if...??





Valentine's day with Atobe





「跡部様!受け取ってください!」

「私も!好きです!愛してます!」

「そんなに急がなくても、俺は逃げやしねぇよ。」

「「「「ッキャー!!」」」」



放課後。
毎年この日の部活には出られない状態の跡部。
それは高校生になっても同じで、むしろ今までよりも数は増えてる気さえする。

各自が自主練習中の部活を少し抜け出して、
生徒会室を覗きに来てみると、部屋に入るまでも無く廊下中に女の子が溢れ返っていた。

かすかに聞こえる跡部の声は、ご満悦気味。
…自分大好き人間だからなぁ。こんなに人に一杯囲まれて嬉しいだろうなぁ。

部室から飛び出す時に、見つからないように持ってきた
手元のラッピングを見て、小さくため息をつく。



「……今日中に跡部が1人になる瞬間なんてあるのかな。」



昨日、必死に考えた作戦が最初から躓いてしまって
一気に自信がなくなってきた。
……でも、今日言えなかったら、もうずっと言えない気がする。

今までだったら、あいつが女の子に囲まれているのなんて平気で見てられたのに…。
こんなにモヤモヤするってことは、きっともうこの思いは止められないって証拠なんだ。


































「放課後の強気な自分は一体どこへ行った…!」


気づけば、自宅に帰ってきて、のんびり部活後の汗を洗い流し、
夜中のバラエティ番組を見ながら笑っていた。

鞄からはみ出したリボンを見て、フと現実に引き戻される。
急いで時計を見ると既に23:00を過ぎていた。

拳を握りしめながらテーブルをガツンと一発殴る。自分の意志の弱さが情けない…!


……でも、考えれば考えるほどやっぱり、あの跡部に思いを伝えようなんて
…いくらなんでも無謀すぎたんだ。


「……玉砕覚悟とはいえ、玉砕する時は絶対痛いもんね。」


鞄から取り出したケーキだけは、可愛いリボンで気合十分でスタンバイしている。
その様子が何だか滑稽に見えた。

ハート形をボーっと見つめていると、不意にこれを作った時の記憶がよみがえった。


「渡す前から失敗することなんて考えちゃダメじゃん!」


元気いっぱいの笑顔でそう話す瑠璃ちゃん。
肩を押してくれた真子ちゃん。

………そうだ。



「………あと1時間ある…。」



壁にかかったダウンコートを取り、ジャージのままで急いで部屋を駆け出した。
…今、ここで言えなかったら…ダメだって思ってたはずだ!

残された時間はわずか。もう言い訳している暇はなかった。




































「なんだ、こんな時間に。」

「あ、跡部?あのっ、い、今どこに…いる!?」

「家に決まってんだろうが。」


とりあえず、跡部邸の方向に全速力で走りながら電話をかけた。
2コールで出てきた跡部の声に、心臓が飛び出そうになる。


「…っ今から行っていい!?」

「何でだよ。」

「ちょ…げほっ、ちょっ…っと、あの…おぇっ…急用が…!」

「…おい、お前今どこにいる。」

「は、走ってる!全力で!」

日本語には日本語で答えろ。俺は、どこにいるのかって聞いてんだよ。」

「え…っと…、ちょ、丁度、今学校の近くまで来た!」

「……そこから動くな。」

「へ!?それは寒いから無理だよ!」

「いいから、そこにいろ。一歩でも動いたら、明日お前の頭を丸刈りにする。

「怖すぎるよ!な、何で?!さ、さすがに暗くて…夜の学校ってだけで不気味なんだけど…。」

「…だから言ってんだろうが。5分待ってろ。」

「っちょっ…うわ、切れた。」


耳に響く無機質な機械音。
取り敢えず、戦後男子生徒スタイルにされるのは嫌すぎるので
正門の前でしゃがみこんでみたものの…


「…もう、今日終わっちゃうよ…!」


暗闇で光る携帯の画面には、23:25の文字がデカデカと表示されていた。
走ればあとちょっとで着くのに、なんで…

ああ…、今日を逃したらもう絶対後悔するのに…!



