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Valentine's day with Nio





バレンタインデーの2か月前…



「あ、もしもし柳生君?」

「…さんですか、珍しいですね。」

「元気にしてる?高校に入ってから全然会わなくなったね!」

「ええ、元気ですよ。高校生活も順調です。」

「それは良かった。あのね、柳生君ってヨハンシュトラウス好きだったよね?」

「…ああ、そういえば合宿の時は話が弾みましたね。しかし、何故今になってそれを…?」

「榊先生からコンサートのチケットもらったんだけど、ヨハンシュトラウスと2世の曲ばかりやるらしくて…。」

「それはいいですね。」

「うん!今度の日曜日なんだけど…良かったら一緒に行かない?4人までは入れるらしいから友達誘ってくれてもいいし!」


学校から帰ってきて、ご飯を食べ終えて、テレビを見ている時だった。
たまたま映ったオーケストラの演奏を見て、フと鞄の中に眠っているチケットのことを思い出した。

榊先生が都合がつかないから、と譲ってくれたチケット。
もらったのはいいけど、管弦楽団に興味がある人が周りにいないのでどうしたものかと考えていた時、
チケットと共に渡された曲目リストが目に入る。

「ヨハンシュトラウス」…何かが引っかかって、思い出すのに時間がかかった。
そして、その記憶の先にいたのは優しげな笑顔で微笑む柳生君。

中学生の時に行われたテニス部合同合宿。
お昼ご飯を食べている時に、隣に座っていた柳生君と思わず意気投合したのは
この「ヨハンシュトラウス」がきっかけだった。

懐かしさもあって、携帯からあまり探したことのない名前を見つけ出す。
話している内にあの時の会話を思い出し、つい興奮気味に誘ってしまった。


「日曜日ですか…。あぁ、問題ありません。もし良ければご一緒させて下さい。」

「本当?!やった!じゃあ、場所とか時間はメールで送るねー。」

「お願いします。楽しみにしていますね。」

「うん!遅い時間にゴメンね、じゃあまたー!」


通話終了の文字が映し出された画面を見て、すぐにメールの作成画面を開く。
高校生になった柳生君に会えるの楽しみだなー…。


























さん、お待たせしました。」

「あ、全然待ってな……アレ?仁王君?」

「……久しぶりじゃな。」

「今朝、珍しく仁王君から電話がありましてね。4人まで大丈夫とのことでしたので、誘ってみたんです。」


集合場所はコンサート会場から徒歩1分ほどの小さな公園。
ベンチで座って待っていると、後ろから肩をポンと叩かれた。

振り返ってみると、オシャレなトレンチコートに身を包んだ柳生君と
携帯を弄りながらこちらを見もしない仁王君。

……に、仁王君か…。

中学時代に話したこともあるし、嫌いでもないんだけど
久しぶりに会うとやっぱり緊張してしまう。
この緊張はどこから来るのか未だによくわからない。
ジロちゃんとはまた違う種類の気だるげな雰囲気がそうさせるのかな…。

なんとなく自分とは住んでる世界も、思考回路もすべてが違う感じのする仁王君。
相変わらず綺麗な顔を見て、気づかれないように拳に力を込めた。


「そ、そうだったんだね!本当、仁王君も久しぶり!元気にしてた?」

「…ップリ。今の今まで思い出しもせんかったくせに。」

「そ…………それはそうだけど。」

「フフ、さんは素直ですね。」

「………高校生になっても、イマイチ垢抜けんな。」

「…今日は当社比3割増しで都会派洗練スタイルで決めてきたつもりなんだけど。」

「服が浮いとるな。買いたての服を無理矢理着せられた子供みたいじゃ。」

「仁王君、失礼ですよ。」

「そ、そうだよ!久々に会ったっていうのに辛辣すぎるよ!」


仁王君との久しぶりの再会。
なんていうか、長い間会ってなかった分ある程度心に距離はあるはずなのに
尋常じゃないスピードと角度でその距離を詰めにかかる仁王君。怖い。

だけど、握りしめた拳からはいつの間にか力が抜けていた。
……こういう人だったなぁ、仁王君って。























「はー、それにしても良かったね!久々にコンサートホールで聴くとワクワクした!」

「素晴らしい演奏でしたね。誘っていただけて良かったです。」


コンサートの後、近くのファミレスでお昼ご飯を食べることになった。
席についても、まだ頭に残っているコンサートの余韻。
興奮を抑えきれず、柳生君に話しかけると同じような熱のこもったテンションで返してくれる。
それが楽しくて、つい話し込んでしまった。

運ばれてきたハンバーグドリアを食べながらも、語るのは音楽の事ばかり。
私の拙い感想にも、深く頷いてくれる柳生君は本当に話しやすくて、大人っぽくて…
あまりにも楽しすぎて、もう一人の存在をすっかり忘れてしまっていた。

気づいたときには、携帯を弄りながらドリンクバーのオレンジジュースを飲み耽っていた仁王君。
……しまった。折角3人でいるのに、2人で話してるなんて感じ悪いことしちゃった…。


「に、仁王君はどうだった?クラシックとか好きなの?」

「……寝とった。」

「………えええええ!勿体ない!」

「…何度か腕を叩いて差し上げたのですが…、熟睡されていたようです。」


苦笑いする柳生君の隣で、携帯を弄り続ける仁王君。
ね…寝てたって…!確かに興味ない人には子守唄にしか聞こえないかもしれないけど…


「……でも、じゃあなんで今日来たの?」

「なんとなく。」


純粋な疑問をぶつけてみるも、適当にあしらわれてしまう。
掴みどころが無さ過ぎて、交流を諦めようかと思ってしまったところで
柳生君がお手洗いへ行ってしまった。



「………。」

「…………。」



…き、気まずすぎる。
確かに、柳生君と話が盛り上がりすぎたのは申し訳なかったけど
それにしたって、もう少し楽しそうには出来ないのかな…。
いや、楽しそうにっていうのは高望みかもしれないけど
せめて話しかけやすい雰囲気作りというか…!

…でも、ここで黙ってしまったらなんとなく負けのような気がする。
仁王君の出すオーラに怯んでしまったら、氷帝のぶっこみ番長の名が廃る…!

