い方するんじゃねぇよ。年貢みたいなもんだ、年貢。

「……。」

「税金の回収みたいなもんなんだよ、義務だろうが。

「…………。」

「おい、なに鳩が散弾銃くらったみたいな顔してんだ。」

どんな戦場だよ!
豆鉄砲でしょ?そんな可哀想な鳩見たくないわ!」



はぁ、と大袈裟なため息をついて見せると
イラっとした様子で益々詰め寄ってくる跡部。
年貢って…税金って……。まぁ、確かに愛もへったくれもないチョコなので
年貢と言われればそうかもしれないけど…!!

ちらりと時計に目をやると、既に19:00。
…ヤバイ、このまま居座られたら深夜にチョコを作らされるぞ…。
ここは早いとこ観念するべきなのか…いや、でもなんか腑に落ちないな…。



「はぁ…。仕方ない。あんたがそこまで言うなら作ってあげるわよ。」

「元々はお前が忘れてたのが悪いんだぞ。」

「……っく…。」


ちょっと不機嫌な顔で、がっつり睨みをきかせながら
そんな子供みたいなセリフをあんたが言ったら
なんか…なんか悔しいけど可愛いからやめてください。

































「ただいまー…。……何してんの?」

「はーっはっは!俺様に勝とうなんざ十年早いんだよ!」


取り合えずチョコがないと何も作れない。
ということで、近所のコンビニまでチョコを買いに行っていたのですが、
家に帰ってきてみると跡部がWiiを勝手に引きずり出して
マリオテニスに勤しんでいらっしゃいました。あの跡部が。

そして1人でなんか興奮してるし。
あーあー…もうそんな暴れたらコントローラー吹っ飛ぶよ。
ゲーム相手にあそこまで感情移入出来るのも一種の才能だよね。

楽しそうな跡部には触れないようにして(面倒くさいから)
そそくさとキッチンへ。もう早いとこ作っちゃおう。






「……っく…、やるじゃねぇの。ただのゴリラのくせしやがって…!」


リビングの真ん中で片膝をついて、恨めしそうにテレビ画面に悪態をつく跡部。
ちょっと汗までかきながら必死にコントローラーを振りまわす跡部。
それを見ながら、冷静な顔で卵と砂糖をかき混ぜる私。

ついにドンキーに負けたのか、言葉少なにその場に座り込む跡部。
それを見て淡々と薄力粉を流し込む私。


なんだこのカオスな状況。




「…跡部よわっちーねー。」

「…アーン?」

「ドンキーとかマジで弱いからね。そこで負けちゃダメでしょ。」

「上等だ。それだけ言うならお前が相手してみろ。」

「………言ったわね?」





























数分後。



さっきまでコントローラーを握っていた私達は





何故かお互いの胸倉を掴み合っていました。






「だっから、変なセリフで笑わせないでって言ってんでしょ!?」

「それ以上失礼なこと言いやがったらこのまま窓の外に放り投げんぞ。」

「大体なんであんたさっきからピーチ姫ばっか使ってんのよ!イメージ違いすぎるでしょ!」

「アーン?こいつぐらいしか高貴な奴がいねぇからだろうが!」

「ピーチ姫は俺様の美技に酔いな、とか言わない!そんでそのセリフの後に空振りするの格好悪すぎるから!笑わせるのやめて!」

「うるせぇ!指示通りに動かねぇこの雌猫が悪いんだろうが!」

「それあんたのコントローラーの握り方がおかしいからなんだけど、気づいてないの!?」

「そういうことは先に言え、この卑怯者!」

「ちょっやめっ…なさいよ!っこ、の地味に痛いローキックはやめろ!」




チーンッ







いつものように不毛な喧嘩に発展しそうになった時、
間抜けな音が部屋に響いた。

思わず2人で目を向けると、それはオーブンの音だった。



「……あ、出来たみたい。」

「…っち、仕方ねぇ。今日のところは許してやる。」

「こいつ…!」


何でそんなドヤ顔で、ちゃっかりと椅子に座ってるわけ?
さっきまでローキックしてたくせに、何ちょっとわくわくしてキッチンを見つめるわけ?