「……仕方ない…。明日から、坊主覚悟で「そんなに丸刈りにして欲しいのか。」


携帯をジャージのポケットに突っ込み、走り出そうとしたところで
目の前に大きな黒い車が飛び込んできた。

あまりのスピードに驚いて尻餅をつくと、スモークのかかった窓ガラスがジリジリと下がり始め
まるでマフィアのように邪悪な顔で跡部が登場した。


「…跡部!…来てくれたの?」

「…乗れ。」

「…あ、ありがとう!」


ドライバーさんが丁寧に開けてくれた車のドア。
じんわりと暖かい空気が広がるその空間に、ホっと一息ついていると



バシィッ


「いだっ!いっ…な、何すんの!」


きちんと座り直す暇もなく、脳天に激痛が走った。

その手に握りしめられた、丸めた英字新聞から察するに、
ゴキブリ退治でもするかの如く私を思いっきり殴ったであろう跡部。
反射的に右拳が飛び出そうになる。


「何時だと思ってんだ。」

「…ご、ごめん!寝てた?あの、コレには訳があって…」

「お前、こんな時間まで外でフラフラしてたのか。」

「…へ?いや、普通に学校の後、家に帰ったよ。」


腕を組んで、明らかに不機嫌モードで問い詰める跡部。
しかし、私の答えが思ったものではなかったのか、一瞬だけ驚いたような表情に戻る。


「………じゃあ、なんでこんな時間に出てきたんだ。」

「そ、それは…あの、跡部に会いたくて!」

「……………おい、気色悪いこと言うな。ただでさえ、こんな時間に外に出て寒いんだ。」


ヤバイ、一発で脈なしとわかるセリフが飛び出てきた…。

自分なりに絞り出した、好アピールセリフが瞬殺で叩き落とされたことで
少し挫けそうになったけど…もう、目の前まで来ちゃったんだから後には引けない。


「っく…、負けないぞ…!あの、コレ!コレ渡すために……アレ…え?」

「………なんだ。」

「ない!えっなんっ…あああああああ!家に忘れてきた!勢いよく飛び出したから!

「ただでさえお前の言動は意味不明なんだから、落ち着いて話せ。殴るぞ。」

「言葉の端々にイライラな気持ちがほとばしってるよね。…今日バレンタインじゃん。」

「ああ、俺様の隙を見て何も渡さず逃げ帰ったのを見逃してると思ったか?」

「べ、別に逃げ帰ったわけじゃなくて…!」

「今更過ぎるが、まぁそのボウフラ並の脳味噌で何とか思い出したことは褒めてやる。」

「ねぇ、ボウフラの脳味噌見たことあんの?調べるよ?間違ってたら盛大にバカにするよ?」

「で、肝心のモノはどこなんだ。」

「だから、それを家に忘れちゃったんだって!」

「…お前の記憶力に期待したのが間違いだな。」


ハッと鼻で笑う跡部。…っくっそ…悔しいけれど言い返せない。
何のためにこんな時間に部屋着で飛び出してきたんだ…!


「…行くぞ。」

「へ?どこに?」

「お前の家に決まってんだろうが。忘れてきたんだろ。」

「……あ、ありがとう。」


まさか、こんなに不機嫌そうな顔をした跡部が
今から私の家に引き返すなんていう面倒くさい案を出したことに少し驚いた。

跡部の言葉を聞いて、ゆっくりと動き出したリムジン。
目の前で、足を組みながら窓の外を眺める跡部は心なしか眠そうだ。

…今から家に行くってことは…、あの本命ケーキを渡すってことか。
…ということは、その時についに…こ、告白を…。

さっきまではとにかく急いでいたので、今日中に跡部に会うことが目標、みたいになっていたけど
冷静に考えてみると…、思いを伝えないと…いけないんだ。

意識し始めると、さっきまで落ち着いてた心臓がまたドクドクと音を立てはじめた。
…今のところ、告白成功確率は限りなくゼロに近い気がするけど…
でも、もうこれ以上部活で平静を装いながら、綺麗な女の子たちに囲まれる跡部を見つめるのは辛い。