目の前のカルピスソーダを一気に飲み干して、その勢いのまま口を開いた。


「仁王君は趣味とかないの?」

「……なんじゃその質問。」

「い、いや…何か共通の話題がないかな…と。この気まずい雰囲気が苦手で…。」

「…別に気遣わんでええよ。勝手についてきただけじゃき。」

「そう言わずに!ほら、何かない?授業中に虫眼鏡と太陽の光を利用して前の子の背中を焼く、とか!」

「…お前さんの中での俺のイメージか、それ。」

「た、たとえ話だよ!」

「……ダーツ。」

「あー…。ダーツかぁ……うん…、ダーツ。」

「その明らかに興味ありませんって顔、腹立つのぉ。」

「いや…なんていうか…、仁王君ってほら、ちょいワル系のイメージがあってね…。
 ズンズン音楽が鳴ってるダーツバーみたいなところで、セクシーなお姉さんを片手に抱き寄せながら
 ≪このダーツの先は、お前さんの心のど真ん中じゃ…≫とか言って、ダーツしてる姿想像したら
 同い年で同じ国に生きてるはずなのに、ますます違う世界の人だなぁって…。」

「なぁ、馬鹿にしとるじゃろ。」


真顔で突っ込んでくれた仁王君は、いつの間にか携帯をポケットにしまい込んで
こちらを向いていた。……よし、勝った!何に勝ったのかわからないけど、満足だ!


「……じゃあさ、好きな食べ物は?」

「小学生か。……焼き肉、かの。」

「あ!焼き肉は私も好きだよ!ついに見つけた共通項!」

「そんなもん人類の9割は好きじゃろ。」

「そういえば、最近学校の近くに出来た焼肉屋があるんだけどね、いっつもいい匂いしてるんだー。」

「……ふーん。」

「私、行ったことないから今度……………」


言いかけてフと考える。


…焼肉屋で仁王君と2人…。
想像しただけで、背筋が震える。
ぜ…絶対話題が持たないよ…!
柳生君がトイレに行ってるわずかな時間でさえ、普段使わない神経すり減らしながら頑張ってる私が
平均1時間を超える食事で、しかも2人きりで何ができるというのだろう。



「……今度、なんじゃ。」

「こ……ここここ今度行ってみたら?立海の皆と!」

「相変わらずイラっとする奴じゃ、お前は。」

「す…すんません…仁王君と焼き肉屋さんに行って和気藹々と肉を頬張るビジョンが見え無さ過ぎて怖気づきました。」

「…そこまで嫌がられると、逆に引きずってでも行きたくなるのぉ。」


頬杖をつきながら、ニヤリとほほ笑む仁王君。
上目づかいで見つめられると、心臓が一瞬悲鳴を上げたような気がした。


「そっ、そういうの!そういうのはNGなので!」

「どういうのじゃ。」

「な……なんか、性的なオーラが……。」


身振り手振りで必死に自分の感じた緊張を伝えようとしてみるものの、
上手い言葉が見つからない。必死過ぎて段々と火照り始めたであろう私の顔を見て、
仁王君がブハッと吹き出した。


「……っく…、アホみたいな顔じゃのお前さん。」

「ねぇ、自分が恵まれてるからって顔の事言うのはルール違反だと思う。」

「…何もしとらんのに勝手に欲情される方の身にもなってみんしゃい。」

よっ、よよよよ欲情とかじゃないから!…わ、私柳生君呼びに行ってくる!」

「男子トイレに入るつもりか、さすがじゃな。」


勢いで立ち上がった私を見上げながら言う。
一瞬時が止まったかと思うと、こらえるように笑い始めた仁王君。
恥ずかしすぎて汗まで流れ始めた私を見て、ついには声をあげて笑いだした。

…ま、マジで早く柳生君帰ってきてくれ…!!

























「……ん?え、仁王君…?」





From:仁王君
Sub:(無題)
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焼き肉




コンサートから2週間ほどたったある日。
真子ちゃんとお昼ご飯を食べている時だった。
ポケットで震えた携帯を取り出してみると、見慣れない人からの不思議なメール。


「焼き肉って…。」


なんのこと?と声に出そうとした瞬間



PLLLLL.....


「うわっ!……で、電話…。」

「誰から?早く出なよ。」

「……う、うん。」


画面にデカデカと表示される「仁王君」の文字に
反射的に固まってしまう。……何だろう…。


「………もしもし?」

「お、結構出るの早い。」

「……さっきのメールって…。」

「文面の通りじゃ。」

「私には単語にしか見えなかったけど…。」

「……はぁ、言わんとわからんのか。」


勝手にがっかりされてる…。
なんとなくイラッとしながらも、様子をうかがっていると
仁王君の後ろでワイワイ騒ぐ声が聞こえた。


「あ、丸井君とかもいるの?」

「学校じゃからな。どうせ放課後は何も予定ないやろ?」

「……な、ないけど。」

「焼き肉。行くぜよ。」


電話の向こうの雑音にかき消されそうな程ボソっとした声なのに、
不思議と有無を言わせない圧力のある仁王君の声。

…行くって……


「…え、今日…?」

「当たり前。…詳細はメールする。」

「っちょ…!」


プツっと唐突に切られた電波。思わず手元の携帯を見つめてしまう。
変なところで会話が途切れたのを不思議に思ったのか
真子ちゃんが、口をもぐもぐさせながら私を見る。


「……な、なんか悪質なデート詐欺商法みたいな電話が…。」

「何それ、大丈夫?」

「……他校のテニス部の子なんだけど、いきなり焼き肉行こうって…。」

「ふーん、何人ぐらい?」

「………はっ!そうか!焼き肉って言ったら大体大人数だよね!」

「…まぁ、わかんないけど。」

「いやっ!いや、でも待てよ…相手は仁王君だし…。」


あのイケてるシティボーイのことだ…
見知らぬ立海生の女の子やら、イケイケな男の子達をたくさん連れてきて
今夜は焼き肉パーリナイって可能性もある…。

うわー、そういうの苦手すぎる…!
心開くのにただでさえ時間かかるタイプなのに、
欧米諸国のサタデーナイトフィーバーみたいな雰囲気に溶け込める自信がない…。


「……真子ちゃん、一緒に行かない?」

「いや、ごめん。今日は塾行かなきゃ。」

「…だよね…。どうしよう…≪焼き肉アフターでダーツでも行っちゃいまピーヤッ!≫みたいなノリだったら…。」

「ねぇ、どういう子なの?その仁王君って。」

「わ…わかんない。私も、そこまで仲良くないのに何故誘われたのか…。」


呆然としていると、机の上に置いていた携帯が震えた。
恐る恐る開いたメールには、シンプルに時間と集合場所だけが記載されていて
私の不安な気持ちはますます膨らんでいった。






























