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Valentine's day with Hiyoshi





「お疲れ様でした。」

「あっ!ちょ、ま、待ってぴよちゃんさま!」

「…なんですか。」


いつ渡そう、いつ渡そうと考えている内に気づけば部活も終わっていた。
カモフラージュの為に、全員に渡した義理チョコ。
もちろん、目の前で怪訝な表情を見せるぴよちゃんさまにも渡した。

その時ですら、若干声が震えてしまった私は、一瞬「あ、今日は無理そうだ。明日から明日から!」
などと、ダイエット中のOLの様な考えにグラついてしまった。
だけど…、やるって決めたんだから。

必死の思いで絞り出した声は、やっぱり震えていたけど…
と、とにかく今は2人っきりにならないと…!


「…い、いいい一緒に帰らない?」

「…方向が違いますよね。」

「ちょっと今日はー、その、ぴよちゃんさまの自宅の方面でお、お祭りがあって!」

「…何の祭りですか。」

「……ほ、豊作を願って皆で舞う祭り…。

「初耳です。…まぁ、別にいいですけど。さっさとしてください。」

「はい!すぐに参ります!」


バタンと閉められたドアを見て、急に心拍数があがる。
…つ、ついにこの時間がきてしまった。

よ…世の中の乙女達や、カップルは、皆こんな修羅場を乗り越えてきたというのか…。
人生でこんなに心臓が暴れ鬼太鼓な瞬間があっただろうか。このまま心臓の音が止まらなかったらどうしよう。

必死に体をドンドンと叩くと、空気を読めない跡部が「ついに本物のゴリラになったか」とか
クソつまんないことを言った。だけど、今日は、今はそんなことに構っている余裕はなかった。





























「…それで、その祭りはどこで行われてるんですか?」

「へっ!?あ…えーと、あの、あれー?日付間違えたかなー…?」

「…さっきからその白々しい演技は何なんですか。」


相変わらず普段通りのペースでスタスタと歩くぴよちゃんさまに、
少し遅れを取りながらついていくことしか出来ない私。

マズイ…マズイぞ。いつもは、もっとペラペラしゃべるのに
緊張のせいで、一言でも言葉を発しようものなら危うく嘔吐しそうで話せない。

このままだと、不審に思われてしまう。
俯きながら汗を流し、ヨロヨロと歩く私の耳に、砂利を踏んで止まる音が聞こえた。

顔をあげると、こちらを見て明らかに目つきを変えているぴよちゃんさま。



「…っ…あの…」

「まさか、流れに乗じて俺の自宅に乗り込もうとしてるんじゃないでしょうね。」

「そんな蛮族みたいな認識なの、私!?」

「…先輩なら、有り得る事です。」

「……え、えーと…ちょ、ちょっと座ろうか。」


通りがかった公園のベンチを指さすと、ぴよちゃんさまの表情はさらに険しくなる。


「嫌です。」

「ちょ、ちょっとだけ!ほんの数分、いや数秒!

「…何でそんな必死なんですか…。…はぁ。」


告白する前から、玉砕フラグがびんびん立っていることに心が折れそうになる。
ふ…普通、バレンタインに女子がちょっと話がある、みたいな感じだったら…
もし相手にも気があれば、きっとソワソワし始めるはずなのに…

チラリと目の前のぴよちゃんさまを見ると、ソワソワどころか若干イライラしてる気さえする。
昨日のポジティブ全開の自分に忠告してあげたい。この生存確率3%未満の厳しい状況を教えてあげたい。


ザクザクと砂利を踏みながら、ベンチへと向かうぴよちゃんさま。
ドカッと座ると、こちらをまっすぐ見つめる。完全に怒ってます、終了です、ありがとうございました。



「…何ですか。座らないんですか?」

「ご、ごめん!」


急いで隣に座ると、フとぴよちゃんさまがベンチに置いた大きな紙袋が目に入る。
もちろん中身はチョコレート。投げ入れるように適当に入れられたそれらを見るだけで、
ぴよちゃんさまの、バレンタインに対する思いが透けて見えるようだ。