…マジで跡部といると疲れる。








オーブンを開くと、調度いい状態に仕上がったフォンダンショコラ。
手軽に作れるものと言えばこれぐらいしか知らなかったから…。
そこらへんの市販の板チョコで作ったものが、あの異常エンゲル係数男・跡部に通用するとは思えないけど
何でもいいからとにかく作らないと帰らないつもりだもんなー、絶対。
あーあ、こんなことなら1番最初に跡部にあげとくべきだったよ、面倒くさい奴に当たっちゃったもんだ。

普段は使わないようなちょっとおしゃれなお皿に乗せて、
ピカピカのフォークを添えると、あら不思議。
なんだかんだ高級そうに見えるじゃない。うん、これならいける!良い匂いもしてるし。


「…はい、どーぞ!」

「………?チョコか?」

「フォンダンショコラだよ。中からチョコ出てくるから食べてみて。」


跡部の対面の席に座り、軽く説明してあげると
一瞬不思議そうな顔をしたけど、すぐフォークを手にとり食べ始めた。

パクパクと食べる様子を見つめていると不思議なもので
なんだか跡部が可愛く見えてくる。なんでだろう、無防備だからかしら。
今なら脳天チョップすれば仕留められるんだろうな…とか考えちゃうのは本能でしょうか。


「…美味しい?」

「………68点ってとこだな。」

「何その微妙な数字。褒めたいなら褒めなさいよ。」



背筋をぴんと伸ばして椅子に座り、優雅にフォークを口に運ぶ跡部は
その仕草だけでやっぱり育ちがわかるというか。
対面に位置する私は、だらりと椅子に腰掛け
机に肘をつきながら跡部を見つめていた。……跡部ファンなら何万払ってでも座りたい特等席だろうな。


「跡部ってさ。」

「…なんだよ。」

「毎日楽しそうだよね。」

「……アーン?」

「…そんなに何もかもに恵まれてたら人生楽しいだろうなぁって。」

「お前だって恵まれてるだろうが。」


一通りフォンダンショコラを食べ終わった跡部が
珍しく真面目な顔をするもんだから、ちょっと緊張してしまった。

机に突っ伏しながら話していた私もつい顔をあげてしまうぐらいの
マジなトーン。……私の何がどう恵まれてるというのでしょう。




「俺とこうして2人で過ごせることに感謝しろよ。」

「………。」

「奇跡みたいなもんじゃねぇか。なぁ、樺地。」

あ、樺地いなくてもそれ言うんだ。っていうか…いや…まぁ、本当その思考回路さえも楽しそうだわ。」

「…何を言いてぇのか知らねぇが…、も毎日楽しそうだろ。」



カチャっとフォークをお皿の上に置いて
またソファへと戻る跡部がうわ言のように言った一言を私は聞き逃さなかった。



「私が?」

「…向日や宍戸と毎日バカみてぇに笑ってんじゃねぇか。」

「あー…。確かに友達には恵まれてるよね、私。」

「毎日後輩にセクハラまがいなこともしてんだろ。」

「……う…いや、セクハラではない…はず。」

「それに立海の奴等とも仲良いんじゃなかったか?」

「……ええ、まぁ。」

「昨日は1人でこそこそ立海に行ってたらしいじゃねぇか。」

「なっ!…んで…知ってんの!?」


奴の白けた視線が突き刺さるように痛い。
ポケットから取り出された携帯の画面を印篭のように掲げられたもんだから
何かと思って近づいてみると、



「…う…わああああ!何これ何これ何これ!!」



そこに映っていたのは。ふにゃけた顔の私と、満面の笑顔を浮かべる幸村君。
こ…これは…!昨日図書室で帰る間際に無理矢理撮らされたツーショット写真…!
幸村君の隣に並んだりなんかしたら、いよいよこの世の無常を感じてしまいそうだから
絶対嫌だって言ったのに、そんなのおかまいなしなんだもんなあの美形。
「俺の宝物にするよ」なんて、あんな場面で言われたらそりゃ惚れちゃうよね。
帰ってすぐさま妄想ノートに書き込んだもんね。

しかし、まさかこんな使われ方をしていたとは。
恐るべし、立海テニス部部長…。



「…随分楽しそうじゃねぇか、アーン?」

「…は、恥ずかしいから消してよ!幸村君が送ってきたの!?」

さん絶対立海の制服の方が似合ってるよね、どう思う?≫だと。」

「う…うわぁ…。ダメだ、照れる。何その私に対する生温かい想い…!

「バーカ、からかわれてんだよ。いい加減気づけ。」

「……ちょっとぐらい夢見させてよ。で、跡部は何て返事したの?そのメール。」

「覚えてねぇ。とりあえず、あいつと並んで写真を撮ったお前のガッツだけは認めてやるよ。」

「何が言いたいんだおい。泣くわよ、ここで。」


ダメだって頭ではわかってるのに、
つい体が臨戦態勢に入ってしまう。
跡部といるといつもこうだよ…!