「…お、早かったな。」

「ご、ごめん。あの…え、あの……1人?」

「なんじゃ。不満か。」

「……………………いえ「ほんまにムカつくのぉ。」


待ち合わせ場所に指定された、駅の改札前には
制服にマフラー姿で佇む仁王君がいた。

携帯を見つめているだけでも目立つ彼の周りにどうやら人はいない。
恐る恐る近づいていくと、フと顔をあげた彼と目線がかち合う。


「……あの、急になんで…?」

「…この前、言うとったじゃろ。焼き肉好きって。」

「確かに言ったけど…。」

「で、急に肉食いたいと思ったから誘ってみただけじゃ。嫌なら帰る。」

「い、嫌とかじゃない!でもあの…なんか乱交パーティ的な感じだったら遠慮しようかなと…。

「お前は俺をなんやと思っとる。いい加減殴りたくなってきた。」

「ごめんっ!なんか性的な先入観が先走ってしまい…!い、行こう!焼き肉!」


確かに失礼すぎることを口走った私に、拳をあげる素振りをしながらも
パチンと柔らかいデコピンを1つかましただけで、仁王君はクスクスと笑っていた。

スタスタと歩き始める彼を、追いかけるべきか迷ったけど
ここまで来てしまったものは仕方ない。拳をぎゅっと握りしめて一歩を踏み出した。

















「わー、よく考えたら焼き肉って結構久しぶりかも。」

「氷帝の奴らと来たりせんのか?」

「んー、あんまりないかも。何でだろう。たぶん肉を誰が焼くかで揉めるからかなぁ。皆、面倒くさがりなんだよ。」

「…容易に想像できるな。その光景が。」


仁王君がスタスタと入って行った焼肉屋さんはなんとなく庶民的な雰囲気で
高校生二人で入ってもあまり緊張はしなかった。

……仁王君のことだから、てっきり夜景の見える個室の高級焼き肉店とかかと思ってたけど、
こういうところにも来たりするんだ。

何故だかわからないけど、今までふわふわとイメージだけが独り歩きしていた≪イケイケな仁王君像≫の
本当の姿が少しづつ見えてきた気がした。


「じゃあ、適当に頼んでいい?」

「…任せる。」

「すみませーん!」


パラパラとメニューをめくりながらも、注文する様子の無い彼を見て
居てもたってもいられなくなった。
…だって焼き肉のこんな良いにおいが充満してるのに…
私のお腹も、肉を今か今かと待ち望んでいるのに、のんびりなんてしてられない!

忙しく動き回る店員さんを呼び止め、メニューの1ページ目から適当に頼んでいく。


「んー、あ。あと、冷麺もお願いします。仁王君は、いる?」

「いや、いらん。今食うんか?」

「…え、うん。なんで?」

「……正気か?冷麺は最後の締めに決まっとるじゃろ。」

「いやいやいや、そんなの個人の自由じゃん。」

「はー、これやから女と焼き肉は出来んのじゃ。」

「なっ…!何その言い方!「あ…あのー、どうします?冷麺はお持ちしていいですか?」

「もちろんです!持ってきてください!私だって信念を持って冷麺を頼んでるので!」

「どんな信念じゃ。」


乾いた笑顔で逃げるように去って行った店員さん。
思わぬ迫害につい声を荒げてしまったけど…私は私の食べたいものを食べたい時に食べる!
しかし、目の前の仁王君は頬杖をつきながらまるで
「これだから焼き肉ど素人は好かんのじゃ」とでも言いたげな目で私を見つめる。
な…なんじゃワレ…!売られた喧嘩はきっちり買うようにと、氷帝ではそう教育されてるんだからね…!



「……お願いされても、冷麺あげないからね。」

「いらんわ。肉を食う時は肉に集中するのが、肉への礼儀じゃろ。」

「っぐ…!わ、私は冷麺タイムを間に挟むことによって、より一層お肉を美味しく食べれるように工夫してるだけで…。」

「言い訳にしか聞こえんのぉ。」

ねぇ、何なの?前世は冷麺の会社で働いてて、休憩も休日も無く朝から晩まで
 左から流れてきた冷麺を袋に詰めて右に流す作業が原因で過労死した因果とかで、そこまで冷麺を憎むの?」


「別に冷麺は憎んどらん。タイミングの問題。ほんで、例え話が長い。」

「やっぱり仁王君苦手だなぁ、私。」

「良かった、俺もじゃ。」


「……っく!意外に負けず嫌いだよね、仁王君って。」


涼しい顔で私の発言を流す仁王君が、本当にわからなくなってきた。
……なんで、私誘われたはずなのに…冷麺を頼んだだけでここまで罵られてるんだろうか…。

一刻も早くこの場を逃げ出したくて、つい携帯の時計をチラ見してみたけど
まだ入店してから30分も経ってない…。
この際、トイレ行くフリして逃げ出そうかとも思ったけど
丁度そのタイミングで、美味しそうな牛タンが運ばれてきた。


「おまたせしましたー!牛タン2人前でーす!」

「わーい!やっぱ、最初は牛タンだよね!」

「…ップリ。正解。」

「……あ、ありがとうございます。」


たまに仁王君が発する謎の効果音と共に正解が告げられた。
…あのプリっていうのは笑わせようとしているのか、口癖なのか微妙なラインで
未だに突っ込めないけど…ま、まぁ嬉しそうにしていらっしゃるから良いか。

早速トングをつかみ、牛タンを網へと運ぶ仁王君。
私も負けじとトングをつかむ。……うー、早く食べたい!


「いい匂いだねー、早く焼けないかなー。」

「…………。」


ジュゥ


「あ、でもまだご飯がきてないや。私お肉と白米の組み合わせは、仁王君と柳生君にも匹敵するナイスペアだと思うんだ。なんちゃってー。」

「………。」


ジュゥ


「そういえば、今日柳生君も誘えばよかったのに。」

「………。」



ジュゥ


「あ、でも柳生君はあんまり焼き肉とか「お前さんの腹についた肉も、この網で焼いてやろうか。」

















…え、怖い。


な…なんでしょうか、今のは何か…立海では流行ってるギャグとかなんですか…。
普通に話してただけなのに、なんでいきなり「お前を焼いてやる」なんて、
今まで生きてきてほとんど聞いたことない脅迫を受けないといけないんですか。
あと、さりげなく「太ってんぞデブ」って言われてるよね?これ。