最初こそ、こんな鬼に暴力性の塊をブレンドしたみたいな奴を好きになるなんて
微塵も思ってなかった。だけど、マネージャーとして跡部という選手を近くで見ている内に
自分でも境界線がどこからか気づかないぐらい、静かに思いを寄せるようになっていた。
その気持ちに気づいてからも、容赦なく跡部から降り注がれるプロレス技、そして
年々鋭さを増す罵倒の数々。

食堂でご飯を食べているだけで、「その食いっぷりなら、サバンナの大地でも生きていけそうだな。」
なんて、イマイチ反応し辛い悪口を大勢の女の子を引き連れながら言われた日には、
こいつを好きだなんて嘘だろ、と自分で自分が不思議で仕方なかった。

そんな風に思いながらも、部活中に汗を流す跡部を見るだけで悔しいぐらいに気持ちが揺さぶられた。


「…おい。」

「…え、何?」

「着いたぞ。」

「本当だ。…じゃ、じゃあちょっと取りに行ってくるね。」

「俺も行く。」

「いや、すぐ取ってくるよ!寒いし、ここで待ってて。」

「うるせぇ、俺が行くっつったら行くんだよ。」

「はぁ…、まぁいいけど…。」


いつもなら、リムジンで踏ん反り返って「早く持ってこい、5秒以内だ。」とか言いそうなのに。
…まぁ、でも部屋まで来てもらえるなら、告白を運転手さんに聞かれることもないし…とか、色々考えていると
目の前で跡部が運転手さんに何かを告げていた。そして、そのままリムジンは走り去って行った。


……走り去って…



「ええええ!っちょ…運転手さーん!跡部が!跡部が置いてけぼりですー!!」

「でけぇ声出すんじゃねぇ。何時だと思ってんだ。……俺が行かせたんだ、早く行くぞ。」


跡部が降りたことに気づかず、うっかり走り去ってしまったのかと思い
軽く10mぐらい走ってしまった。跡部の不機嫌そうな声で立ち止まったものの…
じゃあどうやって帰るつもりなんだ…バカなのか、こいつ…。


「…跡部、知らないかもしれないけど電車は24時間走ってるわけじゃないんだよ?帰れないよ?」

「しつこい。」


ダウンコートのポケットに手を突っ込み、寒そうに顔をうずめなる跡部。
その目には「これ以上ごちゃごちゃ言ったら蹴るぞ」と言わんばかりの苛立ちがこもっていた。






























「…あのー、はい。コレ。」

「…………。」


玄関のドアを開けたと同時に、当然のようにずかずかと家にあがり
リビングのソファにドカッと腰を下ろした跡部。
さっきから、やけに不機嫌オーラ全開なのが気になる。…眠いんだろうか。

鞄の中に入ったままのケーキを取り出し、そのまま渡すと
チラリと私を睨んだ後、無言でそれを受け取る。

……な、なんだこの空気。


「…もう15日だけどな。」

「え…、うわ本当だ!」


部屋の時計は丁度0時を指していた。
…ギ、ギリギリセーフとしてほしい…。

そして、部屋に沈黙が流れる。

…こ、ここか。
このタイミングで、言うのか。
耳が痛いくらいの静寂の中で、心臓の音だけが脳にガンガン響く。
目の前でラッピングをじっと見つめる跡部に、どうやって声をかけようか考えていると
不意にこちらを向いた跡部と視線がばっちり合う。ヤバイ、心臓が飛び出るかと思った。


「泊まるぞ。」

「……ん…?」

「部活と学校の準備は明日の朝持って来させる。」

「い、いやいや…そんな急に!」

「急に呼び出したのはお前だろうが。」


はぁ、とため息をつきながら上着を脱ぎ始めた跡部に
何も言えなくなる。た、確かにこんな時間に呼び出したのは悪かったけど、
別に泊まる必要はないような…。だから運転手さんを帰したのか。

いつもながら、全く何を考えているのかわからない跡部。
口では焦りの言葉を発しながらも、心のどこかで告白までの猶予期間が少し伸びたことに安堵していた。
…ま、まだ跡部は帰らないなら、今すぐ言わなくてもいいよね。
もう少し場があったまってからでも良いわけだし…!
そうだ、ココアとか飲ませよう。心が穏やかになったところで告白すれば、
少し優しめに対応してもらえるかもしれない。