「それで……お前、立海で何してたんだ。」

「へ?…あ、聞いてない?チョコ配りに行ったの。」


携帯をソファに投げて、ぶっきらぼうに聞く跡部。
机の食器を片づけながら返事をすると、少し鋭くなった声が飛んできた。



「他校生に配って俺には忘れてんのかよ。」

「ごめ…ごめんって、だからこうしてちゃん特別手作りチョコをあげたんじゃん…。」

「いや、お前は俺が言わなかったら渡さないつもりだっただろ。」

「……跡部はいっぱいもらってるしさ。それに私がチョコあげても喜ぶ姿が想像できなかった。」

からもらって喜ぶ奴がいるのかよ。」

「おまっ…そういうところがムカツク!」

「まぁ今年のところは許してやるが、来年はないぞ。」

「…えー、もう今年でバレンタインは打ち切りにしようと思ってたんだけどなぁ。」


だってこんな面倒くさいものと思わなかったし。
と言いかけたところで、跡部様の目が笑ってないことに気付いた。

…何なんだよ、本当に。


「来年は1番に渡しに来い。」

「あ、それは無理。もうね幸村君と約束しちゃったんだ。」

「……アーン?」



ソファにもたれて、力なく天井を見上げていた跡部が
急に姿勢を正してガン飛ばしてきたもんだから、
こっちも自然と臨戦態勢になってしまう。




「いや…来年は1番に持ってこないとどうなるかわかってるよね、フフ的な事を言われて…。」

「俺様と幸村どっちを優先すべきかわかってんだろうな。」

「あ、それはもちろん幸村君です。」















































「わかっ…わかったから!それ投げつけられたら死ぬから!







無言で目の前にあったマグカップを振りかぶる跡部。
あいつ…マジで投げる目だったよ、今…!


「…まさかとは思うが…。」

「な、何?」

の分際で幸村に惚れてるとかぬかすんじゃねぇだろうな。」

なんか色々殴りたくなってきたわ。


真面目な顔でナチュラルに私を侮辱する跡部なんか
あの神聖なる王子様、幸村君には到底敵わないわよ馬鹿野郎、この馬鹿野郎!

いかん、ここで怒ったらまた掴みあいの喧嘩になった上で
跡部に力づくで反省させられてしまうに違いない。
大人になるのよ、…。心を無にするんだ…。

ガチャガチャと皿洗いをしていると、フと背後に気配を感じた。




「…っうわ、びっくりした。何?」

「来年は真っ先に俺のところに来いよ。」

「うわー、しつこい!そのセリフ、全国の跡部ファンに言ってあげたら一稼ぎ出来るんじゃない?
 ほら、着ボイスみたいなのにして販売すればいいよ。そして私はそれを買って盛大に馬鹿にしてあげるよ。」

「………。」




あれ、いつもの罵倒がとんでこない。
…どころか、何故かあの跡部が黙って俯いている。何、怖いんですけど…。

キュっと蛇口を閉めて、跡部に向き直ってみたけど
しゃべる様子はない。




「…ど、どうした?跡部。」

「……お前が立海にこだわる理由はなんだ。」

「へ?こだわる?」

「とぼけんじゃねぇよ。監督から聞いてんだよ。」

「………何を?」

「…お前…、立海の高校に進学しようとしてんだろ。」




…うわー、初耳。


ま…った、あのおっさんは…意味のわからないことを言って…!
どうせまた勘違いなんだろうけど、今目の前にいる跡部の表情からは
真剣な話をしているオーラがビシバシ出ている。

……しかし、これは良い機会だわ。
ちょっとからかってみたら跡部、泣いちゃったりして。うふふ。




「そ、そうだとしたら何なのよ?」

「…立海の何が良くて、そんなふざけたことぬかしてんだって聞いてんだよ。」




バンッ




「っわ!…ちょ、ちょっと何をマジで怒ってんの?!」




いつもの喧嘩とはまた違う表情で、壁を殴る跡部。
……ちょっと、マジで怖いぞ。
じりじりと詰め寄られて、いよいよ逃げ場がなくなった。




「…言えよ。」



で…でもここで負けちゃダメだ!
あ、跡部に「お願いだから行かないでくれ!」って涙目で言わせるまでは
一歩も退かないぞ! 一歩間違えれば今夜お空のおほしさまになるかもしれないけど…行って参ります!

そんな綺麗な顔を近づけられても怯まない…!





「…え…えー…。皆、優しいし…。」

「……。」

「それに、ほら。女の子扱いしてくれるしー?毎日がトキメキの連続っていうか?」

「………。」

「…わ、私も高校生になったらバラ色の青春ライフを送りたい…もん。」


そこまで言い切って、恐る恐る跡部の顔を見上げると
恐ろしい程の無表情だった。うわー、綺麗なお顔。…え、えー…聞いといてリアクション無しかよ!