しかし、仁王君の顔は全然ギャグを言ってやった!みたいな顔ではない。
真顔で睨まれてる。めっちゃ怖い。今すぐこのトングを放り出して帰りたい。



「………いえ、遠慮しておきます。」

「いや、焼く。それ程までにお前さんはこの肉に対して礼儀の無いことをした。」

「……れ、礼儀?」

「肉を焼くのに、何回も何回もひっくり返さんでええじゃろが。」



そう言いながら、仁王君は手元にある肉をひっくり返した。
裏面はいい感じに焼けている。…確かに彼の言うことは合理的かもしれない。

……焼肉作法について、まさかこんなに批判を浴びるとは思わなかった。
意外と仁王君って子供っぽいところあるんだな。跡部みたい。

そんなことを考えていると、なんだか唐突に今までの緊張感が和らいでいった。


「……っふ……ふふ…。」

「何笑っとるんじゃ、ほんまに焼かれたいんか。

「ご、ごめんって!いや…なんか、仁王君…こだわり強いんだね。意外に。」

「……お前さんがあまりにもガサツなんじゃ。」

「あ。いい感じに焼けてるねー!早速いただきまーす!」


ブツブツと文句を言いながら、お皿にレモンを絞る仁王君。
きっと私に向けられたお説教なんだろうけど、
目の前に、こんなに美味しそうなお肉を放置されてたら…。

私の耳には仁王君のお説教なんて1つも聞こえてなくて、
ただただ肉の焼ける音だけに集中していた。

ちょうど良さそうなタイミングで、ひょいと網から肉を取り上げる。
温かい内にそれを頬張ると、口の中に何とも言えないジューシーな肉汁が広がった。


「……っうま。これ、めちゃくちゃ上手いよ仁王君!………ん?」

「………お前……。」


仁王君にもこの感動を早く伝えたいと、顔をあげてみると
レモンを絞りながらも、ポカンと口をあけたまま私の顔を見つめる仁王君。


「え…どうしたの?」

「……俺の肉じゃ、それ。」

「…………………一度戦場へと送り出した肉は、もはや誰のモノとかじゃなくて痛いっ!やめ、やめてっ!」


さすがに私も一瞬悪いことしたな、と思ったけど
なんとなく「焼き肉はみんなで楽しむものなんだよ!そんな殺伐としたイベントじゃないんだよ!」ってことが伝えたくて
軽く口答えすると、真顔の仁王君が私の目をめがけてレモンの汁を絞りはじめた。目が本気なところが怖い。


「どう責任とるつもりじゃ。」

「ご、ごめんなさい!ほら!まだこっちに肉あるから!」

「お前さんが何回も何回も弄り倒したそんな肉いらん。」

「こだわりがあまりに強い!ほ…本当ごめんって…次からは気を付けるから…。」

「………………っく……はは……。」


まさか仁王君が、自分の焼いた肉しか食べることの出来ないなんていう
重病を患っているなんて思わずに、軽く考えてた私が悪かったんだ。

心の片隅で「めんどくさい、帰りたい」と思いながらも、
一応は謝ったのに仁王君は何故か顔を抑えて笑い始めた。
……この人の情緒バロメーターがマジでつかめない…。


「………あのー……。」

「……なんかムカつきすぎて笑けてきた。」

「それもうかなり深刻な状態まで怒りメーター上がってるってことだよね。」

「…いや、なんていうかカルチャーショックじゃ。」

「……ん?」

「こんなにガサツで気遣いの出来ん女子がおったんか。」


肩を揺らして笑いながら、ひょいと私が焼きに焼きまくった肉を手元へと移した仁王君。
…盛大に悪口を言われているけど、なんとなく仁王君の笑う顔が珍しくて見とれてしまった。

……こんな感じで笑うんだなぁ。友達と居る時は、こんな風にいつも笑ってるのかな。

そんなことを考えていると、視線に気づいたのか仁王君がこちらを向いた。


「……なんじゃ。」

「いや…、なんか仁王君も普通に…人の子みたいに笑うんだなぁって…。

「…別に笑っとらん。」

「笑うと、こう…目元の下にちょっとえくぼ出来るんだね。いいなぁ、可愛い。」

「殴るぞ。」

「なんで!」


「…お前さんが人の顔のことどうこう言える立場か。」

「……いや、私褒めてるのになんで貶されてるの…。」


そう言うと、またフッと仁王君の顔に笑顔があらわれた。
今度はばっちり確認した、小さなえくぼ。なんとなく嬉しくて、えくぼの場所を指さすと
その指を網で焼かれそうになった。


















「あー、お腹いっぱい!美味しかったね!」

「…お前さんの所為で、全然楽しめんかったけどな。」

「っぐ…、で、でもちゃんと仁王君流の肉の焼き方もマスターしたよ。」

「……まぁ、まだまだやけど。…行くか。」


外はすっかり暗くなっていた。
あれほど時間よ早く過ぎろと念じていたにも関わらず、
今はなんとなく、過ぎ去った時間を名残惜しく感じる自分がいる。

仁王君の方は、相変わらずのポーカーフェイスで
表情からは何も読み取れない。

もしかすると、早く帰りたいと思ったかもしれないな…
なんて考えていると、唐突に背中をポンと押された。
と、同時に発せられた「行くか」の言葉。


「…?まだどこか行くの?」

「もう遅い、帰る。」

「…あれ?仁王君は駅、反対方面じゃない?」

「………人が送ったる言うとるのに可愛くない奴。」

「…………えええええ!いいよいいよ!大丈夫だから!」

「…………何が大丈夫なんじゃ。」

「夜道気を付けろってことでしょ?大丈夫、何かあったら叫ぶから!


まさか、ご飯の後に男の子に送ってもらえるなんて…
そんな発想がなさすぎて、つい後ずさってしまう。我ながら悲しい。
氷帝の皆で遊ぶことは今まで何度もあったけど、ただの一度もそんな提案をされたことすらなかった。



「……素直に送られとけばええのに。」

「い、いいよいいよ!…なんか…うん。」


女の子扱いされることが、なんだか無性に恥ずかしく感じてしまった。
それに相手はあの仁王君だ。夜道で他校の男子と2人だなんて…
変に意識してしまいそうで…その結果「何意識しまくってんだ、こいつキメェ。やっぱ氷帝は発育遅れてんな。」とか思われたら
本当に恥ずかしい。ここは丁重にお断りするしかない。


「それに、仁王君も!明日も朝練でしょ、早く帰って寝ないと!」

「…………まぁ、ええか。じゃ。」

「うん!今日はありがとう、楽しかった!また、行こうね。」

「………ップリ。」


謎のメッセージを残して、ヒラヒラと手を振り去っていく仁王君。
それを少し見送って、私も駅へと向かう。
…ふー、それにしてもお腹がいっぱいだ。








あ、そういえば肉の写真撮っておくの忘れた。
明日皆に自慢しようと思ってたのになー。

「……携帯、携帯っと。あれ…、どこに…ふごっ!