この時、ホッと小さく息をついた私を、跡部が射抜くような視線で見つめていたことには気づかなかった。























「…うっ…、やっぱり…3は涙腺が崩壊するよね…。……あれ?…寝てんの?」


取り敢えず、跡部の心を優しさと温もりで満たすために
温かいココアを与えながら、トイストーリー3のDVDを見せるという
跡部の急所にクリティカルヒットなコンボを繰り出した。既に時間は2時。

どうせ跡部も目頭を押さえながら、感動しているのだろうと
ソファの方を振り返って見ると、寝そべった体勢のまま目を閉じていた。

…しまった、跡部が寝てしまっては元も子もない。


「…っう…、でも起こすのも可哀想な気が…。」


憎たらしい程に綺麗な寝顔で眠りにつく跡部。
寝室から毛布を持ってきてかけてあげても、無反応。完全に寝落ちしてる。

…しかし、こんなに無防備な跡部も珍しい。
起こさないように、静かに近づきじっくりと顔を観察してみる。
長い睫毛。無駄にサラサラの髪。
フと、ソファの横のサイドテーブルを見てみると
さっきあげたばかりのケーキのラッピングが無造作に置かれていた。


「…いつの間に食べてたんだ。」


こんな時間に甘いものを…なんて思いながらも、食べてもらえたことが嬉しくて
抑えようとしてもどうしても口元がニヤついてしまう。


「…でもなー…、どうしよう。明日の…朝にするか。」


今日ほど、自分のことが情けなく思った日はない。
…バレンタインデーの前日から決めていた「告白」が、
結局、色々言い訳している内にこんな時間になっても出来ず仕舞いだった。

明日の朝は絶対に…絶対にするんだ。


「…っよし。…しかし、緊張するな。」


静かに拳を握りしめる私にはもちろん無反応で、小さな寝息をたてるだけの跡部。
チラリとその寝顔を見ながら、ある一つのアイデアを思いついた。


「…一応練習しとくか。」


実際に今の今まで、めちゃくちゃ良いタイミングがありながらも
告白にまで至らなかったのは、「告白するぞ!」と思って跡部を目の前にすると
感じたことのないような緊張と吐き気に襲われてしまうからだった。

だけど、幸いにも今、跡部はノーガードでしかも寝ている。
これを練習台に、良い告白を脳内シミュレーション出来れば
間違いなく明日の朝にはスムーズに告白が出来るはずだ。


「…よし。……えーと…、≪驚くかもしれませんが、実は好きでした。≫


…いや、ちょっとストレートすぎるか。
しかも、何を好きだったかが明示されていない。


「んー…≪実は…跡部の事が好きです。≫


…なんか、しっくりこないなぁ。
なんというか…もっと個性あふれる告白じゃないと
この男には響かない気がする。きっと、何百回何千回と告白されているだろう。
その中でも、一際インパクトのあるものにしないと…。


≪突然だけど、跡部の事が好きだっちゃ!仕方ないから、今日から彼女になってあげるっちゃ!≫


…うん、やはりラムちゃんは全世界の全男子が好きな女の子だから間違いない。
実際自分で言ってみても、想像以上の字面の可愛さに勝利を確信した。


「…っうわ!……あ、なんだ寝返りか。」


突然、目の前の跡部が動いたもんだから起こしてしまったのかと驚いたけど、
ゴロリと寝返りを打っただけだった。背もたれに顔を向けてしまったので、
跡部の顔を見ながらの練習は不可能になってしまったけど、随分平気になってきた気がする。いける、いけるぞ。


「…でも、跡部にラムちゃんネタが伝わるかどうかってとこなんだよね…。」


もし、これでラムちゃんを知らないとすれば私はただの痛い奴となり、
最悪の場合、告白したにも関わらず右ストレートで殴り飛ばされるかもしれない。
こいつはそういう奴だ。