そろそろ背中の壁の感触が痛くなってきた。
狭いキッチンで一歩も動けず、蛇に睨まれた蛙のようにじっとしているのは相当なストレスで。

…もう面倒くさいし、止めようかなこの遊び。
なんか跡部はノーリアクションだし、下手すると私を刺しそうな目をしてる…し…。



「な…なーんちゃって!もうこの話はおわ…」





そう言おうとした瞬間、










私は跡部に抱きしめられていた。







「……ふ…ふわぁああ!何!何なの!?」

「………。」

「ちょ…やめ…ど、どどどどどどうしたんや跡部…!」

「…………。」

「ほ…本当にやめ…っ、怖いよ跡部!何か乗り移ってんの!?悪霊退散!!



ギュッと跡部が腕に力を込めたところで
いよいよ私は、先程の自分の考えが間違いであったことを悟った。
駄目だ…跡部をからかったりしたら駄目なんだよ、この子馬鹿だから…!



「あ、ああああ跡部!わかったから!すいません私が悪かったです!」




本当に泣きそうになりながら訴えると、やっと許してくれたのか
腕の力を緩めてくれた。


ホっとしたのもつかの間。










…次は奴の顔が近づいてきた。







「へ…う…わあああ!何!」

「…黙れよ。」

「いやいやいやいや!ちょ…何しようとしてんの!?頭突き!?頭突きだよね!?頭突きでお願いします!

「……っふ…、本当にうるせぇなお前は。」





そう言って、跡部が困ったように微笑んだ。







…乙女ならきっとこの気持ちがわかると思うのですが。



普段私に対して微笑んだりしない奴が、



それも人一倍綺麗な顔をたずさえた奴が、




唐突に微笑んだ顔を、そんな目の前で見せられたら、あの、その















あ、カッコイイ、って思っちゃいますよね。




















「……っっ…!」


一瞬の隙をついて近づいた奴の唇。
もう駄目かと、目を堅く閉じた。



何故か嫌悪感はなくて




むしろ…これは…






















……ん?………あれ?




唇に感じるはずの衝撃が感じられず
不思議に思って目をあけると



私の瞳に映ったのは無駄に綺麗なドあっぷの跡部。








「…バーカ。十分ときめいてんじゃねぇか。」



































次の日。

氷帝テニス部の部室内での出来事。




!て…めぇ、なんだこのくそマズイドリンクは!」

「えー、跡部様への愛と言う名の砂糖がたーくさん詰まったスペシャルドリンクなんですけどぉー。」

「いい度胸だ。今日という今日は仕留めてやる。」

「上等よ。昨日のセクハラ行為、許した訳じゃないんだからね。」

「アーン?何がセクハラだ、勝手にお前が勘違いして発情してただけだろうが。

「なっ…何言ってんのよ!やめなさいよ、私が変態みたいな言い方すんな!」

「どこからどう見ても、見紛うことなき変態だ、お前は。」


「よし、表でろ、表。ボッコボコにしてやんよ!」





バタンッ








「…跡部も素直じゃないよなー…。」

「…なんかさ、幸村が俺達にとのツーショット写真送ってきたじゃん?」

「あー、来た来た!マジあれ不幸のチェンメかと思った!

「……でさ、俺幸村に聞いてみたんだよ。なんとなく。」

「何を聞いたん?」

「≪このメール跡部に送ったのか?≫って。あのメール来た時、ちょうどの進学の噂が出たとこだっただろ?」

「で?で?何て返ってきたの?」

「…ぶふっ、ほら。これ転送してもらった跡部のメール。」








Sub:Fw.
From:幸村
------------------
は絶対渡さねぇ。



-----END-----









「……うわーーーー!恥ずかしい!これは跡部超恥ずかしい!」

「めっちゃ男前やん、跡部ぶふっ!あー、あかんわ。このセリフの相手がってとこで吹いてまうわ。

「…やーっぱり跡部はちゃんのこと大好きなんじゃん!いっつも気のないフリしてさ〜!」

「これが知ったら盛大に跡部のことおちょくるんだろうなぁ。」

「だな。…あ、終わったみたいだぜ。ほら、が跡部に土下座してる。

「よーっし!そろそろ帰ろっか!もうクタクタだC〜。」




部室の窓から見える光景は、いつもの日常だった。
跡部との試合終了の合図を見て、部員たちは腰をあげる。




「……っふ、まぁ俺も…立海に取られるんは癪に障るわ。」

「バカじゃん、侑士!が他校なんかに行くわけないだろー、俺がいるのに。」

「ねー。そんなの俺が許さないC〜。」

「当の本人は、そんな風に思われてること全く気付いてねぇみたいだけど。」








土下座からのスクリューパンチを跡部にお見舞いしようとした

返り討ちにされているのを見て、部室内には明るい笑い声が響いた。












番外編 プティ・タ・プティ


Fin