「……さっきから、何を言おうとしてるんですか。」

「………あのね。お、怒らないで聞いてもらえるかな。」

「……まさか…」

「っ!」

「……また、盗撮絡みの謝罪ですか。」

「こんなに日頃の自分の行いを恨んだことはない…!」


「…取り敢えず、何かあるなら早くして下さい。」

「………その…、…………。」

「何ですか?」

「す、好きなの!」


心臓が止まる瞬間ってこんなに熱いのか。

私の目を見たまま、真顔で硬直するぴよちゃんさま。
同時に、息も出来ないぐらいの猛烈な恥ずかしさがこみあげてくる。


「……すいません、盗撮の話ですか。

「強引に繋いだね!
い、いや…その、ぴよちゃんさまの「ちょっと待って下さい。」


もう1回言ってしまえば、2回も3回も一緒だ!
ほんの数秒で開き直った私が、もう一度言おうとすると
それを手のひらで遮り、真剣な顔で俯くぴよちゃんさま。

しばらく止まったかと思うと、急にキョロキョロと辺りを見回し始めた。


「…え、えっと…?」

「…どうせ、その辺りに向日さんや忍足さんが隠れてるんでしょう。」

「ど、どっきりじゃないよ!」

「………本気で言ってますか。」

「……こ、これ。」


完全に忘れ去っていた、≪本命チョコ≫をおもむろに鞄から取り出し
ぴよちゃんさまの身体に強引に押し付ける。……今更になって恥ずかしさがぶり返してきた。



「あ、あのね…ぴよちゃんさまのこと、好きかもって思い出したのは最近で…。」

「…………。」

「…それまでも、ずっと好きだったけど…今までなら密かに集めた写真を見たり、
 勝手に録音したぴよちゃさまのボイスで、オリジナル乙女ゲームを作ったり…、
 そういうので十分満足だって思ってたんだけど…。」

「………。」

「だけど、な、なんか前までは可愛いぴよちゃんさまだったのに、最近はどんどんカッコよくなっていって…
 部活で汗を流すぴよちゃんさまを見てるだけで、動悸と息切れに見舞われるようになって…!」

「……。」

「…も、もっと色々理由があるし、言いたいこともあるんだけど…とっ、とにかく
 ぴよちゃんさまの1番になりたいって思ってしまったら止まらなくてこのような結果に至りました、申し訳ございません!



女子の決死の告白を聞きながらも、真顔のままで微動だにしないぴよちゃんさまが
段々と怖くなって最終的には謝罪する形になってしまったけど
でも、本当にこれが今は精一杯だ。あと数分で私は爆発する。


「………。」

「……あ、あのー…ぴよちゃんさま?」

「………失礼します。」


私の手から包みを受け取り、おもむろに紙袋へ突っ込んだと思ったら
立ち上がり、真顔のままスタスタと去って行ってしまった。








……え、ちょっと待って。








「……ちょっ…!」


思わず引き留めようと、鞄を持って立ち上がった時。
くるりと振り向いたぴよちゃんさまの表情に、心臓をぶち抜かれた。



「…すいません。」




何と形容していいかわからない。
呆れているのか、怒っているのか、軽蔑しているのか。

冷たい目線を向けたままで、放たれたその一言に
私の頭の中は真っ白になった。







































「…おはよー。」

「うわ!なんだよ、その顔!怖い怖い怖い!」

「…ちょっと、色々あってねー。」

「なんや、100発ぐらい張り手くらったみたいな腫れ方やな。ぶつかり稽古か?


何が起ころうとも朝はやってくる。

昨日は、体の水分が全て抜けるんじゃないかと思う程涙が溢れて止まらなかった。
朝、鏡を覗いてみるとそれはもうひどい顔。
直接氷をぶち当ててみても、腫れは引かず、
かといって朝練を休むと間違いなく跡部にどやされる。
仕方なく重い体を引きずるように登校してみたものの…