…しかも、さっきのラムちゃんの告白では何故跡部の事を好きになったのか、
ということがきちんと説明できていない。これでは、私のアツイ思いは伝わらない。


「…うーん…≪普段から、跡部は少し頭がおかしいんじゃないかと思うレベルの理不尽さで暴力をふるうし、
 どうやったらそんな酷いことを言えるんだってぐらい私に酷いセリフを吐くし、ちょっとカッコイイからって
 世の中を舐めくさっている節はあるし、それとこの前、私が真子ちゃんの落としたコンタクトを探すために
 廊下で四つん這いになってる時に、通りすがりに「こんなところで豚が飼育されてたのか」って笑いながら、
 目の前にチョコレートを置いた時、末代まで呪ってやるって思った。
……」


あれ、告白だったはずがいつの間にか恨み節に…
いけないいけない。そろそろ眠くなってきたし、真剣に練習しないと…。


「…結局ぐだぐだ長いセリフ言っても響かないだろうし。」


ここは、やっぱり原点に戻って、シンプルに。
だけど、強烈に伝わる言葉でいくしかない。


「…好き。」

「……それ言う為に何時間かかってんだ。」

うおぁああああっ!なっ、あとっ、起き…っ」


ソファにもたれかかり、シンプルに呟いた言葉。
その瞬間、背後から聞こえるはずの無い声が聞こえた。
振り向くと、そこにはぱっちり目を開けた跡部。



「ぎゃあああっいだっ!い…っ…あ、ダメだこれマジで笑えない痛さのやつ。


驚きのあまり暴れていると、ガラステーブルに頭を打ち付けてしまい
真っ赤だった顔から急激に熱が引いた。ダメだ、これ本当に痛い。

うずくまる私の前で、ギシリとソファが音を立てた。

恐る恐る顔をあげてみると、こちらを向いてソファに寝ころび
ニヤニヤと私を見下す跡部。

…ま、まさか聞かれてた…



「…いや、でももしかすると今偶然起きたって可能性も「全部聞いてた。」

うわあああああああああ!



わずかな可能性も、目の前で腕を組みながら悪行超人の様な邪悪な笑みを見せる跡部に粉砕された。
その瞬間、恥ずかしさで衝動的に寝室へと逃げ走った私。

もうダメだ、跡部は鬼だ。絶対私の馬鹿みたいな告白練習を
面白おかしくテニス部の皆にすべらない話として話しまくって、
私はテニス部だけでなく、氷帝中、いや日本中の皆から
「ラムちゃんの10000分の1にも満たない女子力でラムちゃん流の告白をかます勘違い女」として
一生馬鹿にされ続けるんだ、もう決めた。このままここに立てこもって私は一生を終える。



テーブルにぶつけた頭がジンジンと痛み出す。恥ずかしさが腹の底からせり上がってくる。
必死にドアノブを押さえつけながら、自然と涙が出てきた。


「おい、出てこい。」

「っお願いします、今日のことは誰にも言わないでください!」

「…いいから、出てこい。」

「すいませんすいません!ほんの出来心だったんです、すいません!」

「………。」

「あの、っ…ごめん、本当マジでちょっと頭が混乱…」


全部聞いてたって、どこから聞いてたのか、とか
私、何言ったか、とか必死で考えてみるけど
ドアの外から聞こえる跡部の声にかきけされて思考回路がおかしくなる。
なんて返事していいかもわからないし、だけど今跡部の顔は絶対に見れない。