立ち止まり、鞄の中を覗き込んだ瞬間だった。

急に背後から口を塞がれ、抱き込まれた。
突然のことに声が出ない。

あ。これマジでヤバイパターンだ。
頭が真っ白になったその時、




「………ほら、全然大丈夫じゃない。」





耳元で囁かれた声はさっきまで一緒にいた彼の声だった。





「………ぷはっ…に、仁王君…!」

「さっさと行くぜよ。」

「……ちょ…っとマジでシャレにならない冗談は…。」

「言ってもわからん奴には、体で教えるだけじゃ。」

「…………………。」


少し怒ったような声でそう言われて、もう何も言い返せなかった。
相変わらず気だるそうに鞄を背負い直しながら、
ペタペタと歩いていく仁王君の後ろを、静かについていく。
…男の子の背中って、こんなに大きかったかな。

…心臓がこんなにうるさいのは、きっと驚きすぎたからなんだと思う。





































「もう、この焼肉屋さんに来るのも何回目だろうね。」

「…そんなもん、いちいち数えとらん。」

「3、4……5回目か。」


初めてこの焼肉屋に来てから、数か月。
てっきり、1回だけのイベントかと思っていたら
数週間後にまさかの2回目のお誘いがあった。

1回目の時とは違った緊張感で挑んだものの、
やっぱり肉の焼き方にはダメ出しされ、冷麺のタイミングについては怒られ…
だけど、不思議とそのやりとりも楽しく感じるようになっていた。

そして、私の方からも勇気を出して誘ってみると
意外にもすんなりとOKをもらえて…そんなこんなで、気づけばもう仁王君ともすっかりお友達だ。


「…やっと、少しはマシになってきたな。」

「そりゃ、あれだけガミガミ焼き方怒られてたらねぇ。」

「相変わらず冷麺だけは、譲らんけど。」

「それは、私のポリシーだから。っていうか、仁王君、この前ちょっと欲しそうな顔してたじゃん。」

「しとらん。」

「してたよ。はい、出来たよ。ロース。」

「………。」


仁王君の取り皿へ、勝手に肉を取り分けてももう怒られることはなくなっていた。
無言で、だけどちょっと嬉しそうにそれを頬張る仁王君を見ていると
少し語弊はあるけど…なんか懐かないペットを攻略したような…そんな不思議な達成感に包まれた。
















「食った食った。帰るか。」

「…う、うん。……いつも、ありがとう。」

「……そこまで素直になられると逆に気味悪いな。」


ニヤリと笑う仁王君が、いつものように私の前を歩いていく。

恒例となった私の家までのお見送り。
最初の頃は、緊張感でほとんど記憶がないけれど
…最近は、メインである肉よりも、この時間の方が待ち遠しく感じていた。

他校の制服に身を包んだ男の子と、夜道を2人で歩くというのが
どこかの少女漫画で読んだ様なシチュエーションで、トキめいた。
食事中は結構話がはずむのに、夜道では何となくお互いに口数が少なくなる。

…その雰囲気に、何故か無性にドキドキしていた。

さすがにその理由は、もう自覚してる。
昔は、苦手に思っていた仁王君特有の不思議な雰囲気も、
今は何のマジックなのか…、カッコよく見えて仕方ない。

会う度に増えていく仁王君の笑顔を見るだけで、
軽く赤面出来るぐらいには、恋に落ちていた。



そして、今日。
後ろでこっそり歩く私は、ある作戦を携えていた。
…まずは、第一歩。それを踏み出さなければならないけど、
信じられないほどに心臓が暴れている。

胸に手を当てて、フーっと深呼吸をしてみても
中々収まらない。そんなことをしていると、急に仁王君が振り返った。


「………何しとるんじゃ。」

「えっ!い、いや…あの………あのっ!」

「…………。」

「…来週の、バレンタイン…の日って……会える、かな。」

「…………っぷ。」

「……なんで笑うの。」

「…いや、ほんまに今日はえらい素直じゃな。」


街灯に照らされた仁王君の顔は、いつもの笑顔だった。
バレンタインに会いたいなんて、あまりにもストレートすぎたか…!

だけど、私にはさりげなくてスマートな作戦なんて考え付くはずもない。
思い切って体当たりするのみだと、腹をくくってきたけど…
いざ、目の前でこうも笑われると…恥ずかしくて顔が熱い。



「…ど、どうなの…。」

「…ええよ。」

「本当!?やった!」

「…………いつもそれぐらい素直やったら、可愛げもあるのにのぉ。」


まるで、子供でも見るような優しい目で私を見つめるその視線に
益々顔が熱くなった。

………な、なんかちょっといけそうな気がする…!
もしかして、もしかすると……仁王君も私のこと…?
い、いやいや、それはさすがに簡単に考え過ぎだよね。
きっと、誰にでも優しいタイプなんだよ。………でも、こんなに何度も食事してて、
毎回家まで送ってくれるなんて………だ、誰にでもするかな…。

頭の中で、都合の良いことをグルグル考えてたのが
顔に出ていたようで、それを見た仁王君がまたケラケラと笑った。































「…………え、今…私、夢の中にいる?」

「ばっちり現実だと思うよ。」


そう言って、目の前の真子ちゃんがぱちぱちと私の頬を叩く。
チョコ作りを終えて、瑠璃ちゃんを家まで送って行った後、
真子ちゃんと足りなかったラッピング袋を買いに行った。
その、帰り道。真子ちゃんとおしゃべりをしながら、大きな道路を挟んで反対側をフと見た時。

見覚えのある人が、見たことも無い人と歩いているのが目に入った。

…見間違うはずもない、あの派手な頭髪に制服は仁王君だ。
そして、その仁王君の腕をギュっと掴みながら嬉しそうに歩いている女性は……


「……え、…え、え、どういうこと…。」

「…美人だねー…。彼女?」

「……ま、待って。落ち着いて、真子ちゃん。大丈夫、これは夢だよ。」

「あんたが落ち着きなよ。……いや、まぁ…ベタにお姉ちゃんか妹の可能性も「それだっっ!!!」

「…………。」

「そ、そうだよ。絶対親族だよ…。うん、仁王君に似て美形だもん。」

「…………。」

「………なんか言ってよ、真子ちゃぁああああん!!不安で内臓が2・3個消滅しそうなのに!!」

「知らないよ!兄弟の話とかしたことないの?」

「…………ない。」

「………じゃあ知ってる人に聞けばいいじゃん。」

「…それも、そうだよね。…ちょっとメールしてみよう……。」


携帯を持つ手が、かすかに震える。

………もし、あの人が…仁王君の彼女だとしたら…
考えうる限りの最悪の状況だ。

彼女がいる男性に、勝手にトキめいて、勝手に両想いかもしれないと思ってただなんて…
しかもそれを恐らく仁王君は見破ってる。そんなの恥ずかしすぎて、発狂してしまう。




To.切原氏
Sub.緊急
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さっき、仁王君が
綺麗な女の人と街歩いてるの見かけたんだけど、
ちょっと似てるから、親族とかかなぁ?