「……もう私に構わないでください。」

「いや、そんな明らかに何かありましたみたいな雰囲気だと気になるだろ!」

「何や、バレンタインに振られでもしたか。」

がそんな女子みたいな理由で落ち込む訳ねーじゃん!」


ゲラゲラと笑うがっくんと忍足の声が頭にガンガン響く。

…振られた。

その単語がバズーカ砲のように脳を揺らした。
衝撃が強すぎて、無くなったと思った水分がまた溢れ出してきた。



「……え、…え、なんだよ。マジで言ってんの!?」

「…大丈夫かいな。」

「……っ振られたどころか、嫌われた。」


泣きすぎて、目が痛いし、この2人の前で泣くなんて恥ずかしいし、
頭がぐちゃぐちゃ過ぎて、もう何も考えられない。

ずびずびと鼻を鳴らす私を見て、2人が困ったように顔を見合わせた。
































「と、いう訳なんやけど日吉。お前なんか知ってるやろ。」

「…………。」

「どーうせ、が考えてる男なんかお前しかいねぇんだからな。早く白状しろ。」

「…先輩が言ったんですか。」

「あいつは意地でも誰絡みの話なんか言わんかったけど、毎日見とったら普通にわかるわ。」

「たぶん、気づいてなかったのはお前だけだろ。」


昼休み。
向日先輩と忍足先輩に呼び出されたのは寒空の屋上だった。

昼飯のパンの袋をバリバリとあけながら、向日さんがこちらを振り返る。
…気づいてないのは、俺だけ?
……つまり、先輩の気持ちに全員が気づいていたということなのか。


「…ほんで?なんや、が告白でもしたんか?」

「っつーか、十中八九それしかないよな。あんな不細工になるまで泣くことなんて。」


ケラケラと笑う2人は、心配をしているのか楽しんでいるのか
いまいちよくわからない。

確かに、今朝見た先輩の顔は痛々しかった。
…ただ、言わせてもらえば泣きたいのはこっちだった。



「……俺に、どうしろって言うんですか。」

「別に、無理に付き合えとか言わんけどな。」

「…じゃあ…」

「でも、お前も好きじゃん。のこと。」

「は!?」


パンを頬張りながら、当たり前のことのように言い放たれた言葉に、つい反応してしまう。


「だからー、お前と以外は全員気づいてるって。」

「か、勝手なこと言わないでください!一言もそんなこと言ってません!」

「口に出さんでも、毎日毎日睨まれたら嫌でも気づくやんなぁ。」


プッと吹き出すように笑い始めた先輩たちに、いい加減拳を振り上げそうになる。
…さっきから何を言ってるんだ、この人たちは。


「……は?」

「…気づいてないんか。」

が俺達と話してるときとか、お前めっちゃ睨んでるじゃん。今にも飛んできそうな勢いで。」

「…睨んでません。」

「これ重症やな。気づいてへんで。」

「…いい加減にして下さい。からかうのも度が過ぎると面白くありませんよ。」

「じゃあさ、聞くけど…が俺と付き合ってたらどうする?」


急に真剣な顔で、立ち上がった向日先輩に一瞬息が止まる。


「……騙してたんですか。」

「バカ、例え話だよ。今、ちょっとイラっとしなかった?」

「………。」

「…別に日吉がの事何も思ってへんかったら、俺らもいちいち干渉せえへんわ。
 でも、周りから見て明らかに両想いやのに、なんで振ったんかが気になるねん。」

「……………。」

「あ?何?」

「……ど…うしていいかわからなかったんです。」


忍足さんが言うように、何もかもバレているのならもう仕方ない。
正直、こんな話をこの2人にするのは屈辱以外の何物でもなかったが
昨晩1人で考えに考えても、結局答えを出せなかった問題を解決するためには
頼るしかなかった。


「……俺も好きや、言うて付き合ったらええやん。」

「…でも、先輩の…その、顔を見ると、それが素直に言えなくて…。」

「なんでだよ?」

「…ここで、もし赤面したりしたらまたカメラを持ち出して、一生弱みを握られるんじゃないかとか…。」

「「…………。」」

「…結局俺が、変態行為に陥落したみたいで…情けなくないかとか…。」

「……まぁ、これはの自業自得だな。」


「せやな。」

「……そんなことを考えていると、平静を装ってその場を立ち去ることしか…できませんでした。」


人が真剣に話しているのに、目の前の2人は小刻みに肩を揺らしながら笑いを堪えている。
……この人たちに話したのがやはり間違いだった。


「…っ、失礼します!」

「まぁ、待ちーや。確かには変態や。せやけど、結局好きか、嫌いかの話やろ。」

「変態だろうが、ゴリラだろうが、を好きなんだろ?」



…これ以上誤魔化しても仕方がない。
その2択を突きつけられたら、嫌でも気持ちを自覚するしかなかった。

観念したように頷くと、不意にポンと肩を叩かれた。



「しゃーないな、ここから挽回する方法。一緒に考えたるわ。」

「ちょっとぐらい先輩を頼れよなー。」



































「榊先生、すいませんが早退させて下さい。」

「……何故だ。」

「水分不足からくる頭痛・肩こり、果ては幻聴に悩まされてます。」

「聞いたことのない症例だな。」


あっという間に放課後になってしまった。
教室に入ると、真子ちゃんも瑠璃ちゃんも何も言わずに手を握りしめてくれた。
その暖かさが原因で、また涙をこぼしてしまい、ほとほと疲れ果てた。