ドアノブに込める力だけが強くなっていく。

この数日間でたぶん1年分ぐらいの働きをしているであろう心臓が、
そろそろ止まりそうなぐらいにドクドクと脈打つ。

…か、考えろ…なんとかしてこの状況を良い方向に持っていくには…




バキィッ





「……嘘でしょ。」



大きな音がしたと思って、顔を横へ向けると…






ドアから足が飛び出している。



い…意味がわからないかもしれないけど、
言葉通りドアを貫通して足が伸びている。


「っちょ…な、何してんのよ!!」


咄嗟にドアノブから手を離し、
無残にもぶち抜かれたドアの下部に近づくと


「ごふぁっ!…っ痛い…!」


おもむろにドアが開けられ、私は壁とドアの間に挟まれた。







…こ、殺される。






咄嗟に体勢を立て直し、後ずさった。
ゆらりと現れた跡部は、真っ直ぐに私を見下ろしている。


「…ご、ごめんなさい!」

「何を謝ってんだ、さっきから。」

「もう本当勘弁して下さい。」


土下座の体勢で縮こまる私の前にしゃがみ込み、
低い声で呟く跡部をまともに見ることが出来ない。

ああああああなんで練習なんかしようって思ったんだ、最悪だ。



「………。」

「………違う。」

「アーン?」

「さ、さっきのは別に跡部への告白とかじゃなくて…」

「はっきり≪跡部のことが好きだっちゃ≫って言ってたじゃねぇか。」

「ひと思いに息の根を止めて下さい。お願いします。」


思い出したように、ぶふっと吹き出す跡部。
…終わった。私の人生のジ・エンド。






























「……で?」

「…で、と言われましても…あの、もうバレてるわけですし…。」

「バーカ、アレは練習じゃなかったのか。…ったく、いつ言うのかと待ってたら丸1日グズグズしやがって。」


いつまでも縮こまる私を、最終的には引きずり倒して、リビングまで強制連行した跡部。
今は、目の前でソファに座る跡部を前に床で正座しながら尋問をされているところです。
バレンタインデーってこんなにスリリングなイベントでしたか。


「…なんで起きてたのに、寝たフリしてたのよ。」

「面白そうだからだ。」

「…っ…。」


ニヤリと笑う跡部。
……もう耐えられない。一体なんなんだ。
勝手に告白の練習をし始めたのは、私が悪いけど
でもあまりにも意地悪じゃないか。

聞けば、私の気持ちにはとっくに気づいてたみたいなことを言うし。
俺のインサイトを舐めるなよ、とか今は普通に笑えない、そのジョーク。
しかも、結局さっきから、笑うばかりで告白に返事をくれる様子もない。

…なんか冷静になるとムカついてきた。



「……わかったよ。言えばいいんでしょ。」

「なんだその可愛くない態度は。ただでさえブスが「跡部の事が好きだよ。」


真っ直ぐ、跡部の目を見つめる。
また何か面倒くさい展開になる前に、一思いに言ってやった。

どうだ、私だってやれば出来るんだから。


「………。」

「……な、なななな何黙ってんのよ。」

「……いや。」


一瞬目を見開いて、固まる跡部。
部屋の中を静寂が包む。少し遅れて心臓が大きな音を立てはじめた。

…って、ていうか「いや…」ってなんだよ…。
拒否の意味のイヤなのか?そうなのか?
沈黙に耐え切れなくなったのは私の方が先だった。


「…ま、まぁそういうことなので…。」

「………。」

「…今日は、あの、もう遅いし…寝よっか。」

「…ああ。」






































パチン



寝室の電気を消し、布団に潜り込む。
暖かい毛布に包まれると、急に何かが目の奥からせり上がってきた。


「………っ……。」


言わなきゃ良かった。


はっきりと、今度は練習じゃなく本気で言った「好き」に対する返事は無かった。
リビングで寝ている跡部と最後に交わした言葉は「おやすみ」だけ。
…ああ、きっと明日の朝になったら振られるんだ。

声を出したら気づかれる。
静かにしようと思うのに、涙は止まらなかった。





























「………おい。」


「……起きてんだろうが。」


「…………寝てんのか?」





「………ん……?」


…今、何時だ…。

なんとなく起きてしまった。
枕元の携帯に手を伸ばすと、まだ30分しか経ってない。

もう一度寝ようと、毛布をかぶりなおすと
何かが聞こえた。




ガチャッ




「………おい。」



…跡部だ。


頭から毛布をかぶりながらも、はっきりと声が聞こえた。
なんとなく物音で起きたけど…もしかして、さっきドアの外から話しかけてた…?