From:切原氏
Sub:Re;緊急
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え、彼女じゃないんスか?















誇張でもなんでもなく、血の気が引いた。

と、同時に勝手に指が動いていた。







To:仁王君
Sub:(無題)
-------------------
ごめんなさい。
明日、予定が入ってしまったので
やっぱりいいです。

時間作ってもらったのにごめん。





































「ねぇ、。本当に今日諦めるつもり?」

「……だって、やっぱり駄目だよ。メールも返ってこなかったし…。」

「…彼女じゃなくて、ただの女友達かもしれないよ?」



ついにバレンタインデー当日。
昨日の出来事から未だに立ち直れずにいた私は、
こんなのウザイだろうな、と思いつつも
これ見よがしに落ち込んでいた。1時間目から3時間目ぐらいまで、
ほとんど魂が抜け落ちたように机に突っ伏していた。

お昼休み。
さすがに心配してくれた瑠璃ちゃんと、
心配を通り越して怒り気味の真子ちゃんが励ましに来てくれる。

……いつもなら素直に受け止められる2人の言葉ですら、
今は、ひねくれた捉え方をしてしまう。


「…女友達だとしても、あの親密さは絶対に正室候補第1位だよ…。」

「…何。は自分が1位だと思ってたわけ?」

「っう……そ、それは……まぁ…。」

「大体、最初から正室候補が100人ぐらいいるような人だってわかってて飛び込んだのはでしょ?」

「わか…わかってるけどさぁ…!でも……ああああ、もう本当恥ずかしい!」

「何が恥ずかしいの?」

「……正直言うと、あの気まぐれな仁王君が何度も食事に一緒に行ってくれて…
 結構…、笑ってくれたりして…。ほら…私、そういうの全部ポジティブに解釈しちゃうから…。」

「……ぶふっ。」

「わ…笑った!…絶対仁王君も心の中で笑ってたに違いない!勘違い女イテェとか思われてる!


また机に突っ伏すと、頭上で真子ちゃんの軽い謝罪が聞こえた。


…恥ずかしいというのは本当だ。
浮かれていたところに、思いっきり頭上からタライを落とされたような衝撃だった。


…だけど、それよりももうどうしようもないのは
昨日からメールが返ってこないこと。
授業中、落ち込みながらもチラチラと携帯の画面を確認してた。
でも、メールはない。

バレンタインデーに、自分から約束を取り付けて
でも、ドタキャンして…となれば、少しぐらい相手も不思議に思うはずなのに、
仁王君はノーリアクション。完全に望みは絶たれた。



「……でも、その鞄の中に入ってるのって…本命のケーキだよね。」


優しげな声で瑠璃ちゃんが言う。
…そうだ。頭の中ではいくつも「玉砕確実」の理由が思い浮かぶのに、
それでも諦めきれていない自分がいる。

おかしい。

今まで、それなりに男の子に憧れることだってあった。
でも、彼女がいるとわかると、瞬く間に気持ちが萎んでいって、
単なる「綺麗な想い出」にまとまっていた。今まではそうだったはず。

だけど、朝。
キッチンで寂しそうに佇んでいるケーキを見ると、
心臓が締め付けられるみたいに痛んだ。



「…もし…、もしあの人が彼女じゃなかったら…という希望が少しだけあって…。」

「いいじゃん。そういうところこそ、ポジティブに勘違いしなよ。」

「そうだよ、ちゃん。まずは、確認してみないことには始まらないよ。」


確かに、まだハッキリと仁王君の口から彼女だと聞いたわけじゃない。
…もし彼女がいるなら、私の性格的に告白するとか恋をするとか、そういうのは出来ないと思う。

……でも、最後にこの恋を成仏させてあげるためにも…



「……っよし!」


バチッと頬を叩き、立ち上がる。
真子ちゃんや瑠璃ちゃんが、パチパチと小さな拍手を送ってくれた。
…悔いのないように、やれるだけやってみるよ…!



「取り敢えず、今日…やっぱり会えないか聞いてみる!」

「うんうん、会えるといいんだけど…。」


携帯を勢いよく取り出し、「仁王君」の文字を探す。
一瞬だけ震える指を抑えて、電話のボタンを押すと
すぐにコール音が聞こえた。

……この瞬間って思わず吐きそうになるぐらい緊張する。

そして、3コールぐらいしたその時。
コール音が不自然に止み、一瞬の静寂が訪れた。


「…っあ、仁王く…」


ップ…ツー…ツー……









「……切られた。」

「…え?…あ、電波が悪かったとか?」


いや、今のは絶対に違う。
意図的に「拒否」をした時の操作音だった。


「………もう1回電話してみな?」


数分間立ち尽くしたまま携帯を見つめる私を心配したのか、
真子ちゃんが肩を叩いた。
…想定の範囲外の出来事が起こったことで、頭が真っ白になっていた。


「………いや、やめておく。」

ちゃん…。」

「電話じゃなくて、直接会いに行く。」


頭の中はボーっとしていたけど、このまま終われないような気がした。
ドタキャンしたのは、こっちだし、それに対して謝るのだって、まだ直接は伝えてない。
…もしかすると顔も見たくないぐらい怒ってるのかもしれないけど…

こんな形で終わるのは、嫌だ。






































キーン…コーン…カーン………


「じゃあ、真子ちゃん瑠璃ちゃん!行ってきます!」


チャイムがなった瞬間に、机の上の筆箱や教科書を鞄に放り込み、
勢いに任せて席を立ちあがった。

先生が教室から出ていくよりも早く出口まで走る私を見て、
真子ちゃんと瑠璃ちゃんが小さくガッツポーズを見せてくれた。

携帯にはメールも着信も無い。
正直怖い気持ちもあるけど、きっとここがもうどん底だから、これより落ちることはない。
せめて、謝るだけでも…いや、あわよくばあの人は彼女なのかどうかまで確かめたい。


先生に止められないように、廊下を競歩並の速さでモリモリ歩く。
すれ違った忍足に、キモイ歩き方するな!と怒鳴られたけど今はそんなのにかまってる暇はない!
だけど、明日会ったら殴る!