さすがに、この状態でぴよちゃんさまに会うと間違いなく、腫れあがった瞼が爆発してしまう。
それに、振った女がこれ見よがしに泣いているのも気分が良くないだろう。
悲劇のヒロインになるつもりはないのに、自分を抑えられないことにも腹が立つ。

とにかく榊先生に早退を許可してもらうために
最終的には、飼育していた鈴虫が昨日亡くなった為、忌引きとさせてください
なんていう、無理にも程がある理由を繰り出してしまった。
何故か、少し涙ぐみながら「それならば仕方ない」と、行ってよしポーズで送り出してくれた先生にも
つい泣いてしまいそうだった。もうわけがわからないよ。

いつもより重く感じる音楽室のドアを開け、ぺこりと先生に向かってお辞儀をする。
さぁ、帰ろうかと廊下を進むと



「………部活、行かないんですか。」



ボーッとした頭で見つめた先に居たのは
仁王立ちで、鬼のような発言を繰り出すぴよちゃんさまだった。


「…っ、あ、えっと…ちょっと身内に不幸が…。」

「鈴虫は身内に含まれるんですか。」

「……ごめん、あの、ごめんね!」


ここで泣いたら、絶対にウザイ。
振っただけで泣かれるなんて、ぴよちゃんさまは何も悪いことしてないのに申し訳ない。
とにかく、今は我慢してこの場を全速力で立ち去るのみ。

無理矢理笑顔を作ったまま、走り去ろうとぴよちゃんさまの横を通った時。
がっしりと腕を掴まれてしまった。

つい勢いで振り返ると、いつもと変わらないぴよちゃんさまの顔がそこにあった。


「……えーと……。」

「……先に謝っておきます。すいません。」

「……へ?」


何のことかと考えるよりも先に、体中に衝撃が走っていた。


「……っ、ぴ、ぴよちゃんさま!?」

「………先輩。」


急に抱きしめられて、ただただ棒のように硬直する私。
取り敢えず名前を呼ぶことしか出来ないでいると、さらにギュっと力をこめられ
頭が混乱する。ついに幻覚まで見えるようになってしまったのだろうか。


しかし、間違えるはずの無い本物のぴよちゃんさまの声が私を現実に引き戻した。
乱暴に抱きしめたかと思うと、次はべりっと身体を離し、
肩を抱かれて見つめ合う体勢に持ち込まれる。


「…えっ、えっ…!」

「…………。」


そのまま顔を近づけ始めたぴよちゃんさまに、いよいよ漏らしそうになる。
な、なななな何が起こってる!?

頭では何とかしなきゃとは思っているのに、体が動かない。
迫りくるぴよちゃんさまの瞳を見つめる事しか出来ずにいると


急にその動きが止まった。


「…………。」

「………あ、…あの?」

「………っく!やっぱり無理か!





ズシャァッ











「………え?」



何故か気になるセリフと共に、廊下に投げ捨てられた私

見上げた先に居たぴよちゃんさまは何かを考え込むように頭を抑えている。


…え、何…。頭にICチップでも埋め込まれて、操られてるのか…?






「…あの…ぴよちゃんさま…、状況が…読めないんだけど…。」

「……人のやり方を真似するのは…、無理でした。」

「いや…え…?」

先輩、率直に言います。






















 たぶん、俺も先輩の事が好きらしいです。」

























なんだろう、この不安になるようなフワっとした伝聞形式の宣誓は…。


地面に這いつくばる私を見下ろすぴよちゃんさま。
言葉の意図はよくわからないけど、
あのぴよちゃんさまが耳まで真っ赤になっていることだけはわかった。



「……ぴよちゃんさま。」

「…っなんですか。」

「……泣いてもいい?」

「………出来れば笑って下さい。」

「ひっ…ぅ…カッコ良すぎるよぉおおお!ぴよちゃんさまゴメンね、好きでゴメンねぇえええ!」

「っちょ…っと、大きな声で叫ばないでください!」
































「やっぱり、日吉に忍足メソッドはまだ早かったか。」

「あの、クソぎこちない抱きしめ方見ただけで無理だって悟ったわ、俺。

「…まぁ、でも中々ええもん見せてもらったな。」

「たまには可愛いとこあるよなー、日吉も。」








fin.