状況がわからず、固まっていると
バサッと毛布が引っ剥がされた。


「…………。」

「……もう寝てやがる。」



間一髪で瞼を閉じた。
…こ、こいつ…寝てるかもしれないのに毛布を引っ剥がすなんて…!
やっぱりデリカシーのかけらもない奴だ…。

そんなことを考えながらも、たぬき寝入りを続けていると
頬のあたりに何かが当たった。


「…泣いてたのか。」


恐らく跡部の指が、私の頬をなぞった。
…も、もしかして涙の跡がついてたんだろうか、恥ずかしすぎる。

さっき、私は寝たフリをする跡部を咎めたばかりだった。
だけど、寝ている私に触れるその指があまりにも優しくて
それが何だか無性に恥ずかしくて、私も跡部と同じように目を開けることができなかった。


ベッドが少し沈んだ。跡部が座ったのだろう。
あまりの緊張に、体温が上昇し始める。
ま、マズイ…汗が流れたりしたら気づかれる…。


どのタイミングで目を覚まそうか、混乱する頭で考えていると
ソっと、跡部の指が離れていった。

ここだ!

ここで、ちょっと寝ぼけながら「うーん、何ー?」みたいな感じで
あたかも「今起きましたよ」みたいな感じでいけば許される!セーフ!ワタシワルクナイ!
そんな小賢しい計算をしながら、ゆっくり目を開けようとした瞬間だった。







「…好きだ、。」










「……え。」


あまりの衝撃に、ぱっちりと目を開けてしまった。
しまった、と思った時にはもう遅くて
真っ暗な中で驚いたように目を見開く跡部と視線が合った。


「……てめぇ…起きてやがったのか。」

「い、いや!違う!あの、今……あの……な、なんて言った?」

「…知るか。」

≪…好きだ、!≫って言ったよね…。」

「聞いてんじゃねぇか!」



咄嗟にアイアンクローをかます跡部。
照れ隠しのレベルが酷すぎて、怖いよ。
尋常じゃない痛みで、強制的に脳が揺り起こされた。


「痛い痛い痛い!っちょ…痛いって!」

「………。」

「っま、待って!」


アイアンクローをなんとか振り払った瞬間、
部屋から立ち去ろうとする跡部の腕をなんとか掴んだ。



「あ、あの……。」

「………なんだ。」

「………跡部…、好き!」

「……もう聞いた。」

「跡部は?…わ、私の事…好きなの?」

「…………。」



跡部は立ち尽くしたまま、こちらを向かない。何も言わない。
…だけど、掴んだ腕がどんどん熱くなっていくのを感じた。



「…す、好きなんでしょ?私が好きなんだよね?」

「…………。」

「と、いうことはつまり一般的に考えて両想いってことだよね?」

「…………。」

「…何か言ってくれないと、ゆ、夢なんじゃないかって思っちゃうっていうか…。」


こうなったら、跡部にもはっきり言わさないとなんか気が済まない。
もう私としては思いをさらけ出してしまった訳だし、怖いものは何もない。

となれば、今のミッションはなんとか跡部の口からもう一度告白してもらうことだ。
…実際、ちゃんと目を見て好きって言ってもらったわけじゃないし、
もしかしてこれが全部盛大な夢だって可能性も…


急いで自分の腕をつねり、痛みを確かめていると
クルリと跡部が振り返った。暗くてその表情はかすかにしか見えない。


「………あの、もう1回…言ってくれない?」

「………うるせぇっつってんだろ。」

「…っ自分は私に言わせたくせに…」


こんなの不公平だと抗議しようとした瞬間だった。
























唇に数秒の違和感があった。
その違和感の正体に気づいた時には、既にソレは終わっていた。



「………いや…え…」

「………もう寝ろ。」


そう言って、さっさと部屋のドアを閉めてしまった跡部。
……自分の身に起こった出来事に思考回路が追いつかない。

ただ、唇に残された初めての感触だけが私の体温を上昇させた。





「……刺激が強すぎる。」






頭を抱えたまま、ベッドの上に倒れ込む。
震える手で、唇に触れると何度でもその感触を思い出してしまい、
無性にジタバタ暴れたいような、くすぐったい気持ちになった。

朝になったら、やっぱりもう一度問い詰めてやろう。
そんなことを思いながら、いつの間にか眠りについていた。









fin.