「急がないと…!」


やっとたどり着いた下駄箱。
もつれる足で、なんとか靴に履き替え
肩からずり落ちる鞄を背負い直しながら走り出した。

下駄箱からでも、校門までは中々距離がある。
こんな時だけは、無駄に大規模なこの学校が恨めしくなってしまう。

やっと足もリズムに乗ってきたところで、
思わぬ人物に足止めを食らった。


先輩、そんなに急いでどこに行くんですか?」

「わっ!ちょた!ちょっとね、用事があって………あ、待って!」


あと少しで校門というところで、テニスバッグを背負ったちょたに遭遇。
結構早く教室から飛び出したつもりなのに、学年が違えば少しだけタイミングが違うのか、
既に校門の周りには生徒がまばらに居る状態だった。


「どうしたんですか?」

「ほら、あの!今日!ね!」


鞄をガサガサと探しながらだと、発したい言葉が中々見つからない。
あー…もう、なんでこんなグチャグチャに入れてしまったんだ!


「…ふふ、そんなに急がなくても大丈夫ですよ。」

「ご、ごめん。…誕生日プレゼント、持ってきたんだ。…あった!はい!」


やっと鞄から見つけ出したのは、手のひらサイズの小さな箱。
…危なかった、うっかりちょたの誕生日に会わずに帰ってしまうところだった…!


「わぁ、いつもありがとうございます。なんだろ、開けてもいいですか?」

「うん!この前ね、お店で見つけてビビっときたんだ!」

「…あ、ブレスレットですか?いいですね。」


小さな箱から、取り出されたメンズのブレスレット。
よく見ないとわからない程度にあしらわれた小さな十字架を見た瞬間、
これはちょただ!と思って購入したものだった。

目の前でブレスレットをまじまじと観察しながら、
笑顔でそれを腕にはめてくれるちょたが、本当に可愛い後輩すぎて思わずニヤけてしまう。


「……はっ!そうだ、ちょた。記念に1枚写真撮ってもいい?」

先輩が許可を求めるなんて、珍しいですね!いつもは盗撮ばかりなのに、どうしたんですか?」

「っう…す、すみません…。」

「…ふふ、このブレスレット写ってますか?」


拳をひょいと口元に近づけて、最高のスマイルをくれるちょた。
自分が急いでいたことなんて忘れて、必死に携帯を探り出しシャッターをきった。


「じゃあ、俺そろそろいきますね。」

「うん!ありがとう!」
















爽やかな香りを残して立ち去った、後輩を笑顔で見送りながら
すっかり一息ついてしまった私は、取り敢えずもう一度先程の写真を覗き込んで、
心の元気メーターを回復することにした。


「ふふ…ふ……え……え、何コレ…。」


写真を見ると、ちょたの後ろにある木の陰にチラリと見える、見覚えのある何か。
少ししか写ってないのに、異常なほどの個性を発するその「髪」に背筋が凍った。


「……まさか、ね…。」


恐る恐る、その木に近づき後ろを覗くと


「…ひっ!……に、仁王君……だよね?」

「………中々やるのぉ。」

「いや…、え、なんでこんなところに?」

「……別に。」


木の後ろで座り込んでいたのは、間違いなく仁王君だった。
会いたいと思っていた人が、思わぬところで急に現れて
私の頭の中ではまだ起こった出来事の処理が出来ていなかった。


問いかけてみても、相変わらず会話にならない。
それどころか、スっと立ち上がりその場から立ち去ろうとしていた。


「ま、待って…あの…今日、ごめんね。」

「は?何がじゃ。」

「いや、自分からお願いしたのにドタキャンみたいになっちゃって…。」

「…随分自惚れとるのぉ。別にお前さんに断られたぐらいどうってことありゃせん。」


スタスタと中庭の方に歩いていきながら、いつになく棘のある言葉を投げつける仁王君。
…今日は虫の居所が悪いんだろうか。そして、氷帝に何しに来たんだろう。


「…しかし忙しそうじゃの。必死に走って、人気者にプレゼントか。」

「へ?なんの話?」

「……危うく騙されるところやった。」

「え…と…。」

「やっぱりお前さんは初心なフリしてしたたかな奴じゃ。」


いつもの笑顔とは違う、少し嫌な笑い方でこちらを振り返る仁王君。
その顔に、思わずビクっとしてしまう。…なんか、やっぱり機嫌が悪そう。



「何の話かわからないけど、あの!仁王君に聞きたいことがあるんだけど!」

「あー、もうそういうのええから。どうでもええわ。」

「え…っ、だから…ドタキャンのことはごめんって、メールもして…。」


笑ってるのに、笑ってない笑顔で次はこちらに迫ってくる。
若干後ずさりしながらも、誠心誠意謝るしかないと思い踏ん張る。


「………まぁ、ええ。これが最後じゃ。」

「…あ、質問いいの?あのさ…、昨日あのー…街で仲睦まじげにぴったりとくっつきながら歩いていた女性は
 もしかして…っ、彼女に見えるけど実はお姉ちゃんだったとかいうオチだったりするよね!?





色々言いたいことと、心の中の汚い願望が混じって
よくわからない日本語になってしまったけれど、意味は伝わっているはず。

なのに、目の前で怖い顔をしていた仁王君は一転。きょとん顔で目を見開いている。


「……ど…どうなんでしょうか…。」

「………いや…姉やけど…。」

「えっ!?」

「…………なるほどな。」

「えっ!?ちょっともう1回いい?彼女じゃないということでいいですか?」

「…お前さんは漫画に出てくるみたいな馬鹿野郎じゃな。」

「そうじゃなくて、これは大事な確認だから!教えて欲しい!」

「……お前こそ、なんじゃ。アレは。」


私の恋が道に逸れたものでないか、確認をするための第一歩だというのに
中々ハッキリとした答えをくれない仁王君についイライラしてしまう。

逆に仁王君に詰め寄る勢いで追いつめていると、
唐突によくわからない質問が彼の口から飛び出した。


「アレ、とは?」

「さっき、デレデレ不細工な顔で必死に写真撮っとったじゃろ。不細工な顔で。」

「そこ2回言うのはさすがに殴るよ?仁王君でも。」

「…お前今日が何の日か知っとるんか。」

「何の日ってそりゃ………あ!えっと…」

「…バレンタインに、男に、チョコじゃない本気プレゼント。
 人に散々気があるフリしといて、本命は別におるとはな。」


この辺で、さすがに何を言っているのか気づいた。
きっとさっき、ちょたにあげた誕生日プレゼントのこと言ってるんだ。

…でも、少し引っかかることがある。


「……それを見て、なんで仁王君が怒ってるの?」

「は?怒っとらん、馬鹿か。」

「いや、怒ってるよ!なんかいつもより発言に棘があるもん!」

「お前さんに対しては365日年中無休で棘があるじゃろ。」

「っく…。でも本命がどうとかは、誤解だよ!」

「はいはい、その≪私、嘘もつけない純真無垢な女の子です≫みたいなクサイ演技も飽きた。」


スっと顔を背けて、また立ち去ろうとする仁王君。
ここで逃がしてはいけないと本能が判断したのか、思わず腕を掴んでしまった。


「だ……だって、ほら!これが本命だもん!」


さっき、鞄をぐちゃぐちゃにかき混ぜたからなのか
ちょっとヨレヨレになっているケーキのラッピング。
…でも、これは嘘でも演技でも何でもない。
こんな形で渡すのは何だか違うけど、もう考えてる余裕なんてない。


「……お前さんは女優か。」

「演技じゃない!仁王君に渡そうと思って持ってきたんだよ!」

「………ほーん。」

「で、でも仁王君に彼女がいるなら…渡しちゃいけないから…。」

「なんで?」

「な…なんでって…仁王君みたいに恋愛観が奔放じゃないから、どうしても自分が納得できないからだよ。」

「…お前さんはちょこちょこ人をプレイボーイみたいに言う癖があるのぉ。」

「でも、こういう性格だから素直に諦めもつかなくて…とにかく彼女なのかどうなのか確認しようと思って…。」


私の手の中から、一向に離れていかない本命ケーキ。
受け取る様子もなく、ジっとそれを見ているだけの仁王君の心が読めない。


「…で、あの…彼女…じゃないんだよね?あの人…。」

「…だったら?」

「だっ!だ…ったら、コレを受け取ってほしい!それであわよくば…もっと仲良くなりたい!」


段々と大きくなる声に、変な緊張からか、にじむ汗。
真っ直ぐに仁王君の目を見つめているのに、一向に目線が合わない。



「…仁王君は、どう…思ってる?」

「………ップリ。」

「ねぇ、ずっと思ってたんだけどそれはどういう種類の言語なの!?感嘆なの?応答なの?!」

「…まぁ、お前さんはそんだけ顔真っ赤にして汗流して嘘付ける程の女優じゃないやろ。どうやら本当みたいじゃな。」


急にフっと表情を緩めて、私の手元からやっと本命ケーキが奪われた。
中々女子らしく綺麗にラッピングした袋を、目の前でバリバリと破く仁王君に、
ただただ見守ることしかできない。というか、行動が唐突で、謎すぎて、毎回思考が追いつかない。

無残な姿になってしまった袋を私に無言に手渡し、ケーキを大きな口で頬張る仁王君に目が釘付けになる。
…目の前で食べてくれるんだ。


「……中々美味い。」

「本当?!良かった!」

「…あいつには、」

「ん?」

「あいつには、あげとらんやろな。同じの。」

「あいつ……え、ちょた?のこと?」


口をもぐもぐしながら、明後日の方向を向いてコクっと頷く仁王君が
なんとなく可愛く見えてしまって、思わず笑ってしまいそうになるのをグっとこらえる。


「あげてないよ、今年は…その、仁王君にだけ渡すつもりだったから。」

「…あざといのぉ。その言い方。」

「べ、別にそんなつもりじゃ…」

「で?好きなんか。」

「へっ?!いや…あの、なっ、なんていうか…!」

「…はっきりせん奴は嫌いじゃ。」

「すっ、好き!…です。」


指に残ったケーキをペロリと舐めながら妖しく微笑む。
その目線にドキっと心臓が跳ねる。
その勢いで、誘導尋問にあっさりと引っかかって、言わされてしまった。

言ったあとで、後から恥ずかしさが込み上げてくる。

思わず俯くと、クスクスと笑う声が聞こえてきた。

…っく、悔しい…。


「…ほれ、こっち向きんしゃい。」

「……。」


恥ずかしくて顔をあげられずにいると、
グイっと顎を引かれて強制的に仁王君の綺麗な顔を間近で見せられることになった。


「っちょ!何!?」

「何って…好きなんやろ。」

「え…っえ!?

「目、閉じんしゃい。」




息も出来ない程の距離に、思わず吐きそうになる。



「…っそ…!」

「…そ?」










「っそういうのは結構です!」





ボコッ




「あっ!ご、ごめん…!」

「っ…つー…」


ヤバイ、思わずみぞおちにストレートをお見舞いしてしまった…!
お腹のあたりを抑えてしゃがみこむ仁王君に謝ってみるものの、きっともう遅い。

顔は見えないけど、怒ってるオーラをひしひしと感じる。



「…いきなり殴られるとはな。」

「だ、だって!なんか!そ、そういうのはまだ取っておきたいっていうか…!あの!」

「もうええ。ほんっまに可愛くない女じゃ、お前は。

「なっ…そんな風に言わなくてもいいじゃん!仁王君と違って、慣れてる訳じゃないんだから!」

「俺も別に慣れとらんわ!」

「嘘!慣れてない人があんな…流行りの少女漫画シチュエーションに自然に持ち込めるわけない!」

「あー、もううるさいうるさい。もう知らん。」

「っく…わかった!じゃあ確かめさせてもらうか…らっ!!


アタフタと慌てる私とは反対に、平気な顔で立ち去ろうとする仁王君の腕をまた掴む。
そのままグルリと回転させて、心臓のあたりに手のひらをバシっと叩きつけた。



「…痛っ!」

「………え………。」

「なんじゃ、急に。この暴力女。」

「……に、仁王君……えっ……。」

「だから、なんじゃ。」





















「……心臓の音、すごい激しいよ。」














手のひらから伝わってくる、元気な振動。
まさかこのポーカーフェイスの下に、こんな激しい鼓動を隠してたなんて…。
そう思うと、なんだか嬉しくなってきて、思わず笑ってしまう。


その時、一瞬仁王君が固まった。



「……っ、ただの持病じゃ。」





あまりにも無理がある言い訳を残して、今度は小走りで立ち去ろうとする仁王君。


でも、ばっちり見てしまった。



あの、何を考えてるかわからない仁王君の顔が、じわりじわりと赤くなっていった瞬間を。




そして、それを隠すことすら忘れて不意をつかれたように放心する仁王君を。
















fin.